IS学園での物語   作:トッポの人

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お待たせしますた。
前回の反応凄い。


彼と彼女の物語 ――side箒――

 姉さんが開発したISのせいで私は一人だった。片想いの相手はおろか家族さえ離ればなれ。保護プログラムのせいで私は小学四年生にしてたった一人で過ごすのを強要されたのだった。

 更には相次ぐ転校のおかげで友人なんていない。私を誘拐しようと誰かが狙うため、同じ土地に長く留まる事なんて許されなかったのだ。

 

 そもそも姉さんと同じ名字に大人達は過敏に反応し、子供の私にご機嫌を取ろうとする。媚びへつらうようになっていた。

 それは大人から子供へ伝わり、その子供から他の子供に伝わっていく。私に関わるのを恐れて離れていく。

 出会った人は皆、目の前にいる私ではなく何処にいるかも分からない姉さんを見ていた。ここにいるはずのない姉を。

 篠ノ之束という世紀の発明をした名前と影は何処までも付きまとって私を苦しめていた。

 

 誰も私を見てくれない。悪い事をしても誰も怒ってくれない。それは剣道でも同じだった。

 私は中学三年生の時、剣道の全国大会を優勝した。だがそれは力にものを言わせた暴力。

 父から教えられた心技体で最も大切な心を忘れていたのだ。それだけじゃなく、私はいつからか遠く離れた大切な人との繋がりである剣道をストレスの捌け口としていた。とても褒められたものじゃない。

 

「お、おめでとう!」

「その……頑張ったな、篠ノ之」

 

 だというのに当時の学校の仲間や先生は私を褒め称えた。その瞳に明らかな恐怖を宿して。

 

 いつの間にか姉さんだけでなく、私も恐怖の対象となっていた。

 当然だ。あんな簡単に暴力を振るう女を恐れるなというのがどだい無理な話。漸く周りが私を見てくれたと思えば、これからも私が一人でいるのには何も変わらなかった。

 

「あ……ああ……」

 

 そんな光景に私は耐えられなかった。逃げ出すように会場を後に住んでいたマンションへと戻るとベッドに倒れこんで泣いた。声が外に聞こえないよう顔に枕を押し付けて。

 

 ただ怒って欲しかっただけなのに。間違いを正して欲しかっただけなのに。もうそれさえ叶わない。

 

「助けて……助けて一夏ぁ……」

 

 昔一緒にいた大切な人に必死に助けを求めるも、側にあの人はいない。きっとこれからもいないのだろう。一夏だけでなく、私の側には誰も。

 

「誰か、誰か助けて……!」

 

 誰も私を見てくれない、誰も私の側にいない。寂しくて冷たい、死ぬまで続く永遠の孤独だ。

 

 そんな未来を想像して誰にも届かない声をあげていると、IS学園に入学しろと政府から言われた。その方が保護しやすいのだと。

 元々拒否権などない私は言われるがままその提案を受け入れた。

 どうせ暗い未来しかないのだ。何をしても変わらないのなら何もしない方がいいだろう。

 

 諦めていた私はそこで一夏と再会し、あの男……櫻井春人と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず春人に抱いた印象はひどく悪いものだった。

 目付きは悪い、いきなり机を叩き割る、よりにもよって千冬さんに挑発するなど本当にただの怖いもの知らずの不良としか言い様がない。

 でもそれは直ぐに間違いだと思い知らされる。

 

「はるるん、飴ちょーだい」

「……ほら」

「わーい、うまうまー!」

 

 何処からともなく取り出した飴を渡すと子供のように喜ぶ本音は嬉しそうに口へと入れる。このクラスの休み時間に行われるいつもの光景だった。

 ただの粗暴な不良なら本音も近付かなかっただろう。だがあいつの周りには本音だけでなく、不思議と人が集まった。私もその例外ではない。

 

 見た目とは裏腹にあいつは優しかった。いつも周りを気にかけているし、頼まれ事は基本的に二つ返事で了承する。

 やっている事だけを見ればまるで物語に出てくるヒーローと相違ない。

 

「春人はね、月みたいな人なの」

 

