IS学園での物語 作:トッポの人
自己紹介が終わってからというものの、最初の興味津々だった視線に別の何かが含まれ始める。
それは恐怖や警戒といったもの。俺が取る行動一つに慄き、何をするか分からないので警戒して目が離せない。
言ってしまえばなんて事はない、これまでと同じになっただけ。つまり小中と続き、俺の高校デビューは見事に失敗したのである。
――――いや、何でやねん。どうしてこうなった。ただ寝てただけだぞ。
一体何がいけなかったのか。さっぱり分からない俺は必死に無い知恵を絞って考えるも、やはり答えは依然として分からない。
そしてもう一つ分からないのがある。
「はるるん、ドンマイ!」
「……ん」
休み時間の度に俺の元へ来る、こののほほんとした少女だ。ちなみにはるるんとは俺の事らしい。物凄く似合ってない件について。
何故かこの少女だけは全く俺を恐れずにこうして話し掛けてくれる。ニコニコと笑みを絶やさずに話し掛けてくれる姿はもしかしたら天使なのかもしれない、そう思わせるには充分だった。天使は実在したらしい。学会で発表しないと。
それにしても――――
「どうしたのー?」
「……いや」
「あ、あわわわ……」
「こ、殺されちゃう……」
俺の机に顔だけ覗かせて首を傾げる少女。さっきから行われるこの一方的な会話に周りの女子は青い顔でこちらを見ていた。
殺さんわ。何でそんな考えになるのか。お前らの考えの方が怖いよ。
それにしてもこの少女はやたら的確に俺の思考を読んでくる。今も俺がこの少女について不思議に思っていたらこうして問い掛けてきた。何も言っていないのに。
おかげで俺とこの少女には通じるのだが、周りには何の事かさっぱり分からない会話が出来上がっている。クール(笑)と不良に加えて、新たに不思議属性が俺に追加されようとしていた。やめろ、余計に近付きにくい。
「大丈夫だよ、はるるん」
「……そうか」
言葉と共に肩を叩かれる。柔らかく、優しく肩を叩くその手は、少しでも俺から不安を取り除こうという思いが端から見ても伝わってきた。
何だ、マジで心を読まれている可能性が出てきたぞ。ワンチャンあるんじゃね?
頭の良い俺は思い付いたのだ。単純な事だ。この少女を通じて俺の不良というイメージを払拭してもらおう。
気分はロランに助けを求めるハリー・オード。あの世界一カッコいいSOSを出すしかない。
少女よ、助けろぉぉぉ!
「んー?」
――――おい、何で急に精度悪くなったんだ。さっきまでバリバリ読んでたのに何故?
それから何度か必死になって助けを求めてみるも、本当に分からないらしく少女は首を傾げたままだ。
どうやら俺の考えた素敵な作戦は見事失敗に終わったらしい。
「ちょ、ちょっとよろしくて?」
「……ん」
「ひっ」
そんな時、俺の元へ二人目の来客が現れた。
縦ロールのある金の長髪に綺麗な碧眼、非常に整った容姿はまるで雑誌とかに載せられるモデルのようだ。
顔を向けると微かに怯えたような声を上げる。その綺麗な顔が恐怖でひきつっているのは気のせいではないらしい。
「な、何ですのそのお返事は!?」
「……すまない」
恐怖で吃りながらも理不尽な内容で貶してくる辺り、そういう人間のようだ。今の世の中では珍しくもない。
最強の戦力であるISは女性にしか扱えないから女性の方が偉いという風潮。
かつての男尊女卑から女尊男卑と名付けられた風潮はそれまでの鬱憤もあってか、あっという間に世の中に浸透した。
こういうのに絡まれた時の対処方としては素直に謝るのが一番ベターだ。下手に歯向かうとホールドアップされる。ブレイブポリス、デッカードだってされちゃう。
「早くその目付きをどうにかなさい!」
「……すまない、これは生まれつきだ」
どうやら話している内に自分のペースを取り戻せたようだ。恐怖を乗り越えて饒舌になった彼女を止める術など俺にはない。
でも顔の話はやめてくれ。そればっかりはどうしようもないんだ。
「全く、これだから男は。いいですか、本来ならわたくしのような選ばれた人間と――――」
女尊男卑主義者らしく、如何に自分が優れているかと流れるような罵倒が俺に襲い掛かってくる。その様子はのほほんとした少女でさえも黙って見ているほど。
ていうか何か罵倒聞いてる内に悪くないように思えてきた。むしろ心地良い。最後の扉が開かれそう。
