「しれぇ、報告です!」
「二水戦の演習任務、無事完遂しましたー♪」
「お、おお、ご苦労様」
雪風と時津風が元気よく報告を述べる。
つい最近、天津風達が所属する第十六駆逐隊が第二水雷戦隊、通称”二水戦”に編成された。
二水戦は数ある水雷戦隊の中でも攻撃に長けた部隊であり、その訓練も非常に厳しいものとなっている。
その結果報告として、執務室にて第十六駆逐隊の四人が僕の執務机の前で横に並んでいるのである。
だが、この光景は僕にとって腑に落ちない点があった。
「ところで、二水戦の指揮官は僕じゃないから、わざわざ僕のところに報告に来なくていいんだよ?」
僕の問いかけに対し、時津風が不敵な笑みを浮かべる。
「実は、しれーにお願いがあって来たんだよー」
「む、何かな?」
「二水戦の訓練って大変なんだよねー」
「ああ、話には聞いてるね」
「すっごくすっごく疲れるんだよねー」
「まあ、そうだろうね」
「疲れると、甘いものが欲しくならない? なるよねー」
「分かる分かる」
「そこでー、あたし達と一緒に甘いもの食べにいこー♪」
「さ、はりきって残りの仕事を終わらせますか!」
時津風が言うが早いか、僕は業務に取りかかろうとする。
「えー! なんでー?」
「また、おごってくれって言うんでしょ? ついこの間おごったばかりじゃないか」
「いいじゃん! しれーも行くのー!」
僕はすがるように、天津風の方に視線を送る。それに気づいた彼女は、応じるように話し始める。
「あたしは別におごってもらわなくても……ただ、今日は元々仕事の量も少ないし、だいたい終わってるみたいだから、一緒に行くのもいいかなって」
すると、雪風も続いてしゃべりだす。
「雪風も、しれぇと一緒におやつを食べたいです!」
最後に、初風も口を開く。
「私はどっちでもいいけど。ま、おごってもらえるんなら、私は喜んでいただくわ」
それぞれが自分の気持ちを口にしたところで、僕は選択をせまられた。
「……分かった。ただし、おごるのは今回まで。次は本当におごらないからね」
「わーい! うれしいうれしい♪」
「しれぇ! ありがとうございます!」
「あなた、本当にいいの?」
「まあ、みんなが二水戦で頑張ってるのは知ってるから、ねぎらいの意味も込めてね」
こうして、僕と、十六駆の四人は甘味処“間宮”に足を運ぶこととなった。
執務室を後にした五人は、任務後の開放感も相まって楽しい気分で廊下を歩いていく。
しばらく進むと、前を歩いていた時津風と雪風がふいに後ろの僕の方へ振り返り、駆け寄ってきた。そして、時津風は僕の身体によじ登り、雪風は僕の側面に近づき、それぞれ僕の身体の臭いを嗅ぎ始める。
「ちょっ、二人とも何してるのさ?」
「この前は結構臭いしたんだけどなー」
「臭い?」
「しれぇの身体からカレー臭がするみたいなので、確認に来ました!」
「加齢臭!? いや、僕まだそんな歳じゃないんだけど……ほんとに!?」
「……あなた達、何か色々と勘違いしてるでしょ?」
天津風が一歩引いて冷静な一言。初風は手で口を押さえて笑いをこらえているように見える。
廊下の中央でそんな風にゴタゴタしていると、後ろの方から――
「あなた達、廊下の真ん中ですよ」
忠告を受け、天津風と初風が後ろへ振り向く。
「すみませ……! お、お疲れ様です!」
横目で天津風と初風が敬礼しているのが分かる。二人とも僕に対してやらないようなしっかりした敬礼である。
時津風が乗っかった重い身体をゆっくりと後ろへ向けると、そこにいたのは二水戦旗艦の神通だった。
後から気づいた雪風も、急いで僕の身体を降りた時津風も、あわてて敬礼する。
神通がやおら歩み寄ってきて、僕の前で軽く礼をした。
「提督、お疲れ様です。ただ、
時津風が僕の上に乗っかってじゃれていた事を言っているのだろう。
「は、はい! 今後は気を付けます……」
「あ、いえ、失礼いたしました……」
注意を受けて僕は思わず敬語を使ってしまった。その様子を見て、神通も申し訳なさそうにかしこまる。
「それでは、私はこれで」
そう言って神通は僕達の前を立ち去っていった。僕と十六駆の四人は彼女の姿が見えなくなった後、緊張の糸が切れたように脱力する。
「あ~びっくりしたね~」
「ちょっとふざけすぎたわね。まさか、神通さんに見られてたなんて」
四人がそれぞれ安堵の表情を見せる。
