「みほゆかまったりお正月」「紅白」「年越し」
で書きました
みほゆかが年越しするお話
「もう年越しだねぇ」
西住みほは安楽椅子に座り、テレビを眺めながら言った。
「そうですねぇ」
それに応えたのは、秋山優花里だった。
優花里は、蕎麦が入ったお椀を二つ置いたトレーを持ってみほの元に近づいていた。
「あ、優花里さんありがとう」
「いえいえ、一緒に食べましょう」
優花里はみほの後ろに置いてあった椅子に座り、みほと一緒にテレビを見る。
「あ、これ見てたんですか。大洗チームでやった年末特別紅白戦」
「うん。蝶野さんに撮ってもらったやつ。とっても楽しかったなぁ」
テレビに映し出されているのは、みほ達が言ったとおり大洗で行われた、戦車道履修生による戦車戦の模様だ。
それぞれ戦車が赤と白にペイントされチーム分けされている。
そして、赤いペイントのチームを指揮しているのはみほ、白いペイントのチームを指揮しているのは、二年生の澤梓だった。
「澤殿、見事な指揮でしたね。西住殿にも負けていない戦いを見せてくれてすごかったです」
「そうだね。でもそれぐらいしてもらわないと、私がいなくなった後、後を任せようと思ってるもん」
「澤殿に、ですか?」
優花里が少し驚いたような顔で聞く。
「うん。いろいろと考えて、後釜は澤さんが適任かなって。冷静に全体を見れるし、咄嗟のときの判断力もある。だから、教えがいがあるんだよね。もちろん、最終的には彼女の自由に戦車道をやってほしいけど、教えることは教えられるうちにしっかり教えないと」
「そうですね。後の大洗を担っていくのは、彼女達若い子ですからね」
「やだ、優花里さんったらおばあちゃんみたい!」
「そ、そうですか? ははははは!」
優花里は顔を赤くしながら頭をかいて、そして一呼吸置いて蕎麦をすすった。
「お! なかなかおいしくできましたよ! 西住殿もぜひどうぞ!」
「わかった。でももうちょっと後で。今はこの試合、しっかり見ておきたいの。だって、本当に楽しい試合だったから」
「そうですか」
優花里は微笑みながらうなずき、一人蕎麦をすする。
やがて、優花里は蕎麦を完食し、お椀を一人分片付けに行く。
そして台所にお椀を置いて、みほの元に戻ってくる。
「今年も色々な事がありましたねぇ」
「そうだね」
「今年入ってきた新入生は、みんな粒ぞろいでしたね。数が多くて戦車を用意するところから大変だったりして」
「まさか想像してたよりも倍の数の子が来るなんてね。やっぱり優勝校のネームバリューは凄かったなぁ」
「そのせいで色々と衝突もありましたけどね。とってもトゲのある子とかいましたし」
「ははは……まあでもあの子も最終的には大洗のやり方に慣れてくれたし」
「よかったですよね、それは。ちゃんとうちが戦車道を楽しむっていうのを大前提にしていることを分かってくれたり」
「そこが大切だもんね。せっかくの戦車道、楽しまないといけないし」
「はい……あと、二回目の全国大会……優勝は惜しくも黒森峰に譲りましたが、そこそこ善戦できましたね」
「うん。エリカさん、凄い頑張ってたもんね。あれなら、負けても悔しくなかったよ」
「そうですねぇ。鬼気迫るものがありましたものね、エリカ殿」
「泣いて喜んでたものね。私もエリカさんが自分の戦車道を見つけられたようで、嬉しかったよ」
「そうですね。その気持ち、私も分かります。そういえば、旧生徒会の面子が理由をつけてちょくちょく遊びに来たりもしましたね」
「そうだねー、学業大丈夫なんですかって聞いたら、大学は自由だからって言ってたけど本当かなぁ?」
「ちょっと疑っちゃいますよね、あの三人だと。そういえば、五十鈴殿は華道の全国大会で優勝したりもしましたね」
「あれはすごかったね。華さんのお母さんもすっごく喜んでて」
そのとき、台所の奥からピーピーと音がなり始めた。
「あ、モチが焼けたようですね。ちょっとまっててくださいとってきます」
「うん」
