ちょっと手首辺りの骨などを折ってしまって執筆に物理的に難儀してました。もう一作の方も頑張って書いてるのですがもう少々お待ちくださると幸いです。
「わっ、なにこのちっちゃくて可愛い小悪魔チックな子! 翼生えてるってことは妖怪よね? でも変な形ねぇ、そんなんで飛べるのかしら。って、私含めて皆翼もないのに飛んでたわね。ねぇねぇ、あなた霊夢さんの知り合いなのよね? どんなことができるの? いったいどういう妖怪なの?」
ぐいぐいと近寄られ、きらきらとした目線を向けられる。これまでの人生もとい妖生で一度も経験したことのない相当な関心の抱かれ具合に、若干引き気味になりつつもどうにか口を開いた。
「きゅ、吸血鬼だけど」
「吸血鬼! 現代で定番中の定番っ、超人気者の妖怪……妖怪? まぁ、うん。妖怪じゃない!」
「そうなの?」
「そうそう! あ、吸血鬼ってことは血を吸ったりするのよね? 初めて会ってすぐ言うのもなんだけど、よかったらちょっとだけ、貧血にならない程度に私の血を吸ってみたりとかしてくれないかしら。血を吸われるのってどんな感覚なのか興味があるのよ」
「血を?」
「痛いのは嫌だけど、それよりも私の
「それは魅力的な提案だけど……」
ちょうどかなりお腹が空いている。食べてもいいのなら食べてしまいたい。
だけれど何度も言うように、フランは加減の仕方がいまいちわからない。霊夢は菫子をただの人間ではないと言っていたが、だからと言って吸血鬼の怪力に耐えられるとも思えなかった。彼女が言ったただの人間ではないというのは、普通の人間とは違う能力を持っているというだけのことだろう。ちょうどこうして幻想郷と外の世界を行き来しているように。
これが紅魔館に食糧として仕入れられてくる、神隠しに遭った身寄りのない外の世界の人間であれば、どれだけ乱暴に扱っても構いやしないだろうが、今のフランは魔理沙にも霊夢にも釘を刺されている。万が一にでも殺してしまう可能性があるのなら、やはりその行動は避けるべきだ。
そう思って否定の言葉を告げようとした瞬間、ばっ! とフランと菫子の間に一つの影が飛び出てきた。
「それはダメっ! フランの初めては私がもらうって決まってるんだから!」
寝てしまいそうになりながらも会話は聞こえていたのか、はっとしたように顔を上げたこいしが飛び込んできたようだった。
無意識の妖怪ゆえに存在感が極端に薄いため、これまでこいしがいたことに気づいていなかったのだろう。突然のことに「うひゃぁ!?」と菫子はたたらを踏む。
そんな菫子に構わず、こいしはむっとした表情で「フランは渡さない」とでも言うように立ちふさがる。
「フランはね、まだそういうの一度もしたことないのよ。それでその初めては、私がもらうって決めてるの。フランも私も初めてだから、もしかしたら痛くて泣いちゃうかもしれないけど、私はフランのためならそれくらい我慢できる覚悟があるもん。いつかフランの初めてを私が――むぐ」
ロマンチックな出来事を語るかのように、両手の指先をそっと合わせながらのこいしの発言を、後ろから無理矢理口元を押さえ込んで物理的に止めさせる。
これまではこういうことを言うのが二人きりの時だったからまだよかったが、今は霊夢と菫子がいる。これ以上言わせるのは絶対にまずい。というか今の時点で大分まずい。
菫子は大分困惑したような顔で、確認するようにフランとこいしの顔を覗き込んでくる。
「えっと……なんか要領を得ない感じの言い方だったけど、吸血の話よね?」
「ええ、それ以外のなんでもないから。たとえもし仮によしんばあるいは他のことが連想できそうでもそれじゃないから。吸血のことだから」
こいしが「むー! むー!」と暴れてフランの手のひらを退けようとしていたけれども、吸血鬼の怪力をそう簡単に振りほどけるはずもない。とりあえず今は強制的にでも黙ってもらわなければ話がややこしくなる。しばらくこのままでいてもらおう。
