超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:納豆チーズV

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お祭り輪投げ金魚すくいのおはなし。

 夜闇を照らす、きらびやかな火の光。行灯の内側に潜む、自然的ながら人の手のうちにあるそれは、闇に潜む妖怪にとっては元来忌むべきものなのだが、今日という日に限ってはその限りではない。

 普段ならひっそりと、まるで誰もいないかのように静かで暗い人間の里は、今日だけは正反対の様相を成していた。星と火の光によってもたらされた明かりは太陽のそれに劣っているはずなのに、人の熱気による雰囲気の明るさという一点で言えば群を抜いている。

 人が放つ光も、集まれば時に神に劣らぬものになるということの証明なのかもしれない。

 

「す、すごい賑やかね、今日……」

 

 霖之助に聞いた祭りの日。こいしとともに人里に訪れたフランだったが、初めてこいしと里を訪れた際の物静かな感じとはかけ離れたごった返し具合に、ほんのちょっと気後れして後ずさる。

 つい数ヶ月前まではずっと地下に引きこもって、姉のレミリアが開いたパーティーにも参加したことがなかったから、人が多い場所はあまり慣れていない。

 反面、こいしはこれくらい慣れっこのようだ。彼女は無意識の妖怪。それはいわば、風に流される木の葉のような存在だ。風が強ければ強いほど、木の葉も高く舞い上がる。

 

「わぁー、これならいっぱい楽しめそうね」

 

 こいしは目をきらきらと輝かせてあちこちに視線を巡らせる。最初に人里に来た時は少しはしゃいでいたフランにこいしが連れられる形だったが、今回は逆にフランがこいしに連れ回される役になりそうだ。

 なにか面白いものでも見つけたのか、ふらふらと歩き始めたこいしの手を、フランは慌てて握った。普段の人里ならいざ知らず、今日の人里は一人では迷子になってしまいそうだった。一度こいしと離れてしまえば、空から彼女を探したってすぐに見つけることはできないだろう。

 人里に来ているために、フランは今日も今日とて変化の術を行使している。こいしはそんなもの使っていないが、そもそも妖怪としての特性的に他の人間から注目されることはまずないので問題はない。

 こいしが初めに目をつけたのは輪投げだった。今日に限って親と同伴でならば夜に出歩くことを許されている人間の子どもの後ろに二人して並んで、いざ順番が来たら、お金を渡して輪っかを店主から受け取る。

 少々意外だったのはこいしがきちんと人間のお金を持っていたことだ。フランは咲夜から事前にお小遣いとしてもらっていたが、こいしはたぶん、以前言っていた姉からもらったのだろう。

 

「フランフラン、どっちが多く入れられるか勝負しようよ」

「勝負? ふふん、部屋の中でできるような遊びで私に挑んでくるなんて命知らずね。こちとら五〇〇年近く引きこもってきたのよ。ひたすら暇だったから一人でできるような遊びなら一通り極めたし、輪っか投げくらい狙ったところに全部入れられるわ」

「自信満々だねぇ。でも負けない!」

 

 とかなんとか言い合って始まる輪投げ勝負。鬼ごっこのような、これくらいの小競り合いなら日常茶飯事だ。

 闘志を燃やし、それぞれ五つずつ投げて、狙った位置に入った回数はこいしが五回、フランが一回。

 終わった後、店主から景品をもらってからフランをじっと見つめるこいしと、さっと目をそらすフラン。

 

「……一通り極めたんじゃなかったの?」

「……輪投げをやったとは言ってない」

 

 そもそもフランは細かい力加減が苦手なので、熱中し始めるとすぐにその道具を壊してしまう。今はこいしを傷つけまいと意識するようになって大分マシになったが、かつてのフランはそういうことに無頓着だった。輪投げなんか極められるはずもない。

 無駄に自信満々だったのは、あれだ。見た目簡単そうに見えたからだ。これくらい余裕ね、とか内心めっちゃ侮ってた。でも実際やってみたら普通に全然できなかった。ただそれだけの話。

 あいかわらずじーっと見られ続けて恥ずかしくなってきたフランは、ごほんと咳払いをして「早く次行くわよ、次!」とこいしの手を引いた。

 

