Fate/Grand Order -flowering night-   作:紅劉

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前回のあらすじ

1、藤丸たちは荊軻の案内でエドモン探偵事務所へたどり着く。
  そこで、エドモンの助手である花騎士サフランと出会う。

2、閉ざされたお屋敷の前でエドモンと合流する。

3、屋敷を覆う結界を突破する術を考えている中、オンシジュームが藤丸たちの前に現れた。


第6話「花騎士は英霊に勝てない」

 

 むかしむかし、真っ白な雪に包まれた王国のお城に、一人の女の子が生まれました。

 

 その生まれて間もない小さな赤子にはとても強い魔力が宿っていて、城にいた人々は赤子を恐ろしく思いました。

 

 人々は、その女の子の魔力に恐怖するあまりに言いました、

 

 『もしかしたら、この国に災いをもたらすかもしれない』

 

 同じように、国のえらい人たちも、得体の知れない魔力を恐れるあまり――。

 

 ――女の子を殺すことにしました。

 

 まだ赤子で、会話することさえできない可哀想な女の子なのに。

 

 人にも、国にも、醜い悪魔だと恐怖され、恐れられ、誰一人味方がいないのに。

 

 王様が無抵抗な赤子を殺せと、処刑を命じたその時でした。

 

 王家に仕える一人の騎士が言いました。

 

 『それはあんまりにございます。王よ、この赤子はまだ何も悪事を働いてはおりません。罪なきこの子を裁くとあらせるならば、どうかこの罪深き私を罰してください』

 

 王は顎に手を当て考えました。

 

 なぜならその騎士は、騎士たちの中でもとても強く、最も信頼されているからです。

 

 王は答えました。

 

 『よかろう。しかし貴公もここを立ち去れ。その忌まわしき赤子を連れて人の目が届かぬ遠い辺境の地へ行くがいい』

 

 騎士は王の命令に従い、赤子を連れて城を抜け出しました。

 

 いなくなったところで騎士たちは口を揃えて呟きました。

 

 『あいつは一人の悪魔に手を差し伸べたバケモノだ』

 

 それから長い年月が経ちました。

 

 女の子はすくすくと元気に育ちました。

 

 大人になっても、人を傷つけることはありませんでした。

 

 立派なお家で楽しく暮らし、何不自由ない幸せな毎日を送っていました。

 

 それなのに、女の子を助けた騎士は、みんなから陰口ばかり言われました。

 

 『ああ、あの騎士は悪魔の手先だ。呪われるぞ』

 

 多くの人々は知らないのです。

 

 騎士が女の子を助けたかっただけであることを、

 

 なのにみんな、騎士を悪者みたいに言うのです。

 

 『かわいそうな騎士さん。私は、あなたの優しさを知っているのに……』

 

(ある童話の一部を抜粋)

 

 

 

×

 

 

 

ウィンターローズ 閉ざされたお屋敷

 

 女はいつものように本を読んでいた。

 部屋の壁に立て並べられた幾つもの書架の中から、何気なく選んで引っ張ってきた一冊。

 天蓋付きの高級ベッドに体を寝かせ、パラパラとページをめくるだけの退屈な暇つぶし。

 別に、詠むこと自体が嫌いというわけではない。

 いつもなら、使いの者に頼んで購入してきてもらったオススメの本を楽しみに朝から晩まで読むほどに。

 ただ、今日はいつにも増して不機嫌(、、、)なだけだった。 

 

「ああもうッ! いったいいつまでいるつもりなのよあの男は!」

 怒りと鬱憤を込めて力任せに本を床に投げつける。これが彼女のストレス発散。苛立ちを物にぶつけるという八つ当たり。

 いけないことだとわかってはいる。しかしこうすることでしか鬱憤を晴らせる方法を知らないのだ。

 毎日毎日、誰かもわからない不審者の視線を感じながらの生活は、彼女の怒りのボルテージを高らかに募らせる。

 

 正直、怒りを通り越して気持ち悪い――

 

 気分最悪、身の毛がよだつ。そうならないように結界まで敷いたというのにと、女は悔しさのあまりに歯を強く噛み締めた。 

 

「ナイフでもブン投げてやりたいわ! 次の結界は触れたら痺れるお仕置きものにでもしてやろうかしら。ううん、とりあえず今はあいつの悔しがってる姿でも見てやるわ。今頃手こずってぎゃーぎゃーと泣き喚いてるに違いないんだから!」

