ガールズ&パンツァーダークサイド短編集   作:御船アイ

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お題「みほアキ」「雨の音」「アーカム」で書きました
今回はちょっとダーク分薄めかも
アキが思い出すお話です


想いは雨音と共に

 雨の音がする。

 私を運ぶ列車の窓を打つ重たい雨の音が。

 陰鬱な天気というのは学園艦ではなかなか味わえない風情だ。

 と言っても、学園艦を離れて随分と経つから、雨自体はもう慣れたものだ。

 それでも風情を感じるのは、ここが海外だからというのが大きいだろう。

 どんな些細な自然現象も、知らぬ土地ならば風情あるものに感じる。そんな風情を、私アキは楽しんでいた。

 

「もうすぐ久々に会えるね、みほさん」

 

 私は窓の外にうつしていた目を手元に移す。

 そこには、私と、みほさんの二人で撮った写真が手帳に入っていた。

 

「……懐かしいなぁ」

 

 もう何年前になるだろうか。この写真に写る、学生服を着た私とみほさんの写真は。

 思い出す。

 私とみほさんが過ごした日々を。

 ああ、そうだ。もう十年になるんだ。あの、懐かしく尊い、セピア色の日々は。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 最初のきっかけは些細な事だった。

 あれは、大学選抜戦を思い出すために行われた、感想戦での出来事。

 私はミカやミッコと一緒に、沢山の料理に舌鼓を打っていた。

 

「うわー! 見てミカ! ミッコ! 寿司があるよ! ウニもだ!」

「おお、すげぇ! 寿司なんて最近まったく食べてなかったもんなぁ!」

「高級な料理に意味があるとは思えない」

「ええー? じゃあミカは食べないの?」

「しかし、いただけるものはいただく、それが自然の摂理なのさ」

 

 そんなこんなで、私達は目に映る料理をとにかく食べていた。

 そうして、どんどんといろんなものを口にしているときだった。

 

「あっ、それ私の唐揚げ」

「え?」

 

 どうやら私は勢いに任せて誰かの皿の上の料理を食べてしまったらしい。

 うーん、我ながら食い意地を張りすぎたかなぁ、と思った。

 

「あ、みほさん」

 

 そして、その皿を持っていたのがみほさんだった。

 さすがに人の皿の上のものを食べるのはミカぐらいだ。私はみほさんに謝る。

 

「ごめんなさい、みほさん」

「ううん、いいの。確か継続の……」

「アキだよ」

「ははは、よろしくねアキさん。そうだ、唐揚げが食べたいならもっと食べる? 私のでいいなら譲るよ?」

「いいの!? だったら頂戴!」

 

 私は遠慮なく言った。貰えるものは貰う。それがうちの流儀だ。

 

「ははは、うん。はいどうぞ」

「ありがとう!」

 

 そうして私はみほさんから唐揚げをもらった。

 そして、唐揚げをいくつかもらったあと、私は言った。

 

「ありがとうみほさん。あ、そうだ! よかったら携帯の番号交換しようよ。今度、何かお礼をしたいからさ」

 

 何かを貰ってお礼をしないのもミカぐらいだ。私はちゃんとお礼をするタイプなのだ。

 

「えっ? いいの?」

「いいのいいの。みほさんとは仲良くしたいしね」

「うん、それは私も。それじゃあ交換しようか、アドレス!」

「うん!」

 

 そうして私とみほさんは連絡先を交換した。その日から、私とみほさんの付き合いは始まったのだ。

 まあ、付き合いと言っても単に携帯でおしゃべりするぐらいだけど。

 私とみほさんは少しずつ言葉を交わしていった。

 最初は戦車道の話から、好きなお菓子の話とか、好きなテレビの話とか、まあ他愛のない話だ。

 でも、そんな話をしていく時間は僅かながらに増えていった。

 最初は十分ぐらいの電話が、十五分、二十分、三十分、ついには一時間ぐらいは平気でするようになった。

 そんなに何を話していたのかと言うと……正直覚えていない。ただ、話すのが楽しかったことだけは覚えている。

 そしてついには、実際に会って一緒に遊ぶようになった。

 集合場所はマチマチだ。大洗学園艦だったり、継続学園艦だったり。ときには本土の東京とかもあったっけなぁ。

 とにかく、私とみほさんはどこにシンパシーがあったか分からないけど、二人で仲良くするようになっていた。

 

「楽しいね、みほさん!」

「うん、楽しい!」

 

 そう言って、私達はいつも笑い合っていた。

 でも、いつからだったか。私の中では、ただ楽しいという気持ち以外の感情が、湧き出ていた。

 その感情の名前を、私は知らなかった。

 でも、嫌な感情じゃない。一緒にいるとなんだか胸が苦しくなるけど、弊害はそれぐらいだ。

 むしろ、心が暖かくなるから心地良いぐらいだ。

 私はきっと、これはみほさんに友情を感じているんだなと当時は思っていた。だから、一人でその気持ちを楽しんでいた。

 ミカやミッコにも感じたことのない感じだったけど、きっとみほさんは学校の外の友達だから特別なんだろうな、と思っていた。

 そんな風に一緒に過ごして一年ほど経った頃だろうか。それは、夏の全国大会前の事であった。

 それは、あまりにも突然の告白であった。

 