「まぁ、分からない事があればこのセシリア・オルコットが教えて差し上げますわよ? 泣いて頼んでくるのであればですけど」
「……そうか」
ここで漸く金髪の少女の名前が判明した。何処かで見覚えがあると思ったらイギリスの代表候補生だったらしい。しかも専用機持ちの。
以前テレビで見て、何か家族か親戚にカラードランク上位のリリウムって人がいそうな名字だなって事で俺も覚えてる。貴族らしいし、あながち間違いとは言い切れない。
そんな事を考えていると予鈴が鳴り響く。どうやらオルコットとしてはこんなに時間が掛かる予定ではなかったらしく、意外そうにしていた。
「あら、もうそんな時間ですのね。ふふ、とりあえずここまでにしておきましょう」
「……ん」
話し掛けてきた頃の怯えていたオルコットは何処へやら。笑顔を浮かべて大変満足そうにしてらっしゃる。
ドレスのように改造された制服のスカートを翻し、こちらに背を向けると上機嫌そうにこう言った。
「次も来ますので感謝なさい」
えぇ……? 嘘やん……。
何かオルコット的に思ったより楽しかったらしく、次の休み時間も来るとの予告。次の時間はお昼なのに。お腹空いてる上に眠いのに。まだ話したりないというのか。ちくせう。
既にこの場にはいないオルコットに文句を言っても仕方ない。とりあえず大人しくしていた、ていうか寝ていたこの少女を起こすとしよう。
「……起きろ」
「んぅー……? んー……」
余程オルコットの話が退屈だったのか、少女は俺の手の甲を枕に寝ていたのだ。声を掛けると眠たげな返事と共に身動ぎし、柔らかい頬が擦り寄せられる。
春の陽気が包み込んでくれる窓際の席で眠くなるのは分かる。かくいう俺も眠いからだ。
しかし、俺の手を枕にするのは分からん。
「ほ、本音!? ほら、もう時間だから戻るよ!」
「うー……」
「す、すいませんでしたぁ!」
女子三人が眠そうにしている少女を無理矢理引き摺っていく。しきりにこちらへ頭を下げていたのが印象的だった。
そして確実にあのままだと本音と呼ばれた少女が俺に殺されるというイメージが定着しているのが俺は悲しい。どうしてこうなった。
「……はぁ」
それにしても眠い。先程寝たばかりだというのにまた眠気が押し寄せて来てしまった。
しかし、ここで寝てしまえばまた不良扱いされて恐れられてしまう。
だが俺は思い付いたのだ。承太郎も言ってた、イカサマはバレなきゃイカサマじゃないって。正確には言ってたのバービーくんなんだけど。
要するにバレなきゃええねん。失敗したら大変だし、確率は半々だがアレをやろう。成功したら基本的にバレないしね。という訳でお休み。
世界でたった二人の男だからと思っていたら、他の男と同じで何を言われてもただ黙って聞いてるだけですのね。
わたくしは自分の席で先程の櫻井春人という男とのやり取りを思い出していました。
最初はあの織斑先生に全く恐れずに挑発する姿から恐ろしい人かと思いましたが、そこはやはり男。少し言ってやれば謝るだけで、何も言い返す事の出来ない情けない人でした。
まぁ酷く従順な姿勢は話していてとても気持ちの良いものでしたけれど。
「…………」
ちらりと後ろを見てみると、教科書を開いて項垂れそうな頭を右手の指先で支えています。
きっと高度な問題過ぎて分からないのでしょう。先程からその姿勢のまま動こうとしません。あの様子でしたら近い内、本当に泣いて教えてくれと頼んで来るのは予想に難くありませんね。
「さて、授業の前に一つ決めておかなければならない事がある」
教壇に上がった織斑先生がそう言って切り出したのはクラス代表というものでした。
なんでも、委員会や会議などに出席するクラスの代表は再来週に行われるクラス対抗戦にて、このクラスの実力を計る指針として出るとの事。
「自薦でも他薦でも構わない。誰かいるか?」
「はいっ!」
その言葉に返事と共に次々と手を上げていく人達。話を聞いていた途中で誰を推薦するか考えていたのでしょう。
ふふふ、仕方ありませんね。不本意ですが、このわたくしがあなた達をクラスの長として指導してあげましょう。何せ、わたくしは専用機持ちの代表候補生、そして入試試験で主席なのですから。望む望まぬに関わらず、このセシリア・オルコットが選ばれるのは必然。
さぁ、誇り高きその名前を呼びなさい!
「織斑くんを推薦します!」
えっ?