「……うん? こいし、あれはなに?」

「あれ? あー、あれは金魚すくいね」

「金魚すくい? どういう遊びなの?」

「輪っかに紙が張られたちっちゃい道具があるでしょ? ポイって言うんだけど、それで水の中の金魚をすくって小鉢に入れる遊びのことよ」

「ふーん……」

 

 こいしの説明を聞く限りではそう難しそうに思えなかったが、横から覗き込んで観察してみたところ、どうやら相当難易度は高かったらしい。一分近く見続けて、小鉢に金魚を入れることができたのは大人が数人程度。子どもはまず成功していない。張った紙がすぐに破けてしまうのだ。

 

「……やらないの?」

「やるわよ。どんな感じなのかちょっと見てただけ。これ、こいしはやったことあるの?」

「うん。私これ苦手なんだよねぇ。ばしゃんっ! って思いっきり水につかせちゃってすぐ破けちゃうの。でも、お姉ちゃんはこういうの得意だったなぁ……」

「へぇ、苦手なのね」

 

 にやり、と口の端をつり上げるフラン。はたから見てもなにを考えているのか手に取るようにわかる。

 

「じゃあ勝負しましょうか。いっぱい金魚をすくえた方の勝ちよ!」

「おお、またやる気だね。でも負けないよ!」

 

 再び始まる勝負。さきほどは五つすべてを入れられるという完敗を突きつけられたフランだったが、こいしが苦手なこれならば勝てる可能性もあるはず――。

 そんな打算込みで金魚すくいに挑んで、早ニ分。

 

「あっ。もうっ、なにこれ! ちょっと金魚が乗っただけで破けちゃうじゃない!」

「あはは、私も最初は全然できなくて放り出しちゃったなぁ。懐かしいわ」

 

 フランはもうポイの紙を何度張り替えたかわからない。一方、こいしは何度か失敗をしてはいるものの、すでに二匹ほど金魚の捕獲に成功している。

 むぐぐ、と恨めしげなフランの視線にも、こいしは飄々としていた。

 

「ふてくされてる私にね、昔お姉ちゃんがやり方を教えてくれたんだ。水面でぼーっとしてる金魚さんに狙いを定めて、横から水平に、しゃっ! って。お姉ちゃんと違って数回に一回くらいしかできなかったけど、やっぱりできると本当に嬉しかったなぁ」

「……苦手なんじゃなかったの?」

「うん、苦手。お姉ちゃんと比べたらね。お姉ちゃんだったら一回で確定五匹はかたいし。最高で七匹だったかな?」

「それ、人間技じゃないわよ」

「まぁ人間じゃないし」

 

 とか話しながら、こいしはさらにもう一匹すくい上げることに成功する。フランはまだ全然だ。

 またポイが破けたために貼り直してもらって、もう一度挑戦して、やっぱりできなくて。

 そうして『もういいや』とふてくされてきたところで、おろしかけたフランの手をこいしが横から支えた。

 

「こいし?」

「ほら、こうやって……」

 

 フランの後ろに覆いかぶさるような形になりながら、フランの手の上から自分の手を重ね、こいしがポイを動かす。

 

「端っこだけ紙をつかせちゃうとそこだけ破けやすくなっちゃうから、入れるなら一気にね。それで、ちょうど水面でぼーっとしてる金魚さんに狙いを定めて……せーの、はい!」

「あっ」

 

 水だけが満たされていたフランの小鉢に、初めて金魚が投入された。

 それに目をぱちぱちと瞬かせるフランと、小さくはしゃいでいるこいし。

 

「やったわ、まさか一回で成功するなんて」

「……よくこんな簡単にできるわね」

「簡単じゃないよ。お姉ちゃんに教えてもらってから私も結構挑戦したし。ほら、フランももう一回やってみようよ。また無理そうだって思ったらまた私が手伝ってあげるから」

「……わかったわよ」

 

 こいしに促されるがまま、ポイを手に再び水槽に向き直る。

 さきほどまでは成功するビジョンがまったく浮かばなかったが、今は違う。こいしが一度フランの手を動かして金魚を取ってくれたおかげで、ほんのちょっとだけ成功の感覚がフランの手に染みついている。

