どうでもいいですね。うさぴょん⌒(╹ x ╹)⌒
ようやく大手を振って外での活動ができるようになった妹同盟の二人のおはなし。
レミリアとのすれ違いから生じた仲違いを解消して早十数日。フランの生活は一変していた。
というようなことはあまりなかった。
一人で外出できる許可をもらいはしたが、今のところフランの興味はもっぱらこいしと遊ぶことにある。活動可能範囲に館の外が加わったところでこいしがいないのでは遠出する意義を見いだせず、出かけるにしても紅魔館のほんの近くを散歩するくらいだった。
気兼ねなく外に出かけられるようになったからか、普段抱いていたレミリアへの不満、いわゆるストレスはほぼ完全に解消されたものの、様変わりと言うほどには変わっていない。
「え? 私のうちに来てくれるの? 来てもらってばっかりじゃ悪いからって? うーん……嬉しいと言えば嬉しいんだけど、実は私、普段は家にはいないんだよねぇ。いっつもふらふらーっとその辺歩いてるだけだから」
むしろ外に出ることというよりも自分からこいしに会いに行けるようになることこそがフランの本当の目的と言って差し支えなかったのだが、当の本人はこれである。
紅魔館。そのとある一室にて、隣り合った二つの机とイスに二人して座っていた。さながら小さな学び舎の仲良し生徒二人組のような構図である。
「普段はいないって、それいつもはどうやって休んでるの? いくらこいしでも遊び疲れる時くらいあるでしょ」
ふらふらー、ふらふらー。突如立ち上がったこいしが奇妙なダンスを踊り始めても、もはやフランはいつものことだと気にも留めない。彼女が唐突に意味不明な行動を起こすのは日常茶飯事だ。この程度でつっこんでいてはキリがない。いい加減学んだ。
「そう言われてもねぇ。疲れなんて意識したことないし。それに私って無意識の妖怪だからいろいろ忘れっぽくて。体の自由もそんなにきかないしー? 何日外にいたか忘れちゃうこともしょっちゅうだもん」
「……大丈夫なのそれ」
「へーきへーき。それにね、たまにだけどちゃんと家に帰ってすぴーって寝てる記憶もかすかにちゃんとあるから。まぁでも基本的には外にいるかなー。だから悪いけど、うちに来てもらってもお出迎えとかはできないんだ。ごめんねぇ」
「それならしかたないけど……その忘れっぽいのとか体の自由云々とかってどうにもならないの?」
「無理無理。無意識だもん。勝手にそうなっちゃうのよ」
「軽く言うわね。自分の体の自由がきかないとか私ならそんなの絶対嫌だわ」
「私もそれだけ強く思えたら体の自由くらいきくんだろうけど、そうじゃないから無意識の妖怪なわけですよ。はい」
「ふーん……お前も大変なのね」
「そうです、大変なのです」
しかし体の自由がきかないとなれば、普段の奇天烈極まる奇行の数々はその産物なのだろうか。だとすれば割と納得できる……か?
