IS学園での物語   作:トッポの人

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第13話

「はっ――――」

 

 駆ける。駆ける。駆け抜ける。

 纏わりつく空気も、雑多な音も、襲い掛かる銃弾も、足を止めようとする水も、何もかもを振り切って。

 

「ははっ――――」

 

 このアリーナのグラウンド、空を覆うシールドを足場に飛ぶ。その度に加速して溶けていく景色を見て、ただ心が昂った。

 そうなる原因として久し振り飛べたというのは間違いない。だがそれ以外にも要因はあった。

 

 全力を出せるのがこんなにも嬉しいものとは。

 何のしがらみもなく、好きに飛べるのがこんなにも楽しいとは。

 

「はははっ!!」

 

 今この瞬間も戦っているという事実を忘れてただ飛んでいたい。いつかこの狭いアリーナという枠さえも越えて。

 

『凄い凄い! 速い速い!』

 

 姿は見えないが、聞こえてくる声だけでミコトもはしゃいでるのが伝わる。

 喜びを共感出来るのがこんなにも嬉しいとは知らなかった。

 

「そぉ……れっ!!」

 

 そんなこちらの喜びなど知らないと、道を塞ぐように眼前に現れた更識会長が水の槍で突きを放つ。

 加速した状態に加えて、全身を使って放たれるそれは威力、速度共に必殺の一撃と言っても過言ではないだろう。

 引き締めた表情が、向けてくる目の鋭さが、先ほどとまるで違う空気が感じさせた。これが国家代表の本気なのだと。

 

 しかし、今の俺にはそれさえ遅い。

 

「すぁっ!!」

 

 速度はそのままにバレルロールですれすれで避けると、槍を打ち上げるように切り払う。

 水で構成された部分を切ったためか、甲高い金属音ではなく、水を叩き付けたような音がした。

 

「くっ、この馬鹿力……!」

 

 恨めしそうな声を出す更識会長と向き合うように、左手で地面を掴んで強引にブレーキとターンを掛ける。

 無理矢理止まれば、展開された装甲の各部から排熱が始まった。その冷却時間を生かして一言。

 

「遅すぎる……!」

「確かに速いわね……でもまだ何とでも出来るわ」

 

 更識会長の発言は負け惜しみとは思えない。今もどうやったかは分からないが、実際に俺の前に出てきたのだから事実なのだろう。

 一度だけならまぐれかもしれないが、二度三度と続けば疑う余地もなくなる。

 

『足場を蹴る時の体勢とか身体の向きで何処に行くか分かりやすいからね』

 

 なるほど、要は俺の動きは読みやすいと。

 

『対処出来るかどうかは置いといてね』

 

 読みやすいのに対処出来るかは分からないとはこれ如何に。

 だが実際セシリアがそうだったように、誰もが出来る訳ではないんだろう。読めるのならやれよと声を大にして言いたいが。

 

 ……いや、やっぱりやらなくていいです。普通に考えて俺が怖い目に遭うだけですわ。

 テンション上がってIQ溶けてたけど、何でこの人も本気で来るんだよ。おかしいだろ。こっちは本気出せなんて言ってない。

 

『じゃあこっちもって良くある展開だから……』

 

 そういう展開好きだけど、当事者でやるのはやめてクレメンス……。

 

「どうしたの? 時間が勿体ないわよ?」

『あっ、残り約四〇秒』

 

 更識会長に言われて思い出したかのようにミコトが残り時間を告げる。俺が全力を出せる時間を。

 使った二〇秒間、ただ飛び回ってたーのしーしてただけだからテストとしては不十分だろう。

 しかし、やるにしても俺の動きは見え見え。危ない橋なんて渡りたくないのが心情だ。どうしたものか。

 

『見えなきゃいいんじゃない?』

 

 見えなきゃってお前、あー……なるほどですね……。じゃあ、ついでにこういうのもどうだ?

 

『どれどれ……おー! いいね、やってみよう!』

 

 助言で思い付いた俺のイメージも正確に伝わったようで賛同を得る。そうなれば行動は早い。

 

「……行きます」

「速く来なさいな」

 《Attack ride Invisible!》

 

 新しい機械音声が流れると俺の身体を風が包み、更識会長の視界から俺は姿を消した。そして静かに移動開始。

 

「消えた……。さっきの武器にしてたのを応用したの……?」

 

 更識会長の言う通り、これは風王結界の応用だ。風の層によって光の屈折を変化させ、何もないかのようにする。

 だが、あくまで見えなくしただけなのでそこに存在はする。ならば見る以外での探知をすればいいだけ。

 

「でも熱感知なら……っ!?」

 

 そしてそちらへの対策も抜かりない。

 

「熱源が無数にある!?」

 

 更識会長の驚く顔が目に浮かぶ。

 熱源の正体はラファールから排熱されたホッカホカの空気で、それを風で逃がさないようにしているのだ。

 しかし、熱も少しすれば冷めていくもの。今回は直ぐに決め技を放つからいいが、改良が必要だ。

 

『で、今の春人の状況を厨二っぽくお願いします』

 

 孤独と闇が俺を包み込んでいる……!

