IS学園での物語   作:トッポの人

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第33話

 

「春人、お昼は予定あるのか?」

「……別にないが何かあるのか?」

「その、お弁当を作ったから味見をしてほしくてな……」

 

 午前中の授業も終わりに差し掛かり、使っていたISを片付けていた時だった。

 元あった場所へ戻すべく、片手で専用のカートごとISを持ち上げていた俺に近寄ってきた箒はそわそわと落ち着きがない。原因は今話したお弁当についてだろう。

 

 ふぅむ。たしかに花嫁修業で料理も見てくれと言って了承したが、いきなり弁当ときたか。もう少し段階を踏んで来ると思っていたが違うらしい。

 

「だ、ダメ、か……?」

 

 しまった、少し考え過ぎていたようだ。

 俺が返事しないのを難色を示していると思ったらしく、箒の瞳がある感情に揺れる。断られるかもしれないという不安で。

 

「……いや、構わない」

「っ!」

 

 たった一言。それだけで感じていた不安はなくなっていき、パァッと明るい表情へ変わっていった。

 

「そ、そうかっ! では今日は天気が良いから屋上で食べよう!」

「……分かった。皆はどうする?」

「と、とりあえず私達だけだ! 他の皆はお弁当なんて用意してないだろうからな!」

 

 確かに言われてみればそうだ。事実、今言われた俺も何も用意していない。

 購買に行けばいいのかも知れないが、購買は購買で弁当のクオリティがかなり高いらしく、毎日長蛇の列が並んでいる。そこに態々行かせるのも可哀想な話だ。

 

「……そうだな。そうしよう」

「うむ! では早く戻ろう!」

「…………少し落ち着け」

 

 先を行く今にもスキップでもしそうなくらい浮かれている箒にほんわかしつつ、授業前のように並び始めた。

 

 いや、まさか味見するだけであそこまで喜ぶとは。余程一夏に料理の腕を披露したいらしい。役に立てればいいんだけど。

 

『いや、あの……披露したいのはあってるんですど……』

 

 ぅん? 俺は役に立てそうにないか? 確かに俺って基本美味いとか好きじゃないとかしかコメントしないからなぁ。

 しょうがない、事情を知っている誰か代わりに――――

 

『めがっさ役に立てるから春人さんでオナシャス!』

 

 えぇ……。今してた会話の意味よ……。

 

「では午前中の授業はここまでだ。午後は今使ったISの整備を行うので各人班別に集合する事。では解散!」

「春人、シャルル、早く行こうぜー」

 

 織斑先生のよく通る声が整列した全員の元へ届き、午前の授業は終わりを告げた。

 となれば、少数勢力である俺達男子はまた急いでアリーナの更衣室に移動しなければならない。昼食がいらないというのであれば話は別だが。

 

「……ああ」

「う、うん」

「……?」

 

 一夏の提案に了承の返事をするも、デュノアの様子がおかしい。ちゃんと一夏の後ろを付いて来ているが、何があったのか顔を赤くさせている。

 それは更衣室に近付くにつれて赤みは強くなり、到着した頃には真っ赤になっていた。

 

「早く着替えないと食堂込むからなぁ、ってシャルルはISスーツの上に制服着るのか?」

「う、うん。一応安全とかも考えて着とけって」

 

 ISスーツは操縦する上で必要な情報をISに伝達するだけでなく、小口径の銃弾なら防げるほど耐久性が優れているらしい。

 とはいっても女性仕様のデザインならいざ知らず、男性仕様は腹部ががら空きとなっている。そこでも充分致命傷になると思うが。

 

『ミコトちゃんもね、将来子供を産むためにもお腹も守らなきゃダメだって思うのです』

 

 女だったら分かるけど、男だから子供産む事はないと思うんですがそれは……。

 

『これはミコトちゃんうっかり! テヘペロ!』

 

 うぅん? 何か引っ掛かるが、まぁないよりはましなんだろうな。

 それにしてもデュノアの親も過保護だねぇ。フランスの治安がどうかは知らないが、IS学園なんて安全地帯にいるんだから着なくてもいい気がするんだけどね。

 

「ふーん、ISスーツの上にズボン穿くのって何か変な感じしないか?」

「ぼ、僕は慣れたからね」

「ああ、でもやっぱり変には感じてるんだな。よし、今脱いじゃえよ! その方が楽だって!」

「えぇ!?」

 

 おやおやおや? 一夏さん?