彼女達は最近、二水戦の訓練で厳しい指導を受けているせいか、神通の前で軽率な行動はとれないという認識が根付いているようだ。
神通は雰囲気が柔和で、口調が激しいわけでもない。それでも、彼女からは二水戦旗艦としての風格を感じ取ることができた。
***
その後、二水戦の訓練はさらに熾烈をきわめ、新たに夜間無灯火演習が行われることとなる。
これによって、二水戦所属の艦娘達は長時間拘束されるようになり、天津風達にも少し疲労の色が見られるようになった。
そんな状況となったある日。
僕と天津風は執務室で通常の業務を行っていた。
「天津風、無理しないで休んでていいよ」
「これくらい大丈夫よ。それより、あなたは休まなくて大丈夫なの?」
「うん、まあ、ね」
いつもの僕ならそろそろ一息いれたいところだが、彼女が疲れた様子ではあまり休んでばかりもいられない。
それよりも、先ほど呼び立てた人物の来訪がいつになるかずっと気になっていた。
そうしていると、執務室の扉がノックされ、目当ての人物が入ってくる。
「失礼いたします」
僕が呼び立てたのは、神通である。
天津風は来訪者に多少緊張の面持ちでたたずんでいる。
僕は執務机の前までやってきた神通をまっすぐ見すえた。彼女も毎日の訓練で疲労していないはずはないのだが、そのような素振りは全く見せていない。
「ご苦労様。忙しいところ悪いね」
「提督、お疲れ様です。私に何かご用でしょうか?」
「用件は二水戦の訓練のことなんだよね。ちょっと最近、訓練が厳しすぎるんじゃないかと思って。やっぱり、あの人の指示なの?」
「はい、そうですね……二水戦の大まかな訓練内容は提督のご指示です」
二水戦の指揮官は僕の上官に当たる人である。ちなみに、神通はその人の秘書艦をしている。
「二水戦の訓練がある程度厳しくなるのは仕方ないけど、さすがに夜間無灯火演習まで頻繁に行うのはどうかと」
「はい、それに関しては私も懸念しています……提督に訓練内容の緩和を提案してはいるのですが、なかなか聞き入れていただけず……」
「真面目な先輩らしいなぁ。ただ、この状況はちょっとマズい気がするから、僕からも訓練内容見直しの提案があったことを伝えてくれないかな」
「はい、承りました」
そして、伝言を依頼した神通が執務室を出ていった。
部屋に残った天津風が僕の方を見やる。
「神通さんを呼んだのはそのことだったのね」
「うん、最近十六駆の四人を見てると、明らかに疲れてるのが分かるから、気になってね。他にも、二水戦に所属してる八駆や十八駆の子達にもその傾向が見られるらしいから、これは早めに手を打った方がいいと思う」
いつになく真剣な顔をしていると、我ながら思う。その様子を察してか、天津風の表情にも不安の色が浮かぶ。
***
数日後の夜。
僕は業務を終えて自室にいたが、今頃、天津風達が訓練をしているのだろうなと考えると、気になってなんとなく落ち着かないのであった。
僕自身、最近は疲れを感じる。天津風が訓練に時間を取られているため、僕の業務量が増え、かつ業務効率が落ちているからだ。
臨時で別の秘書艦を立てることを提案されたが、なんとなくそういう気にもならず、一人で奮闘している。
少しでも疲労を取るため、ベッドに横になろうとした矢先、自室の扉が強くノックされる。
「誰!?」
「あたしよ! 天津風! 大変なの!」
天津風のただならぬ口調に驚き、僕は急いで扉を開ける。
そこにいた彼女の表情は焦りと悲しみに満ちており、今にも泣き出しそうだった。
「どうした!?」
「時津風が……時津風が十八駆の不知火と衝突したの!」
「ええ!?」
「今、二人とも急いで入渠したけど、損傷がかなり激しくて……」
気が動転している天津風の肩を思わずつかみ、落ち着かせるように努める。
「とりあえず、状況を聞きに行こう」
それから、衝突した二人の現状のことや、事故の内容についての情報を集めた。
無灯火演習は第八駆逐隊、第十六駆逐隊、第十八駆逐隊の合同で行われていたようだ。
衝突した時津風と不知火の損傷はひどいものの、幸いにも修復は可能であるとのことで、まずは一安心する。
とはいえ、お互いかなりの速度でぶつかったようであり、もし周りに他の艦娘がいなかったら、轟沈の危険性もあったという。
集めた情報を天津風と執務室で整理していると、曇った顔の雪風と初風が元気なく入ってきた。
「雪風、初風……」
「しれぇ、雪風は、悔しいです……時津風の一番近くにいたのに……」
