Fate/Grand Order -flowering night- 作:紅劉
女の話をしよう。
誰よりも高みを目指し、約束を果たすと誓った女の話を――
女はひたすらに、前だけを見てきた。
何に対しても見向きすることなく、横道に逸れることもなく、一人で荒野を歩いていく。
一番になる。
ただそれだけのために。
誰もが一度はその理想を求めただろう。
勉学でも武術でも、しかし現実を見ればそれは余りにも眩いものだ。
故に、断念するものだ。自分では頂に至れないと、諦め、摩耗し、胸に抱えた理想の自分を捨てていく。
だが、その女だけは違った。
己を捨てた。
――――――己を捨てた。
――――――――――――己を捨てた。
はたから見れば愚かなのかもしれない。その在り方は間違っていると糾弾されるだろう。
だがこれが、彼女の望んだことであれば、幸せであるならば、止めることはあってはならない。
女の天秤は酷く傾く。
片方の計り皿は伸し掛かったその重さに耐え切れず今にも亀裂が走りそうな程に。
女は捨て去ることもなく、顔色一つ変えることもなく、前だけを見据える。
そうして、女が通った後には冷えきった小さな欠片が零れ落ちていた――。
一を斬った。
――――――十を斬った。
――――――――――――百を斬った。
暗い暗い闇夜の舞台。月は雲隠れし光を頼りに出来ないこの戦場に駆り出た女の姿は、まさしく夜叉そのものだった。
紅蓮の甲冑を腕腰に纏い、翠緑から深紅に移り変わるマフラーが荒々しく靡く。五感を研ぎ澄ませ、虎の如く縦横無尽に駆け回る。
女が携える得物は大剣に銃の要素を組み合わせた大型のガンブレード。両手で構え、柄を力強く握りしめる。
重い腰を落とし下段の構えを取り刀身を後ろに流し、機が熟せば押し寄せる敵を無情に斬り上げる。同時に灼熱の焔が渦を巻いて周囲を悉く焼き払う。その場にあるもの全てを破壊するかのような奔流が吹き荒れる。
蹂躙だった。敵わないと恐れ慄き逃げ惑う敵すら躊躇いなく、不要となった紙を破り捨てるように女は斬った。
風が唸る。踏みしめた足が地を蹴った後には、枝分かれした敵が死を悟る前に消滅していく。もはや戦地に立ち尽くす姿は女のみ。しかして、その勇姿を称える者は誰一人としていない。
たった一人、毅然とした佇まいで夜空を見上げる夜叉には付き添う者も、従える者も隣に立つことは未だにない。
友がいないわけではない。孤高であるためでもない。
友情もある。仲間もいる。そして――――――――――姉がいた。
静かに呼吸を整える。燃え上がった炎は既に鎮火し、寒空の下で女はもう一度息をついて戦地を見渡す。
薙ぎ倒された木々、無数の屍、焼け焦げた跡、灰になった小さな花。
決して居心地が良いわけがない。自らが抉ってしまった爪痕を罪と捉えても後悔することはない。
褒められるために戦うのではない。見返りを求めるために戦うのではない。
国のために戦うのではない。人々のために戦うのではない。
世界を守るためでもない。
では何のために?
「一番になるために」
約束を果たすため、天命にも等しい呪いを女は帯びている。人は目的のためならばどんな手段でも執り行う。
そこに代価が、犠牲が必要だと分を弁えているから。歴史がそれを証明している。であれば罰せられることもない。
女は自らの行為を正しいと信じて疑わない。それが姉のためなのだからと。約束を破ることはすなわち、自身の存在意義の否定にして姉の拒絶。
故に破却することは許されない。免罪符など求めはしない。
夜は長い。またいつ襲撃に見舞われるかわからない。軽く埃を払い落とし大剣を背負った彼女は再び歩き出す。立ち止まることはないその足で悠々と、しかしどこか重い足取りで女は戦場を後にした。
其は置いていかれた残り華。大切な思い出を胸に抱き、約束した誓いを果たすべき者。
花騎士――――モミジ。
×
人理継続保障機関フィニス・カルデア。人類の未来を語る資料館、通称カルデアと呼ばれるこの機関は標高6000メートル、雪山の地下に造られた地下工房だ。時計塔天文科を牛耳る魔術師の貴族、アニムスフィア家が管理しており人類絶滅を未然に防ぐ為の各国共同で設立された特務機関。
この地下工房で彼女、マシュ・キリエライトはとある一室の前に立っていた。両手に2つの淹れたての紅茶を持って入室する。
自動開扉され、マシュの目に最初に映ったの彼女が最も信頼し最も多くの困難をともに乗り越えてきた先輩、藤丸立香だ。
時刻はとうに午後を過ぎているというのに彼は未だ毛布を被り静かに寝ている。気持ちはわかる。
外は晴れ晴れと太陽が照り続けており、太陽を遮る雲すらないこの清々しい青空のもと、昼寝をすることは是非もないことだろうと。
しかしここは地下工房。日光すら届かないこの部屋で、冬眠する熊のように太々しく寝るとはいただけない。
仮にもマスターなのだ。主が規律を守らずしてどうすると、マシュは紅茶をそっとテーブルに置き、藤丸の前に佇む。
起きる気配を微塵も感じさせない彼を強制執行で目覚めの儀式を執り行った。毛布を力任せに剥ぎ取り、枕を一気に引き抜く。
エンジンがフル回転するように藤丸の体は宙返り高速スピン。当然受け身が取れることもなくベッドにダイブ。