 

 一人で黙々と着替えていたら何か事件が起きそうになっていた。しかも犯人は知り合いの。

 何とかデュノアを着替えさせようとかつてない積極性を見せてきた一夏。壁に追い込んでからした右手のサムズアップと、浮かべている笑顔がいつもより眩しいのは気のせいだと思いたい。

 

『違う意味で危ないみたいですね……』

 

 やっぱり織斑先生がHR後に頼んできたのってこの事だったんだ。

 そもそも普通に考えれば分かる事だったが、転校生の世話を社交的な一夏を差し置いて、俺に任せるはずがない。国際問題になる前にどうにかしなければ。

 

「……そこまでにしておけ」

「えっ、何でだよ?」

「は、春人ぉ」

 

 分かったのなら行動は早かった。着替えるのもそこそこに、一夏の止めに入る。

 壁に追い詰められていたデュノアは一夏の魔の手から逃げ出すと、そそくさと俺の背中へと隠れてきた。余程怖かったらしい。

 

「……デュノアが困ってる」

「うっ……で、でもその方が楽だし……少ない男同士、親睦深めるのは必要だろ?」

『一夏くん! 君が何を言ってるのか分からないよ!』

 

 えっ、本当に何言ってんのこいつ。何で親睦を深めるのと一緒に着替えるのがイコールになってんの?

 

 ある意味で予測出来た展開に痛む頭を抑えつつ、不思議そうにしている一夏へ話を続ける。

 

「…………脱いだ方が楽なのは認めるが、別に親睦を深める手段はこれだけじゃない」

「そ、そうだけどさぁ……」

「……訓練が終わったら何処かに行くとかでいいだろう。デュノアもそれならどうだ?」

「うん。僕は大丈夫だよ」

「うっ……」

 

 顔を僅かに覗かせるデュノアに訊ねれば、快く了承してくれた。

 こうなれば二対一、頑なだった一夏が折れるのにも時間は必要ない。

 

「分かった。無理言ってごめんな?」

「う、うん。気にしてない……よ?」

 

 素直に謝る一夏に対して、疑問系で気にしてないと俺に隠れながら答えるデュノア。どう見ても完全に気にしている答え方だった。とりあえず俺越しに話すのやめて欲しい。

 しかし、生まれた不安は直ぐに取り除くのは至難だ。結局、デュノアは俺を盾にして一夏からこそこそ制服を着る事に。

 

「ぼ、僕外で待ってるね」

「……分かった。俺も直ぐに行く」

「お、おう……」

 

 着るだけのデュノアが一番先に終わったので一足先に外へ。俺もあとは下だけなのでそんなには時間は掛からないだろう。

 一番時間が掛かりそうなのは一夏だ。意気消沈しているようで、着替える手がとにかく遅い。

 

 さて、何とか第一次デュノア防衛戦は勝てた。これが第二次、第三次と続かないようにしなければ。

 

「はぁ、やっちまったなぁ……。嫌われたかな?」

「……そうかもな」

「だよなぁ。はぁ……」

 

 デュノアがいなくなってから直ぐに一夏が口にした言葉だった。素っ気なく返すと真に受けて、更にどんよりとした空気へ。

 そうは言ったが、別に嫌われてはないだろう。ただ警戒されているだけだ。

 

「……冗談だ。そんなに焦る必要もないだろう」

「そうなんだけど……」

 

 元々着替えるのが遅かった一夏の手が完全に止まった。何かを言い淀んでいるようにも見える。

 その間にこちらは仕上げの段階としてネクタイを締めていた。ちゃんとやらないとまた箒に迷惑が掛かってしまうのでかなり気を付けて。

 

「……昔、さ」

「……ん?」

「小学生の時にその、転校生が苛められた事があってさ」

 

 やがて言い辛そうに口を開いた。俺も手を止めて一夏と向き合う。

 

