超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:にゃっとう

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母性を感じる居候のおはなし。

 マミゾウがフランのもとを訪れてから数日。変化についてマミゾウに直接教えてもらったのは最初だけで、今はもう彼女に習ったことを反復し、どうにか形にしようと努力する日々が続いている。

 それというのも人間への変化ということ自体がそれほど難しくない技術であるため、一通り必要なことを教え終えたマミゾウいわく、あとはフランがひたすら練習を繰り返すことのみが重要だというらしい。

 変化のトレーニングはなかなかに順調だ。初めはほんのちょっと縮めるだけでせいいっぱいだったが、今はもうすでに翼を見えないほどに小さくすることもできる。ただ、少しでも気が他のことに向いたり集中を緩めたりしてしまうと維持が不安定になってしまうため、まだ実用的と言えるほどの段階ではない。

 

「こん、こん、こんっ。とっても大好きー、あぶらーあげー」

 

 地下への階段。こいしから教わったスキマ妖怪のうたを軽く口ずさみながら、大図書館へと足を運ぶ。

 変化の練習は毎日欠かさずに行ってはいるが、なにも一日中そうしているわけでもない。慧音の授業がなく、こいしが来ていない日となると、他に暇つぶしになることはだいぶ限られてくる。

 フランは早々にその扉の前にたどりついた。以前のように魔理沙が大図書館を覗いていることもない。あいかわらず無駄に高い扉の取っ手に手をかけると、木の軋む音を奏でて中へ足を踏み入れた。

 いつもであれば、ここで軽くパチュリーと視線が合い、言葉も交わさない挨拶が完了する。けれど今日は少し事情が違ったようだ。

 パチュリーがいつも座っている横に、レミリアが腰を下ろしている。パチュリー一人ならぺこりと頭を下げてくるだけの対応も、レミリアがいるとなればそれだけでは済まない。

 

「あらフラン、おはよう。こんなところで奇遇ね……って、なんでそんな嫌そうな顔なのよ」

「別にー? 静かに本でも読んでようかと思ってたらなにかと絡んでくるやつに遭遇して、うわっ、だなんて少しも思ってないわ」

「思ってないなら口に出さなくていいってば。もう……」

 

 飄々と本心を隠そうとしないフランのつっけんどんな態度は、もはやこの姉妹にとっては挨拶のようなものだ。レミリアも慣れた様子で肩をすくめている。

 

「それでフラン、いったいどうしたの? 今日はあの変な目の妖怪は一緒じゃないのね」

「どうしたもこうしたも本を読みに探しに来る以外にないと思うんだけど。あとこいしは別に毎日来てるってわけじゃないから」

「ふーん。最近はいっつも一緒にいるイメージだったけど……」

 

 言いながら、レミリアが机の上に置いてある包みの中の、クッキーを口に運ぶ。早々にレミリアのもとを離れて本を探そうとしていたフランだったが、そのお菓子の存在に引き止められて足が止まってしまった。

 レミリアは、そんなフランの心情の変化に目ざとく感づく。にやりと口の端をつりあげ、クッキーをひらひらとフランに見せつけるように宙に掲げた。

 

「ほーら、咲夜が作った甘い甘いクッキーよー。欲しいなら欲しいって言いなさい? ちょうど私の横が空いてるから、一緒に食べましょう?」

「む……別に、欲しいなんて言った覚えはないわ。っていうか私、そんな食いしん坊じゃないし」

「あらそう? それじゃあ私が全部食べちゃってもいいわよね。あぁ、残念だわ。こんなに甘くてふわふわで、口の中で溶けてくようにまろやかな味わいなのに」

「むぐぐぐぐ……」

「さ、どうするの? いる? いらない?」

 

 ぽんぽん、と隣のイスの座の部分に手を置きながら、レミリアは挑発気味に問いかけてくる。その意地悪そうな彼女の笑顔は姉妹だけあって、レミリアをからかうフランのそれととてもよく似ていた。

