IS学園での物語 作:トッポの人
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『ちゃちゃらちゃっちゃっちゃらっちゃーら』
……意識がゆっくり覚醒していくにつれて、何か頭の中で物凄く古めかしい感じの曲調が流れ始める。しかもそれを演奏するのは楽器ではなく口だ。何だこれ。
『ねぇ、お花見しよ!』
もうその時期終わったよ!
クラス対抗戦翌日の早朝。慣れとは怖いもので、結局いつも通りに起きてしまった。今日はゆっくり寝ていようと思っていたのに。
というのも折れている右腕は勿論、昨日は色んな事がありすぎて身体が悲鳴をあげている。
具体的には喉。普段あんまり喋らないのに叫んだり、話しまくったりしてたからだと思うが起きたら喉が痛い。のど飴舐めなきゃ。
『うぅん……春人って変なところで貧弱だよね』
おいおい、ミコトちゃん。逆に聞くけど、俺に強いところあると思ってんの?
『えぇ……』
まぁなんにせよ、慣れない事はするもんじゃないってこったな。良い勉強になったぜ。
それにしても昨日はまじで色んな事があったな……。
変なのに狙われたり、箒が無茶しようとしたから庇ったら簪とセシリアに泣かれたり、その事で怒ったら箒に泣かれたり、箒を助けた事で篠ノ之博士に泣かれたり、部屋に戻ろうとしたら別部屋になるって簪が泣きそうになってたり。
『泣かれてばっかじゃないですか、やだー!』
いや、本当にね……。どういう事なの……?
これ絶対織斑の役目だよ……。
ともかく、簪は別部屋に移動となったので今は俺一人でこの部屋を使っている。
簪がいた頃はかなり気を付けていたが、これからは一人だ。ゴミ屋敷にしないよう気を付けなければ。
「……電話?」
そう決意したところで俺の携帯が振動し始めた。そちらに視線を向ければ画面には見た事もない番号が映っている。当然、名前も出てこない。
こんな早朝から間違い電話というのも珍しいが……まぁ出れば分かるか。
「……もしもし、櫻井です」
《あっ――――》
「……?」
電話に出ると聞こえてきたのは吹けば消えそうなか細い声。やはり間違えたのか、想定外の人物の名前に言葉が続かない。
「……間違い電話ですか?」
《いや、あの……その……!》
「…………もしかして篠ノ之博士ですか?」
《っ!!?》
電話の向こうから何やら慌てふためく物音が聞こえる。どうやら正解のようだ。
《な、何で分かったの……?》
何で分かったのか不思議なようで聞いてきたから答える事に。実はそんなに難しい事ではない。
「……声を聞けば分かります」
《っ!!》
そう、数々のアニメ観賞で鍛えられた俺のダメ絶対音感ならね!
『馬鹿と春人は紙一重ってよく言ったもんだね』
それ両方馬鹿だけど大丈夫?
《わ、私も! 私も声だけではるくんだって分かるよ!》
「……そうですか」
《うんっ!》
まさか篠ノ之博士が似たような特技を持っていると言ってくるとは思わなかった。しかも何故か嬉しそうに。電話越しからでもそれが伝わってくる。
《というかはるくん、篠ノ之博士じゃなくてもっと親しみと愛を込めて名前で呼んでよ!》
「……分かりました」
うぅむ、失礼のないようにそう呼んでいたのだが……。当の本人からそう言われているんだし、いいか。親しみと愛が込められているかは知らないけど。
「……束さん」
《――――》
「…………束さん?」
《は、はいっ》
名前を呼べばさっきまでの陽気な束さんは何処へやら、急に緊張したように畏まった返事がやってきた。
ていうか会話終わっちゃったよ。ちくせう、また俺から振るしかないか。
「……それで束さん、電話の用件は?」
《あっ……えぇと、そうだ! 専用機に使うコアって今一緒にいる子でもいいよね?》
「…………それは」
用件を訊ねればまるで今思い付いたかのように話し出した。昨日、俺にあげると言ってくれた専用機のコアについて。
しかし、ミコトは元々学園に所属している。いつかは、遅くとも卒業する頃には離れなくてはならない。
《ああ、学園は違う子に任せるから気にしないでいいよ!》
『マミー! ありがとせんきゅー!!』
と思っていたらこれである。開発者って、すげー。
喜ぶミコトを尻目に再度確認してみる。
「……いいんですか?」
《もっちろん! その子ははるくんと一緒にいたがってるからね!》
へー、そうだったのか。まぁ俺もその方がいいしな。
『えっ……?』
「……でしたらすみません、お願いします」
《うんっ、束さんにお任せ!》
束さんとの電話を切ると同時に喉の痛みを和らげるべく、うがいをしてのど飴を放り込む。ほんの少しだけ楽になった気がする。
『は、春人しゃん、春人しゃん』
すると何故か舌足らずみたいな話し方でミコトが呼び掛けてきた。正直な話、かなり珍しい反応だ。
『春人はISに乗るなら私がいいの?』
まぁ、そうなるな。たった一ヶ月も経たない程度の付き合いだけど……俺の翼はミコト、お前だと思ってるよ。
『うん……うん! 私も春人がいい!』
えっ、うん。今束さんから聞かされたばっかだから知ってるけど。
『私から言う事に意味があるのっ!』
そんなもんかねぇ?
