超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:にゃっとう

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お姉ちゃんの言う通り考えるおはなし。

「さぁ、記念すべき第一回! 幻想郷を超本気で支配するにはどうしたらいいんだろう会議の始まりだよー!」

 

 こいしと里へ出かけた日から、一週間は経っただろうか。

 慧音の授業がない休日、場所は空き教室。フランは机に肘を乗せて座り、こいしは教卓の前で指し棒を握っている。

 ばんばんばんっ! 今日も黒板がうるさい。

 

「ふわぁ……んんー」

「む、フランー。なにあくびなんてしてるのよー。今は大事な大事な会議の真っ最中なんだよ? 真面目に聞いてー」

「大事な会議、ねぇ」

 

 小さく肩をすくめる。それからまた一つ、あくびをついた。

 こいしがこんなよくわからない会議を始めようと言い出した原因は、別に大したことでもない。

 こいしと出会ってすでに二か月近くの時が経っているが、その間、フランとこいしがやってきたことと言えば、せいぜい授業を受けたり散歩したり里に遊びに行ったりしたくらいだ。およそ幻想郷を支配などという大層な野望とはほど遠い。

 フランは別に内容がなんだろうとこいしと一緒に楽しく過ごせるのであればなんでもよかったけれど、反してこいしは、未だ支配の支の字も見えてこない現状に満足がいっていないらしい。

 そんなこんなで「シスターアートオンラインの緊急会議だよ!」といつも通り唐突に切り出したこいしに引っ張られて教室にたどりつき、今に至っている。

 フランが未だぼーっと座っているせいか、こいしの頬がぷくーっと膨らみ始めてきた。このまま放っておいてしまうと、しびれを切らした彼女がほっぺを引っ張ってきたり、こちょこちょとかやってきそうだ。それは勘弁願いたいところなので、そろそろまともに相手をしてあげることにした。

 

「んー、じゃあ聞いてみるけどね。こいしは、幻想郷を支配するにはどうしたらいいって思ってるの?」

 

 こいしが本当に本気で幻想郷を支配しようとはしていないことはわかっていたが、一応聞いてみる。

 いや、あるいは漠然と自分のものにしたいくらいには感じているかもしれない。それでもそれは支配してみたいという好奇心程度のものに過ぎない。

 こいしは、いい質問だねぇ、とでも言いたげに胸を張っていた。その後すぐに「えっとねー」と顎に手を添えて、宙に視線を彷徨わせ始める。

 

「私にお姉ちゃんがいるのはフランも知ってるでしょ? お姉ちゃんって実は地底じゃ結構偉くてね、たまに地底の支配者みたいに扱われることがあるんだー。知ってた?」

「知らないっていうか、そもそもお前の姉が地底に住んでること自体が初耳よ」

「そうだっけ? まあそこは重要じゃないから流してー、それでね」

 

 地底。この幻想郷の下に広がっている広大な地下空間のことだと聞いたことがあった。

 幻想郷をよく知らないフランは当然あまり詳しくはないが、こいしの姉がそこに住んでいるということはこいしの実家もそこなのだろう。

 なんとなく、フラン自身が地下室で何百年も過ごしてきたこともあって、実はどちらも同じ地面の下で暮らしていたということにちょっとだけ親近感を覚えた。

 

「この前ちょっとお姉ちゃんに聞いてみたんだ」

「どうしたらそのお姉ちゃんみたいに立派な支配者になれるか、って?」

「そうそう! いったいどうしたら、お姉ちゃんみたいに引きこもってだらだらのんびりぐてーってしてても皆言うこと聞いてくれるようになるの? って」

「あ、そういう」

 

 そうそう、と同意された割にフランの想像とはだいぶニュアンスが違う。

 しかし、引きこもり? それはつまり家から出ないということだろう。かつてのフランと同じように。さきほどこいしに親近感を覚えたばかりだったが、今度はこいしの姉とやらに同様以上の感覚を覚えた。

 