 自信たっぷりな笑みを浮かべるとベッドに腰掛け、空中に指先一つで横線を引く。途端、辿った軌跡が半透明のモニターとなって屋敷の外の景色を映した。

 

「あら? 今日は一人じゃなくて大勢いるのね。花騎士みたいな娘もいれば、貧弱そうな優男そうなのもいる。わざわざこんな忌まわしいところにピクニックでも来たのかしら? あっ、オンシジュームまで」

 確認出来るのはそれだけ。何を話しているのかまでは全くわからない。

 使い魔を使役して遣いに放てば会話も盗聴出来るが、彼女にそこまでするつもりは毛頭ない。

 加えて今の彼女には、ストーカー男の悔しがる顔を見ることなどどうでもよくなっていた。

 それより注目したのは、その隣にいる優男に他ならない。

 女は、藤丸立香(優男)彼女たち(花騎士)の団長だと考察し、少しばかり興味を覚えたからである。

 

 せっかくだし、私も会話に参加させてもらおうかしら――

 

 人差し指をクイっと手前に引く。

 瞬間、一人の悲鳴が瞬く間に屋敷のほうへ急速接近してきた。

 

 扉が開く音。

 

 床を走る音。 

 

 階段を駆け上がる音。

 

 そしてもう一度、扉が開く音。

 

 女の前に、一人の少年が連れてこられた(、、、、、、、)

 

「ようこそ。私がこの屋敷の主。カトレア(、、、、)、と言えばわかるでしょ?」

 

 

 

×

 

 

 

「カトレアちゃんと遊びに来たのかな?」

 どうにかして結界を突破しようとしたところで後ろから"害虫(アリさん)"を連れた少女が声をかけてきた。

 ニヒヒと笑顔を振りまいているところを見る限り、敵意はないように見えるけど、問題は害虫を連れているという一点にある。警戒は解かない方がいいだろう。

 

「オレたちはそこの屋敷に用があるんだけど、もしかして君もそこに用があるの?」

「そうだよ。シンビジュームちゃんにおつかい頼まれて今帰りなの。この子はあたしのお友達、マイドアリくん!」

 毎度あり? その名前はダジャレなの?

 それはともかく、話を聞く限りでは彼女は間違いなくあの屋敷の従業員と見ていいだろう。

 

「マイドアリくんって……、どこからどう見ても害虫なんだけど」

「大丈夫だよ。マイドアリくんは私の友達だから。ネー♪」

 言葉を理解できるのか、マイドアリくんは彼女の言葉を聞いてうんうんと頷いた。

 とても共存出来るとは思えないが、こうして見ると案外害虫も可愛いところがあるのか。

 いやいや、ここで彼女のペースに飲まれてはいけない。

 もしかしたら彼女の協力で結界を破壊することなく穏便に事を運べることが出来るかもしれないんだ。

 

「ところでさ。オレたちあの屋敷に用事があるんだけど、この結界のせいで近づくことさえ出来ないんだ。何とかならないかな?」

「簡単だよ。あたしもこの結界を通り抜けることは出来ないけどマイドアリくんなら結界の影響を受けないからね。じゃあマイドアリくん、これお願い!」

 オンシジュームは提げていた買い物袋をマイドアリくんに持たせて屋敷に戻るように指示を出す。

 すると、主の命令を受けたマイドアリくんは一目散に駆け出し、結界にぶつかることもなくそのまま屋敷へと走っていった。

 

「なるほど。人払いの結界を解くにはあの害虫を伝令として解除申請をさせる必要があったということか」

 エドモン、解説はありがたいけどオンシジュームがふくれっ面して怒ってるよ。

 

「害虫じゃなくてマイドアリくん! ちゃんと名前で呼んでくれないと怒っちゃうよ!」

「それはすまなかった。何分人と共存している害虫を見るのは初めてでな。屋敷にはマイドアリくんの他に何か飼っているのか?」

「ううん。マイドアリくんだけだよ。あの子は小さい頃に足をケガしてたんだけど、あたしが屋敷に連れ帰って治療したんだよ。そしたらなつかれちゃってね、今では家族同然、時間がある時に遊んでくれると嬉しいよ!」

 満面の笑みで返すオンシジューム。そうか、と一つ返事で会話を閉ざすエドモン。

 こういうタイプに弱いんだっけエドモンは。

 それとも単に相手するのが面倒なだけか。

 

「あっ、ほらほら見てよ団長! 結界が解除されていってるよ!」

 子どものようにはしゃぐ彼女の前で、確かに結界は煙のごとくスゥっと消えていった。

 マイドアリくんのおかげだろう。よし、褒美を取らそう。アリなんだから甘いものでいいよね? 飴ちゃんでいいだろうか――――んッ!?

