ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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お姉ちゃんが大怪我をしてしまいみぽりんがそんなお姉ちゃんを介護するお話です。


片翼の鳥

「ふんふーん」

 

 私、西住みほは鼻歌を歌いながら実家の厨房で料理をしていた。

 実家にいるときはいつもだったら料理は菊代さん達女中さんに任せているんだけど、今日だけは特別に厨房を貸してもらっていた。

 なぜなら、今日は私の大切なお姉ちゃん――西住まほが、海外から久々に帰ってくるから。

 お姉ちゃんは卒業後、大学を経てプロリーグへと進出した。お姉ちゃんのプロリーグでの活躍はめざましく、毎日のようにスポーツ誌を賑わせた。

 私もプロリーグに入ったけど、お姉ちゃんの活躍に比べるとまだまだだ。

 そしてお姉ちゃんは海外との交流試合に多く参戦するようになった。海外でもお姉ちゃんは輝かしい成績をいくつも残した。お姉ちゃんは名実共に、日本の代表選手となっていた。

 この前も、お姉ちゃんは海外での試合をしたばかりだった。今回は大きなリーグだったため、長い間海外にいた。そのお姉ちゃんが、今日久々に日本に帰ってくるのだ。

 お姉ちゃんと久々に会えるのが、私は楽しみだった。

 だから、私はそんなお姉ちゃんに自分の手料理を振る舞いたくて、今こうして料理をしているのだ。

 

「……よし、こんなものかな」

 

 私はできた料理を厨房に並べる。

 お姉ちゃんの大好きなカレーにサラダである。沙織さんにコツを色々と教えてもらった料理だけど、ちゃんとできたか少し不安だ。お姉ちゃんは喜んでくれるだろうか。

 

「みほお嬢様、まほお嬢様がおかえりになられました」

 

 と、そのときだった。菊代さんが現れ、私に言ってきた。

 

「本当!?」

 

 私は急いで玄関へと向かう。

 そして、私が玄関についたちょうどそのタイミングで、お姉ちゃんが戸を開け家の中に入ってきていた。

 

「おかえり、お姉ちゃん!」

「ああ、ただいま。みほ」

 

 お姉ちゃんが笑顔で私に言った。

 そしてお姉ちゃんは靴を脱いで上がると、私に近づき、そっと頭を撫でてくれた。

 

「久しぶりだったな、元気だったか?」

「もう……子供じゃないんだからやめてよお姉ちゃん」

 

 私はそう言いながらも、内心嬉しかった。

 確かにこの歳になって頭を撫でられるのは少し恥ずかしい。でもそれ以上に、お姉ちゃんとこうして話せることが嬉しかった。

 お姉ちゃんは昔、よくこうして私の頭を撫でてくれた。子供の頃の私は、いつも撫でてくれるそのお姉ちゃんの手が好きだった。

 一時期お姉ちゃんとギクシャクしていた時期もあったけど、今ではこうして昔のように頭を撫でてくれるようになった。

 私は、そのことがお姉ちゃんとの関係が元に戻ったことの証のような気がしてとても嬉しかった。

 

「そうだお姉ちゃん! 私、お姉ちゃんのために料理したんだよ! 一緒に食べよう!」

「お、そうなのか。みほの手料理か。とても楽しみだ」

 

 お姉ちゃんは笑顔で言ってくれた。

 そのことがまた嬉しくて、私も笑顔になる。私はお姉ちゃんに先に居間に行ってもらい、料理を厨房に取りに行って、それをお姉ちゃんの元に運ぶ。

 

「お、何かと思ったらカレーライスか」

「そうだよお姉ちゃん。お姉ちゃん、カレー好きでしょ?」

「ああ。みほは優しいな。私の好みの料理を作ってくれるだなんて」

「だって……せっかくお姉ちゃんとの久々の一緒の時間だもの」

「そうか。ありがとう、みほ」

 

 そう言って笑いあった私達は、そのまま食事を一緒に取った。

 久々の再会だったために私とお姉ちゃんは会話がはずみ、なかなか食事が進まなかった。

 食事の後は後片付けをしたのだが、そのときお姉ちゃんが手伝ってくれた。

 

「いいよ私がやるよ」

「いや、手伝わせてくれ。私もみほと一緒の時間をできるだけ作りたいんだ」

 

 その言葉に私は嬉しくなった。

 ああ、お姉ちゃんも私と同じ気持ちなんだなって。

 

「うん! そういうことなら!」

 

 私は大きく首を縦に振った。

 そして私とお姉ちゃんは一緒に料理の乗っていた皿や、料理器具を洗ったりした。

 お姉ちゃんはなかなか慣れていないようで少しもたついていたところがあったけど、そういうところもお姉ちゃんの可愛いところだと思う。

 普段のお姉ちゃんは完璧人間だ。戦車道で卓越した指揮をするだけでなく、舞踊などの淑女の嗜みにも通じ、落ち着いた目線で物事を判断できる。

 私は、ずっとそんなお姉ちゃんに憧れていた。

 料理の片付けを終えると、私達は再び居間に移り、二人で話に花を咲かせた。

 

