超本気で幻想郷を支配したい二人のおはなし。   作:にゃっとう

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 今話含む三話はシリアス回となります。
 先に明言しておきますと円満に仲直りしますので、どうか生々しい感じのぬるっとした目で見守っていただけると幸いです。


家出してしょんぼりするおはなし。

 結局、雨は次の日の昼になるまでやまなかった。雨がやんだ後は太陽が顔を出す前に急いで紅魔館に帰宅し、今はもう夜中である。こいしもすでにそばにはおらず、窓枠に肘をかけてぼーっとしていた。

 ここ最近は、こいしと出会ったこの窓際で外を眺めていることが多かった。

 あれだけ曇っていた空も今はとっくに晴れ切っている。無数の星々、そしてわずかに欠けた月から降り注ぐ光が、庭の花々を太陽の代わりに照らし当てていた。

 

「うーん……やっぱりちょっとだけ、眠いなぁ」

 

 多少仮眠を取りはしたが、昨日の夜からほとんどずっとこいしに振り回されっぱなしだった。肉体的にはともかく、精神的な疲れはいい加減確実にたまってきている。

 うつらうつら、こくんこくんっと時折頭が上下に揺れる。立っているのにこの調子。横になればすぐにでも眠ってしまえるだろう。このままぼーっとし続けていても、いずれこの場に倒れて眠りこけてしまいそうだ。

 本来吸血鬼の活動時間は夜なのだけれど、今日はもうさっさと寝てしまおうか。基本的に一人でいることが多いフランにとって、吸血鬼としての一般的な活動時間など目安程度に過ぎないのだから。

 

「やっぱりここにいたのね、フラン」

「うー? あー……お姉さま」

 

 自室に戻るために踵を返そうとしたところ、背後から声をかけられ振り返った。そこには予想的中とでも言いたげに腰に手を当ててこちらを見据える、見慣れた姉ことレミリアの姿がある。

 彼女はフランと顔を合わせると不意に訝しげに眉をひそめて、そっと歩み寄ってきた。

 

「こんないい夜だってのに、なんだかずいぶんと眠そうな顔ねぇ」

 

 少しだけ呆れたように、それでいてわずかに憂うような声音だ。

 

「調子が悪いの? それとも夜更かしならぬ昼更かしでもしてた?」

「どっちだっていいじゃない。ご覧の通り今の私はとーっても眠いのよ。おねむなの。早くベッドに飛び込んですやーってしたいんだから、話があるなら手短に済ませてくれる?」

「もうっ、つれないわね」

「私がつれなくないことなんてあったかしら」

 

 あいもかわらずつっけんどん。それでもレミリアはフランの調子が悪そうなことが気がかりならしく、フランが一瞬眠そうに瞼を閉じた隙をついて、すっとその額に手を添えた。

 

「あ、ちょっと」

「うーん。熱はないみたいだけど」

「……そりゃないでしょ。私たちは悪魔よ? まともな病気になんてかかるはずがないじゃない」

「そのまともじゃない病気だったら怖いから心配してるのよ。せっかく私のたった一人の妹なんだから、それくらいは許してほしいわね」

「ずっとおうちに引きこもってるっていうのに、そんなものにかかるわけないでしょ?」

「……そうね。もっともだわ」

「じゃあ私、もう行くから。おやすみなさい、お姉さま」

 

 早々に切り上げ踵を返し、今度こそ自室へ。けれど、すたすたと歩き始めたフランを呼び止める声がある。

 

「ねぇ、フラン」

 

 どうしてか、ほんの少しの鋭さを宿した声の色。けれどフランは襲ってきている眠気のせいで、その小さな雰囲気の変化に気づけなかった。

 

「……今度はなに? いい加減ほんっとうに眠たいのだけど。くだらないことなら明日にし」

「昨夜のお出かけは、楽しかった?」

「え、なんで……? あ、まず……」

 

 目を見開いて振り返る。けれどすぐに、その動作をしてはいけなかったことに気がついた。

 違う。感づかれていたわけじゃない。今のはカマかけだ。

 紅魔館内部の空間は咲夜の持つ能力によって相当拡張されている。しらみつぶしに探すことさえ不可能なほどに。そんな中で普段は一人でいるフランをたった半日いない程度で、本当にいなかったのだと断定できるはずがない。

 抱かれていたのはおそらくほんの少し疑念だけ。けれどフランがあからさまな反応をしてしまったせいで、そのわずかな疑いが確信へと変質してしまう。

 すぅー、と彼女の目元が鋭く細まっていく。それは姉としてというよりも、元来の吸血鬼としての、爛々と輝く妖しき鋭い眼だった。

 