 

「私……戦車道辞めたい」

 

 みほさんが急に、私にそんなことを言ったのだ。

 それは、私とみほさんが一緒に本土の街に遊びに来ていたときだった。

 

「え……?」

 

 あまりに突然だったから、私は飲んでいたメロンソーダフロートをこぼしそうになった。

 

「ど、どうしたのみほさん? 突然」

「うん、突然すぎるよね。ごめん……でも私、戦車道辞めたいの」

「どうして……」

 

 本当に何があったのか、私には分からなかった。だって、みほさんは大洗で自分の戦車道を楽しんでいるのではなかったのか。

 少なくとも、私にはそう見えていた。

 

「あのね……もうすぐ大会が近いでしょ? それでね、後輩の子とかを指導していたんだけど……そのとき、ふと気づいたの。みんな、とにかく勝とうとしてる。血眼になって。私達が手に入れた優勝旗を守らないといけないって。そうしないと、また廃校になるかもしれないって。後半は冗談で言ったのかもしれない。でも、前半は結構本気で言ってた」

 

 そう言いながら、みほさんはぬるくなったコーヒーを飲む。その目には、本当に憂いているような目があった。

 

「私はみんなと戦車道をするのが楽しかった。でも、私の戦車道が、いつしかみんなに勝つしかないっていう道にしぼっちゃったの。私は、勝つための戦車道を教えてたんだって。それは、私が嫌だった、私の家の戦車道みたいで……。その事に気づいたとき、私は思ったんだ。このままじゃいけないって。でも、どうしたらいいのか分からなくて……それで思いつめてたら、いつしか戦車道自体が、嫌なものに見えて……」

「そうなんだ……」

 

 みほさんは本当に悩んでいるようだった。

 確かに戦車道は最後まで突き詰めれば勝つためにやるものだ。そこからは逃れられない。

 でも、みほさんにとってはそれが嫌らしい。難しい話だ、と思った。

 戦車道をやる上で逃れられない最終的な帰結から逃れたい。でも、そのためには戦車道を辞めるしかない。でも、そうするにはみほさんには繋がりが多く出来すぎた。

 私に相談してきたのも、きっと周りの友達達は距離が近すぎて話せないからだろう。

 ……そのとき私は、周りの友達には話せないのに私ならいいんだと、ちょっとスネてしまった部分がある。

 

「辞めればいいじゃん」

 

 だからこそ言ってしまったのだろう。他人事のように。

 

「…………」

「だって、嫌なんでしょ? だったら続けなくていいよ。みほさんの友達は心配するかもしれないけどさ、みほさん本人の気持ちだもん、しょうがないって」

「……そう、なのかな」

 

 そのときのみほさんは、本当は止めて欲しかったのかもしれない。

 本当は、何か解決案が欲しかったのかもしれない。

 でも、私は――

 

「人生なんて自分の気の向くまま、風に流されるままでいいんだって、ミカが言ってたよ。そうだ、どっかに旅行にでも行ったら? きっと気分がパーッって明るくなって、投げ出しやすくなるかもよ?」

 

 そう、みほさんに言った。無責任にも。

 すると、みほさんは、一瞬疲れたように目を閉じ、そして急に笑顔を作った。

 

「……うん、そうだね! ありがとうアキさん。アキさんに相談してよかった」

「そう! 力になれてよかったー!」

 

 今思えば、このときほど浅はかな発言をしたことはない。できるなら、この頃に戻って私をぶん殴りたい。でも、それはできない。できないのだ。

 

「それじゃあアキさんの言うようにどこかに旅行に行こうかな! 実はね、行きたい場所があってね!」

「へぇーどこ? よかったら私も連れて行ってよ!」

「うん! 二人で行こうね! あのね、ここ。アメリカのニューイングランド地方にあるアーカムって街なんだけど、古寂れた雰囲気が素敵でねー」

「へぇー」

 

 そうして私とみほさんは二人で旅行計画を立てた。そして、その日は解散した。

 私はそのとき、みほさんとの旅行を夢見てウキウキしていた。

 でも、みほさんから誘いが来ることはなかった。その日を境に、みほさんは失踪したのだから。

 みほさんはいなくなった。

 私に黙って。誰にも黙って。消えてしまった。

 そのとき私は気づいた。私がいかに軽率な発言をしたのかを。いかに無責任なことを言ったのかを。

 それを知ったとき、私は後悔し、部屋に引きこもった。ミカやミッコにも心配されたが、私はしばらく部屋から出なかった。

 一人考えたかったのだ。どうしてみほさんが一人で出ていってしまったのかを。

 そして気づいた。みほさんは本当は戦車道を続けたかった事を。そして、そのためにすがったのが私だったことを。

 私は馬鹿だった。大馬鹿者だった。そんなみほさんのSOSに答えてあげられなかったなんて。

 そしてそれと同時に私は気づいた。私のうちにある気持ちの正体に。

 それは、恋だ。私はみほさんに、恋をしていたのだ。

 女同士なのに。私は、みほさんの事を、好きになっていたのだ。

 ああ、だからか。だから、あんならしくもないヤキモチを焼いて、私は――

 

