IS学園での物語 作:トッポの人
ちょっと現状忙しいので、投稿が予定よりかなり遅れています。すみません、許してください。何で(ry
私、更識簪にはとても優秀な姉がいる。天才と言っても差し支えない人だ。
昔から何でも出来た姉は何事においても優秀で、私がどれだけ頑張っても届かない存在だった。勉強においても、運動においても、果ては実家の家業でさえ。
天才と凡人の違いを小さいながら私は身近な人から思い知らされていた。嫌というほどに。
そんな姉といるのが苦痛になるのに時間は掛からなかった。
頑張って良い結果を出しても周りからはさすがはあの人の妹だと言われ、無様な結果を出せばあの人の妹らしくないと言われる。
周りからしてみれば私は姉の一部でしかない。付属品でしかなかった。
それでも必死で頑張った。頑張っていればいつかは私を見てくれる。私が姉の付属品ではないと分かってくれる。ただひたすらにそう信じて。
ある日。父と一緒に出掛けていた姉が帰ってくるなり、慌ただしく私の部屋へと入ってきた。こちらの了承を求めずに。
幾ら姉妹とはいえ、ノックも何もせずに入ってきた姉に怒るべきなのだろう。親しき仲にも礼儀はあるのだと。
「っ……!!」
「お姉、ちゃん……?」
しかし、血の気の引いた姉の顔が私に何も言わせなかった。
様子がおかしい事に気付いて声を掛けても何の反応も返ってこない。荒い息を吐いて俯くだけ。
「お姉――――」
「簪ちゃん」
もう一度呼び掛けてみようとしたら、遮るように私の名前を呼んだ。
いつもはある余裕なんて欠片もない。何処か切羽詰まった様子で、口を開いて――――
「あなたは何もしなくていい」
ただ一言だけ、そう言った。
「えっ……?」
急速に喉が乾いていくのを感じながら、私が絞り出すように出した声はそんな情けないものだった。
「えっ、あっ?」
今のは何かの冗談。そう思うも、浮かべているのはからかいや冗談を言うような表情ではなく、真剣そのもの。
何で? どうしてそんな事を言うの?
私は私でありたいだけなのに。ただ私を見てほしいだけなのに。
そんな簡単な言葉さえ出せない。
気付けば私の部屋に姉の姿はなかった。多分怒鳴ったからだと思う。そんな記憶が朧気ながらあるから。
私しかいないこの部屋を呆然と眺めていたら、自然と涙が頬を伝った。
一度流れれば止めるのは難しい。
「う、うぅあぁぁぁ……!」
震える身体を抱き締めて、精一杯声をあげて泣いた。誰かにこの声が届くようにと。こうでもしないと誰も私を見てくれない気がして。
怖かった。このまま姉の一部になる事が。
怖かった。何もしないでいなくなる事が。
怖かった。私がいなくなっても周りは何も変わらないんじゃないかと気付いてしまった事が。
「いや、いや、いや……!」
消えたくない。消えたくない。消えたくない!
必死に声をあげて泣いても、それでもこの声は誰にも届かなかった。
幾ら泣いて叫んでも、私が見ていたアニメや漫画のようにヒーローなんて助けに来てくれない。私が私としてここにいるためには自分一人で頑張るしかなかった。
「っ!!」
春人がセシリアと決闘したその日の夜中、目を覚ました。というよりも飛び起きたというのが近い。
久し振りに嫌な夢を見たせいか、寝汗が凄い。そのせいで衣服が肌に張り付いて気持ち悪かった。
「ふ、ぅ……!」
もう春だというのに身体が震えていた。
温度の話じゃない。それなら布団を被れば済む話だったけど、これは違う。
震えているのは心が寒くて。いや、寒いなんてものじゃなく、まるで氷の世界にでもいるような冷たさがあった。
「汗、流そう……」
汗の気持ち悪さとこの寒さをどうにかすべく、こんな夜中だけどお風呂に入る事に。
直ぐ隣で寝ている同居人を起こさないように、代わりの着替えを持って備え付けのシャワールームへ。
頭上から流れる少し熱めのお湯が身体にまとわりついた汗の不快感を流してくれるが、寒さまではどうにも出来なかった。幾ら浴びても震えが止まらない。
どれだけそうしていただろう。怖くて怖くて泣きそうになっていると、不意にシャワールームにノックが響いた。
「……簪」
「はる、と……?」
「……ああ、大丈夫か?」
声の主は同居人の櫻井春人だった。
このIS学園でたった二人しかいない男性が扉一枚、磨りガラス一枚隔てたところにいる。
嫌な感じはしなかった。何かされるんじゃないかという不安もない。もしされるなら相部屋になった時にされていたはずだから。
その証拠に磨りガラスから見える彼の姿は黒一色だ。恐らくこちらに背を向けているんだろう。ガラス越しとはいえ、私の姿を見ないように。
「起こしちゃった……?」
「……今起きたばかりだ」
「そう、なんだ……」
少しだけ期待してしまった。心配して私のために起きてくれたんじゃないかと。何処かの物語のように。