「フラン。今の反応がどういうことか、きちんと説明してもらえるわよね」

「あ、え、ちが……い、今のは、えっと、その……」

「言い方を変えるわ。説明しなさい、フランドール。この私が納得できるように」

 

 決して逃がさない。フランを捉えて離さない瞳と意思はまるで一振りの鋭利な剣のようだった。

 そんな彼女の様相に、フランはただただかたまっていた。

 いたずらをして怒り心頭の彼女に叱られた時ですら、ここまで本気で真剣な顔をしたことはなかった。

 別に、怖かったわけじゃない。ただ、そんな姉の姿を生まれてから一度だって見たことがなかったから。レミリアはなんだかんだフランに甘かったから、こんなにも戸惑ってしまっている。

 

「フラン、私は何度も言いつけたはずよ。外に出ることは許さない、と。あれは冗談でもなんでもない。約束ですらない。あれはいわば悪魔としての契約なの。正式なものではなかったけれど、決して軽んじていいものではない」

「か、軽んじてなんか」

「それならどうして外に出たの? 覚えていなかった? 実際は軽んじていた? それとも、ばれなければいいと思った? 下手な言いわけは許さないわ。きちんと一つずつ、嘘も間違いもないよう隅々まで話してもらう」

「わた、わ、私、は……」

 

 どうしてか目の前が霞む。レミリアに詰め寄られ、まっすぐに睨まれて、さまざまな感情が混じり合っていた。

 後悔、確執、不安。他にも無数の感情が。

 

「さぁ、フラン」

 

 外へ出てはいけないことへの不満。どうして自分だけが外に出ることを許されないのか。

 内緒で外出しただけでこれほどまでに責められる理不尽。へたな出来心なんかじゃなくて、心の底から本気で出たいと願っているのに。

 フランはただ、初めてできた友達と一緒に遊びたいだけだ。

 なのに。それなのに、どうして自分の姉はこんな目で。

 

「…………ふざけないで」

「フランっ」

「っ、さわらないでよ!」

 

 レミリアの手を無理矢理に振り払い、彼女の鋭き眼に抵抗するようにフランも精一杯レミリアを睨みつけた。

 

「ふざけないで! 悪魔としての契約っ? 軽んじていいものじゃないっ? なによそれ! お前は好き勝手外に出ているってのに、他のやつらだって問題ないっていうのに、私だけはダメだっていうの!? おかしいっ、そんなのおかしいじゃない!」

「……だから何度も言い含めたでしょう? 外に出てはいけないけれど、それでもいいの? って。あなたは確かに肯定したはずだわ」

「だから私だけは外に出ちゃいけないって言うのっ? あんな……あんな、私が外で勝手なことをしたせいでお前が迷惑をかぶりたくないだけの、くだらない約束があるからっ!」

「それは、違うわ。私はそんなことのためにあなたにあんなことを言いつけていたわけじゃない。私は」

「ならなに? 自分が恥ずかしい思いをしたくないから? 同じ吸血鬼として私なんて外に出したら恥ずかしいから? 姉のくせに、家族のくせに、たった一人の妹のことも信じられないだなんて、そんなもの……!」

「違うっ。フラン、私はあなたのことをっ」

「黙れっ! そんなに私のことが嫌いなら、いらないって言うんなら、こんなところこっちから出ていってやる! もう二度と会うことなんてない……せいせいするでしょっ、お互い!」

「っ、待って、フランっ!」

 

 引き止めるレミリアを振り切っては右手を握りしめ、能力を発動する。さきほどまで外を眺めていた窓のガラスを窓枠ごと粉々に破壊し、そこへ思い切り体を投げ出した。

 全力で飛び去ろうとするフランを追いかけようとするレミリアが視界の端に映るものだから、フランはさらに右手を開閉する。出てきた場所とは違う窓を、庭の花壇を、時計塔の針を、一斉に壊した。追ってくるのなら容赦はしない。

 今は物だけだからよかったが、生物を壊される危険性を考慮したのかもしれない。レミリアは口惜しい表情をしながらもフランを追うのをやめた。

 それがまたどうしてか、むしゃくしゃとした。

 ただひたすらあてもなく空を全速力で駆け続ける。少し疲れて落ちついてきた頃には、いつの間にか昨夜こいしと一緒に訪れた森の上をふよふよと漂っていた。

 もう飛んでいる気力さえなくなってきて、徐々に高度が下がっていく。やがて地に足をついて、ふらふらとすぐ近くの樹木に寄りかかった。

 

「……なにしてるんだろ、私」

 

 外の寒さに当てられて、すでにさきほどまでの怒りは鳴りを潜めている。今はただ、でどころのわからない空虚感ばかりを覚えていた。

 ごろごろ、と。空高くでなにやら蠢く音がする。

 見上げれば、さきほどまで晴れ渡っていたはずの空に、今はずいぶんと薄暗い雲が影を差していた。このままではそう遠くないうちに雨が降ってくるだろう。

 館に引きこもっていた頃までなら気にしなくてもよかったのに、本当に煩わしい。

 

「早く、行かないと……」

 

 ……行くって、どこへ?

