IS学園での物語   作:トッポの人

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長くなっちゃいました。


第17話

 雲一つない綺麗な青空の下、ISを使った授業が始まろうとしていた。

 コアの関係上、ここにいる人数に比べて遥かに少ないISが横に並び立つ前で。

 

「さて、今日は基本的な飛行訓練を行う」

「っ!」

 

 織斑先生のその一言に思わずガッツポーズを取りそうになった。

 それもそのはず、本来なら更識会長との朝の訓練で飛んでいるはずなのだが、諸事情により今日はまだ飛んでいない。ぶっちゃけると早く飛びたくてしょうがなかったのだ。

 

「では織斑、オルコット、櫻井。試しに飛んでみせろ」

「「はい」」

「……はい」

 

 安全面の説明が終われば俺を含む専用機持ち三人に飛ぶように指示してきた。他の生徒達に手本を見せろという事らしい。

 

「良い機会だ。オルコットから展開し、次に織斑、最後に櫻井の順でISを展開しろ」

「前回の授業でも言いましたが、ISの展開は訓練次第でその時間を縮められるんです。熟練の操縦者ともなれば展開に一秒と掛からないんですよー」

 

 前に出た俺達を待ち受けていたのは展開速度がどんなものかどうかの抜き打ちテスト。

 しかもその気はないんだろうが、山田先生の天然プレッシャー付き。やめてほしい。

 

「ではわたくしから」

 

 一歩前に出たセシリアが目を閉じると左耳のイヤーカフスが僅かに揺れた。あれがブルー・ティアーズの待機状態らしい。

 それが光の粒子を放ち、セシリアの体を包む。光が収まった頃にはISを纏ったセシリアが地面から僅かに浮いていた。

 

「展開時間〇・五秒。さすがですね!」

「「「おー!」」」

「凄いね、セシリア!」

「ふふ、当然ですわねっ」

 

 与えられた事前情報に加えて、計測していた山田先生からの結果に皆が称賛の声をあげる。

 当然だと言いながらも、手でふわりと髪を靡かせて言うセシリアの姿は満更でもなさそうだ。

 

「この次って俺かよ……」

 

 若冠十五歳にしては織斑の背中は哀愁漂うものとなっていた。がっくりと肩を落としている姿はいつもの姿からは想像もつかない。

 無理もない、何故か最初に最高を持ってこられたのだ。周りの期待もあってこれは辛い。

 

 だがこいつはこのテストの穴に気付いていない。真面目過ぎるのも考えものだな。

 

「次、織斑だ」

「はいっ!」

 

 名前を呼ばれると織斑は元気良く返事。次の瞬間には右腕を勢い良く突き出し、もう片方の手で右腕の待機状態のガントレットを掴んだ。

 

 やだ……あのポーズ、カッコいい……。

 

『メルブラのOP流す?』

 

 ああ、頼む。

 

 意外と中二力が高い一面を見せた織斑にとてもオサレなBGMを流そうとしていれば、その前にあっさりとその身に白きISを纏っていた。

 

「〇・七秒! 凄いです!」

「「「おー!!」」」

「むむむ、やりますわね……」

 

 出された結果は先程のセシリアに負けているが、専用機を貰って二週間程度でこの速さと考えると凄いだろう。

 その証拠にセシリアの時よりも皆が大きな声をあげているし、セシリア自身も焦りを感じているようだ。

 

「最後は櫻井だ」

「……了解」

 

 そして遂にやって来てしまった俺の番。

 何で俺が最後なのかと訊きたいところだが、相手は先生でしかもあの織斑先生。態々死にに行くつもりはない。

 

「では始めてください」

『行くよ、御堂』

 

 おう!

 

 山田先生の測定が整うと同時、急に真面目な雰囲気を醸し出したミコトからおふざけ満載の言葉が送られてきた。

 まだ短い付き合いだが、相変わらずミコトはこちらの思考を綺麗に、的確に読み取ってくる。

 

 つまり俺が気付いたこのテストの穴さえも。

 要するに、別に俺熟練者じゃないから一秒以上掛けてもいいよねっていう。

 という訳でやるとしますか。

 

 俺の身体の周囲を光の粒子が漂う。織斑やセシリアとはまた違った光景の中で徐々に集中していく。

 

 鬼に逢うては鬼を斬る。

 

『仏に逢うては仏を斬る』

 

 ツルギの理、ここに在り!

