俺が覚醒してから、1週間が経つ。時というのは早いもので、実感が無い。鉄骨の事件が昨日の事のようにフラッシュバックする毎日の中、俺はある一つの疑問が出てきた。
(味覚がおかしい。)
文字通り、味覚がおかしいのだ。見舞いに来た陽乃さんが持ってきた
、俺の大好きなMAXコーヒーも何故か飲めなくなり、病院食は全て不味く、御世辞にも美味しいとは言えない。喰種というのは人との味覚が違うらしく、戸塚も例外ではないらしい。
だとしたら考えられるのは一つ。
俺は喰種になってしまった。
それはいい。いやよくないんだけどね。
だが、一つ不可解な事がある。あの医者はこの事を知ってるのか、と。
「クソッタレが。」
結局、俺は総武高校に行くことすらままならない状態だ。俺が事件に合ったというのは雪ノ下や由比ヶ浜、そして小町に伝わっていない。いや、伝えていない。平塚先生と陽乃さんだけに伝えていた。
今更俺が生きていたとしても、クラスの現状は変わらないだろう。「なんでお前が生きていて戸塚が死んだ」と言われて即否定されるだろう。
そういう訳で、俺は死んだということになっていた。
────それらを、俺は過去形で語っている。
戸塚は死に、俺の体の一部として生きている。矛盾しているが、そうとしか言えないのだ。
「…で、陽乃さん。俺に何の用ですか。」
「いやいや〜…大変だったね…って。」
「…そりゃどうも。」
他人事の様に…いや他人事なんだが、そう語られてしまうとなかなか腹が立つものだ。皆は言う。「戸塚は残念だった…。」と。目の前で死んでしまった友達をそう語られるのも腹が立つ。殺してやりたい、と思うほどだ。そう思いすぎて俺自身が月牙になりそうだ。無月しちゃうよ。最後の月牙天衝しちゃうよ。
「【あんていく】ってお店知ってる?君。」
「平塚先生から聞いてますよ…。そこでバイトしろって。」
「おっ、静ちゃんやるね〜…で、どうなの?」
「どう、とは。」
「どうするか、だよ比企谷君。」
どうするか、か。
俺自身も分からない。何がしたいのか。
「…バイトじゃなくてさ。そこで養ってもらいな♪」
「…は?」
「いやだからね?そこで暮らしなよ。総武高校辞めて。」
つまり、俺に喰種として生きろと言っている。この女は。
「…本当に、全部他人事なんですね。一周回って清々しいですよ。」
本当に清々しい。「最ッ高にhighって奴だァ!!」とか叫びながら脳みそほじくれるレベルで清々しい。
「…口車に乗ってやりますよ。陽乃さん。」
△▼△▼△
そんな訳で、俺は平塚先生に東京まで連れてこられていた。時々歯を食いしばり、眉間に皺が寄るのが見えた。
「…。」
「…、」
車内には不穏な空気が流れている。気まずい。
「…比企谷。私は生徒1人すら救えない駄目な教師だ。」
「いえ、平塚先生。貴女は俺を真面目に助けようとしてくれた先生だ。」
俺は自身を攻める平塚先生にそう言う。いつまでも支えてくれたのは誰でもない、平塚先生だ。そんな人が自分を責める必要なんてないし、何より…見ていられない。戸塚といい平塚先生といい、何で俺のために身を削るんだろうか、理解出来ない。
「…、君らしいな。実に…君らしい。」
そう呟いて、フッと笑って見せた。
そんな話をしていると、あんていく、という店の前についた。店長の芳村という人にはもう話してあるらしい。平塚先生は、俺が喰種にされたと分かっていても俺を軽蔑したり拒絶したりはしなかった。寧ろ逆だ。俺に優しくしてくれたし、助けてくれた。そんな恩師に言う言葉なんて、決まってるだろう。
「ありがとう…ございます。平塚先生。」
流石に屑みたいな俺でも分かる。今、平塚先生に必要なのは考える時間だ。生徒第一の彼女は、その生徒がこれからの命運を決めるという時に、どうするべきか、考える時間が必要。俺はそう思った。だから、俺はその言葉の後にこう綴った。
「…アニメについて、今度話しましょうね、一緒に。」
「…っ。」
涙をこぼす平塚先生。生徒1人のために涙を流せるその人の良さは、なんでこの人独身なの?と思う程だ。何でこんないい人に夫出来ないの?俺貰っちゃうよ。
「…待っているぞ、比企谷。」
平塚先生はそう微笑み、俺に抱きついた。優しさと温もりと柔らかさを感じ…っておおおい!!!胸が!!メロンが!!
こんな時でも馬鹿できる俺ってマジすげえと思う。
「…死なないでくれたまえよ。君は私の大切な生徒の1人だ。」
平塚先生のその言葉はいつまでも頭に残った。
そして、俺は平塚先生が去るのを確認してから、【あんていく】のドアを開ける。これからを、変えていく為に。
「いらっしゃいませ。」
珈琲の匂いのする喫茶店へと足を踏み出した。
うへえ