「うあああああああああああ……!」

 

 その事に気づいたとき、私は泣いた。泣き続けた。涙が枯れるまで、ずっと。

 そして、とうとう涙も出なくなった頃、私は決断した。私もまた、戦車道を辞めると。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

 そうして戦車道を辞めてから十年、私は無味乾燥な人生を生きていた。

 普通の大学に進学し、普通の会社に勤めた。そこに色はない。ただ、灰色の生活。

 そんなときだった。私にとある知らせが届いた。

 みほさんが、見つかったと。

 それはみほさんの姉、まほさんからの連絡だった。まほさんは私がよくみほさんと遊んでいたことを知っていて、私に連絡してくれたのだ。

 なんとみほさんはあの行きたいと言っていた街、アメリカのアーカムという街にいるらしい。

 私は急いでその街に向かうことにした。

 そして、そのために今こうして列車に揺られているのだ。

 久しぶりにみほさんに会える。

 そう思っただけで、私の心は踊った。世界に色が戻った気がした。

 でも、まほさんからの忠告を思い出して、私は気を引き締める。

 そう、彼女の言うことが本当なら、私の言葉はきっとみほさんには届かない。

 でも、それでもいいんだ。私は、みほさんの顔を見たい。久しぶりにみほさんに会いたい。それだけだから。

 そんなことを考えているうちに、列車はアーカムへと付く。

 私が降りると、雨音が聞こえる街ではアジア人の私を不思議がってか、陰気そうな街の住人が私に視線を向けてくる。

 そんな視線お構いなしに、私はみほさんがいるというミスカトニック大学へと行く。みほさんはそこの研究室にいるそうだ。

 私は大学の研究棟の戸を開けると、慣れない英語で人に話を聞き、みほさんのいる部屋に行く。

 階段を四つ上がり、六番目の扉へ。

 そして、そこにいた。

 

「みほさん……!」

 

 そこには、多少髪が伸びたが、印象の変わらないみほさんがいた。

 そして、みほさんは私に言った。

 

「あなたは、だあれ……?」

 

 そう、みほさんは記憶を失っていた。どういう経緯か分からないが、みほさんはこのアーカムで発見されたときには倒れており、起き上がったときには記憶を失っていたのだという。

 医者は、ストレスによるものだと判断したらしい。

 今はこのミスカトニック大学で古い本を整理する仕事をしているらしい。

 

「あ、ああ……!」

 

 私はみほさんを見た瞬間、感情を抑えられずにみほさんに抱きついた。

 

「みほさん、みほさん、みほさん……!」

 

 突然抱きつかれてみほさんだって驚いているだろうに、それなのに、みほさんは私を抱きしめ返してくれた。

 そして、言ってくれた。

 

「誰だか分からないけど、私はあなたにとって大切な人だったんだね……。ごめんなさい、思い出してあげられなくて……。私にできることは、今こうして抱き返してあげるぐらいだから……」

「うああああ、あうあああああああああああ……!」

 

 ああ、枯れたと思った涙が出てくる。

 死んだと思った感情が湧いてくる。

 あのときの激情が、蘇ってくる。

 後悔が、湧き出てくる。

 

「みほさん、みほさん、みほさん……!」

「うん」

「みほさん、みほさん……!」

「うん」

 

 みほさんは何も言わずに肯定してくれる。それが今、私には嬉しかった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「……本当に、いいの?」

「うん、決めたから」

 

 その夜、私はみほさんの今の住居にお邪魔して、言った。

 

「私もこの街で暮らす。みほさんと共に過ごす。今はそれでいいの」

「でも、あなたの生活があるんじゃ……」

「気にしなくていいよ。それにみほさんだって、記憶を失っているのに、身元が分かったのに、この街にいるんでしょ?」

「うん……なんだか、この街にいなきゃいけない気がするから。なんだか大切な約束があった、そんな気がするから」

「……そう。ま、私も似たようなものだからね。私も、みほさんと一緒にいたい。ただ、それだけだから」

 

 私は彼女と共に生きる。

 例え記憶が蘇らなくても、それはそれでいい。だって、それがみほさんの望んだことだろうから。

 きっと、自ら望んで記憶を消したんだろうから。

 でももし、もしも、記憶が甦ったなら、私は今度はちゃんと言うんだ。

 ごめんなさいって。そして、愛してるって。

 家の外では、未だ雨音が聞こえる。

 でも、それが不思議と心地よかった。

 


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