【ラブライブ μ's物語 Vol.4】オレとつばさと、ときどきμ's ~Winning wings 外伝~ 作:スターダイヤモンド
「うわぁ…これがサッカーのスタジアム!?」
穂乃果はバックスタンドから、フィールドを見下ろして、感嘆の声をあげた。
「まさか、本当にここまで来るとはね…」
にこは掛けていたサングラスを外しながら、眩しそうに空を見上げる。
「凄いね!芝が綺麗な模様になってるよぅ」
「ことりちゃん、あれがピッチ職人の腕の見せどころなんだにゃ」
「ピッチ職人?」
「芝目の模様は、刈りこむ向きによって変わるんだよ。芝刈り機が、芝を倒した方向で光の当たり方が変わって…見た目が違くなるんだにゃ」
「へぇ…」
「さすが凛ね!」
「伊達にスポーツのインストラクターを目指してないにゃ!」
絵里に誉められると、凛は「えへん!」とペッタンコな胸を突き出した。
「…でも、ここまで来て夢野つばさが出なかったら、どうするつもりよ?」
にこはオペラグラスを目にあてがうと、キョロキョロとウォームアップし始めた選手を覗き見る。
「どうするもなにも…それはそれで仕方ないです。個人的には、もちろん出て欲しいですが…」
「まぁ、あまり状態はよくない感じだけど…いいんじゃない?普通に日本を応援すれば…」
「そうですね。勝てば次がありますから」
真姫の言葉に『いつもと違う姿をした』海未が頷いた。
そう…彼女たちは女子サッカーの応援をする為に、海を渡って遠路遥々、この会場までやってきたのだった。
凛以外は生のサッカー観戦は初めてである。
観戦はおろか、ことりや真姫はルールすら知らない。
それでも…
海未の疑惑を晴らすため…「海未のせいで夢野つばさが活躍出来なかった」などと言わせない為、直接現地で応援するに至ったのだ。
なでしこジャパンの第3戦、南アフリカとの試合会場は、2万人収容のサッカー専用スタジアム。
ピッチと客席が近い為、満席になるとかなり圧迫感がある。
向かって左のゴール裏では、すでにウルトラス(日本のサポーター)が詰めかけ、気炎をあげている。
しかし、開始時間までまだ早いからか、ブラジル戦、フランス戦と較べれば空席が目立つ。
いや、少し違う。
実は前の2戦は、日本のサポーターはもちろん、両国のサポーターが大挙して押し寄せたことと…注目度が高い対戦だった為、地元民も多数足を運んだことにより、(会場は違ったが)立錐の余地もなかった。
だが、南アフリカは…というと、サポーターがそこまで来ることもなく、人気カードというわけでもないので、地元民の観客もあまり多くない。
希が『チケットをわりと容易に入手できた理由』もそこにあった。
日本のホームゲーム…そんな感じである。
「この辺でいいかな?」
一行はバックスタンドの中段…ピッチ全体が見渡せる位置に陣取った。
「みんなお揃いのようやね?」
「!?」
馴染みのある関西弁が、不意に背後から聴こえた。
「希!?お休み取れたの?」
その顔を見て驚く面々を代表して、絵里が言った。
「チケットを手配したのは、誰だと思ってるん?ウチ、ただ働きは嫌いなんよ」
と、希はニヒッと笑う。
「みんな、早く着いたんやね?」
「ええ、穂乃果が寝坊しなかったし、ことりも自分の枕を忘れなかったから」
「あはは…」
「えへっ…」
真姫の皮肉混じりの言葉に、照れ笑いを浮かべる穂乃果とことり。
希もつられて笑う。
しかし、そこにいるメンバーの『ある異変』に気付き、希は大きな声で叫んだ。
「ちょっと、海未ちゃん!!髪、どうしたん!?」
希の姿を見て驚いたメンバー以上に、彼女は驚いた。
それほどの違和感。
それほどの変わりよう。
「禊(みそぎ)…と言えばよろしいのでしょうか…。もしくは、必勝祈願の願掛け…とでも言いますか」
こともなげに語る海未だが、その自慢の長髪は…
バッサリと切られていた。