 

 IQ下がったままだったから気付かなかったが、風王結界全身にやれば光を通らなくなる訳だから俺が何も見えなくなるのは当然な訳で。

 そんな状況でレーダーだけを頼りにふわふわ動いていた。アーマードコアでレーダーの位置と色で敵の場所を把握するという事を覚えてなければ身動き一つ取れなかっただろう。

 

『やっちゃったぜ』

 

 暗いよ怖いよ! これ姿消してる優位性ないよ! さっさと突貫するしかない!

 

『あっ、ちょ…………ぅん?』

 

 上を取っていた俺は早速風王結界を解いて斬りかかる事に。でないと俺のSAN値が大変な事になってしまう。

 

「シッ!」

「っ、上から!」

 

 上からという死角から姿を現して斬りかかるが、水で真正面から受け止めるのではなく、逸らされた。地面と『葵・改』の刃がぶつかる。

 狙いの一撃は外されたが、お互いに近距離。と、すれば俺にも勝ちの目は充分あるはずだ。

 

「ふっ!」

 

 まず攻めたのは更識会長から。この距離では槍は使えないと考えたのか、左手の蛇腹剣を連結させた状態で振るう。

 しかし、『葵・改』を手離した右手の指二本で真剣白刃取り。押すも引くも許さない状況にすれば左手に持ち変えた刀で左から右へと胴体を切り払った。

 

「甘いわ……ね!」

「ちっ!」

 

 ありったけの水を防御に回し、ほとんど柄の部分だけとなった槍をこちらへ向けてくる。

 手で払いのけると槍から明後日の方向へと放たれる銃弾。

 

 くそっ、あの水面倒だな……。風で吹き飛ばすか?

 

『えっ? んー……全ての水を飛ばすだけの風となればその瞬間にエネルギーが尽きるね』

 

 そんな自爆技はちょっとな……。

 仕方ない、アレやってみるか。

 

 両手で刀を持ち、右半身を僅かに引いて刀を水平に持ち上げる。構えとしてはこんなものだろう。

 そして――――

 

「秘剣――――燕返し!」

「えっ、きゃあ!?」

『えぇ……そういうの出来ちゃうの……?』

 

 いや、まぁただそれぞれ別方向から三回斬っただけなんだけどね。完全に同時なんて無理無理。

 

 繰り出した三連続の斬撃は左右と上から更識会長に襲い掛かる。

 上からは槍と剣に防がれ、左は水で。残る右からの斬撃だけが命中。

 だがそこで『葵・改』こと、別名エクスカリパーの効果が発動。見た目は派手だが、ダメージが一しか入らない。

 

『投げれば強い』

 

 投げたら攻撃手段がなくなるんですがそれは……。

 ていうか俺はこのエクスカリパーであと何回斬れば勝てるんですかね?

 

『えっとね……あと四五三回かな』

 

 勝ち目なんて最初からなかったんや。

 とにかく、続けて攻撃するしか――――

 

 《Three》

『あっ』

「ん?」

 

 ――――ん?

 

 《Two》

 

 もう一度燕返しの構えを取ろうとすれば、再び聞こえてくる機械音声。しかも何やら数字が少なくなってきている気がする。

 

 《One》

 

 やはりだ。何かのカウントダウンのようだ。そして次に来るのはゼロのはず……。

 あれ? これってもしかして。

 

 《Time Out……Reformation》

 

 時間切れと告げる機械音声に続き、各部の展開していた装甲が次々に閉じていく。前の姿へ戻るのに三秒も掛からない。

 急速に抑えられた力と元に戻った姿は俺だけでなく、目の前の更識会長すらも唖然とさせた。

 

 あらやだ。

 

「……隙ありぃ!」

「ぐっ……!?」

 

 いち早く立ち直った更識会長がその隙を逃さないと腹部に一撃。

 慌てて腹筋に力をいれたおかげであまり痛くはないが、今のでこちらはエネルギー切れ。何とも情けない決着となってしまった。

 

 ていうか、ああいうのあるならあるって教えてくれよ。

 

『ごめんごめん。ちょっと視線が気になっちゃって』

 

