「わたくし、今まで振られたことがありませんの」
聖グロリアーナ伝統のお茶会。その場で、聖グロリアーナ三年、戦車隊隊長、ダージリンは後輩達の前でそう言った。
「そうなんですか?」
聞いたのはオレンジペコだ。
ダージリンは紅茶を一口飲むと、「ええ」と言い続ける。
「わたくしは今まで様々な方とおつきあいしてきたけれど、一度もふられたことはないの。すべてわたくしが振って来たのよ」
「そうなんですか……」
オレンジペコが感心したように言う。
「さすがダージリン様ですわ!」
続けてそう言ったのはローズヒップだ。
ローズヒップは勢い良く立ち上がって口を開いていた。
「少しは落ち着けローズヒップ。でも凄いですねダージリン様。私はまず恋人を作る段階でつまずいてしまいます」
ローズヒップを諌めながらも感心したのはルクリリだった。
そんなルクリリ達を見て、ダージリンはクスリと笑いをこぼす。
「ふふふ。いいのよルクリリ。ローズヒップはそれでいいの。そういうところがローズヒップはかわいいのだから」
「えっ!? あ、ありがとうございますわダージリン様……!」
ダージリンの言葉にローズヒップは顔を赤くした。
一方、オレンジペコとルクリリは何やら複雑そうな顔をしている。
「あら、もうこんな時間」
そんなとき、ダージリンが時計を見て言った。
時計が午後三時を少し過ぎたぐらいだった。
「もう紅茶の時間は過ぎましたわね。時間を過ぎても飲みすぎるのは、淑女としてはあまり美しくないわ」
そう言ってティーカップを置いてダージリンは立ち上がり、その場を去っていく。
ティーカップを片付けるのは下級生たるオレンジペコ達の仕事だった。
だが、そのダージリンを見るオレンジペコ達三人の視線が、どこか熱いことに、三人それぞれは気づいていなかった。
一方のダージリンは、どこかその視線を楽しんでいるようであった。
三人からの視線を背中に受けながら、ダージリンは部屋を出て行く。
そして、自室に入ると、部屋に据え置きの電話のダイアルを回し、とある場所へ電話をかけた。
「…………」
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
ダージリンは待つ。
そして、四つめのコールで相手は電話に出た。
『ハァイダージリン、元気?』
「どうもケイさん。こちらは元気よ」
ダージリンの電話の相手は、サンダース大学付属高校三年でありサンダースの隊長のケイだった。
「今度の休みですけれど、あなたがこちらに来るということでよろしかったわね?」
『ええ! 私が聖グロリアーナに行くわ。今からとても楽しみよ! だって……久々に恋人のところに行くんだもの!』
ケイはとても興奮した声色で言う。
ダージリンとケイは、密かに付き合っていたのだ。
きっかけは両者がニ年生の頃だった。
二年生の頃、ダージリンとケイはそれぞれ両校の副隊長として出会った。
最初はお互いを好敵手と見ていた二人だったが、次第にケイがダージリンにアプローチをかけてきた。
ケイはそのコミュニケーション能力を活かして、ダージリンと仲良くなろうとしたのだ。
ダージリンは最初困惑したが、ケイの人柄に癒されケイと共に時間を過ごすようになった。
そして、ダージリンとケイはそうやって同じ時間を過ごしていくうちに、お互いを意識するようになった。
それはゆっくりと芽吹いていき、そして二人が三年になった頃に花開いた。
告白したのはケイからだった。
「ダージリン……私、あなたのことが好きなの! 愛しているの! だから付き合って!」
それはケイらしい直球の求愛だった。
ダージリンはそれに「ええ、いいわよ」と簡素に受けた。
そこから、ダージリンとケイの交際が始まった。二人はたまの休みを見つけてはお互いの学園艦を訪れたりなどしていた。
