僕の秘書艦 天津風   作:ミトラ

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グータラ司令官と気苦労多き秘書艦

「またサボってるの? 早くやらないと今日の任務終わらないわよ」

 

 少女は呆れたような声で、こちらをたしなめてくる。だが、僕はそれを意に介さず、生返事を返す。

 

「うん、だいじょぶだいじょぶ。定時までには終わらせるつもりだから。それに、『急いては事をし損じる』って言うし、あせってやらない方がいいんだよ」

「もう、またヘリクツ言って……今日は書類の量も多いのに」

 

 少女は少し肩を落とし、諭すように言う。午後に入ってしばらく経っているのにもかかわらず、手つかずの書類が執務机の上に鎮座している。

 執務室で繰り広げられるこの光景は既に日常茶飯事になりつつあった。彼女、陽炎型九番艦の天津風が秘書艦として配属されて二週間ほどだが、出会ったばかりのよそよそしさは微塵もなく、お互い遠慮ない会話を繰り広げている。

 自分で言うのもなんだが、僕は司令官としての志気が高い方ではなく、以前の秘書艦とも関係があまりうまくいかなかった。仕事も滞りがちになり、その結果配属されてきたのが、今の秘書艦の天津風だ。

 銀色の長い髪、強い意志を覗かせるキリっとした瞳、それでいて身体は華奢で、凛としたたたずまいである。少女特有の儚さを持ち合わせながらも、その瞳には迷いがなく、明確に先を見据えているようにも見受けられる。

 さらに、彼女は見た目こそ若い女の子だが、その中身は大人並みにしっかりしている。僕のていたらくに対し、まるで母親のように叱ってくるのだ。

 そんな彼女のことをぼんやり眺めていたら、ふと言葉が口をついて出た。

 

「天津風は僕のお母さんみたいだなぁ」

「また、どうしたの急に?」

「……ああ、いや、今までの秘書艦は上官の僕に対してどこか遠慮がちで、きつくものを言ってくる娘はいなかったんだ。でも天津風は親身になって言ってくれるというか」

「そう? あたしは普通にしてるつもりだけど」

 

 そんなやりとりをしていると、僕の脳裏に一つの案が浮かんだ。

 

「よし、これから天津風のことをお母さんと呼ぼう!」

「なっ!?」

 

 いきなりの僕の提案に、天津風は驚きの表情を見せ、目を白黒させる。

 

「そんなのイヤよ!」

「じゃあ、ママの方がいい?」

「そういうことじゃなくて!」

 

 彼女は僕のこんな発言に対しても、しっかり反応してくれる。

 母親のようでありながら、こういうところは普通の女の子なのだな、と実感する。

 

「そんなことより、早く今日の任務に取りかかりなさいな!」

「まあまあ、落ち着いて。僕は今、働きアリの生き様を実践してるんだよ」

 

 せき立ててくる天津風を遮り、なだめるように言った。

 

「何言ってるの? 働きアリはちゃんと働くけど、あなたは働いてないじゃない」

「いや、実は働きアリの集団の2割は働いてないんだよね」

「えっ! そうなの?」

「そう! しかも働かないアリだけを取り除いたとしても、今まで働いてたアリのうち、また2割が働かなくなる。つまり、集団の中で働かない存在は必要なものなんだ!」

 

 僕はいつになく語気を強め、力説する。

 

「だから僕は、率先して働かない! もし僕が働いたら、この鎮守府にいる働き者の誰かが一人失われてしまうんだ……」

「すごい理屈ね」

「分かってくれた? お母さん」

「だから、その呼び方はやめて!」

「じゃあ、休んでもいい?」

「だめよ」

「サボロー! YO!YO!」

「……」

 

 ついに天津風の返答が無くなり、彼女の頭の上に付いている煙突帽子から勢いよく真っ黒な煙がもくもくと出てきた。これは、さすがにマズイと悟る。

 

「わ、分かった。じゃあ誉めてくれたら働くことにするよ」

「誉める?」

「僕は誉められて力を発揮するタイプだからね。いつも怒られてばかりだから、たまには」

「それは、あなたが働かないからでしょ……手間がかかるわね」

 

 天津風はあからさまにげんなりとした様子で、僕の方を見やる。この二週間で既に上官への敬意はゼロ、というかマイナスである。

 

「何か誉めるところない?」

「あなたの誉めるところ……うーん……」

 

 そう呟いて、天津風は難しい顔をしてしばらく黙り込んでしまった。

 あれ? 一つくらい出てこない?