「私も織斑くんが良いと思います!」
「私も!」
「私ははるるんー」
「ちょ」
次々と上げられた名前はわたくしのではなく、織斑一夏と先程の櫻井春人という男達。
そう、たまたま男でISを扱えるというだけでこの学園に来られた運だけの存在。何の努力もせず、苦労も知らない男。
それがただ珍しいという理由だけで代表として選ばれる。ではそれまで頑張ってきた人はどうなりますか。わたくしの気持ちはどうなりますか。
「えっ、お、俺!?」
「この場に織斑は一人しかいないだろう」
「お待ちください! そんな選出は認められません!」
ふつふつと沸き上がった怒りを叩き付けるように遮り、立ち上がります。
あってはならないのです。そんな不当な事があっては。こんな極東の猿の後を付いていくなどわたくしにはとても耐えられません。
「いいですか、クラス代表は実力トップのわたくしがなるべきです!」
「はぁ、おい」
「それをこんな極東の――――」
怒りの赴くまま、私が話していると後方から何か凄まじい音がして話を中断させられました。
振り向けばあの櫻井春人という男が自身の机を二つに割り、呆然と立ち尽くしている姿が。右手で顔を覆い隠し、何を思っているのか分かりません。
「野蛮な……! あなたのような――――」
「言うな!!」
「ひっ!?」
わたくしの邪魔をしたのは事実であるので怒りの矛先をあの人に変えようとした時でした。
指の隙間から覗く鋭い眼光と共に今まで経験した事のないような殺気が放たれたのは。
「それ以上言うな……!!」
「あ、あ……!」
もう一度、強く言い聞かせるように言いましたが、こんなのを充てられて言う気なんておきません。今も恐ろしくて立つのでさえやっとなのですから。
先程の休み時間で何も言い返せなかった情けない人などそこにはいません。
「そこまでにしておけ」
「……はい」
たったそれだけ織斑先生から言われると、それまでのが嘘だったように静かになりました。
助かった……。心からの安堵は自分の身体を休ませるという選択肢を強制的に選び、椅子に腰掛けさせます。
「さて、面倒なのが減ったのは良い事だが机を壊すな」
「……すみません」
「山田先生、すみませんがこいつを連れて新しい机を持ってきてください」
「えっ、えぇ!?」
「良いですね?」
「は、はいぃぃぃ……」
壊れた机を手に教室を去ろうとした時、織斑先生が再び声を掛けました。勿論、あの櫻井春人にです。
「櫻井、お前が行っている間に決まりそうでな。何か意見はあるか?」
「……いいえ。任せます」
「くくっ。分かった」
少しだけ振り返ってどうでも良さそうにそう言うと今度こそ姿を見せなくなりました。皆も息が詰まりそうだったのでしょう、クラス中から深い溜め息が聞こえてきます。
「オルコット」
「は、はい!」
突然、わたくしの名前を呼ばれたのでつい大声で返事をしてしまいました。
「お前が何を言うつもりだったかは知らんし、知る気もない。だがここが何処で、お前はどういう立場の人間か、よく考えてから言うようにしろ」
「っ!」
言われて思い出しました。先程自分が怒りに身を任せて何を言おうとしたのかを。
冷静になってみればとてもではありませんが口には出来ません。それもそのはず、男だけでなくこの国の人までを馬鹿にするもの。
わたくし以外は日本人であるこのクラスで言えばどうなるか。
「分かればいい。今後は気を付けろ」
「……はい」
「お前も自薦としておく。クラス代表の座は自分で勝ち取れ」
血の気が引いて蒼白となったわたくしの顔を見て、織斑先生は一人頷いていました。
もしあの人が止めてくださらなかったら。そう思うだけで怖くて仕方ありません。
あれだけ侮辱した後だというのにわたくしの事を気に掛けてくださって……。
でも何故わたくしの言おうとしていたことが分かったのでしょう? 本当に不思議な人です。
くっそ、顔面いてぇ。やはり失敗してしまったか。
副担任である山田先生の後ろを付いていきながら、教室でしでかした事を思い出してみる。
俺が実行したルルーシュ式オサレ居眠りは成功すれば本当に寝ているのがバレないという素敵なものだが、失敗すると思いっきり顔面から机にぶち当たる。
それで何度か中学の時とかも机を壊してしまった。悪気はなかったんだ、許してくれ。
「あ、こ、ここです」
「……はい」
「ああ、ごめんなさいごめんなさい!」
どうやら机のある場所に着いたらしく、山田先生が俺にビクビクしながらもそっと扉を開けてくれる。ひたすら謝るというオプション付きで。
いや、俺返事しただけなんだけど。そういうの本当にやめて欲しい。中々にショックでかいんだよ。俺はアライグマくんか何かなのか。
それにしてもまさかオルコットが俺の居眠りを見破っていたとは。告げ口しようとしたところについつい怒鳴ってしまったけど、さすがにやり過ぎだったなあれ。
ともかく織斑先生に言ってないなら良いんだけど。にしても何の話をしていたんだろうか。全く聞いてなかったから適当に受け答えしちゃったけど、まぁ俺には関係ないよね?