電話を終えたが、まだ食堂が開くまで時間がある。とりあえず昨日の傷付いた心を癒すべく、何か機嫌が最高級になったミコトと録画していたアニメを見る事に。
余程傷付いていたのか、我が王が幸せそうにご飯食べてる姿見るだけで心が癒される。何これ凄い。
『春人はいつから円卓の一員に?』
何言ってんだ! 俺はずっと前からあの人の爪牙だ!
『さては黒円卓だなオメー』
そんなやり取りをしながらアニメを見ていれば、これまた朝早くからこの部屋にノック音が響く。
『ぅん? 誰か来たみたいだよ』
どうやらミコトにもこうして聞こえているから気のせいではないらしい。
今まで来客なんて滅多になかったが一体誰だろうか。流していたアニメを止めてから扉を開くと見慣れた人物が立っていた。その手に小さなバッグを持って。
「……箒か」
「お、おはよう春人」
「……ああ、おはよう」
さて、軽く挨拶を交わしたものの、何処か緊張した面持ちの箒がやってきた理由が見当も付かない。
「……どうしたんだ?」
「実は頼みがあって……」
「……頼み? 何だ?」
「う、うむ……その、だな……」
僅かに顔を赤くさせながら必死に何かを伝えようとしてくる。ややあって、一度だけ深呼吸をすると話し出した。
「わ、私に花嫁修業をさせてはくれないだろうか?」
――――えっ、ちょっと意味分かんない。
「…………長くなりそうだ。部屋に入れ」
ベッドに腰掛けた箒が口にした内容は中々俺を混乱させてくれたが、つまりはこういう事らしい。
いつか来るであろう生活に備えて、俺の部屋の掃除や洗濯、機会があれば料理もやらせてくれと。凄く簡単に言ったが、これが全てだ。
「……聞きたい事がある」
「何だ?」
「……ある意味ここでの生活はもう花嫁修業みたいなものだと思うんだが」
掃除も洗濯も自分達でやるし、料理も敷地内にスーパーもあるから出来なくはない。要は本人の心掛け次第だ。
「じ、自分にやるのと誰かのためにやるのとでは勝手が違うだろう!?」
「……なるほど」
「だからさっきも言ったが、今の内から実際にやってみて本番に備えるのだ! 実戦で得られた経験は貴重だからな!」
対面に座る箒は慌てた様子で早口で捲し立てる。まるで何かを隠すように。
確かに言う事は一理ある。結局は相手がいてこそなのだから相手の好みというのも存在するからだ。
でも、それを言うなら織斑にやってあげるのが一番良いと思うんですけど。
『あー……そうすると協定的に鈴にも同じ事しなくちゃダメでしょ?』
言われてみれば確かに。俺が二人に交わした約束は平等にアピールタイムを作るというものだ。片方だけアピールするというのは俺が許さない。
つまり箒は俺で練習して、何処かのタイミングで鈴との差を一気に詰めたいと。大体分かったぜ。
「……分かった。それならよろしく頼む」
「っ! あ、ああ、こちらこそ!」
そう言うや否や、安心したのか笑みを向けてきた。ぱぁっと華が咲いたような綺麗な笑みを。
「よし、では早速……」
「……ん?」
と、直ぐに立ち上がると持っていた小さなバッグから何かを取り出した。エプロンだ。
それを制服の上に着用し、今から始めるつもりらしい。ありがたい事だ。
「だから何故拝む」
「……気にするな」
だって制服にエプロンとかありがた過ぎて……。
「……何かあれば手伝うから言ってくれ」
「気にするな。私からやらせてくれと言ったのだ。泣き言は言わないさ」
「……そうか。正直な話、家事は苦手だから助かる」
「何だ、それならもっと素直に頼れば良かったのに。やっぱりお前と将来一緒になるやつは苦労しそうだな」
「…………まぁ、そうだな」
今のご時世、女尊男卑の影響もあって男が家事を覚えるのも珍しくない。それを抜きにしても二人とも出来る方がいいだろう。
まぁ、そもそも一緒にいてくれる人がいるかどうか怪しいけどね。悲しいね。
「全く、しょうがないやつだ」
そう言いながらも言葉とは裏腹に何故か嬉しそうに微笑む箒だった。
教室に向かっているのだが何かがおかしい。
「櫻井くん、おはよう!」
「……おはよう」
「おはよー」
「……ああ、おはよう」
来る途中で会う人全員から挨拶されるようになっていた。今まではそんな事なかったのに。
どういう事か訳が分からず、とりあえず教室に着くとこの学園にいるもう一人の男子がいつものように話し掛けてきた。
「おっす、春人!」
「……おはよう、織斑」
「っ!?」
えっ、何でそんな挨拶しただけでショック受けてるの?
