ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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ガールズ&クトゥルーなお話


履帯の下の都市

 私は全力を持って皆さんに訴えかけます。戦車道を廃止にすべきだと。このまま戦車道を続けていたら、大変なことになります。

 私の名前? もちろん言えます。私はノンナ。プラウダ高校三年で、戦車隊の元副隊長です。

 分かっていますよ、皆さんは私の頭がおかしくなったと思っているのでしょう。

 確かに私が語ったことは支離滅裂でしょうし、現実的に考えたらありえないことです。しかし、そのありえないことを私はこの目で目にしてきたのです。それは紛れもない事実であって、決して嘘や狂言の類などではないのです。

 何? もう一度話せと? ええかまいません。何度でもお話しましょう。どうやら初めての方もいるようですし、私の訴えが本当であると信じてもらえるまでいくら話しても話し足りないぐらいです。

 そうです、あれはちょうどプラウダの学園艦が北海道に寄港し、その大地でもって戦車の訓練をしていたときでした。私達が訪れた北海道の演習地は広大な平野であり、戦車道のためにあつらえられた場所でした。私は隊長であるカチューシャと共に戦車隊の指揮を取っていました。

 遠距離からの射撃、一糸乱れぬ隊列での移動、様々な状況下を想定しての作戦訓練。自慢ではありませんが、プラウダの名を汚さない水準の高い訓練を積むことができたと思います。

 そうした訓練のさなかに訪れた休憩の時分でした。私とカチューシャは、自主訓練として二人で戦車を操縦していました。訓練と言っても二人だけの、戦車を使ってのドライブのようなものでしたが。

 カチューシャが指揮を取り、私が戦車を動かしていました。その最中でした。カチューシャが平野の中にとある土が盛り上がり小さな丘のようになっている場所を見つけました。その場所は、別段何もおかしい部分ではなかったはずなのですが、カチューシャは妙にそこが気になり、私に接近するようにとの指示を出しました。

 今思い返せば、私はその提案に反対するべきでした。しかし、カチューシャの命令に背くという発想がなかった私は、カチューシャの命令通りに戦車でその場所に近づきました。

 すると、戦車の履帯のもたらす振動が、その小さな丘を震わせ、表面の土壁が崩れ落ちたのです。どうやらその演習地帯で行われる戦車道の試合における振動や砲撃によって、だいぶ脆くなっていたようでした。そして、その崩れた土壁から、何か青銅色の壁が見えるではありませんか。私とカチューシャは当然気になり、その壁に戦車を下りて近づきました。

 そこには大きな扉がありました。とても巨大な扉です。なぜ扉か分かったかと言うと、巨大な青銅色の壁となっているそれの中央に、切れ目が見えたからです。それは色こそ青銅色でしたが、実際何でできているのか分からない素材を使っていました。私とカチューシャは扉を細かく観察しました。扉は固く閉じられていました。とても人力で開けることはできなさそうでした。

 しかし、私がふと扉にあった模様を手で触れてみたときでした。扉は突如、ゴゴゴゴという重々しい音を立てながら、ゆっくりと両側に動いていったのです。そしてその向こうには、地下へと続く無機質な階段が伸びていました。私とカチューシャは顔を見合わせました。そして二人で話しました。入るべきか否か。私は言いました。

「入ってみましょう」

 と。

 そこにあったのは純粋な好奇心でした。私は自分の興味本位から、その階段を一緒に下りないかと誘ったのです。今思えば、なんと愚かで浅ましいことだったのでしょうか。

 カチューシャは最初反対していましたが、私が「怖いのですか?」と少し煽ってみると、「そ、そんなことないわよ!」と私の提案を受け入れました。

 そうして私達は二人で階段を下りていきました。階段は非常に長く続いていましたが、何故か青銅色の壁と天井がうっすらと光輝いていたために、私達は暗闇に包まれることはありませんでした。考えればこの段階で異質な場所だと気づき、引き返すべきでしたが、私達はその奇異な状況に好奇心をくすぐられ、そんな発想に至ることすらしませんでした。