 

 心の中で宣誓の言葉を言い終えれば、黒いラファールが展開されていた。

 

「えっと、櫻井くん五・八秒です……」

「「「えぇ……」」」

「はぁ……」

 

 山田先生からの結果報告に全員が全員、何とも言えない空気になっていた。呆れていると言ってもいい。織斑先生までもが頭を抱えている事からどれだけか分かるだろう。

 

 まぁセシリアの記録の約十一倍というある意味で奇跡的なタイムだ。そうなるのも無理もない。さすがにこれは露骨過ぎた。

 

「櫻井、真面目にやれ……二度目はないぞ」

「…………はい」

「全く、何のための授業だ」

 

 恐ろしいまでの殺気を放ちながら言ってくる織斑先生。この人だけが持つ、誰もが従う魔法の言葉には抗えるはずもない。

 一度ISを仕舞ってから、今度は本気で展開する事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し強めに言えば櫻井は大人しくISを待機状態へと戻した。先程あれだけ手間取ったのがまるで嘘のような早さで。

 さすがに格納するのは計測していなかったようだが、あまりの変わりように周りがひそひそと騒ぎ始めた。

 

 その騒ぎを無視して櫻井はISを展開すべく、黒いブレスレットから光を放つ。ISに関わるようになって何度も見た光だ。

 その光を呑み込むように現れたのは、先程も見た漆黒のラファール。

 

「展開時間〇・五秒……オルコットと同等か」

「「「うぇえ!?」」」

「す、凄いです! まだ二週間も経っていないのに!」

「「「…………」」」

 

 計測結果に真耶も大声をあげ、一夏に箒、オルコットは空いた口が塞がらないようだ。

 自分達が今のレベルまで至るのにどれだけ苦労してきたか、良く分かっているからだろう。

 本当ならこいつはこれくらい出来るのだ。

 それは更識からの報告でも聞いているし、実際に私もこの目で見ている。

 

 だがこいつは本気を出したがらない。授業においては必ずと言っていいほど手を抜こうとする。

 恐らくは私と同じで騒がしくなるのが嫌なのだろう。今の態度が何よりの証拠だ。決して褒められたものではないが、親近感も湧いてくる。

 

「…………ふぅ」

 

 目の前で広げられる皆の驚く姿と向けられる様々な感情が込められた視線に、櫻井は顔を背けて溜め息一つ。

 腰に手を当てている姿からは鬱陶しくてしょうがない、煩わしいという思いしか取れない。手を当てているのが腰というより脇腹なのが少し気になるが、意味合いとしては変わらないだろう。

 

「櫻井、気持ちは分かるがあからさまな態度を取るな」

「…………?」

「惚けるならそれでいい。それと今度からは真面目にやれ。いいな?」

「…………はい」

 

 渋々と言った感じを隠すつもりもなく、それでも櫻井は了承の返事をした。

 一度言えばこいつは意外と素直に言う事を聞く。とりあえずは大丈夫だろう。

 

 そして良い機会だ。櫻井の本気を見せて貰うとしよう。何処ぞの誰かがこいつにちょっかいを出してくる可能性もある。

 勿論、やれる事はやるが専用機を持つ本人が対処出来るのが一番だ。まだISに触って間もないが、こいつならやれると思っている。

 何よりも私自身、櫻井春人という男の本気に興味が出てきた。

 

「くっくっくっ」

「お、織斑先生?」

「ち、千冬姉?」

 

 今、私はとても悪い顔をしているのだろう。隣にいる真耶や一夏が私を見て動揺している事から明白だ。

 だがこれを抑えるのは非常に難しいのだ。これから何が見れるのかと思うと楽しみでしょうがない。

 

 ――――見せてみろ、お前の可能性を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か織斑先生がこちらをじっと見ている。物凄い悪役のような笑みを浮かべて。

 でもはっきり言って、俺はそれどころではない。

 

『春人、大丈夫?』

 

 全然だいじょばない。超絶お腹痛い。何これ、かつてないレベルで辛いんだけど。

 しかも織斑先生にお腹抑えるのやめろって言われるし。助けて。

 

 あまりこうして目立つ機会なんてなかった俺にはこの注目を浴びる今の状況は辛すぎた。

 最初からちゃんと真面目にやっていればまだマシになっていたかもしれない。

 

『やってしまったね、櫻井さん』

 

 辛いのだ……。フェネック助けて欲しいのだ……。

 

 心からの助けを望めば突如俺の腹に押し寄せていた痛みの波が引いていく。

 気付けば痛みはおろか、不快感もない。綺麗さっぱりと消え失せていた。

 

『搭乗者保護機能のレベルを物凄い上げたよ。これでもう痛くないでしょ?』

 

 どうやらミコトがISの機能を使って助けてくれたらしい。開発者もまさかこんな下らない事に使われるとは思ってもいなかっただろう。

 

 おお、助かった。愛してるぜ、ベイベ!