幽霊のようにゆらりとこちらへ近付くと織斑は俺の制服を掴んでくる。まるで泣きすがる子供のように必死だ。
「昨日は一夏って呼んでくれたのに何で戻ってるんだよ!?」
「…………言ったか?」
「言ってたよ! 最後に!」
教室中だけじゃなく、廊下にまで聞こえるような大声で叫ぶ織斑。男子二人が織り成すこの状況に視線が集まる。やめてくだしあ。
『ちなみに本当に言ってたよ』
えっ、そうだったか?
と、とりあえずこの状況をどうにかしよう。お腹が辛くてしょうがない。
「……分かった。分かったからやめてくれ一夏」
「っ!! お、おう!」
名前を呼ぶと途端に嬉しそうに頬を緩める。
俺もあれだけ呼ぼうと思っても呼べなかったのにこんなにすんなり呼べるとは思わなかった。
「改めて。おはよう、春人」
「……おはよう、一夏」
再度一夏と挨拶を交わすと空気を読んでいたのか、じっと黙って俺を見ていた布仏を見やる。
「……何だ?」
「んーん、何でもないよー」
訊いてもやはりいつもの間延びした声で返してくる。たまに布仏が本当によく分からない。
何かがおかしいまま授業を行い、気付けばお昼時。今日一夏と一緒にお昼を食べるのは鈴だ。
「……頑張れよ」
「あんたもね」
食券を買うべく、並んでいる鈴に軽く激励しておく。
多分鈴が言った頑張れと言ったのは簪とセシリアが作る空気の事だろう。だが少しずつ慣れてきたのでそろそろ大丈夫のはずだ。
その間に俺は適当に見繕った席の確保をしておく。というのも右腕が折れているので食事を持っていくのは難儀だろうと皆が気を利かせてくれたからだ。怪我人は大人しくしていろという事らしい。
「春人さん、横失礼しますわ」
「春人、横座るね」
「……ああ」
思考に耽っていると俺が座している左右をお馴染みの簪とセシリアが固める。相変わらずこの二人が早い。
「むぅ……出遅れてしまったか」
「いやいやー、相変わらずモテモテですなー」
「……からかわないでくれ」
「お邪魔しまーす」
そこへ更に箒、相川、布仏が加わる。箒が少し不服そうにしているのが気になるところだ。というか俺の分がないのだが。
「やっほー」
「こんにちは」
「……更識会長? 布仏先輩も?」
「そっ。皆のおねーさん更識楯無、華麗に登場っ」
「私達も一緒にいい?」
と、そこへ現れたのは更識会長と布仏先輩だった。更識会長が拡げた扇子には『満を持して』と書かれている。その扇子は何処で買ってるんだろうか。
「……どうぞ」
「じゃあ春人くんの分取ってくるから待っててねっ」
そう言うと更識会長は俺の分の食事を取りに行ってくれた。これから起こる事を期待するかのように楽しそうな笑みを浮かべて。
年上の人に行かせるのは悪い気がするが、それ以上に何か嫌な予感がする。もうどうしようもないが。
さてさて、これで俺が取った座席は満員となった。一夏と鈴が座るスペースはここは勿論、近くにもない訳で。
「あ、あれれー? また座るところないみたいねー」
「えっ、そうなのか?」
鈴……いつも思うが、頼むからもう少し演技を覚えてくれ。そんな棒読みじゃいつかバレるぞ。
「あ、あそこ空いてるみたいよ」
「お、おう、行こうぜ」
鈴が示した先は予定通りの二人きりになれる場所。それに気付いたのか、一夏がドギマギしている。
今日のところはバレるという心配も杞憂に終わったようだ。しかし、もう少し他の何かを考えなくてはならないのかもしれない。
「春人くん持ってきたわよー」
「……ありがとうございます」
「じゃ、いただきましょうか」
全員揃ったので食事に……と思ったら事件が起きた。いや、起きていた。
「…………?」
「春人さん?」
「どうしたの、春人?」
俺の異変を感じ取ったセシリアと簪が訊ねてきた。二人に釣られてその場にいた全員が視線を向ける。
「……箸がない」
