Fate/Grand Order -flowering night- 作:紅劉
1、カルデアのマスターこと
2、ハクモクレンと出会い、ブロッサムヒル王宮で自身の
ネロの提案により立香とハクモクレンはミレイスの湖畔へ行くことになる。
3、ミレイスの湖畔で害虫の群れに襲撃される。
立香は害虫の群れの中を掻い潜り、花騎士モミジへ助けを求めた。
月光すら撫で返すようなその日輪の姿に男は絶句した。呼吸も、瞬きも、無意識の中で行われる行動そのものすらすべてを忘れ、彼は一人の女を見据えている。女が武装しているそれは宛ら日本の武者を思わせる装束に、大剣を軽々と背負っている。碧をした自然の色から流れるように紅に染まるマフラーを靡かせる凛とした佇まい。二鈴の着いたリボンを髪飾りとし、瞳を見ればそれは今にも燃え上がるような深紅の双眸。その面影からはある騎士の王と重なる。
要するに、モミジはその名の通り、紅葉の如く美しかったのだ。
『問います。あなたが、私を呼んだマスターですか?』
頭の中で木霊する。
何度聞いたか定型句。
されどこれこそ誓いの儀。
「お、オレは藤丸立香。君を呼び出したマスターだ」
その答えに彼女は一度目を閉じ、一つ間を置いて瞼を開いた。
「・・・そうですか。それで、私は何をすれば?」
「この先の湖にオレの仲間が今も害虫たちと戦っているんだ。力を貸してくれないか?」
「それは命令ですか?」
「命令? 命令というよりお願いなんだけど」
「了解です。最善を尽くします」
「あ、あぁ。頼むよ・・・」
頼もしい花騎士だと、彼は心の中でガッツポーズをする。遠くからでも見えるほどの火柱に、先程の大害虫を一刀の下に処断した迅速な速さと細い剛腕からなる尋常ならざる剛力。恐らくハクモクレンすら軽く凌駕するだろうと過大評価するものの気になる点が一つある。直感が促すのだ。"これを無視するな。"と警告が鳴り響く。
"彼女は笑わない。おまえが彼女を救えと"
「聞いていますか?」
ズイっと顔を覗き込むモミジに藤丸は思わず飛び退く。
「ナ、ナニカナ? えーっと・・・」
「モミジでいいですよ。呼び捨てで構いません」
「じゃあモミジ。なにか問題でも?」
「先程の叫びが原因で害虫がこちらに攻め寄せてきています。このままでは救援へ向かうのに多少時間がかかってしまいます。そこで、私から一つ提案です」
「提案ってどんな?」
「・・・少し失礼します」
しゃがみこんだ彼女はおもむろに藤丸の腰へと手を回す。
「ち、ちょっとモミジさん!?」
「動かないでください」
大荷物を脇に抱えるように女性に抱きかかえられた藤丸は羞恥心に駆られるあまり顔を覆い隠す。
「殿方にしては軽いですね」
「ほっといてください。ところでここからどうするんですか?まさかとは思うけど――」
「はい。大方、想像通りだと思いますよ」
膝を曲げて態勢を低くする。大剣に手を掛けた後、両足に力を入れた瞬間にはそこにいたはずの二人の姿はなかった。あるとすれば、大地を蹴った衝撃で巻き起こった砂塵のみ。
脚力のみで木々の間を跳び上がり、既に地上から10メートル以上は超えている。その高さを維持しながらモミジは木々に跳び移りながら湖へと進む。
「すごいなモミジ。オレと大剣を提げてるのにこのスピード。疲れすら見せないだなんて(胸が顔に当たってるのは黙っておくとして)」
「当然です。このくらいどうということはありません。私は花騎士として一番でないといけないので」
「一番の花騎士?」
「・・・・・・それが約束なので」
それ以降彼女は口を紡いだ。どんな質問でもだんまりを決め込み、結局湖に辿り着くまで会話が成立することは叶わなかった。何かタブーに触れてしまったのかと藤丸は反省するも見当がつかない。
次に地上に目を下ろした時には、既にそこは湖だった。だがその地上との高さが20メートルを超えている。7階建てのマンションの屋上から見下ろしているようなものであり、一般人なら肝が冷えても仕方ない。
「ちょっと、大丈夫なのコレ!? ちゃんと着地成功するんだよね!? しかもまだ害虫うじゃうじゃいるんですけど!!」
「心配いりません。私に任せてください」
フリーフォール真っ只中、モミジは大剣を掴み取り前方へと持ってくると大剣の柄にある引き金に指を掛ける。
「トリガー・オン」
掛け声とともに彼女が引き金を引くと大剣に装飾された松葉色のレンズが紅葉色へと変色した。同時に藤丸が見た火柱のそれと同じ、燃え滾る紅蓮の焔が刀身に宿る。
その様は藤丸自身もよく目にしていた。何せ今やブロッサムヒル皇帝陛下であるネロ・クラウディウスもまた、彼女自身が作り上げた芸術至高の剣に炎を灯すのだから――。
「消えろ」
炎を纏ったその剣を一振りしたが最後、その一閃は炎の渦となって悉くを焼き払った。空中降下による奇襲に害虫たちは気づく間もなく忽ち炭化へと変わり果てて逝く。それを余所にモミジは炎の渦で発生した上昇気流を利用し、ゆっくりと地上に足を着いた。世界花の恩恵によりモミジ自身は炎の熱の影響を受けることはない。担がれたままでいる藤丸も彼女の所有物として扱われているためか世界花の恩恵の影響下にあり、熱さでやられることはなかった。
「このまま一気にあなたの仲間たちの救出を行います。よろしいですか?」
モミジが指差す先にはハクモクレンたちの姿があるものの距離が離れている。藤丸は彼らの安否が気がかりだったが応戦する兵士たちの掛け声が耳に入ってきたことで少し気を休められた。