 鈴が来る前に開催されたお茶会であいつの話題になり、春人と同じ部屋に住んでいる簪はこんな事を言っていた。

 

「月?」

「うん。どんなに暗いところにいても優しく、そっと照らしてくれる……そんな人」

 

 何があったのか、優しげな表情を浮かべながらとても嬉しそうに話す簪。それは同性の私から見ても魅力的だと感じるほど。

 

「ええ……ええ。そうですわね」

 

 簪の言葉に真っ先に同意したのはセシリアだった。しきりに頷くその表情はやはり優しげでとても魅力的だ。

 二人とも同じ人を好きになったせいか、いがみ合う事もあるがこうして好きな人の話題でよく盛り上がる。そんな二人においてけぼりにされるのもよくある話だ。

 

「まぁ……そうだな」

 

 だが今回は大丈夫だった。私でも簪の言いたい事は伝わったし、思い当たるのも充分ある。

 

 そんな素振りなんて全くなかったと思うが、あいつはあっさりと私が一夏を想っているのに気付いた。私の恋を応援してくれるとも。

 手始めとして少し強引だったが、私と一夏が二人きりで食事を取れるように周りにお願いしてくれたのだ。

 他の皆に一夏への恋心が知られた気恥ずかしさがある反面、お節介ともとれるその優しさが嬉しかった。まぁ、私としてはそれよりこの二人との関係をどうにかしろと言いたいのだが。

 

「っ……」

 

 こうして皆と平和で幸せな一時を楽しんでいる一方、私の不安は一向に解消されない。それどころか少しずつ不安は募っていく。

 最初は再会出来た事に浮かれていて気付かなかったが、一夏でさえ何処か遠くを見ている。そんな気がした。

 簪もセシリアもここにはいない春人でさえ本当は私か姉さんに怯えていて、ご機嫌取りをしているのではないかと疑ってしまう。自分が段々嫌な人間になっていくのが分かる。

 

 そしてその予感は当たっていた。

 気付いた切っ掛けは転校してきた鈴と再会してあからさまに様子がおかしくなった一夏だった。あんな一夏は初めて見る。私が知る限り見た事がない。

 誰が見ても二人が想い合っているのは明らかだ。一夏に恋している私でさえ分かってしまった。

 

 数年に渡る私の初恋は儚く散ったのだ。告白するまでもなく、実にあっさりと。

 失意の中、朝から春人に屋上に呼び出されたかと思えば鈴に一夏との恋を応援するよう頼まれたらしい。

 

「……箒はどうしたらいいと思う?」

「私が嫌だと言ったら、支援するなと言ったらどうするんだ?」

 

 私は耐えきれずつい春人に当たってしまった。それまでの不安や苛立ちも乗せて何もかも。あいつは何も悪くないのに。

 だがあいつは私の不安も苛立ちも受け止めて、いつも通りに話してくれた。

 話していく内に徐々に毒気を抜かれ、冷静になってみれば自分が酷く嫌な人間だと思い知らされた。

 これが本当の私だ。こんな女が一夏と釣り合うはずがない。

 

「でも好きな人に振り向いて欲しくて一生懸命頑張ってる箒も本当の箒だと思う」

 

 そのまま春人に伝えれば、あいつは私の不安を一蹴した。掛けてくれた言葉に戸惑いながら嬉しく思ったのは秘密だ。

 両思いのあの二人に今更私が入り込む余地なんてない。でもこんな風に私を見て応援してくれる春人を裏切りたくなかった。やれるだけはやってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前に春人が相談してきた屋上で一人、壁に寄り掛かっていた。そのままずるずると落ちていき、体育座りへ。

 

 襲撃してきたISから守るために一夏も春人も皆が戦った。私だけ安全なところから見ているなんて耐えられそうにない。

 だからせめて皆に激励だけでもと思い、通信が使えないから中継室へと向かった。そうすればどうなるか分かっていながら。

 

「最低だ……」

 

 自分が何をしたのかを振り返りそう呟いた。抱えた膝に顔を押し付けて。

 先ほどまでいた保健室での光景を思い出せばより一層後悔が強くなる。

 

