【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
日本、W杯出場決定!!
なでしこジャパンのオリンピック初戦。
相手はブラジルだ。
この試合を見届けたあと、オレは手術室に入る。
できれば、勝利を目にして、気分良く麻酔を掛けられたい。
下馬評はかなり不利。
『プロ』のオレから見ても、厳しい戦いになると思っている。
それでも何が起こるかわからないのが、サッカーだ。
アップセット(番狂わせ)がもっとも起きやすいスポーツだと言える。
日本は世界の頂点に立った『黄金期』から、一気に世代交代が進み、若手主体のメンバーになった。
今、ピッチにいる11人のうち、実に7人が、オリンピック初出場だ。
そこにはチョモもいる。
心配したが、無事スタメンに名を連ねたようだ。
しかしフレッシュなのはいいが、これは諸刃の剣で、本来ならベテラン、中堅、若手がバランス良く混ざっているのが望ましい。
果たして、これが吉と出るか凶と出るか…。
システムは3-3-2-2。
高さはないが個人技に優るブラジルを、なるべく好き勝手させない為、まずは中盤を厚くして、守備に重きを置く布陣となった。
3バック(CB)、1ボランチ(DH)、並ぶようにしてサイドハーフ(SH)…いや、どちらかと言うとサイドバック(SB)に近いか。
マイボールになったら、ボランチに入った選手がゲームメイカーとなるらしい。
2列目の右に夢野つばさ。
ヤツの最大の武器である『デビルウイング』…左足のミドル…が一番狙えるポジションだ。
2トップの片割れには、緑川沙紀が入った。
恐らくは少し下がり目で…1.5列目的な役割になるだろう。
彼女は前線からボールを追う、汗かき役の動きも求められている。
…魔の5分などと言われるが…
…こうした大一番は、特に入り方を気を付けないと…
大事な初戦。
右から左に攻めるのが日本。
前半は、強い追い風を背に受ける。
ブラジルボールでキックオフされた。
しかし、ここで、いきなりゲームプランを狂わせる出来事が起こる。
ホイッスルと同時に、長いボールを入れてきたブラジル。
高く上がったボールは逆風で押し戻され…目測を誤ったか…日本のCBがクリアミス。
ヘディングしそこなったボールを相手フォワード(FW)に拾われ、開始0分で先制を許してしまう。
きっと、日本中が呆然としているに違いない。
選手も何が起こったのか、把握できないだろう。
それくらい、アッと言う間のことだった。
》しかし、まだ始まったばかりです。時間はたっぷりありますよ!焦らずにいきましょう!!
中継の解説者はそう言う。
そんなことは、選手もベンチも百も承知だ。
だが、そう簡単にはいかない。
特にミスした選手は、気持ちの切り替えができない。
それが守備を統率するCBなら、なおさらだ。
やらかした!と失敗を引きずったまま残り90分プレーするのでは、ディフェンスラインの統率、コーチングなどできるハズもない。
それほど大きなミスだった。
攻撃陣なら、点を獲って名誉挽回、汚名返上といきたいところだが、守備陣となるとそうはいかない。
1回のミスが命取り…。
残酷なものだ。
カメラは、意地悪くもそのCBの顔をアップで抜く。
…う~ん、目が泳いでる…
…意地でも動揺を見せちゃいけない…
…ボールが悪い!くらいに思わないと尾を引くぞ…
…こういう時にチームを鼓舞する…あるいは落ち着かせるベテランがほしい…
「羽山優子がいれば…」
怪我がなければ、まだピッチに立っていただろうレジェンドの名を、オレは思わず口にする。
「とにかく落ち着こう!」
オレはまるで自分がピッチに立っているが如く、呟いた。
中継の画面を見れば、センターサークル内でボールをセットするチョモと沙紀が、守備陣に向かって手を叩き「これから、これから」と叫んでいるのがわかった。
…そうだ、2人は羽山優子の愛弟子なんだ…
JKコンビと言われたのも、過去の話。
いまや若くして『なでしこのゴールデンコンビ』と呼ばれ、代表の主軸へと成長したのも、羽山優子がメンタル面を指導したことが大きい。
特に、沙紀が汗かき役を厭わずこなせるようになったのは、その教えの賜物なのだろう。
羽山優子は、とにかく『世界の頂点に立つ喜び』を2人に味わってほしいと公私問わず面倒を見てきたのだ。
その想いが結実する手前まできている。
オレは2人の姿に、彼女の影を見た。
試合は、日本のキックオフで再開。
まずは一旦、呼吸を整えるかのように、中盤で短いパスを繋ぎ、相手の出方を伺う。
不用意なバックパスは避けたいところだ。
だが、ブラジルはあまりガツガツとプレッシャーを掛けてこない。
ゲームは始まったばかり…まだ勝負どころではないからだろう。
しかし「ここ!」と言うときの仕掛けは、驚くほど速い。
この辺りが日本のサッカーと大きく違うところで…こちらは全般的に、体格やスピードに劣る分、プレッシャーを掛け続け、スタミナ勝負を強いられるのが辛いところだ。
ハーフライン付近でボールを受けたつばさは、相手が出てこないとみると、右サイドをゆっくり上がった。
ひとり、ふたりと相手選手が間合いを詰めてくる。
つばさをフォローしようと、ボールをもらいに沙紀が寄る。
一瞬、彼女に目をやった。
つられて、マークが沙紀の方向へと流れた。
ビッグプレーが生まれたのは、その時だった!