 

「団長!?」

「あわわわわ!? 団長さん、急にどこへ行くんですか!?」

 知らない! 勝手に体が動いて止まることすらかなわないし助けを呼ぶにも口も開けない。

 まるで金縛りにあっているかのように、体の自由がきかない。

 

 襟元を鷲掴みされている実感がある。

 ぐいぐい引っ張られるがままに、俺の体は雪の上を滑走し、屋敷の外観をじっくり見る間も与えられることなくエントランスホールに打ち上げられた。

 床に転がされたところで今度は人形のように摘ままれ無理矢理起き上がらされては階段へとドタバタ駆け上がらされる。

 もう何がなんだかわからないが、恐らくこれがこの屋敷の主のおもてなし(、、、、、)なのだろう。

 

 最後はある部屋にポイっと投げ捨てられて終わった。

 同時に体が言うことを聞くようになり、俺はやっとの思いで立ち上がり文句の一つでもぶつけようかと顔を上げると。

 

「ようこそ。私がこの屋敷の主。カトレア(、、、、)、と言えばわかるでしょ?」

 そこには、誰もが見惚れするであろう優美な美女が待ち受けていた。

 

 息を呑んだ。

 薔薇のような紅い髪を持った貴婦人のようで、美を誇るクレオパトラですらきっと称讃するであろうその美貌。

 おとぎ話にあるような、城に閉じ込められた美しい王女との謁見を夢見ているような感覚に陥ってしまっていた。

 

 いや待て。落ち着けオレ。

 見惚れしている場合じゃない。

 彼女は言った。この屋敷の主だと。

 エドモンと荊軻の推測が正しければ、彼女が聖杯を所有している可能性は高い。

 現に、魔術に詳しくない一般人なオレでも彼女から溢れる魔力の濃さが肌に伝わってくる。

 早く聖杯を回収しなければ、ウィンターローズに日が昇ることはない。

 

「それで、あなた名前は?」

「藤丸立香」

「ふーん。あっそ」

 聞いてきたのはそっちじゃないか。

 無理矢理連れてきておいてその態度はないだろう。

 

「男か女かはっきりしない名前ね。女装しても違和感ないんじゃない?」

「そ、そんなことは、な……ぃ……です」

「何よそのしょげた返事は。はっきりしない人は嫌いよ私」

 仕方ないだろ。こればかりはちょっと――

 

「それより私に用があって来たんでしょ? あんな嫌なストーカー男を張らせてまで」

「ストーカー? 何の話を」

「白々しい。あの銀髪で顔はいいけどどこか不幸そうなオーラを纏ってる陰険な男よ!」

 酷い言われようだが何となく察しはつく。

 恐らくエドモンのことを指しているのだろう。

 ストーカー呼ばわりされるのも可哀想だし、オレはカトレアに彼の真名を教えた。

 

「エドモン? なるほどね。それがあの男の名前というわけね。 これまで溜めてくれたストレス、その身をもって受けてもらわなきゃね」

 "どう料理してやろうかしら"と嫌な笑みを浮かべるカトレア。

 張り込んでたエドモンも悪いけどまさか張り込みだけで彼女の怒りを買っていたとは。

 

「ねぇ。あいつの弱点くらい知ってるでしょ? 隠さず全部話なさい。じゃないとそこの窓から叩き落して雪に埋もれたところを氷漬けにするわ」

「知らない知らない! むしろそれはこっちが知りたいくらいだよ」

「そう? あとで白状しても遅いわよ」

 さっきから尋問を受けてばかりだ。このままだと聖杯のことも聞けずにお開きになってしまう。とにかくここで何か聞かないと。いつまでも向こうのペースに合わせるわけにもいかない。

 

「じゃあ今度はこっちの番。単刀直入に聞くけどカトレアは聖杯というのを持っていないか?」

 ――って、なに正直なままにぶっちゃけてるんだオレは!?