学園艦同士の距離が離れているときは無理だったが、近いときは頻繁に顔を合わせた。
二人が付き合っているという事実を知っているものはいない。
ダージリンとケイ、二人でひっそりと育てている、秘密の花なのだ。
約束の休日。
ケイは聖グロリアーナまでヘリでやってきた。操縦するのも彼女自身だ。ケイは聖グロリアーナにヘリで付くと、近場のヘリポートにヘリを着陸させる。
そうして完全にヘリのローターが止まると、近くの建物から人影が見えた。ダージリンだ。ダージリンは静かに現れると、ゆっくりとケイのもとに歩み寄ってきた。
「いらっしゃいませケイさん。ようこそ聖グロリアーナに」
「ハローダージリン! 本当に久しぶりね! 会いたかったわ!」
そう言ってケイはダージリンに抱きつく。ダージリンはそんなケイの背中をそっと抱き返す。
「ふふ、オーバーな人ね。それほど離れていたわけじゃないじゃない」
「いいえ、かなりの間離れていたわ! もう気が遠くなる程にね! ダージリンはそう感じなかったの?」
「わたくし、時間間隔はしっかりとしているものですから」
「まったく、冷たいわねダージリンは。まあいいわ。さっそく、聖グロを案内してくれるかしら?」
「ええ」
ダージリンは頷くと、先導するように歩き始める。
ケイはわくわくしていると言った表情でその後を追った。
二人はそうして学園艦を回り始めた。
聖グロリアーナのイギリス風な街並みに逐一感心しながら街を歩いた。
ダージリンはそのケイの様子にクスクスと笑う。
二人の雰囲気はとても和やかなものだった。
そして、二人はそうして楽しく学園艦を回っていた。
そんなときだった。
「あっ、ダージリン様!」
急にダージリンを呼ぶ声が聞こえた。
二人が振り向くと、そこにいたのはオレンジペコだった。
「あらペコ、どうしたの?」
「いえ、少し買い物をしていたのですがちょうどダージリン様を見かけて……そこにいるのは、サンダースの隊長のケイさんですか?」
「ええ、そうよ。そうだ、よかったらペコも一緒に来る?」
ダージリンがそう言うと、オレンジペコもケイも驚いた顔をした。
「え!? いいんですか!?」
「ええもちろんよ。ケイ、あなたもいいわね?」
「え? え、ええ……」
ケイは多少しどろもどろになりながらも答える。
一方、オレンジペコは本当に嬉しそうにしていた。ダージリンはそんなオレンジペコを見て微笑む。
「さ、では行きましょう。三人で回ると楽しいわよ」
「はい!」
「……ええ! 行きましょうか!」
満面の笑みで答えるオレンジペコ。
そして、ケイも一瞬の逡巡の後、笑顔になりダージリンに答えた。
そうして三人になった一行は、それなりに街の散策を楽しんだ。
そんな三人での楽しい時間はあっという間に過ぎていき、夕方になる。
「あら、もうこんな時間!?」
ケイはわざとらしく時計を見て言う。その様子に、ダージリンもオレンジペコも笑う。
「あら、ちゃんと時間を守るのね。ケイさん」
「そりゃそうよ! 時間を守らなかったら私が帰れないもの! それじゃあ私帰るわね! ダージリン! ペコ! 今日は楽しかったわ!」
ケイはそう言って一人ヘリポートへと走り始めた。
「あら、お見送りを……」
「いいのよ気にしなくて! そんなことより、次はダージリンがサンダースに来るのよ? グッバイ!」
ケイはそう言ってダージリン達の見送りを断り一人で帰っていった。
その場には、ダージリンとオレンジペコが残された。
「……今日はありがとうございました。ダージリン様」
「いえ、いいのよペコ。わたくしも楽しかったのだから」
頭を下げるペコにダージリンは頭をゆっくりと振る。そして、そのオレンジペコの顔を両手で優しく包み込むと、そっと自分の顔と向き合わせた。