そのあまりの衝撃に目を覚ました彼に襲い掛かったのは身に覚えのない痛みだった。
「おそようございます先輩。昼ですよ」
「お、おそようございマシュ・・・」
どこか吐き捨てられるように挨拶を交わす彼女に、先輩足る藤丸は痛みに悲鳴を上げることよりも背筋に寒気を覚え、振り返ることが出来ぬまま挨拶を返す。
殺気みたいなオーラすら感じ取った彼は何とか鎮めようと作り笑顔で話を持ち掛ける。
「ど、どうしたんだいマシュ。顔が、顔がなんか怖いよ?」
「そうですか? いえ、私は先輩の怠惰な在り方を治そうとしたまでですよ。
先程の先輩の姿をナイチンゲールさんやエミヤさんに見せたらどうなるか、先輩ならきっとおわかりになるでしょうネ」
まるで死刑宣告。ギロチン台に設置されて生死がマシュの手に握られているようだ。
「す、すみませんでしたぁ!!」
この場合、正直に謝るのが正しい。マシュも鬼ではない。誠心誠意、心を込めて謝罪すれば理解してくれるだろう。
「と、今の先輩は思っているかもしれませんが、今回は心を鬼にします。詠みがハズレましたね先輩」
マシュは手にしたブザーを鳴らしテーブルに置く。その音に反応し、ものの数秒で駆け付けた看護師とおかんは藤丸に正座するよう言いつけ、数十分ひたすら叱りつけられた。
「マシュ、覚えとけよ」
「そうですね。私も少しやり過ぎました。そこは素直に反省しています」
説教が終わり、再び2人だけの時間が流れる。
「そういえばマシュは何しにきたんだ?」
「私ですか?そうでした。こちらをどうぞ先輩」
テーブルに放置してた紅茶をベッドに居座る藤丸に手渡す。既に冷え切り、立ち昇っていた湯気すら見る影はどこにもない。
「マリーさんから譲っていただいた紅茶なんです。
林檎と薔薇をブレンドした自慢の一級品だとか。
冷めてしまっていますし淹れ直しに――」
藤丸からカップを受け取ろうとすると、彼はどこか穏やかな笑みを浮かべて呟いた。
「いや、このままでいい」
「――――先輩?」
藤丸は思い出した。紅茶を見た時、あの運命の出会いを昨日のことのように。
――『はーい、入ってまー―――って、うぇええええええ!? 誰だ君は!? ここは空き部屋だぞ、ボクのさぼり場だぞ!? 誰のことわりがあって入ってくるんだい!?』
彼、ロマニ・アーキマンもまた飲んでいたのだ。誰に邪魔されることなく当然の如く仕事をさぼって。
多めに盛り付けられた苺のショートケーキを頬張り、自分で淹れた熱い紅茶を悠々と。
偶然にも藤丸はその場に居合わせてしまった。思えばあれは必然だったのだろうと痛感する。
ほんの僅かな時間過ごしたあの時、ロマニ、いや、Dr.ロマンは藤丸にコーヒーを淹れてくれた。
――『所在無い者同士、交友を深めようじゃないか』
まだ新参者である藤丸を彼は受け入れ、コーヒーで乾杯しカルデアについて教授してもらったことはごく普通に思えるかもしれないが、今となっては藤丸にとってかけがえのない大切な思い出なのだ。
紅茶から漂う酸味がかった甘い香りを満喫し、ゆっくりと飲み干す。今あるこの時間も彼がいたからこそあるもの。ならば、彼の分まで楽しまなくては。今あるこの瞬間を、大切に。
「おかわりいいかな?今度はもう一つカップを増やして」
「先輩・・・了解です。ただいま持って――」
カップを受け取ったマシュが部屋を後にしようとした時、着信音が響き渡る。
ブザーではなく、藤丸が手首に装着している通信機から同じリズムを刻んで鳴り続ける。
この和やかなムードで横やりを突くのはどこの誰かと着信相手の表記を見ると彼はため息をついた。
ダ・ヴィンチちゃん。つまりはレオナルド・ダ・ヴィンチ。
知らぬ者はいないだろう。画家にして万能の天才と謳われた彼、いや、彼女こそ現カルデアの全指揮権を握る召喚英霊第三号。
藤丸たちとともに魔神王ゲーティアによる人理焼却を阻止した頼れる英霊。今やDr.ロマンが不在のカルデアではこのダ・ヴィンチがリーダー的立場を取り仕切っている。
そんな天才リーダーからの通話を断るわけにもいかず、藤丸は渋々通信を受け入れた。
通信機からモニターが映像として表示される中、ウェーブかかった黒髪の長髪をした女性が笑顔でチャオチャオ~と手を振ってくる。間違いない、ダ・ヴィンチちゃんだと藤丸は額に手を当てる。
『ヤッホー、起きてたかい藤丸?』
「起きたというより起こされたんですけどね。それで、用件は何ですか?」
『大至急中央管理室まで来てくれ。
ここで説明するより直接見てもらったほうが早いからさ。あとマシュは来なくて大丈夫。用があるのは藤丸だけだからネ♪』
それじゃまた。意気揚々と指パッチンして通話を切った彼女に藤丸はどこか寒気を覚える。きっと碌なもんじゃないと。今までの経験が鳥肌を伝って警鐘を鳴らす。
「ご愁傷様です、先輩」
憐れみの目、冷ややかな目、どちらも見て取れるように感じるがそれ以前にまたも殺気染みたオーラを醸し出しているマシュに藤丸はさらに鳥肌がピンと立つ。
「もしかしておこなの?」
「知りません」
スパッとカップを取り上げて退出するマシュ。ダ・ヴィンチちゃんの余計な一言が口惜しく感じるも後の祭り。
藤丸は仕方なしにベッドから立ち上がり、不本意ながら指定された場所へ足を運んでいった。
中央管制室