 フランとしては正直、レミリアに頭突きの一つでも食らわせたい気分ではあったものの、それでは近くにいるパチュリーに迷惑がかかるのでどうにか自制する。代わりに、ありったけの不満を表情と声に込めて「……食べる」と小さく一言だけ返事をする。

 レミリアの顔も見ず、彼女の隣まで足早で進む。背の高いイスに届くよう少しだけジャンプして、ぽすんと腰を落ちつけた。

 レミリアは隣り合って座ったフランと仲良くおしゃべりをしたいようだったが、当人たるフランはつーんとした態度で一切視線を合わせようとしなかった。一人黙々とクッキーに手を伸ばしては口に含み、咀嚼している。

 

「えーっと、ふ、フランー? ……その、そんな一人でつまらなそうにしてないで、私とお話とか……」

 

 少しからかいすぎたことに気づいたらしいレミリアが、必死に笑顔を顔に貼りつけながらフランの視界に入るよう体を傾ける。

 フランはそんな姉を一瞥すると、ふんっ、とすぐに顔をそらし、視線を合わせないようレミリアとは逆方向を向いたままクッキーを口に運び始める。

 

「あ、あぅ……えっと、ほ、ほら! パチェもなにか言ってあげてよ! たとえば、その、もうちょっとお姉さまと仲良くした方がいいわよー、とか……?」

 

 せっかくの姉妹水入らずな会話に口を挟むまいとしたのか、あるいは単にめんどくさかっただけなのか。おそらくは後者だろう。一人読書に勤しもうとしていたパチュリーへと、レミリアが助けを求める。

 パチュリーは、初めにレミリア、次にフランとそれぞれ視線を送った後、小さくため息をついた。そうして自分の親友の名前を呼ぶ。

 

「レミィ、素直に謝っておくのが身のためよ。ただでさえあなたは妹さまの前だと素直じゃないんだから。たった一人の妹に構ってもらいたいのはわかるけど、もう子どもじゃない……わけでもないわね。とにかく、あなたは長女なんだから、食べ物で妹を釣ったりするんじゃなくて、もうちょっと理知的な方法を考えるべきよ」

「あれ、なんか私がいろいろ言われてる……」

「……まぁ、とは言え……妹さまも、できればもう少しレミィの気持ちを考えてあげてくださると幸いです。確かに、レミィは五〇〇年も生きてるとは思えないくらい大人げないところが多々あるというか、事実見た目から中身まで大人とは言いがたいですけれど、彼女の妹さまを思う気持ちは本物ですから。あまり意地悪してあげないでくださいな」

「いやえっとあの、そういうこと本人の目の前で勝手に言われるといろいろ恥ずかしいんだけど……」

 

 ちらりとパチュリーに顔を向ければ、お互いの目線が合う。

 お願いします、と。一見やむを得ず二人の仲を取り持っているように見えて、その実親友のことを思う、どことなく優しげで穏やかな視線。伝わってきたその思いは、こいしという初めての友達を得たフランには、どうにも無視できるものではなかった。

 フランもまたパチュリーと同じようにため息をつく。それから、目を合わせまいとしていたレミリアに自分から改めて体の方向を向けた。

 

「……悪かったわ、お姉さま。ちょっときつい態度取りすぎた、かも……別にお姉さまのことが嫌いなわけじゃないっていうか、あ、いやっ! 別に好きでもないんだけど! ……とにかく、謝るわ。ごめんなさい」

「え、あ、うん……って、違う違う! わ、私もっ。私も悪かったわ、フラン。ごめんなさい、変にからかったりして……ほら、クッキー。一緒に食べましょ?」

 

 こくり、と頷く。フランは一度冷たい態度を取ったせいで、そしてレミリアはフランを一度不機嫌にさせてしまったせいか。ちょっとぎこちなくはあったが、さきほどまでのように毒をはくことはなく、いつもよりちょっとだけ近い距離で一緒にお菓子を嗜んでいく。

 パチュリーは仲直りしたそんな二人を眺めると、肩をすくめ、読書に戻ろうとする。

 フランは、ふいとそんな彼女をクッキー片手にじーっと見つめていた。そしてぽつりと漏らす。

 

