逸見エリカは学園艦にある図書館で調べ物をしていた。
場所は、料理の本がある場所。
そこでエリカは、何冊かの本を手に取った。それは、どれもカレーライスにまつわる本だった。
「さて……」
エリカはそれを開くと、ノートに細かく書き写す。彼女は今、図書館にカレーのことについて勉強しにやってきていたのだ。
「案外、カレーって奥が深いのね……」
エリカは本と向き合いながら言う。
彼女がこうしてカレーのことについて勉強しているのにはわけがあった。
それは、彼女がとある人物にハンバーグカレーを振る舞いたいと思っていたからだ。
その人物とは――
「さあ、まってないさい。みほ、隊長。とびっきりのハンバーグカレーを食べさせてあげるんだから」
そう、西住まほと西住みほ、西住姉妹である。
エリカは西住姉妹とずっと前からとある約束をしていた。
それは、大会が終わったら三人で一緒にご飯を食べようという約束だ。
大会は残念ながら準優勝に終わってしまった。しかし、それはそれとして、エリカはみほを励ましたいと、まほを支えたいと思って、自分が料理を用意すると言ったのだ。
「カレーは慣れてないから、ちゃんとしたものを作らないと……隊長はカレー大好きだから、下手なもの出せないわ」
エリカは自分の好きなものとまほの好きなものを合わせたはンバーグカレーをだそうと思っていた。
そして、ハンバーグは作り慣れているが、カレーは美味しいものを作れる自信――カレー好きのまほをうならせるようなレベルのもの――がなかったため、こうしてわざわざ図書館に来てカレーのことを調べに来たのだ。
「なるほど、香辛料にここまでの種類が……でも、これを学園艦で今から揃えるのは大変そうねぇ……」
エリカは色々と思い悩みながらも、ノートにメモを取っていく。
その顔は、とても楽しそうであった。
そしてあっという間に時間は流れ、約束の日となる。
エリカは自室でまほとみほを迎え入れるための準備をしていた。
「ふんふーん」
エリカは鼻歌を歌いながらカレーを混ぜる。
――ああ隊長とみほ、早く来ないかしら。
そんなことを思いながらエリカは手を動かす。
準備は万端だった。
ハンバーグはすでに作っているし、カレーもすっかり出来上がっている。
あとはやって来たまほとみほにハンバーグカレーをお出しするだけだ。
――みほは傷ついているだろうし、隊長も心労が重なっているに違いない。こういうときにこそ、私が二人を支えないと。
エリカはそんなことを思いながら、カレーを掬い白米とハンバーグが盛られた皿にかけていく。
そうして、エリカのハンバーグカレーが完成した。
「よしっ、出来た!」
エリカは笑みを浮かべながら三つの皿を見る。
そこには均等に盛り付けられたハンバーグカレーがあった。
そして、更にエリカはそれをテーブルに運ぶ。そのとき、とあるものをテーブルに持ってきた。
それは、マカロンの入った袋だった。
マカロンはみほの好物だ。エリカは、ちゃんとみほの好物も用意していた。
「あとは二人が来るのを待つだけ……」
と、そのときだった。
ピンポーンと、インターホンがエリカの部屋に鳴り響いた。
「はーい!」
エリカは笑顔で玄関に向かう。
――きっと二人だ!
そう考えると、エリカははやく会いたくなって急いだ。
扉をエリカは開ける。
「やあ、エリカ」
すると、そこには予想通り、まほがいた。しかし、まほだけだった。みほはいなかった。
――別々に来るのかしら?