擬似地球環境モデル・カルデアスが設置されているカルデアの中枢部。カルデアスとは平たく言えば複写機である。惑星には魂があると定義付け、その魂を複写するそれはまさしく擬似天体。つまりは小型化された地球のコピーだ。
その複製された青白い球体をダ・ヴィンチは傍観していた。何一つ異常を見せないこの贋作、以前は血のように赤く染まり、人類滅亡の危機を表していたが今では静寂な海のように平静だ。
「平和だなー」
ふと、つい思ったことを呟いてしまった。人理焼却事件以来、今では何事もなく日常を過ごせているのも、藤丸立夏、マシュ・キリエライト、数多の英霊、カルデア職員一同、そして――いるべきはずの優男の奮闘あってこそだと、彼女は指折り数えて確認する。
今あるこの温かな日常を彼にも見せてやりたい。そう思った矢先、管制室のゲートが開いた。
「ただいま到着しました、ダ・ヴィンチちゃん」
世界を救った英雄様のご到着だ。と、彼女は感情に浸るのを止めて藤丸のほうへ振り向いた。
「おや? 意外と早かったね。マシュ嬢がついて来なかったのは驚きだ」
「誰のせいだと、いやオレにも原因はあるんですけど。それよりどうしたんですか、見せたいものがあるって?」
「ふふふ・・・それはねぇ」
ダ・ヴィンチが左手を軽く上げる。それを確認したカルデア職員が一斉に持ち場についた。逐一モニターを確認しながら手慣れた様子で機器類を操作していく。すると、藤丸の前に黒塗りのフェルトで覆い被された何かが現れた。
「・・・なにこれ?」
呆然とする藤丸を余所にダ・ヴィンチはフェルトを鷲掴みする。
「見たまえ! これぞ、私が四六時中なんやかんやで完成させた新型コフィン。その名も『カロンクス
フェルトを勢いに任せて捲り上げる。藤丸が目にしたものは寝かされた漆黒の棺型をしたそれだった。
「棺桶じゃん!! 360度あらゆる角度から見てもまんま棺桶だよ!」
「いやぁ作るの大変だったんだよ。ほら、レイシフトした時によくスカイダイビングしてることあるじゃないか」
言われてみれば確かにと藤丸は納得する。
現に第七特異点バビロニアではそうだった。ウルク市に敷かれた防御結界による強制退去、つまりはウルク市への転移を拒絶されたのである。
人理修復開始直後に上空二百メートルからの空中落下、紐なしフリーフォールバンジー。そんなことを死因として書かれてしまえば末代までの恥だ。
「この新型コフィンはそういう非常事態に備えた対衝撃用ポッドと理解してくれていい」
「なるほど、それについてはわかりました。でもそれってコフィンごとレイシフトするってことじゃ」
「その点については大丈夫。このコフィンはレイシフト成功時に必要とされたその瞬間に自動で展開されるんだ。
欠点があるとすれば意味消失ですぐ消えることぐらいかな」
「かなって・・・」
不安がさらに募っていく。
「物は試しと言うだろう。善は急げだ。今すぐ乗りたまえ♪」
開かれた棺桶にダ・ヴィンチは半ば強引に藤丸を押し込んだ。抵抗するにも相手は英霊。
並みの人間では力で到底及ばない。仕方ないと諦める。そこでまたダ・ヴィンチが余計なひと手間を加えなければ。
ガシャンと何か鉄同士がぶつかり合う音が響いた。何だろうと手足を動かしてみるものの全く微動だにしなかった。視線を向けると手首足首に不要な枷が四肢の自由を奪っている。
「どういうことかなダ・ヴィンチちゃん?」
ダ・ヴィンチは何も答えない。棺桶の蓋を閉じ、南京錠で施錠する。
「・・・・・・そういうことだよ藤丸」
今度は右手を上げる。それを確認した職員は毎度行ってきたシステムを起動させる。
レイシフト。コフィンに搭乗した人間を擬似霊子化、魂をデータ化させて現在とは異なる時間軸へ転移させる云わばタイムトラベルのことである。
これにはさすがに藤丸も冷や汗を掻く。今まではマシュとともにレイシフトしてきたのだ。
それが今や一人、付き添いのサーヴァントは誰一人としていないではないか。それに――――。
「いや! これは無理だよダ・ヴィンチちゃん!
だってこれ棺桶だもの! 花添えられてるもの!」
「ただの飾りですー。別に意味なんてありません。二つの意味で」
「悪ふざけにもほどがある! この人でなし――――」
途中、新型コフィンに搭載されたスピーカーから聴きなれた音声ガイドが流れてきた。
『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』
始まってしまったと藤丸は愕然とする。だが手段は残っている。
「令呪」
サーヴァントへの絶対命令権にしてマスターの証。
これを使用して英霊をこの場に呼び寄せれば救出してもらえると考えた藤丸は出し惜しみなく使用しようと試みるが、その必要はなかった。
中央管制室のゲートが開き、猪突猛進の勢いで接近するマシュの姿が目に見えたからである。
「御用!御用改めます! 無事ですか先輩!!」
「ちぇっ、もしかしなくても感づかれちゃったかなこれは」
舌打ちする彼女を前にマシュはしたり顔を決める。
「当然です。薄々嫌な予感はしていましたが虫の知らせが入ってきたんですよ魔王ダ・ヴィンチちゃん!!」
「ふはははは!藤丸を助けたくばこの万能の人である私の屍を越えて行け! 勇者マシュマロンよ!!」
「いやどうでもいいよそのコント!