「お姉ちゃんの活躍、ずっと見てたよ。世界大会での優勝おめでとう」

「何、これもずっと応援してくれていたみほ達や頑張ってくれたチームメイトのおかげだよ。私の力なんて微々たるものだよ」

「それでも凄いよ。私も早くお姉ちゃんと肩を並べて戦いたいな」

「大丈夫、みほならできるさ。でも、みほはみほのペースで頑張っていくんだぞ。無理に西住流にとらわれる必要はないんだ」

「ありがとう。私は私のペースで頑張っていくね」

 

 そんな風に私とお姉ちゃんは言葉を交わしていった。会話は途切れなく続き、時間はあっという間に流れていった。

 日はいつの間にか沈み、夜になっていた。

 

「おお、もうこんな時間か」

「うん、本当に早いね。お姉ちゃんと一緒だとあっという間だ」

「そうだな……」

 

 と、そこでお姉ちゃんがふいに立ち上がった。

 

「ん? どうしたのお姉ちゃん?」

「いや、ちょっとコンビニにでも行ってこようと思ってな。久々に日本の缶コーヒーを飲みたい気分なんだ」

「そうなんだ。寒いからちゃんと着込んでいってね?」

「ああ、わかってるよ」

 

 お姉ちゃんはコートを羽織ると、夜の外の街へと繰り出していった。

 実家と街までは少し距離があるから、そこは車で移動だ。戦車で移動するという手もあったけど、さすがにコーヒーを飲みに行くためだけに戦車というのも物々しい話だから止めたらしい。

 私は家で一人お姉ちゃんを待った。

 お姉ちゃんのいない家。

 いままでずっとそうだったはずなのに、お姉ちゃんが帰ってきてからの僅かな時間で、それが違和感を覚えるようになってしまった。

 やっぱり、お姉ちゃんがいないと私は駄目らしい。

 時間の流れも、妙に遅く感じる。

 私は時計を見た。まだ三十分しか経っていない。実家と街の距離を考えると、まだコンビニにいる時間だ。

 そのとき、玄関の戸が開かれる音が聞こえた。私は誰かと思い玄関へと向かう。

 

「ただいま戻ったわよ、みほ」

 

 そこにいたのはお母さん――西住しほだった。

 

「おかえり、お母さん」

「ええ……まほはもう帰っているの? 確か昼には帰っている予定だったけど」

「うん。今はちょっとコンビニに行ってるよ」

「なるほど……では私も待たせてもらおうかしら。私もまほとは積もる話があるから」

「うん」

 

 私とお母さんはそんな会話をしてともに居間に移動した。

 お母さんとの関係も、昔は悪かったけど今では良好だと思う。

 なんだかんだで、お母さんは私の戦車道を認めてくれたのだ。それがわかったのは、私がプロになってからだけど。

 私とお母さんは、今で一緒にお茶を飲みながらお姉ちゃんを待った。あまり会話はなかったけど、気まずい空気はなかった。

 

「……それにしても遅いなあお姉ちゃん」

「いつ頃出たの?」

 

 私は時計を見る。

 

「うーん……一時間ぐらいになるかなあ。もうそろそろ帰ってきてもいいんだけど……」

 

 と、そのときだった。

 プルルルルル! と突然家に置いてある固定電話が鳴り響いた。

 

「ちょっと出てくるわね」

 

 お母さんがその電話を取りに行く。私は誰だろうと思いながらお茶を啜った。

 

「……えっ!? ……はい、分かりました。すぐに向かいます。はい、ありがとうございます……」

 

 すると、お母さんがとても動揺しながら電話に応対している声が聞こえてきた。

 そして戻ってきたお母さんの顔は、とても真っ白だった。

 

「どうしたの? お母さん?」

「……いい、みほ。落ち着いて聞いてちょうだい。まほが……コンビニで暴走車にぶつかられる事故にあったって……」

「……えっ……!?」

 

 私は、手に持っていたお茶を落とした。

 

 

 私とお母さんは病院の手術室の前に座っていた。

 お姉ちゃんはコンビニを出たところで、老人の運転する暴走車に襲われたらしい。暴走車に乗っていた老人は即死で、お姉ちゃんも重体らしかった。

 そして今お姉ちゃんはこうして手術を受けており、私とお母さんはその手術が終わるのを待っているのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 私とお母さんは、ただ祈るように両手を組んで、その手で頭を支えていた。

 もう何時間も経つというのに、手術室の扉は開かない。

 私は今にも倒れそうな気分だった。でも、お姉ちゃんが頑張っているのに私が倒れるわけにはいかない。だから私は必死で祈り続けた。

 どうか神様、お姉ちゃんをお救いください……!