 そんなの今更過ぎやしませんかね……。

 

 《櫻井くん、シールドエネルギーゼロ。勝者、更識さんです!》

 《櫻井……戻ってきたら分かっているな?》

「……了解」

 

 ヒェ……。

 

 山田先生のアナウンスが勝者を告げ、織斑先生からお説教という名の死刑宣告もついでに告げられる。内容はきっと最後の情けない終わりについてだろう。

 はっきり言って戻りたくない。だが戻らないともっと酷い事になるのは誰がどう見ても明らかなので、諦めて戻る事に。

 

「ねぇ、最後に教えて」

「……ん」

 

 重い足を前へ進めようとした瞬間、何処か言いにくそうに更識会長が口を開いた。

 

「……どうして簪ちゃんは笑うようになったの?」

 

 そこには大切な妹の事を少しでも知りたがる、何処にでもいるような姉の姿があった。

 生徒会長でも、国家代表でもない。これが本当の更識会長なんだろう。

 

「……何ででしょうね」

「教えてくれないんだ……いじわるっ」

 

 俺が出した答えは到底満足の得られるものではなく、少し不貞腐れたような表情を浮かべる。

 

 あ、あれ? 違う違う。教えないんじゃなくて、俺も分からないんですって。

 

『えっ、知らないの?』

 

 い、いや、だって気付いたらそうなってたし。そりゃ最近は前よりも笑う事多くなったな、とか思ってたけど。

 

「春人くん、お願い!」

 

 どうやらちゃんとした答えを出すまでは納得してくれないらしい。早く行かなければ織斑先生から怒られてしまう。

 お願いもされてしまったので、どうしたものかとない知恵を精一杯絞っていればふと頭に電流が走った。

 

「……本人に直接聞いてみてください」

 

 そうだよ。簪本人に聞いてみればいいんじゃん。分からないのに無理に答えを出す必要なんてなかったんだよ。

 

「でも……」

「……簪は話したがってますよ」

 

 嘘ではない。実はいつも寝る前に簪から姉との仲をどうにかしたいと相談されていたのだ。

 しかし、簪も早く気付いて欲しい。そんな仲直りの仕方とか、仲良くなる方法分かってるんなら俺はそもそも一人じゃない事を。

 

「簪ちゃんが……うん」

「……ではこれで」

 《櫻井、早くしろ》

「……今行きます」

 

 漸く更識会長も納得してくれたが、織斑先生から催促の通信も来てしまう。少しだけ歩く速度を上げて覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く、苦しい戦いだった……。更識会長と戦うよりもずっと。

 お説教の内容はやはりあの情けない終わりについて。織斑先生の言う事が正論過ぎてぐうの音も出なかった。

 

『うぐぅ』

 

 違う、そうじゃない。それは俺みたいなのが出してはいけない鳴き声だ。

 ていうか俺って所謂高校デビューの素人なんやで? 要求されてるレベルおかしくない?

 

『千冬は春人に期待してるんだよ』

 

 今まで期待なんかされた事ないからプレッシャーを感じてお腹が辛いを通り越して痛い。勘弁してくれ。

 

 そして今回の模擬戦でテストとはいえ、リミッターを解除してしまった。と、なれば整備が必要となる。

 織斑先生からも早くやれと言われたので、布仏先輩と布仏の助力のもと何とか今日中に終えたのだった。

 

『ほら、早く部屋に戻ろう』

 

 時刻は夜の八時を既に回っている。整備に時間が掛かり過ぎてしまった。

 こうしてさっきからミコトが早く早くと急かすが、まだ俺は夕食を取っていない。燃費の悪い俺としては何かしら食べたいのだ。

 

『だからいらないってば。虚からも買い食いはダメだって言われたでしょ?』

 

 そういえばそうだった。やたらと念入りに言われたからな。うぅん、でもなぁ……うぅん。

 

 激しい葛藤の末、布仏先輩の言い付け通り買い食いしない事にした。やはり世話になった人の言う事は聞くべきなのである。

 だが、この空腹は耐え難い。さっさと寝るとしよう。

 

「簪ちゃん、来たわよ!」

「う、うん……!」

 

 ドアに手を掛けた瞬間、部屋の中から聞こえてくる簪と更識会長のひそひそ声。

 模擬戦の後、姿を見せないと思ったらこっちに来ていたらしい。仲直りは出来たようだ。

 その事に少しだけ嬉しく思いながらドアを開ければ、そこには――――

 

「お帰りなさい! ご飯にします? お風呂にします? それとも、わ、た、し?」

「お、お帰り! えっと、その……!」

「…………」

 