なに、打ち合わせでもしてた? マシュにすら裏切られたのオレ!?」
喜劇なのか悲劇なのか、上階の管制室から見ていた職員たちの中には笑う者もいれば呆れた表情を浮かべる者もいた。
『レイシフト開始まで あと3、2、1、・・・・・・』
藤丸は完全に思考停止していた。いや、考えるのをやめた。
行先は不明だがダ・ヴィンチのことだ、きっと座標地点にサーヴァントでも待機させているのだろうと曖昧な根拠を信じざるを得ないのだ。これも宿命なのだと思うほどに。
ならばここは素直に従おうとそう結論づいたのだ。
次のアナウンスが流れるまでは。
『全工程 完了』
『人理開花指定 ―フラワリングナイト― 実証を 開始 します』
聴きなれないボイスだった。人理開花指定、フラワリングナイト。グランドオーダーと断言しなければならないそれは今、新たな戦いへの道を宣言したのだ。
紛れもない異常事態。緊急事態だ。ダ・ヴィンチは指揮を執ってレイシフト中止を行う。マシュは力任せにコフィンを開けようとするもビクともしなければ傷一つすら与えられなかった。
先輩! と叫ぶマシュの悲鳴すら遠い残響となる。
藤丸の魂がテータ化されているこの状況、彼の五感はすでに閉鎖し淡い光となって"別世界"へと転移される。
マシュたちカルデア一同の努力が空しく終わる中、鎖されていた時空間ゲートが開放される。
身体と魂が分離された今、藤丸は茫洋の光に包まれていくのであった。
穏やかなそよ風が草木をなでる。
昼下がり。柔らかな日差しの下で小鳥たちの囀りが目覚ましとなって藤丸は薄らと瞼を開く。
途端、小さな痛みが走る。頬と手に砂混じりの小石が張り付いているからだ。ハッと意識を取り戻した彼は即座に立ち上がる。
衣服についた砂埃を叩き落とし、背筋を伸ばしてウンと深呼吸する。
今自分に何が起きたのかを覚えている限りで整理し、ダ・ヴィンチ一同のショートコントに苦笑いする。
一応レイシフトは成功しているが肝心の新型コフィンの姿は見られない。成功したのか失敗したのか、はたまた意味消失して消滅したのか、今もこの先も誰にもわからないだろう。
「どこだここ・・・」
辺りを見渡す藤丸の目に映るのは広い平地に一本の街道。他にあるとすれば田園ばかりで田舎そのものだった。
しばらく歩いていると傷んだジャガイモや折れたゴボウなどがあちこちに転がっている。
これだけでも彼にとっては十分な収穫だ。自分が既知している野菜があるということは、どこかおかしな別世界に飛ばされたわけではないと安堵出来るからだ。
道中カルデアに通信を試みたはいいものの依然として応答はない。
これまでの特異点でも通信できないことはややあったため慣れてはいるものの彼は不安で落ち着かない。何せ今回は味方が1人もいない。
一騎当千、万夫不当の英霊たちも、一番長い付き合いであるマシュさえもいない。孤独なのだ。
だがそんな状況下でも彼は前に進んだことがある。
この平凡な魔術師が、ごく一般の人々と変わらない彼が、ただ生きるために、死闘に打ち勝ったことがある。
故に彼はこの道を歩く。生きるために、立ち止まることはあってはならないと。藤丸はもう一度深呼吸する。まずは出来ることからと頭をひねり始めた。
「まずは情報収集だな。今が何年で、どこの国かぐら・・・い――――――――」
彼は気づいていなかった。田園ばかりに気を取られ、足元のみしか視界が入らなかったからこそ今までそれに気づくことは叶わなかった。
あまりの出来事に彼は思わず尻もちをつく。ロンドンの時計塔、建築王の光輝の大複合大神殿、ウルクのイシュタル門。どれもこれまで特異点で目の当たりにした神秘そのもの。共通しているのは"人の手によって造られた建築物"である。
一目見れば誰もが興奮のあまり歓喜し、高らかに称讃するだろう。だが藤丸が驚愕したのは自然そのもの。人の手で創られたものではない。水が、風が、土が、日が、天の恵みをもたらした自然の創造物。
「世界樹だ・・・」
世界樹。ユグドラシルと呼ばれるそれは北欧神話に登場するトネリコの大樹。その名のとおり、世界を表す巨木であり、根は3つの世界に行き届いていると言われている。
藤丸が目にしたものはまさにその体現である。桃色の花弁を綿飴のように纏わせているその在り様は花の積乱雲だ。
世界樹から目線を下げていくと城塞らしきものが見て取れた。行く当てのない藤丸はそこに人がいると視込み腰を上げた。
「とりあえず、あの城みたいなところに行こう。見た感じだとローマのそれと雰囲気は似ているし、きっと中に城下町があるだろ」
だがしばらく進んでいくと藤丸はあることに気づく。焼け焦げたような跡、巨大なショベルカーで掬われたような大きい窪みがあちこち残っていることに。
さらに進むと幾重にも列をなす馬防柵や見張り台が倒壊している。散々な在り様だが藤丸にはもう見慣れている。