「ダージリン様……!?」
「かわいいわよ、ペコ……」
ダージリンはオレンジペコの顔をそのまま自分の顔に寄せる。
そして、ダージリンはオレンジペコの額に、優しくキスをした……。
「……はぁー」
ケイは自室のベッドの上に下着で手を顔に当てながら寝そべっていた。
その顔には、いつものような快活さが見られなかった。むしろ、憂鬱そうな顔をしている。
「……ダージリンたら、あんなところで後輩を呼ばなくてもいいじゃない」
ケイは天井を仰ぎ見ながら愚痴をこぼした。
「私だって、ダージリンと二人きりで過ごしたいって思ってるのに……」
ケイが思い出しているのは昼間のダージリンとのデートのことだ。ダージリンが後輩のオレンジペコと合流して三人での散策になったことを、ケイはあまり快く思ってなかった。
とはいえ、ケイはそれをダージリンの前では出さなかった。
「とはいえ、あまりそんなこと言うのもスマートじゃないわよねー……」
ケイは自分のそういった暗い本心を決して表に出してこなかった。
常に明るく楽しく、がケイのモットーであり、特に恋人であるダージリンの前ではそうでありたいとケイは思っていた。
「うん、こんなことでうじうじ悩むなんて私らしくないわよね! 気分変えましょう! そうだ、ダージリンに電話でもかけようかしら! うん、そうしましょう! そう思ったのなら早速行動よ!」
ケイはベッドから飛び起き、机の上に置いてあった携帯電話を手に取る。
そして、電話帳からダージリンの名前を選び、かける。
「…………」
電話を持ってダージリンがコールに出るのを待ち続けるケイ。
しかし、ダージリンは一向に出ない。
「…………」
だが、ケイはそれでも待った。もう十コールはしただろう。
そのとき、ようやくコールが終わる。
『はい、もしもし』
「あっ、ダージリン! ケイだけど――」
『あらケイ。ごめんなさい。今ローズヒップと一緒で少し忙しいの。また後にしてくれるかしら?』
「あ、ああ……そうなの……ソーリー……」
ケイはダージリンにそう言われ、静かに電話を切った。
「……シット!」
ケイは、そう言って切った電話をベッドの上に叩きつけた。
「ダージリン様、よかったんですの?」
一方、聖グロリアーナのダージリンの部屋では、ローズヒップが椅子に座りながらダージリンに聞いていた。
「ええ、いいのよ。ケイさんとはまたいつでも話せるしね。それよりも、今こうしてあなたが訪ねてきてくれたことのほうが大切よ」
同じく椅子に座り紅茶を飲んでいるダージリンはローズヒップにそう言うと、紅茶を机の上に置き、椅子から立ち上がった。
「あ、ありがとうございますわ……! わたくし、どうしてもダージリン様とお話がしたくて……」
「ふふ、可愛い子ねローズヒップは。あなたのそのまっすぐなところ、好きよ」
「す、す……!」
ローズヒップはその言葉で赤くなる。
ダージリンはそんなローズヒップの近くに歩み寄ると、そっとローズヒップの手に自分の手を重ねた。
「くすっ、赤くなって。本当にあなたって、わかりやすい……」
「ダ、ダージリン様……」
ダージリンはゆるやかに顔をローズヒップの紅潮した顔に寄せる。
そして、そのままローズヒップの頬に口づけをした……。
◇◆◇◆◇
「ふう、そろそろね」
ケイはサンダース学園艦にあるヘリポートで今か今かと待ちかねていた。
今日は、ダージリンがサンダースにやってくる日なのだ。
ずっと前から約束をしていたのだが、なかなか日取りが合わず、ケイはやきもきしていた。
そうしたところで、やっとダージリンがやってくる日が決まり、ケイは喜んだ。
――ようやく、ダージリンと二人っきりの時間を過ごせるのね!
