俺はあの日から少しずつ変わってきている。川崎が2日に1回、東京に来てくれる。大志はこの事を知っているが、小町には教えていないとのこと。
「お兄さんとの約束っす。俺は約束は守る男です。」
…今まで羽虫って呼んでごめんな。お前いい奴だわ。小町をあげても安心だ。
そして今は、川崎と出掛けている。
「ほらついた。あそこあそこ。」
「ん…?」
今日はシフトも無く、久々にグータラしていたら川崎からメールが来た。そして今に至る。
誰かと出掛けるということをしたのは久しぶりだ。出掛ける友達なんていなかったから、喰種が更に心に染みた。
川崎もウキウキとしているらしく、時折俺の顔をチラッと見て、顔を赤くし、パパッと視線を戻す。これを何度も繰り返している。俺も同様。
そして、俺達は服屋に向かっている。唐突すぎる俺の〝死〟は、俺の服までかっさらっていった。おかげであまり服がない。そこで、川崎が服を買いに行こう、となった。そして今に至る(2回目)。
「あ、これなんてどう?」
「お。」
川崎が渡してきたのは、赤と白のチェックのシャツ。俺はこういうの好きだ。今の季節、こういう涼し気な格好がなかなか便利だ。喰種に、爽やかな感じがしていた。俺にファッションなんてこれっぽっちも分からないが。
「いいな、これ。買う。」
俺は川崎の手からそのシャツを取り、かごに入れる。
「……予算幾ら?」
「バイト代合わせりゃ12万」
病院の金とかあるもんね!
「…凄いね」
「だろ?」
他愛もない話をしつつ、千葉とは違ったショッピングモールを歩く。とても楽しい。チラ、と鏡を見つけた。
────俺は自覚しているドロドロと腐った目が腐っていない事に気付いた。
やだ、誰このイケメン。
この俺がそう思うほど、目が腐っていない。楽しいという証拠だ。本当に、ずっとこれが続けばいいのにな。
「比企谷?行くよ。」
そんな俺の様子を伺いつつ、川崎が控えめにそう言う。
「、ああ。」
△▼△▼△
川崎とのデート()も終わり、オレンジ色が瞼に焼き付く夕暮れの中を俺達は歩いていた。夕日のおかげか、川崎の顔がほんのり赤みがかっていて美しいと思った。
…おほん。このデートは、俺が半喰種だということを一時的に忘れさせてくれていた。一人の人間として娯楽を楽しみ、一人の人間として交流を深める。当たり前のようなことが当たり前にできなかった俺が、そんなことを思える様な程に楽しめたのだ。
「…川崎、今日は────」
俺が「今日はありがとう」と言おうとしたら、その言葉を川崎が遮った。俺の唇に指先を当て、女子がプリクラでよくやるポーズNo.3の「しーっ」のポーズになっていた。傍から見ればリア充。俺から見れば生き地獄。何この可愛い生き物。
「フフ、その先はまだ言わないで。」
川崎はそう言う。理由こそわからないが、俺は言うのをやめた。
夕暮れも束の間、完全な闇が訪れた。俺達はその闇の中を歩く。
路地裏に差し掛かると、あたりの温度が急激に下がったような気がした。
突然だが、喰種は五感が優れている。視覚・嗅覚・触覚・味覚・聴覚。味覚は人の肉しか食せない為、宝の持ち腐れだが、喰種相応の対価だと思う。
…まどろっこしいことはやめようと思う。
「川崎!!しゃがめ!!」
「えっ────」
突然の出来事に、川崎は反応出来ず、吹き飛ばされてしまう。いくら川崎といえ、喰種相手では人撫ででいとも簡単に壊れる。
「川崎!」
壊れこそしなかったものの、頭から血を流して倒れ、気を失ってしまった。
「よォ?わざわざこんな所通るなんてテメェ馬鹿じゃねーノ?」
煽るようにそう言い放つ喰種は、明らかに異様な空気、そしてオーラを放っている。俺の本能が真っ先に反応したのかは不明だが、危機感を覚える。
────川崎が、危ないと。
気付けば、川崎を庇うように仁王立ちしている。俺は喰種、多少の攻撃ならば耐えられると自己暗示し、笑う膝を何とか抑え、二本足で立っている。
「そいつは俺のエサだヨォ!!邪魔すんなっつーノ!!」
そいつは喰種を許さず、間髪入れずに俺の腹部へ蹴りをかます。たかが蹴り、そう思ったのが仇となった。
俺の腹部は骨がバキバキと音を立てて割れ、そして抉れた。
「────ッ!!!!」
抉れた部分を、焼けるような痛みが襲う。人の身では味わえない、名状し難い痛みだ。車に轢かれた痛みなど比にならない。
そんな俺な時にせず、そいつは一方的に話を進める。
「お前喰種かヨ?しかも隻眼とかキメェナ。どーりでヒトの匂いがした訳だ。」
「っ川崎はやらせねぇ…」
相手の質問意見など全て知らない。俺は俺を通す。
川崎はまだ目を覚まさないようだ。木を背もたれにし、グダリと寄りかかっている。…心配入らないみたいだ。
だが、問題はこの喰種だ。川崎を助ける上、絶対に無力化しなければいけないだろう。俺にそんな芸当など出来るはずがない。だが、敗北は死を意味する。川崎も俺も。
逃げるか?いや、川崎を抱えて逃げたとしても追いつかれて嬲り殺しにされる。
戦うか?いや、戦っても勝てる気なんてしない。
じゃあどうする?