酷く動揺することはなかったがこれから赴く未知の世界に寧ろ緊張で胸が張り裂けそうなのが正直なところだった。そんな彼の前にようやく人影らしきものが見えてきた。
白銀に輝く甲冑に身を包んだ中世ヨーロッパ風な騎士が数名。加えて彼らを取り仕切っているであろう銀灰の長髪をした女騎士の姿を見て藤丸の肩の荷が一つ下りた。
「ん? そこの貴公、止まれ!」
緊迫した声の張り上げ様に藤丸は思わず身震いして立ち止まる。
ずかずかと迫り来る女騎士、藤丸が見る限りではその姿勢が救国の聖処女ジャンヌ・ダルクと面影が重なる。
「見かけない服装をしているがどこの国の者だ? いや、まず貴公の名は?名はなんと言う?」
女騎士から漂う清澄な闘気を感じるものの、藤丸は挫くことなく面と向かって断言する。
「藤丸立香といいます。信じてもらえるかどうかはわかりませんが、オレはカルデアという組織からこの地にやってきた別の世界の人間なんです」
「フジマルリツカ? 男だか女だかわからん曖昧な名だな。
しかし解せないことが一つ。貴公の言うカルデアとはなんだ? そのような組織聞いたこともない。よもや貴公、敵方の間者か!?」
片手に携える剣を構える女騎士に藤丸は一瞬動揺する。騎士の気迫に押し負けペースを奪われそうなこの状況下。
こういう時、英霊たちならどう切り返すか、藤丸は頭の中のサーヴァント名簿を閲覧し、ある一人の扇動者を手本とすることにした。
その名は、――ガイウス・ユリウス・カエサル。ガリア戦記などで名を馳せた将軍にして、"皇帝"の語源となった古代ローマ最大の英雄の一人である。
知略があり、弁舌であり、扇動を得意とする天才に藤丸は手を焼かされ苦い経験をされた。しかしその経験とは別に、藤丸はカエサルとの会話の中であることを思い出した。
――『敵を口説くには何をすべきかだと? そうだな、一つ教授出来るとしたらそれは相手を持ち上げることだ』
――『どういうこと? それって逆に有利にさせるんじゃないの?』
――『調子に乗った者ほど扱いやすいものはないぞ。好き放題出来るゆえ、自ら墓穴を掘らせることもな。例えるなら、藤丸の時代にある娯楽本でいう"ドラえどもん"と一緒だな。彼から力でねじ伏せて借りた秘密宝具に頼るマル太に待つのは破滅の連続であろう』
――『やめてください。いろいろと苦情(物理)が来ることになるからそれ以上はダメ絶対』
――『要はな。足元を掬えということだ。それを生かすも殺すも藤丸、貴様次第だ』
ハハハハ。と、ある意味笑えない冗談を口にしながら聖女様から逃げ延びた彼に、今さらとなったが心の中で敬礼を贈った藤丸。異世界の騎士相手に覚悟を決めるため自分が今知るべきことを整理する。
"まずはこの人から情報を聞き出さないとな。この世界のことも、さっき見た戦火の跡についても。むしろ聞きたいことはこっちのほうが山のようにあるんだ!"
藤丸は内心で熱く独りごちした。
「この世界の騎士様はすごく仕事熱心なんですね。異国から来たという疑惑だけでここまで警戒しているとはさすがです。国のため、民のため、ここまで厳重な警備を・・・感服しました。どのような鍛錬を積まれてきたのでしょうか?」
「な、なんだ急に」
「オレ、騎士様に憧れているんです。オレの知り合いにも騎士がいるのですが背中にすら追いつけなくて困っているんです。どうかお教え願えませんか!」
「そ、そこまで言うのなら仕方がないな! うん。仕方がない!
あっ、紹介が遅れたな。私はハクモクレン。貴公の言う通り騎士ではあるが、ただの騎士ではない。花騎士 ―フラワーナイト― である。」
"
そのような騎士は聞いたことがないと藤丸は目を丸くした。
聖騎士などならまだわかるものの、花騎士というキーワードには全く心当たりがないことに彼は情報マトリクスがようやく開示されたと達成感に浸る。
「花騎士? 他の騎士様とはまた違うのですか?」
「うむ。貴公もここに来る途中で見えたであろうあの世界花、ブロッサムヒルが」
"世界花? あの世界樹に見えた巨木は世界花というのか"
「花騎士とは、世界花の選定に認められた強者のことを指す。
世界の守護者として人類の敵である害虫を排除することこそ我らが使命・・・だった」
ハクモクレンはしばらく口を紡いだ後――、
「あの者たちが現れるまではな」
彼女は強く下唇を噛み締めた。そこへ頃合いを見計らってか、城門から駆けつけてきた一人の兵士がハクモクレンに告げる。
「伝令。ブロッサムヒル"女王"、いえ、ブロッサムヒル"皇帝"からです」
「なに、陛下から?」
「はっ。そこの者を、カルデアのマスターを王宮に案内せよと」
ブロッサムヒル王宮 中庭