 私達はずっと階段を下りました。だいたい、十分ほどでしたでしょうか。正確な時間は分かりません。時間の感覚がおかしくなるぐらいには、長い階段だったと思います。

 私達が階段を下りきると、そこには驚きの光景が広がっていました。そこには、巨大な空間が広がっていました。下りてきた長さよりもはるかに高いのではないかと思わされるほどに天井は高く、また眼下の坂の下は底なしと思えるほどに下に空間が広がっていました。しかし、そんなことよりも私達を驚かせたのは、その空間を占めていたものです。

 そこには、多角形の、ところどころ窓のようなものが開いている巨大な建造物が、いくつも建っていたのです。その建造物は高低の高さや大きさがそれぞれ違うとは言え、どれも形は同じものでした。そのいくつも建造物が立ち並ぶ光景は、まさしく「都市」であったのです。

 地下に広がる巨大な都市に、私達は言葉を失いました。私達が唖然としていると、突如都市に情報から振動が伝わりました。私達は何かと思いましたが、少し考えてみるとどうやらそれは戦車の履帯から伝わってくる振動だと分かりました。その都市はちょうど演習場の真下にあり、自主訓練をしている生徒の戦車の振動が、広大に広がる空間に響き渡っているのだと。

 私達はその都市を目の前にどうするのか考えましたが、ふとカチューシャが目の前の坂を降り始めました。カチューシャは言いました。

「これは歴史的発見よ! ここを詳しく調べて、私達の手柄にしましょう!」

 私は興奮冷めやらぬ頭でカチューシャに頷くと、カチューシャの後についていきました。そうして私達は、その都市の探索を始めました。その都市は整然と建造物が並んでおり、非常に計画的に都市が建造されたことが伺えました。

 建築物と建築物の間の道は広く、戦車であればニ、三台は並走できそうでした。その画一的に並んだ建築物とそれを挟む道路は極めて無個性であり、私達は気を抜けば自分がどこにいるか分からなくなりそうになるところでした。

 私達はある程度道を進むと、今度は建築物の中に入ってみることにしました。建築物には扉というものはなく、ただ長方形の空洞があり中へと続いているだけでした。二人で中に入ってみると、その中もまた無機質な光景が広がっていました。部屋の中には異様な形をした、口に言い表すには非常に難しい調度品らしきものがいくつか置かれていましたが、その他に人間が生活していたことを感じさせるものはありませんでした。

 私達は中を詳しく調べました。調べていると奥の方に階段があったのでそれを上がってみたりしましたが、同じような部屋が続くばかりで、収穫はありませんでした。

 私達はその建築物を出ると、また別の建築物に入ってみました。しかし、それもまた外に並ぶ建築物のように室内も他の建築物と殆ど一緒で、生活味を感じさせるどころか、むしろ生物がいたことすら疑わしくなるようなものでした。

 私達はそれでも何か発見があるのではと思い、都市の奥へと進んでいきました。しかし、いくら進んでも景色は代わり映えせず、とうとう私達の精神は疲弊してきました。

 そこで、カチューシャがそろそろ帰りたいと言い出したので、私もそれに同意し、これまで進んできた道を戻ろうと踵を返しました。

 そのときでした。それまで何度も空間を震わせていた、地上における戦車の振動が再び空間を揺らしました。すると、背後からこれまで聞いたことのない奇妙な音が聞こえ始めたのです。それは、今まで聞いた音に何が一番近いかと言われれば、泡が水の中から浮かび上がり弾ける音に近かったです。