「あぁ。けど合流したら後退しながらブロッサムヒルに撤退する。頼まれてもいいかな?」
「了解。それではいきます」
大地を蹴り上げる。風と一体化したようにモミジは一直線に突き進み敵陣を突破する。牙を向けられれば即座に斬り下ろし、必要とあらば害虫を踏み台として回避し、時に害虫を身代わりの盾とした。それも、藤丸を抱えたままの状態で。
あまりにも戦闘に特化している。その動きはもはや藤丸のよく知る英霊そのものだ。もしかしたらアーサー王最強の円卓の騎士にして湖の騎士ランスロットと同等かもしれないと藤丸はそう思わずにはいられなかった。
「モミジ、君は本当に何者なんだ?」
彼女の顔へ見上げてみると、ここまで来ても未だ息を切らすことなく平然としている。悪く言うつもりはないが藤丸は彼女のその在り方を異常に感じてしまう。
最初に見た火柱の火力はサーヴァントのセイバークラスによく見られるスキル"魔力放出"のそれと類似している。武器や身体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することで能力や威力の向上を可能とするスキル。
今こうして炎剣を揚々と振り回してはいるものの、炎を纏わすだけでも相応の魔力を放出している。世界花の恩恵があるとはいえ長時間魔力を放出したまま戦い続けるのは危険極まりない。いずれタンクは空となり、歩くことも立つことすらもままならなくなる。にも関わらず彼女は顔色一つ変えることなく戦っているのだ。謂わば、疲れを知らない機械そのものである。
そんな機械を停止させるため、害虫たちが次から次へと津波となって押し寄せてきた。モミジを危険視したのだ。突然現れたイレギュラーに蹂躙されるのを防ぐために害虫たちは一丸となって彼女に総攻撃を仕掛けに出る。
「マスター・・・いえ、団長。少しの間だけ私の後ろに隠れてください」
再び炎の渦を巻き起こす。敵の侵入を許さない結界とも呼べる自然の防御壁の中で彼女はそっと藤丸を降ろした。
「このままでは埒が明かないので私があなたの道を切り開きます」
「何か策があるのか?」
「策?いえ、ただの強行突破です」
片腕だけで振るっていた大剣を両手で構える。上段の構えとともに剣に纏う炎は至上の高みを目指して増大し獰猛な烈火となる。やがて炎は刀身へと凝縮していき、刃は赤く赫耀する。
「お答えします。私が何者なのか? そんなの決まっていますよ」
声は穏やかに。彼女は坦々と告げる。
「邪魔な奴は消す。往く手を阻むものは何人たりとも残さず駆逐し殲滅する」
両腕に渾身の力が込められる。炎剣はさらに輝きを増していく。
「それが私、一番の花騎士を目指すもの。モミジです」
引き金を引く。刀身からは炎が奔り、焔の嵐が吹き荒れる。
「絶剣――――――紅炎爆葉刃ッ!!」
紅葉が舞う。最大魔力で放出された炎の奔流は蒸発周囲の害虫を呑み込んでいく。放出時に加速していく魔力の炎は沸騰する湖を蒸発させ、害虫たちを等しく灰塵と化す。微粒子すら残すことなく、魂そのものを断ち斬るかのように。
全てを喰らい尽くす滅却の焔を目にした藤丸は呆気に取られていた。その輝きを前にして震え上がらないものはいない。花騎士も、兵士も、害虫も、分け隔てなくその業火に恐れ慄くだろう。しかし藤丸は違った。恐怖することも、戦慄することもなく、男はその炎を美しいと歓喜する。
男の手には一枚の紅葉。温かな熱を帯び、音を立てることもなく紅葉は蝋燭の火を鎮火するように消えた。伝わってきたのは炎への絶望でも散っていった害虫たちの悲鳴でもない。どこか重たい、正反対の冷たい何か。
「ハクモクレンッ!!」
藤丸はモミジが斬り開いた道を頼りにハクモクレンたちと合流できた。彼らの周りに害虫は見当たらず、既に安全圏となっている。
「無事だったかフジマルリツカ!」
「戦況は?」
「案ずるな、全員無事だ。それより一刻も早くここを離れるぞ。またいつ襲撃に見舞われるか」
「わかってる!けどモミジが」
走ってきた行路に振り返る。モミジは一人で害虫の進撃を大剣一つで凌いでいるがその動きにふらつきがしばしば見受けられた。魔力の使い過ぎが原因だと誰もが見抜けるほどに。
「彼女を助けないと!」
藤丸は慌てて駆けつけようとした直後、ハクモクレンに手首を掴まれ引っ張られた。
「ダメだ。ここはあの者に任せて我々は撤退する」
その落ち着いた冷酷な響きに藤丸は反感する。
「どうして!?」
「当然だ。貴公は客人であり、ネロ皇帝陛下の主。そして我らの世界を救うために此処へ現界した救世主なのだろう?みすみす死なせる者が何処にいる?」
「そ、それは・・・」
「世界を救ったならばわかるだろ?少数の犠牲で多くの生命が救われる無情の摂理を」
世界は残酷だと彼女は嘆いた。そのとおりだと彼も嘆く。無慈悲だとも。
――――でも、だからこそ、
――――諦めらきれない。
藤丸は勢いに任せてハクモクレンの手を振り解き、がむしゃらに走り出した。目指す先は炎の激流。今にも枯れそうなモミジのところへ。
「フジマルリツカ!」
止まれと命令するも彼は耳を貸さない。
「くそっ、貴公たちは先にブロッサムヒルに戻りこのことを皇帝陛下に伝えて応援要請を頼む!」
「し、しかしそれではハクモクレン様が」
「私とて花騎士だ!彼らを連れて戻ってくる。早くいけ、これは命令だ!!」
そうして檄を飛ばした彼女もまた、藤丸を追ってひた走っていった。