「そいつも違う国から来たんだけど、シャルルと違って日本語が上手く話せなくってさ。それが原因でクラスに馴染めなくて、苛められたんだ」

 

 一夏も素直なやつだ。ただ思い出すだけなのに、まるで今目の前でそれをやられているかのような反応をする。

 今もそうだ。その時を思い出してか、かなり苦い表情をしている。本当に嫌だったらしい。

 

「……そいつとデュノアでは状況が違うだろう?」

「分かってる。でもどうしてもその時の事が頭に過るんだ。だから今度はそんな事がないようにって、早く仲良くなろうとしたんだけど……失敗しちまったなぁ」

 

 あっ、でもやっぱり一夏の中では着替えるのと仲良くなるのはイコールなんすね。

 

「……そうだな。失敗だな」

「うぐっ……」

「……だから今度は違うやり方にすればいい」

「えっ? い、いいのか?」

 

 俺の言葉に意外そうな言葉と顔を向けてくる。一夏の中で俺はデュノアと仲良くなるのは反対していると思っていたらしい。

 

「……俺は手段がダメだと言っているだけで、目的については何も言っていない。むしろそれならお前に賛成だ」

 

 その目的が本当ならな!

 ホモだったら許さんけど!

 

「そ、そっか! うぅん、じゃあ何がいいかな?」

「……さぁな。俺はそういうのに疎い。だが強引なのはもうやめろよ」

「わ、分かってるよ」

 

 明るい表情になった一夏は早速どうすればいいのかを考え始めた。こうなると俺は門外漢だ。伊達に友達一人もいない訳じゃない。

 というかそれより――――

 

「……それより早く着替えた方がいいんじゃないのか?」

「うおっ!? 忘れてた!」

 

 言われてまだ自分が上しか着替えてないのに気付いたらしく、物音を立てて慌ただしく着替える速度を上げていく。

 

「……外で待ってる」

「す、直ぐに終わるから待っててくれ!」

「……了解だ」

 

 そんな一夏を尻目に更衣室から出ればデュノアが壁に寄り掛かっていた。俺の顔を見るなり、ホッと溜め息を吐いてこちらに近寄ってくる。

 

「……待たせた」

「うぅん。でも結構時間掛かったね」

「……色々とな。一夏も急いでるからもう少しで終わるはずだ」

「う、うん」

 

 一夏の名前が出た途端に少しぎこちなくなってしまう。相当警戒されているようだ。

 まぁ壁に追い詰められてまで脱げと要求されたんだ、無理もない。

 

「……さっきはすまない。あいつなりにデュノアと仲良くなろうとしただけなんだ」

「い、いいよ。僕も仲良くなりたいし。さっきのはちょっと強引だったけど……」

「……それはもうないはずだ。もし何かあれば言ってくれ。どうにかする」

「ならいいけど……ぷふっ」

 

 そこまで口にしてからデュノアはこちらを見て、何が楽しいのか少し笑った。面白い事なんて何一つ言ってないんだが。

 不思議そうにしている俺にデュノアは眩しいばかりの笑顔で応えた。

 

「何か春人って見た目と違ってお兄ちゃんみたいだね」

「…………何でそうなる」

「一夏のフォローとか、僕の心配してくれてるところとか。何かお兄ちゃんみたいだなぁって」

「…………あまり兄を心配させないでほしいな」

「はーい。ごめんなさい、お兄ちゃんっ」

「…………やっぱりやめてくれ」

 

 笑っていた理由を聞いて少し流れに乗ってみたものの、また頭を抱えるはめに。最近こうして頭を抱えるのが癖になってきてる気がする。

 というか双子でもないのに同年代の兄ってどうなんだ。もう意味が分からない。むしろ分かったらいけないのではないか。

 

「ところでここで待ってていいの?」

「……何でだ?」

「えっ、屋上でお弁当食べるんじゃないの?」

「…………はっ」

 

 何処で聞いていたのか、デュノアに言われて漸く思い出した。箒と屋上で手作りの弁当を味見する事を。目の前で起きていた出来事の衝撃が強すぎて忘れていた。

 

