最終章二話は見れてないのでネタバレはありませんご安心を
逸見エリカの人生は戦車道と共にあった。
幼い頃に戦車の躍進する姿を眼に焼き付けて以来、エリカは人生を戦車と共に歩むことを決めた。
地域の戦車道教室に最年少で入り、名門と言われる黒森峰女学園進学を目指し日々勉強した。
そして、中学で黒森峰女学園中等部に進学、そこで黒森峰のハイレベルな戦車道に触れ、苦難を味わうも諦めずに努力し、高等部に進学したときには一年で一軍に入れるほどであった。
エリカは黒森峰で多くのものを手にしたが、特にかけがえのない繋がりを三つ手にした。
一つ目は、西住まほとの繋がり。
日本戦車道における伝統流派の次期家元であるまほは、エリカにとって目指すべき指標となった。
二つ目は、西住みほとの繋がり。
同学年でありながら西住流であり、かつそれにとらわれない柔軟な発想の天才的少女であるみほは、エリカの向上心を大きく煽った。
三つ目は、赤星小梅との繋がり。
同輩として心置きなく親交を深め合えた小梅の存在は、エリカにとっていつしか大きな心の拠り所となっていた。
黒森峰高等部での戦車道は中等部以上に苦難に満ちあふれていた。
一年で出た全国大会では、決勝戦で小梅の乗った戦車が水没し、それをみほが助けに行ったために敗退するという辛酸を味わった。
それを契機にみほが転校し他校で戦車道を始めたために憎しみを抱いたこともあった。
だが、二年目の全国大会決勝で直に戦い、そのわだかまりも解けた。
その二年目には、みほの転校した大洗女子学園のために大学選抜と戦ったり、まほが突然の留学をしたために隊長に抜擢され迎えることになった冬の無限軌道杯に挑んだりした。
特に無限軌道杯は彼女にとって試練の大会であった。
まほがいなくなったことにより、優勝候補とも見なされなくなった黒森峰。
そんな過酷な環境で勝ち抜いていかなければならないという、相当なプレッシャーがのしかかった。
そんな彼女が無限軌道杯を勝ち抜けたのは、ひとえに共にいてくれた小梅の存在が大きかった。
小梅はエリカに付き従い、ときには副官として、ときには友人としてエリカを支えた。
その小梅のサポートも相まって、エリカは無限軌道杯で念願の優勝を勝ち取ることができた。
それだけではない。黒森峰にとって正念場の三回目の全国大会でも、エリカは優勝旗を黒森峰に奪還することができた。
そのとき、エリカは悲願達成の嬉しさのあまり号泣してしまうほどであった。
エリカの快進撃はまだ止まらない。
大学に進学した後は、かつてのライバル達と共に同じ大学選抜チームを結成し、世界での戦いへと羽ばたいていく。
さすがにそのチームでは隊長にはなれなかったが、優秀な幹部の一人として数々の実績を残していく。
そうして、アマチュア時代に多くの功績を残したエリカは設立されたばかりの日本戦車道プロリーグへと進出。
その場でも、スター選手へと駆け上がっていった。そして……
◇◆◇◆◇
「今日の試合もお疲れ様でした、エリカさん!」
とあるプロリーグでの試合後、ロッカールームでエリカにそう労いの言葉をかけたのは、チームメイトの小梅だった。
「ありがとう小梅。でも、今日はあなたのほうが活躍していたわよ」
「そんなことないですよ! エリカさんの活躍あってこそ、私が活躍できたんですから!」
「だったら、お礼を言うのならみほへでしょ? 隊長で全体の指揮をしたのはみほなんだから。ねぇ、みほ?」
「え!? なんですか、エリカさん?」
エリカに突然声をかけられたみほは、着替え中だったのもあってかよく聞き取れておらず、驚きの反応を示す。
そんなみほに対し、エリカと小梅は笑う。
「ふふっ、本当に試合中とは人が全然違うんだから」
「そうですね、試合中はまさしく頼れる指揮官って感じなのに、普段は優しくてどこか抜けているのがみほさんですからね」
「もー、それって褒めてるの? 貶してるの?」
みほが少し憤慨したように言う。だが本当に怒っているのではなく、あくまでじゃれ合いの一環であるのが分かっていた。
「ふふっ、ごめんなさいね。でも、今回も勝てたのはあなたのおかげよ。ありがとう、みほ」
「ううっ、こ、こちらこそありがとうございます……エリカさんや小梅さんがいてくれるから、私も無茶な作戦を指揮できるから……本当にありがとうございます!」