……いや、普通はどんなに無意識下だろうと突然踊りだしたりなんてしない。やっぱりただ単にこいしが変なだけだ。
「あ。フランフラン、なんか体の自由がきかないって聞くと、痺れ薬を飲まされたみたいなシチュエーション想像しちゃうよね」
またなんか変なこと言い出した。
フランは肩をすくめ、「それはお前だけ」とじとっとした目線でこいしを見やる。
「フランも痺れ薬飲んでみたら私の気持ちがわかるかもしれないよ?」
「なんでそんなもの好んで飲まないといけないのよ。第一そんなことしたら動けない間、お前になにされるかわかったもんじゃないわ」
「むぅ、信用ないなぁ。フランが嫌がることなんてしないわ。なんたって我がシスターアストラルゲートの大切な仲間だからね」
「アライアンスね。じゃあちょっと私が痺れ薬飲んで動けないところ想像してみてよ」
「身動き取れず倒れてるフラン……なんとか同人みたいなことしてほしいのかな?」
「やっぱり信用できないじゃない」
「よいではないかー、よいではないかー。あははー」
くるくるくるり。機嫌よさげにこいしが回る。機嫌が悪いところなど見たことないけれど。
なんとなく、フランもこいしが痺れ薬で動けなくなっているところを想像してみた。
真っ先に浮かぶのは、こいしのようにいたずらをしようという思考よりも、そういう動けない状況下でさえ楽しんでいそうな彼女の笑顔だ。ついでに「フランに襲われるー!」と騒ぎ立てるまでワンセット。
そこからフランはいたずらよりもなんだかんだ彼女の看病でもするんじゃないかと思う。ただし、その対象がレミリアだったなら顔にラクガキなどのいたずらが先に来る。
こいしは今はふざけてはいるけど、いやいつもふざけているけど、実際にフランが動けないような状況下になればちゃんと心配してくれる……と思いたい。
……してくれるよね? してくれる……はずだ。たぶん、いやきっと、おそらく心配くらいは……でもこいしだし、本当に変なことしてきそうな予感も……いやでも、うーん。
「なに変な顔してるの?」
「ん、あー、別に。っていうか変な顔とかいつも変なことばっかりしてるやつに言われたくない。ただ、こいしは普段の言動から改めた方がいいかもねって思っただけ」
「うーん、そっかぁ。私も最近喜びの舞いは逆回転の方がいいかなーって悩んでたんだけど、やっぱりフランもそう思う?」
「それはきっと横回転じゃなくて縦回転の方がいいと思うわ」
「わっ、さすがフラン! 目のつけどころが違うわっ」
「褒められてるのか煽られてるのか……」
仮にこれで褒めてるなどと答えられても反応に困る。まるで嬉しくない。だとしたらどっちでも結局変わらないか。
こいしが本当に縦回転の練習を始めようとしていたので、袖を引っ張ってきてさっさと止めた。空中でふわふわと浮きながら前転しまくられても反応に困る。
こいしの相手もほどほどに、ちらり、と時計の針を確認する。
時間はそろそろなのだけど、まだ来ないのだろうか。一緒に待っている相手がこいしだから退屈はしないにせよ、少し待ちくたびれた。
「ねーフラン、下見行こうよ下見ー。今日は森でかくれんぼしようっ」
「あの森毎日地形変わるし広すぎるってば。どっちも見つからず飽きるのがオチよ。そもそも今日は外じゃ遊べないって言ったでしょ?」
「そうだっけ? っていうかなんで私たちこんなとこでおとなしく座ってるんだっけ?」
「お前はもうとっくに座ってなんかないけどね……っていうか、ほんとに忘れっぽいのねぇ。まるで妖精みたい」
「ふふんっ、でしょでしょっ? ……あれ、褒められてない? なんか今バカみたいって言われた気がする……」
「自慢げに肯定してから気づくことじゃないわね」
「むむー。私はバカじゃないやいっ」
「バカはみんなそう言うの」
真顔で返してやると、こいしは不満そうにぷくーっと頬を膨らませていた。
いたずら心が働いて、そのもっちりとした頬を素早く指でつつけば、ぷしゅーっと空気が抜けていく。むすっとしたこいしがフランに同じことをしようと手を伸ばしてくるが、その手には乗らない。
