【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
右コーナー付近から、つばさが放ったグラウンダーのクロス。
あるいは角度のないところから狙った、シュートだったかも知れない。
GKが出られない絶妙な位置にボールが入り『誰か触れば1点!』という場面で、ゴール前に突っ込んできたのが…沙紀だった。
相手DFが必死に脚を伸ばしクリアを試みたが、その先端…爪先…が捉えたのはボールではなく、沙紀の足。
この瞬間、彼女は前方に大きくふっ飛び、身につけた背番号11が空を向く。
これがファールと判定され、日本はPKを得た。
ブラジルはシミュレーションじゃないかと猛抗議するが…判定は覆らない。
オレも『転び方が派手だったから』ドキッとしたが、これは正当なジャッジだ。
問題ない。
ファールを犯した選手は、レッドカードで『一発退場』かとも思ったが、こちらはイエローカードのみの提示に留まった。
これはこれで仕方ない。
故意かどうかは、画面からではちょっと判断できなかった。
サッカーにおける2-0のスコアというのは面白いもので、次の1点がどちらに入るかによって、試合の流れが大きく変わる。
追いかける側からすると、当然0-3になれば、かなり心が折れる展開になるが…逆に1-2なら、俄然、同点、そして勝ち越しへの期待が高まる。
勢いってヤツだ。
サッカーでの2点差は、決してセフティーリードじゃない。
実際(統計をとった訳ではないが)このスコアから数多く逆転劇が生まれている。
そういう意味でも、このPKは大きい。
確実に決めておきたい。
ペナルティーアークにボールをセットしにいくのは…
「チョモだ!」
オレはヤツのPKは見たことないが、こういう場面でビビるヤツじゃない。
おもいっきり蹴りこむだろう。
ボールからまっすぐ3歩、斜め右後ろに2歩ほど下がった。
会場が静まり返る。
2万という観衆が、この広いピッチの片側…ただ2人だけの勝負の行方を見守っている。
ホイッスルが鳴る。
ゆっくりとつばさが動き始めた。
》さぁ!どうだ?決まった!ゴーーーール!!日本、1点差!1-2!GKもよく反応しましたが、その左手を弾いて、ボールはゴール右上にズバッと決まった!緑川沙紀と夢野つばさ、日本が誇る若きゴールデンコンビが、反撃の狼煙を上げました!!
…いやぁ…参った!…
…いくらなんでも、あのコースに、あのスピードで蹴れるかね…
PKは決めて当然と思われているが、もちろん、そんなことはない。
数々の名選手がシュートを外し、悔し涙を流してきた。
…だが、ヤツは…
…駆け引きなんか眼中になく、気持ちで蹴り、その魂がボールに乗った…
昔から気が強かったが、まったく臆することなく向かっていく様に、改めてオレは惚れ直した。
さて、とにもかくにも1点入った。
ここからが大事だ。
余裕がなくなったブラジルがバタつくのか、あるいはギアを上げるのか。
前半の残り時間は少ない。
…ここは無理せず、後半仕切り直しだ…
しかし、時計を気にし始めたのか、落ち着かないのは日本だった。
パスが繋がらない、不用意にファールを犯す。
そして迎えたロスタイム。
日本はFKを与えてしまう。
ブラジルから見て、左45度。
距離にして約20mほど。
直接狙える距離だ。
恐らくこれが最後のワンプレー。
…イヤな位置だな…
日本の壁は5枚。
つばさもそこに入った。
…とにかく集中!集中!…
だが…
》ブラジル、FKを蹴るのは2点目をあげている『マリア』。直接狙うのか?それとも誰かに合わせてくるのか?…ゆっくりと後ろに下がります。さぁ、助走から…蹴った!あっ、壁に当たった。こぼれ球…クリア!できない!拾われた?そして、ゴール前…ボールが入る!繋がった!反転して…シュート!ブロック!!…あぁ!!入った?入った!?入ってしまったぁ!…日本、ロスタイムに失点!…そして、ここでホイッスル!前半終了…1-3でハーフタイムを迎えます…。
アンラッキーと言えばアンラッキーだ。
ブラジルが放ったシュートは、DFがブロックしたものの、それでコースが変わった。
GKは逆を突かれ、力なく転がったボールは、無情にもゴール右隅へと吸い込まれてしまった。
不幸にも、ボールを足に当てたのは、先制の失点に絡んだCBだった。
今のは責められない。
必死にクリアにいった結果である。
そもそも、あそこでFKを与えるのが間違いだし、もっと言えばバタバタした感じが、この展開を生んだ。
…今日は彼女の日ではなかった…ということか…
そうとしか言いようがない。
2失点目以降、堪えに堪えてきた日本だが『ついに…』だ。
しかし、まだ45分残っている。
果たして、どう立て直すのか。
仮に今日負けても、あと2試合に勝利すれば、予選突破の目は残る。
場合によっては、1勝1敗1分でもイケるかも知れないが…