ケイはそう考えると、もういてもたってもいられなかった。
「ああ、早くこないかしら。ダージリン」
ケイが笑顔で体を揺らしていたときだった。
「あっ!」
ケイの向かいの空から、飛んでくる一機のヘリコプターが見えた。
そのヘリコプターは水色で、だんだんと近づいてくる。
「きっとダージリンだわ!」
ヘリコプターはやがてヘリポートの上まで来て、ゆっくりと着陸した。
そして扉が開かれる。
中から出てきたのは、やはりダージリンだった。
「ヘイダージリン! ようこそサンダースへ!」
「ええ、来たわよケイさん」
笑顔のケイにダージリンもまた笑みを浮かべて答える。
やっとダージリンと二人きりの時間が過ごせる。ケイはそう思った。
しかし、ダージリンの後ろから人影が現れたことで、ケイのその期待は裏切られることになる。
「ダージリン様」
「ああルクリリ。あなたも降りなさいな」
「ダ、ダージリン? そっちの子は?」
「彼女はルクリリ。うちで車長をやってる子よ。ここまでヘリを操縦してくれたの。ねえケイ、せっかくだからこの子も一緒にサンダース観光させてあげていいかしら?」
ケイは動揺していた。確かにダージリンが一人でヘリコプターを操縦することは想像できなかった。
だが、ヘリコプターを操縦してきた子を一緒にデートに連れて行こうと言い出すことまでは予想していなかった。
本当は断りたかった。
だが、ここで断ってしまうのは自分らしくない。ケイはそう思った。
「……ええ、いいわよ! 人が多いほうが楽しそうだしね!」
だから、ケイはそのことを了承した。
内心では、大きく後悔しながら。
「よかったわ。さあいきましょうルクリリ」
「はい! ダージリン様!」
ルクリリは元気そうに答えた。その笑顔から、ルクリリが悪い人間ではないことがケイには分かった。
「じゃあケイ。案内よろしくね」
「……ええ」
とは言え、やはりどうしてもケイは割り切れなかった。割り切れなかったが、その心の内をケイは隠して二人を案内することにした。
ケイはサンダースのいろんなところを案内した。
サンダースのアメリカ的な街並みにダージリンもルクリリも珍しいものを見るように感心していた。
ケイも街を案内するのはそれなりに楽しかったが、それはそれとしてダージリンと二人ならもっとよかっただろうなとこっそり考えた。
街をいろいろと回っていると、あっという間に昼食の時間になった。
ケイは最初ファーストフードの店を勧めたが、ダージリンが少し嫌そうな顔をしたので近場の少し古めのレストランに入ることにした。
レストランではとにかく量の多い食事が出された。
ケイは普通に食べたが、ダージリンとルクリリは少し困っている様子だった。
そうして食事を食べ終えたところだった。
「……む。ダージリン様、私少しトイレに行きたくなったのですが……」
「そうね、わたくしもそう思っていたところだわ」
「あら、二人ともトイレ? なら店の入り口の側にあるわよ」
「あらそうなの。それじゃあ行きましょう、ルクリリ」
ケイがダージリンとルクリリにトイレの場所を教えると、二人は立ち上がりトイレへと向かっていく。
そして、その場にはケイ一人が残された。
「……ふぅ」
ケイは一人水を飲みながら考える。
――さっきも思ったけど、楽しいことには楽しい。でもやっぱりダージリンと二人っきりが良かったわね。ルクリリもいい子だからそんなこと口が裂けても言えないけど。まあ、機会はまた今度あるでしょう。そうよ、次に期待すればいい話なんだわ。
「……と。私もなんだかトイレに行きたくなってきたわね」
ケイはそこで一旦考え事をやめ、自分もトイレに向かうことにした。
トイレの前に行くと、トイレの戸が僅かにだが開いていた。どうやら少し扉のたてつけが悪くなっているらしい。
――トイレなのによくないわね。
ケイはそう思いながら、扉をちゃんと開こうとした。
「……ジリン様」
と、そこで扉の向こうから話し声が聞こえてきた。
普段のケイならそんなことはしないのだが、なんだかそのときだけはその声が気になり、ケイは扉の向こうをこっそりと見た。
「っ!?」
そこには驚くべき姿があった。
なんと、ダージリンがルクリリの体を抱いていたのだ。
「ダージリン様……」
「ふふ、こんな場所で顔を赤らめるなんて、相変わらずムードというものを知らない子ねルクリリは」
「だって……ダージリン様と二人っきりになったと考えたら……」
「くす、愛らしい子……」
そして、次のダージリンの行動は、さらにケイにとって信じられなかった。
ダージリンは、ルクリリの首元、鎖骨のあたりにキスをしたのだ。
「っ!?」
「あっ、ダージリン様……!」
「はい、今日はこれでおしまいね。早くいかないと、ケイさんに怪しまれてしまうわ」
ケイはその言葉を聞いて急いでその場を離れ、席に戻る。
そしてその後すぐにダージリンとルクリリが戻ってきた。
「戻ったわよケイさん」
「……え、ええ。おかえり、ダージリン、ルクリリ」
「ん? どうかしたんですか?」
ルクリリに聞かれる。ルクリリは首元はしっかりと服で隠していた。
「い、いえ! あ、そうだ! 私もトイレにいこうと思ってたの! ちょっと待っててね!」
ケイは逃げるようにトイレに行く。その頭の中では、先程の二人でいっぱいだった。
――どうして!? ダージリンは私と付き合っているんじゃないの!? どうして……!