座ったままでは分が悪いので、立ち上がり気味にこいしの手を躱し、後退した。見た目は相当幼いにせよ、吸血鬼は幻想郷のパワーバランスの一角を担うほどの妖怪だ。元の身体能力や動体視力に差が存在する以上、こいしの力ではなかなかフランを捕まえられない。
「むーっ、待ちなさいよー! ほっぺっ、私にもほっぺ触らせてー!」
「あははっ、待てと言われて待つバカはいないってね。あぁ失礼、バカならちょうど目の前にいたわねぇ。くふふ」
「むぐぐー!」
ひらひらと舞うようにしてこいしを翻弄する。あと少しで掴まると言ったところで、ひらりと横に躱す。フランが本気を出せば部屋の隅から隅までほんの一歩でたどりつけるけれど、ギリギリを演じた方がこいしを煽るのにちょうどいい。
と、余裕ぶってはいられたのも初めのうち。
こいしは無意識の妖怪だ。その行動はほとんどすべてが無意識において行われる。ゆえに予測ができない。予備動作もなにもなく、どこからともなく意識していなかったところから唐突に手が伸びてきたりなどということも多々あった。
吸血鬼の動体視力を頼りになんとか避け続けてはいるものの、少しでも気を抜けば掴まる可能性もじゅうぶんにある。もちろん、身体能力の為せるがままに延々と距離を取れば絶対に捕まりはしない。けれどそれではつまらない、というかなんだか負けたような気がして、意地でもこいしを翻弄しながら部屋中を逃げ続けた。
「ふんむ、ほっ、とりゃー!」
「わっ、ととっ! あはは、その程度じゃまだまだ捕まらないわよっ」
と、部屋の扉の前までやってきたところ、不意にその扉が開かれる。
「って、わ、わわっ!?」
予想外の事態で一瞬動きが止まったところをこいしにほんの少し押されてしまい、空いた扉の方へと体がよろける。バランスを取れずそのまま倒れるかと思い、衝撃に耐えようとぎゅっと目をつむったが、代わりに訪れたのはぽすんっと誰かに抱きとめられたかのような感触だった。
「おっと……こらこら、部屋の中で走り回ったら危ないじゃないか」
「あ、えっと、ごめんなさい?」
真上から聞こえた、少し叱りつけるような声。知らない声音だったので首を伸ばして声の方向を見上げれば、やはり知らない顔の女性がフランを見下ろしている。
その女性は、目をぱちぱちとさせるフランの頭を帽子越しに優しく撫でては小さく頷いた。
「うむ、よろしい。これからはちゃんと気をつけような。こうして誰かにぶつかるかもしれないし、転んで怪我なんてしたら大変だ。まぁ君は妖怪だからすぐに治るんだろうが、痛いことには変わりない。そっちの胸の辺りに目が浮いてる君もだ」
「たわし?」
「それは掃除用具だな」
最後にフランの頭をぽんぽんと撫でて、女性はフランから離れる。
そこで初めてその女性の全身を認めることができた。
フランを抱きとめることができただけあって、その身長は人間の大人ほどには高い。腰に届くかというほどの銀色の長髪には青色のメッシュがかかっていて、少し神秘的な美しさを感じさせる色合いだ。衣服は帽子からロングスカートまで基本となる色はすべて青で統一されている。帽子や胸元の赤いリボン、それからスカートの白いレースがチャームポイントと言ったところだろう。
なんとなく、この紅魔館のメイド長である十六夜咲夜を連想させた。彼女もメイド服、つまりは青色の服を正装としていて、紅魔館の中では二番目程度に外見年齢が高く銀色の髪をしている。けれどあくまで彼女は未だ少女の風格を出ることはなく、目の前に立つ女性はもっと大人の女性と言った雰囲気を存分に纏っていた。
「えっと、あなたは?」
「ん、あぁ。私は上白沢慧音。人間の里で寺子屋を開かせてもらっている、しがない獣人さ」
「おー、先生だっ!」
「そう。先生だ」
先生! 先生! と叫んでいるこいしは置いておいて、こいしとのじゃれ合いに夢中ですっかり忘れかけていたこの部屋にいる理由を思い出す。