藤丸はハクモクレンから丁重にブロッサム王宮へと案内された。大理石やモザイクなどにより絢爛華麗に装飾されたその豪華さ足るや、まさに栄華繁栄を表している。そんな王宮の中庭に、ハクモクレンの後に続いて足を踏み入れた藤丸はさらに驚愕することとなった。王宮で目に入った多くの桜の大木を余所に、この中庭は薔薇の造花で埋め尽くされている。天井からは魔術によるものなのか、薔薇の花弁が舞い漂う。もはや、彼を呼び出したのが誰なのかは藤丸自身見当がついた。
「恐れながら申し上げます皇帝陛下。フジマルリツカを此処に連れて参りました」
ハクモクレンが片膝をついて面を下げる。彼女の前にいるのはこの国を統べる王にして――、
「そう畏まらずともよいハクモクレン、面を上げよ。そして、――――うむ。遅いではないか立香。
よくぞ参った、―栄枯散華庭園 スプリングガーデン― へ」
ブロッサムヒル皇帝、ネロ・クラウディウス。かつて第二特異点において藤丸を客将として迎え入れ、ともにローマの危機を救った暴君、帝政ローマ第5代皇帝である。男装を装った赤い舞踏服を身につけ、玉座に身を預けている。
「ネロ陛下!? どうしてここに?それに――」
「うむ。立香が聞きたいことはよくわかる。
余も二週間ほど前に痛いほど味わったからな。聖杯から知識を与えられることもなくこの世界の情勢、民、政を、それはもうヴェスリオスの噴火の如く学業に励んだからな。
それから城門前での対応はすまなんだ。ハクモクレンたちに立香のことを伝えておかなかったゆえ苦労をかけてしまったな。
本来ならば余自ら出迎えねばならんのだがそこは許せ。今の余は猫の手も借りたいほど超、超、スーパー忙しい身であるゆえ!!」
最後に誇らしげな顔をしたネロを見たことで、本当に自分が知っているネロ陛下だと確信した藤丸は安堵した。
一人ではなかったのだと、彼は心の底からネロに感謝した。
「お知り合いなのですか?」
ハクモクレンが恐縮するところでネロは頷くと、藤丸の右手を取り高らかに上げる。その手の甲に宿る赤い紋様は、マスターとサーヴァントとの契約の証。すなわち、令呪である。
「これを見よ。これこそ余と立香との繋がり! 絆である!
この者こそ、人類史を救うため立ち上がり、我ら数多の英霊とともに戦場を駆け抜け、未来を勝ち取った大英雄!藤丸立香である!!」
ネロは満面の笑みを浮かべるも、藤丸は気恥ずかしさのあまりネロから顔を逸らした。
「どうした立香よ。貴公は紛れもない勇者、もちっと堂々としてよいのだぞ?」
「あはは・・・。それよりネロ陛下はどうしてここに?
カルデアとも通信出来ないし」
「通信については余はわからぬ。民衆の前でリサイタルを披露していたらいつの間にかこの世界に立っていたのだ。 ナ ゼ カ ナ!
本当、余の歌を絶賛していた民たちに申し訳ない」
それはある意味民たちにとっては救いだったと同情する藤丸だったが決して口にはしなかった。なぜなら彼女の歌唱はとにかくヒドい。某国民的青ダヌキのアニメのあのキャラよりヒドいのである。音痴も極めれば殺人ボイスとなるのだろうかと疑問に浮かぶほどに。
「まぁ、余の話は今は置いておくとして。この世界のことは実際に経験すればわかるだろう。ハクモクレン、貴公に勅令を言い渡す」
再度、片膝をつくハクモクレンにネロは顔をしかめているものの命令を告げる。
「これから藤丸を連れて"ミムイスの湖畔"へ向かえ。
そこでこの世界の何たるかを心身骨身に刻ませてやってくれ」
承知しましたとハクモクレンが顔を上げると――、
「それとな・・・。け、決してそなたと立香、二人でとラブる的なことをするでないぞ! よいな! 絶対だぞ! 絶対だからな!」
ハクモクレンはポカンと口を開いたまま呆然としていた。仮にもブロッサムヒル皇帝である統治者が子供のように駄々をこねているのだ。騎士の彼女からして見れば、この光景はありえない。
「ハ、ハクモクレン・・・さん?」
恐る恐る藤丸が彼女の前で手を振ってみるとハクモクレンは我に返ってすぐ立ち上がりネロに敬礼する。
「はっ! 皇帝陛下直々の勅令。謹んで承ります。決してそのようなトラブルにはならないよう最善の注意を払います!」
会話が噛み合ってないというか、どこか抜けているというか、このような謁見は二度と見ることはないだろうと、藤丸は呆れたままハクモクレンとともに王宮を後にした。
ミムイスの湖畔
ブロッサムヒルの南一帯に広がる巨大な湖。その畔がミムイスの湖畔と呼ばれており、古くから漁業の場として利用されていたが今では人の姿は見受けられない無人の湖畔。すでに日は沈みかけており、夕日を照らす湖が水平線の向こうに沈む太陽のように美しく眩しく煌いている。
「まさか貴公が皇帝陛下と主従関係を築かれているとは思いもしなかったぞフジマルリツカ」
数名の兵士を引き連れ湖の畔に沿って歩くハクモクレン一行。ここに来るまでの道中、何事もなく無事にたどり着いた藤丸だったが誰一人口を開くことがなかった。彼自身何か会話をしようと試みはあったが、彼らの"何かに対する厳重な警戒"を崩すことはあってはならないとだんまりを決め込んでいた。それが今、彼女の開口一番により緊迫した重たい空気が一瞬にして弾け飛んだ。