 さすがに何も思い浮かばないのは、割とショックである。

 

「そうね……あたしが作った食事をおいしそうに食べてくれるところ、とか?」

「なんとかひねり出していただき、感謝にたえないよ」

 

 僕のメンタルは少なからずえぐられたものの、なんとか良いところを見つけようとしてくれた彼女の良心に、かろうじて救われた。

 気を取り直して、天津風に提案する。

 

「じゃあ、次は僕がおかあ」

 

 言いかけた刹那、天津風の両目から眼光が放たれ、僕の身体は反射的に硬直した。

 

「ゴホン……天津風のことを誉めてみるのはどうだろう」

「ちょっ、何でそうなるの?」

 

 突然の提案に天津風は動揺し、呆気にとられている。

 

「僕が誉めてる様子を見て、参考にしてもらえれば」

「えぇ!? そんなこと言われても」

 

 困惑した表情の天津風をよそに、僕は早速誉め始める。

 

「天津風と知り合った一週間前、あの時は衝撃だったなぁ。まさかこんなかわいい子が秘書艦として配属されてくるなんて、ってね」

「なっ!!」

 

 言うが早いか、天津風は赤面し、煙突帽子から一気に煙が吹き出す。

 ちなみに、これはお世辞ではなく僕の偽らざる感想である。実際、客観的に見ても天津風はかなりの美少女だ。

 予想外の賛辞にまごつく天津風が面白く、僕はなおも言葉を続けた。

 

「性格は真面目で秘書艦としても優秀だし、たまに見せてくれる笑顔はその日の疲れを吹き飛ばしてくれるくらいの力があるよ。しかも料理もうまい。心身ともに最高のサポートをしてもらって、僕はこの鎮守府で一番幸せな司令だって、自信をもって言えるね」

「~~~!!」

 

 声にならない声をあげて、先ほどから赤くなっていた天津風の顔色がさらに紅潮していく。煙突帽子から立ち上がる煙の量もさらに増え、室内の換気が必要なレベルである。

 

「仕草の一つ一つも女の子らし……」

「もういいから!」

 

 なおも言葉を続けようとしたところで、天津風が僕の口をふさいだ。触れたら熱そうなくらい赤みを帯びた彼女が、身体をもじもじさせて必死に声を張り上げる。

 

「一体なんなの!? 恥ずかしくて聞いてられないわ! もしこんなところ誰かに見られたりしたら――」

 

 そう言って周囲を一瞥した瞬間、天津風の身体が硬直した。僕もそちらを見やると執務室の扉が少し開いており、隙間からのぞく視線がこちらの二人を凝視している。その刺すような視線には見覚えがあった。

 

「は、初風!? いつからそこに!?」

「今来たところよ」

 

 扉から姿を現したのは、天津風と同じ第十六駆逐隊所属、陽炎型七番艦の初風だった。うろたえる天津風とは対照的に、初風は何事もなかったかのような表情で部屋に入ってくる。その右腕には書類を携えており、伝令か何かで来たことがうかがえる。

 

「はい、以前の海域調査報告書よ。目を通しておいて」

「お、おお、ありがとう」

 

 差し出された書類を僕は思わず受け取る。用が済むと初風はきびすを返し、部屋の外へ向かった。興奮冷めやらぬ天津風はおそるおそる彼女に声をかける。

 

「あの……初風?」

「ん、何?」

「さっきの……見たわよね?」

「さっきの? ……ああ、あなたが提督の口をふさいでるのは見たけど、それがどうかしたの?」

「え、あ、それだけ? ……コホン、それならいいの、それなら……」

 

 天津風は軽くせき払いをして、少しほっとした様子を見せる。

 初風は扉の外に出かかったところで、何かを思い出したかのように顔をこちらに向けた。

 

「そうそう、一つ思いついたんだけど」

「え、何?」

「私もあなたのこと、ママって呼んでもいいかしら?」

「んな!?」

 

 それを聞いた途端、天津風はまた赤面した。先ほどまで真顔だった初風はわずかに悪戯っぽい笑みを浮かべて、部屋を後にした。天津風がとっさに叫ぶ。

 

「やっぱり聞いてたんじゃない!! しかもそんなに前から!?」

 

 その叫びに返事が来ることはなく、再び執務室は二人だけになった。

 訪問者がいなくなると、天津風は口元を両手で覆い、恥ずかしそうにつぶやく。

 