 狙うのは水面の近くでゆっくりと泳いでいる金魚だ。

 こいしのアドバイスを思い出しながら、今度は自らの意思でポイを動かし、金魚にポイの紙の部分を当てる。

 

「で、できた?」

 

 不安の声を上げるフランの小鉢の中では、二匹の金魚が悠々と泳いでいた。

 初めは実感が沸かなかったが、段々と興奮が内側から湧き上がってくる。諦めかけていたことほど、成功した時の嬉しさはかけがえがない。

 知らず知らず口元が緩んでしまうフランの横で、こいしもまたそんなフランを盗み見て、どことなく嬉しそうにしていた。

 

「ね? 楽しいでしょ?」

「ん……そうね。悪くない、かも」

 

 その後も金魚すくいを続けたが、フランが成功したのはもう一回だけ。最終的には、こいしがフランの手を使ってすくったものも入れてフランが三匹、こいしが九匹。

 

「ふふん、また私の勝ちー」

「ふん。まぁ、今回は譲ってあげるわ。次は私が勝つけど」

 

 もしもこいしがいなければ途中で諦めてやめていただろうだけに、今回ばかりはおとなしく勝利を譲る。それに、なんだかんだ金魚すくいが楽しかったからか、負けたというのに気分もそう悪くない。

 その後もいろんな屋台を巡り続けた。遊びだけでなく、能楽というものを見たり食べ物を買ったり、変なお面を買ってみたり。

 いつもはフランとこいしの二人きりだったりすることが多いが、もしかすればこいしはこういう賑やかなところの方が好きなのかもしれない。よく一緒にいるフランの目には、彼女がいつもより楽しそうに見えた。

 だからと言ってフランと一緒にいることがつまらなそうというわけではない。むしろ「こっちこっち!」とフランの手をよく引いてきたりしてくることから、一人ではなく二人一緒だからこそ、より楽しめるのだという彼女の心がその言動から伝わってくるようだった。

 もう里に来てから一時間は経っただろうか。まだまだ祭りは終わらないが、そろそろ少し疲れてくるところだ。

 屋台で軽い夕食代わりのものを買うと、フランとこいしは近くの長椅子で並んで座って休憩をすることにした。

 

「――それでね、お姉ちゃんってばほっぺに飴の赤い跡をつけちゃってて。最初は言おうと思ったんだけど、いつもはしっかり者って感じだからおっちょこちょいっぽいところが新鮮で、なんとなく黙ってたのよ。でもそんな私の変化にも目ざとく気づいて自分で拭いちゃって……あの時私が舐めて取ってあげたらお姉ちゃんどんな反応したかなぁ、って今も後悔してるんだよねぇ」

「それは姉妹として距離が近すぎると思うけど……なんか、今日はお姉さんの話が多いわね。こいしのお姉さんってこいしみたいにそんな活動的ってわけじゃないんでしょ?」

 

 これまでもこいしの口から彼女の姉についてそれなりに聞いたことがあったので、大体の人物像はフランの中に出来上がっている。そしてそれはどちらかと言うとこいしとは真反対で大人しげなイメージだ。

 

「うん。いつもは家の中で本を読んだり書いたりとか、滅多に外には出ないわ」

「その割に金魚すくいとかいろんな遊びを一緒にやってるみたいね」

「あはは。まぁ、そうだねぇ……昔の私は、今みたいに外でいっぱい遊ぶのが好きってわけじゃなかったから。お姉ちゃんはそんな私をいっつも心配してくれててね。私がやりたいって言ったこと、思ってたこと……私のために、できるだけたくさん叶えようとしてくれたんだ」

 

 自分のことなんか全部後回しにしちゃってね。

 そう言って軽く笑ったこいしの表情は、どこか愛おしさのようなものが含まれている気がした。

 だからだろう。こいしの笑顔なんて見慣れてるはずなのに、自慢の姉を語る今日の彼女のそれはなんだかとても新鮮に映る。

 

「ふーん……仲がいいのね。私とお姉さまとは大違いだわ」

「や、別にフランとフランのお姉ちゃんは仲いいじゃん」

「よくないわよ。ちっちゃなことで喧嘩ばっかするし」

 

 あくまで「よくない」。悪い、とは絶対に言わない辺りがツンデレなのだが、フランがそれを自覚することはない。

 