 私とお母さんがただひたすらそのように待ち続けてから約八時間ほど経過したぐらいだった。

 手術室の扉が、ぎぃ……という音をたてながら開いた。

 私とお母さんは立ち上がる。

 手術室の扉の向こうからは、手術台に乗せられたお姉ちゃんの姿があった。

 

「お姉ちゃん!」

「まほ!」

 

 私達はお姉ちゃんの側まで駆け寄る。

 お姉ちゃんは、とても穏やかな表情で目を閉じていた。その顔だけ見れば、健康そのものだ。

 私達は安堵する。

 そんな私達のもとに、汗でぐっしょりと濡れた手術着を着たお医者さんが近づいてきた。

 

「ご家族の方ですか?」

「は、はい……!」

「まほさんは一命を取り留めました。もう命の心配はないでしょう」

「よかった……!」

 

 私とお母さんは共に喜び合う。しかし、お医者さんは重苦しい表情をしていた。

 

「しかし……」

 

 そして、お医者さんは私達に言った。

 

「左足に重度の障害を残してしまいました。もう二度と普通に歩くことはできないでしょう」

「なっ……!?」

「そ、そんな……!?」

 

 お姉ちゃんがもう二度とまともに歩けなくなった……!?

 そんな、そんなことって……。

 私は頭がくらくらした。お姉ちゃんの命が助かったことは嬉しい。でも、お姉ちゃんはこれから一生背負っていく重荷を背負い込んでしまったのだ。

 

「待ってください、まほは戦車道の選手なのです。それでは、戦車道は……」

 

 お母さんが聞いた。

 私は戦車道のことを心配するように一瞬思えて少しむっとしてしまったが、すぐに考えを改めた。

 お姉ちゃんにとって戦車道はかけがえのない、人生をかけている競技だ。それが失われたと知ったとき、お姉ちゃんは……。

 

「残念ながら、戦車道のような激しいスポーツはとても……」

「そ、そんな……」

 

 それはあまりに絶望的な言葉だった。お姉ちゃんは、この日、戦車道をその人生から永遠に取り上げられたのだ。

 

 

 私とお母さんはその後病室に運ばれたお姉ちゃんに付き添ったが、いつ目が醒めるとも分からないと言われ、一旦着替えなどを取りに行くために家に帰ることにした。

 そして、家で準備をしている最中に病院から連絡があった。

 お姉ちゃんが目を覚ましたと。

 私とお母さんは急いで再び病院に向かった。そこには、身を起こし自分の下半身に視線を向けているお姉ちゃんの姿があった。

 

「お姉ちゃん!」

「まほ!」

 

 私達は声をあげてお姉ちゃんの元に駆け寄った。

 するとお姉ちゃんはゆっくりと首をこちらに動かし、

 

「ああ……みほ、お母様……」

 

 と力ない声で言った。

 

「よかった……目を覚まして……」

 

 私が言った。私は思わず泣きそうになる。お姉ちゃんが無事でいる、今はそれでいいと思った。

 

「よかった……?」

 

 だが、お姉ちゃんは違った。

 

「なあみほ、何が良かったんだ……?」

「え……? そ、それはお姉ちゃんが目を覚ましてくれて……」

「そうか……」

 

 そうしてお姉ちゃんは再び自分の下半身に視線を移した。

 

「みほ……お母様……私の足、動かなくなってしまったんですよ……」

「そ、それは……」

「ああ、どうやら聞いていたようですね……そうなんですよ、私はもう、二度と戦車に乗れない体になってしまったみたいなんです。それなのに、よかった……? ははっ、私はとてもそう思いません、私はこんな足になってしまったなら、目覚めないほうがよかった……!」

「まほ!」

 

 お母さんが怒りを露わにした。

 当然だろう。目が覚めないほうがよかったなんて、とても許容できる言葉じゃない。でも、お姉ちゃんはそうではなかった。

 

「お母様……私、西住流を継げなくなったんですよ? それでもいいんですか? 西住の血が、ここで絶えてしまうかもしれないんですよ? いいんですか? それで」

「そ、それは……そ、そんなことよりも、今はあなたのことが……!」

「嘘ですね。一瞬言葉に詰まりましたでしょう。お母様は心のどこかで西住流の心配をしている。そうでしょう?」

 

 お姉ちゃんは鋭い視線でお母さんを見ながら言った。その視線は、今までのお姉ちゃんからはとても考えられないような、冷たいものだった。

 

「それに……他の誰よりも、私が絶望してるんですよ……西住を継げなくなったことに、戦車道ができなくなったことに……私はこれから、どのように生きていけばいいのか……!」

 

 お姉ちゃんは両手で顔を覆った。その手から、わずかに涙が溢れていた。

 

「お姉ちゃん……今は、命が助かったことを喜ぼう。そして、これからのことは一緒に考えていこう……ね……」

 