 一度は立ち上がったものの、私を庇ったせいで春人は再び倒れた。保健室にいるのはあいつが起き上がるのを静かに待つ人だけ。その原因である私がいていいはずがない。

 

「いや、違うな……」

 

 そこまで考えて、自らの考えを否定した。

 本当は逃げ出したのだ。春人をあんな酷い目に遭わせたのに誰も私を怒ってくれない状況から。

 誰も、一夏も怒らなかった。ただ無事で良かったとだけしか言わない。やはり皆は私か姉さんに怯えているのだ。だから怒らない。怒れない。

 あいつも起きたらきっと愛想を尽かせているのだろう。それが何よりも怖かった。

 

 謝りに行きたいけど、行きたくない。そんな自分勝手な葛藤に苦しんでいれば、屋上への扉が開く音がした。

 

「あっ……」

「……ここにいたのか」

 

 俯いていた顔をあげればそこには羽織るようにしたYシャツの左腕だけ袖を通した春人がいた。右腕は三角巾で吊っていて、その姿は非常に痛ましくある。

 

「だ、大丈夫……なのか?」

「……あんまり大丈夫じゃない」

「そう、だろうな……」

 

 何を言えばいいのか分からず思わず馬鹿な質問をしてしまった。ついさっきまで倒れていたのだ。大丈夫な訳がない。

 春人の言葉にも怒気が含まれているのは気のせいではないだろう。

 

「すまない、私のせいでそんな目に遭わせてしまった……」

 

 そう思えば自然と謝罪の言葉を口にしていた。こんなもので許されるはずもないが、それでもやっぱり謝りたくて。

 すると春人は小さく溜め息を吐くと私と視線の高さを合わせるためにしゃがんだ。黒く、いつもより鋭い目付きが私を射抜く。身がすくんだ。

 

「……お前、あの状況であんな事をすればどうなるか分からなかったのか?」

「わ、分かっていた。でも皆に、一夏に、お前に無事でいてほしかったんだ。だから――――」

 

 瞬間、乾いた音が鳴った。

 紡いだ言葉は途中で切られ、頬が焼けるように熱くなり、遅れて痛みがやってくる。

 

「皆に無事でいてほしかった!? お前が無事じゃなくなるところだったんだぞ!!」

 

 頬に感じる痛みと目の前で怒鳴っている春人を見て初めて私はこの状況を理解した。

 ――――目の前にいる優しい男に私は怒られているのだと。

 

「しかも黙ってこんなところに来て! 皆が心配してるだろう!」

「で、でも」

「でもも何もない!」

「ひっ……!」

 

 私だけでなく、恐らく皆が初めて見る怒った春人は想像以上に迫力があった。

 その反面、嬉しかった。いつ以来だろう、怒られるのは。いつ以来だろう、上辺だけの心配ではなく本当に心配されるのなんて。

 

「…………とにかく無事で良かった」

「ごめん、なさい……」

「……ちゃんと心配した皆に謝れ」

「分かった……」

「……ならいい。それと――――」

「?」

 

 一頻り怒った春人は怒鳴るのをやめると普段の口調に戻り、こう言った。

 

「――――ありがとう」

「えっ……」

 

 分からなかった。何で私がそんな事を言われるのか。呆けてる私を不思議そうに見つつ、春人は続けた。

 

「……やり方がどうであれ、箒が皆を助けようとしたのは分かってる」

 

 違う。

 

「……そのおかげか、勝てたしな」

「……がう」

 

 違うんだ。

 

「……だから」

「違う!」

「……?」

 

 大声を出した勢いに任せて立ち上がると、今度は私が怒鳴り付ける。未だしゃがんだまま、何も知らない春人へと。

 

「私はお前に怒られても、感謝されるような事はしていない!」

「…………どういう事だ?」

 

 そんな事を言えば訊ねてくるのは当然だ。

 これを言えば私は一人になる。自ら居心地のいい場所を手放すのは恐ろしいものがあった。

 だがそれ以上に言わないままでいる方が、こいつに真実を言わないでいる方がずっと怖い。

 

「分かっていたんだ……。あんな事をすればどうなるかなんて分かっていたんだ……!」

「…………危険は承知の上でやったんだろう?」

「お前が助けに来てくれる事もだ!!」

 