「おぉっ!!」
つばさは左のアウトでボールを『チョン!」と出すと、そのままノーステップで左足を振り抜いた。
GKのパントキックのように高く上がったボールは、風に乗り、ぐんぐんゴールへと向かっていく。
超ロングのループシュート!!
前目に位置していた相手GKが、慌てて下がる。
…決まった!!…
しかし…
「うっ!わっ!!」
ジャンプ一番!
わずかにボールはGKの手が触れ、クロスバーを越えていった…。
「おぉ~」
と、会場からどよめきが起こる。
俺も同じリアクション…天を仰いだ(もっとも実際にはコルセットをしており、オレは上を向けないのだが)。
そして、それはすぐに大歓声に変わった。
打ちも打ったり、守りも守ったり。
双方のプレーに、会場から惜しみ無い拍手が送られる。
いいプレーには敵味方なく讃える。
これこそが、スポーツを愛する人の本来の姿だ…と、オレは思う。
それはさておき、開始0分で先制点が入れられ、かなりシラケ気味だった日本サポーターを活気付けるには、充分過ぎるプレー…ナイストライだ。
しかし、それ以上のビッグプレーがブラジルに出た。
…あそこで触っちゃうかね…
紙一重とはまさにこのこと。
とにもかくにも、点が入らなかったことは間違いない。
どんなに惜しくても、ゼロはゼロだ。
…だけど…チョモは冷静だな…
あんなシュートが打てるのは、周りが見えている証拠。
練習試合を欠場するとかして、少しだけ心配したけど…なかなかどうして!
本番に強い。
…伊達に紅白の舞台に立っていない…
…ヤツは大丈夫だ…
今のプレーでオレはそう確信した。
しかし、サッカーはひとりではできない。
折角得たCKだが、味方が蹴ったハイボールをそのままGKにダイレクトキャッチされると、一気に速攻を喰らう。
逆風など、まったくお構い無し。
長く速いグラウンダーのパスを3本ほど繋ぎ、瞬く前にゴール前へやってきた。
詰め寄るDF2人を、サイドステップでかるくいなすと、最後はGKの位置を落ち着いて確認し、ボールを流し込むようにシュートを打たれた。
開始5分で2失点…。
…あちゃ~、これは痛い…
完全なミスだった。
CKの場面、早めに点を取り返そうと、前がかりになったところをやられた。
まだ序盤。
そこまで焦ることはなかった。
当然、カウンターはケアしていなきゃいけなかった。
だが、最初のミスで冷静さを欠いたのか…広く空いた後ろのスペースを、スルーパス1本でやられた。
…ふう…
…これはマズイなぁ…
こうなると日本のストロングポイントである、積極的な守備がしづらくなる。
ブラジルはのらりくらりとボールを回し、隙を見て縦に速いパスを送るということを繰り返す。
これにより、日本のDFはゴール前に張り付くことを余儀なくされた。
これ以上の失点は許さない!…という、対応。
しかしSHもDHも守備に追われ、一向に反撃に転じることはできない。
風上を意識してか、最終ラインから長いボールを放り込むが、FW陣には繋がらず…得点の匂いがまったくしない。
沙紀は献身的に前からボールを追うものの、逆に下がりすぎてしまう為、FWひとりが孤立するという悪循環を繰り返す。
》守備陣は勇気を持って、ボールを奪いにいってほしいですね。
解説者は無責任に言う。
しかし果たして、それは正解なのか?
これ以上点を与えられない中、リスクを侵してでも、攻めるべきなのか?…ベンチは明確にしなければならない。
だが、作戦タイムがないのがサッカーだ。
監督がピッチサイドまで出て、声とジェスチャーで選手に指示を送るが…届いているだろうか…。
そうこうしているうちに、35分が過ぎた。
ここまで打たれたシュートは11本。
ピンチの連続だが、よく堪え忍んでいる…という感じ。
…とはいえ、そのシュート1本1本が守備陣の神経を磨り減らし、ボディブローのように効いてくる。
どこかで流れを変えたい。
一方、日本の放ったシュートは4本。
最初のつばさの超ロングなループシュートのほか、FW2人が苦し紛れに打った3本。
いずれもペナルティーエリアの外から狙ったものだが、残念ながら枠を捉えらることはなかった。
そして残り5分…。
日本に、この日初めてと言っていいくらいのチャンスが訪れる。
少しこの展開に焦れたのか、ブラジルが中盤でパスミスをする。
これをかっさらったのは…
沙紀だ!
センターサークル付近とかなり深い位置ではあるが、ドリブルで仕掛け一気に駆け上がった。
相手DFはペナルティーエリア内に4枚…きっちり揃っている。
…どうする?…
沙紀は一度は突っ込むフリをして、すぐにボールを右にはたいた。
コーナー付近にボールが転がる。
それに追い付いたのは…
…チョモ!!…
…ダイレクトでクロス?…
…逆足?…
「おぉっ!!」
…出た!エラシコ!!…
ヤツは詰めてきた相手DFを得意のフェイントでかわすと、ゴール前に左足で低くて速いボールを入れた。
…触れば1点!…
「あぁっ!!」
オレはまるで我が事のように、大きな声をあげた。
「おぉ…PKだ!!PK!!」
~つづく~
忘れてるかもしれませんが、元々はサッカーの物語りなんですw