結局、その後の街案内でも二人のことが頭を離れなかったケイ。
そのせいか、三人で過ごした時間は殆ど頭に入ってこず、ダージリンとルクリリが帰る時間になってしまった。
「それじゃあケイさん。今日は楽しかったわ」
「え、ええ……」
「ありがとうございました!」
ダージリンとルクリリがケイにお礼を言う。だが、ケイはやはり二人のことが気が気でならなかった。
「それじゃあヘリに乗るわね。ルクリリ」
「はい」
「あ、ちょっと待って! そ、その! ルクリリとちょっと話したいことがあるの!」
そこでケイはルクリリを引き止めた。その言葉に、二人とも不思議そうな顔をする。
「ん? ルクリリに? 一体何かしら?」
「えーっと……まあちょっとしたことよ! そんな気にすることじゃないわ!」
「そう……なら私は先にヘリに乗ってるから、後で来てねルクリリ」
「はい、ダージリン様」
ダージリンはそう言ってヘリに先に乗り込む。その場にはケイとルクリリだけが残った。
「それで、話というのは……」
「ええ、その……」
ケイは少し言い淀む。だが、意を決してルクリリに聞いてみることにした。
「ねえあなた……もしかして、ダージリンと付き合っていたり、するの?」
「え!?」
それはケイの不安からの質問だった。ダージリンはもしかして浮気をしているのではないか。そんな不安だ。
「ど、どうしてそんなことを……?」
「いえ、その……私、見たのよね。あなたたち二人が、トイレでしていたこと……」
「な、なるほど……」
ルクリリは慌てながらも納得したように頷く。そして、しどろもどろになりながらも答えた。
「その、付き合ってはいません……付き合えたらいいな、なんて事は思っていますが……」
「そう……」
ケイは一応安心する。どうやら二股されているわけではないと。
ルクリリは続けた。
「でも、ダージリン様はとっても優しくしてくれるんです……。だから、もしかしたらそのうち付き合えるんじゃないかなぁ、なんて……」
「…………」
ケイはダージリンと自分は付き合っているのだと言いたかった。だがそれは二人だけの秘密であり、言うことはできなかった。
すると、ルクリリは指を絡めながら言う。
「でも、ダージリン様って他の子にも優しいから、もしかしたら取られないかなって怖いんです。聖グロでダージリン様はみんなの憧れですから……」
「他の子にも……? 他の子にも、あなたみたいなことをしているの?」
「い、いえ! さすがに口づけしてくれるのは私だけ……だと思います。……多分」
その“多分”にはあまり自信が感じられなかった。
どうやらルクリリも、薄々とダージリンが他の女の子にもそういった事をしているのではないかと思っているらしいことが伺えた。
「そう……ありがとうね。ごめんね時間取らせて。もう行っていいわよ」
そうしてケイはルクリリをダージリンの元へと返した。
ケイはダージリンが乗ったヘリコプターが過ぎ去っていくのをずっと見つめていた。
見つめながら、ケイは一つの決心をした。
◇◆◇◆◇
「……どうしたのかしら? こんなところに呼び出して」
ダージリンは、ケイによって呼び出されていた。
その日は聖グロリアーナとサンダースの練習試合があった日で、二人は激戦を繰り広げた後だった。
その後の打ち上げで、ダージリンはケイから試合会場に近い建物の人気のない場所に呼び出されていたのだ。
「……ダージリン」
ケイの声色は低かった。表情も硬い。その様子は、普段のケイとはまったく違っていた。
「……ケイさん?」
「……私、決めたの」
「決めた? 決めたって一体――」
「私、あなたと別れるわね」
その言葉を聞いた瞬間、ダージリンはとてつもない衝撃を受けた。
「……え?」
「もう、二度とこうして個人的には会わないようにしましょう。……じゃ、そういうことだから」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
ダージリンは去っていこうとするケイを引き止める。
「い、一体どういうことなの!? ちゃんと説明しなさい!」
「……説明するのは、あなたのほうじゃないの?」
「え……?」
ダージリンは何のことか分からず声を上げる。振り返ったケイの目は、ダージリンを睨みつけていた。
「私、知ってるのよ。あなたがいろんな子に手を出しているってこと」
「な……」