「それでお姉ちゃん、なんて答えたと思う?」

「なんてって……うーん、地底で一番強いからとか?」

「あはは、お姉ちゃんはそんなに強くないよー。妹の私より弱いくらいだもん」

「じゃあ、地底で一番偉いから?」

「偉そうではあるけど実際に偉いかと言われると、うーん……」

「なら、地底で一番人気があるから」

「お姉ちゃんはむしろ嫌われてる方だよ。ペットには慕われてるみたいだけどね」

「だったら、地底で一番……」

 

 思いつく限りの候補を上げていくフランを、しかしこいしは「ちっちっち」と指を横に振って得意げな顔で否定する。妙にいらっときたが、でこぴんはどうにか我慢した。

 

「それじゃあなんて答えたって言うのよ。そんなに自信満々なんだから相当納得がいくことなんでしょうね」

「ふっふっふ、聞いて驚くがよいわー! えっと、お姉ちゃんは私の質問にねー」

 

 こいしは、かっ、とチョークを手に取って、がっ! と黒板にそれを叩きつけた。そして勢いよく折れた先端がこいしの額に直撃する。

 ……その後しばらくして何事もなかったかのように二本目のチョークに取り替えたこいしは、今度は丁寧に、かつかつと黒板に文字を書き始める。以前彼女が書いた幻想郷の地図とやらは一切解読不能だったが、今回のそれは文字なので、なんとか読み解くことができた。

 

「お姉ちゃんは私の質問にこう答えたんだよ! ずばり! 『自分で考えなさい』!」

「…………うん」

 

 聞き方がひどかったので突っぱねられたというところだろう。妥当な返答である。

 しかしこいしはそんなことは欠片も思っていないようで、「だから!」と言葉を続け、指し棒の先を黒板に叩きつけた。

 

「お姉ちゃんの言う通り、こうして会議を開いて考えてみることにしたのです!」

「……というか、さ。こいし、私は会議を開いた理由じゃなくて、こいしが幻想郷を支配するにはどうしたらいいと思ってるか聞いたのよ?」

「うん。でも私、そもそも案があるなんて一言も言ってないよ?」

「はあ。なんにも思いついてないことを伝えるのに遠回りしすぎだっての」

「えへへー」

「えへへじゃない」

 

 でこぴんを、と思って、近くにいた彼女に手を伸ばしたけれど、その額に白い粉がついているのが見えて手が止まった。チョークが折れてぶつかった際の汚れだ。

 小さく肩をすくめ、手ぬぐいを取り出して、彼女の額に当てる。こいしと一緒にいると、こいしがはしゃいで転んだりして小さな怪我をしたり汚れたりということが稀によくあるので、最近は常備するようになった。妖怪なので怪我は放っておいてもすぐに治るけれど、汚れはそうもいかない。

 されるがままでいるこいしの額についた粉を拭き取って、手ぬぐいをしまった。こいしは自分の額に何度か手を当てて、その手に粉がつかないことを確認すると、ふにゃり、と顔を緩ませる。

 

「だからねフラン、一緒に考えて? 幻想郷を超本気で支配するにはどうしたらいいかーって」

「まぁ、他にやることもないし、別にいいけどね」

「わーい。あ、じゃあ机くっつけようよ。向き合った方が会議っぽいよね?」

「二人だから会議っていうか、面接っぽいかなぁ」

 

 指し棒とチョークをぱっぱと戻したこいしが、自分の机を動かし始める。フランも立ち上がって、同様のことをした。

 こうしていると、外の世界の小説なんかでたまに見る学校に通っているような気分にもなる。案外、悪くない。

 

「とりあえず、互いにどうすればいいか一つずつ思いついたことを言ってく感じでいいかしら」

「いいと思うー」

「じゃあ言い出しっぺのこいしからなんか言ってみてくれる?」

「え? 私から? んー、そうだねぇ」

 

 宙に視線を彷徨わせるこいしを、じっと見つめる。彼女の首には、以前里に出かけた際にプレゼントしたョーカーが巻かれている。あれ以来、少なくともフランと会う際には彼女はいつもこれを身につけていた。

 気に入ってもらえていることをこうしてはっきりと示してもらえるのは、フランも嬉しい。贈り物を考えたかいがあったというものだ。

 考え込むこいしを口元を緩めて眺めているうちに、こいしはなにか思いついたようで、ぽんっ、と手のひらの上に握りこぶしを乗せた。

 

