僕の秘書艦 天津風   作:ミトラ

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季節外れですみませんが、バレンタインの話です。


僕と十六駆のバレンタイン

 

 2月14日。いわゆるバレンタインデー。

 人によってはテンションが上がったりするのだろうが、僕自身はこれまでの人生でそれほど良い思い出はない。

 まず、本命チョコはもらったことがないので、その嬉しさについては不明である。

 職業柄、艦娘から義理チョコをもらうことはある。確かに、女の子から物をもらうのは嬉しいが、その喜びも短時間のことで、お返しは面倒くさい。

 そういうことで、普段バレンタインにそこまで心を動かされることはないのだが、今年は少し違う。

 なぜなら、僕は見てしまったのだ。天津風がチョコを作る姿を。

 数日前の夜、必要なものを取りにたまたま執務室に足を運ぶと、隣室の調理場の方から甘い匂いが漂ってきた。天津風はこっそりチョコを作っていたようなので、僕も気づかれないように部屋を出たが、それ以来そのことがずっと気になっている。

 あれは誰のために作っていたのか? もしかしたら……僕?

 まあ、ただの義理チョコだろうが、それでも彼女からもらえるのであれば結構……いや、かなり嬉しい。

 

「はい、次の書類に必要な資料……って、あなた、またボーッとしてるの?」

 

 天津風の声で、僕は我に返る。そういえば、僕は執務室で仕事をしている最中だった。

 

「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「いつもより手が止まってるみたいだけど、大丈夫?」

「全然問題ないよ。さて、頑張りますか!」

 

 彼女は僕の様子に多少違和感を感じているようだが、また自分の業務に戻った。

 それにしても、今のところ彼女は平然としていて、僕にチョコを渡してきそうな雰囲気はない。

 そんなことを考えていると、外から執務室の扉がノックされ、一人の艦娘が入ってきた。

 

「しれぇ! 失礼します!」

「お、雪風。何か用?」

「今日はバレンタインデーですね、しれぇ! 雪風からチョコ、あげます!」

「おお、それはありがたいね」

 

 雪風は手にしていた箱を両手で差し出す。その箱はピンクや黄色などカラフルな包装紙で包まれていた。

 

「しれぇ、どうぞ!」

「ありがとう」

「買ってきたチョコです! おいしいと思います!」

「そ、そうなんだ」

 

 義理チョコであることを強調しているかのような雪風の発言。しかし、実際彼女は純粋においしいチョコを買ってきたことを伝えたいだけなのだろう。とはいえ、こちらは微妙に反応に困る。

 

「後でいただくとす――」

 

 言いかけたところで、雪風が期待に満ちた瞳で僕の方を見つめているのに気づく。

 

「あー、じゃあ一つ食べてみようかな」

 

 すると、雪風の表情がぱっと笑顔に変わる。

この後、彼女もチョコを欲しがったので、いくつかチョコを分けた。結構な量があったのだが、雪風が絶えず喜んでくれるので、ほとんど全部食べてしまった。昼食前のことである。

 

 

 

 ***

 

 

 

「う……、ご飯の前にチョコはやりすぎたな……」

「だから途中でやめた方がいいって言ったのに、もう」

 

 昼食後に食べ過ぎで苦しんでいる僕に対し、天津風はやれやれといった様子で息を吐く。

 

「待ってて。薬をもらってくるから」

「ありがとう、助かる……」

 

 そう言って、天津風は執務室を出ていった。それを見届けると、僕は再び執務机に突っ伏す。

 それから少しして、出入口の扉がノックされる。姿を現したのは初風だった。

 

「提督、出撃関連の書類を持ってきたわよ……って、何うずくまってるの?」

「初風か……いや、ご飯の前にチョコ食べ過ぎて腹が……」

「ふうん、意外と提督もチョコもらうのね」

「まあ、雪風からもらったのを食べ過ぎて……って、意外とはひどいな」

「雪風のをそんなに? 提督らしいわね。じゃあ、もういらないわね」

「ん? もういらないって……」

 

 言葉の意味が分からなかったが、彼女は書類の影に隠れていた箱を目立つように右手に持った。

 

「あ、もしかしてチョコ?」

「チョコの食べ過ぎじゃ、いるわけないわね」

「いや、くれるならもらうよ」

「でも、この後何人からも、もらうかもしれないのに?」

「それは関係ないね。数が重要なんじゃなくて、初風からもらうっていうことに意味があると思うから」

 

 我ながら良いことを言ったと思った。

 初風は表情こそ変えないが、ほんの少し雰囲気が明るくなったような気がする。

 

「そう、それなら……はい」

「ありがとう。腹痛がおさまったら、いただくよ」

「ポリフェノール大量摂取祭りね」

「そうだね。鼻血出ないようにしないと」

「もし鼻血出したら、『女の子の大事なものをあげたら、提督が鼻血出した』って、みんなに言っておくわね」

「何その悪意に満ちた表現は!?」

「じゃあ、そういうことで」

「いや、そこで行っちゃうの!?  それは言わないでよ!?」

 