わかりやすく言うなら『凛とほぼ同じ長さ』に…である。
「さすがに『坊主にする』っていうのは全員で止めたけど…」
と、にこが呆れた顔をして海未を見る。
「中途半端では意味がありませんから」
「だからって坊主はやりすぎだって!」
「…海未ちゃん…そっか…そやね…。うん、きっとその想いは伝わる…」
その姿、その言葉を聴いて、希の目に涙が溜まる。
「希、何を泣いているんですか?私は特になんとも思っていませんよ。ずっと、切りたかったんです…ですが…キッカケがなくて…。初めは少し、首筋がスースーしましたが、もう慣れましたし」
「泣いてなんかないよ…目にゴミが入っただけやから…」
海未の言葉は、半分嘘だ。
だが、本人がそう言う以上、希はもう何も言えなかった。
「でも、似合ってるやん」
希にそう声を掛けられると、海未は顔を赤らめながらも
「はい、私もそう思います」
と力強く答えた。
「あとは、かよちんだけにゃ…」
呟いたのは凛だが、他のメンバーも同じことを思っていた。
「一応、チケットは送ったんやけどね…」
「まぁ、仕方ないですね」
事前に話していた通り、メンバーの中で一番忙しくしているのは花陽である。
しかし…もしかしたら…という期待がなかったわけではなかった。
だが、それはどうやら無理だったようだ。
「残念だにぁ…」
凛は、再び悲しげに呟いた。
その時だった。
「ご一緒させて頂いてもよろしくて?」
「!?」
「お久し振りね、μ'sの皆さん」
「!!」
「ツバサさん!あんじゅさん!英玲奈さん!」
振り向いた先にいたのは…A-RISEだった。
「ど、ど、どうしてここに!?」
「どうしてここに?矢澤さん、それは愚問だ。私たちも夢野つばさを応援しにきたのさ」
「英玲奈のいう通りよ。それに私個人としては、同じ『ツバサ』を名乗る者として、共に闘っていきたいの。その…フィールドは違うけど、彼女の活躍が私の刺激になるから」
「確かに、壮行会の時もそう仰(おっしゃ)っていましたね」
同席していた海未は、確かにその言葉を聴いていた。
「なるほど…。これは心強い仲間が増えたわ!」
と絵里。
「私たちのファンとμ'sのファンが、色々とやってくれてるけど…私たちは一切そんなつもりはないから…。だから、今日は一緒に、精一杯応援しましょう!」
「はい!」
周りの観客が振り向くほど、穂乃果が大きな声で返事した。
「…ところで、園田さん、その頭は一体…」
A-RISEの質問に、希にした説明を、もう一度する海未。
…さすが、園田さん…
…その潔さ、その精神力…
…μ'sは彼女がいたから強くなれた…
ツバサは海未の顔をジッと見つめた。
「私たちも、仲間に入れてもらっていいかしら?」
「えっ!?」
「星野はるかです!」
「浅倉さくらです!」
「水野めぐみです!」
「『アクアサカクラスター』です!」
「うそでしょ!?」
「μ'sの皆さんは…海未さん以外『初めまして』…ですね…」
はるかがそう言うと、めぐみとふたりで頭を下げた。
「私は全員と初めましてかな…A-RISEも…」
遅れて、さくらが一礼をする。
「どうしてここに!って思ってますよね?でも、一緒ですよ。夢野つばさの応援です」
「…っていうより、むしろ『私たちが応援しなくて、誰がする?』ってことですよ。だってつばさは『シルフィード』のメンバーなんですから」
「私もそう。元C.A.2の相棒ですもの」
「す、凄い…A-RISEとアクアスターと浅倉さくら…そして小庭沙弥が一同に会するなんて…。こんな豪華な顔合わせってある?…あり得ないわ!!…そう、あり得ない!」
とにこ。
「に、にこちゃん、興奮しすぎだから!」
と穂乃果。
「小庭沙弥は余計じゃないかにゃ?」
「ぬわんでよ!!」
凛の『にこ弄り』に、全員が笑う。
「初めまして、ことりさん」
「初めまして、さくらさん」
「そっか、ことりちゃんとさくらさんて、親戚だったんだっけ?」