「それでその吸血についてだけどね。悪いし名残惜しいけど、あなたの血を吸わせてくれるって話はちょっと遠慮させてもらうわ。見ての通り連れがうるさいし、それに私、あんまり力加減とか得意じゃないから。もしかしたら血を吸う時に力が入りすぎてばらばらにしちゃうかもしれないわ」
「え、こわっ! あなたってそんなに力強いの? こんなに小さいのに?」
「小さいは余計。これでも吸血鬼だもの。その辺の大木くらいなら片手で持ち上げられる、と思うわ。試したことないけど」
「わぁ、そういうところ聞くと本当に妖怪って感じするわねぇ。私も能力を使えば同じようなことできるけど、さすがに直接の腕力じゃそんなことできないわ。やっぱり妖怪ってすごいのね」
あいかわらずきらきらとした好奇心全開の肯定的な色の視線。普通の人間なら怯えるなり関わらまいと遠ざけるなりするだろうに、外の世界の人間だからか、あるいはこれが宇佐見菫子という人間個人なのか。どちらにせよ、忌避感や嫌悪感などを抱かれるよりはよっぽどいい。
というか、普通の人間なら、とフランは例えたが、よくよく考えなくてもフランの周囲には普通の人間はいないように思う。フランが名前を知っている人間となると、紅魔館で姉に仕えるメイド長たる十六夜咲夜、大図書館によく忍び込んでくる白黒魔法使い霧雨魔理沙、そして今すぐそばにいる妖怪退治を生業とする妖怪巫女に、最後は幻想郷と外の世界を行き来する力を持つ宇佐見菫子。
フランが普通の人間を見たのは以前夜に里に行った時が初めてだった。あの時はこいしと一緒に里を巡る楽しさに目が眩んでいたからだろうけれど、そうでなくとも興味を向けることはなかったようにも思う。
こいしと出会うよりもさらに昔に一度、ふいと今まで一度も見たことがなかった人間というものにちょっと興味が湧いて地下室から地上に出ようとしてみたこともあるが、あれはしょせん新しいおもちゃを見つけたような感覚でしかなかった。ただ手を握りしめるだけでありとあらゆるものを破壊し得るフランにとって、あらゆるものは等価値であり無価値でしかない。こいしと会ってから多少は意識の変革があったものの、かつてマミゾウも言っていたように妖怪はよほどのことがない限りは心に変化など訪れない。フランも未だ完全にパラダイムシフトを果たしたわけではなかった。
そんな今のフランの関心はもっぱらどうすればもっと楽しくこいしと遊べるかという部分に向けられている。そのフランからしてみれば、今はもう人間でも妖怪でもどちらでも関係ない。妖怪と違って寿命が短いゆえの一瞬の輝きは確かに認めるところはあるけども、もしも魔理沙が妖怪でも、こいしが人間でも、すべてが反転したってフランが彼女たちに抱く印象に変化などほとんどないだろう。
閑話休題。なにはともあれ、フランは菫子が人間だからではなく、菫子という個人に少なからず好印象を覚えた。ただそれだけの話である。
「ぷはっ! うぅ、苦しかった……」
もういいだろうと判断してこいしへの拘束を緩めると、こいしはフランの腕から逃れてすぐに荒い息を吐いた。
ちょっとだけ悪い気がしてきて、謝ろうかな、なんて思ったところで「でも」とこいしが続ける。
「フランの手のひらぷにぷにでちょっと気持ちよか、いたいっ!」
こいしの反省のない発言が完了するよりも早くでこぴんを繰り出す。吸血鬼のでこぴんだ、伊達じゃない。こいしは額を押さえ、すぐ涙目になっていた。
そんなこいしにはもう構いもせず押しのけて、改めて菫子と向かい合う。そこで菫子はフランがなにやら自分に言いたいことがあると気づいたようで、「どうしたの?」と、フランに視線を合わせるように両膝に手を当てて屈んだ。
もしもこれが背伸びしたがりな姉のレミリアであれば、まるで幼子を相手にするかのような所作に若干目元をぴくつかせていたりしたかもしれないが、フランにそんな気持ちはない。見上げる必要がなくなったおかげで話しやすくなって助かるくらいだ。
「私、あなたにお願いしたいことがあるの。元々は神社の方にもそのために来てて」
「私にお願い? わざわざ名指しで来るってことは、やっぱり外の世界に関してのこと?」