モミジの身体は既に限界を迎えていた。
魔力の残量すら底を尽きかけている。魔力放出による炎すらも作り出せる回数は指で数えるほどしかない。
風前の灯火。ついには害虫の攻撃すら容易く受けてしまう始末。大剣で防ぐも力で押し負け、後方へと空高く吹き飛ばされた。
思えば、どうして彼を助けたのか。彼女には一番の花騎士になるという約束があるというのに。気がつけば自ら死地を選ぶほどに、
始めはただの気紛れに過ぎなかった。手当たり次第に害虫を討伐している中、偶然にも男の救援要請が聞こえてきただけ。助けるつもりなど微塵もなかった。他者との関わりを持ちたくなかった。面倒事に巻き込まれるのは御免蒙ると。それなのに彼女は救ってしまった。無意識の内に害虫を斬り捨て、何も考えないまま男に振り向き、まるで何か大切なものを、失くしたものを見つけたかのように――、
――『問います。あなたが、私を呼んだマスターですか?』
月光の下には一人の少年。それなのに何故だろう、女の瞳にはもう一人の影が見える。霞がかかったその影は、今は遠き
これが運命だと妄信し、彼の隣であればいつか夢見た奇蹟に立ち会うことが出来ると、彼女は一つの賭けに出たのだ。
故に剣を取る。モミジは剣を杖代わりにして立ち上がった。彼の傍にあるにはこの程度の敵は倒さなくてはとならないと強迫観念につき動かされる。
「私が、一番であるために」
引き金を引く。残りの魔力が地に突き立てられた大剣に注ぎ込まれる。剣先から迸る炎は地を這いずり周り、土竜の如く幾つもの火柱が出現した。それとはまた別に剣を抜き取り大地に向けて横一線に振り下ろす。放出された炎と刃との摩擦熱が連鎖し炎の壁が聳え立つ。弐段構えの防御壁に害虫たちはどうしようもなく後退し、一部は遠回りして追撃に向かった。
「私が、一番・・・」
いよいよもって魔力切れ。立つのがやっとの状態の中で、モミジは思わず膝をつく。意識が朦朧とし、ついには倒れようとしたその時、視界が一瞬真っ白になった。眠ったわけではない。手探りで握ったのはがっしりとした誰かの手。
「しっかりしてくれモミジ」
顔を上げれば、そこには藤丸の姿があった。
彼はモミジの肩に手を回し、引き摺るように歩いている。
「すみません団長・・・。力及ばずで」
「何言ってるんだ。モミジのおかげで兵士たちは無事だったよ。本当に助かった」
「けど結果として、あなたの足を引っ張ってしまっています・・・」
自分で歩けますからとモミジは振り払おうとするが力が入らない。
「無理しないでくれ。君は十分戦ってくれたんだから今度はオレの番だ」
重い足取り。モミジだけならまだしも装備や大剣を合わせて担ぐとその重量は百キログラムを超える。それでもなお藤丸は懸命にモミジを連れて退却しようとしている。
申し訳なくうなだれるそんなモミジにまた一人、手を差し伸べる者がいた。
「まったく。世話が焼けるぞフジマルリツカ」
交代だと言い切り、藤丸からモミジを引き継ぎ軽々と担ぎ上げる。無論、商隊は同じ花騎士であるハクモクレンだった。
「救援、感謝するよハクモクレン」
「感謝など不要だ。我々はこの者に命を救われた身。ならばこの命はモミジ、貴公のために使っても構わないのだからな」
しかしだな。と、彼女は続けて口にする。
「この状況下で単独行動するのは控えてくれ。貴公に何かあれば私では責任が取れないのだからな!」
「そ、それについては・・・反省します」
走り去りながら叱られる光景にモミジの口元はほんの僅かにだが笑みを浮かべていた。
害虫が追ってくる気配はなく、三人は道中ですれ違った商人の馬車に乗り込み命からがらブロッサムヒルへ落ち延びたのだった。
ミムイスの湖畔
「――――あぁ。あれがカルデアのマスターか」
今や誰もいない湖畔にて、一人の姿が水面に映っている。
顎に手を当て、何か考え事をしているかのようにその者は静かに口を開いた。
「小手調べのつもりで
ククククと、闇夜の中で笑いを堪える。
だがそれも限界がきたのか、激情のあまりにその者は歓喜の雄たけびを上げる。
「アッハハハァハハッハァっ!! これが!? このような小童に敗北したというのかゲーティア!! なんて、なんて愚かなんだ!! 蟻が像に踏みつぶされるがごとく、人の血を求めた蚊が叩き潰されるかのように、貴様は強者であるはずが敗者の側であったと? 滑稽だ! 滑稽過ぎるッ!! 道化にも程度があろうにあの無能王がァああアアあァあッハハハハハ!!!!」
腹を抱えて笑いに笑う。幼子のようにゲラゲラと、しかし途端に、彼の嘲笑はピタリと止まった。
「だがあれはなんだ? 花騎士モミジだと? あれほどの花騎士がまだ他にいたとは、私の調査もまだ不十分か。今一度情報洗い直す必要があるな」
チッ、と舌打ちをするその者の顔は酷く眉間にシワを寄せる。
「忌々しい。忌々しい。忌々しい忌々しい忌々しい花騎士どもめ!! いや、世界花もそうだ!! 最後の手段に出たのか知らんが英霊どもを呼び寄せるなど味な真似をしやがって!! どこまで私を愚弄すれば気が済むのだぁああああぁぁあああああッ!!」
ガンガンと乱暴に足踏みする。何度も何度も繰り返し、気が済むまで苛立ちを踏み鳴らした。
「まあいいでしょう。この世界が滅びるは必定。精々抗い続けろ。破壊と再生を繰り返し、爪先から頭の天辺に至るまでじっくり削ぎ降ろされるがいいさ。
しかしカルデアが絡んできたとなると厄介ですね。早急に手を打つとしましょう」