フランはレミリアと仲直りをして、外出する許可をもらった。そしてそのために課された条件が人間や妖怪、幻想郷など館の外にある世界のことを学ぶこと。
ただ学ぶだけならば本を読むだけでも問題ないが、それでは確実性に欠ける。誰かに見てもらった方が手っ取り早く、また学んだ内容がきちんと把握できたのかも確認しやすい。
そういうわけでレミリアが手配したのが人間や妖怪、幻想郷の歴史に詳しい家庭教師。つまり、この上白沢慧音だった。
これまではその家庭教師への依頼やらなにやらで時間が空いていたけれど、レミリアとの約束で、今日からは定期的にこうして授業を受ける時間が儲けられる。今日がその初日、つまりは慧音との顔合わせの日だった。
吸血鬼の家庭教師だと言うから屈強な妖怪を想像していただけに、実のところちょっと戸惑っている。慧音から感じられる力量はそう強いものではない。おそらく保有する妖怪としての能力もまた戦闘向けのものではないだろう。
「あなた、慧音だっけ?」
「む、呼び捨てはよくないな。確かに君の方がはるかに年上だろうが、仮にも私は君の先生になる。名前の最後に先生をつけるように」
「じゃあけーね先生。けーね先生って全然強そうじゃないけど、平気? 私のこと怖かったりしない?」
「怖い? なぜだ?」
「だって私のうちに来てるってことは私の噂くらいは当然知ってるんでしょ? 情緒不安定でいつ怒り出すかわからない狂気の妹ー、みたいな。実際私にかかればけーね先生くらい一捻りだし」
「あぁ、まぁ。そういえばそんな話もあったな。半分聞き流していたから忘れかけていた」
「忘れかけてたって……なんていうか、自分の生き死にに関わることだってのにずいぶんとのんきな対応ね」
「そんな大げさな話でもないだろう。確かに噂も来る途中耳にしはしたが、それ以前に君の姉からも君自身の話は聞いていた。あれはなかなかに妹思いの姉だな。少し誤解していた」
「ふぅん。まぁ怖くないって言うんならいいけど。ずっと怖がられてちゃまともに教えてもらえないしね」
そう返したフランに、慧音は少し驚いたように瞠目していた。
「ふむ……教える相手が妖怪だからと面白半分で授業を受ける態度も考慮していたが、思っていたより真面目に学ぶ気があるようで安心したよ」
「ちょっと。それはさすがに失礼すぎない?」
「ははは、悪い悪い。先入観を持ってしまうのは私の悪いクセだな」
謝りつつ、慧音はすたすたと足を進めた。立ち止まったのは少し前までフランとこいしが座っていた机とイスの少し前、この日のために用意された黒板と教卓の間である。
「ほら、二人とも早く席につけ。初日だから大したことをするつもりはないが、まずはお互い自己紹介くらいはしておこう。親睦を深めるのは大事だぞ」
「二人って、私も?」
こてん、とこいしが首を傾けている。慧音はフランの家庭教師だから本来ならこいしは関係ない。
けれど慧音はもちろんとでも言いたげに大きく頷いてみせた。
「依頼主、まぁここの主の吸血鬼なんだが、彼女からは妹が誰かと一緒にいたならそれにも教えてくれと言われている。一人くらい増えたところでどうってことないよ」
「わっ、やったっ。フランと一緒にお勉強だー」
「そもそも机とイスがすでに二人分用意されている辺り、あの吸血鬼も初めからそのつもりだったみたいだがね」
お勉強お勉強と嬉しげなこいしに手を引かれ、最初に座っていた席へ戻る。
二人が座ったことを確認すると、慧音はこほんと一度咳払いをした。
「さて、私からだな。すでに言ったが、私は上白沢慧音。人間の里で寺子屋を営んでいる、しがない
「せんせーっ、はくたくってなんですかーっ」
片手をぴしっとまっすぐ上に伸ばしてのこいしの質問。人間の子どもの真似でもしているつもりなのか、口調も大分幼い。
聞き方はともかく、質問の内容自体はフランも気になっていることだ。じっ、と慧音を見つめて回答を催促する。