「最初に知ったのはサンダースであなたがルクリリの首元にキスしているところを見たときよ。その後、気になって調べたの。昔サンダースで戦車道をやってたけど、聖グロに転校しちゃった子に聞いてもらってね。すると、いろいろと出てきたのよ……」
ケイの言葉に動揺し、ダージリンは掴んでいたケイの手を離す。
ダージリンを睨むケイの目に、ダージリンは身を震わせた。
「オレンジペコにローズヒップ、それにルクリリ、その他にもアッサムやニルギリ、だったっけ? とにかく、いろんな子につばをつけているみたいじゃない」
「そ、その……」
「どうしたの? 普段の優雅さがないわよダージリン」
焦るダージリンに、ケイは言った。ケイの顔は、まったく笑っていなかった。
「……そ、そう! ちょっとチームメイトだからちょっと優しくしているってだけで、別にそういう目で見ているわけじゃ……!」
「嘘よ!」
ケイが手を振りながら大声で言った。ダージリンは思わず黙る。
「あなたがいろんな子にキスしているって目撃証言だってあるのよ!? 普通、優しくするだけでそこまでする!?」
「そ、そんな……いつ見られて……」
「……やっぱり、本当だったのね」
「……あなた!? わたくしにカマをかけたの!?」
「目撃証言があったのは本当よ。でもそれは一人だけで、他の子にも手を出しているとはいえなかった。その子が本命なのかもしれなかった。でも、どうやら沢山の子にしているらしいわね……」
「う……」
「……私には、キスなんてしたこともないくせに、他の子にはほいほいとするのね。……最低よ。もうあなたみたいな人とは、一緒にいられない。さようなら、ダージリン」
ケイは再びダージリンに背中を見せ、去っていこうとする。
「ま、待って……!」
ダージリンは、そんなケイにすがるようにしがみついた。
「お願い! いかないで! 今までのことは謝るわ! もう二度と他の子に手も出さない! あなたが望むなら、なんだってしてもいいわ! だから、捨てないで!」
「……離してよ!」
ダージリンは必死の懇願をするも、ケイに振りほどかれてしまう。
「きゃっ!」
ダージリンは地面に倒れ込む。そして、ケイのほうを見上げる。そのケイの顔は、泣いていた。
「私のことも遊びだったんでしょう!? 私は本当にあなたのことが好きだったのに……私も他の子と同じくその他大勢の一人だったんでしょう!?」
「そ、そんなことない! あなたには本気で!」
「誰があなたのそんな言葉を信じるって言うのよ! 散々私よりも他の子を優先していたくせに! もう、あなたのこと信じられないわ! あなたの三枚舌には、うんざりよ!」
ケイはそこまで言うと、今度こそダージリンの元から去っていった。
ダージリンは、倒れ込んだまま動かなかった。
「……本当よ。ケイさん。わたくしはあなたのことが好きなのよ……。他の子とは違って、本当に本気で……。でも、他の子にも嫌われたくなかったから、つい……。お願い、許してケイさん……。わたくしが悪かったわ……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ダージリンは謝罪を続けた。
しかし、ダージリンの言葉は虚空を舞うだけで、誰にも届かなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ダージリンは泣きながら謝り続けた。謝るしか、今のダージリンにはできなかった。
「…………」
ケイは黙って歩き続け、一人建物にあるトイレに入った。
そしてトイレの鍵をしめると、その場で泣き始めた。
「うっ、うあああああああああああああああっ……!」
ケイは両手で体を抱いて抑え泣く。その姿は、普段のケイとは真逆とも言えた。
「好きだったのに……ダージリンのこと、好きだったのに……!」
ダージリンのことが本当に好きだった。しかし、そのダージリンに弄ばれた。ケイはそう思っていた。
だから別れた。しかし、そこには後悔の影がつきまとっていた。
本当は別れたくなかったのだ、ケイは。しかし、ここで別れなければ自分は一生辛い思いをする。それがケイの判断だった。
「うああああああああああああああっ……!」
それでもケイは泣いた。涙を流すことで自分を慰めることしかできなかった。
二人の少女は泣き続ける。
それぞれもう手に入らない、かけがえのないものを求めて、泣き続ける。
ただひとつ残ったのは、恋によって二度と癒えぬ傷のみである。