 席を立ち上がって、少し追いかけようと机の前に出たが、彼女は振り向かず執務室を出て行ってしまった。その後ろ姿は、心なしか軽快に見える。

 すると、初風と入れ違いで、今度は時津風が入ってきた。

 

「おっつかれさま、しれー! なんか初風楽しそうだったけど、どうしたのー?」

「い、いや、何でも……」

「あー、なんかえっちぃことでしょー?」

 

 なぜそんなところに鋭いのだ、時津風よ。

 

「いやいや、全然そんなことないよ! ほんとに!」

「えー、怪しい。怪しーなー」

「と、ところで、何しに来たの?」

「あ、話そらしたー。まあ、いいけどさー。……ふふん♪ これ、何だと思う?」

 

 そう言って、時津風は手に持った箱を僕の目の前に掲げた。すばらしく自慢げな顔である。

 

「箱だね」

「そういうことじゃなくてー! 何の箱か聞いてるのー!」

「紙の」

「しれー、怒るよー?」

「ごめんごめん。チョコでしょ?」

「うんうん! それでよろしい♪」

 

 時津風は求めていた回答を得られて、ようやく満足する。

 

「そのチョコを僕に?」

「そうそう! しれーってば、女の子にモテなさそうだから、あたしがチョコあげるー!」

「はは、さようですか……」

 

 哀れみのチョコを恵んでくれるらしい。時津風からもそう思われてるなんて、僕の印象って一体……

 現実に打ちひしがれる僕をよそに、時津風はいきなり箱の包装紙を開け始める。そして、一つチョコをつまんで、こちらに差し出す。

 

「え、今?」

「うん、いまー」

「いや、今はちょっと、無理かな……」

「え、いらないってー? んなバカな……」

 

 途端に時津風は悲しそうな顔になる。

 

「い、いや! いらないんじゃなくって――」

「たーべるのー! しれー!」

 

 言うが早いか、彼女は僕に飛びかかってきた。突然だったため、僕はその勢いに押され、床にあお向けに倒れる。さらに、時津風は僕の腹部にまたがり、指でつまんだチョコレートを僕の口に無理矢理押し込んできた。

 

「ちょっ! 時津風! 今は無理だから勘弁し――ゴホッ!」

「絶対おいしーんだから食べてよー! あ、指にチョコついちゃった。なめてなめてー!」

 

 そう言って、時津風は僕の口の中に人差し指をつっこんで、グリグリとねじる。僕が彼女の行動にされるがままになっていると――

 

「今、戻ったわ。腹痛のこと話したら、先生が診てくれるって――」

 

 天津風が執務室の扉を開けて入ってきた。軍医の先生を連れて。

 

「え?」

「あ」

 

 執務室の時間が止まった。

 天津風が止まった。軍医の先生も止まった。

 僕も止まった。時津風の指をしゃぶったまま。

 時津風だけが目をぱちくりさせて、来訪者の二人を見ている。

 僕は身体の毛穴から脂汗が出てくるのを感じると同時に、顔が青ざめていっているような気がした。

 その後、天津風が叫び声をあげたみたいだが、僕の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 まぶたを少しずつ開けると、見えたのは執務室の天井だった。

 どうやら、執務室のソファで横になっているらしい。

 ゆっくりと身体を起こすと、近くのイスに腰掛けた天津風が目に入った。彼女以外部屋には誰もおらず、窓はカーテンが閉められ、夜になったことがうかがえる。

 彼女は僕が起きあがったことに気づき、こちらを向いた。

 

「良かった。ようやく目が覚めたわね」

「ああ、なんとかね」

「お腹痛いのは治ったの?」

「あ、寝てる間に治ったみたいだね」

「一応、先生から薬はもらってあるわ。……まあ、先生はお腹のことより別のことを心配してたけど」

「う……やっぱり?」

 

 天津風の言葉を聞いて、先ほどのことを思い出す。司令官が床にあお向けで寝て、またがる艦娘の指をしゃぶってる姿は、どう考えても尋常ではない。もちろん、僕が故意にやったわけではないが、あの場面を見ただけでは、それは判断できないだろう。

 

「先生はあのことを誰かに言ったりは……?」

「大丈夫よ。あのことはあたしに一任させてほしいって先生に頼んだから、先生も他の人に話さないと思うわ」

「そっか、それは良かった……」

 

 とりあえず、すぐに憲兵のお世話になることはなさそうで一安心する。

 

「それより、時津風から話は聞いたけど、あなた達何してるのよ……」

 

 天津風があきれたように僕を見る。

 

「いや! あれは事故だから! 僕は口にチョコを押し込まれてただけだし!」

「それは分かってるけど……司令官としての体面もあるし、もっと気をつけないと」

「まあ、ね。ただ、元々僕はこんな感じだと思うけどね。司令官としてしっかりしてるわけでもないし」

「そうかしら? 最初に会った時はそうだったけど、最近のあなたは前よりずっと司令官らしいかなって」

「へ?」

 