 そんなバカ正直に聞いたところで"持ってない"と返されるのがオチだぞ!

 

「そんなの知らないわよ」

 思ったとおりのご回答ありがとうございました。

 でもさすがにその答えで納得するわけにはいかない。

 

「今起きてるウィンターローズの異変は全部聖杯の影響によるものなんだ。聖杯はどんな願いも叶える願望機。誰かが悪用してるのは明白で」

「何よそれ? ……あぁ、そう。そういうことね。要するに、私が犯人って言いたいわけッ!!」

「えっ!? いや、そんなつもりじゃ」

 マズい!?

 確かに今の言い方だとカトレアを犯人だと決めつけているようなもの。

 窓から叩き落されても文句は言えない。完全にオレの落ち度だ。

 

「……そうよね。そう思われても仕方ないわよね」

 

「……えっ?」

 見れば、彼女の瞳には明かりが灯っていなかった。

 さっきまであったはずの気鋭な瞳光はどこへ消えたというのか。

 

「生憎、私はセイハイなんて知らないし、そんなのに頼らなくても私はその気になれば一国余裕で潰せるわよ。人形の繋ぎ目を引きちぎるように」

「カトレア……」

 

 氷のような冷たい言葉だった。

 

 それでいて、最後に口にしたのは、

 

「こんな世界、いっそ消えたほうが救われるのにね」

 

 この世すべての終わりを待ち望んでいるかのような、悲哀に塗れた嘆きだった。

 

「君は、世界が嫌いなのか?」

 思わずそう呟いてしまった。

 カトレアは肩を竦めた後、穏やかに唇を開く。

 

「どうかしらね」

 そう言って、彼女は部屋の窓を開いて外の景色を眺める。

 冷ややかな白い風が頬を撫で、雪はすうっと溶けていく。

 

「あなたはどうなの?」

 世界が好きか、世界が嫌いか。

 そんなこと、問わるまでもない。オレは――

 

「世界になんて興味ない。そうでしょ?」

 

「――――――――」

 

「だってあなた、私と同じ()をしているもの」

 

 

 

×

 

 

 

ウィンターローズ 閉ざされたお屋敷

 

「すみません皆さま。カトレアさんがご迷惑を」

 オンシジュームに応接室へ案内されたモミジたちを前に謝罪するのは、シンビジュームという使用人だった。

 

「頭を上げてくださいシンビジュームさん。団長が無事なら私たちはそれで十分です。ですが驚きました。カトレアさんは他の魔女とは比べ物にならないほど強い魔力をお持ちなのですね」

「は、はい。そうですね。カトレアさんはその……」

 モミジが宥める前でシンビジュームは目を逸らしてもじもじと手を組ませている。

 この場合、何か言いたげそうにしているのは明白だと、助手サフランは探偵エドモンに相槌を打った。

 当然それに気づいたエドモンは頷き、指を鳴らした。

 

「ウェイトレス」

「は、はい。私でしょうか?」

「当然だ。他に誰がいる? 彼女たちにコーヒーを!」

 

――チッガーウッ!!

 

 サフランは口にするのも我慢し心の中でツッコミを押し殺したがこれには彼女も頭を痛めた。

 先程の場の空気なら問い詰めてカトレアや聖杯の情報を引き出せたかもしれないというのに、この探偵はそのチャンスを自ら台無しにしたのである。落胆するのも無理はない。

 シンビジュームがコーヒーを用意しに退出したところでサフランは顎を落としてドッと溜め息を吐いた。

 

「サフランさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いように見えますが」

「大丈夫よモミジ。ちょっと眩暈(めまい)がしただけよ」

「なに? 眩暈だと!? それは大変だ。オンシジューム、彼女を寝室へ!」

 

――誰のせいだと思ってるんですか!

