IS学園での物語   作:トッポの人

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ISABに出てくる乱ちゃんくそ可愛いんですが


第36話

「凄く賑やかだったね」

「…………そうだったな」

 

 歓迎会も終わり、俺とデュノアは部屋に戻るとお互いのベッドに座ってさっきまでの事を思い返していた。

 ちらりとデュノアの顔を伺ってみるも、本当に楽しかったらしく、その表情はとても明るい。

 

 それを見ていると到底思えなかった。思いたくなかった。悪ふざけをした俺や一夏を許してくれたデュノアが、さっきまで色んな人と仲良くしていたデュノアが皆を騙しているなんて。

 

『で、どうするの?』

 

 今考えてリングなう!

 

『相当テンパってますね……』

 

 正直、とんでもない話を知ってしまった。迂闊に誰かに話せる話でもないし、言っていい話でもない。どうしたものか。

 

 とりあえずデュノアのISにも話を聞きたい。話をしておいてくれ。

 

『あいあいさー!』

 

 少し場違いなミコトの元気良い返事が今はちょうど良かった。相棒が聞いている間に俺の中で整理しておく。

 

『向こうはいいってー』

 

 何にせよ、話を聞かないとどうしようもないのだ。確かめなくてはならない。それが仮に嘘だったとしても。

 

「……デュノア、触ってもいいか?」

「えぇっ!? 何を!?」

『春人さん何でそうなってまうん……?』

 

 分かんない……。

 

 聞かないとどうにもならないが、訊いた内容が不味い事この上なかった。デュノアも真っ赤になって僅かに俺から遠ざかる。

 デュノアが女だとしたら俺は変態だし、男だったらホモになる。どちらにせよ、ここで訴えられたら勝ち目がないのははっきりしていた。結論、やばい。

 

「ち、違う。デュノアじゃなくて、デュノアのISに触っていいか?」

「ぼ、僕のISに? 何で?」

 

 慌てて弁明すれば当たり前ともいえる疑問が返ってくる。芽生えた警戒心を残して。

 大分やらかした。こんな状態では触れるのは無理だろう。予定変更するしかない。

 

 ミコト、俺に任せてくれ。

 

『うぃー!』

「……俺はISの声が聞こえるからな」

「えっ、本当に?」

「……信じるかはお前の自由だ」

 

 ISを操縦出来る世界でたった三人の、それまた珍しくISコアの声が聞こえる男。

 そんな希少価値が満載の俺を前にして、さっきまでの警戒心は何処へ行ったのかデュノアが食い付いた。

 

「へー。ねぇねぇ、どんな事が出来るの?」

「…………他のコアを通じて色んな話を聞いたり出来る。例えば――――」

 

 そこまで口にして少し迷いが生まれた。

 もし本当なら、これから話すのは明るくしているデュノアに影を落とすかもしれない。そう思うと言いたくなかった。

 だが、デュノアが何か悪さをする前に止められるのは俺だけだ。聞かなくてはいけない。

 

「――――デュノアが実は女の子とか、な」

「っ……!」

 

 訊いてくる前の明るい雰囲気と打って変わり、目を見開いて言葉を詰まらせるデュノアの様子ははっきり分かりやすいものだった。改めて訊くまでもないほど。

 

「……知ってたんだ?」

 

 否定もしない。しても無駄だと思っているのだろう。俯きがちに呟かれたのは観念したような、疲れたような声だった。

 

「……いや、知ったのは歓迎会の最中だ」

「そっか……。鈴と本音が言ってたのって本当だったんだね……」

「……鈴と布仏が?」

 

 二人が何を言っていたのかと首を傾げると僅かに頷いてデュノアは続ける。

 

「僕や他の皆は分からなかったけど、途中から春人の様子がおかしいってずっと言ってたよ」

「…………そうか」

 

 自慢じゃないが、俺ってかなりのポーカーフェイスのはずなんだけど。まじで何なんだ、あの二人は。

 

「……何で危ない橋を渡って来たんだ? お前の実力なら普通に来れただろう」

「僕の狙いはただ来る事じゃなくて、一夏と白式のデータだから」

「……なるほど」

 

 言い方は悪いが代表候補生とはいえ、その他大勢いる女性では確かに持ち主である一夏に接近しにくい。

 だからその中で目立つために、自らも男性であると偽った。女性だらけのところへ突如現れた数少ない仲間ともなれば、向こうからも近付いて来ると踏んで。

 

「それに広告塔にもなるしね。良いことづくめなんだよ……デュノア社にとっては」

「…………それは分かった。しかし、そこまで焦る事か? バレたら犯罪者になる」

 