 裸エプロンみたいな格好の姉妹が出迎えてくれた。仲良く二人で。

 定番の台詞を聞いた俺は冷静かつ、スピーディーにドアを閉めた。

 

 ……空腹のせいか、二人が裸エプロンみたいな格好してる幻覚が見える。

 

『どうするの?』

 

 大丈夫だ。こんな事もあろうかと、心眼は鍛えてある。

 

「ダメよ、簪ちゃん! もっと積極的に行かないと!」

「で、でもやっぱり恥ずかしい……」

 

 目を閉じて一度深呼吸。するとドアの向こうに制服を着た二人が見えてきた。何やら作戦会議中らしく、またひそひそと話し合っている。

 

 これが幻覚ではない、真実の姿。疲れや空腹に左右されない本当の景色だ。心眼、会得したり。

 

 それにしてもドアノブ何処だろ?

 

『見えてないじゃん……』

 

 ……普通に目を開けるか。

 

「お帰りなさい! 私にします? 私にします? それとも、わ、た、し?」

「お姉ちゃん、話と違うよ!?」

 

 再びドアを開ければやはり裸エプロンの二人。何やら打ち合わせと言う事が違っているようで、簪が抗議していた。

 

 何だこれ……。どうしてこうなった。

 とりあえず簪、天使がそういう格好しちゃダメだろう。常識的に考えて。

 

「……簪、外で待つから着替えろ」

「……お姉ちゃんは?」

「……?」

「お姉ちゃんはいいの……?」

『あっ……ふーん』

 

 ジト目で睨みながらそう訊ねてくる簪はちょっとやそっとでは引き下がりそうにない。そんな固い意志が伝わってきた。

 

 何か簪さんが若干怒ってらっしゃる。

 別に更識会長はいいとかそんなつもりもなかったのだが、これは言い方が悪かったな。

 

「……更識会長も着替えてください」

「んふふ。い、や、よっ」

 

 にんまりと笑みを浮かべながら扇子を拡げて更識会長ははっきりと拒絶した。

 扇子には『愉悦』という文字。やたら達筆に書かれているそれで口許を隠しながら見せつけてくる。

 

「……何でですか?」

「だって、そっちの方が楽しそうだし。ちらっ」

 

 そう言うと更識会長はエプロンの裾を態とらしく少しだけめくってみせた。

 そのおかげで僅かに覗かせる太腿の上部分へと思わず視線を向けてしまうと笑みを深める。小悪魔的な笑みを。

 

「あはっ。春人くんのえっちぃ」

「春人……?」

「…………」

 

 仕掛けられた罠に物の見事に嵌まった俺へ軽蔑の眼差しを向ける簪。頭を抱える俺を瞬き一つしないで見ているのが恐ろしい。

 

 違う、違うんだ簪。あんな事をされれば誰だって目を向けてしまうんだ。男の悲しい性質なんだよ。

 あと、俺はえっちではない。ただエロい事に興味津々なだけなんだ。

 

『人、それをえっちという』

 

 なん……だと……? お前は一体……!?

 

 そんなやり取りをしているとそこで食欲をそそる良い匂いに気が付いた。テーブルを見ればところ狭しと料理が並べられている。

 

「……あの料理は?」

「あら、気付いちゃった? あれはね、私と簪ちゃんの手作りなのよ!」

「お姉ちゃんと仲直りした証……」

「……そうですか」

 

 さすが姉妹というべきか、嬉しそうに笑う二人の顔は良く似ていた。

 

「さっ、食べて食べて」

「……いただきます」

 

 促されるまま用意されていた席に座ると手を合わせる。

 用意されていた料理はどれもが絶品と言えるもの。これは空腹だからではなく、単純に二人が作ってくれたのが美味しいのだ。

 

「……二人は食べないんですか?」

「春人くんのために作ったんだから遠慮しとくわ」

「うん。春人に食べてほしい……」

「……分かった」

 

 えっ、こんなに多いのにこれ一人で食うの?

 幾らなんでもさすがにこの量はキツいんですが……。が、頑張るしかない。

 

「そうそう、ISの訓練見てあげようか?」

「……遠慮しておきます」

 

 何とか食べきれば、更識会長からそんな提案が出た。勿論、断固辞退させてもらう。

 何故かと問われれば、嫌な予感しかしないからだ。俺が想像している訓練とかけ離れている気がしてならない。

 

「遠慮しなくていいわよ」

「……いや、いいです」

「遠慮! しなくていいわよ?」

 

 あっ、これイエスしかない選択肢のやつだ。逃げられないやつだったわ。

 

 その後も何回か断るも結果は同じ。結局は俺がイエスと言うまでこのループからは逃れられなかった。


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