 

『ありがとせんきゅー! 私も愛してるっ!!』

 

 ありがとセンキュー!

 

「よし、指定の位置まで三人とも飛べ」

「「は、はい」」

「……はい」

 

 健康というかけがえのないものを手にした俺に怖いものなどない。それは未だ不敵な笑みを浮かべる織斑先生でさえも。

 謎の上機嫌な織斑先生の言葉にいち早く返事をして飛んだ二人に続き、俺も空へと飛ぼうとした時だった。

 

「ああ、そうだ」

 

 何かを思い出したかのように織斑先生が口を開くと、この場にいた全員が一斉にそちらへ視線を向けた。

 

「櫻井、一応言っておくが授業で『一刀修羅』は使うなよ?」

「…………はい」

 

 そ、その名前で言うのはやめろぉ!

 テンション上がってる時ならまだいいけど、素面で言われるのはさすがに恥ずかしいんだよぉ!

 

 何を言うのかと思えば、口にしたのはこの数日の間に急速に広まった俺の二つ名。

 そしてこのラファールに搭載されたリミット解除の通称でもあった。

 とあるアニメの主人公が持つ力と同名のこの名前は簪が名付け親だ。それが食堂で話してる時に誰かの耳に入り……という事らしい。

 まさか教師である織斑先生もそう呼んでくるとは思わなかった。

 

『千冬も知ってたんだねー』

 

 健康になったところで、思わぬ人からの思わぬ攻撃にげんなりするはめに。

 それは飛行にも影響が出ていたようで。

 

 《織斑、何をやっている。スペック上の出力では白式が一番なんだぞ。櫻井、幾らリミッターが掛かっているとはいえ、お前はその程度ではないだろう?》

 

 こんなお叱りの言葉を受けてしまった。

 ハイパーセンサーで声の主を見ればやはりあの素敵で不敵な笑みを浮かべている。

 

 ミコトちゃん、あの白騎士先生は何が楽しくて笑ってるの?

 

『さぁねー……え゛っ?』

 

 ん? どうした?

 

『は、はる、春人、さん……? えっと、どうして千冬の事を白騎士先生と……?』

 

 何故か酷く動揺しているミコトは震える声でそう訊ねてきた。どうやら唐突に付けた渾名が不評らしい。

 まぁ何も説明しなければ白騎士に乗ってたのが織斑先生みたいな言い方だったから仕方ないだろう。

 

 いや、白騎士ってマクロス的な意味なんだけど。

 

『マク、ロス……?』

 

 ああ。今も

 

「久しぶりだな。ルンがこのような色を見せるとは」

 

 って言いそうな顔してるだろ?

 何に対して光らせてるのかは知らないけど。

 

『あ、ああ……そっちね……はぁぁぁ』

 

 何やら心の底からどっと疲れたというような深い深い溜め息を吐くミコト。

 要らぬ心配を掛けてしまったようだ。理由を訊ねるのはまた今度にしよう。

 

「なぁ、前方に角錐を作るイメージなんて分からないよな?」

「……そうだな」

 

 と、そこでタイミング良く織斑が話し掛けてきた。内容は先程の織斑先生が言っていた事について。

 

 すまない、思わず返事してしまったが実は俺出来るんだ。今は織斑先生の精神攻撃があったから出来ないだけでな。

 

「春人さん、一夏さん。イメージは所詮、イメージ。自分がやりやすい方法を模索するのが一番ですわ」

「そう言われてもなぁ。空を飛ぶ感覚自体まだあやふやなんだ。何で浮いてるんだ、これ?」

『物理の法則もあったもんじゃねぇな』

 

 いや、それお前が言っちゃうのか。

 

 話を聞く限り織斑はまだ飛行訓練をあまりやっていないらしい。箒との剣道の訓練もあると考えると時間的に難しい話だ。

 説明するにしても俺もそこまで修めてる訳ではない。どうしたものか。

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「わかった。説明はしてくれなくていい」

「あら、そうですか。春人さんは如何ですか?」

「……俺も遠慮しておこう」

「えっ……。そ、そうですか……」

『春人ぉぉぉ!!』

 