 実家で経営している仕事なのに何処か他人行儀に話すデュノアに違和感を覚えつつ、新たに沸いた疑問を口にした。

 明らかにリターンよりもリスクの方が大きい。それは一時の事じゃなくて、今後も付いて回るものだ。時間は掛かるだろうが、普通に近付いた方がいいだろう。

 

「僕は愛人の子だから……きっと切り捨てるのなんて簡単なんだよ……」

 

 衝撃的な告白と共に、デュノアは次々と事情を話してくれた。

 

 自分が社長と愛人の子である事。六年前、実の母親が亡くなって社長に引き取られたが、子供が出来ない正妻から疎まれていた事。引き取られた理由も何か利用価値があるかもしれないからと、肉親の情なんてなかった事。

 

「デュノア社は第三世代開発に遅れてるんだ。ほとんどの企業は国からの援助で成り立ってるんだけど、このままだと国からの援助も受けられなくなる。第三世代開発は急務だったんだよ」

「…………だから、お前一人で済むなら安いものだと?」

「そうなんだろうね……。言う事を聞かないと僕もどうなるか分からなかったからしょうがなかったんだ……ごめんね、騙したりして」

 

 単純な話だった。愛人との間に出来たとはいえ、自らの子供と自分の会社。どちらが大切で、どちらを犠牲にするか。

 きっとデュノアの両親にしてみれば考えるまでもない選択肢なんだろう。そしてデュノア自身も同じ道を選ぶしかなかった。

 

「…………俺はその話を聞いても、お前が悪くないなんて言うつもりはない。選んだのはお前だからな」

「それは、そうだろうね……」

 

 選ばせたのはデュノアの両親かもしれない。でも、それしかなかったとしてもデュノアもその選択肢を選んだんだ。そんなつもりもないんだろうが両親と会社のために、デュノアの意思で。

 

「……だから騙してた皆にちゃんと謝れ」

「えっ……?」

 

 俯きがちだったデュノアの顔が上を向いた。どういう事かと疑っているような視線が向けられる。

 まだやってもない事で責めるほど落ちぶれちゃいない。未然に防げたのなら被害者にしても、加害者にしてもそれにこした事はないだろう。加害者が不本意なら尚更だ。

 

 人によっては今の話はもしかしたら正体がバレた時の罪を逃れるための作り話だと言う人もいるだろう。

 世界には良くある話だと、もっと不幸な目にあっている人がたくさんいると誰かは言うかもしれない。

 

「……謝ると約束するなら、お前がどうしたいかにもよるが俺で良ければ助ける。どうする?」

 

 それでも俺はデュノアを助けたいと思った。

 世界の何処かにいる、見知らぬ誰かではなく、たった一日とはいえ知り合った目の前のデュノアを。

 

「っ、ほん――――」

 

 本当に。明るくなった表情と共に向けられそうになった歓喜の言葉は最後まで言われる事なく、宙をさ迷った。

 そして直ぐに表情は暗くなって、また俯く。

 

「――――ありがとう。でも……ごめんね。無理だよ」

 

 声色まで暗くなって紡がれた言葉は歓喜とは真逆のもの。諦めと絶望に支配された薄暗い言葉は訳を訊ねるのには充分過ぎた。

 

「……何故だ?」

「デュノア社は国からも認められている。それくらいとても大きな会社なんだ」

「……それは分かっている」

「分かってないよ……」

 

 ゆっくり首を横に振ってデュノアは続ける。震える手を握り締めて。

 

「大きくなれば色んな人が集まる。中には悪い事が得意な人もいるんだ。それが大勢。幾ら強くっても、あの手この手で四六時中狙われたら勝てるはずがない」

「…………詳しいんだな」

「それはそうだよ。勘違いしてるみたいだけど、僕はお伽噺に出てくる悪いやつに捕まったお姫様なんかじゃないんだ」

 

 あれだけ他人行儀に話していたのに、ここまで詳しいとは思ってもいなくて驚いたら当然だと言われた。

 

「僕はね、悪いやつの仲間なんだよ……」

 

 デュノアとしても不本意だが、そう言わざるを得ないんだろう。客観的に見ればそうなってしまう。六年間は両親の恐ろしさを知るには充分過ぎる期間だったようだ。

 

「……暗いお伽噺もあったものだ」

「しょうがないよ……」

「……だがそれでも最後はハッピーエンドだろう?」

「何を言って、っ」

 

 また言葉を詰まらせた。顔をあげたデュノアの前に差し伸べた俺の手があったからだと思う。

 