 天津風の発言があまりにも意外だったので、思わず気の抜けた返事をしてしまった。彼女が純粋に僕を司令官として認めてくれたのは、初めてかもしれない。

 僕が驚いた顔をしていると、彼女も自分の発言の恥ずかしさに気づいたのか、急に顔を赤くした。

 

「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない! あたしはあなたの秘書艦なんだから!」

「それはそうだけど。いや、なんていうか……ありがとう」

「……」

 

 二人の会話はそこで途切れた。しばらく沈黙が続いて、僕は天津風がチョコを作っていたことを思い出す。

 もし、本当に司令官として多少認めてくれるようになったのなら、義理チョコくらいくれそうなものだけど……。

 などと、勝手な考えをめぐらし、彼女が作っていたチョコはどうなったのか気になってきた。

 思い切って、天津風にそのことを聞いてみることにする。

 

「あのさ……この前、チョコ作ってなかった?」

「え!? 何で知ってるの!?」

「偶然、執務室に戻った時に見かけたから……」

「そんな、見られてたなんて……」

 

 天津風はうつむき加減でそうつぶやく。

 

「こんなこと僕が聞くのはおかしいけど……そのチョコ、どうしたの?」

 

 ずっと気になっていたことを、ついに口にする。

 その言葉を聞いた彼女は、うつむいたまま静止した。

 何も言わないということは、僕が聞くと気にするような相手に渡したのだろうか。

 

「ご、ごめん。プライベートに口出すのは良くなかったね。今のは忘れて……」

「………………のよ」

 

 天津風が小声で何かを言った。

 

「え、何?」

 

 彼女はとっさに顔を上げて、言い放った。

 

「あなたのために作ったのよ!」

 

 その言葉に、僕は即座に反応できずにいた。

 言い終えた天津風は、さらに恥ずかしくなったのか、両手で紅潮した顔を覆って、またうつむいてしまう。

 僕はようやく思考が追いついてきて、疑問を投げかける。

 

「えっ!? でも僕はまだもらってないよ!?」

 

 天津風は両手を下げて、なおも下の方を向いて答える。

 

「それは……! 渡すのが、恥ずかしい、から……」

 

 身を縮めて、もじもじする彼女には、いつもの凛とした雰囲気は少しも無かった。

 僕は固唾をのんで、次の一言を口にする。

 

「じゃ、じゃあ……それをもらうことは、できる……?」

 

 天津風は無言でうなずき、自分の部屋にチョコを取りに行った。

 その間に僕の緊張も高まり、待っている時間がとても長く感じられる。

 そして、彼女が執務室に戻ってきて、再び僕の前で立ち止まった時には、かなり鼓動が早くなっていた。

 彼女は後ろ手に持っていたチョコを身体の前に持ってきて、僕の方へ差し出す。

 

「……はい。あたしからの、チョコ」

「ありがとう」

 

 見ると、赤を基調とした箱に銀色のリボンが結ばれていた。

 

「ちょっと、開けてみてもいい?」

 

 彼女はまた無言でうなずいたので、リボンを解いて箱を開封する。

 そこには、丁寧に作られたチョコがきれいに並んでいた。

 

「おお、これはすごいね」

「少しビターで、ほんのり甘い、天津風チョコ。頑張って作ったけど、あなたが気に入るかどうか……」

「それじゃ、一つ」

 

 そう言って、僕はチョコを一つつまみ、口の中に入れた。彼女の言った通り、苦みのある中に甘さを感じることができるチョコであり、とてもおいしい。

 天津風は僕の感想が気になるのか、おそるおそる僕の顔をのぞき込んでくる。

 

「うん、おいしいね! 甘すぎるチョコだとたくさん食べられないけど、これだとどんどん食べちゃいそう」

「ほんと!? 良かった……!」

 

 僕の評価を聞いて、天津風はほっとしたように胸をなで下ろした。こわばった表情も和らぎ、少し笑みもこぼれる。

 普段、真面目な顔をしている彼女のこういった姿を見ていると、僕も安心した気持ちになり、いつまでも見ていたくなる。

 そうしていると、一つの疑問が頭に浮かんだ。

 

「あれ? でも何で、このチョコを渡すのがそんなに恥ずかしかったの?」

「えっ!?」

「雪風達もチョコをくれたけど、そんなに恥ずかしがったりはしてなかったような」

「あ……、あ……」

 

 天津風の身体が、またみるみるうちに赤みを帯びていく。

 その疑問が導く答えは――

 

「いやあぁっ!!」

「ぶふぉっ!?」

 

 なぜかいきなり頬に平手打ちをくらった。艦娘の打撃を生身の体で受けた時のダメージは推して知るべし。

 とりあえず、チョコの入った箱は無事だったので、そこだけはほっとして、僕は安らかに目を閉じた。

 

 

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