「ああ、聞かれた……しかも、初風に」

「そうかぁ、初風はおかあさんよりママ派かぁ」

「ちょっと! 今そこなの!?」

 

 あっけらかんとした僕の口調に対して、彼女は信じられないといった形相で、にらみつけてくる。

 

「いやまあ、そんなに悪いことじゃないし」

「……」

「あの、天津風さん?」

「……もう、知らない」

 

 天津風は拗ねた様子でそっぽを向いてしまった。さすがにやりすぎたかなと思い、彼女をなだめようと努める。

「えーと、その、ごめん」

「……」

「あの、許していただけないでしょうか?」

「……」

 

 しばし沈黙の時間が流れ、空腹感が少しずつ強くなってきた。

 

「申し上げにくいんですが、そろそろ夕食にしませんか?」

「……」

 

 すると、天津風は振り向かず無言のまま、右手で執務机を指さした。おそらく、今日の分の仕事を終わらせなさい、という意味だろう。

 

「今日の分は明日に回すということで……」

「……」

「いえ、やります……」

 

 しぶしぶ執務机に足を運び、まだ未確認の書類と向き合い始める。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 それから何時間が経過しただろうか。その合間にも天津風の様子をちらちらとうかがったが、彼女はこちらに背を向けて椅子に座ったままじっとしていた。

 窓の外は日が完全に落ちており、スタンドライトが机上を明瞭に照らしている。

 それにしても、いよいよ腹の虫が限界に近いようだ。

 作業にこれほど時間がかかっている原因は、業務内容の多さに加え、何より天津風のサポートがないためである。彼女は必要な資料を的確に提示し、形式的な事務処理をすばやくこなしてくれる。そんな彼女の支えに、僕は完全に甘えてしまっていた。

 

「(これが最後の書類だ……)」

 

 手元の書類に捺印したところで、本日の業務を完遂した。だが、書類をどかしていざ立ち上がろうとしたところ、足に力が入らない。

 

「(ああ、眠い……)」

 

 強い空腹感はあるものの、それ以上に疲労による睡魔が勝っていた。勢いよく机に突っ伏して重いまぶたを閉じる直前、横目で天津風の方を確認する。しかし、いつの間にか彼女の姿は無かった。

 そのまま、意識はまどろみの中に落ちていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ふと目が覚め、意識が徐々にはっきりしていく。視線を巡らすと、窓の外がまだ暗いのが見えた。時計は午前1時を回った頃。睡眠欲はある程度抑制されたが、やはり食欲からは逃れられないようである。

 身体を動かそうとすると、ちょっとした違和感に気づく。僕の肩から毛布がかけられていたのだ。さらに先程の書類の上には『内容チェック完了しました。お疲れさま』のメモ。どうやら、僕が寝ている間に全て目を通してくれたらしい。

 

「(何か食べるもの……)」

 

 ゆっくりと立ち上がり、ふらふらと隣室の食卓へ歩く。境目の扉を開けると自分が予想していなかった光景が目に入ってきた。

 

「これは……」

 

 食卓の上には、かなりの数の料理がラップをかけて並べられていた。その横に目をやると、椅子に座ったまま上半身を食卓に預けて眠っている天津風の姿。うつぶせだが、顔はこちら側に向けて静かに寝息を立てている。

 

「(か、かわいい……)」

 

 普段の凛とした表情からは想像もつかないほど、その寝顔は無防備で、儚くて、あどけない。いつもはとてもしっかりしているのに、やはり彼女はまだまだ少女なのだということを再認識させられる。

 自分がかけてもらった毛布を、今度は彼女にそっとかける。そして、自席につき、手近な皿のラップを外していく。品数がいつもよりやや多いのは、仕事を頑張ったねぎらいの意味もあるのかもしれない。

 天津風を起こさないように、電子レンジも使わず、静かにブリの煮付けに箸を伸ばす。

 

「(やっぱり美味いなぁ)」

 

 ゆっくり一口ずつ噛みしめ、彼女の料理を堪能する。それから着実に食は進み、完食したところで再び睡魔が襲ってきた。それに抗う術もなく、意識はまた闇に飲まれていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「――――」

 

 何かが聞こえる、気がする。心なしか身体も揺れているような感覚。

 いや、これは気のせいじゃない――

 

「ねぇ、今日は演習もあるんだから、そろそろ起きないと間に合わないわよ」

 