首を縦に振ると、立ち話もなんなので一旦居間の方に上がってから、フランは霊夢に説明したことと同じことを菫子にも話した。
霊夢は菫子に新しいお茶――やはり三番煎じ――を出しつつ、二人の様子を見守って、こいしはこいしでさきほどフランから取った帽子をくるくる回したり、かぶってみたりと遊んでいた。においをかぎ始めた時はさすがに見過ごせなかったので前回よりもさらに強いでこぴんを食らわせたが、それ以降はちゃんとおとなしい。
フランの話が終わると、菫子は「なるほどー」と納得したように頷いていた。
「フランちゃんは吸血鬼なんだものね。そりゃあ太陽の下でも動けるようになりたいわよねぇ」
フランちゃん。説明の中で互いに自己紹介をしてすぐにその呼び方は定着した。
レミリアも魔理沙もこいしもパチュリーも他の誰もかれも、そんな子どもじみた呼び方はしてくれないので、なかなか新鮮だ。これまたおそらく姉のレミリアであればちゃん付けされるたびに不機嫌ゲージが少しずつ上昇していたことだろう。あの姉は見た目も言動もまるで幼いくせして子ども扱いするとすぐ機嫌が悪くなる。悪い癖だ。
不安と期待がまぜこぜとなったフランの瞳を受けて、菫子は少し考え込むように腕を組んだ。
「……やっぱりだめ? それともできない?」
堪え切れなくなって聞いてしまったが、ふるふると首を横に振られる。
「できないこともないし、だめってわけでもないんだけど……うーん、そうねぇ。霊夢さん霊夢さん」
「ん? なに?」
「外の世界の道具のことなんですけど、こっちに持ってきて誰かに渡したりしても結界とやら的には問題ないんですか? ここって外で忘れられた道具しか流れてこないみたいですが、私が持ってくる道具はその限りじゃないですよね?」
「あー、どうかしら。まぁ問題ないんじゃない?」
「そんな雑な……」
「雑って言われてもねぇ。っていうかあんた、霖之助さんによく外の道具を売ったりしてるでしょ。その質問今更すぎるわよ」
「あ、そういえばそうでした。ど忘れしてました。暑さのせいですかね」
本当にど忘れしていたらしく、少しだけ恥ずかしそうに菫子が頬をかく。結界の管理を仕事の一つとする博麗神社にいたから、ふと疑問が出てしまったのかもしれない。
というか、菫子も霖之助と知り合いだったのか。フランは、むぅ、と思わず唸る。だってそうなると、彼からしてみれば日焼け止めなんて本当に欲しければ菫子に直接頼んでもよかったはずなのだから。
わざわざフランの方に調達を頼んだということは、フランの望みを叶えるために気を遣ってくれていたのか。あるいはどちらを選ぶにせよなにかしらの報酬を支払うという行動をしなければならないことは間違いがないから、せめてフランにも得のある側を選んでくれたのか。
どちらにしても、彼が直接菫子にではなくフランの方を選んでくれたことに、フランは内心でこっそりちょっとだけ感謝の念を捧げておくことにした。
「まぁとりあえず問題はないと。んー、それなら特に断る理由もないわね」
「え、い、いいのっ?」
こんな簡単に了承してくれるとは思っていなかった。無意識のうちにちゃぶ台に上半身を乗り出して、期待一色となった視線を菫子に送る。
「もちろんよ。別にそんなに高いものでもないし。あ、でも、一つだけこっちからもお願いしたいことがあるんだけどいいかしら」
「うん、大丈夫。自由に外を出歩けるようになるためだもの。私にできることならなんでもするわ」
「ほほう、なんでも? 今、なんでもって言ったわよね?」
「え、まぁ、うん……私にできることならよ?」
にやり、と口の端がつり上がったのを見て若干後悔しつつ、でも一度了承してしまったほか、目的のものが目前にあることも相まって前言撤回もできない。ちょっとだけ尻込みしつつ、引き気味に肯定する。
そんなフランの様子に菫子はくすくすと笑った後、悪意はないと言いたげに両手を広げた。
「ごめんごめん、ちょっとした冗談よ。そんなにきついこととか、R18的なことを要求するつもりはないわ。だから安心して」
「あーるじゅうはち? って?」