穂乃果がその様子を見て、口を挟む。
「すっご~く、遠いけどねぇ」
「まさか、こんなところで初対面となるとは、思わなかったわ」
「うん。ことりも」
「改めてよろしくね」
「こちらこそ」
ことりとさくらのふたりが、握手をかわす。
「役者は揃った…ってとこやね」
「…希…これってまさか、あなたが?」
偶然にしては出来すぎてる…海未の顔はそう言いたげだ。
「さぁ…ウチはなんも知らへんよ。みんなの想いがひとつなった…そういうことやない?」
「…わかりました。無粋な詮索はやめましょう。あとはつばささんを…日本を…全力で応援するだけですね」
海未はギュッとこぶしを握りこんだ。
「…ところで、海未さん、その頭は一体…」
アクアスターの質問に、三度(みたび)、同じことを答える海未。
「海未ちゃん、いちいち説明するのが面倒だったら、背中に『イメチェンしました』…って貼り紙でもしておいたら?」
「いえ、結構です!」
穂乃果の案を、海未は即、却下した。
「そう、そう、ことりね、こんなの作ってきたんだ」
ことりはそう言うと、持ち込んだ袋から、なにやら布を取り出す。
「穂乃果ちゃんはこっちを…海未ちゃんはこっちを持って…広げてください!」
ことりの指示通りにふたりは布を持ち、お互い反対方向と歩き始めると、それは3mほどの長さになった。
「横断幕?」
そこには白地に赤く『YES!自分を信じて ーユメノツバサ!!ー』と染め抜かれていた。
「ことり…これはもしかして?」
「うん!『ユメノトビラ』の歌詞だよ。海未ちゃんが『ユメノトビラ』はタイトルが、本当は『ユメノツバサ』だった…って言ってたのを思い出して」
「ユメノトビラ…いい曲ですよね!」
「はるかさん?」
「びっくりしなくてもいいですよ。はるかはμ'sマニアなんです」
めぐみが、彼女について説明した。
「♪Yes!自分を信じて、みんなを信じて」
「♪明日が待ってるんだよ…行かなくちゃ」
はるかがいきなり口ずさみ始めると、めぐみがあとに続く。
すると
「♪Yes!予感の星たち胸に降ってきた…輝け!…迷いながら立ち上がるよ…」
と『ここは私のパートよ』とばかりに、絵里、にこ、真姫の3人が歌い出した。
ある種の条件反射なのかも知れない。
そうなれば他のメンバーも、黙ってはいられない。
穂乃果とことりも、そのあとに続く。
そして大サビの歌詞は…『トビラ』を『ツバサ』に変えて、A-RISEを含めた13人で、ワンコーラス歌いきった。
その様子を浅倉さくらは、楽しげに見ていた。
「あはは…つい歌っちゃったね」
「うん、穂乃果ちゃん。なんか久々に歌ったけど楽しかったね!」
その思いは、他のメンバーも同じである。
自分たちの歴史を否定するつもりはないが、だからといって想い出にすがるつもりもない。
だからこれまで、ハミングすることくらいはあっても、これほどまでにガッツリ歌うことはなかった。
…やっぱり、みんなと歌うのは楽しいなぁ…
μ's全員が、感慨深げな表情をした。
彼女たちを見ていたのは、さくらだけではなかった。
歌声に気付いた周りの観客が、期せずして起こったミニライブに、拍手を送った。
そして、それはざわめきに変わる。
「あれっ?よく見るとA-RISEじゃね?」
「こっちはアクアスターだよ」
「マジか!?浅倉さくらもいるじゃん」
「…そして、もしかして…μ's?」
まさかの状況に、周辺は騒然とした雰囲気になる。
だが、ここで海未はスクッと立ち上がると、ポケットからハチマキを取りだし、頭に素早く巻いた。
ハチマキには『必勝!』の文字が見える。
「みなさん、今日の試合は日本にとって運命の一戦です。私たちも一緒に力の限り闘いましょう!!」
「おぉ!!」
海未の応援団長然とした、気合いと気迫に、ミーハーな気分は吹っ飛ぶ。
周囲の観客は、瞬時に戦闘モードに入った。
~つづく~