IS学園での物語   作:トッポの人

12 / 70
第12話

「っ、はぁ!」

 

 エネルギー減少付きの過剰なボス演出をさっさとやめると、同時に生徒会長が突撃。槍を前方に突き出して前進。

 どうやらあの風が多少は足止めになっていたようだ。まぁそうでなくては困るのだが。

 たった十数秒でエネルギーを百も使ったのだ。本当はもっと大きな効果が欲しかったが、贅沢は言えない。

 

 俺の顔目掛けて文字通り飛んできた槍と生徒会長を左に回り込んで避ける。

 

「……甘いですね」

「一回で終わりと思う方がおかしいんじゃない!?」

「……それを含めてもですよ」

 

 そうして放たれる横への凪ぎ払い。襲い掛かる水の槍を滑り込ませた不可視の刀で受け止める。

 この科学が進んだご時世において、随分とファンタジーな光景だ。俺達だけ何処か違う世界からやって来たものかと思えてしまう。

 

「ふんっ!」

 

 両手で押し返してやれば力の流れに逆らわず、素直に距離を取ってバレリーナのようにくるりと回ってから構え直す生徒会長。随分と余裕があるようだ。

 

「言ってくれるわね。じゃあもう一度!」

 

 まるでさっきのやり取りを巻き戻したかのように再び突いてくる。狙いはやはり顔面。簡単に避けられる。

 だが気になるのは先ほどと違い、槍というリーチの長さを最大限生かしてきたところか。こちらの間合いの外からの攻撃となれば近付くしか手はない。

 

「芸がない!」

 

 こちらも先ほどと同じように左に、時計回りに動いて回避。そうすれば続けて来るのも読みやすい。

 そう思って取った俺の行動に、一瞬だけにやりと嬉しそうに笑うのが印象的だった。

 

「ほら、また行くわよ!」

 

 その笑みも一瞬だけで、直ぐに引き締めて襲い掛かる。やはりというかまた俺を追尾するように槍が横に凪ぎ払われた。

 変えるのはここからだ。

 

「へぇ……そうするんだ」

 

 横に凪ぎ払われた槍を潜って、一気に踏み込む。振るわれた槍の風圧を頭上に感じながら、前進していく。こちらの刀の間合いへと。

 

 しかし、また攻撃が外れて接近を許しているというのにこの人の余裕は崩れない。

 何を根拠にそんな余裕があるのか。既にこちらの間合いだというのに。

 

「いないいない――――」

『っ、春人!』

 

 その余裕の正体が分かるのに時間はいらなかった。生徒会長が槍を横に凪ぎ払いながら、身体をこちらに向かせてくれば――――

 

「――――ばぁ」

「っ!!」

 

 ――――いつの間にか左手に持っていた鞭のような剣が右下から振り上げられようとしていた。顔には悪戯に成功した子供のような表情を浮かべて。

 前へと向かっているのも相まって、とてもじゃないが避けられそうにない。こんなカウンターが決まればそれで終わりとなる可能性だってある。

 

「エンチャント・マイナス!!」

『流れ、変える!』

「ん?」

 

 慌てて発した指令をミコトは正しく受け取ってくれた。前方に風の層が出来上がる。これがミコトが言っていた防壁らしい。

 風による防壁は蛇腹剣の勢いを確実に殺ぎ、与える被害を少なくした。風と防壁で残りシールドエネルギーは四〇九。多少のダメージは仕方ない。

 

「ぐっ……今だ!」

 

 予想していた手応えとの違いに生徒会長の動きが僅かに鈍った。その隙に空へと逃げ出す。

 

「あら、おねーさんを置いて逃げちゃうの?」

「……押してダメなら引いてみろってやつですよ」

 

 軽口に軽口を合わせる。こっちは時間稼ぎの見かけ倒しに過ぎないが、向こうは余裕そのもの。

 それもそうだ。辛くて逃げ出した相手に焦るやつもいないだろう。油断したところに、なんてのもあるだろうがそんな甘い人ではなさそうだ。

 

 それにしても今のは何だったんだ。いつの間にあの剣を。展開した時の光も見えなかったぞ。

 

『春人が横に回って攻撃を避けた時に自分の身体と水で隠してたみたい』

 

 なるほど、馬鹿正直に目の前でやるんじゃなくてそういう風にやって隠すのもあるのか。

 セシリアが隠すつもりもなく展開してたから考えてなかった。

 

『――――でも春人、おかげで見えたね』

「……ああ、見えた」

 

 ミコトの言葉に思わず笑みを浮かべて返事を口にした。どうやらミコトも俺と同じものが見えているらしい。他に同意してくれるのがいるのがここまで心強いとは。

 