「一八歳以上の人しかダメなことって意味よ」
「うーん? 私一応五〇〇歳近くくらいはあるけど」
「え、マジですか。金髪ロリっ娘吸血鬼ってだけで需要高なのにそこにロリババア追加とか属性盛りすぎてない? むしろ吸血鬼ロリ的には王道なのかしら?」
「R18とか属性とかなんだとか外の世界の意味合いでの言葉はよくわからないけど、とりあえず不本意な呼ばれ方をされてるってことだけはわかるわ」
「わわっ、ごめんごめん。怒らないでフランちゃんー。ちょっとしたお願いを聞いてくれたらちゃんと日焼け止めは上げるから、ね?」
頬を膨らませたフランをなだめるように、菫子が言う。元から断る気などなかったので、こくり、と首を縦に振る。
それで、ちょっとしたお願いっていうのは? 問いかけてみると、菫子はがさごそとポケットの中をあさり始めた。
「ん、あったあった」
「あ、それって」
菫子が取り出したものに反応したのはフランではない。寝そべっていたこいしだ。
幻想郷ではまず手に入らない外の世界の技術と材質で作られたそれは、手の中に収まるほどの長方形の物体だ。全体的に薄っぺらく、厚みが二センチもない、小さなメモ帳のような。少なくともフランの五〇〇年近くの人生では一度も見たことがない形容のしがたい道具だった。
こいしが知っているそうなので視線で説明を促してみると、意を汲み取ってくれたらしい彼女は「えっとねぇ」と思い出すように頭を捻り始める。
「確か、それ電話だよね。前にあなたが落としていったのをそのままもらった記憶があるような気がするわ」
「そうそう電話電話。って言っても最近は電話というにはかなり多機能な……あれ、ちょっと待って。今聞き逃せない一言を聞いた気がするんだけど」
「確か、それ電話だよね」
「その後の方! 全然見つかんなくてなくしたと思ってたら……!」
「なくしてたじゃん。私はそれを拾っただけだし。先に言っておくけど返さないわよ? あれは私が拾ったんだからもう私のものだもん。私の宝物の一つなの」
「むむむ……霊夢さん、霊夢さん! この子悪い妖怪ですよ! 退治して私のスマホ取り返してください!」
「あんたらで勝手にやってなさいよ。今日は暑いし外出たくないわ。っていうか悪い妖怪もなにも、いい妖怪なんているの? それにそいつ、どうせ倒しても結局返してくれないわよ。やるだけ無駄」
「むぅ……まったく、そんなんだから陰で妖怪巫女とか呼ばれてるんですよ」
「ああ?」
「いえすみませんなんでもないです」
怒った霊夢ほど恐ろしいものはない。レミリアや咲夜、パチュリーや魔理沙や慧音いわく、異変調査中の彼女は出会っただけで人間だろうと妖怪だろうと神だろうと問答無用で退治しようとしてくるとか。そんな霊夢の恐ろしさは菫子もどうやらじゅうぶん知っていたようで、すぐさま身を翻して鮮やかなほど素早く頭を下げていた。
霊夢も別に本気で怒ったわけではない。小さく肩をすくめると、急須を取って、中身がなくなっていた菫子の湯呑みにお茶を注ぐ。まだフランは半分ほどしか飲んでいなかったが、そのままフランのぶんも注いでくれた。
こいしは少し菫子を警戒するように距離を取っていた。
「……返さないわよ?」
「あぁ、うん……わかったから、もうそれはいいわ。とっくにあっちの契約は切って新しいこっちに乗り換えてるし、もう別になくたって困らないから」
諦めたように息をつき、菫子はフランに向き直る。こいしの余計な一言のせいで少し話がそれてしまったが、本題である菫子からのお願いはここからだ。
「それでさっき言いかけたことだけど、最近の電話は多機能なのよ。これはスマホって言ってね、電話だけじゃなくてインターネットに繋いで動画を見たりゲームをしたり、いろいろできるの」
「スマホ、ねぇ。それがお願いとどう関わってくるの?」
「機能の一つにカメラがあるのよ。カメラはわかる?」
「山の天狗がそういう道具を使ってるってどこかで聞いたことがあったような気も……一瞬で目の前の風景の絵を書く道具のことよね?」