「……デュノアにとってのハッピーエンドは何だ? お前はどうしたい?」

「……何を言ってるの? 無理だって、今話したばっかりだよ? もう良いんだ。僕を早く牢屋に送るなりすればいい」

 

 再度訊けばデュノアは僅かに苛立ちを見せ始めた。それでもまだ諦めの方が勝っているようで、声のトーンは低い。

 

「……それでいいならそれでいい。お前はどうしたい?」

「っ、さっきからどうしたいって何!? 春人に何が出来るの!?」

 

 ヒェ……。

 

 そしてデュノアにも我慢の限界がやって来た。怒りを剥き出しにして怒鳴り散らす姿に内心ビビったが、何とか話を続けていく。

 

「……お前を抱えて空を飛べる」

「そんなの……!」

「…………他には、そうだな」

 

 出来る事を答えてみたが、不満そうなのでもう一つあげてみる事に。

 

「……信じてくれるならお前を助ける事が出来る」

「もうやめてよ……。信じられないからいいよ……」

 

 今日会ったばかりの俺を信じるというのも無理な話だ。だがそれ以上に両親の事を悪い意味で信じているのだろう。

 それでも少し揺らいでいるらしく、声が震えている。何とか遠ざけようと態と冷たい言葉も口にして。

 

「……どうすれば信じてくれる?」

「……なら、これを手に突き刺してみてよ」

 

 少し考えてからデュノアが格納領域から取り出したのはナイフ。鈍く光る刃の輝きがナイフの鋭さを示していた。

 ペン回しの要領でくるくると回しながら渡されたナイフを確認してみるが、特に変わった様子はない。

 

「出来ないでしょ? だからもう――――」

「……分かった」

「――――えっ?」

『ちょ!?』

 

 了承した俺の返事に動揺する二人を差し置いて実行した。逆手に持ったナイフを左手に突き刺せば刃は甲にまで達し、夥しい量の血が流れ出る。

 

「う、ぐっ……! さすがに痛いな……!」

『あ、あばばば!? 一夏、白式、白騎士呼んでー!!』

 

 な、何で一夏と織斑先生呼ぼうとしてんだ?

 とりあえず落ち着け!

 

「春人、何してるの!?」

 

 左手に突き刺したナイフを見て、デュノアが青い顔をしてこちらに駆け寄って止血してくれた。昼間に見た俺と一夏を冗談混じりに許してくれた優しいデュノアだ。

 

「……これで……信じてくれるんだろう?」

「な、何で……?」

「……お前を、助けたいと思ったからだ」

「っ!」

 

 痛む左手を抑えて話していると、不意に痛みが和らいだ。まだ多少痛むがこれなら問題ない。

 

『白式に言われて思い出したけど、搭乗者保護システムとかいうのありました……』

 

 お前はどんだけテンパってたんだよ……。いつも使ってくれてた機能じゃんよ……。

 

「…………お前が本意でここにいるなら何も言わない。でもそうじゃないんだろう?」

「それ、は……そうだけど……」

「……お前の意思は何処にある。お前が本当にやりたい事はなんだ?」

「僕の意思……本当にやりたい事……」

 

 慣れない事を拙い言葉で何とか伝えていく。デュノアの心の揺れは大きくなっているようだった。

 

 ていうか待って、俺のお口くそ絶好調ですやん。めっちゃ喋れてる。このまま頑張るんだ俺!

 

「……お前は本当にそこにいるのか?」

「っ!!」

 

 何でそこでファフナー出ちゃったんだ俺! 調子こいて喋った結果がこれだよ!

 

『何であんな事言った! 言え! 何でだ!』

 

 やめて! もう、やめてよぉ……!

 

「ねぇ、本当に助けてくれるの……?」

 

 しかし、何とかバレずに済んだようだ。震える声で訊ねてくる。何度も答えた内容を。

 何度訊かれても俺の答えは変わらない。何度でも同じ答えを返すとしよう。

 

「…………デュノアが望むならな。だからもう一度選べ。お前が、他の誰でもない、お前のために、お前の意思で」

「……酷い目にあうよ。きっと……後悔する……」

「……させてみろ。俺は今まで誰かを助けて後悔した事はない。これからも、するつもりはない」

「っ……!」

 

 どんな事が起きるか分からない。それがいい事ではないとだけは分かっている。それでもいいのかと確認してくるデュノアに構わないと返事をすれば遂に決壊した。

 

「僕、僕……もうあそこにいたくない……! お願い……助けてよぉ……!」

 

 アメジストの瞳からポロポロと流れる大粒の涙は嘘だと言うにはあまりにも儚くて、本物だと分かるにはあまりにも説得力があった。

 そして俺をテンパらせるには充分過ぎた。

 

「た、助ける。助けるから泣くな、な?」

「うん、うん……うぇぇ……」

 

 泣くなぁぁぁ!!?