それでも偶然とはいえ、こんな遅くにこうして話し相手になってくれるのが凄く嬉しい。
そして嬉しいのはこれで終わらなかった。
「……随分長い間シャワーを浴びているが何かあったのか?」
「えっ?」
「……ん?」
春人の言葉に呆気に取られるも彼は自分が言った事に気付いてないようだ。
何とも間の抜けた話だが、思わず笑みが溢れる。楽しさと嬉しさで。
「ふふっ。今起きたばっかりじゃないの?」
「…………むぅ」
小さく唸ると黙ってしまった。どうやら言い返せないらしい。図星、という事だ。
良く良く考えれば私がシャワーを浴びているだけで大丈夫かと話し掛けてくるのは少しおかしい。
きっと私が起きたのとほぼ同時か、シャワーを浴びて直ぐに起きたのだろう。それからずっと起きていたのだ。私を心配して。
普段の彼らしくもないミス。もしかしたらまだ寝惚けているのかもしれない。そう思うと可愛くも思える。
「……それより、何かあったのか?」
強引に話題を戻してきた彼に従う事に。もう少しだけからかいたかったけど、また今度にしよう。
「あっ……」
さっきの言葉を気にして手のひらを見てみれば、確かに指先がふやけていた。本当に長い間浴びていたらしい。
でも同時にそれだけ浴びても止まらなかった震えが止まっている。寒くて仕方なかったのに、いつの間にか寒さも消えていた。今では暖かささえ感じる。
「うん……ちょっと……色々あった……」
「…………そうか」
「でも、もう大丈夫」
あなたが来てくれたから。私の悲鳴に気付いてくれたから。寒くて冷たい、氷の世界から私を助け出してくれたから。
「……あまり無理はするなよ」
「うん。先に寝てて……」
「…………分かった」
そう言うと遠ざかる春人の姿に若干の寂しさを覚える。でも、もう不安はない。
もしも私がまた姉に怯えていても、きっと春人が助けに来てくれる。それが分かったから。
「春人……」
彼を想い、彼の名前を呟くだけで自然と口元が緩む。胸に手を当てれば、そこを中心に暖かさが広がるのを感じた。
心地好い暖かさが全身に広がり、私を包んでくれる。近くに彼がいてくれるようで心強い。
震えも止まったのでシャワーから出て着替えれば、濡れた髪にタオルを当てて静かに乾かしていく。
本当はドライヤーを使いたいが、こんな時間だし、春人に迷惑が掛かる。助けてくれた恩人にそんな真似出来ない。
思えば初日はプログラミングが上手くいかなくて苛立ちをぶつけてしまったりもした。我ながら酷い事をしたと思う。
それでも彼は特に気にする訳でもなく、私と接してくれた。普通ならそんな態度を取られれば放っておくところなのに。苛立っているなら少しでも落ち着くようにと紅茶を出してくれた。
「早く乾かそう……」
考えれば考えるほど、彼と話をしたくなってくる。彼の声が聞きたくなってくる。今ならまだ起きているかもしれない。
そう思って急いで部屋に戻るも部屋は真っ暗。シャワールームから覗く僅かな明かりだけが唯一の光源だった。
「あっ……」
僅かな明かりを頼りにベッドを見れば、彼は布団を被って寝ている。それを見て思わず口から出たのは、自分でも驚くほど寂しげな声だった。
でも当然だ。私がもう大丈夫だから先に寝ててと言ったのだから。そう、これは仕方のない事。
「春人……もう、寝ちゃった……?」
でも、それでも声を聞きたくて。あなたと話をしたくて。諦め半分で小さく、微かに訊ねてみれば――――
「……ああ、寝てる」
「っ……!」
待ちかねた返事がやってきた。他の誰でもない、聞きたかったあなたの声で。
もう寝ていると思っていた私へこれ以上ない嬉しい報せだ。自然と気持ちが昂る。体温が上がっていくのが分かる。
「寝てるのに返事するの?」
「……たまにはそういう事もあるんじゃないか?」
「そうなんだ、ふふっ」
また私を笑顔にしてくれた。なんて事はない、あなたとならこんな会話でも楽しくてしょうがない。
だからこうしてもっと話したいと求めてしまうのは普通なんだろう。もっと、もっと。
「春人」
「……何だ?」
「そっち、行くね……」
「えっ」
返事は待たない。行くと宣言したのだからあとは行くだけだ。彼の元へ。
珍しく驚いているのか、それまで寝ていた春人が飛び起きた。整った顔に、日本人らしい黒い瞳が私を捉える。
「……簪。その、今日はもう遅いからやめ――――」
「遅いから……ダメ……?」
必死に止めようとする春人へ一歩、また一歩と近付きながら問い掛けた。
視界に映る光景がボヤけたのは気のせいではないだろう。沈んだ私の声が何よりの証拠だ。
「――――やめなくていい」
「うんっ」
「…………」
本人から許可を貰えば足取りは軽い。途端に明るくなった返事に困惑しているのか、春人は頭を抱えて俯いていた。その間に彼の使っているベッドに腰を掛ける。