 私はお姉ちゃんに前向きになってもらいたくて、そう言葉をかけてみる。だが――

 

「気軽に言わないでっ!」

 

 お姉ちゃんは、そう言ってお姉ちゃんの肩に触れようとした手を振り払った。

 

「みほは私の絶望を理解してないからそんなこと言えるのよっ! 戦車道できなくなった私にはもう何も残ってないのよ!? これまで戦車道にかけてきたすべてが……無駄になったのよ!? その気持が……あなたに、何が分かるって言うの!」

 

 お姉ちゃんは普段の口調とは違う、感情的な口調で私に言った。お姉ちゃんは時折そういう口調になることがあった。それは、主に感情的になるときであり、お姉ちゃんが殆ど人に見せない姿のはずだった。

 だがお姉ちゃんは今その姿を私達に見せている。家族にすら保ってきた“西住まほ”という人間像を捨てて、喚いている。

 私はその剣幕に気圧され、何も言うことができなくなった。

 

「もう私には何もない! なくなってしまった! 人生でもっとも大切にしていたものを奪われた気持ちを……あなた達に、分かるわけがないっ!」

「そ、そんなこと……」

「分かるって言うの!? だったら返してよ! 私の足、返してよ! 私の足、もとに戻して! 私にまた戦車道やらせてよ! うあああああああああああああああっ!」

 

 お姉ちゃんはそこで耐えきれなくなったのが、号泣し始めた。

 こんなに涙を流すお姉ちゃんを、私は見たことがなかった。それは、お母さんもらしかった。

 私達は結局何も言うことができず、そのお姉ちゃんが泣き止むのを待つことしかできなかった……。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 それから数ヶ月後。

 お姉ちゃんは病院でのリハビリを終え、家に帰ってきた。

 戦車道ができなくなったお姉ちゃんは、これから西住の家で生活することにしたらしい。西住の家には私やお母さん、そして女中さんが大勢いる。お姉ちゃんの生活をサポートするには万全な環境が整っていた。

 お姉ちゃんはタクシーから降りたとき、杖をついて降りていた。そしてそのまま杖を頼りに歩いて、家の敷居に上がった。その姿は、とても痛ましかった。

 

「……おかえり」

 

 私はお姉ちゃんに言う。

 それに対してお姉ちゃんは、

 

「…………」

 

 何も言わずに私の横を通り過ぎていった。そのことがとても心苦しくて、私はしばらくそこに立ち尽くしていた。

 お姉ちゃんはそのまま自分の部屋に戻ると、夕食の時間までずっと部屋に篭っていた。

 そして、夕食が終わると、また自分の部屋に篭り始めた。

 私はそんなお姉ちゃんに何も言うことができなかった。

 言わなきゃいけない大切なことがあるのに、面と向かって話すことができなかった。

 それから数日、お姉ちゃんはずっとそういう生活を続けた。私も言いたいことを言うことができず、どうしようかとずっと迷い続けていた。

 お母さんはお姉ちゃんの急な事故から、関係各所での仕事が増え飛び回ってなかなか家にいないため仲立ちしてもらうこともできなかった。

 そしてあっという間に一ヶ月が経った。いい加減話さないといけない。さすがに私はそう思い立った。

 なので、私は引き篭っているお姉ちゃんの部屋の扉の前で、お姉ちゃんに聞こえるように喋ることにした。

 正直自分でも卑怯だと思う。でも、今のお姉ちゃんと面と向かって話すのは怖かった。

 でも、これが今できる私の限界だった。

 

「……お姉ちゃん、起きてる?」

「…………」

 

 お姉ちゃんからは何も帰ってこない。私はお姉ちゃんが起きていると信じて、話し続けた。

 

「……私ね、ずっと言うことができなくなったんだけど……その……」

「…………」

 

 ああ、肝心なところで私の勇気がしぼんでしまう。頑張れ私。これは言わなきゃいけないことなんだ。

 

「私ね……西住流を、継ぐことになったんだ……」

「…………!」

 

 そのとき、ガタッっと部屋の向こうから音が聞こえた気がした。

 お姉ちゃんが起きているのが分かって少し安心した私は、話し続ける。

 

「お姉ちゃんがその……戦車道できなくなって……このまま西住を終わらせるってことも考えたんだけど……私がそれはやだなって……お姉ちゃんが頑張ってきたことが無駄になっちゃうの嫌だなって思って……それで、私が西住を継ぐことにしたんだ……お姉ちゃんが守ってきたこの伝統を、守り続けるために……」

 

 私がそこまで話すと、不意に目の前の扉が開いた。

 そこには、髪をボサボサにし、杖に頼った、生気のない目になったお姉ちゃんがいた。

 

「……みほが、西住を継ぐ?」

「……う、うん……」

「……へぇ……」

 

 私とお姉ちゃんはしばらく見つめ合い続ける。

 