「何が見えたのかおねーさんにも教えて欲しいんだけどー」

「……また今度にしますよ」

「今教えて欲しいなっ!」

 

 言葉と共に向けられた槍から今度は無数の銃弾が放たれる。刀で払い落とそうとして構えてから思い出した。今は制限が掛けられている事を。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちしてから回避行動へ。ハイパーセンサーのおかげではっきりと銃弾が見えているのに、身体が追い付かない現状が恨めしい。

 

「はい、久しぶりっ」

「っ!」

 

 凄まじい速度で俺の目の前に躍り出て、この場に合わない挨拶をしてきた。そして槍で叩き付け。

 刀で防げば、楽しそうな笑みを浮かべて生徒会長は訊ねてきた。

 

「で、何が見えたの?」

「……さぁ、何でしょうね」

『負ける未来だよ!!』

 

 その通り!! やはりミコトちゃんにも見えていたか!!

 やばいやばい。無理無理、勝てないよこれ。こんなに強いとは思わなかったよ。何でこんな実力に差がある人を選んだんですか、織斑先生。

 

「いじわ、るっ!!」

「ぐっ!」

 

 がら空きだった右の脇腹へ連結させた蛇腹剣がやってくる。『ヴァーダント』のバインダーを展開、盾にして防ぐと距離を取った。

 

 ミコト、もう一つ風王結界行けるか!?

 

『二つまでなら大丈ぶい!』

 

 その返事を聞くや、即座に新しく武装を展開。呼び出したのはもう一本の『葵・改』。

 左手から発する光がその来訪を告げ、その姿を見せる事なく不可視の刀と化す。

 

「また刀を呼んだの? 芸がないわね」

「……さて、それはどうでしょうか」

「ぅん? どういう事?」

 

 両手をだらりと下げて自然体へ。構えで今何を持っているのか悟らせないためにだ。その状態で話を続ける。

 

「もしかしたら太刀かもしれないですし、槍かもしれません。弓という可能性も捨てがたい」

「弓はないじゃない」

『それな』

 

 それな。いや、すまない……ただ言いたかっただけなんだ……本当にすまない……。

 

「それに太刀はそのバインダーから取り出さないとダメだし、使い慣れてない槍を選択するのもないわよね? バレバレの嘘はよしなさいな!」

「っ!」

 

 言い終えるとガトリングの喧しい音が鳴り、銃弾の雨がやって来た。バインダーで全身を包み込んで防御。刀を持ったままだが、無駄に本家の倍もあるからスペース的にかなり余裕がある。

 バインダーの防御力ならこれしき何て事はないが、このままでは埒が明かない。

 

『近付いて来てるよ!』

 

 そして目の前にいる人は詰めが甘いタイプではないようだ。バインダーでこちらの視界を封じているのを良い事に一気に接近して決着を着けようという腹積もりらしい。

 

 …………ん? ああ、なるほど。

 

『どうしたの? って、近い近い!』

 

 この試合始まって初の意味ありげな俺の発言にミコトが問い掛ける。その焦りようからもう目の前にいるだろう事は充分伝わった。

 

 いや、少し思い付いただけだ。これなら一泡吹かせられるかもな。

 

『思い付いた?』

 

 まぁ見てろって。せめて一撃は入れてみせるさ。実力差があっても、パーフェクトされるのは嫌いなんだ。

 

 押し寄せる銃弾の雨をバインダーという傘で凌ぎつつ、作戦開始。

 このまま防いでいれば間違いなく、抉じ開けてくる。あっと言わせるのはそこからだ。

 

「殻に籠ってばかりいないで、たまには外に出なさい!」

 

 どこぞの引きこもった子供に言い付ける母親のようにバインダーを抉じ開けてきた生徒会長。

 抉じ開けてきたのがとある旦那だったら泣いて謝っていたが、この人だったらまだやれる気がする。

 

「シッ! っ!?」

「へぇ、待ち伏せ? 女の子相手に待たせるなんて感心しないわね」

 

 抉じ開けられたと同時、左手の刀で振り掛かるも薄い水の膜にあっさりと絡め取られた。

 こちらに風の防壁があるように、向こうには水のバリアが攻撃を防いでくれるのか。しかも力を込めても抜けそうにない。

 

「ならば!」

「そっちもくれるの? じゃあ、ありがたく」

「っ!」

 

 左手の刀を手放し、右手で全力の刺突を繰り出すも水の膜には意味がなかった。絡め取られてしまい、そちらも手放して距離を取る。

 

「この刀、取り返しに来ないのー?」

 

