どさり、と力無く倒れる。流れ出した血は止まらず、青白い髪を紅へと染め上げる。意識は朦朧とし、コンクリートの冷たい感触が直に伝わるせいか、全身が冷たい。寒い。
失いかけた気で、ちらりと横を見やると、血で染まった青白いポニーテールを下げた少女が一生懸命俺に声をかけ、体を揺さぶっている。
体を揺さぶる毎に血がブシュ、と吹き出す。それを見て察したのか、揺さぶるのを急にやめた。
意識がブラックアウトして、俺に暗転が訪れた。
『八幡。』
暗転した景色に、戸塚が溶け込むように現れる。戸塚はニコニコしながら俺を見やり、コツコツと足音を立てながら俺に近付いてくる。
『…今は休んで。川崎さんは死なないから、安心して。』
安心こそしてないが、戸塚がそう告げると、俺の意識は完全にぷつりと切れた。
逃げてくれ、川崎────。
△▼△▼△
川崎は微動だにしない。その理由は何故かはわからない。視線は泳がず、真っ直ぐと前を向いている。
喰種の目にはそれが〝生意気〟に写ったのか、川崎を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた影響で川崎は数m吹き飛び、ズザザザ、と地面を引きずる音が止むと同時に川崎の体も止まる。
川崎の体は限界を迎えている筈だ。喰種の蹴りを生身で受けてまともにいられる人間などいないはず。
それを含めて生意気に見えているのか、地団駄を踏みながらジリジリと距離を詰めていく。「次で終わりだ」と言わんばかりに。
「────ッ、」
その様子を噛み締めた川崎は、息を呑む。そして、額を伝った鮮血を拭う。だが、止まらない。拭っても拭っても流れてくる血と共に、川崎は地面に手をついた。
「…。」
諦めかけた命の中、川崎は弟と妹の事を考えている。走馬灯というのは本当に死に間際に見えるものであり、全ての光景がスローモーションになる。
(けーちゃん、大志。)
今は会えることなどない家族の名を呼ぶ。助けを求めても誰も来ない。それ以前に、喰種に襲われている人間を助ける物好きな人間などいない。川崎はそれを理解している。理解した上で、誰かに助けを求めようとしない。
でも、死にたくはない。
「────」
ニヤリ、と笑った。
最期は笑って死のうと思ったのだろうか、川崎にそれ以上の感情はない。
八幡は全力で川崎を守ろうとしたが、満身創痍というのは怖いものであり、自身がやられてしまった。暗転した意識の中でも、いつも通り捻くれた考え方をしているのだろうか。八幡の中にいる戸塚は何を考えているのだろうか。
もう、そうも考えることすら出来なくなっていた。
数秒後には、川崎は死を迎える。
そんな時、愉快な考えはできるはずがない。
全てを覚悟し、目を瞑った川崎。
だが、次の瞬間、川崎の目に写ったのは、首が切断された喰種の姿だった。
切られて生首と化した喰種の頭などには目を向けず、川崎はその行為の実行犯に目を向けた。
八幡────
……ではなく。
緑色の髪を下げた、八幡と同じ、片目だけ赤黒い、小柄な少女だった。そしてその少女は、八幡をちらりと見たあとに、川崎の方へとトテトテ歩き、
「キミ、いやキミ達!実に面白い!」
見た目に合った声の雰囲気で、彼女はそう言った。額には、首をはね飛ばした影響で返り血がこべり付き、赤黒い方の目の辺りを更に赤くしていて、薄気味悪い。だが、当の本人はそれすら気にせず、口を開く。
「いやいやー、大変だったね?こんなのに襲われちゃって。」
こんなのと名指し、喰種の体をペシペシと蹴る。
その様子は、まるで人形でも扱っているかのように映り、更に薄気味悪い。
「────、そう警戒しなくていい。私は味方さ。取り敢えず、彼を運ぼうか。」
自身が味方であると告げ、ちらりと八幡の方を見る。まるで、自身と同じものを見るかのようなその目は、人間らしさ、喰種らしさ、或いはその両方か。それらを灯している。
川崎には、理解できない。
ここまでして助けてくれる理由が。しかも、見た所彼女は喰種だ。喰種が人間、半喰種を助けるなど、考えもできない。
そうはいっても、実際助けてくれた。その上、彼女は余裕を感じさせる表情を浮かべながら、楽しげに八幡を担ぐ。普通逆だろ、と思うかもしれないが、本当に担いでいる。
完全に黒と化した夜空の下に、女2人男1人。男は担がれ、女1人は大怪我。もう1人はとてもニコニコしながら男を担いでいる。
幸い、人はおらず、返り血もバレることがない。
そんな中、男を担ぐ女が言った。
「────私はエト…芳村エト。高槻泉って名前で小説家やったりもしてるよー。」
と、気だるげに言うその少女────否。大人の女性は。
…超有名人だった。
エトしゃん登場です。