「こんなのはどうかな? なんかいろいろどうにかして、私たち二人のことをいろんな人に知ってもらうの。それで人気者になれば、皆私たちのことを無視できなくなるよね。そうしたら皆も私たちの言うことを聞いてくれるようになるんじゃないかなー」

「……なんて?」

「たくさん人気を集めれば、皆言うことを聞いてくれるようになるはずだと思わない?」

「……え、なにこれ。嘘でしょこれ……夢じゃないの? こいしがまともなこと言ってる……」

「むー、私はいつだってまともだよ」

 

 ごしごしと目元をこする。なにも変わらない。自分の頬を引っ張ってもみたけど、痛いだけだ。なんと夢ではないらしい。

 愕然とするフランをよそに、こいしは話を続けていく。

 

「前にね、いっぱい戦っていっぱい勝って、注目を浴びれた時があったんだ。私のことなんて普通は皆見えないはずなのに、あの時は結構な人たちから話しかけられたりしてねー。だから思ったの。またいっぱい人気を集めれば、いろんな人が私たちの言うことを聞いてくれるようになるんじゃないかなって」

「……うん。私も、有名になるのは重要なことだと思うわ。支配云々はともかくとして、有名になればそれなりの影響力は持つようになるはずだから」

「でしょでしょっ」

 

 賛同が得られてこいしも嬉しそうだ。こいしにしては本当にまともな案だったので、素で褒めてしまった。

 そこでふと、あれ? とこいしが首を傾げる。

 

「そういえば、初めて会った時ってなんでフランは私のことが見えたんだろ。私のこと少しも知らなかったなら見えるはずないのに」

「そんなこと私に聞かれても知らないわよ。こいしが自分で能力を弱めてたんじゃないの?」

「うーん。前にも言った……言ったっけ? 言ったはずだと思うかもしれないけど、私ってほら、体の自由がそんなにきかないのよ。だから能力って言ってもそんなに制御できてるわけじゃなくてね、そもそもこれは力っていうか、体質みたいなものだから」

「じゃあなんで私にはこいしが見えたのよ」

「それを今さっき私が聞いたのよー」

「そうだったわ。うーん……そうねぇ。運命だから、だったりしてね」

 

 こいしと会って、フランの生活は一変した。本来ならありえるはずもなかった出会いがきっかけだったのとすれば、それは運命と表現しても差し支えない。

 けれど、と同時に思う。フランがこいしを見つけることができた理由。きっとそれは、そんなに大した理由ではない。

 初めて会った時、こいしは自分のことを小石だと表現した。小石のように存在感が薄い存在なのだと。だけど、フランにとっての日常で小石が転がっていることなどありえない。きっとそれと同じなのだ。

 普通の人間や妖怪にとっては小石なんてありふれていて目を向けることがなくとも、フランにとって小石とは興味の対象だった。フランがこいしを見つけることができたわけは、たぶん、ただそれだけのことなんだろう。

 

「私のことを言うなら、こいしが最初に会った時に交わした約束を覚えててくれたことも驚きよ。一か月よ? 一か月。あの時は大して不思議には思わなかったけど、忘れっぽいこいしがそれを覚えてて、ちゃんと来てくれたことが今は驚きだわ」

「あはは、どうしてだろうねー。自分のことなんてよくわかんないけど、もしかしたら、フランと友達になりたかったのかもしれないねぇ」

「……あっそ」

 

 こいしは小さく微笑んで、首元のチョーカーに手を添える。いつもは子どもっぽい無邪気な笑い方のくせに、今はなにかに感じ入るような静かに笑みを浮かべていた。

 フランはそっけない返事を装いつつも、こいしのそんな反応がなんだかちょっと嬉しくて、自分の口元も緩んでしまっていた。

 

「じゃあ次はフランの番だよ。フランは幻想郷を超本気で支配するにはどうしたらいいって思ってるのかしら」

「そうねぇ、私はー……」

 