 もう紅魔館には帰れない。あれだけ啖呵を切って戻ることはできないし、仮に戻ったところで、きっと今度こそ地下室に本当の意味で幽閉され二度と出られることはない。

 ……どこでもいい。とにかくどこか、雨をしのげるところへ。

 

「そうだ、こいしと一緒に肝試しに行った廃館……」

 

 ふらつきながらも足を進める。けれど森の道はひどく複雑で、一度訪れた程度では目的の場所にたどりつける気配なんてまるでなかった。

 そうしてさまよっているうちにやがて、ぽつり、と頬に雫が落ちてくる。それは確かめるまでもなく、雨の降り初めの一滴だ。

 次第に頻度を増していく水滴が頭の上にも落ちる感触がして、その時にようやく、いつもかぶっていた帽子がいつの間にかなくなっていることにも気がついた。紅魔館を飛び出した時にでも落としてしまったのかもしれない。

 

「散々だなぁ……もう」

 

 本当は、こんなことをしたかったわけじゃないのに。

 ……それなら本当は、いったいなにをしたかったのだろう。レミリアに、なんて伝えたかったのだろう。

 ふるふると首を横に振る。

 もう、そんなことを考える必要はない。だってもう二度と、会うことなんてない。

 あぁ、本当に、これからどこへ向かおうか。

 

「――っとと、降り始めてきたな。いやぁ、早めに切り上げといてよかったな。これなら本降りになる前に帰れそうだ。へたすりゃびしょ濡れになるとこだった、ぜ……?」

 

 急に背後からどこかで聞いたような声がして、思わず、えっ、と振り返っていた。

 目と目が合う。黒白の魔法使い。白いエプロンと黒の三角帽がよく似合う人間の魔法使いこと、霧雨魔理沙と。

 え? なんでこんなところに?

 こんな森の中で魔理沙に遭遇するだなんて思いもせず、ぱちぱちと目を瞬かせてしまった。

 

「はっ? えっ? な、なに? なんで? あれ? なんでお前が外にいるんだっ? えっ、なんで? なんでなんだ? な、なんでだ?」

 

 驚いたのは魔理沙も同じ、というかあちらの方がはるかに動揺した様子で、幾度となくなんでなんでと連呼しては瞠目していた。レミリアに外出が禁止されているはずの問題児が急に目の前に現れたのだからしかたがない部分もあるが、さすがに驚きすぎである。

 けれど、冷たい小雨のおかげか、少しずつ頭が冷えて冷静さを取り戻してきたようだ。一度大きく深呼吸をすると、彼女は困ったようにがしがしと頭を掻き始めた。

 

「あー、なんだ……状況がよくわからんが……お前、泣いてるのか?」

「……別に、泣いてなんかない」

 

 気まずそうに話しかけてくる態度がちょっとだけ気に入らなくて、そっぽを向く。

 

「でも目から涙たれてるぞ」

「雨だもん」

「いやでも目元とか赤いぞ」

「さっき目のところ自分で思い切りぱんって叩いただけだから」

「それはそれで奇行すぎる……」

 

 意地を張って口を尖らせるフランに、魔理沙は小さく肩をすくめてみせた。そしてそれとなく歩み寄ってくると、なくしたフランの帽子の代わりに自分の帽子をかぶせてくれる。

 

「まぁ、あれだ。雨降ってるしな。吸血鬼ってのは流水が苦手なんだろ? とりあえずうちに来るといいぜ。雨宿りくらいはさせてやる」

「うちって、こんな森の中にあるの?」

「ああ。なんだ、レミリアとかパチュリーとか、あの館のやつらから聞いてないのか?」

「お姉さまの……あいつの言うことなんて話半分にしか聞いてないし。パチュリーともたまには話すけど、世間話なんてしたことないわ」

「お前ほんとに孤立してんだなぁ。まぁいいや。ほら、来るならさっさと行こうぜ。吸血鬼じゃなくたってびしょ濡れになるのは嫌なもんだ」

 

 すたすたと先を歩き出す魔理沙の背中を、少しだけ悩んだ後に早足で追いかけた。どうせ他に行くところなんてない。招いてくれるというのなら願ったり叶ったりだ。

 雨の中を歩くのは結構な精神的苦痛だったが、魔理沙が貸してくれた帽子のおかげで多少は不快感を和らげることができた。

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