「いや、雪風のせいじゃないよ。あまり気にしすぎない方がいい」
僕の言葉が耳に入っていないのか、雪風は膝を抱えて座り込み、顔をうずめる。
初風は部屋に入ってきてからも何も言うことなく、険しい顔で考え事をしている。
執務室内の四人はしばらく誰も言葉を発せず、沈黙の時間が過ぎていった。
ふと、初風が何かを決意したように、足早に部屋を出ていこうとする。
「初風、どこ行くんだ?」
「決まってるでしょ。提督のところよ」
「行ってどうするのさ」
「今回のことを抗議するのよ。最近の二水戦の訓練は安全性を欠いて危険だから、改善して欲しいって」
「なにも今それを言いに行かなくても……それで入渠した二人が良くなるわけじゃないし」
「だからって、ここでじっとしてろって言うの!? ……提督が止めても私は行くから」
普段、あまり表情を崩さない初風が、明らかに怒りをあらわにしている。彼女にここまでさせるくらい、今回の件が重大であったことを改めて思い知らされた。
初風が部屋を出ていったのを見て、僕もあわてて追いかける。
天津風も心配になったのか、僕の後に付いてきた。
廊下を歩いて、先輩の執務室の近くに来ると、既に先客が部屋の前で話をしている。
それは、執務室の扉を背にして立っている神通と、相対する十八駆の陽炎、霞であった。その奥に、八駆等の何人かの艦娘達が少し離れて様子を見守っている。
近づいて行くと、話の内容が徐々に聞こえてきた。
「何で会わせてくれないんですか!?」
「提督は今、事故の後始末で手が放せないんです。重大な案件ですから。」
「私達も大事なことで話があるんです! 少しでも話できませんか!?」
「できません。こちらから指示があるまであなた達は待機していてください」
「大事な妹達が大変な時にただ待機してろなんて! 神通さん、もっと話が分かる人だと思ってたのに……」
「あーもうっ! 何でこんなことになるのよ……」
初風を先頭に僕達がさらに近くに行くと、神通がこちらに気づいた。
「あなた達……! 提督まで」
すると、陽炎達も僕達の方に目を向けた。
「あんた達も来たのね」
「陽炎姉さん、中に入れないの?」
「ご覧の通りよ。司令には会わせてもらえないって」
陽炎が小声で「融通がきかない」だのなんだのぼやきだしたので、見かねて声をかける。
「まあまあ、神通が悪い訳じゃないんだから」
「そんなこと分かってるわよ! このクズ!」
「グータラへっぽこ司令は黙っててよ!」
ひどい。気が立っているのは分かるが、なんて言われ
しかし、陽炎にとって、同じ陽炎型の不知火も時津風も大切な妹だという気持ちは確かにくみ取らなければいけない。姉妹艦の初風、雪風、天津風も同様の思いであろう。
こうして執務室の前で穏やかじゃないやりとりを繰り広げていると、神通が何かを決心したように、声を出した。
「分かりました。私が皆さんの話を聞いて、提督に申し伝えます」
「本当ですか!?」
「今回の件に関して、私も責任を感じてますから、何かできることがあれば」
「でも、それは先輩の指示と違うけど、大丈夫なの?」
真面目な先輩のことだから、この非常事態に勝手なことをすると怒りを買うんじゃないかという懸念があった。
「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です」
そう言って、神通は微笑んでみせた。彼女の瞳の奥はとても落ち着いているように見える。
こうして、各々の意見を神通に伝えてもらう運びとなった。
***
それから数日後。
僕と天津風は通常通りの業務に取りかかっていた。
事故の一件以来、二水戦の訓練は全く行われていないため、天津風が秘書艦の仕事に専念できるのはとても助かる。
また、時津風と不知火の入渠もそろそろ完了しそうだとの知らせも入ってきて、事態は少しずつ良い方へ向かっていると思われた。
そんな時に――
執務室の扉がノックも無しに勢いよく開かれた。
「大変よ!」
「何だ!?」
扉を開けたのは、初風だった。彼女の様子からかなり急いで来たことが分かる。
「どうしたの? そんなに急いで」
「あ、もしかして時津風と不知火が――」
「違うわ。そうじゃなくて」
初風は一呼吸置いて、次の言葉に力を込める。
「神通さんが……神通さんが二水戦旗艦から外れるって!」
高速修復材(バケツ)使えば?って思われるかもしれませんが、ここではバケツは存在しないという設定です。