みほはそう言ってエリカと小梅に頭を下げる。
そんなみほに、二人は微笑ましい笑みを見せた。
「はい! こちらこそありがとうございますみほさん!」
「まったく、こんなに普段は優しいのに試合となると本当に無茶な事ばっかり言ってくるんだから……ま、やりとげてあげるけどね」
「ははは……あ、そういえば今日も二人は一緒に帰るの?」
「え? うんそうね、小梅が私の家に寄りたいって言ってるし」
「はい。今日もお邪魔させてもらいます」
小梅は楽しげに言う。
「いいなぁ……私も二人みたいにずっと一緒にいられるパートナー、欲しいなぁ……」
「あなたならよりどりみどりなんじゃないの? あなたを慕ってくれる子は多いでしょ?」
「そうかな?」
「そうよ。まったく自覚してないなんて……さ、行きましょ小梅。こんなギャルゲー主人公に関わってたら、私達まで攻略されてしまうわ」
「あ、あははは……分かりました、エリカさん」
「ちょっと、ギャルゲー主人公ってどういうことー!?」
みほのきょとんとした顔での叫びを聞きながら、エリカと小梅は苦笑いしてロッカールームを出るのだった。
それから数時間後。
エリカは彼女の自宅にて下着姿で小梅と一緒に洋画を見ていた。テーブルにはいくつか酒の缶が置いてある。
「んー……この映画面白いって聞いてたけど私的にはいまいちねぇ」
「そうですか? 私は結構楽しいですけど」
「そう? まあ小梅とはちょっと映画の趣味がずれるから……」
「ですねぇ……」
そんな事を言いながら、二人はテーブルにおいた酒の缶を取って口にする。
酒の缶は小梅側には多く置かれていたが、エリカ側にはあまり置かれていなかった。
「ふぅ……今日はこんなものかしら?」
「もういいんですか? 前から思ってましたけどエリカさんあんまりお酒飲まないですよね」
「まあね。私そんなお酒好きじゃないし」
「そうなんですか? 黒森峰出なのに」
「まああそこは確かにノンアルとかをガブガブ飲んでる場所だけど……それはそれとして好き嫌いはあるのよ」
「なるほど……」
そう言いながらも小梅は新しい缶を手にする。
そうしてしばらく二人は画面に集中していたが、小梅がふと口を開いた。
「……エリカさん。そろそろ本当に一緒になっちゃいますか?」
「え?」
「いや、私毎回こうやってエリカさんの部屋にお邪魔してるじゃないですか。それで、いつか話したじゃないですか。これなら同棲したほうがマシだって。だったら、本当にしちゃいます?」
「……そうね」
エリカは、しばらくの沈黙の後そう答えた。
「えっ? いいんですか!?」
「何よ、あなたから言ってきたんじゃない」
「そりゃそうですけど、ちゃんと受け取ってもらえるとは思えなくて……」
「私をなんだと思っているのよ。……私だって、あなたと一緒になるのは悪くないって、そう考えてたのよ。あなたは長い間私と一緒に戦ってくれたパートナーだし、私生活でもパートナーになるのも、いいかなって……」
「……エリカさぁん!」
小梅はそのエリカの言葉に感極まって、エリカに抱きついた。
エリカはその勢いのまま床に倒れ込む。
「きゃっ!? ちょっと、あなたねぇ!?」
「あっ、ごめんなさい。でもつい……」
「……まったく、しょうがないわねぇ。とりあえず、具体的な計画は今度考えるわよ。今はちょっとあなたお酒入りすぎ」
「はい!」
小梅は満面の笑みで答える。そんな小梅に、エリカはやれやれと言った表情を浮かべながらも、内心喜びの感情で満たしていたのであった。
◇◆◇◆◇
年末。
巷では忘年会シーズンが到来しており、それはエリカの所属する戦車道チームでもそうだった。
「そ、それではっ、乾杯っ!」
『かんぱーい!』
みほのとった音頭に、チームメイト達が続く。
その中には当然、エリカと小梅もいた。
「まったく、あの子は本当にこういう場に慣れないわね……」
「はは……でも、それがみほさんのいいところの一つだと思いますよ」
「そうかしら?」
そういいながらエリカは手に持ったコップに口を付ける。
「乾杯ですエリカさん!」
と、そこにコップを持ったみほがやって来る。
「ええ、乾杯。あなたいい加減もうちょっと音頭とかに慣れなさい。隊長なんだから」