「白沢は牛の妖獣だな。魑魅魍魎の類に詳しい頭のいい妖獣だ。かつて人間に知識を授け繁栄を促したことから聖獣や神獣ともされる。いわば人間の味方に近い妖怪と言える」
「けーね先生はその白沢の妖獣ってわけね」
「ん? あぁ、いや。それは少し違うな」
「違うの?」
「私は獣人、つまりは半人半獣だ。要は妖怪の一種なわけだが、獣人は完全に獣の妖怪である妖獣と違って人間の要素が強い。というより普段の力は普通の人間と大して変わらないんだ。そうだね、少し違うが、特定の条件下でのみ妖怪化してしまう呪われた人間とでも言った方がわかりやすいかな。私の場合、満月の夜にのみ白沢になるワーハクタクというものだ」
「ふぅん。そんなのもいるんだ」
「フランってやっぱり箱入りなんだね。こんなことも知らないなんて。これなら私の方がいっぱい知ってるよ」
「ここぞとばかりにバカじゃないことをアピールしようとしなくていいの」
それよりもっと気になることがある。慧音は自分を妖怪の一種だと言ったか。
「ねぇけーね先生。質問なんだけど、人間の里ってそんな妖怪が堂々と暮らせるようなとこだっけ? っていうか妖怪が寺子屋なんか開いたって人間なんて誰も集まんないと思うんだけど、そこのところどうなのかしら」
「ふむ、そうだね。確かに一部を除いて妖怪は人里をそう堂々とは出歩けない。と言っても、さっきも言った通り獣人は人間と大して変わらないんだ。寿命だって普通の人間よりちょっと長い程度だからね。獣人としての力を使って人の生活を手助けしたりすることもあるくらいだ。あくまで妖怪だからたまに多少避けられたりすることもあるけれど、忌避されるほどではないさ。私の妖怪としての部分である白沢が人間に友好的な性質だというのも大きい」
「ふーん。じゃあダメ元で聞いてみるけど、私が里を堂々とぶらつき回るのは?」
「ダメに決まってるだろう。君は純粋な妖怪、それも悪魔、吸血鬼だ。せめてその特徴たる牙と翼くらいは隠して人間のふりをしてくれなければな」
「ふりをすれば入ってもいいの?」
「いやまぁ、人間の味方としての立場からは入ってもいいとは大声では言えないけれど……実際の話、多くの人間が気づいていないにせよ、天狗や狸なんかの妖怪が人間のふりをして紛れ込んでることなんて日常茶飯事だ。妖怪ウサギなどに至っては変装もなしに普通に馴染んでるしな。入っていいとは決して言えないが、問題も騒ぎも起こさないのなら私から言うことはなにもない」
「ふぅん。今度変化の練習でもしておこっかな」
「そんなことしなくても私と一緒なら誰にも見つからないわよ?」
「そしたらお店でなにか買ったりとかできないでしょ。盗むわけにもいかないし」
別に盗むこと自体に心が痛むのではなく、盗んだことが問題になって目をつけられるのがダメなのだ。食べ歩きなどしていろいろ楽しみたいのなら、やはりこそこそとするのではなく堂々と出歩ける手段が欲しい。
「さて、私のことはこんなところか。君の名前はもう聞いているが、まだ直接聞いてはいないからな。自己紹介を頼む」
慧音に指名されたのは本来の教育対象、フランドール。フランは頷いては自分の胸に手を置いた。
「私はフランドール、フランドール・スカーレット。フランでいいわ。この紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹よ。今日からよろしくね、けーね先生」
「あぁ、よろしく頼む。フラン」
「……え、それだけ? フラン、それじゃつまんないよー。もっとなにか言おうよ。ほら、たとえば好きな人とかっ。具体的には『こ』から始まって『し』で終わって真ん中に『い』が入る三文字の名前の!」
「それはきっと好きな人ってよりなにかと騒がしいやつ」
「もうっ、フランはあいかわらず照れ屋のツンデレさんだなぁ。前にも言ったと思うけど、ツンデレは今時流行んないんだよ? 最近は素直な子の方が需要あるんだって。そう、私みたいな! 私みたいなっ!」