「オレも驚きですよ。まさかネロ陛下が先にこの世界に来ていてブロッサムヒルという国の皇帝になっていたなんて」
「皇帝陛下は二週間ほど前にこの地に降臨なされたのだ。たった一人で戦場を謳歌し、瞬く間に怨敵を駆逐し、ブロッサムヒル女王を窮地から救ってくださったのだ」
誇らしげに語る彼女と同様に付き添いの兵士たちも陛下には感謝し足りないと次々と口にする。これも彼女のカリスマが引き付けるものなのだろうと藤丸は納得した。しかし今の話を聞いた彼に一つ疑問が浮かぶ。
「ところでどうしてネロ陛下がブロッサムヒル皇帝としているんだ?」
「ブロッサムヒル女王は害虫の襲撃によって致命傷を負われている。そのため、女王自ら皇帝陛下に代行を任されたのだ。今では――っ、全体止まれ!」
突然の号令にも関わらず兵士たちは前進を止める中、藤丸だけ遅れて足を止めた。
「どうしたんだハクモクレン、何かあったのか?」
「あぁ。よく見るんだフジマルリツカ。
あれがこの世界の、人類の敵だ」
人類の敵。そう断言した彼女は剣先を"悪"に向ける。
その全貌は、まさに異形の怪物。ハエのように捉えられるが、藤丸の知るそれとは違う。刺々しい形相、低飛行で湖の水面を滑走し剥き出しの鉤爪を研ぎ合わせながら藤丸たちに急接近してくる。
「あれが"害虫"だ。無差別に人を襲い、喰らい尽くす。それだけが奴らの存在理由だ」
剣を構える。それを合図に兵士たちも一斉に得物を構える。
「いいか? そこで大人しく傍観しているがいいフジマルリツカ。
貴公がこの世界の救世主足らんとする者ならば――、我らの戦、しかと刮目せよ」
眼前の敵を、花騎士ハクモクレンは見据える。害虫との距離は既に50メートルを切った。中段の構えで佇む花騎士を前に、害虫はさらに羽を急速に加速させ、禍々しい奇声を上げながら突撃してきた。
「全員、私の後に続けぇええ!!」
怪物に臆することなく花騎士と兵士たちは害虫に立ち向かった。先手を取ったのはハクモクレン。敵の鉤爪を斬り落とし、続けて剣先を翻して腹部へ打ち込んだ。害虫は痛みに堪え切れず悲鳴を漏らす。しかし害虫に情けは不要。長槍を持った兵士たちが次々と敵の急所を貫いていく。害虫は悶え苦しむ。四肢は切断され、羽は根元から雑草を抜くように引き剥がされ、トドメにハクモクレンが容赦なく首を断ち切る。その徹底した害虫退治に藤丸は瞬きする暇さえなく、在りのままに起こった戦いを目に焼き付けることしか出来なかった。勝鬨を上げる兵士たちを余所にハクモクレンが藤丸のもとに帰還する。
「とまぁ、こんな具合だな。この私、花騎士と兵士たちが力を合わせ害虫を始末する。どうだ? シンプルでわかりやすいだろう?」
「あ、あぁ・・・」
確かに理解した。花騎士の戦闘力、統率の取れた兵士たち。そこに問題は何一つとしてなかった。しかし、藤丸はどこか違和感を覚える。
"あっけなさすぎないか?"
嫌な予感がする。と、藤丸は湖の周辺を見渡した。依然として敵影は見当たることはなく静寂に包まれたままである。変わったことがあるとすれば、既に日が沈んでいることのみだった。
「ハクモクレン、害虫って普段は一匹で行動するものなのか?」
「いや、基本は何匹かで群れを成している。それがどうかしたか?」
「群れだって!?」
次の瞬間、藤丸たちの周囲を囲むように夥しい数の害虫たちが暗闇の茂みから奇襲を仕掛けてきた。
先程倒したハエ型の害虫の姿も見られるが、それだけでなくイモムシやアリなどの姿をした害虫たちが殺意を持って数で制しにきたのだ。
兵士たちが絶叫する中、ハクモクレンが一喝する。
「怯むな! 陣形を立て直せ!
互いに背を預け不意を突かれぬようにしろ!」
押し寄せる敵を次々と薙ぎ倒すハクモクレンの顔には焦燥が募っていた。始めに倒したあの害虫が囮であるということに何故気づけなかったのかと。情けない。と、自身を戒める彼女の顔が一層曇る。
ひたすらに剣を振るう腕も次第にスピードが落ちていく。
「何やってるんだ! 斬り上げろハクモクレン!」
背後から聞こえてきた指示に彼女は考えるより先に体を動かし、言われるがまま斬り上げる。瞬間、突進してきたイモムシ型の害虫を真っ二つに引き裂いた。花騎士である彼女に対し命令を下したのは――、
「何の真似だ? フジマルリツカ」
「何の真似って、これがオレの戦い方なんだ。勝手なのはわかってる。けど今はオレの指示に従ってくれないかハクモクレン」
何を馬鹿なと答えるつもりが、ふと皇帝陛下の言葉が頭を過る。
"これを見よ。これこそ余と立香との繋がり! 絆である!
この者こそ、人類史を救うため立ち上がり、我ら数多の英霊とともに戦場を駆け抜け、未来を勝ち取った大英雄!藤丸立香である!!"