 ようやく脳が覚醒し、声の主と言葉の意味が分かった。夜食を食べてそのまま寝てしまった僕の身体を、天津風が揺り動かしている。

 

「え!? もう朝!?」

「そうよ。あなたぐっすり寝ていたもの」

「いやいや、天津風だって食卓で気持ち良さそうに眠ってたけどね」

「あ、あたしは少し仮眠をとってただけよ!」

「仮眠にしては、食べ物の寝言をいいながら幸せそうな顔だったなぁ」

「え、あたし寝言言ってたの!?」

「『むにゃむにゃ……おいしい』とかなんとか」

「う~ん、最近間宮に行き過ぎてるせい、かしら?」

「まあ、冗談だけどね」

「!?」

 

 真相を知った天津風からポカポカと叩かれる。おかげではっきりと目が覚めた。

 その後、彼女は執務室の窓際に進み、窓を開ける。すると、さわやかな風が部屋の中に吹き込んできて、彼女の長い髪を揺らした。風を受ける彼女の表情は本当に心地よさそうだった。

 

「いい風。ねぇ、あなたもここに来ない?」

 

 誘いを受け、僕も天津風の隣に立つ。その風は外界の冷気を帯びて冷たかったが、全身に染み入るようで爽快だった。

 

「気持ちいいなぁ」

「ね、そう思うでしょ」

 

 ふと隣を見ると、彼女は目をつぶりながら、なおも風を受けている。

 その様子は、業務中の時とも、昨晩の眠っていた時とも違う、また別の魅力を持っていた。

 しばらく天津風を眺めていたら、彼女もこちらの視線に気づいた。

 

「ん? どうしたの?」

「え、ああ、いや、なんでも……そうだ、朝食は?」

「もうできてるから、あとはお味噌汁温めたりすれば食べられるわ」

「そっか、じゃあそろそろ食べようか」

 

 その会話の直後、執務室の出入り口の扉が勢いよく開け放たれた。

 

「おっはよー! しれー! あまつかぜー!」

 

 甲高い声で挨拶を発したその人物は、さっそうと走り寄ってきて、すばやく僕の頭の上に飛び乗った。

 

「ちょっ!? 時津風! 朝っぱらから頭の上に乗るのは勘弁して!」

「えー! いいじゃん! しれーの頭の上落ち着くんだもん」

「わーい、それはうれし……くない!」

 

 現れるや否や僕の頭の上に落ち着いた艦娘は、陽炎型十番艦、時津風。彼女も天津風、初風と同じ第十六駆逐隊所属である。

 時津風の一連の行動にあっけにとられていた天津風が、我に返って尋ねる。

 

「ちょっと、時津風。こんなに早い時間にどうしたの?」

「なんでって、今日の演習がうまくいくように、しれーの頭の上に乗りに来たんだよー」

「なにそれ!? 僕の頭、どんなパワースポットなの!?」

 

 時津風の予想外の答えに、僕はすかさず頭上にツッコミを入れる。

 

「それにー、二人が楽しそうなことやってるから、時津風も混ぜてもらいたいなーと思って」

「楽しそうなこと?」

 

 時津風の発言の意味を、僕も天津風も量りかねていた。

 

「話を聞いた他のみんなもやりたそうだったから、あたしが一番に参加しようと思ったんだよー。こういうのって早いもの勝ちだしねー!」

「???」

 

 説明を聞けば聞くほど、疑問が深まっていく僕と天津風。そんな僕らの様子は気にも留めず、時津風は話し続ける。

 

「あたしは娘がいいなー。いいでしょー?」

「いやいや、ちょっと待って。一体何の話をしてるのさ」

「わかんないのー? しれーがお父さん役で、天津風がお母さん役だって聞いたから、あたしは娘役やりたいってことー!」

「あ……」

 

 ようやく合点がいった。時津風が言ってるのは昨日のやりとりのことだ。しかも、話に尾ひれが付いて、演劇でもやっているかのようなことになっている。

 さらに気になるのは、昨日のやりとりが他の艦娘にも言いふらされていることだ。

 嫌な予感がして、そっと天津風の方を向いたら――

 羞恥と憤怒が入り交じったような行相に豹変した彼女がいた。

 

「初風~~~~!!!」

 

 朝のさわやかな空気を取り入れた執務室は、昨日の如く煙突帽子の煙で包み込まれた。

 

 

 

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