 本当は、まじめに答える気なんてなかった。たぶんこいしはいつも通り遊び半分で、新しく楽しめることを探して支配だなんだのという話を盛り返しただけだと思っていたから。

 いや、たぶん事実その通りだ。その通りだけれど、こいしの出した案が案外まともだったから、フランも少し真剣に考えてみることにした。

 

「……私も大体はこいしと同じ案かしら。やっぱり、まずは私たちの名前が広まらないと始まらないわ。でも、それ以外にももう一つ、やらなきゃいけないことがあるわね」

「やらなきゃいけないこと?」

「こいしは幻想郷を、あー、超本気で支配したいんでしょ? それならまずは幻想郷のことを詳しく知らないと。どこになにがあって、どんなやつがいるのかー、とか。その方がいろいろやりやすいし、支配者が支配地のことを知らないなんて滑稽じゃない?」

「おぉ、なるほどー。でも私、いろんなとこ行ったことあるから地理には結構自信あるよ?」

「どうせどこになにがあるかとか大して覚えてないんでしょ」

「ここにフランの家があります」

「知ってる」

「でも、そうだねぇ。私が知っててもフランはなんにも知らないんだもんね」

 

 こいしががたんっ! と音を立てて立ち上がる。

 

「じゃあじゃあ、これからはもっと探検の範囲を広げてみようよ! すぐそこのでっかい山とか、山の向こうの花畑とか、参拝客のいない神社とか! そうやっていろんなところ巡りながら私たちの名前を広めるの!」

「へえ、いいんじゃないかしら」

「でしょー? よーし、そうと決まれば次に探検する場所を早速決めないとっ。どーこーにーしーよーうーかーなー」

 

 いろんなところに足を運んで、名前を広める。結局のところ名前を広める以外は、言ってしまえばいつもとやることは変わらない。ただ、これからはそのいつもとは違うところにも行ってみようというだけ。

 それでもこいしが満足そうにしている辺り、やはり新しく楽しめそうなことを探していただけだったようだ。

 

「……幻想郷を本当に支配できる日は遠いわね」

「え? フラン、なにか言った?」

「なんでもないわ、なんでも」

 

 そっと、自分の右手のひらに視線を落とす。ありとあらゆるものの目が浮かぶ、破壊の力。フランは、もしもこいしが本当に本気で幻想郷を支配することを望むのなら、この手を貸してあげてもいいと思っていた。

 だけど、きっとこいしはそんなことは望まないだろう。たとえ本当に幻想郷をこの手の内に収められようと、その過程でフランが傷つくかもしれないことを。フランとこいしが二人で、心の底から楽しんで笑い合うことができなくなる結末を、彼女はきっと望まない。

 右手から視線を上げて、こいしを見つめる。物騒なことを考えていたフランの脳内のことなど露知らず、急に目線を向けられて不思議そうにこてん、と小首を傾げている無邪気な仕草がおかしくて、思わず顔が綻んでしまった。

 

「……でも、遠くに出かけることが多くなるなら、そろそろあれをどうにかしないといけないわね」

 

 息をつき、部屋の扉を見やる。あの向こうには廊下があって、そこにはこの館には数少ない窓の一つが存在するはずだ。

 これまでフランは夜にしか活動してこなかった。昼間に寝て夜に活動する。こいしと遊ぶのもいつだって夜中だ。それは吸血鬼や夜型の妖怪からしてみればなんらおかしいことではない。

 だけど、フランはそろそろ昼間にも動けるようになりたいと感じてきていた。こいしは疲れをほとんど感じない体質なので昼だろうと夜だろうと関係ないみたいだけれど、フランに会う以前は昼間の活動が主だったと聞いたことがある。一週間前に里を訪れた時だって人通りはほとんどなく、買い食いなどはできず最終的には里を適当に見て回るだけで終わってしまった。

 今でもじゅうぶん楽しめている。けれど雨の日はともかくとして、太陽が出ていてもまともに活動できるようになること。それがかなえば、もっと毎日が面白く感じられるようになるに違いない。

 こいしともっといろんなところに行けるようになるために。こいしともっといろんなことを楽しめるようになるために。

 こいしとの会議もどきを続けつつ、フランは密かに自分のやるべきことを心の中で固めた。

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