冗談半分に聞いていたあの発言が、今となって真実味を帯びてきた。思えば彼らが害虫を討ち果たした時、その勇姿を称讃するかと思えば害虫の行動原理を問いたり、藤丸の指示がなければ彼女はまともに直撃を受けていた。
これらのことにハクモクレンは藤丸に対して異世界から来た新参者でありながら的確な状況判断が出来ると推測した。つまり、軍師の才があるとハクモクレンは見込んだのである。
「ふっ・・・、いいだろうフジマルリツカ。今だけ貴公の剣となろう!」
「あぁ、行くぞハクモクレン!」
そこから先は藤丸の指示通りに彼女は動いた。合わせて兵士たちも彼女に続いて迅速に行動する。ハクモクレンが前線で害虫を相手取る中、兵士たちは藤丸を中心に円陣となっている。
円陣は三層と重なっており、最前列は剣で敵を切断し、二列目は槍で刺突、三列目は空中から来る敵の攻撃を払う。これぞ藤丸がある英霊から編み出した陣形、呂布奉先が宝具『軍神五兵』が持つ"斬・刺・撃・薙・払"の特徴を隊列ごとに役割を持たせた難攻不落の陣である。
しかし依然として敵の数が減っているようには誰にも見えなかった。次々と茂みの奥から湧いてくる害虫たち。それもあるが藤丸には腑に落ちない点が一つあった。
"どうして害虫を囮にし、包囲網を築き上げることが出来たのか"
害虫とはいえ今ここにいるのは三種類。ハエ、イモムシ、アリ。害虫という点では仲間であるが、種族としては違う。統率など取れるはずがない。つまり――、
「害虫を使役している親玉がいるのか?」
それも知性のある生物だと藤丸は確信した。でなければ、ただの害虫がここまで念密に事を成せるわけがないと。
だが肝心の親玉を見つけるにも既に夜。街灯などの頼れる明かりはあるはずもなく、見つけるのは極めて困難である。今こそ陣形でどうにかなっているが兵士たちの体力も限界に近い。
ハクモクレンもまた前線で害虫を斬り倒してはいるものの疲労が溜まるばかりだ。このままでは全滅するのも時間の問題であった。
「どうすれば・・・」
その時だった。激しい轟音が鳴り響き、一つの火柱が夜空に昇っていく希望の焔が。その衝撃が害虫たちにも伝わったのか、動きが止まったその瞬間を藤丸は見逃さなかった。
兵士たちの陣を抜け、衝撃に動揺して戸惑う害虫たちの群れの中を掻い潜り、藤丸はハクモクレンの肩に手を置いた。
「ハクモクレン、ここは任せた!」
「なに? どうするつもりだフジマルリツカ!?」
「あの火柱のところに行ってくる。大丈夫、オレ悪運には強いから!!」
そういう問題ではないと止めに入ろうとしたところで害虫たちの再行動が始まった。攻撃を仕掛けられ藤丸の後を追えない彼女は彼の無事を祈ることしか出来なかった。
藤丸は害虫たちの攻撃を回避しながら火柱のあった方角へ足を進めていく。このような状況、第七特異点の絶対魔獣戦線と比べたらどうということはないと、そう自身に言い聞かせながら彼は奥へ、奥へと突き進んでゆく。火柱があった地点まであと少し――、
「ギシャアアァアァァァァッ!!」
背後から追撃してきたイモムシ型の害虫がダンゴムシのように身体を丸めて回転してきていた。生きた車と相手をするのはマズいと、さすがの藤丸も咄嗟に茂みの中に飛び込み身を隠す。
害虫は回転の勢いに任せて藤丸がいた場所を通り過ぎていく。それを確認した藤丸は安堵のため息をついた後、再び走り始めた。
草木を掻き分け、暗闇にも目が慣れてきた中、彼はようやく火柱の位置にたどり着いた。
既に火は治まっており、周囲からは焼け焦げた跡に硝煙の臭いが散漫している。そして灰塵と化した害虫たちの死骸もまた数多く残留していた。間違いなくハクモクレン同様、花騎士と呼ばれる戦士がこの近くにいる。
「誰かいるなら返事をしてくれ! オレはカルデアのマスター、藤丸立香!!
この近くで害虫に襲われてて迎撃する人手が足りなんだ。手を貸してくれ!!」
切羽詰まった頼みの綱を敷くが返事はない。風が草木を揺らすだけ。
だが諦める選択しがないのが藤丸立香である。すぅっと息を吸い込み、肺を目いっぱい膨らませると、今度は拡声機の如く喉が潰れるほど声を張り上げた。
・・・・・・・・・・・・がさがさッ!
何かの音がどこからともなく聞こえてきた。この焦土の中で今いるとすれば花騎士だけだと思っている藤丸は肩を下ろして息をついた。これで助かったのだと、ハクモクレンたちを救えると。
だが現実は非常である。藤丸が目指した希望が正体を現した時、それは藤丸に不意の一撃を与えた。背後からの突然の攻撃に藤丸は向こう際まで弾き飛ばされた。ハエ型の害虫。体長4メートルはあろう大型の害虫を前に、藤丸は対抗しようにも武器も何もない。そればかりか背中を打った衝撃で身体の感覚が僅かに麻痺している。
「ギギギギィ・・・」
じりじりと詰め寄る害虫。もうダメかと夜の森で殺されるのを覚悟したその時だった。
彼が、彼女が、運命と出会ったのは――――。
「やれやれ。あそこまで叫ばなくても聞こえていますよ。
それでは余計に害虫を呼び寄せてしまうだけです」
一閃。煌く星々の彼方から、流星の如く此方へと飛来してきたそれは害虫に防ぐ暇を与えることなく一刀両断に処した。逆巻く風が収まる。雲隠れしていた満月が姿を見せ、誰何の声の主を輝かせる。
「問います。あなたが、私を呼んだマスターですか?」
大剣を背にした深紅の女は、その真名を口にした。
「私はモミジ。一番の花騎士を目指す者です」