「んー、そうね。大体そんな感じで合ってるわ。私のお願いっていうのはね、その絵の中に私と一緒に入ってほしいのよ」
うん? と首を傾げる。そんなことをしてなんの意味があるんだろう、という純粋な疑問だ。
「……カメラって向けられた人の魂を取る力があるんだっけ? それで私の魂を閉じ込めて持ち帰るつもりだったり?」
「はい? あー、いや、そういえばそんな眉唾ものの話もあったわね。や、案外眉唾ってわけでもないのかしら。その気になれば幻想郷でなら都市伝説として具現化させられそうだわ」
「やっぱり」
「あ、違う違うっ! そういう意味じゃなくてね、純粋に記念に写真を撮っておきたいのよ。最近ちょっといろんな妖怪をアルバムに収めてくのにハマっててね? 吸血鬼なんて幻想郷でも絶対大物の妖怪でしょ? こんな機会滅多にないかなって思って」
「記念って、そんなもの取っておいてなんの意味があるのよ」
「単純な妖怪コレクションとしてもいいし、歳を取った後に見返したりしてみたら懐かしんだりできるでしょう?」
「懐かしむって……私にはよくわからないわね。過去はしょせん過去じゃない。ちょっと前まで四九五年くらいずっと地下に引きこもってたけど、その頃を思い返してみても私は特に思うことなんてないわよ」
「うーん、その辺は人間と妖怪の感性の違いなのかしら。妖怪は全然歳を取らないみたいだし……って、なんか今すっごい重い過去が流れるように暴露されたような気が……」
「半ば自分から引きこもってたようなものだし別に重くもなんともないわ。それより写真だっけ? それってどうすれば撮れるの?」
「あ、それなら……ん、ちょっとこっち来てくれるかしら」
菫子に促されるがまま、彼女の隣まで移動する。それでもまだ距離が足りないようだったので、肩と肩が触れ合うほどに密着した。
ぐぐー、と菫子がスマホを掴んだ腕を目一杯遠くまで伸ばしながら、言う。
「はい、ピースっ」
「……平和?」
「あー、んー……一足す一は?」
「ニでしょ。バカにしてるの?」
「いや、そうじゃなくて……まぁそうよね、知らないわよね。えっとね、指をこう、私の真似をするみたいに二本立ててくれる? 人差し指と中指を伸ばして、その間をちょっと開いて、ハサミみたいに……」
「……こう?」
「そうそう! それじゃ撮るわよ? はい、チーズ」
スマホで隠れた向こう側の指先を少し動かしたかと思うと、ぱしゃりっ! と音が鳴るとともに一瞬だけスマホから白い光が放たれた。
目を瞬かせるフランの横で、菫子は満足そうにスマホを見下ろしていた。
「ほら、見てみて! これが写真! ここにさっきの私たちが映ってるのよー」
促されるがままスマホに視線を向けると、フランはさらに驚いて目を丸くした。
「……本当だわ。すごいわね、すぐそこにちっちゃい菫子が本当にいるみたい。ここまで精密な絵が書けるなんて……っていうか、私ってこんな顔してたのねぇ」
「え? どういうこと?」
「どういうって、吸血鬼は鏡に姿が映らないのよ。自分の頭周りのことなんて金髪で目が赤くて八重歯が生えてるってことくらいしか知らなかったわ」
「わっ、そういえばそうだったわね。日光に当たれないことといい鏡に映らないことといい、難儀な体質ねぇ……あれ、そうなると神社まではどうやって来たの?」
「そこに日傘が置いてあるでしょ?」
「え、そんなんでいいの? なんか……イメージと違う……吸血鬼っていうと私みたいな黒いマントを羽織って、颯爽と夜の摩天楼の上を駆け回ったり、真っ暗な屋敷の中に息を潜めて不気味に潜んだりとか……」
「そんなこと言われてもねぇ。これでもかなり苦労してきたのよ? 何度も何度も木陰で休憩を挟んで、こいしにもいっぱい助けてもらって……って、よく見たら端の方にこいし映ってるじゃないこれ。しかも私たちと同じように二本指立ててるし」
「え? あ、本当っ! 全然気づかなかったわ!」
「ふふん、私は無意識の妖怪だからね。存在感なく映り込むなんて容易いことなのだー」