 

「了解だよー! サフランちゃんこっちこっち!」

「ちょっと、私まだ行くなんて一言も、ちょっとぉッ!!」

 オンシジュームに引っ張られるがままに、サフランは部屋を後にされてしまった。

 そうして、花騎士二人が退室し、在室しているのはモミジたち4人となったわけだが、部屋の空気が突如一変する。

 さっきまでの和やかな雰囲気と打って変わり、天敵同士が目を合わせて互いの出方を待つかのような殺伐とした世界へ塗り替えられたのである。

 それが誰の仕業なのかは花騎士であるモミジとハツユキソウにはすぐに察することが出来た。いや、させられたと言った方が正しい。

 二人の視線の先にあるのは、巌窟王エドモン・ダンテス。彼が放つ異質な威圧に二人は警戒せざるを得なかった。

 その威圧は殺意と取ってもおかしくないほどに、彼のそれは酷く悪辣だったからである。

 

「さすが、花騎士なだけのことはある。俺の殺気をこうも容易く感じ取れるとは。サフランよりはマシということか」

「それはありえませんよ伯爵。私たち花騎士は世界花に選定された誉れある騎士です。砂粒ほどの殺気であろうと見逃すわけがありません。私たちを試しているんですか?」

 大剣の柄を握り、敵意の眼差しをぶつけるモミジにエドモンは顔色一つ変えることなく煙管を吸った時だった。ほんの僅かな、小さな風が頬を横切った時、モミジの視線は流されるがままに後を追った先には。

 

「そうだ。彼には気がつけても私からは何も感じ取れなかっただろ」

 背後を取られ、喉元に短刀を当てられたハツユキソウとその犯人である荊軻の姿が目に飛び込んできた。

 

「そんな、いつの間に!?」

 モミジは愕然とした。油断など一切してはいない。なのに彼女は荊軻が横切ることを許し、ハツユキソウを人質に取られてしまった。そのことにモミジは力の差を見せつけられたかのように感じざるを得なかった。

 エドモンはモミジのことなどお構いなしに話を続ける。

 

「気配遮断。文字通り、戦闘時以外は自身の気配を遮断することが出来る隠密行動に長けたスキルを荊軻は有している」

「気配遮断?」

「我々英霊には宝具だけではなくスキルと呼ばれる能力も付与されている。さて、ここからが本題だ」

 エドモンは花騎士たちに問うた。

 

おまえたち(花騎士)は、我々(英霊)に勝てると断言できるか?」

 

 

 

×

 

 

 

 サフランはベッドの上でふてくされていた。オンシジュームがシンビジュームの手伝いをしに行くと言って全速力で部屋を飛び出していったことで一人きりになってしまったためである。

 もっと頼ってくれてもいいのにと、サフランは胸の内で煮え滾るこの抑えきれない衝動を発散するために枕を力強く抱き寄せる。ついには両足をバタバタとベッドに叩きつけては、身体を捻らせて両端へ交互に転がってみせるほどに彼女は荒れているのであった。

 

「何よなによ。疫病神でも祓うように追い出して! あれが探偵のやること!? 確かに私はまだまだひよっこの助手だけど、どうにか役に立とうと頑張ってるんだからね!」

 彼女がエドモンのために意気込むのも無理はない。サフランは今日に至るまでそのほとんどが留守番を任されていたのだから。

 朝一番に起きては郵便受けから朝刊を引っ張り出した。朝食も弁当もすべて手間暇かけて料理した。洗濯なんて帽子の型が崩れないよう慎重に洗うから余計に疲れる。

 掃除も、買い物も、ご近所との交流も、何もかも全部サフランがこなしているのだ。

 だが、これが彼女が求めた助手としての在り方ではない。事件があればエドモンとともに現場へ急行し、互いの推理をぶつけて迷宮入りすることなく解決する。これが彼女の理想像なのである。

 しかし理想はそう簡単に実現しないもの。彼女自身それは理解してはいるものの、エドモンからの扱いや態度はサフランの堪忍袋の緒を緩めつつあった。

 

「もしかして私、信頼されてないのかしら……」

 心にもないことを吐いて枕に顔を埋める。そんなことはないと思いたいがエドモンの冷たい仕打ちを思い出してしまい思わず涙ぐんでしまう。

 

「ううん。そんなこと万に一つもないわ! だって私は助手だもの。おじ様のことを支えていけるのは私だけ。ネガティブになってはダメ、常にポジティブシンキング! 余裕をもって優雅たれよ!」

 そう言ってサフランは勢いに任せてベッドに立ち上がった。拳を天井に突き上げて、自分に言い聞かせるように暗示をかけたのだ。これで大丈夫だと息をついたところで、襟元から何か小さな紙切れがベッドに落ちた。

 そんなことはいざ知らず、彼女が再び枕に頭を寝かせた瞬間、首にチクリと紙切れが角を立てた。

 