 手元から離れていても風をコントロール出来るおかげで、二つの武器は未だ不可視のまま。非常に便利だ。

 

 あげゃげゃげゃ。そろそろ種明かしといきますか。

 

「……そうですね」

 

 右手を翳すと二つの武器に纏っていた風が解除され、その姿を現す。

 一つは『葵・改』、そしてもう一つは――――

 

「太刀……? っ、まさかあの時……!」

「……もう遅い」

 

 そう、もう一つは『ヴァーダント』の太刀。爆破機能がある代物だ。変わった顔色を見るに、それも分かっているのだろう。

 

 俺はバインダーを遮蔽物として使って接近してくる生徒会長のやり方で気付いたのだ。

 こちらが見えていないのなら向こうからも見えていない。そして風王結界で何を持っているのかすら分からない。これを活かさない手はないと。

 

 やった事といえばバインダーを遮蔽物に右手の『葵・改』を格納し、太刀を取り出すだけ。取り出したら即風王結界で分からなくして仕込み完了。

 結果的に最初に俺に一撃与えようとした生徒会長の真似みたいになったが、良いところは真似るもの。誰が悪い訳じゃない。

 

『おー、綺麗にいったね。バレると思って冷や冷やだったけど』

 

 あっちが刀以外は事情ありで使えないと思ってくれてたからな。さて、そろそろ決めますか。

 

 翳した右手を強く握り締め、爆発の命令を口にする。

 

「バースト!!」

 

 口にした瞬間、水の膜に突き刺さっていた太刀から眩い光が溢れ、大爆発を起こした。ISを纏った人間を丸ごと呑み込んでも余りあるほどの。

 

「えっ」

『うわぁ……』

 

 ちょ、おまっ、あんな威力あるなんて聞いてないぞ!?

 

『でしょ? 私も知らなかった』

 

 でしょじゃないよ! ていうかお前も知らなかったのかよ!? せ、生徒会長ー!

 

 爆炎に包まれた生徒会長を助けに行こうとしたその時。左右から現れた水によって動きを封じられてしまう。そして。

 

「驚いた? 私ね、相手の足を引き留めるの得意なのよ」

 

 爆炎の中から何かとんでもない事を口にしつつ、生徒会長が現れた。見た目は無傷そのもので。

 水の膜が前よりもはっきり見える事から水の量を増やして防いだらしい。

 

「さすがに完全に無傷とはいかなかったけど……仕方ないわね。で、ちょっと痛かったからお仕置き」

「づっ!?」

 

 言い終えると身動き出来ないところへ槍の一撃。派手に吹き飛ばされるものの、絶対防御のおかげかがら空きだった腹部への攻撃も少し痛い程度で済んだ。

 

「今ので直ぐ立てるのね……まぁいいわ。早く武器を出しなさい。さもないと……」

 

 立ち上がると直ぐに戦闘体勢に。態とらしく音を立てた槍がこのままだとどうなるかを教えた。

 

『シールドエネルギー残り二五五。今の一撃が効いたね』

 

 もうこちらのエネルギーは半分を切っているのか。やるからには勝ちたいが作戦が思い付かない。ここは耐えるしかないようだ。

 

 両手から光が溢れ、形成していく。俺が選択したのは太刀と同じく、今回新しく追加された槍。

 

「槍なんて使えるの?」

「……それなりです」

 

 それらしく構えると問い掛けに答える。

 正直な話、槍なんて使うのは今日が初めてだ。刀だって箒に教えてもらうまでは触れた事もなかった。

 

『えっ、じゃあ何でそれなりに使えるなんて言ったの?』

 

 昔、兄貴とディルムッドの戦闘シーン何度も見てたから大丈夫。今でもたまに見るし。

 

『大丈夫の根拠……』

 

 まぁ見てろって。行くぜ、おい!

 

 ミコトの呟きを余所に生徒会長へと立ち向かう。

 結果は――――

 

「もう終わりかしら」

『ですよねー』

 

 勿論、ダメでした。

 

 這いつくばる俺を生徒会長は呆気ないとばかりに見下ろす。

 事実、あれから十分程経ったが、太刀の爆発を使ってダメージを与えてからこれまで有効打を与えられていない。対してこちらはもうエネルギーが百を切ろうとしている。

 

『まさか私達のあのスーパーウルトラグレートな必殺技が効かなかったなんて……!』

 

 あれでもダメだったとなれば最早打つ手はない……! くそ、どうすればいいんだ!?