 時間を確認すればそこそこ時間が経っている。女性の着替えは時間が掛かるかもしれないが、それを差し引いてもこちらはまだ移動時間もあるのでちょっとまずい。

 それだけじゃない。デュノアの護衛についても問題が出てくる。今更になって問題が浮上してきた。

 

「ど、どうしよう」

「僕に聞かれても……」

「お待たせって、どうした?」

 

 オロオロしてる俺達を見て一夏が首を傾げる。でも気にしている余裕なんて今の俺にはない。

 あちらを立てればこちらが立たず。どうしたものかと考えていれば、携帯電話に更識会長からメッセージが。

 

『一夏くんはこっちが見ておくから、箒ちゃんとのお昼楽しんできなさい……だってさ』

 

 態々読んでくれてありがとう。でも更識会長の声真似いる?

 それにしてもまさか更識会長まで動かしているとは……織斑先生が容赦なさすぎてどうしていいか分からないよ。

 だけど、おかげで今どうすべきかははっきりした。

 

「……すまない。少し用事があるから先に行く」

「あ、そうだったのか? 何か待たせてごめんな」

「……気にするな」

 

 一夏とデュノアに一言断ると外に出た俺は急ぐべく、軽く準備運動。

 

 さぁて、いっちょ行きますか。

 

『Get Ready』

 

 その言葉を皮切りに必死に口で演奏するミコト。何処かで聞いた事あるBGMを聞きながら走り出す。

 目指すは校舎の屋上。そこを目指して走って時折障害物を避けるためにジャンプしていく。その度にあるSEがミコトの口から流れ出す。

 

『シュィィィ! シュィィィキャッ! シュィィィ!』

 

 あれ? 俺ってバーチャロンだったの?

 

 耳元で風が鳴り響く心地好さを感じながら久し振りに走っていれば、あっという間に校舎の前に辿り着いた。

 あとは屋上へ行くだけである。この速度を維持したまま、最短ルートで。

 

 つまりは校舎の壁を駆け上がるんですけど。

 

『加速ぅ! 迅速ぅ! 最速ぅ!!』

 

 うおおお、何だその熟語三段活用は!? 急に熟語フェチになってどうしたの!?

 

 垂直の壁を駆け上がると勢いが良すぎたのか、最後はジャンプしたように高く空を舞ってしまう。

 と、同時に屋上の扉が開いた。屋上にある謎の影を目で追い、まだ空にいる俺と視線が重なる。

 

「えぇ……」

 

 唖然とした様子で俺を見ていた箒の元へ着地。ギリギリ間に合ったようだ。

 

「何でお前は空から来るんだ……」

「……違う。校舎の壁を走ってきた」

「あ、ああ、そうやって来たのか……。どっちにせよ、普通に来ればいいだろうに。そんなにお腹空いてたのか?」

 

 訊ねられると謀ったかのように腹の虫が盛大に鳴った。直前に少し運動してたのもあって、それはそれは立派な音を奏でる。恥ずかしいほどに。

 

「…………返事はこれでいいか?」

「ふふっ、随分と分かりやすいな。ではまた勝手に返事される前に食べようか」

 

 一頻り笑われると背もたれがないベンチに二人並んで座り、本題の手作り弁当がその中身を見せた。

 

「おお」

「ど、どうだ?」

「……心配しなくても美味しそうだ」

「な、なら早く味も見てくれ」

「……そのつもりだ」

 

 渡された弁当の蓋を開ければ、色鮮やかな弁当がまずは視覚からその美味さを伝えてくる。

 そわそわと落ち着かない箒に言われるまでもない。だがどれもこれも美味しそうで、本当はいけないのだが迷い箸をしてしまう。

 

「こらっ。行儀が悪いぞ」

「……すまない。どれも美味しそうでな」

「そ、そうか。ならまずは唐揚げから食べてみてくれ。自信作なんだ」

「……では」

 

 箒自信作と言われる唐揚げから。横からじっと見られながら口に運ぶ。自信作とはいえ、他人からどう思われているのか不安で仕方ないのだろう。

 だがそれも杞憂に終わった。

 

「美味い……!」

「っ!」

 

 飛び出た言葉に箒は固くなっていた表情を柔らかくしていく。

 

「よ、良かった……。他のもどうだ?」

「…………」

「ふふっ、食べるのに夢中か」

 