「いたッ!? なにこれ、紙切れ? こんなの持ってなかったのに」

 紙切れに目を通す。そこに書かれていたのは、探偵エドモン・ダンテスのイニシャル。そして、探偵が助手に託した指令だった。

 

 

『部屋を見て回れ。調査が終わり次第俺のもとへ戻れ。期待している』

 

 

 しばらく沈黙が続いたあと、歓喜の声が部屋に響いた。やっぱりこの部屋に連れさせたのもこのためだったのかとサフランは喜びのあまり部屋の中を駆けまわった。

 我に返ったあと、サフランは期待に応えるべく早速部屋から抜け出し、意気揚々と一部屋ずつ確認し始めた。ネームプレートが掛けられてない部屋は客室なのか空き部屋なのか、全くもって気になる箇所は見られなかった。

 しかしその逆、花騎士の部屋は世界が違った。

 オンシジュームの部屋は、やはりというか当然というか、人形や遊具で溢れていた。服すら脱ぎ捨てられいる。散らかし放題で片づけられているところなどない。子どもの遊び部屋と言った方が正しいのかもしれない。サフランはこの光景を目にした瞬間、

 

「この部屋にはないもない。うん、絶対ない」

 開いたドアをそっと閉じた。

 

 次に覗いたのはシンビジュームの部屋だ。こちらは先程とは打って変わって綺麗に整理されていた。書棚が並び、化粧台はもちろん部屋の装飾も女性らしく彩られている。今時の女の子の部屋。きっと彼女がこの館の中で一番まともな常識人だとサフランは推測した。

 

「ここも特には何もなさそうね。子どもに見習わせたい良い手本の部屋……あれ? これは」

 サフランが目にしたのは、作業台に置かれた日記帳だった。レザーの皮を被った一見高級そうに見えるそれは、中身を読まれないよう鍵を掛けられるプライバシー保護搭載機。内容は気になるが、さすがに人様のプライベートを勝手に見るのは良心が許さない。聖杯のことについて書かれている重要参考物かもしれないがひとまず彼女はエドモンの指令を優先して別の部屋を調査しに退室した。

 

 サフランが最後に目にしたのは、覚えのない名前だった。

 

デンドロビウム?――

 

「サフラン様」

 不意を突かれた呼びかけにサフランは体がそってしまった。振り返ればシンビジュームが微笑みながらも不穏な空気を漂わせている。勝手に探索していることがバレたと思った彼女はひとまず謝罪した。

 

「大丈夫ですよサフラン様。この屋敷も広いですしね。何かないかと探検したくなる気持ちもわかりますから」

 笑顔を絶やすことなく語るシンビジュームにサフランは安堵する。怒られて追放でもされるかと覚悟していたがその心配もする必要はなくなり、彼女の表情は晴れ晴れとしていた。

 

「ですが、我が師デンドロビウムの部屋を覗き込もうとするのは無礼にも程がありますよ。アスファルのご令嬢様」

 サフランの顔が曇る。穏やかそうなシンビジュームから何か嫌な雰囲気を感じ取ったからである。花騎士は身の危険を感じる感知能力に長けている。未来予知ができるAランクの直感ほどではないが、花騎士の危険感知は世界花の恩恵により自分の身に危険が迫った瞬間に感知できる。故に、彼女はシンビジュームに対して警戒する。目を離すことなくボウガンに手をかけて敵意があることを示すように。

 

「へぇ、あなた私のことを知っているのね」

「えぇ。復讐の化身、巌窟王エドモン・ダンテス。残り十歩で始皇帝を仕留め損ねた暗殺者荊軻。私に知らないことなどありません」

「あなた、本当にシンビジューム?」

「はい。正真正銘、この屋敷の使用人シンビジュームですよ」

 嘘。花騎士が別世界から来た英霊のことを看破することは不可能に等しい。英霊について熟知しているのは英霊と、別世界から来た藤丸立香だけなのだからとサフランは推理する。

 

 つまり、今目の前にいるシンビジュームは"偽者"だ。――

 

「さぁ、お部屋にお戻りくださいサフラン様。お連れの方々も首を長くしてお待ちしていますよ。――――奈落でね!」

 踏み込んだ。身を低くして突撃した瞬間にはサフランの視界から完全に消えてみせた。このまま勢いにのせてボディブローを決め込もうとする。

 だが警戒していたサフランに隙はない。隠し持っていた手の平サイズの小瓶を親指で跳ね上げた。小瓶の中に入った液体は白い光を膨張させていく。

 