「……ふふ、あっはははははははははははは!」

 

 そして突然、お姉ちゃんが大声で笑い始めた。

 

「お姉ちゃん……?」

「そっかー……あんなに嫌がってたみほが西住流を継ぐんだ……もう、私は完全にいらない子ってことかぁ……」

「ち、違うよお姉ちゃん! そんなこと――」

「そんなことなのよみほ。お母様は私が駄目になったらあなたを選んだんでしょ? よかったわね、お母様に認めれて」

「だ、だから違……」

「もう私は用済み。西住にとっての厄介者ってわけね? ああもう、こんなのおかしくてたまらない……!」

 

 そう言ってお姉ちゃんは部屋から私を押しのけて出ていった。私は必死でその後を追う。

 

「ちょ、ちょっと待ってお姉ちゃん! どこ行くの!?」

「はぁ!? どこだっていいでしょ!? それとも何!? 私は一人で行動しちゃいけないわけ!?」

 

 それはとてもお姉ちゃんとは思えない、乱雑な言い方だった。

 お姉ちゃんは、完全に自暴自棄になっていた。

 

「そ、そんなわけじゃ……」

「じゃあいいでしょ! 私ちょっと出かけるから。ついてこないでよね。元気に戦車道できるあなたが側にいると、イライラするのよ……!」

「そ、そんな……私が戦車道するのが嫌なら辞める! だから待って……!」

「……そういうのがイラつくのよ!」

 

 そう言って、お姉ちゃんは振り返って私に憎しみの目を向けてきた。

 

「私ができないからあなたも辞める!? 馬鹿言わないで! そういう同情が一番傷つくのよ! あなたが西住を継いだ理由も同情! 辞める理由も同情! ああもう本当にムカつく! 私はね、そうやって同情されるのが一番傷つくのよっ!」

 

 そしてお姉ちゃんは、そう言うと大きく杖を振りかぶって私を叩いた。

 

「きゃっ!?」

 

 それはとても痛かった。しかし、目の前で杖の支えをなくして転ぶお姉ちゃんを見ると、そんな痛みどうでもよくなった。

 

「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

「……ああっ! うるさい!」

 

 お姉ちゃんは助けようとする私の手を振り払った。

 その勢いが強く、私は廊下の壁に打ち付けられる。

 

「きゃあっ!」

「その同情がイラつくって言ってるでしょ!? 同情されれば同情されるほど、私は自分が惨めに感じるのよ……!」

 

 そう言い捨てたお姉ちゃんは杖を拾い、そのまま家の外に出ていった。

 

「お姉ちゃん……ごめんなさい……お姉ちゃん……」

 

 私は壁に寄りかかって泣くことしかできなかった。

 

 

 その日、お姉ちゃんは夜遅くまで帰ってこなかった。

 お姉ちゃんが帰ってきたのは、私と女中さんが心配して警察に連絡しようか相談していたときだった。

 

「ただいまぁ……」

 

 帰ってきたお姉ちゃんは、とてもお酒臭かった。

 お姉ちゃんは普段こんなになるまでお酒は飲まなかったはずなのに。普段は適量で済ませていたはずなのに。

 だが、今のお姉ちゃんは一見して分かるほどに酔っ払っていた。

 

「うぃー……ちょっとー、誰か水持ってきてぇ」

 

 お姉ちゃんの言葉に、女中さんの一人が台所から水を持ってくる。お姉ちゃんはそれを飲むと、そのまま玄関にうつ伏せになって、そのままいびきをかいて寝てしまった。

 その日からだった。お姉ちゃんの生活が目に見えて荒れ始めたのは。

 お姉ちゃんは昼間から家でお酒を飲むようになった。私が戦車道の試合がない日で家にいるときで、お酒を飲んでないお姉ちゃんを見ない日はなくなった。

 お姉ちゃんは今で常に缶ビールやチューハイを飲み明かし、飲んだ缶をそのまま床に投げ捨てていた。

 また、今まで家の人間は誰も吸わなかったタバコも吸い始めた。結果、お姉ちゃんが家にいる昼間は常に居間では紫煙が浮かんでいる状態になった。

 夜は必ずお姉ちゃんは外に飲みに出かけていた。そして、必ずべろんべろんに酔っ払って家に帰ってくるのだ。

 ときには警察に補導されて帰ってくるときもあった。

 

「うへぇ……ごめんなあいねぇ……へっへっへ」

 

 警察の人に対しそう言って笑うお姉ちゃんの姿は、とてもあられもなかった。

 私はその後必死に警察の人に謝った。

 警察の人はいい人で、お姉ちゃんの事情を理解してしょうがないと言ってくれた。

 それが、私にはとても申し訳なかった。

 お姉ちゃんは家に帰ってきた後もひどかった。

 

「ほらお姉ちゃん、部屋に行くよ……」

 