 腹が空いていたのもあるが、それを抜きにしても箒の弁当は美味い。どれもこれも手間が掛かってるのは言われなくても分かる。

 

「ほら、お茶だ」

「……ありがとう」

 

 一息吐こうとしたところで、箒からお茶を差し出された。本当にタイミングのいい。

 それはいいのだが、箒の箸が全然進んでいない。俺が食べている弁当と同じものを食べているのだが、見た限りでは一口、二口程度しか進んでいなかった。

 

「……箒は食べないのか?」

「ん? ああ、お前の食べている姿を見ていたら忘れていた」

「……そうなのか?」

「ふふっ、お前は本当に美味しそうに食べてくれるからな。見ていて楽しいんだ」

 

 俺の食べている姿を思い出しているのか、頬を緩ませて話している姿はこの上なく嬉しそうにも見える。

 そんなに美味そうに食べてたのか。というよりはそんなに見られてたのか。これはかなり恥ずかしい。

 

「……ご馳走さまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

 恥ずかしさに耐えながら食べていればあっという間に食事は終わった。礼を言って空となった弁当箱を返せば、向こうもニッコリ笑って受け取る。

 そんな関係を良いなぁと思いつつ、そうなれる可能性がある一夏へ呪いを掛けておく。リア充爆発しろ。

 

『一夏は関係ないだろ、いい加減にしろ!』

 

 えぇ、これ一夏と箒がお付き合いするためにやってるんですけど……。

 

「……さて、と」

「また昼寝か」

「……また昼寝だ」

 

 弁当も食べたし、拙いながら感想も述べたらもうやる事もない。言われた通り、昼寝をしようと立ち上がれば、少し頬を染めた箒が態とらしい咳をしつつ話し掛けてきた。

 

「あー、んんっ! 何処へ行くか知らないが、硬いところに頭を置くのは良くないぞ」

「……いや、硬くはないんだ」

「硬くない?」

「…………何でもない」

 

 最近というか襲撃されて以来、昼寝するところに布仏が必ず現れて膝枕してくるのを危うく言いそうになった。

 

「どっちにせよそんな移動する事もないだろう?」

「……そうだな」

 

 まぁここなら今は箒しかいないし、今日はこれまで誰も来てないから、今から誰かが来るのもないだろうし。

 

「待て待て。何故隣のベンチにいこうとする」

 

 隣のベンチに移動しようとすれば再度待ったが掛かる。抗議の視線を向ければ、顔の赤みが強くなっているような気がした。

 

「……そこには箒がいるだろう」

「ええい、察しの悪い! わ、私の膝を貸そうと言っているのだ! さぁ来い!」

 

 えぇ、何でそうなるの……?

 

 遂には真っ赤になった箒が両手を拡げて迎撃体勢は整ったと言わんばかりの構え。

 まさか箒も膝枕をしてこようとは思わなかった。女子の間で男に膝枕するのが流行っているのか? 日本始まったな。

 

『で、どうするの?』

 

 数々のギャルゲーをクリアしてきた俺の勘がこう言っている。断ってはならないと。ミコトちゃん、これどうですかね!?

 

正解(エサクタ)

 

 やっぱりね、知ってた。

 

 満足そうなフィンドールキャリアスの答えを聞いた俺はそれならと箒の膝に頭が乗るように調整して横になる準備完了。

 

「……失礼する」

「うむっ!」

 

 一言断ってから横になれば、後頭部に女性特有の柔らかさが。布仏ですっかり慣れたものかと思えばそんな事はなかったらしく、心臓が喧しくなる。

 

「――――♪」

 

 そんな俺を落ち着かせようとしているのか、箒は片手で俺の頭を撫でながら、もう片方の手で鼻歌に合わせて優しく肩を叩いていく。

 子供を寝かせるようなその行為は吹き飛びそうだった眠気を呼び戻してくれる。

 

「どうした、寝ないのか?」

「…………いや、大丈夫、だ」

 

 最早返事をするのも精一杯。それでも最後の力を振り絞って、これだけ告げた。

 