「うう……すいません。あ、エリカさんそれってノンアル?」
「ええ、今日は私が運転するから」
「そっかー、そういえばエリカさん小梅さんと今は一緒に暮らしているんだっけ。いいなーそういうの」
「まあね」
エリカはみほの言葉にウィンクしながら返す。
「あーっ、そういうのなんかずるいよーエリカさん!」
「ふふっ、悔しかったらあなたもいいパートナーを見つけなさい」
「うう……あー、私ももうちょっと早くエリカさんに手を出してればなー」
「残念でした。エリカさんは既に私のものですよ?」
「ずるいー!」
「まったく、何言ってるのよあなた達は。私はモノじゃないのよ」
そう言いながら忘年会を楽しむエリカ達。その忘年会は、夜遅くまで続いた……
「それじゃあ、私達はこれで」
「はい、お疲れ様でした」
エリカが店の外でみほに言う。その背には、小梅が担がれていた。
「うう……えりかひゃぁん……」
「まったくこの子ったら飲み過ぎよ……どうしてこんなになっちゃったのやら」
「あはは……それじゃあエリカさん、私達は二次会に行くので、これで」
「ええ、それじゃあね」
そう言ってエリカはみほ達と分かれると、彼女の車の助手席に小梅を乗せる。そして、エリカが運転席に乗り、エンジンをかけて車を出発させる。
「うう……むにゃむにゃ」
「むにゃむにゃって、どんな寝言よまったく……」
エリカは助手席でまどろみに包まれる小梅を見て笑う。
道路はわりと空いており、エリカは自然とスピードを出す。
「まったく、寝たいのは私もなのに。今日はちょっと疲れたわ……みほがだらしないからまったく……ふわぁあ……」
エリカは大きくあくびをする。そして、だんだんとまぶたが落ちていく。
「うう……いけない……さすがに居眠り運転はまずい……」
エリカはぶるぶると頭を振るう。しかし、だんだんと車のスピードが上がっていっているのに、彼女は気づかなかった。
「…………」
とうとう言葉すら出なくなり、エリカはコクリコクリと頭を揺らす。
そうして、ハンドルを握る力が一瞬弱まった。
そのときだった。
「――――っ!?」
突然、激しいライトの光がエリカの目に入ってくる。次いで、まばゆいライトの光。
その瞬間エリカは思った。
――まずい!
エリカは急ハンドルを切る。
だが、とき既に遅し。
エリカの車は対向車線にはみ出しており、向かってきた車と正面衝突をしてしまったのだった――
◇◆◇◆◇
『戦車道のスター選手、居眠り運転からの交通事故』
テレビの一番のニュースでそれは大々的に報じられた。
戦車道は武道としてマイナースポーツからメジャースポーツへと駆け上がっていた。
そんなとき、その事件は起きた。
戦車道でもとりわけ人気チームの人気選手であったエリカが、交通事故を起こしたのだ。
状況は、ぶつかった相手の車の家族――夫婦と子供一人――は全員死亡。
また、助手席に乗っていた小梅もまた即死、かろうじて生き残ったのはエリカだけという結果だった。
マスコミは痛烈にエリカをバッシング。毎日のように彼女を批判するコメントがテレビから流れてきた。
エリカは全国ネットにおいて謝罪し、莫大な慰謝料を遺族に支払うも日本戦車道連盟はエリカのプロ除籍を決定。
エリカは戦車道の舞台から姿を消した。
そうして世間での話題は一旦の終息を見せる。
世の中はエリカの起こした事故のことを忘れ、だんだんと他のニュースや別のスター選手の活躍に気を取られていく。
エリカの起こした事件はやがて風化し、一般人からは誰からも忘れ去られていった。
しかし……
◇◆◇◆◇
「うう……ああ……」
エリカは痛む頭を抑えながら床の上で目を覚ます。
時刻は昼頃だったが、窓をカーテンで閉め切っていたために部屋は暗い。
かすかにカーテンの隙間から差し込む光が彼女と部屋に散乱している大量の酒瓶や酒の缶を照らしていた。
「何よ……まだ昼じゃない……はぁ……もうちょっと飲んでからまた寝よ……」
エリカは渋々立ち上がり、汚れた部屋の中を歩いてキッチンへと向かう。
そして、冷蔵庫を開けその中に溢れんばかりに詰め込まれている酒の缶を取り、その場で飲む。
「ん……んはぁ……」
そして、飲み切るとその場に酒の缶を投げ捨てる。その後、新たに酒の缶を複数手に持つと、元の場所に戻ってテーブルの上に酒を起き――その際すでに置いてあった空き缶は手でなぎ払い床に落とした――また飲み始める。