「あはは、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない?」

「それ、いまいちよくわかんないのよね。喧嘩するんなら仲よくないんじゃないの?」

「んー、実際にそういう場合もあると思うけど、その逆でほんとは仲がいいってこともあるんじゃないかな」

「なにそれ。あてにならないことわざね」

「まぁまぁ。それで、私から見た限りじゃフランとフランのお姉ちゃんは断然後者かなー」

「あっそ」

「あれ。反応薄いなぁ」

「そりゃね。ことわざ以上に、こいしの言うことほどあてにならないこともないし」

「むっ。そう言うフランだって興味ないことにはいっつも適当なこと言うくせに」

 

 小さく言い合って、ちょっとだけ睨み合う。それから二人してくすりと笑った。

 きっとこういうやり取りが、仲のいい喧嘩とやらというものの一つなのだろう。

 

「ねぇフラン。フランはこれからは昼間も外を出歩けるようになったんだよね?」

「ええ。雨の日は無理だけど」

「んー、濡れながら遊ぶのも楽しいと言えば楽しいけど、帰った時にお姉ちゃんに怒られちゃうし、そこは気にしないよ」

「ならいいけど。で、それがどうかしたの?」

「んーんー、別にー。ただ、これからはフランともっと自由にお外で遊べるんだなぁって思ったら、なんだか嬉しくなってきちゃって」

「それは、私もおんなじよ。元々そのために日光を防げる道具が欲しかったんだもの」

「うむ、苦しゅうない」

「なんでそんな偉そうなのよ」

 

 呆れ混じりにフランが突っ込めば、こいしはまた声を上げて笑った。

 そんなこいしの横顔をため息混じりに眺めながら、フランはふと思う。

 自分がどこかこいしに惹かれているのは、これが原因なのかもしれないと。

 この五〇〇年近くの間、フランの隣に立ってくれる相手なんかいなかった。レミリアはいつだって姉の立場としてフランに接するし、咲夜はメイドなので一歩引いた立ち位置で丁寧な対応を心がけている。パチュリーはパチュリーで「妹さま」とお嬢さま扱いが基本だ。美鈴とはそもそもこいしと会うまで顔を合わせたこともなかったが、あれも門番という立場上、フランと対等に接することはできない。それは他の数多くの妖精メイドやホブゴブリンなどの雑用係も同じだ。

 望む望まざるにかかわらず、フランはいつも一人だった。けれどそんなフランのそばで、隣で、こいしはいつだって、どんな時もどんな場所でも、楽しそうに笑ってくれる。

 友達。そう、友達だ。

 そんなもの、脆くてちっぽけで虚しく儚いものだと思っていた。だけど、今はこうも感じる。

 脆くてちっぽけだからこそ、大切にしたいと思う。虚しいかどうかは当人次第で、儚いからこそ価値がある。

 どんなものも右手で壊してしまえる力を持って生まれてきてきてしまったから、すべてが等価値にしか見えなかった。すべてが無価値にしか思えなかった。

 だけど、価値なんてものはそもそも主観によって決まるものだ。自分が他のものに対し、どう思いどう感じるのか。重要なのはそこだった。

 フランはこいしとのこの関係に価値を見出した。こいしの楽しそうな笑顔をもっと見続けていたいと願った。ただそれだけの思いが、今もなおフランをこいしの隣に立たせ続けている。

 

「よーし、休憩終わり! ほら、フランも立って立って! 次あっち、あっち行こうよ! あれなんか面白そう!」

「あ、ちょ、私まだ食べてる途中――」

「いいからいいから!」

「あーもう、まったく……」

 

 昔の自分ならばくだらないと切って捨てただろう、誰かに振り回されるこの日々を、今はかけがえがないと思える。

 だからこそ、知りたい。

 こいしのことをもっとたくさん知りたい。こいしの昔の話を、いつか聞いてみたい。

 いろんな話をして、いろんな遊びをして、いつか過去を振り返った時、「どうでもいい」とか「なんとも思わない」とか切り捨てるんじゃなく、人間みたいに懐かしんだりできるようになりたい。

 この関係を、他のどんなものよりも『壊したくない』と思えるようにしたい。

 それがフランの今の願いだ。


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