なぜか自慢げにこいしが胸を張る。それから、どことなく少しだけ楽しそうだ。もしかしたら、見つけてもらえたのが嬉しかったのかもしれない。いくら存在感がないと言っても、誰にも見つからないのは寂しいことのはずだから。
菫子は写真をしばらくじっと見つめた後に、くすりと笑った。「これもありかもしれないわね」と。どうやら気に入ってくれたらしい。こいしもたまには役に立ってくれる、とフランは内心でちょっとだけ褒めておいてあげる。内心で。実際に言うとすぐに調子に乗るので口には出さない。
「……なんか、私だけ仲間はずれみたいね。別にいいけど」
三人でわいわいとしていたからか、霊夢がわずかにむすっとしたような表情で呟いていた。
フランは菫子とこいしと三人で顔を見合わせて、小さく笑い合った。
「意外。霊夢もそういうこと気にしたりするのね」
「霊夢さんも意外と可愛いところあるんですねー」
「意外意外意外だわー」
「ふーん。三人とも表出る?」
ぴくぴくと目元をひくつかせながらのお誘いは三人一緒に丁重にお断りする。その後菫子が霊夢のそばに近づくと、手招きでフランとこいしを呼んできた。
「せっかくだからこの四人でもう一枚撮っちゃいましょー。ほら、もっと端っこ詰めて詰めて」
「あ、ちょっと、勝手に……」
「いいじゃないですか。これも記念ですよ記念。んー……でも、やっぱり四人だとどうやっても横は入りませんね。あ、そうだ! フランちゃんフランちゃん、私の膝の上に座ってくれる?」
「いいけど、こいしはどうするの?」
「霊夢さんの膝の上、とか?」
確認、あるいは許可を取るように菫子がこてんと小首を傾げると、霊夢は「はぁー」と重い息を吐き出した。
ただ、その横顔はフランの目には少々笑っているようにも見えた。
「……しかたないわね。ほら、あんたこっち来なさい。一緒に映るわよ」
「変なことしない?」
「しないって」
「ん、なら座らせてもらうわー。本当にしないでね? 私に変なことしていいのはフランだけなんだから」
「…………」
こいしの爆弾発言に黙り込んだのはこいし以外の全員である。一瞬流れた気まずい空気を押し流すように菫子が咳払いをした。
菫子が「撮るよー」とさきほどのようにスマホを持った腕を伸ばす。
「はい、チーズ」
菫子の合図でぱしゃりと撮られた写真を四人で囲って確認する。菫子とこいしはノリノリで二本指を立てていて、フランもまたピースをしてはいるが二人ほどテンションは高くない。霊夢は霊夢でポーズを取ったりはせず特に笑顔なども浮かべてはいないものの、その表情はどことなく柔らかそうに見える。
「んー、なかなかいい写真ね。せっかくだから今度時間がある時に現像して全員に配れるようにしておくわ」
「現像って?」
「現像っていうか写真プリントかしら。この写真を紙に写すのよ。それをコピーすれば何枚でも同じ絵を作ることができるわ」
それからも菫子から外の世界の話を聞く。菫子にとっては常識に過ぎないような質問も混ざっていただろうに、彼女は嫌な顔一つせず楽しそうに話してくれた。妖怪であるフランと触れ合うのが楽しいのだそうだが、フランにはよくわからない。
菫子とは後日写真と一緒に日焼け止めを持ってきてくれることを約束した。また神社に来るのはさすがにきついので、紅魔館の場所を教えて来てもらえるように頼むと、菫子は吸血鬼の館ということで目を輝かせていた。そこは普通恐れるところではないかとも首を傾げたが、フランも以前まではよく情緒不安定で狂っているとか言われたりしていたので、人のことは言えないかと思い直す。
ちなみに結構気に入ったので菫子に眷属になってみないかとも誘ってみたりもしたけれど、ものすごく名残惜しそうな顔で断られたりもした。
なんにせよ目的は無事達成することができた。これで近いうちに昼間でも外を歩けるようになるかと思うと、頬が無意識ににやけてしまう。
霖之助の作るマジックアイテムはどんなものなのだろう。次に人里に行くのはいつにしよう。うずうずと、いろんなことを想像することもまた、一人で過ごしていた頃には味わったことのない、もどかしくも楽しい感覚だった。