 とにかく、その謎の音が聞こえてきたために、私とカチューシャは振り向きました。すると、そこには今まで見たこともないものが存在していました。

 それは、言うなれば空飛ぶ泡であり、空飛ぶポリープ状の肉片でした。

 他にどう言い表していいのか分かりません。とにかく、名状しがたい何かであることは間違いないのです。ここでは便宜上、ポリープ状の球体生物と呼称させていただきます。

 そのポリープ状の球体生物は、いくつもの数がその不快な音を立てながら私達に近づいてきたのです。

 それを見た瞬間私達の直感は告げました。「逃げろ」と。私とカチューシャは近づいてくるそれに背を向け、必死で走り始めました。

 すると、ポリープ状の球体生物は私達の後を追い始めました。私達は必死で逃げました。もしあれに捕まったら、その時点で最後だと思ったからです。

 私達は走りました。とにかく、走って走って走り続けました。しかし、私達がこれまで歩いてきた道のりは思ったよりも長く、出口にはなかなかたどり着けませんでした。

 それでも走らなければ、と私とカチューシャは走り続けました。しかし、私もカチューシャも戦車道をやっているとはいえ女子高生に過ぎません。体力がだんだんと底をついてきました。

 そんなときでした。カチューシャが、足をもつれさせたのが、突然転んだのです。

 私は振り返りました。そこには、カチューシャに今にも群がろうとしているポリープ状の球体生物達の姿が見えました。

 私はどうするか悩みました。カチューシャを助けに行くべきだと、理性は告げていました。しかし、本能は私に「逃げろ!」と言い続けていました。

 私が一瞬の逡巡に悩まされていた瞬間、今にも襲われそうなカチューシャは言いました。

「逃げて!」

 私はその言葉を聞いた瞬間、カチューシャに背を向けて走り始めました。今でも思います。あのときのカチューシャの言葉を無視し、カチューシャを助けに行くべきだったのではないかと。しかし、そのときの私は溢れ出てくる恐怖から、カチューシャの言葉が最後のひと押しになり、逃げ出すことを選択しました。

 私は負けたのです。目の前の恐怖に。自分自身に。私は見捨ててしまったのです、この身を捧げてもいいと思っていたカチューシャを。

 私が逃げ出した後、背後からはカチューシャの悲鳴が聞こえてきました。私はその悲鳴を聞かないようにするために、走りながら叫びました。泣きながら叫んで、カチューシャの声をかき消そうとしました。

 そうして走っているうちに、私はいつしか坂道を上がり、都市に入ってきた階段へとたどり着きました。私はその階段を必死で上がりました。何百何千とある階段を、とにかく駆け上りました。そして外に出ると、私は入ってきたときと同じように扉の模様を手で叩くようになぞりました。そうすれば、扉が閉まると思ったからです。

 私の考えた通り、扉は私の手に反応し閉まり始めました。そして、扉が閉まり切る直前に見えたのは、ポリープ状の球体生物が、階段を上がってきている光景でした。私はそのおぞましい光景を一生忘れることができないでしょう。

 私はその後、戦車砲で丘を砲撃し、扉を土で埋めました。もう二度とあの丘が人の目に入らないように。

 ここまで話せばわかるでしょう、私が戦車道をもうやってはいけないという理由が。戦車の履帯の振動がアレを目覚めさせたんです。アレがあの場所だけにいるとは思えません。日本中、いえ、もしかしたら世界中にあのポリープ状の球体生物がいるかもしれないんです。

 そんな環境下で、どうして戦車道などができましょうか。戦車を走らせることが、奴らを目覚めさせてしまうと言うのに。

 私はカチューシャを見捨ててしまいました。そのことは一生悔やんでも悔やみきれません。今でも夢に見るのです。カチューシャが、あのポリープ状の球体生物によって埋め尽くされて、見えなくなる姿を。

 アレを決して目覚めさせてはならないんです。地下に今も潜む、あの名状しがたい生物に地上が埋め尽くされては遅いのです。ですから私は一生訴え続けましょう。戦車道をしてはいけない。もしこれからも戦車道を続けたなら、人類は必ずそのツケを払うことになると。

 


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