そんなとき、ピンポーンと、インターホンの音がする。
「……あん?」
エリカは一瞬扉の方をちら見するも、無視して酒を飲む。
その後、再びインターホンがなる。またも無視するエリカ。それが何度か続いた後、エリカは仕方なく扉へと向かった。
「……ったく。誰よ。うるさいわね」
扉を開けるエリカ。
「……どうも、エリカさん」
その扉の向こうにいたのは、みほだった。手にはビニール袋が持たれている。
「……何よ、またあなたなの? 何の用よ」
「その、エリカさんがちゃんと食べてるか気になって……」
「別に私の事なんでどうでもいいでしょ。放って置いて」
「そんな事できないよ……中に入っていいかな」
「……駄目って言っても、入れるまでまたこの前みたいに扉の前で待ち続けるんでしょ。いいわよ、勝手にどうぞ」
エリカはそうしてしぶしぶみほを部屋の中に入れた。
部屋に入ったみほは、部屋の惨状を見てため息をつく。
「この前片付けたばかりなのに……」
「あいにく、酒はいくらでもあるのよ」
「この調子じゃ、また数日何も食べてないね……食材持ってきてよかった。台所借りるね」
「お好きにどうぞ」
みほは投げ捨てられた酒の缶や瓶を踏まないように注意して歩きながらキッチンへと向かう。
そうして、みほは持参した食材を厨房に広げ、料理を始める。
「…………」
その間も、エリカは酒を片手に床に座っていた。
しばらくして、みほがエリカの元に料理を持ってくる。
「はい、エリカさんの好きなハンバーグだよ」
「……ふん、別に好みなんてどうでもいいけどね」
エリカは渡された箸でハンバーグを切り、口に入れる。広がる肉汁。確かにみほのハンバーグはおいしかった。
だが、その瞬間――
『――エリカさん』
エリカの頭に、小梅がハンバーグを作ってくれて持ってきてくれた過去が、そして、自分の隣でぐちゃぐちゃになってしまった小梅の姿がフラッシュバックしてしまった。
「……うっ、うげええええええええええっ!」
その結果、エリカは頭の中も体の中もグチャグチャになる感覚を味わい、ハンバーグを飲み込む前に胃の中のもの――といっても、胃酸やアルコールばかりである――を吐き出してしまう。
「えっ、エリカさん! 大丈夫!?」
「おええええっっ! おええええっ! ……これが大丈夫に見えるの?」
「ごっ、ごめんなさい……」
みほは弱々しく謝る。
誤りながらも、エリカの背中を軽くさすった。
「……いいのよ、そんなことしなくて」
「えっ、でも……」
「いいって言ってるでしょっ!?」
エリカは突然激昂し、みほの手を弾き飛ばす。
「きゃっ!?」
みほは床に尻もちをつく。
「あっ……」
そんなみほを見て、エリカは一瞬罪悪感に苛まれた表情をする。
だが、すぐに不機嫌そうな表情に戻り、そっぽを向く。
「……わかったでしょ。あなたの世話なんて余計なのよ。理解したならとっとと帰ってちょうだい」
「……でも」
「何が、でもよ……」
「今のエリカさん、放っておけないよ……このままだったら、エリカさんまで死んじゃう……」
「……まで?」
その一言が、エリカの逆鱗に触れた。
「私まで……それじゃあ、小梅が死んだのは仕方ないみたいじゃないの……!」
「あっ!? わ、私、そんなつもりじゃ……」
「何がそんなつもりじゃ、よっ!」
エリカは怒り狂ったまま、みほを押し倒し、馬乗りになる。
「きゃあっ!?」
「小梅はっ、小梅は私のせいで死んだのよっ!? その気持ちがあなたに分かるっ!? 生涯を共にしようとした相手を、私はこの手で殺してしまったのよ!? それだけじゃないわ! 私は無関係な家族の命まで奪った! 遺族はもういいって言ってくれたけど、今でも私を苛む声が聞こえるのよ! この気持ちが……この気持ちがあなたに分かるの!?」
エリカはみほの首に手をやりながら言う。
彼女の手は、ゆっくりとみほの首を締めていく。
「あっ……ごめんなざ……」
「あなたに……あなたに何が分かって……!」
「あ……ああ……」
だんだんと青ざめていくみほの顔。それを見て、エリカはふっと我に帰った。
「あっ……!?」
エリカはみほの首から手を離す。
「ゲホッ! ゲホッ!」