 その日、私は帰ってきたお姉ちゃんに肩を貸した。そのときだった。

 

「ああうん、おへやいくぅ……おっ、おえええええええっ!」

「へ? きゃあ!?」

 

 お姉ちゃんは私の体に嘔吐したのだ。私の体は、お姉ちゃんの吐瀉物でベトベトになってしまう。

 

「みほお嬢様! 大丈夫ですか!?」

 

 女中頭の菊代さんが私を心配してタオルを持って近づいてくる。

 

「う、うん。大丈夫、それよりお姉ちゃんを……」

 

 お姉ちゃんは吐いた後、とても気分悪そうにしていた。それを、他の女中さん達が部屋まで運んだ。

 私は服を脱ぎ、それを菊代さんに任せ、一人着替えた。

 

「……うっ、うう……」

 

 着替えながら、私は泣いた。お姉ちゃんの姿が、あまりにも辛かったから。以前とは別人となってしまったお姉ちゃんを、見ていられなかったから。

 もうお姉ちゃんにはこれ以上堕落して欲しくないと思った。あの格好いいお姉ちゃんが今みたいな姿になるのが、たまらなく嫌だった。

 だがそんな私の気持ちとは裏腹に、お姉ちゃんはさらにひどくなっていった。

 それは、お母さんとお父さんが久々に家に帰ってきたときだった。

 その日もお姉ちゃんは家で飲み明かしていた。

 それを見たお母さんとお父さんは、お姉ちゃんを諌めた。

 

「まほ! やめなさいそんなはしたないことを……!」

 

 しかし、お姉ちゃんはそれに反発した。

 

「はぁ? 別にいいでしょ……私の好きにさせてよ」

「よくありません。いいですかまほ、あなたに仕事を見つけてきました。戦車道の講師の仕事です。戦車に乗れなくても、講師はできるでしょう。だから……」

 

 それはきっとお母さんなりの気遣いなんだと思った。大好きだった戦車に少しでも関わっていければ、きっと元に戻る。そう信じてのことだったのだろう。だが、お姉ちゃんは――

 

「ああ!? 今更私に戦車道に関われって!? 戦車乗れない私に戦車に乗って楽しんでる子を見ろって!? 何それ!? 嫌がらせにも程があるでしょ!? 何よ、何なのよ……そんなに私のこといじめて楽しいの……この、クソババア!」

「っ!?」

 

 クソババア。

 お姉ちゃんの口からそんな単語が飛び出してきた。あのお姉ちゃんから、そんな口汚い言葉が。

 それを聞いた瞬間、お母さんは呆気にとられ、そして、泣いた。

 そして、お父さんがお姉ちゃんの頬を叩いた。

 お父さんは怒った。

 なんてことを言うんだ、と。そんな子に育てた覚えはない、と。

 それを言われたお姉ちゃんは、言った。

 

「……私だって、私だって好きでこんな生活してるんじゃないわよっ!」

 

 お姉ちゃんはそう言って涙を流した。そして、そのまま部屋を飛び出していった。

 その日以来、お母さんはお姉ちゃんと話をしなくなった。お父さんは、あまり家に帰らなくなった。

 私はそれを、ただ黙って見てることしかできなかった。黙って、泣くことしかできなかった。

 その日以来、お姉ちゃんはお酒を飲むだけじゃなく、たまに昼間から外に出るようになった。

 お姉ちゃんがどこにいっているのか最初は誰も分からなかった。帰りは必ず夜になって酔っているため、最後にはどこかで飲んでくるのは分かっていたが、昼間にどこで何をしているかは掴めなかった。

 時折早朝に出かけることもあった。その日は、一日お姉ちゃんが家にいないため――こんな言い方はしたくないけど――平和な時間が過ごせた。

 それが気になった私は、ある日こっそりとお姉ちゃんをつけることにした。

 お姉ちゃんはいつもタクシーを呼んで街に行っている。その後ろを、私は自家用車を使って追った。

 そしてお姉ちゃんが昼間の街で入っていく先は、驚きの場所だった。

 

「ここは……」

 

 そこは、パチンコ店だった。

 私は正直パチンコ……というかいわゆる賭け事は嫌いだった。お姉ちゃんもそのはずだった。

 でも、今のお姉ちゃんは平然とそのパチンコ店に入っていったのだ。

 私はその後を追って、パチンコ店に入った。

 店に入った瞬間けたたましい轟音が耳をつんざいた。私は今すぐにでも飛び出したくなる衝動を抑えて、お姉ちゃんを探した。

 お姉ちゃんは汚らしい格好をしたおじさんに囲まれながら、タバコを咥え、パチンコを打っていた。

 その姿はとてもあのお姉ちゃんとは思えなかった。昔の私が見たら、よく似た別人と思っただろう。

 お姉ちゃんは時折台を叩いたり、悪態をついたりしていた。そして、そのまま突然立ち上がって店の外に出た。

 私はそのお姉ちゃんに話しかけた。

 