「なんかパチュリーって、私たちのお母さまみたい」

「……はい?」

 

 フランの抱いた率直な感想に、パチュリーはぽかんと口を開けていた。

 お母さまみたいというのは、なにもフランの母親に似てるという意味ではない。ただ、まるでフランたちの母親のような立場の対応だと感じた、それだけのことである。

 

「あー、なんかわかる気がするわ。こう、しかたがなさそうにしながらも、なんだかんだ仲を取り持とうと優しく言い聞かせてくれる辺りがこう、ね。こういうの、母性を感じるって言うのかしら」

「そうそう! お姉さまと意見が合うなんて奇遇ねぇ。パチュリーってもしかして他人にあんまり関心なさそうに見えて、実は結構他人思いだったりするのかしら? 案外一人が寂しかったりとか? 意外だわー」

「別にそんなはことは……」

「隠さなくてもいいわよパチェ。あなたのことは何十年もずっと親友をやっていた私が一番理解してる。あなたが本当は他人思いの心の優しい子だってことは、私が一番、よーくわかっていることだわ」

 

 レミリアとフランの仲を取り持った結果生まれたもの。それは、お互いに向いていたからかいの態度の両方が、仲良く一人の対象へ向かうこと。

 こういうところばかり本当に姉妹らしい。あきれたようにパチュリーが嘆息する。けれどその頬はわずかに赤らんでいて、こういうことに慣れていないためか、心の底では恥ずかしがっていることはレミリアとフランの二人には丸わかりだった。

 姉妹二人してパチュリーの良いところを列挙していく。そのたびにパチュリーの反応をうかがい、真っ赤になっていく彼女を観察して楽しむ。

 初めは無視していたパチュリーも、やがては耐えきれなくなったようだ。

 ぱたんっ、と本を閉じて。それを丁寧に膝の上に置き。すぅー、はぁー、と深呼吸をして。

 その後、ばんっ! と勢いよく顔面を机に叩きつけた。

 

「ぱ、パチェ!?」

「え、あれっ!? だ、大丈夫っ!?」

 

 突然の奇行に姉妹二人して慌てる。というかこれは誰でも狼狽える。

 それぞれ席から立ち上がり、パチュリーの左右を挟むようにして近寄って、横からそっとその顔を覗き見た。

 

「……お願い……それ以上照れるようなこと言わないで……恥ずかしすぎて顔から火が出そうだわ……」

 

 よほど恥ずかしかったのだろう。どうやら熱がのぼりすぎて、のぼせてしまったらしい。湯気まで出そうなくらい全身を真っ赤にしている。

 こんなパチュリーを見てしまえば、さすがにレミリアもフランも悪いことをしてしまった自覚はある。しゅんっ、とした様子で、二人ともパチュリーに頭を下げた。

 

「えっと……その、ごめんね? パチェ。さすがにちょっとやりすぎたわ……」

「ご、ごめんなさい。パチュリーって確か、体が弱かったのよね。まさかあれだけでこんなになるなんて思わなくて……」

「……いえ、いいのよ……でも次はできれば、その……こういうことがないようにしていただければ……」

 

 パチュリーの頼みにはもちろんこくこくと二つ返事で了承する。

 レミリアもフランも誰かをからかうことは大好きではあるけれど、その誰かに辛い思いをさせたいわけではない。言ってしまえば、ちょっといたずらが好きなだけなのだ。

 何百年と生きてきてはいるけれど、妖怪は永い寿命を得る代わりに成長することができない種族。その精神はパチュリーがレミリアを評したような、誰かに構ってもらいたいと願う人間の子どもとなんら変わりはない。

 

「フラン。私、咲夜を呼んでくるわ。フランはパチェのこと見ていてくれる?」

「うん。できるだけ早く連れてきてあげてね」

「ええ、わかってる」

 

 レミリアが立ち去るのを見送ると、フランは、あいかわらず机に突っ伏したままのぼせているパチュリーに向き直る。

 

「パチュリー、立てる?」

「……いえ。ごめんなさい……」

「ううん。悪いのは私たちだもの」

 