────時間稼ぎだ。
川崎が目を覚ますまで時間を稼ぎ、川崎が目を覚ましたらアイコンタクトで逃げる様に伝える。川崎が逃げ終わった後に俺も退避し、あんていくに行く。
成功率は20%くらいだろうか。やってみなければわからない。
俺はそいつに突っ込んだ。
ただただ闇雲に突っ込んだだけに見えるが、実は手元に尖った鋭利な小石を持っている。コイツで目を抉り、時間稼ぎを有効化させる。
読み通り、そいつは俺の腕を抑えてきた。
「ッ!!」
俺も喰種。
力は喰種なりに強く、手を振りほどくくらい出来る。
そして振りほどく。そいつに隙ができるのを確認し、目元に石を刺そうとする。
が、次に目に入ったのは赫い触手が俺の腹を穿っている光景だった。
△▼△▼△
「があああっ!!!!」
声にならない叫びが口から漏れる。痛み────痛すぎて感じられないが────を全身を襲っているのだろう。身体が痙攣し始め、俺は力なく地面に倒れた。赤い鮮血が、俺の倒れた所を筆頭に地面に広がり、1つの血溜まりを作る。
「ッ!!ッ!ァアアッ…!」
先程言ったが、痛みが全身を襲っている。肺は喘ぎ、神経は麻痺し、頭脳は回転しない。
「赫子使っときゃ良かったナ。じゃ最初にあそこの女喰うか。」
────あそこの女?
────川崎の事か?
川崎が食われる。殺される。俺はそう判断した。
目の前で誰かが死ぬのはいい。別に勝手に野垂れ死んでいく奴らに興味などない。血が怖いだとか、人が死ぬのを見たくないだとか、そんなことは言ってる奴らの甘えだ。形あるものはいつかは壊れる。人もそうだ。たかが今死んだところで、壊れるのが早くなっただけのただの
────だが、川崎は違う。失いたくない。
俺はそいつの足を掴み、川崎の元へ行かせないようにした。だが、その抵抗は虚しく、蹴り飛ばされる。
「邪魔すんなっつーノ。」
じわりじわりと川崎との距離を詰める。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
俺は俺が俺じゃなくなるのを認識した。壊れていくのを。
さっきまで傷んでいた傷、身体、全てが気にならなくなる。そして、脳内に
『八幡。川崎さんを助けなきゃ。』
俺の作り出した
俺の体の場合後者だ。傷だ。名誉の傷でも何でもない、馬鹿やった結果だ。当然の報いとも言える。喰種になった時点で喰種は始まってるんだ。別にいい。
…でも、川崎だけは失いたくない。
俺は、
「────力をくれ。皆を守れる、力を。」
純粋に力が欲しい。
戦闘民族だとか、好戦的だとか、そんなんじゃない。川崎を守りたい。その為には力がいる。だから欲しい。
『…八幡。限界がきたら、ぼくは八幡を止めるよ。』
ああ。
『これを使ってしまうと、もう戻れないよ。』
ああ。
『…川崎さんを、守ってね。』
────ああ。
と俺の会話はそこで途切れる。
そして。
ゴウッ、と、コンクリートを抉る音が路地裏に響く。
「!?」
喰種は俺の方に振り向く。驚愕を浮かべた顔…の目は、赤黒く変色し、人のものではなかった。
俺も同様だ。右側の目が赤黒く変色している。自分で分かる。
俺の頬を撫でるのは柔らかな風…ではなく。
夥しい量の鮮血と、俺の肩部から生える羽根のような白の赫子だ。
赫子は戸塚の物と同様で、戸塚のよりも2本多く、新約とある魔術の禁書目録の垣根帝督の様になっている。
「────だよその赫子はァ!!!?」
喰種は俺に叫ぶ。焦りと緊張、そして危機感を含んだその叫びは、残念だが俺の耳には届かない。
ここから先は正念場。血と汗と涙────ではなく。血だけが舞う冷酷、残忍な処刑場。そして、その場にいるのは判決を言い渡す天使と罪人だ。天使は白い羽根を、罪人は赫い触手を。一緒に買って、そのまま着てきた赤のチェックのシャツは、傷だらけではあるが破れてはいない。この状態は、【傷だらけの天使】だ。
そして、判決が言い渡される。
「────殺す。」
極刑。
喰種の腕が飛んだ。
中二心が暴走してます