「お姉ちゃん!」

「ん? ああみほ……」

「ああじゃないよ! どうしてパチンコ店なんかに……」

「別にいいでしょ、楽しいんだから。それに金なんてあまり余ってるのよ。プロ時代に稼いだお金がね」

 

 そう言い放ってお姉ちゃんは私に背を向けた。

 私はその背中を追いかける。

 

「で、でも……あんまりああいう場所をうろつくような人じゃなかったよねお姉ちゃんは。お姉ちゃんはもっと……」

「もっと、何?」

 

 そう言うお姉ちゃんは冷たい視線を私に向けてきた。

 私は言いよどむ。

 

「……勝手な理想を、私にぶつけないで! 今の私はこういうやつなの! それでいいでしょ!?」

 

 そう激高したお姉ちゃんは、杖で私を叩いた。

 

「っ!」

 

 私はそれを両手で防ぐ。お姉ちゃんは叩き続ける。やがてそんな私達を見てぞろぞろと人が集まってきた。

 

「ちっ」

 

 お姉ちゃんは舌打ちをすると、私から急に離れていった。

 私は、その場で頭を抑えて泣くことしかできなかった。

 

 

 そんな日が、どれほど続いただろうか。

 お姉ちゃんはそんな生活をずっと続けた。昼間は酒を飲むかギャンブルし、気まぐれで私に暴力を振るい、夜にはまた酒を飲んで帰ってきて私や女中さん達に迷惑をかける。

 お母さんとお父さん、そして女中さん達はどんどんとお姉ちゃんを見捨てていった。誰もがお姉ちゃんとなるべく距離を取り始めた。

 私もお姉ちゃんとはあまり一緒にはいたくなくなった。でも、私がお姉ちゃんを見捨てたら、お姉ちゃんは本当にひとりぼっちになってしまう。そう思って、私はお姉ちゃんに接し続けた。

 でもお姉ちゃんは――

 

「このっ! このっ! 私の代わりに戦車道やって、それなのに私に近づいて当てつけのつもり!?」

 

 理不尽な理由で私に暴力を振るい――

 

「ああ、みほはいいわよねー、足が自由でさー」

 

 毎日のように恨み言を言い続け――

 

「ああ、気持ち悪……ちょっと部屋まで運んでよー」

 

 いつも私に世話を、さんざん暴れたあとの後始末をさせる。

 もう、私は限界だった。

 

 

「ただいまー……」

 

 その日もお姉ちゃんは酔っ払って家に帰ってきた。その日は特段に酔っているようだった。

 

「おかえり……」

 

 出迎えたのは私一人。女中さん達はお姉ちゃんを迎えることはしなかった。

 

「おーう帰ったわ……よー……」

 

 お姉ちゃんはそこで玄関に倒れた。どうやら限界が来たらしい。

 

「すー……」

「はぁ……」

 

 私は呆れながらお姉ちゃんを部屋に運ぼうとする。そのときだった。

 

 ジョロロロロ……。

 

 お姉ちゃんの股から、暖かく臭い液体がこぼれ落ち始めた。お姉ちゃんは、おもらしをしたのだ。

 

「…………」

 

 それはお姉ちゃんの太ももを伝って、床に広がる。お姉ちゃんは床に大きなシミを作った。

 

「……もう嫌。もう耐えられない!」

 

 私はもう嫌だった。私はお姉ちゃんをそこに投げ捨てると、厨房に走った。そして、そこで包丁を手にして、そのまま玄関へと戻った。

 

「もう、こんなお姉ちゃん嫌……!」

 

 こんなお姉ちゃん、もう見たくない。

 私の大好きだったお姉ちゃんは、もういないんだ。

 いるのは、すっかり堕落した一人の女。

 だからもう、ここで終わりにしよう。お姉ちゃんを、せめて私の手で楽にしてあげよう。

 

「……さよなら、お姉ちゃん……」

 

 私は震える包丁を強く握り直し、大きく包丁を振りかぶって、それをお姉ちゃんの胸目掛けて――

 

『みほ』

「っ!?」

 

 急に、昔のことを思い出した。

 お姉ちゃんと一緒に戦車で平原をかけた、あの日のことを。

 

『みほは本当に頑張り屋さんだなぁ』

 

 笑顔で私の戦車道を褒めてくれた、あの日のことを。

 

『入学おめでとう。これから一緒に頑張ろうじゃないか』

 

 黒森峰の入学を祝ってくれた、あの日のことを。

 

『そうだよ』

 

 全国大会で戦った後、私の戦車道を肯定してくれた、あの日のことを。

 

『まったー!』

 

 大学選抜戦で、私を助けてくれた、あの日のことを。

 

『……大好きだよ、みほ』

 

 笑顔で私を撫でてくれた、あの日のことを。

 

「……無理だよ。無理だよおおおおおおおおおおおおお!」

 

 私は包丁を床に落とした。

 私にお姉ちゃんを殺すことなんて、できない……! だって私は、お姉ちゃんが大好きなんだもの……!