この日を境に、庭園の楽園は、――――スプリングガーデンは牢櫃と化す。
逃げ道などもはや在りはしない。
入るものはご自由に、拒むことなど一切あらず。
ただし、出ることは叶わずと知れ。
此処はそういう世界となった。
いや、――千年前からそうだったのかもしれない。
"ようこそ。――
×
ブロッサムヒル王宮 客室
気がつけば、オレはベッドの上で寝ていたようだ。
カルデアとは違う、セレブリティ御用達の高級感溢れるベッド。
見慣れない天井に見知らぬ部屋。
だが豪華すぎる。綺麗すぎる。一言で片づけるなら王室だと言っても過言ではない。
いったいどうしてこうなったのかと、記憶を辿ろうとした時――、
「あっ、気がつきましたか団長。おはようございます」
隣から聞き覚えのある声が耳に届いた。
同時に、今まで何があったのかがフラッシュバックとなって襲ってきた。
ありえないレイシフトのこと、別世界であること、花騎士と害虫という存在のこと。
事の顛末に至るまで全て映像となって確認できた。
しかし妙な違和感が襲ってきた。
"団長"、というマスターとはまた別の呼び名に困惑したがこの声が誰のものであるかはすぐに思い出せた。
「おはようモミジ。体の方はもう大丈夫なのか?」
「おかげさまで。団長のおかげで私の魔力も幾分回復出来ました。本当にありがとうございました」
椅子から立ち上がって頭を下げる彼女にオレは手を横に振る。
「いやいや、オレのおかげじゃないよ。ハクモクレンが君をここまで連れてきてくれたんだ。礼なら彼女に言ってくれ」
「えぇ。彼女にもお礼を申し上げました。そのハクモクレンさんですが、伝言があります。
"今回は危険な目に合わせてしまって済まなかった。不躾がましいが縁があればその時はよろしく頼む"とのことです」
「ハクモクレンらしいね。礼を言いたいんだけど会いに行くことは出来るのかな?」
「難しいですね。ここ最近、害虫の活動は活発で、警備の人員も人手不足です。聞けば彼女はブロッサムヒルの警備隊隊長。そう安易に会合するのは難しいと思います」
やっぱり難しいか。
それは仕方ないとして、今何時か些か気になる。
「そうです。忘れていました。朝食の用意が出来たと、先程メイドの方から報せがありました」
もう日が昇っていたのか。
目覚めてから時間も経ったおかげで今では小鳥たちの朝を告げる鳴き声が鮮明に耳へ入ってくる。
「立てますか団長?」
モミジが手を差し伸べてきた。
これは断るわけにはいかない。
彼女もまた一人の騎士なのだから恥をかかすわけにはいかない。
「ありがとう。助かるよ」
手をしっかりと握る――はずだったのだが、起床したばかりなのか手に力が入らず――
そのまま床に転げ落ちてしまった。
「だ、大丈夫ですか団長?」
うん、クリーンヒット。
顔面から落ちたのは痛かったがおかげで目が冴えてきたのもまた事実。
すぐ立ち上がって何ともないと平然を装った。
が、空気が重い。
何か、何か話題で切り抜けないと!
――あっ、そうだ。
「と、ところでさっきから気になってたんだけど。オレのこと団長って呼ぶけど団長って何なの?」
決して苦し紛れに咄嗟に思いついたわけではない。
昨日も今も、モミジが"団長"と何度か呼称してきたのが気になっただけだ。
そういえばそうでしたね、とモミジは続けて口にする。
「あなたはこの世界の常識をまだご存じですね。ハクモクレンから聞いていますよ。異世界から来訪してきた英雄だと。団長のことを知らないのも無理もないですね。
この世界では花騎士が人類を守るために害虫と戦っていることは言うまでもありませんね。では、その花騎士を統括しているのは誰だかわかりますか?」
「まさか、それが団長だと?」
「正解です。団長は花騎士を束ねて騎士団を結成しています。今や騎士団は欠かせない存在。各地で日々花騎士と協力して害虫駆除を行っているわけです」
・・・ふーむ。
つまりはマスターと一緒というわけか。
それなら納得の頷きも出来る。
どこの世界もリーダーは必要不可欠なんだなと思った矢先に――
バンッ!
と、部屋の扉を力任せに開く音が室内に響いた。
「遅いではないか立香!」
ズンズンと怒りを露わにしながら歩いてくるネロ陛下。
何か癪に障るようなことでもあったのだろうか?
「いつまで余を待たせるのだ戯け!せっかくの朝食も既に冷めてしまったわ!これには余の宮廷シェフ一同も激おこ!」
あわわわ。
陛下の額にツノが! ツノドリルが見えまする!
さっきモミジが朝食の件を伝えてくれたけど、まさか皇帝陛下とご一緒してのブレークファーストだったのか!?
すみませんすみませんとオレは何度も頭を深く下げた。
「冗談だぞ。待つのも飽きたのでな、こうして余自ら呼びに来たのだ」
「すみません皇帝陛下。これからそちらへ向かうはずだったのですが、私が彼に団長について説明していたので遅くなってしまいました。申し訳ありません」
「む? そうか。モミジがそう言うのであればそうなのであろう。世話をかけてすまなかった」
あれ?
なんかやけに彼女に対しては甘いような――
「ネロ陛下、モミジのことご存じなので?」
「ご存じもなにも昨晩貴公と一緒にここに連れて帰ってきたではないか。立香が眠っている間にいろいろと武勇伝を語り合ったのだ。
これが中々盛り上がってな。モミジも余と同じく炎を纏う戦士ときた。であれば、親近感が湧く!
今までのセイバーはビームだったりワープだったり即死という名の悪即斬とやりたい放題!