 パチュリーの背中と膝の裏に手を入れて、イスから持ち上げる。そして近くの開けた床にそっと彼女を寝かせた。

 まだ少し息が荒い。別に病気でもなんでもないのだから、こうして落ちついていればすぐに直るとはわかっている。だけどこうなったのは自分たちのせいなのだ。やはり申しわけなく思う気持ちは拭えない。

 

「……ねぇ、妹さま」

 

 心配そうにパチュリーの顔を覗き込んでいると、薄く目を開けた彼女と目が合った。

 どこか穏やかな、弱々しい声。ぼーっと、あまり意識がはっきりしていないような顔で、彼女はじっとフランを見つめている。

 

「たぶん、これはほんの気まぐれで……普段じゃ、言おうとも思わなくて……冷静になって思い返したら、またこうして倒れるくらいこそばゆくなっちゃうくらいのことだろうけど……」

「えっ、と……?」

「……ありがとう、妹さま。ちょっとだけ、嬉しかったわ」

「嬉しかった?」

「お母さまみたいって、言われたこと。私って血の繋がった家族とかいないから……だから、ね。レミィと妹さまみたいな関係がちょっと羨ましかった、のかな……」

「それって……」

「もちろんあなたたちのお母さまになりたいとかそういうんじゃなくて、偽物でも、私をあなたたちの家族みたいに思ってくれたこと自体が嬉しく、て……あぁ、ダメね。今でもじゅうぶん恥ずかしすぎる……まだ熱が上がりそう……」

「……うん。無理に言葉にしてくれなくたっていいわ。今は、ゆっくり休んで。パチュリーの気持ちは、じゅうぶん伝わったから」

 

 パチュリーの言う通り、これはきっと彼女の気まぐれに過ぎない。熱で頭がおかしくなって、思考が弱々しくなって、ちょっと弱音をはきたくなってしまった。誰かに甘えたくなってしまったような。ただそれだけの心理に過ぎない。

 レミリアとフランが羨ましかったとパチュリーは言った。

 もしかしたら、と思う。

 もしかしたら、パチュリーはずっと、それこそフランが引きこもっていた間中、フランとレミリアの二人の行き違っていたことを気にしてくれていたのかもしれない。

 ずっと一人だったフランにとっては大した問題ではなかった。レミリアも、進んで関係を改善しようとは思っていなかっただろう。

 だとすればはるか長い間、一番気に病んでいたのは。

 

「パチェ!」

 

 ばんっ! と図書館の扉が大きな音を立てて開かれた。どうやらレミリアが咲夜を連れて帰ってきたらしい。

 音に一瞬気を取られ、再度パチュリーに視線を戻した時には、すでに彼女は気を失ってしまっているようだった。

 やはりよほど恥ずかしかったのだろう。額に触れてみれば、風邪でもひいてるんじゃないかというほどに熱かった。

 

「フラン、ありがとう。咲夜、パチェをベッドまで運んでくれる?」

「はい。仰せのままに」

 

 寝かせていたパチュリーを咲夜が抱え、部屋から足早に立ち去っていく。レミリアもそれについていった。

 

「……って、私も行かないと!」

 

 パチュリーと交わした会話のせいか。ぼーっとしてしまっていたので、ぱんぱんと軽く頬を叩いて気を取り直した。

 足を動かして、もうとっくにいなくなってしまっているレミリアと咲夜のあとを追う。

 慣れ親しんだレミリアの妖気をたどっていけば、パチュリーの連れていかれた場所にたどりつくはずだ。

 

「パチュリーには早くよくなってもらわないと。それから私と……」

 

 レミリアとフランの関係を一番気にしてくれていたのは、パチュリーだったのかもしれない。

 だからというわけではない。そういうわけではないけれど、思う。

 今度パチュリーとおすすめの本を教えてもらうのも、いいかもしれない。そしてそれが気に入ったら自分も読んでみて、その内容を語り合ってみたりするのもいい。

 ともに過ごす家族の一人である、彼女と。

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