 春人が取った行動に俺達は誰一人疑問なんか持っちゃいない。

 

 あのISに向かって一夏が言っていた事だ。

 その通りだ。私も分かっていた。どんなに危なくても春人が助けに来てくれるのだと。分かっていてあんな行動をしたのだ。

 

「私は、お前を利用したんだ!!」

 

 最低だ。こいつのお人好しにつけこんでいたなんて。

 これでもう終わりだ。僅かに見えた光も自らの手で掻き消してしまった。私はずっと孤独でいるしかない。

 

「…………はぁ。箒と話していると日本語が難しく感じる」

 

 そう思っていたのに光は消えなかった。

 また溜め息を吐くと春人も立ち上がり、穏やかな口調で話し掛けてくる。

 

「……前にも言ったが気にしすぎだ。もっと簡単に考えろ。お前は俺を信じてくれただけだろう」

「そう、かもしれない……」

「……ならそれに応えないとな」

 

 言い方の問題ではない。そんな簡単な話でもない。だがこいつはそれで終わらせようとしている。何とも甘いやつだ。

 

「……それに俺の知ってる篠ノ之箒はそんなやつじゃない」

「春人の知ってる私?」

 

 オウム返しのように繰り返すと僅かに頷いてから教えてくれた。

 

「……好きな人に素直になれなくて、そいつのために一生懸命頑張って、好きな人と話すだけで心底嬉しそうにしている。そんなやつだ」

「っ……!」

「……他人を利用するなんて器用な真似出来そうにない」

 

 じわりと目に涙が浮かんでいくのが分かる。

 恐怖や姉さんの事以外でちゃんと私を見てくれる人なんてもうないと思っていたのに。もう我慢なんて出来なかった。

 

「…………? おい」

「うぁぁぁ……!!」

「っ!!? おい、ちょっと……まっ!?」

 

 春人の左半身に抱き付いて、声をあげて泣いた。枕の代わりに戸惑うこいつの胸板に顔を押し付けて、思いっきり。

 今までのベッドみたいに寂しくて冷たいなんて事はなかった。慌ただしく賑やかで、何より暖かい。私の声を聞いてくれる相手がいるのがこんなに嬉しいなんて。

 

「な、泣き止んだか?」

「ああ。その、すまない」

「そ、そうか。はぁ」

 

 暫くして泣き止むと少し疲れたようにこいつは呟いた。いや、どちらかというと安堵したと言ってもいいのかもしれない。

 

「迷惑……だったか?」

「……そうじゃない。ただ泣かれるのが苦手なだけだ」

 

 言いながら空の左手を軽く振って飴を取り出す。相変わらずどういう仕掛けなのかさっぱり分からない。

 すると取り出した飴をそのまま私へ差し出してきた。前にも食べた事があるオレンジの飴だ。

 

「何で私に……?」

「……甘いものはいいぞ。嫌な事も多少は忘れさせてくれる」

「だから飴を持っているのか?」

「……いや、単に甘いものが好きなだけだ。辛い事からは目を背ける性質だからな」

 

 こいつも人間だ。そういう時があるのかと思ったが否定された。物凄く簡単な理由だ。

 そして続いた言葉は何ともカッコ悪いもの。一瞬目を丸くさせて驚いたが、すぐに吹き出してしまった。

 

「ぷっ、何だそれは。カッコ良く言っているつもりだろうが、内容は凄くカッコ悪いぞ」

「……そんなもんだ」

 

 もう一度差し出された飴を受け取ると早速口の中に放り込んだ。何処かの誰かみたいに甘い。

 

「甘いな……」

「…………甘いのは嫌いだったか?」

 

 思わず口にした感想に不安そうに春人が訊ねてくる。答えなんてもう決まっていた。きっとこの場所で鈴の事で相談を受けたあの日から。それが今分かったのだ。

 

「いいや、大好きだ」

 

 今の私はいつかの簪やセシリアみたいな表情を浮かべているだろう。鏡なんて見なくても分かる。

 感謝しよう。ずっと続くと思っていた孤独の闇を晴らしてくれた、優しく照らしてくれるこの光と会えた事に。


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