最近ではなんだ? DX聖剣エクスカリバーというのか? 余もああいう宝具を作りたい! 欲しい!!」
いけない、それ以上いけない。
自分の世界にダイブするのはいいけども、今そうなっては面倒このうえない。
「ネロ陛下、本日の朝食はいかような?」
「む? イカなどないぞ? 何はともあれ早く食堂に行くぞ立香。スープでも飲みながら
これからのことか・・・。
昨日は全く考える余裕すらなかったな。
ただ目の前のことでいっぱいいっぱい。
この世界に来た時にも感じたけど、誰かが隣にいることがこんなにも心の支えになるものなんだなと感慨深い。
「何をしておる立香。早く余について来ぬか」
「団長、どうぞこちらへ」
いつの間にか二人は部屋の外でオレを待っていた。
そうだ。まずは腹ごしらえだ。
この世界に来てからまだ何も口にしていないんだった。
「はいはい。今行きますよっと」
ブロッサムヒル王宮 食堂
ホント、さすがと言うべきか。
縦長の高級テーブルの中央にある燭台を中心に色とりどりの料理が並んでいる。
ライオンの顔の剥製が大理石で出来た壁に飾られてるけどこれはたぶんネロ陛下の趣味なんだろうな、ネロちゃまライオン好きだし。第三再臨の姿なんて――
いけないいけない、今は食事中だった。
手始めに湯気が立つスープを一口。
「・・・美味しい」
思わず呟いてしまった。
「そうであろう? そうであろう!
何せ余の手作りなのだ! もーっと味わって食すが良いぞ!!」
「え!? 陛下自ら?」
それはすごい。見た目はただのオニオンスープ、しかもこれを調理したのがネロ陛下というのだから当然箔が付いてより美味に感じる。
いつの間にこれほどまでのレベルに?
いや、というより料理出来るんですね陛下。
「モミジもどうだ? このサルティン・ボッカも余の自信作だ!
トッピングにケッパーをかけてみるのもまた格別だぞ」
「は、はい。そちらもありがたく戴きます」
なんか押しつけがましく見えるけど陛下があれだけ推しているということはそれだけモミジのことを気に入ったのだろう。
美少年でも美少女でも美老年でも、美しくあればなんでも寵愛を受けるに値すると豪語していた記憶がある。
「さて、それでは早速だが本題に入ろうと思う」
片手のナイフを指でクルクルと回しながら陛下は仰せられた。
「これからのことだが、朝食後に立香にはウィンターローズである調査をしてもらいたいのだ」
「ウィンターローズ?」
頭の上にハテナが浮かぶ。
そこへ当然のようにモミジが解説を始めてくれた。
「ウィンターローズは雪が絶えることのない白銀の国です。そこで見られる雪景色は大変美しく皇帝陛下もお気に召すかと」
「うむ! 口にするのは悪いが実際余もブロッサムヒルではなくウィンターローズで女王になりたかった!
ウィンターローズ、冬のバラ、すなわち薔薇の皇帝である余に相応しい!」
あぁ、それは確かに同情してしまう。
しかしウィンターローズか。現代でいうロシアみたいなところだよな・・・。
うわ、間違いなく寒さで死にそう。昨日のことのように覚えてるよ、クリスマス、プレゼント、トナカイ、サンタム・・・、うっ、頭が。
「団長、大丈夫ですか?顔色が青ざめて・・・」
「苦い経験があるのだ立香にも。でだ、ウィンターローズでの調査というのはな。
"聖杯探索"だマスターよ」
!?
・・・いや、何となく想像はついていた。
今さら驚くまでもない。今までずっとそうだったのだから。
聖杯を回収して特異点の修復を行う。それがグランドオーダー。魔術世界における最高位の使命だ。
「もしかして、オレがこの世界に来たことと何か関係があるんですか?」
「大いにある。今まで関係なかったことなどあるまい」
「ごもっともです。でもどうして聖杯がウィンターローズに?」
「それがな、その聖杯のことなのだが・・・、七つあるのだ」
・・・・・・はい?
聞き間違いかな?
「聖杯が七つ?」
「驚く必要があるか? というか、今さら聖杯が一つや二つ増えたところで変わらぬであろうに」
「変わりますよ! 仮にここが特異点だとして聖杯が七つもあるのは前代未聞です!」
冗談でも笑える話じゃない。
聖杯一つ回収するだけでも過酷だというのに。
「すみません。聖杯とはどのようなものなのですか?」
「あらゆる願いを叶える願望機。と、聞こえはいいが実質厄介な代物でな。これが元凶となって様々な異常事態が引き起こされるのだ」
「願いを叶える、ですか? 本当にそのようなものが」
「限度もあるがな。それはそうと立香よ。これを受け取るがよい」
モミジに聖杯の説明を終えた陛下が一枚の紙切れをカードでも投げるかのように渡してきた。
見れば、紙に書かれているのは何かの地図のようだが。
「朝食を済ませたらそこへ行くがよい。貴公の助けとなるものが待っておるぞ」
「もしかして、陛下以外にもここにサーヴァントが?」
「さて、どうだか」
もったいぶる陛下はグラスに注がれたワインを優々と口に運ぶ。
オレも他に何か食べるとしよう。
「聖杯、ですか・・・」
不意に、モミジの呟きに耳が反応した。
今の話を鵜呑みにすれば、誰だって欲しくなるのは決まっている。
だからこそ、
モミジにも叶えたい願いがあるのだろうか?
一番の花騎士になることが彼女の目標であることは知っているが、果たしてそれを聖杯で成就していいものかどうか。そこはモミジ次第か。
「皇帝陛下、お願いがあります」
「む? 藪から棒にどうした?
よいぞ、何でも申してみるがよい。貴公には我がマスターが大変世話になったからな。たいていの願いは聞き入れようぞ」
上機嫌な皇帝陛下にモミジは礼を言う。
改まってどうしたのかと聞く耳を立ててみる。
「私も、その・・・聖杯探索に――」
「よいぞ」
「即答ですか陛下よ」
頼む前に了承しちゃったよこの王様は。
「もとよりそのつもりで話しておったのだぞモミジよ。いや、こちらも手を回せる花騎士がおらぬでな。何せ未だ害虫の侵攻は沈まぬばかりか、この都市の復興作業にも人手や時間がかかる。
そこへ、フリーランスの花騎士である貴公が来てくれたのだ。これはもはや運命であろう!」
フリーランスの花騎士?