 

「うわああああああああああああああん!」

 

 私は泣いた。声が枯れるまで泣いた。

 そして誓った。私は最後までお姉ちゃんの味方でいようと。お姉ちゃんに、最後までついていこうと。

 それが、私にできる、償いだから。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「それじゃあ、行ってくるね!」

 

 私は元気よくお姉ちゃんに言った。

 

「……ああ」

 

 お姉ちゃんはけだるそうに返す。でも、お姉ちゃんが反応してくれただけで、私は嬉しかった。

 私はそのまま家を出て、戦車道の試合に向かった。

 あの日以来、私は献身的にお姉ちゃんに尽くした。お姉ちゃんは相変わらず暴力を振るってきたり、お酒を飲むのを止めなかったりするけど、私はお姉ちゃんが元気ならそれでよかった。

 心を決めて以来、私はお姉ちゃんにできるだけ笑顔で接した。お姉ちゃんは最初それに苛立っていたようだけど、最近は受け入れてくれているようだった。

 私は以前のようにお姉ちゃんと笑い合いたい。お姉ちゃんと一緒に楽しい生活を送りたい。そのためには、まず私の意識改革からしないと、と思ってのことだった。

 それが功を奏したのか、最近はお姉ちゃんの暴力も少なくなり、悪酔いして返ってくることも数えるほどになった。

 少しずつ生活がよくなっている。そんな感じがした。

 だから私は笑顔でお姉ちゃんと生活するのだ。お姉ちゃんが、いつか私の気持ちに応えてくれると信じて。

 だから私は精一杯戦車道を頑張る。お姉ちゃんの分まで頑張る。それが私にできることだから。

 その日も私は戦車道を終え、夜家に帰ってきた。

 そしてまず向かうのはお姉ちゃんのいる場所だ。お姉ちゃんと挨拶を必ずする。それが私の決めたことだったから。

 

「お姉ちゃーん」

 

 私はお姉ちゃんを探す。居間にはいなかった。となると外に飲みに行っているのだろうか? そう思いながらも、私はお姉ちゃんの部屋に行ってみた。

 

「お姉ちゃんいるー? 入るよー?」

 

 私はお姉ちゃんの部屋の扉を遠慮なく開けた。

 

「お姉ちゃ――」

 

 そこで私は見た。

 

 天井から首を吊るしている、お姉ちゃんの姿を。

 

「……え?」

 

 お姉ちゃん? お姉ちゃん? お姉ちゃん?

 

「……嘘、だよね?」

 

 どっきりか何かだよね? お姉ちゃんの質の悪い冗談だよね? そうだよね?

 そう思って、私は近づく。

 そのとき、私は一枚の紙切れを踏んづけた。

 私はその紙切れをおもむろに手に取る。それはどうやら、手紙のようだった。そこには、こう書かれていた。

 

『みほ、お母様、お父様。先立つ不孝をお許し下さい。私はもう限界です。もうこんなどうしようもなくなった自分が、許せません。私は徹底的に自分を捨てました。自分が考えうる最悪の人間として生活してきました。お母様達はそんな私を見捨てました。私はそれでいいと思いました。いつかみんなから見捨てられれば、私は心置きなく家を追い出され、一人の足を患った女として、荒んだ人生を送るだけだったでしょうから。でも、でもみほはそんな私を最後まで見捨てないでいてくれました。それが、私には辛いことでした。みほは昔の私を忘れずに、私のためにとその身を削ってくれました。それが、私にはあまりに辛いことでした。私のことなんか見捨ててくれればよかったのに。失望してくれればよかったのに。私はそうして欲しかったんです。私のことなんか忘れて、前を向いて生きて欲しかったんです。でもみほはそうしないでしょう。これからも私に笑顔を向け続けることでしょう。でも私には、そんなみほの笑顔がもう耐えられません。みほの優しさほど苦しいものはありません。だから、私はその苦しみから逃げたいと思います。ごめんなさい、みほ。あなたを言い訳にして逃げる私を許してください。それでは、さようなら』

 

「あ、ああああ……」

 

 私が、私がお姉ちゃんを殺した……? 私のせいで、私のせいで、私のせいで……。

 

「あ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 私は叫んだ。

 叫び続けた。それしか、私にはできなかった。

 ただひとつ言えるのは、私は、結局最愛の人を手にかけてしまった、そのことだけだ。

 お姉ちゃんは翼を失った鳥だった。そのお姉ちゃんに私はもう一度空を見せてあげたかった。

 ねえ、私はどうすればよかったの?

 誰か、私に教えてください。

 誰か、私を助けて下さい。

 誰か……誰か……。

 


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