…だとしても、これ以上の失点は許されない…
2チームないし、3チームが勝敗で並べば、最後は得失点差の争いになる。
後半、日本はメンバーを交代した。
件(くだん)のCBをベンチに下げ、前半まったく機能しなかったSHを、完全にSBとして、DFラインは4人になった。
システムは攻撃的な選手(OMF)を1人増やし、中盤はダイヤモンド型の4-4-2となった。
守備一辺倒となった反省を踏まえて、
攻撃のリズムを作りたい…そんな意図が見える。
対するブラジルもメンバーを交代して、システムを4-4-2から3-4-1-2とするようだ。
日本とは逆に、少し守備的に変えてきた。
かと言って、守りに入ったワケではい。
ブラジルは2~3人で、ゴール前までボールを運んでしまう速さがある。
決して油断してはいけない。
日本のキックオフで後半が始まった。
エンドが替わり、向かい風となった日本は、短く速いパスを繋ぎ、攻撃のリズムを作る。
後半の5分過ぎ…スルーパスに抜け出した沙紀がGKと1対1になる。
相手をかわして打ったシュートは、惜しくもポストに弾かれ…得点機を逃す。
さらに後半12分には、CKから途中出場のOMFがヘディングシュートを放つが、これもクロスバーに嫌われた。
その直後、今度はつばさが果敢にミドルを狙っていく。
しかし、GKの真っ正面…ゴールラインを割ることができない。
そして迎えた後半22分…日本はまたもやCKを得た。
素早いリスタートで、ショートコーナーからゴール前にクロスが入る。
そこにファーから飛び込んできたのは…つばさ!
「いけっ!!」
だが、オレの叫びも虚しく…ヤツは空中でおもいっきり吹っ飛ばされ、左肩から落下した…。
誰もがファールだと思ったが…しかし、結果はまさかのノーホイッスル。
つばさが倒れたままゲームがつづく。
その様子にスタンドから大ブーイングが起こり、ようやくブラジルはボールを外に蹴り出した。
すぐに担架が用意され、つばさは一旦ピッチの外へ運ばれる。
…あの角度はヤバい!!…
いくら怪我に強いとはいえ、あの落ち方は危険だった。
その間、日本は「ファールじゃないか!」と激しく詰め寄るが、主審は人差し指を立てると左右に振り、抗議を受け入れない。
VTRで見れば、相手DFはボールを競りにいった…というよりは、明らかにつばさの身体目掛けて飛んでいた。
膝がつばさの鳩尾(みぞおち)に入っているようにも見える。
それでもノーファールの判定としたのは、その選手が前半に1枚、イエローをもらっていたからなのか?
2枚目のカードとなれば、即、退場。
PKの帳尻合わせか…ゲームを荒れさせたくないという感情か…あるいは単なる技術不足なのか…。
いずれもしても、日本には悔しい判定。
今後、禍根を残すかも知れない。
だが、それも含めてサッカーだ。
今は割り切るしかない。
強いチームが勝つんじゃない、勝ったチームが強いのである。
プレーが再開されて、しばらく経ってから、つばさはピッチに戻った。
左手の親指を立てチームメイトに「大丈夫」とアピールするものの、かなり肩は痛そうだ。
無理はさせたくないが、この展開で彼女に代わる選手などいない。
ここが日本の苦しいところだ。
しかし、この辺りから流れはブラジルへと傾いていく。
後半33分…ルーズボールがブラジルのFWに渡る。
この瞬間、日本のDF陣がボールウォッチャーになってしまった。
マークの受け渡し…連携不足か?
フリーにさせてしまう。
最初のシュートはGKが身を呈して防いだものの、こぼる球を押し込まれ…日本は敗戦濃厚…決定的な4点目を失った。
これで意気消沈したのか、日本の足は完全に止まる。
後半41分には、ブラジルにいいようにパスを回されたあと、サイドから悠々とクロスを上げられる。
これを頭できっちり合わせられ、決勝トーナメント進出さえも絶望的となるような…5失点目を喫する。
ロスタイム…。
勝利を確信して気が緩んだブラジルDFの隙を突き、沙紀がつばさとのワンツーで抜け出すと、そのままペナルティーエリアに侵入。
再度GKと1対1の勝負になったが、今度は冷静に浮き球で相手をかわし、無人のゴールへと蹴りこんだ。
しかし、ここでタイムアップ。
日本の大事な大事な初戦は、スコア以上の完敗で終わった…。
「高野さん、そろそろ準備を始めますよ…」
看護師がオレに声を掛ける。
そう、オレは今から手術だった。
「サッカー、どうでした?」
「…はぁ…今すぐにも麻酔をしてほしいですね…」
「…というと…」
「今、観ていた時間を消したいくらいの…惨敗です」
画面では監督のインタビューが映っていたが、オレは観るのをやめた。
このあと、キャプテンや、得点を決めたチョモ、沙紀らが呼ばれるハズだが…彼女たちの顔を直視し、話を聴ける自信がなかった。
~つづく~