つまり、騎士団に所属していない花騎士ということか。
でもどうしてだ?
あれだけの強い魔力を持ち合わせているのに在籍していないだなんて。何かワケでもあるのか?
「立香、異存はないな?
モミジとともに聖杯探索の任務、いや、クエストといったほうが冒険らしくてよいな。クエストのほう、任せたぞ!」
RPGか何かに影響されたのかな?
何であれ言われるまでもない。
「じゃあ改めてよろしく、モミジ」
「こちらこそ、よろしくお願いします団長。命令には逆らいませんので何でも申し付けてください」
ん? 今――
「何でもすると言ったなモミジよ!」
「どうして陛下が反応するんですか!」
「お決まりであろう!
何でもする。略して"ナニする"を使うとはやはり余の目に狂いはナカッタ!!」
略になってませんしその目は曇っています。
しかし命令には逆らわないと断言したからには――――、
目線が欲望に負けてモミジの胸に行き着く。
デカい。マシュより大きいのではないだろうか。
いやデカい。とにかくデカいの一言に尽きる。
Oh、アノ胸ニ飛ビ込ンデミタイデース!
「マスター、鼻の下が伸びておるぞ」
いかんいかん。危うく理性蒸発するところだった。
なんにせよネロ陛下からのクエストどおり、聖杯探索して回収しないと。
オレは朝食にも関わらず、勢いに任せてテーブルにある料理へ次々と手を伸ばしていき満足するまで腹を満たした。
「おぉ、そうであった! 大事なことを忘れていた!」
手のひらに拳をポンと乗せる陛下。
何か重大なことでもあったのだろうか?
「立香、モミジ。ついてまいれ!
中庭で儀式を執り行うぞ!」
陛下が席から立ち上がった次の瞬間、モミジの体が前触れなく浮いたのが目に見えた。
その時にはすでにオレも宙に浮いており、抵抗も空しく終わる。
オレもモミジも、どうやらネロ様に襟首を掴まれているようである。
オレたちは飼い犬に付けられたリードを引っ張られるように、童心へ帰られた陛下に連れまわされたのであった。
ブロッサムヒル王宮 中庭
振り下ろされたオレたちがいる場所は、昨日訪れた中庭だった。
今日も今日とて薔薇の花弁が風に身を委ねて辺り一面を舞い踊っている。
――にしても苦しかった。
襟元を引っ張られるのだからそれは首も締まるしまる。
見ればモミジもケホケホっとツラい咳をしていた。
ネロ様の筋力ランクはDと低いのに侮れない。
無理やり散歩させられる犬の気持ちが少し共感出来たよ。
だがそんなことはお構いなしでネロ陛下はるんるんと鼻歌混じりで壇上に駆け上がる。
「急で済まなかったな二人とも。しかしこれから行う儀式は貴公らにとって大変重大なことなのだ!」
「重大なのはわかりました。それがいったいオレたちにどう関係しているんですか?」
「うむ。儀式というのはだなマスター、いや、余もモミジに習って団長と呼ぶべきか。団長と花騎士との間に魔力供給のパスを繋ぐことにある」
魔力供給、文字通りマスターがサーヴァントに魔力を供給することである。
サーヴァントは魔力がなければ現界を維持することが叶わない。
だからこそサーヴァントはマスターからの魔力供給というバックアップが必要不可欠なのであり、無下にマスターを殺されないよう警戒するものなのだ。
実際、もし昨日の夜、オレとモミジとの間に魔力供給のパスが通っていれば彼女が倒れることはなくスムーズにブロッサムヒルへ帰還出来ただろう。
「確かに、パスを通すことが出来ればこの先の戦いでモミジへの負担も少しは軽くなる・・・。でもどうやって繋ぐんですか?」
「そんなの決まっておろう」
ネロ様がこっち来いと手招きする。
オレとモミジは互いに顔を見合わせる。
どちらも不思議な表情を浮かべていたが指示通りに壇上へ上がる。
そこでようやく気付いた。
床に水銀で描かれた魔法陣の紋様。消去の中に退去、四つの退去の陣が刻まれた英霊召喚の陣がそこに在った。
魔法陣の後ろには一つの祭壇が、その上に月桂冠が置かれている。
冠を手にした王様はモミジの頭にひょいと被せると――
「さぁ、余の勅命である!
今、この場で、誓いの
――――――――はい?
なんですとおおおおおおおおおおお!?
「何をしておる? この程度が出来ずして世界が救えようか? 否!」
「否! じゃないですよバカ王!
なぜに?
そこのところkwsk!」
「命令とあれば私は構いませんが」
「ほらご覧なさい! モミジもこう言って――――」
え? 今なんて――――
「ただし皇帝陛下からではなく団長、あなたの命令に限ります。
さぁ、命令を」
ん? んんんんんんんんん????
待って。なんだこの超展開は?
脳が、脳が理解しているのに否定しているでござるよ。
モミジの顔をチラッと見てみるが、赤面していることはなく、既に受け入れる準備は端だという
どうする?
もし仮にマシュにこんなこと知られたりしたら。
――先輩、最低です。(死んでください)
と蔑んだ目をして呪詛で訴えかけてくること間違いなし!
でも、あぁこうなったら――――、破れかぶれだ!!