 す、すいません。

 

 どう説明するか悩む俺の代わりにセシリアが答えてくれた。ただし物凄く難しい専門用語を使って。

 講義の内容の末端を聞いただけで降参だと織斑は両手を上げてアピール。

 俺も続いてやめておくと告げると目に見えてセシリアが落ち込んだ。そしてミコトに怒られる。何故だ。

 

「……すまない。やはりお願いしてもいいか?」

「っ! し、仕方ありませんわねっ。このわたくしが教えて差し上げましょう!」

 

 たった一言、そう言っただけでセシリアの落ち込みようは嘘のように元気に。

 その様は主人が帰って来た愛犬のようで、尻尾を横にぶんぶんと振っている幻影が見える。

 

「そ、それでは春人さん。また放課後に指導してさしあげますわ。その時は二人きりで――――」

 《一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りてこい!》

 

 セシリアと放課後の訓練について話をしていると、いきなり通信回線から怒鳴り声が響く。

 見ると遠くの地上で山田先生がインカムを箒に奪われてオタオタしていた。先生なのに。

 

 山田先生……あざといな。侮れん。

 

『ホウキザンナズェミテルンディス!?』

 

 いや、見るだろ。そういう授業なんだから。ていうより唐突に滑舌悪くなったな。びっくりしたわ。

 

 とか思ってたら箒が織斑先生に肩を叩かれる。その手は遠目でも伝わるほど優しいが、顔はとても恐ろしかったようで、箒は青い顔して素直にインカムを返していた。

 

 《織斑、オルコット。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ》

 

 そうしてやってきた指示に俺の名前は含まれていなかった。別に構わないが、そうするなら何で呼んだりしたんだろうか。

 

 《櫻井は最後だ》

 

 あ、そうですか。てっきりいない扱いされているものだと。

 

「では春人さん、一夏さん、お先に」

 

 それだけ言ってセシリアはすぐさま地上に向かった。あっという間に地上に降りていき、完全停止も難なくクリア。

 こちらへ振り向いて、にこやかに手を振ってくるおまけ付きだ。

 

 さすがセシリア。略してさすセシ。

 

「うまいもんだなぁ……じゃ、俺も行ってくるぜ」

「……ん」

 

 僅かに頷いて応えるだけ。相変わらずコミュ力が最底辺だ。本当にどうしようもない。

 だが織斑はそれを気にせず、勢い良く地上へ向かった。その速度は先程織斑先生に言われたのを気にしてか、セシリアの時よりも速い。

 

 ……ん? 何か勢い良いのはいいんだけど、あいつ何処で止まる気なんだ?

 

 その疑問はすぐに解決することになった。

 凄まじい音と共に土煙が織斑の着地予定地点を包む。着地した場所を中心にクレーターが生まれた。

 

『あれはミスターノーブレーキですね。間違いない』

 

 やはり織斑は一般人枠のようで、一般人ではないキャラだったんや。

 

 《馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする》

 《すみません……》

 《情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやったろう》

 

 ……箒。もしかしてその教えたっていうのはかつて俺に素振りを教えてくれたあの擬音だらけのやり方ではないよね?

 あれ相当難しいからなぁ。織斑を責めないでやってくれ。出来なかった織斑はきっと悪くない。

 

 《さて、次は櫻井だが……》

 

 静かに織斑への弁明をしていれば俺の番となった。

 毎朝の更識会長との訓練のおかげで急降下からの完全停止なら余裕で出来る。

 

 《趣向を変えよう。地上五メートルから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で降りてこい。目標は同じく十センチでいい。出来るだろう?》

 

 な ん で ?

 

 なんで俺の時だけ難易度上げたの!?

 下手したら織斑の時よりも悲惨な事になるわ!

 

『何か春人は妙な信頼をされてるね』

 

 おかしいだろ……。こんなの間違ってます。

 

 しかし、そんな思いとは裏腹に織斑先生は目で早くしろと促してくる。

 早く返事をしなければならない。選択肢ははいかイエスしかないけど。

 

「……了解」

 《春人さん、頑張ってください!》

 

 オッケー、やってやらぁ!!

 

 セシリアという美少女の応援を受け、やる気も上がった俺はラファールを地上に降下させた。

 頭から真っ直ぐ落ちていく。ぐんぐんと迫る地表に若干の恐怖を覚えつつも、それでも最高速度を維持して。

 

 信じろ、この翼を。信じろ、俺を。俺達なら出来る!