すると、みほは今まで呼吸出来なかった分、咳をしながらなんとか取り戻す。
「私……私……」
「だ、大丈夫だよエリカさん……私は気にしてないから……」
「でも、私……あああああああああああああっ!」
エリカは叫びながら頭を抱え、その場にしゃがみ込む。そんなエリカに、みほはそっと近づく。
「エリカさん落ち着いて……エリカさんは、何も悪くないから……」
「そんなことないわぁ……! 私が悪いのよぉ……! 私が、私がぁ……!」
エリカは完全に殻にこもったように丸まる。そんなエリカをどうしていいか分からず、みほは狼狽える。
「帰って……」
「え?」
「帰って……みほ……私、今あなたに何しちゃうか分かんない……」
「……分かった」
みほにできるのは、そんなエリカの言葉に頷き、部屋を出ることだけだった。
エリカ一人になった部屋。そこで、彼女は一人泣き続けるのだった。
「うっ……うああああああっ……!」
◇◆◇◆◇
あの日以来、みほはエリカの部屋に行けてなかった。
エリカの苦しむ姿が頭から離れず、自分が行けばまたエリカを苦しめることになるのではないかと思ったからだ。
そうして、みほがエリカの部屋を訪れるのを恐れ、疎遠になってから数ヶ月後。その知らせは突然やって来た。
「えっ!? エリカさんが自殺未遂!?」
姉のまほから突然の電話がかかってきたかと思いきや、いきなりのその知らせはみほに衝撃を与えた。
みほは内容をまほから聞くと急いで病院へと向かった。
なんでも、エリカは海に身投げを図ったらしい。
だが、海岸に漂着し、それをランニング中の一般人が見つけ、一命をとりとめたと言う。
まほはそのことを、戦車道連盟で偶然知ったらしい。
後に警察がエリカの部屋を調べた際、簡単な遺書のようなものが見つかった。
そこには一言、こう書かれていた。
『あの頃に戻りたい』
みほはそれらの事を知った上で、エリカがいるという病院の病室へと駆け込んでいった。
「エリカさんっ!」
そこに、エリカはいた。病室のベッドの上で、うつろに宙を見ている。
みほの声が聞こえたのか、ゆっくりとみほの方へと向いた。
そして、エリカは、みほに対し、笑顔で言った。
「あら、どうしたんですか? 副隊長」
「……えっ?」
「そんな汗だくになって副隊長らしくないですよ。あ、そういえば小梅見ませんでしたか? 今日は一緒にスイーツを食べに行く約束をしていたんですけど……あの子の事だからまたぽんやりしてるんでしょうね」
みほは何がなんだか分からず、その場で目を見開いて固まってしまう。
その後ろに、病院の医者らしき人がやって来て、そっとみほを病室から出す。そして、医者がみほに告げた言葉は驚くべき内容だった。
「記憶が、退行している……?」
エリカは、海に身投げし激しい酸素不足に陥った結果なのか、それとも過度のストレスのせいなのか、まだはっきりしたことは分からないが記憶が高校時代に戻ってしまったのだと言う。
そして、毎日毎日、同じ一日を繰り返しているのだと言う。
みほはその事を知った瞬間、その場に崩れ落ちてしまった。
「私のせいだ……私が、ちゃんとエリカさんの事を見ていれば……!」
みほは両手で顔を覆い、さめざめと泣く。
そんなみほに、医者はさらに残酷な事実を伝える。
“エリカの記憶はいずれ戻るかもしれない。だが、戻ったとき彼女は現実に耐えきれず、今度こそ心が死んでしまう可能性がある”と。
「そ、んな……」
医者は絶対にそんなことはさせない、段階的に現実を認識させていきゆっくりと治療していくと言った。
だが、みほにはそれは無駄な事に思えてならなかった。
なぜなら、今のエリカの状態はエリカが一番望んだ事だからだ。
『あの頃に戻りたい』
その気持ちがきっとエリカの記憶を退行させ、同じ一日を繰り返させているのだ。
今がもっとも彼女にとって安定した状態なのだ。
だが、そこから現実に戻ったら? いくらゆっくりと認識させたところで、彼女はまた地獄へと逆戻りするのではないか? そうしたとき、彼女が耐えられるはずはない。
そう、みほの直感が告げていた。
だから、みほは泣いた。
自分の無力さに。
そして、これからエリカを訪れる不幸に。
大切な友人を、二人も亡くした事実に。
「小梅……早くこないかしら。ふふっ」