オレはモミジの両肩を握って引き寄せた。
違う。これは魔力供給のパスを繋ぐ為であって決してやましい気持ちではないのであるまる! などと、作文に言い訳を記す。
モミジと目を合わせる。
彼女の瞳に迷いはなく、ルビーのように煌めくその眼に魅了される。
「い、いいんだな。モミジ」
「はい。それが命令であるなら、私は拒みはしません」
両者互いに目蓋を閉じ、いよいよ距離が近づく。
七センチメートル。
後ろから体を押されれば、接吻出来てしまう位置だ。
――けど、さすがにこれは無理がある。
オレが目蓋を開いてみると、モミジの体は小刻みに震えていた。
体は正直とはよく言ったものだ。
ウサギのような、捕らわれた獲物が見せる恐怖の現れが伝わってくる。
命令は何でも聞く? そんなのは嘘だ。
それではただの
彼女は生身の、生きている人間だ。
人の尊厳を、選択の自由を縛ってまで、オレはそこまで求めてない。
こんなのは間違っている。
そう結論付けた時――、
「――――もうよい」
陛下がオレたちの間に割って入ってきた。
「すまぬな。少々貴公らを試させてもらったぞ」
「試したって、こんな悪趣味な方法でですか?」
オレは少し声を荒げて言った。
「許せとは言わぬ。しかし必要なことだったのでな。立香もここに来る時に見たであろう。この王宮とともにある
この世界は世界花に認められてこそ守護者の生業が成せる。
余はその代行者だ。そも、此処に現界出来ているのも余が世界花によって召喚、契約したことに他ならない」
「待ってくれ。世界花と契約?
じゃあ今オレとのパスは繋がっていないのか?」
「安心せい。契約といってもその内容が違うだけだ。立香とのリンクは途切れてはおらぬ。
どうやら世界花はカルデアのパイプラインを接合したようでな。
今の余はカルデアからの魔力供給を世界花によるパイプラインを通して得ておるのだ。
――本当に、我らの世でいう
悠長に語るネロ陛下。
この世界に英霊が限界出来る
だがまだ理解できないことがある。
なぜ世界花に認めてもらうための方法がベーゼでなければいけなかったのか?
「それとな。先のベーゼの件だが、アレは貴公らが不純でないか確かめるためのものだったのだ」
「不純、ですか?」
「そうだともモミジ。戦士は常に純粋でなくてはならぬ。邪念や私利私欲に囚われることのない真白の心を胸に抱くことが不可欠なのだ」
それは確かに一理ある。
そんなものを持ち合わせている者に世界を任せてはいられない。
「ん? もしかして儀式はこれで終わりですか?」
「まだ誰も終了の鐘は鳴らしておらぬぞ立香。
とは言ってもほぼ終わりだがな。
では立香よ、召喚の陣の中央に立つがよい。そして令呪が宿りし手を天に掲げよ」
陛下に誘導されるがまま、オレは令呪を掲げた。
瞬間、それまで穏やかだった風が強風を巻き起こした。
窓はガタガタと揺れ、装飾された木々とともに二重奏を奏でる。空で浮遊していた薔薇の花弁はより一層鮮やかに舞い踊っている。
唐突な突風で一瞬目蓋を閉じてしまったが、開いてみれば令呪は赤い閃光を輝かせていた。
太陽のような温かさを感じる。
次第に光は強く増し、気がつけば視界は真っ白になった。
――――夢を見ている。
夢と言っても視界に映るのは白い世界。
地面も、空も、海も、本当に何もない、一面真白の無空の世界。
あるとすれば、今あるこの意識と、二人の人影。
一人は、清廉そうな少女。
一人は、その背中を追う無垢な少女。
背中を追う少女は言った。
「――と肩を並べて戦いたい」
清廉そうな少女は言った。
「騎士学校で一番になったらね」
そうして背中を追う少女は、清廉そうな少女に置いていかれた。
残された少女は唯一人、剣をもって走りゆく。
その先には何もないというのに。
その先には誰も待つものはいないというのに。
――少女は一人、剣をもって荒野を駆けてゆく。
気がつけば、正しい光景が前触れなく目に入ってきた。
態勢は変わらないままだ。
オレは令呪に目をやる。輝いていた令呪は今ではすっかり電池が切れたように輝きを失っている。
「これで儀式は終わりだぞ立香。ご苦労であったな!」
背中をバンバン叩いてくる陛下には申し訳ないが、オレは今見た光景が頭から離れなかった。
儀式とかそういうのは問題じゃない。
ただ、あの夢の続きが気になって仕方がない。
「モミジよ、立香から魔力を受けているのがわかるか?」
「はい。確かに団長から魔力の供給を感じます。
でもどうしてでしょう? 私は何もしていませんが」
「花騎士は世界花の恩恵を受けているであろう? それと同じだ。
カルデアから流れる魔力を世界花が受け取る。
そこから世界花とパスを通した立香に令呪を通して供給する。
立香の傍にいる限り、魔力供給が途切れることはないが、遠ざかれば供給量が遅れてしまうのが難点だがそこは問題視する必要はあるまい。
ほれ立香、いつまでボケっとしておる!」
考え込んでしまっていたオレに陛下はさっきより強力な平手打ちを見舞う。
背中に衝撃が迸り倒れそうになったが、足を踏ん張って何とか持ちこたえた。
「ではあとは任せたぞ立香、モミジよ。
余が貴公らに今してやれることはこれだけだ。
ウィンターローズへ行き、聖杯を回収してくるのだ!」
キリッとドヤ顔で決めるネロちゃま。
もしかしてそれが言いたかっただけなんじゃないかと疑ったが過ぎたことは水に流そう。
――それからして、身支度を済ませたオレとモミジはネロ皇帝陛下に旅立ちを祝福されながら王宮をあとにした。
×
ブロッサムヒル 城下町
さて、儀式を終えたオレたちは王宮から離れて観光がてら城下町を見て回っている。
ウィンターローズへ行く前に、朝食時にネロ陛下から投げ渡されたメモ。これに書かれた地図を頼りに目的地へ向かっているわけである。
さすが都市国家だけあって人通りも多く賑わっている。
食事中に聞いた話だが、二週間前にここブロッサムヒルでは害虫による大規模な襲撃に見舞われ多くの被害にあったようである。
そのせいか、周りの建物には破損した箇所が幾つも傷跡が残っている。
それでも今こうして町の復興のためにと日々汗水流して働いている人々の姿からは諦めない鋼の意思を感じさせられる。
ウルクの時と同じだ。うなだれている者は一人としておらず、絶望することなく最後まで生きようと戦いを放棄することのなかった戦士たちだ。
「すごい活気だな・・・」
「えぇ、私もここに来るのは久方ぶりですが、ここまで生きる活力で満ち溢れているとは思いもしませんでした」
いや、それにしても――――
「花屋が多いね」
武器屋に喫茶店、書店やアパレルショップ、青果店など多くの店舗が見られるが、何故か花屋だけが他とは違い多く点在している。
「当然です。この世界では花騎士に憧れを抱く人が多いので花を求めて止まない人が絶えません。花のない家は枯れるように衰退して滅ぶと、変な迷信まで広がるおかげで花屋は毎日商売繁盛ですよ」
「最後のはちょっとアレだけど、それほど人々に愛されてるんだね。花も、花騎士も」
「そうですね。ですからそれだけ私たち花騎士もご期待に応えないと――、あっ、そこの角を右に曲がれば目的地に到着します」
モミジが指差す場所にはデカデカと看板が掲げられている。
なんだアレは・・・よく見ればそれは文字、ではなく壁画じゃないか。
加えて、あのライオンのようで物静かに居座った姿から見て取れる神々しさは間違いなく
ここには似つかわしくない異文明の象徴が描かれているのは現実か?