エリカはそんなことを思いながらも、まほを家に上げる。
「いらっしゃいませ、隊長!」
そして、まほを一足早く食事の置かれたテーブルに案内した。
「ん……?」
そこでまほが、不思議そうな目でテーブルの上を見た。そして、言った。
「なあ、エリカ。どうして料理が三人分用意されているんだ?」
まほがとても不思議そうな顔で聞くので、エリカは笑いながら答えた。
「やだなあ隊長、これはみほの分にきまっているじゃないですか」
その返答を聞いた瞬間、まほは急に青ざめた。
「エリカ……」
「それにしてもみほ、どうしたんですか? 別々で来るだなんて珍しいですね。何か用事でも?」
「……分からないのか? エリカ?」
「え? なんのことです?」
まほが信じられないものを見るような目でエリカを見る。
「いいかエリカ、みほは……みほは……」
そして、言った。
「みほは、転校したじゃないか……!」
「……は?」
エリカはまほが何を言っているか分からなかった。
しかし、まほは続ける。
「いいかエリカ、みほは決勝戦の責任を取って転校した。それをお前はあんなに泣きながら引き止めたじゃないか! それなのに、エリカ、お前……」
「そ、そんな……みほが転校……? そんなバカな……」
エリカは引きつった笑みでまほを見る。
――ありえない。そんなはずはない。
必死に否定しようとする。だが、エリカの脳内でそのとき、ザザッとノイズが走った。
「うっ……!」
痛みを感じ、エリカは頭を抑える。そして、エリカは思い出した。
『エリカさん……私、もうこの学校にはいられない』
『そんな……どうして……!? 決勝のことなら後から見返せばいいのよ! あなたが出ていく必要なんて……!』
『ううん、エリカさんが許してくれても他のみんなが……お母さんが、許してくれない。後援会の人が許してくれない。誰かが責任を取らないと駄目なんだ……』
『そんな……嫌……いかないで……みほ……』
『だから……さようなら、エリカさん』
『嫌っ! みほ! いかないで! いかないでえええええええええ!』
「あ……ああ……」
すべてを思い出したエリカは、その場に蒼白として立ち尽くしていた。
そして、力が抜けたかのようにゆっくりと膝から崩れ落ちる。
「エリカっ!」
それをまほが支える。
エリカはまほを見る。その瞳からは、涙が流れていた。
「……隊長……私、みほのことが好きだったんです」
「……そうか」
「それで、みほとずっと一緒にいようと思ってた。彼女の力になろうと思ってた。なのに、みほはいなくなってしまった。そのことが私、信じられなくて……信じたくなくて……それで……」
「もういい、もういいんだエリカ……!」
まほはエリカをぎゅっと抱きしめる。
まほの体温は、エリカにとってとても暖かかった。
「隊長……」
「いいかエリカ、もうみほのことは忘れるんだ。覚えているだけ、辛いだけだ……」
「そんな……」
「私も辛い。でも、私は黒森峰の隊長だ。逃げずに戦っていかなければならない。だから私は、みほのことを考えないようにした。私一人で、戦っていくことにした。それが、西住流たる私にできることだからだ」
「隊長……隊長も、苦しんでいたんですね……」
エリカはまほを抱き返す。まほの背中は、わずかに震えていた。そこに、まほの苦しみがあるように、エリカは思えた。
「分かりました隊長……私も、みほとは決別します。みほなんて、嫌いだと思い込むことにします。そうしないと、私、辛くてどうにかなってしまいそうだから……」
「ああ……私も、一緒に頑張るよ、エリカ」
「隊長……私達、ずっと一緒ですよね? 隊長はいなくなったりしませんよね?」
エリカの問いかけに、まほはエリカの顔を見て、笑顔で答えた。
「ああ、当然だ。私達は、ずっと一緒だ」
「……隊長!」
エリカは再びまほを抱きしめた。まほもエリカを抱き返した。
二人は、ハンバーグカレーが冷めるまでずっとお互い抱きしめあっていた……。
それから数日後。
エリカは再び図書館に来ていた。
今回の調べ物は、どれも戦車道についての調べ物だ。
エリカはまほから、みほの後任の副隊長に任命された。
そして、その役目を果たすための勉強として、今こうして図書館で資料を探しに来たのだ。
「さて、いい資料があればいいんだけど……」
エリカは冷静な口調で本を開く。
そして、本を見ながら言った。
「私は黒森峰の副隊長……無様にも黒森峰に敗北を導いた前の副隊長とは違う……私が、隊長を勝利に導くのよ……」
その目はとても鋭く、冷たかった。
エリカは心を殺した。
そして、かつての恋心を完全に捨て去った。
新たに自分を認めてくれた人に、すべてを捧げるために。