 行くぞ、ラキエータ! メテオバーニア!!

 

『行くよ、春人。答えは聞いてない!』

 

 えっ、どういう事? じゃあ何で聞いたの?

 

 そして俺は地表五メートル地点で言われた通り、瞬時加速を発動。

 一気に加速度が増していくが、地表付近で無理矢理身体を起こして姿勢制御。

 進行方向とは真逆に吹かせてそれまでの加速分をちゃらにする。

 

 人呼んで、グラハムスペシャル!

 

「いいぞ、上出来だ」

 

 短いながらも珍しい、というよりは初めての織斑先生からのお褒めの言葉に驚きを隠せない。

 

 あれ、なんだろうこれ。不思議と悪くない……いや、むしろ嬉しい。やだ、完全に調教されちゃってるよこれ……。

 

「す、すげぇよ春人! 今度やり方教えてくれよ!」

「むぅ……!」

 

 だが織斑の言葉で一気に現実に戻された。指導者である箒の厳しい視線付きで。

 

 いや、待て。お前には箒という素晴らしい師匠がいるじゃないか。だから俺から教える必要は何もないんだ。何故それが分からん。

 

「……箒がいるだろう」

「いや、そうなんだけどさ……頼むよ!」

「……はぁ、箒監修の元でなら」

「分かった! 箒には言っておく!」

 

 そう言われると断りきれない。

 溜め息を一つ吐いてから了承すれば、織斑はガッツポーズを取って喜びを露にする。

 

「それでは専用機持ちをリーダーに各班別れろ」

 

 織斑先生の号令の元、クラスの人員が三等分にされる。

 話した事がない人の方が多いが、運良く俺の班には相川や箒がいてくれたので良しと言えよう。

 

「じゃあ、私からね。よろしくっ」

「……ああ、こちらこそ」

 

 授業の内容はまず専用機持ちがISを纏った人を抱えて指定の位置まで飛ぶ。ISでの飛行感覚を掴むためのものらしい。

 

「聞いただけでその気になられても困るからな。実際に体験して、それからやってみるのが一番だ」

 

 とは織斑先生のお言葉。

 そしてその後で今度は自分だけで飛んでみるとの事。専用機持ちは近くで何かあった時のサポートを行う。

 

『うー……うー……!!』

 

 こら、威嚇するな。仕方ないだろう。

 

 さて、ここで困ったのが俺という存在である。恐ろしい俺には触られたくないと滞っているのだ。

 そして相川が率先して可哀想な生け贄の役として出てきたのである。

 

 そんな話を聞いて黙っていないのがミコトで、寸前まで上機嫌だったのに一気に不機嫌に。更識会長との時もそうだったが、何故そうなるのか。

 

「……変なところ触っちゃダメだよ?」

「……触らん」

「えー、本当にー?」

「……本当だ」

「…………」

 

 後ろから抱えようとしたところで顔だけ振り返った相川が両手で胸を隠して少し恥ずかしそうに言ってくる。

 それを聞いてか、別班にいるセシリアが白い目を俺へと向けてきていた。

 

 待て待て待て。冷静に考えてみてくれ、触ったら俺が社会的に死ぬわ。

 

「お疲れ様っ」

「……お疲れ様」

 

 そんなこんながありながら一人目終了。

 終わった途端に箒以外の班員が相川に詰め寄り、大丈夫かと質問攻め。せめて聞こえないところでやって欲しい。

 

 ちらりと横を見れば織斑やセシリアは二人目の自力飛行に移っている。急がなくては。

 

「……次は誰が行く?」

「私が行こう」

 

 威風堂々と前へ出てきたのは箒だった。

 他には出てこなかったので、早速やるとしよう。言いたい事もあるし。

 

「……何処かおかしいところがあったら言ってくれ」

「今のところは大丈夫だ」

 

 打鉄を纏った箒を抱えて飛行中。ある程度皆から離れたところで話を切り出した。

 

「……さっきは織斑の頼みを断れなくてすまなかった」

「……別に私に謝る必要はないだろう。一夏が望んだ事なのだから」

「……謝るさ」

「何故だ?」

 

 そう言いながらも箒は何処か不満そうな顔。これで隠しているつもりなのか、本当に分かりやすい。

 必要はないと言われても謝る俺に、箒は不思議そうに首を傾げる。仕方ないのでこの学園に来て初日から気付いていた事を言う事に。

 