「……誰か、来たり……辛く、なったら……起こしてくれ」

「ああ、そうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――♪」

「箒さん、抜け駆けは卑怯ですわ!」

「セシリアはまだいい。私なんか休み時間でしか会えないのに……!」

 

 春人と箒が屋上で二人きり。そう聞いて私とセシリアが慌てて購買で買ってきた時にはもう終わっていた。

 春人は箒の膝を枕にして静かに眠っている。いつもは悪い目付きもこの時だけは穏やかなものにして。羨ましくてしょうがない。

 

「ああ、すまない。春人が寝ているんだ。静かにしてくれないか?」

「「ぐぬぬぬ」」

 

 鼻歌を止めた箒は余裕の表れか瞳をキラリと光らせる。気のせいかもしれないけど、確かにそう見えた。

 でも箒の言う通り。せっかく春人が寝ているのに私達が騒いで起こすのは申し訳ない。

 

「それにしても相変わらず一人でいようとしますのね……」

「そう、だな……。私が言わなければまた何処かへ行こうとしていた」

 

 穏やかに寝ているこの人はなるべく一人でいようとする。休み時間なんて特にそうだ。

 何でか分からなくて悔しいけど多分誰よりも一緒にいる本音に聞いたら、自分がいたら皆に悪いからって言っていたらしい。もうそんな事はないのに。

 

「春人……」

 

 誰よりも優しいこの人がそんな理由で一人でいようとするのがあまりにも寂しくて。この人の名前を呟きながら手を伸ばせば、寝ているはずなのにまるで見ているかのような反応が出た。

 

「やめ、ろ……」

「えっ?」

「近寄るな……!」

「春人さん!?」

「春人!?」

 

 それは寝言にしては寂しくて、悲しすぎるもの。何があったのか分からないけれど、今見ているのは悪夢だというのは誰でも分かった。私達が何をすべきかも。

 

「春人……傍にいるよ。ずっと……」

 

 私は伸ばした手でそのままそっと右手を取って胸元に引き寄せる。私が近くにいると分かるように。

 

「わたくしも……傍にいます。だから、そんなに寂しい事を言わないでください……」

 

 セシリアも反対側に立って、春人の左手を取ると自分の頬に寄せた。セシリアの暖かさが伝わるようにと。

 

「私も、お前の傍にいる。怖がらなくていいんだ……」

 

 愛しそうに箒が春人の頭を撫でる。目に掛かる髪を退けて、魘されてうっすらかいている汗が手に付くのも気にせずに。

 

 春人は拒むかもしれない。これからもいつも通りにするのかもしれない。

 でも私達は決めたんだ。傍にいるって。何があっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬおっさんに耳を舐められるとかいうおぞましい悪夢。あれは一体何だったんだ……。

 

『ホモやないですか』

 

 違う、断じて違う……!

 

 そして夢から覚めたらえらい事になってる。

 

「…………箒、これは?」

「気にするな」

 

 目線を上に向ければ寝る前以上ににこやかな箒が。起き上がろうとする俺の肩を両手で押さえ付けてくる。まだ寝ていろと言いたいらしい。

 

 

「春人さん……良かった」

「…………セシリア?」

「っ……はい。わたくしはここにいます」

 

 左側にはセシリアが俺の掌に頬を乗せていた。何があったのか、少し泣きそうな彼女を慰めたくて頬を撫でれば嬉しそうに頬を緩める。

 

「春人……」

「……簪もか」

「うん。私もここにいるよ。春人の傍にいるよ」

 

 ただそれだけなのに何故か必死さが伝わってくる。胸元に引き寄せられた俺の右手が大切そうに両手で包まれてるのを見て、俺からもその手を握り返す。

 

「……ありがとう」

「っ! うんっ!」

 

 溢れた笑みを見ていれば先ほどの悪夢なんてどうでも良くなっていた。




万丈くんに
「オラオラオラ!」
って言いながら殴る蹴るのラッシュをしてもらって、最後の方は
「俺のぉ!腕がぁ!真っ赤によぉぉ!!」
とナックルを取り出しながら重い一撃を繰り出し、締めのヴォルケニックフィニッシュに
「燃えてんだオラァァァッ!!ぁぁあっつい!!」
みたいなのをやってほしい。


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