「お前が素直かどうかはともかくとして、私はツンデレじゃない」
「ツンデレはみんなそう言うんだよ」
なぜか真顔で返される。
「はいはいそこまでだ。次はそこの元気いっぱいな君、自分のことを話してくれるか?」
「ふっふっふ、おまかせあれ! 私の名は古明地こいしっ! いずれこの幻想郷を統べるシスターアスキーアートが一人、古明地こいしである! ふはははー!」
「こいしか。君は……なんて言えばいいのかな。最初に顔を合わせた時から思っていたが、なんというか……変わっているな」
「はっ!? 私の常人とは一線を画した精神性が一瞬で見抜かれた……あなた、ただものじゃないね!」
「いやまぁただものというか、先生なんだがな」
こいしは初対面の慧音が相手でもなにも変わらない。いやむしろ変わらないから無意識なのか。人によって態度を変えるようなことはなく、ただひたすらにありのまま。見方によっては魅力的に映るかもしれない。
慧音もそんなこいしに悪い思いは抱いていないようで、いちいち大げさにリアクションを取るこいしに、いわば出来の悪い生徒を眺めるかのような視線を送っている。
悪い意味ではない。出来の悪い子ほど可愛いとも言う。そういう、若干あきれつつも嫌ってはいない、むしろそれなりに気にかけている、そんな視線だ。
「さて、自己紹介はこんなところだな。特になにもなければこれからの授業の説明でもしようと思うんだが、なにか質問とかはないか?」
「あ、じゃあ」
「なんだフラン。遠慮なく言っていいぞ」
「けーね先生って人里で寺子屋をやってるのよね。それで私の家庭教師もやってって、忙しくないの?」
「あぁ、なんだそんなことか」
嫌でやってるんじゃないか、と暗に問いかけたつもりだったのだが、そんなことは慧音にはバレバレらしい。彼女はフランを安心させるように小さく微笑んだ。
「私はここのメイド長を通して依頼をされたんだが、その時にもらった資料によると、フランは今までずっと地下室で生活してきたせいで外の常識をよく知らないそうだね」
「うん、まぁ」
「吸血鬼のように強力な妖怪をそんな無知な状態で野に放つわけにもいかないだろう? 今後の人間の里の安全も考慮すると、私が直接教えた方が安心できるというものだ」
「……私をコントロールするために引き受けたってこと?」
「初めはそのつもりだった。が、こうして顔を合わせた今では違う気持ちの方が強い。私も妖怪とは言えしょせんは人間に近い獣人だ。こうして先生と慕ってくれる勉強意欲が高い生徒を前にすれば、おのずとこちらも教えたい気持ちになるものさ」
「それなら別にいいけど。でもそれ、大変なのは変わりなくない?」
「多少はな。けど、それこそフランの気にするようなことではないよ。これは私が好きでやっていることだし、なによりこの仕事は報酬がいい。これで得たお金を寺子屋の設備の充実に当てれば授業も捗るというものだ」
「仕事で得たお金を仕事場の設備に当てるって、なにか間違ってないかしら」
「間違ってはないさ。私が教える生徒たちに笑顔になってもらえれば私も自然と嬉しいものだからね。だからしょせんこれも自分のためだよ」
「お人好しねぇ。まるで妖怪とはかけ離れた思考回路だわ」
「獣人の精神は妖怪というよりも人間だからな。そんなものだよ」
「人間っていうより、むしろ聖人みたいだけど。半分が聖獣だからかしら」
「褒め言葉として受け取っておこう」
他は特に気になることも質問もなく、しばらくすると慧音による今後の授業の説明が始まった。
上白沢慧音。人間の里に住まい、人に慕われながら、妖怪にも理解のある人間寄りの妖怪。なるほど、人間と妖怪が共存をする幻想郷において、それについて語るのにこれほどふさわしい教育者は他にいないだろう。
定期的に授業を受けなくてはいけないというのは、本音を言えば若干面倒ではある。しかし、こうしてこいしと一緒であるならば割と楽しくやっていける気がした。
もっとも、毎度こいしがいるとは限らないのだけど。