認めたくないがこれは現実。夢まぼろしの如くなりではない。是非もないネ!
「団長? どうかしましたか?
膝をつかれて・・・足の調子でも悪いのですか?」
「い、いや。そうじゃないんだけどさ」
どうあれ行くしかない。
もう誰が待っているか検討はついてるけども。
オレは両手をついて腰を高く上げる。
これぞ、現代人の誰もが構える始まりの型、クラウチング・スタート!
空想のピストル音が鳴った!
ならばあとは走り切るまでだぁああああッ!!
「団長、どうしたんですか急に!? 待ってください団長!!」
ブロッサムヒル建築ギルド ラムセス
「よくぞ来たな、藤丸立香! そして可憐なる花騎士よ!」
屋根にピラミッドがデザインされた、黄金色の煉瓦で建築された施設にその男はいた。
室内はさっきまでいた王宮と比べたら流石に狭く感じるが、オレとしてはこっちのほうが好ましい。
さすがに中は金ピカで染まってはいないものの、エジプトで見られる壁画が壁全域に描かれている。所々にスフィンクスの石像だったりアヌビス神の置物、ぶっちゃけ言ってしまえば室内は、ザ・エジプト。
個人的にソファーに置かれているメジェド神の特大ぬいぐるみが、この摩訶不思議ワールドを和ませる唯一の救いと見た。
しかし褐色の肌に太陽の色をした眼を持つこの
いつにも増してテンションが高いのは気のせいだろうか?
王自ら出迎えるというのも信じがたい光景だったが何か裏でもあるのか?
「やっぱりあなた様でしたか、太陽王オジマンディアス様」
「太陽王?」
「知らないのも無理ないよ。この王様も、オレやネロ様と同じく別世界から来たんだから」
「そうなんですか。初めまして、花騎士のモミジです。団長がいつもお世話になってます」
「これはこれはご丁寧なことだ。我が名は太陽王オジマンディアス。神にして太陽。地上を支配するファラオである。余のマスターが世話になったようだな」
ん? あれ?
ファラオこんな感じだったっけ?
なぜに互いに握手する? そんなキャラじゃないでしょ王様!
それになんかお母さん同士の挨拶みたいに聞こえるんですけど。
やっぱりなんか変じゃないか!?
「と、ところでどうしてオジマンディアスがここに?」
「言ったとおりだ。余はこの宮殿で建築ギルトとやらを始めてな。本来ならば余がこの国を支配下に置くべきなのだが、民と同じ背となり同じ枕の下で暮らすのもまた一興。
故に、建築王たる余の才を以て復興支援に肩入れしている」
なるほど、要は暇を持て余した神の遊びというわけね。
けどオジマンディアスが支援協力しているとはどういう風の吹き回しだ?
・・・考えるのはやめよう。
さっきのスフィンクスの看板といい、きっと変な理由だろう。
気まぐれならまだいいほうだ。いや、そうあってほしい。
じゃないとイメージが崩壊する。ニトクリスもたぶん泣くけど肯定する。
「さて、おまえたちがここに来た理由はわかっている。これからウィンターローズへ向かうのであろう?
とは言うが、図ったのは余と赤王なのだが。
モミジだけではウィンターローズまでの道中は荷が重いと判断し、余の
あれ? 今花騎士に変なルビが振られてなかった?
「我が
サボテン! 此処へ!」
堂々と高らかに呼ばれたその花騎士は、部屋の奥から除くようにひょっこりと出てきた。
白色のベレー帽を被っており、淡い緑色をした前髪が彼女の顔を申し訳程度に隠しているように見える。
鋼の武装をし騎士のような出で立ちをしてはいるが内気な性格なのだろうか、その姿勢はどこかおどおどとしておりちょっと可愛らしい。
「花騎士の・・・サボテンです。
その・・・、
――う、うっううんッ。
オレは心の中で咳払いをしたあと、死んでも後悔のないよう一喝した。
「なに自分の趣味押し付けてんだこのバカファラオがぁああああああッ!!!!」
【お・ま・け】
モミジとのベーゼにおいて、藤丸立香の脳内はどうなっていたか?
立香「
「ダ・ヴィンチちゃん。否認」
「キャスニキ。否認」
「ジャンヌ・ダルク。否認!」
「ネロ・クラウディウス。余は今立場上言えぬ!」
「フランシス・ドレイク。否認」
「モードレッド。否認!」
「フローレンス・ナイチンゲール。否認」
「ベディヴィエール。否認」
「賢王ギルガメッシュ。否認」
「マシュ・キリエライト。否認! 否認DEATH!」
立香「是は、世界を救う戦いである! なぜわかってくれない!!(泣)」