(きらめ)きよ! Glanz(グランツェ)!」

 破裂した。廊下一面が眩い閃光で覆われ、シンビジュームは瞬時に両腕で目元を隠す。

 

「閃光弾ですか、味な真似を……。ですがこのような愚策、私には通用しません」

「逃がさないわよシンビジューム!」

 シンビジュームはデンドロビウムの扉を開いた。逃がすわけにはいかないとサフランも後を追ってデンドロビウムの部屋へ入り込む。彼女が、エドモンが探している聖杯の在り処を知っている、もしくは所持している可能性があると判断したからである。それが、彼女の最大の誤算だった。

 

「何よ、ここ……」

 閃光の輝きが失われた時、サフランは自身の眼を疑った。確かに彼女はデンドロビウムの扉を(くぐ)った。それは紛れもない真実。しかし彼女に映っているのは、空から吹雪く雪景色、白化粧した森の中、見慣れたウィンターローズの景色そのものだった。

 

「見てしまいましたね」

 女の声が聞こえた。その声に気づいて我に返ったサフランはすかさず警戒態勢に入る。辺りを見回すがシンビジュームの姿はない。

 

「答えなさいシンビジューム。ここはどこ? どうしてデンドロビウムの部屋がこんな」

「そんなの簡単ですよサフラン様。境界が違うだけなのですから」

「境界が違う?」

「そう。(ゲート)部屋(ルーム)の間にある境界の空間さえ入れ替えれば、どこへだろうと繋がります。"聖杯の力"を使えば」

「あなた、やっぱり聖杯を隠し持っていたのね!」

 ボウガンを手に取り、サフランは姿を現せと叫ぶ。今は部屋のことなどどうでもいい。ここで取り逃がせば次はないと焦燥に駆られた。助手として、探偵(エドモン)に役立つことを証明するためにも。

 

「それほど私をお探しでしたらお見せしますよ。どうぞご覧ください」

「えぇ。大人しく言うことを聞けば……エ?」

 声の主は廊下に佇んでいる。サフランの指示どおり、確かに姿を現してみせた。なのにサフランは驚愕するばかりで言葉がまったくでない。信じられなかった。夢でも見ているのか、いや、鏡でもと。動揺を隠せないサフランを見て、声の主は口元を歪ませる。

 

「これからは私が、"あなたの代わり(サフラン)"となってあげるわ」

「ふざけないでッ!!」

 シンビジュームだったそれは、サフランの姿となって彼女を嘲笑した。サフランは怒りに身を委ねボウガンで狙撃しようとするも、間合いを詰められた彼女は撃てることなくボウガンを蹴り上げられた。

 

「最後に教えてあげるわ(偽者)。花騎士が英霊に勝てるなんて驕らないことね。世界に選定されただけの弱者が、人の領分を越えた強者に勝てるわけがないんだから」

 

 

 本者(サフラン)偽者(サフラン)を追いかける。

 

 

 偽者(サフラン)本者(サフラン)を閉じ込める。

 

 

 そこにあったはずの扉は、本者(サフラン)の前から消えた。

 

 

 そこにいたはずの偽者(サフラン)は、何事もなかったように本者(サフラン)がいた部屋へと戻っていった。




【お・ま・け】
立香「おぉ、これが噂に聞くカトレアリリィ!」
カトレア「なに勝手にアルバム見てんのよ、燃やすわよ!」
立香「でもさらに噂だとこのカトレアリリィには寝室がないとか」
カトレア「ないに決まってでしょ! 幼少期だから!」


【コメント】
 FGOレースイベント、ガチャ大爆死したせいでやる気が10%もない中、最近やっと水着フランちゃん来てくれてやる気がちょっぴり上がりました。
 しかしその裏で、新たにスキン追加されて誕生したカトレアリリィが大活躍していた!

 はい、それはいいとして6話です。
 やっと物語が動きました。カトレアお嬢様が登場してサフランお嬢様が退場です。
 カトレアさんが藤丸と遊ぶ中でサフランさんは偽者によって吹雪く森の中へ置いてけぼりにされてしまいましたね。
 きっとそのうち帰って来ますよ。次回あたりでw

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