 

 一向に泣き止む気配のないデュノアにどうしていいか分からず、ない頭を必死に働かせてオロオロしていると俺の携帯が鳴り出した。

 

「も、もしもし?」

 《はるくーん! はるくんはるくん!》

 

 着信音も煩いのでとりあえず電話に出る事に。慌てて出たから分からなかったが、相手は束さんだったらしい。

 クロニクルさんが落ち込んでいると言っていたが、そんなの微塵も感じさせない明るさだった。

 

「ど、どうしました?」

 《話は聞かせてもらったよ! さっきはああ言ったけど、はるくんがその子を助けるなら束さんも協力するぜぃ!》

 

 えっ、あの、どうやって今の話を聞いてたんですかね?

 

 《ちーちゃんにはもう連絡したから直ぐに来るはずだよ!》

「…………ありがとうございます?」

 

 俺が何かするまでもなく事態が進んでいるらしく、やる事といえばデュノアを慰めるのと刺したままのナイフを処理するぐらいしかなかった。

 

「……もう大丈夫か?」

「うん……」

「…………そうか」

 《ぐぬぬ……!》

 

 暫くすれば、まだぐずっているがデュノアは何とか泣き止んでいた。何故か俺の手を繋いだ状態で。どうしてこうなった。

 更に言えばISの通信に切り替えた画面の向こうで束さんが非常に不服そうにしている。やはりデュノアを助けるのは反対なのだろうか。

 

 新たな問題に頭を悩ませていると部屋にノックの音が響く。本当に束さんが呼んでくれていたようだ。

 

「櫻井、入るぞ」

「……どうぞ」

 

 鍵は開いていたからそう返事をすれば扉が開いてぞろぞろと人が入ってくる。

 

「……山田先生に更識会長達も?」

「私が呼んだ。お前が思っている以上に頼りになる」

「こ、こんばんはー……」

「春人くん、やっほー」

「こんばんは」

「はるるんのお部屋だー」

 《はるるん?》

 

 最後に入ってきた布仏の俺の呼び方に何故か束さんが反応した。声がした方へ振り向くと俺とデュノア、それに織斑先生を除いた半数以上がぎょっとした表情に。

 

「え、えぇー!?」

「篠ノ之博士!?」

「な、何でここに……?」

 

 驚くのも無理もない。今世界で最も有名な個人が画面越しとはいえ、目の前にいるのだ。

 だがそんな超有名人の束さんは騒がしくなる周りなんて、何処吹く風とっいった様子で布仏に訊ねる。

 

 《ねぇねぇ、何ではるくんの事、はるるんって呼んでるの?》

「その方が可愛いからでーす」

「ほ、本音!」

 

 長い袖に隠れた右手を目一杯あげて、いつもの間延びした布仏の返事に布仏先輩が慌てて叱りつけた。

 相手はISというブラックボックスの塊を造り上げた人物で、その気になれば全てのISを停止させるなんて事も出来るかもしれない。それがどれだけの被害を生み出すかなんて想像するのも恐ろしかった。

 

 《おお、なるほど! 君はいいセンスしてるね!》

「「「えっ」」」

「はるくんもいい感じですよー」

「はぁ……想像はしていたがやはりこうなったか……」

「ああ、もう……」

 

 と、織斑先生は言っていたがそれも昔はそうだったかもしれないだけ。今は俺にも愛想良く笑顔を振り撒いてくれるいい人だ。

 何処と無く波長の合う二人の会合に織斑先生と布仏先輩が頭を抱える。

 

「…………その、本題行っていいですか?」

「ああ、早くそうしてくれ……だがその前に」

 

 何か放っておいたら前に進みそうにないので俺から切り出す事に。

 話す前から既に疲れた様子を見せている織斑先生だったが、俯きがちの表情から鋭い視線が向けられる。嘘は決して許さないと視線に込めて。

 

 その先にあるのは――――

 

「それは、何だ?」

「あっ、うっ……」

 

 包帯で雑に包まれた俺の左手だった。

 

 鋭い視線に加えて圧力のある冷たい声で訊ねられれば、慣れている俺はともかく横にいるデュノアが萎縮する。

 怪我をさせたという負い目もあったのかもしれない。こいつは良いやつだから気にしているんだろう。

 

「それと奥のベッドシーツ、何で一纏めにしてるのかしら? おねーさん達にも分かるように教えてくれない?」

「……櫻井くん。左手見せて」

 