その場から一旦離れる優花里。その後、手にモチの乗ったお皿を持って現れた。
「西住殿はきなこと砂糖醤油どっちがいいです?」
「うーん、きなこで」
「わかりました。私もそれで」
ゆかりはみほの元にきなこをかけたモチを置く。ゆかりもまたモチにきなこをかけ、それを食べる。
みほはやはり画面に集中していてモチを口にしない。
「さて、話の続きですが……武部殿に彼氏ができたのは驚きでしたね」
「そうそう。ずっと彼氏が欲しいって言ってた沙織さんだけど、まさか本当に彼氏ができるだなんて、ちょっとびっくり」
「あ、今のはひどいですよー西住殿」
「あれ? そうかな? ははは」
みほの笑い声が響く。ゆかりはそれを微笑みながら聞いていた。
「それと、冷泉殿が朝普通に来るようになったのも大きな変化でしたね」
「そうだね。さすがに二年連続遅刻で留年の危機はヤバイ、って言ってたし、戦車道のおかげで血行よくなったって言ってたもんね」
「そうですね。そう言えば、私も今年は初めて海外に行ったのが思い出深いですね」
「戦車見に行ったんだよね、本場の」
「はい。やはりドイツの戦車道は凄かったです! 私も、ああいう指揮をしてみたい……」
優花里は夢見るように天井を見る。
そんな優花里の様子に、みほはクスリと笑う。
「ふふっ、夢心地だね、優花里さん」
「はっ! うう、すいません……」
「謝らなくてもいいって。……私も、今年は大きな躍進ができたし」
「お母様と、和解できた事ですか?」
「うん。お母さんが、公に私の戦車道を認めてくれたの、すっごく嬉しかったなぁ。久しぶりに実家でお母さんの横で眠ったときは、泣くかと思っちゃった」
「はい。とてもいいことだと思います」
「そうだね。これで私も、思い残すことないや」
「…………」
突然訪れる沈黙。
その沈黙の中、優花里はプルプルと口を震わせながら、言った。
「……西住殿、その……やっぱり――」
「いいの」
みほはピシャリと言い放った。
その声色は、先程までの温和な空気とはまったく違う。
「で、でも、病院に行けば助かる可能性だって――」
「ううん。わかってるの。だって――」
みほはそこで一旦言葉を区切り、立ち上がる。
その瞬間、テレビ画面に映し出された戦車戦が終わった。
戦車戦は、紅チームの勝利に終わっていた。
みほはゆかりの正面に立つ。
そこには――
「私の体は、私が一番良くわかってるもん。もう、助からないって」
ガリガリに骨を浮き出す程に痩せた、カーディガンを羽織ったみほの姿があった。
「そ、そんな……」
優花里は体をぷるぷると震わせ、そっと涙を流す。
そんな優花里の体を、みほが抱く。
なんて脆そうなんだろう、優花里はみほの手に触れて、そう思った。
「大丈夫だよ。優花里さん。私は優花里さん達から沢山のものを貰った。だから、最後までこの幸せな気持ちのまま生きていきたいの。病院のベッドの上なら確かに長生きできるかもしれないけど、全然幸せじゃないし」
みほはぎゅっと力いっぱい優花里を抱きしめた。
しかし、優花里はそのみほの力をまったく感じることができなかった。
それだけ、みほは弱っていた。
「西住殿……」
「もう、泣かないで優花里さん。最後は笑顔でって、言ったでしょ?」
そう言って、みほは優花里の涙を指ですくう。
しかし――
「あれ……?」
みほの目からも涙がこぼれ落ちていた。
「なんで私泣いているんだろう……? みんなと一緒にいるときは、常に笑顔でいようって決めたのに、どうして……」
みほの涙は止まらない。
そして、ついには泣き崩れてしまった。
「うああああああああ……どうして……涙が止まらない……止まらないよう……!」
「西住殿……!」
今度は優花里がみほを抱く。
枯れ木の枝のようになってしまったみほの体を折ってしまわないように、そっと。
「私は、ずっと一緒にいます! 最期まで!」
「優花里さん……優花里さん……!」
そのとき、年越しの除夜の鐘が鳴り響いた。
二人は、その鐘が鳴り終わるまで、寄り添い合いながら泣き続けていた。