更識会長から渡されたお盆を幾ら見渡しても箸がない。嫌な予感が現実味を帯びてくる。
「では取ってこよう」
「大丈夫よ、箒ちゃん」
「楯無さん?」
真ん中に座っている俺に代わり、箒が立ち上がろうとしたが更識会長から待ったが掛かる。その顔はやはり楽しそうだ。
「しかし会長、それでは櫻井くんが……」
「んふふー。食べさせてあげればいいじゃない」
『ほほう』
「「「っ!!?」」」
「お、お嬢様?」
「えっ、えっ……!?」
「…………」
簪やセシリア、そして箒までもが更識会長が言い出した案にやたら食い付いている。
相川は恥ずかしそうにこちらを見ていた。左手で頭を抱えている俺を。頼むから俺を見ないでくれ。
ちくしょう、どうすればいいんだ。
更識会長の悪戯を何とか乗り切った俺は外に昼寝をしに来ていた。
ここに来る道中でも今までなかった挨拶をされたりと色々あったのだが何なんだろう。
「今日はこっちなんだー」
不思議に思いながらも横になっていれば、今日は珍しくあまり話していない布仏がやって来た。
こいつも不思議なもので、不定期で場所を変えても何故か直ぐにバレてしまう。尾行されてはいない。木の影に隠れているのでそう簡単には見つからないはずなのに。
「……ほら」
「ありがと、はるるんっ」
こうなると大人しくするしかない。いつものように上着を敷物代わりに渡せば、これまたいつもの楽しそうな笑みで受け取る。
だが、いつもと違うのはやたら近いという事か。寝返りをしようものなら触れてしまえる距離だ。
「はるるん、そんなに皆に話し掛けられるの不思議だったー?」
「…………まぁ、な」
そしてこいつに隠し事は通じない。多分最初の頃から気付いていたんだろう。不思議がっていた事を。
「はるるん、私が初日に言った事覚えてるー?」
「……初日に言った事?」
はてさて何だったろうか。
考える間もなく、布仏が答えを出した。
「皆怖がってるけど、直ぐにはるるんが優しい人だって分かるよって」
ああ、そういえばそんな話をした気がしないでもない。
「昨日、はるるんが皆を助けようと頑張ったから分かったんだよ。本当は優しい人なんだって」
「……そうか」
「ふっふっふっー、そうなのだー」
俺の淡白な答えに布仏は腰に手を当てて、胸を張って応えた。ドヤ顔付きで。
何で布仏がするんだろう。と、得意気なのもそこそこに向き直った。今度は何をするつもりなのか。
「はるるん、ありがとう」
「…………どういたしまして」
「だから頑張ったはるるんにご褒美ー」
「……ご褒美?」
「うんっ」
そう言うと布仏は横になった俺の頭上に座り直す。長い袖に包まれた両手が俺の頭を持ち上げ、地面との間に膝を滑り込ませた。
「はい、膝枕ー」
いや、何でだよ。
この状態から脱出すべく、起き上がろうとするも両手で頭を抱えられているので上手く動けない。最悪、振り払う形となってしまう。
どうしたものかと悩んでいれば、不意に袖に包まれた手が優しく俺の頬を撫でた。安心出来るように、優しく、優しく。
「良い子、良い子っ」
「…………おい」
「ゆーっくり休んでね」
子供扱いに見上げて小さく抗議をしても布仏には届かない。そして俺の頬を撫でる手も止まりそうになかった。
しかし、そこから広がる暖かさが心地好くて身体も逆らうのを諦めていく。眠気に負けるのも時間の問題。
「…………辛く、なったら……起こしてくれ」
「うんっ」
そう言って負けを認めた俺が目蓋を閉じようとした瞬間。
「――――お疲れ様、はるるん」
眠る前に木漏れ日の下で最後に見たのはいつもの無邪気な笑顔ではなく、柔らかい微笑みを浮かべる布仏の姿だった。
今回、ホモ要素がある予定でした。※本当です。
次回、ミコトちゃんの間違ってるようで大体あってる仮面ライダー講座エグゼイド編です。※嘘です。