「……俺はお前と織斑の恋を応援しているからな」

「っ!? な、なななな!!?」

 

 何で、とでも言いたいのだろう。たった三文字の言葉が激しい動揺のせいで言えないでいる。

 俺が抱えている時に言って正解だったな。正直ここまで動揺されるとは思ってもみなかった。もしかしたら事故が起きていたかもしれない。

 

「……見ていれば分かる」

「う、うぅ……!」

 

 真っ赤になった顔を隠すように両手で覆って俯く箒に畳み掛けるようにある提案を出した。

 

「……今日の昼でも二人きりで食べようと誘ってみればどうだ?」

 

 聞けば二人はここで運命的な再会を果たした。離ればなれだった時間を埋めるのにもこの提案は最適だろう。恋人になりたいのなら尚更だ。

 

「それは、ダメだ」

「……何故だ?」

 

 だがせっかく一緒にいられるというのに箒は急に真剣な表情になってはっきりとこう言った。

 様子がおかしい。理由を訊いてみれば、さっきとはうって変わって暗い表情で口を開く。

 

「私はそうしたいが一夏は皆と、お前と食べたいのだ。二人だけで食べたいというのは私の我が儘なんだ……」

 

 一緒にいたいのは間違いない。だがそれは織斑もそうとは限らない話で。

 相手の事を考えず、自分の我が儘を押し付けていては織斑に迷惑を掛けてしまう。箒の中で幾ら織斑が好きだとしてもそれだけはやってはいけないのだ。

 

「……難儀な性格だな」

「ああ……そうなんだろう。でも私は――――」

「……だが気にするな」

「えっ?」

 

 ハイパーセンサーで見えているはずなのに、意外そうに箒がこちらへ顔を向けた。

 

「……これは二人をさっさとくっ付けたいという俺の我が儘だ。箒はそれに巻き込まれただけで何も悪くない」

「あ――――」

『――――』

 

 何か言いたげに口が開かれたが、出たのは吐息にも近いものだった。

 唖然としている箒へ再度提案。これで断られたら素直に諦めるとしよう。

 

「……だから気にせず二人で食べてこい」

「う、うむ……そう、する……」

 

 どうにか承諾を得られた頃には箒は今日のノルマを終えていた。となれば次の人と交代である。

 打鉄から降りても未だ赤い顔の箒はそそくさと立ち去ろうとした時――――

 

「その、あ、ありがとう……」

 

 ――――はい、ツンデレ頂きました。

 

 とてもか細い声だったが、確かに感謝の言葉が聞こえた。その様子と相俟ってツンデレレベルは非常に高い。

 

「……どういたしまして」

「前にも聞いたが、何故拝むのだ?」

「……前にも言ったが、気にするな」

「むぅ」

 

 またはぐらかされてしまい、唸る箒。

 ただこんな生のツンデレを見せられては拝まずにいられないだけだ。ありがたや。ありがたや。

 

『春人、拝むのもいいけど時間ないから早く続きやろうよ!』

 

 と、先程まで不機嫌だったミコトが嘘のように上機嫌に。ころころと変わるのは幼さ故だろうか。

 結局俺の班はとてもではないが、時間内に終わりそうになかったので山田先生に手伝って貰った。

 

「空いてるのここしかないな」

「う、うむ! 仕方ない、ここにしよう!」

 

 そしてお昼は席が埋まったという事で織斑と箒は二人きりの席へ。表情に嬉しさを滲ませる箒は幸せそうだ。

 一方、俺の方はと言うと。

 

「「ふふふ……」」

「…………」

 

 あの二人を孤立させるのに協力してくれた簪とセシリアが俺を挟んで火花を散らしている。その顔に笑みを浮かべて。

 

 しまった。最近簪とセシリアがたまにこうなるのを忘れていた。お腹痛い。

 

「いやぁ、やっぱり櫻井くんはモテモテだねぇ」

「はるるん、頑張れー」

 

 更にこの状況を面白がって同じく手伝ってくれた相川と布仏が茶化してくる。

 

 助けて織斑。何でお前こういう時にいないんだよ。

 




本当はのほほんさんとのお昼寝シーンとかも入れたかったんですが、カットで。

※ミコトが言った『御堂』とは装甲悪鬼村正に出てくる用語?で、簡単に言うと自分の使い手の事を指しています。

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