直ぐ傍にいる春人のせいで心臓が高鳴る。真っ暗なのとこんなに近くにいるからかもしれない。
「その、さっき言った色々あった事なんだけど……聞いて、くれる……?」
「……俺なんかで良ければ、な」
「春人に聞いてほしい……」
「……分かった」
自分を卑下する彼に、本当は春人じゃなきゃダメなんだよって言ってあげたい。でもそれは今の私には恥ずかしすぎるからまたいつか、そう遠くない内に必ず。
「私ね、一つ年上のお姉ちゃんがいるの」
「……お姉ちゃん?」
「うん……妹の私が言うのもどうかと思うけど、凄く綺麗で、スタイルも良くて、頭も良くて、運動も何でも出来る人……」
「…………」
姉の紹介から私が実の姉に怯えている話が始まった。
皆が皆私ではなく、姉を見ているという他人からすればただの勘違いだと一笑されて終わるような話も彼は真面目に聞いてくれる。
「これで……全部……」
「……そうか」
やがて私の話も終われば真っ暗な部屋に相応しい静寂が訪れる。でもそれも僅かな間だけ。静寂が破られる事に驚きはしない。
「……簪。ありがとう」
「えっ……?」
意外だったのは破ったのが春人から送られた感謝の言葉だった事。私はただ相談しただけなのに。それを言うべきなのは私なのに。
「何でありがとうなの……?」
「……俺に悩みを打ち明けてくれたからだ」
「――――」
「…………何かおかしかったか?」
「うぅん、おかしくないよ。こっちこそありがとう」
首を傾げて然も当たり前のように言う春人。それが出来るのがどれだけ珍しくて凄い事なのか、彼は分かっていない。
ただ悩みを聞く事はあっても、聞かせてくれてありがとうなんて言う人がどれだけいるだろう。彼の人となりが見てとれる。
「……簪のお姉さんについて良く知らない」
「うん……」
「……でも、きっと簪が思ってるような人じゃないと思う」
「何でそう思ったの……?」
「……それは――――」
確かに私の姉はからかう事はあっても、除け者にするような事は言わなかった。
それに家の都合もあって、小さい頃からずっと礼儀や作法について厳しく教えられてきた。粗相がないようにと。
なのにあの日の姉はそれまで教えられてきたものを忘れて部屋に入ってきた。血相を変えて。
話していて気付いた違和感を次々とあげていく春人は最後の理由を言うべく、でもと一度区切った。
私が気付いたのはここまで。他にもあったんだと彼の言葉に耳を傾ける。
「……でも、一番は簪が優しいからだ。会った事はないが、そのお姉さんも優しいよ」
「私が、優しいから?」
「……ああ」
私が優しいから。
根拠とするには呆れるほど単純明快で、酷く曖昧で、けれどとても優しい理由を春人は一番に選んだ。なんともこの人らしい。
「……仮にそうじゃなかったとしても、簪は簪だ。どれだけお姉さんが優秀でも違う。俺は更識簪を見失ったりしない。消えたりなんかさせない」
「っ! 本当に……?」
「……約束する」
「うん……うんっ!」
また心が暖かくなる。漫画やアニメにしかいないはずのヒーローに会えた。私が困っていたら助けてくれるヒーローに。
嬉しくて泣きそうになるのを必死で堪えていると漸く気付いた。
「そっか、そうなんだ……」
「……?」
この人はまるで月みたいなんだ。太陽のように辺りを眩しくするのではなく、月明かりのように優しくそっと照らしてくれる。
今もこの部屋を照らしてくれているように、私が何処にいてもこの人が見つけてくれる。真っ暗なところで埋もれていたとしても。
そして私は太陽よりも月が好きらしい。らしいと言ったのは直感的にそう思っただけで、まだ確証が持ててないから。
「……簪?」
「動かないで……」
だから彼の直ぐ隣へと移動する。本当に好きなのか確認するために。戸惑う彼も放って。
手を伸ばせばどころか、肩が触れあっているという事実は容易に鼓動を早めた。顔がどんどん赤くなるのが分かる。でもまだ足りない。
「すー、はー……すー、はー……」
「…………簪?」
「う、うん」
呼び掛ける声に応えてから彼に寄り掛かる。肩に頭を乗せれば、深呼吸してから挑んだのに心臓は落ち着いてくれない。
「うぅ……!」
恥ずかしくて顔から火が吹きそうになるけど、それと同じくらいの嬉しさが私の胸にやってくる。
それでも恥ずかしさを堪えて何とか顔を上げてみれば、春人が不思議そうにこちらをじっと見つめていた。
「あっ――――」
「…………その、簪?」
交わる視線に一際胸が高鳴る。もう疑う余地なんてない。いや、そんなものとっくになかった。こうしたのも、ただあなたと触れ合いたかっただけ。
「うんっ。何、春人?」
何度も呼び掛けるあなたに、間違いなくこれまでで一番の笑顔で応える。少しでも私の気持ちが伝わるように。
そうだ。こんな確認なんてしなくても私は、更識簪は櫻井春人が好きだったんだ。