 

「早く刀を呼んで本気を出しなさい。そうすればこれまでみたいに全く手足が出ないって事はなくなるはずよ」

「……何故そんな事を? 好都合では?」

 

 そしてそんな必殺技なんてあるはずもない訳で。生徒会長の言葉通り、手も足も出ていなかった。

 しかし、生徒会長は俺を痛め付けるのが目的だったはず。それならこの状況は望んだ展開のはずだ。

 

 俺の発言に生徒会長はあからさまな溜め息を吐いて

 

「あのねぇ……最初からあんな下手くそな演技されたら誰だって頭冷えるわよ。どうぞ痛めつけて下さいって言ってるのと同じじゃない」

 

 悲報。俺氏悪役下手くそかつ、ドM疑惑が持ち上がる。

 

『噛ませ臭半端なかったからね』

 

 いや、でもあれ近所の子供には凄い人気あったんだけど。やると子供達の殺る気がMAXになるからな。

 と、とにかくドMは否定しないといけない。これ以上悪評が広まる前に。

 

「……そんな事ないですよ」

「はぁ……もういいから。簪ちゃんも苦労してそうだなぁ……」

 

 何処か遠い目をして簪の名前を言う生徒会長。この人と簪は外見は良く似ている。

 そういえば簪が前に優秀な姉がいるとか言っていたのを今更になって思い出した。

 

「……もしかして簪の姉なんですか?」

「あれ、言ってなかったかしら? 私の名前は更識楯無。簪ちゃんの実の姉よ」

「……なるほど。だから……」

 

 やはりそうだった。簪に俺みたいな変な男が付きまとえば怒りたくもなるだろう。

 

「漸く分かったみたいね……。自分がどんな立場にいるのかを!」

「……はい」

「簪ちゃんと一緒の部屋だけでも許せないのに、ご飯も一緒だし、一緒にお風呂も入ってるし!」

「『えっ』」

「極めつけは簪ちゃんのあの笑顔! 家族の私にも見せた事ないのに!! うぅ、やっぱりもう一回殴らせなさい!」

 

 えっ、ちょっと何言ってんのこの人。

 もしかして俺に敵意向けてた理由ってこれなのか。ていうか何で風呂入った事とか知ってんの。

 

『春人、この人残念な人だ』

 

 俺も何となく分かってきた。布仏先輩が気にしなくていいって言ってた意味。

 簪に何をしたのか分からなくて負い目を感じていた。痛い目にあっても仕方のない事だと。しかし、更識会長の話を聞く限りとりあえずはそれも大丈夫そうだ。

 だから――――

 

「――――やる気になったみたいね」

「……ええ、付き合って貰います。但し、一分だけですが」

「充分っ」

『ふ、ふおおお……』

 

 テストも兼ねて本気を出してみよう。

 

 立ち上がると両手にあった槍を地面に突き刺し、代わりに『葵・改』を呼び出した。風王結界で姿を隠さずに。

 リミッター解除時はこの『葵・改』しか使えない。徒手空拳もだ。仮に槍やら太刀やらを使おうとすればその時点で強制的に制限が掛かるようになっているらしい。

 つまりこれしか使えないのなら隠す必要もない。

 

 指先で刀身を二回叩くと刀身だけが光となって消えて準備完了。柄だけの状態で正眼に構えて、小さく呟いた。

 

「――――解き放て、『葵』」

『何故斬魄刀の解号みたいなのを』

 

 だってカッコいいだろう?

 

 その言葉に反応し、柄から光の刃が形成され、ラファールが変化を見せた。装甲の各部が展開されていき、若干大型化する。

 

 《Complete》

 

 暫くするとラファールからそんな音声が流れた。これで完了したらしい。随分と分かりやすい機械音声だ。

 

『今はアイドリング状態で、ここから動き出して一分だけ本気で動けるよ』

 

 了解だ。それと聞きたい事がある。

 

『何?』

 

 ……これなら俺達は人殺しにならなくて済むんだな?

 

 不安だった。セシリア戦で人殺しになっていたかもしれないと思うと怖くてしょうがない。

 人殺しになんてなりたくないし、ミコトを、翼であるISをそんな事で汚したくない。俺がやりたいのはそんな事じゃないんだ。

 

『――――大丈夫だよ』

 

 聞こえてきたのはそんな不安も掻き消すような優しい声だった。

 

『春人がそう思ってくれている限り、私が春人を人殺しになんてさせない。絶対に』

 

 ……分かった。頼りにしてる。

 

 相棒からの頼もしい返事を聞くと右半身を後ろに下げて突撃する体勢へ。

 それを見た更識会長も余裕のある表情から真剣なものへと変わる。

 

「私に足を引っ張られないよう、気を付けなさい」

「それも……振り切ってみせます」

 《Start up》

 

 ラウンド二の幕開けだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。