 答える前に今度は更識会長から更なる追撃。おどけるように言っているが、目が笑っていなかった。それを訝しんで見ていた布仏先輩もこちらへ近付き、真剣な目で言ってくる。

 

 多分聞くまでもなく、おおよその見当が付いているんだと思う。もし俺が嘘を吐いたらどうなるか、分からないはずがなかった。

 

「……自分で左手にナイフを突き刺しました。シーツはその際の出血で――――」

「っ、見せて!!」

「山田先生、医療品を! 早く! 束!」

「は、はいっ!!」

 《はるくんのISが保護機能を使ってくれてるみたいだね。容態が急変するとかはないよ》

 

 言い終える前に布仏先輩の怒号が部屋に響いた。続いて織斑先生も声を荒げて山田先生へ指示を出す。

 そんな一気に慌ただしい雰囲気へ。怪我の状態を確認すべく、左手を掴みあげた布仏先輩に思わず訊ねてしまった。

 

「…………その、分かっていたのでは?」

「だからって、冷静でいられる訳ではないでしょう!?」

「す、すみません」

「何であなたはいつも無茶ばっかり……!」

 

 今にも泣いてしまいそうな表情で怒りながらも包帯を巻き直してくれる。

 

 そ、そんなに無茶した覚えもないんですけど……。

 

「はるるん……」

「…………大丈夫だ」

「…………んー」

 

 珍しく不安そうな布仏に大丈夫だと伝えるも、黙ってじっと俺の顔を見てくる。難しそうな表情を浮かべて。

 

「も、持ってきましたー……!」

「さ、治療しながらでいいわ、どうしてそうなったのか答えなさい」

「……分かりました」

「ごめんなさい。僕のせいで……」

 

 余程急いでくれたのか、肩で息をする山田先生。持ってきてくれた医療品で治療しながら事情を話す事に。

 

 デュノアが女の子である事、そんなデュノアを助けたい事、もう知っているかもしれないが改めて説明した。

 

「……手伝ってくれますか?」

「お願い、します……」

 

 俺の問い掛けにデュノアも頭を下げてお願いする。

 

 《勿論、私はオッケーだよ!》

「私もー」

「……ありがとうございます」

 

 心強い味方がまず二人。すっかり意気投合した布仏と束さんのペア。

 

「仕方ない、私達も協力してやるさ」

「が、頑張ります……!」

「……ありがとうございます」

「お前には借りがあるからな……」

「……借り、ですか? ん?」

 

 続いて織斑先生と山田先生も協力すると言ってくれた。これまた心強い味方だ。

 壁に寄り掛かっていた織斑先生が、こちらへ近寄るとくしゃりと俺の頭を撫でてきた。

 

「そうだ、とても大きな借りだ。忘れるなよ? 高くついている。ちゃんと返させろ」

「……はい」

 

 滅多に見せない優しげな顔をしながら撫でてくる。何処となく恐ろしげな事を口にして。

 そんな様子を見ながら更識会長が大きな溜め息を吐いた。

 

「はぁ……世界でも有名な二人が協力するとなったら私も協力しない訳にはいかないじゃない」

「櫻井くんからのお願いなら断るつもりもなかったからいいじゃないですか」

「そ、そんな事ないですぅー! ちゃんと聞いてから決めるつもりでしたぁー!」

 

 布仏先輩の突っ込みに顔を赤くしながら必死になって答えているが、どうやら二人も協力してくれるらしい。

 全員が協力してくれる事になり、改めて頭を下げた。それしか出来なかったが、やらないよりは遥かにましだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 それからああしようこうしようと作戦会議が始まったが、時間の都合で今日のところはお開き。

 大人数いたこの部屋にはまた俺とデュノアの二人だけとなった。といってももう寝るだけだし、何をするでもない。

 

「は、春人。その血だらけのベッドで寝るの?」

「……ん」

 

 寝る準備を進めていたら、デュノアからそんな事を言われた。

 確かに血だらけのベッドに寝るのはかなりきついものがある。かといって他に寝る場所がある訳でもない。目の前にベッドがある状況で床で寝るのは遠慮したかった。

 

「こ、こっちのベッドで一緒に寝よ?」

 

 えっ、何言ってんのお前。

 

「お願い……一緒にいる間だけでいいから昔お母さんといた時みたいに……」

 

 一ヶ月後、デュノアはここに再入学する事となった。性別も戸籍も変えて。

 その間はもしもの事も考えて俺と相部屋となったのだが、初日からいきなりハードモードになっている。どうなってんだこれ。

 

「……ダメ?」

「…………分かった」

 

 しかし、涙目で問われれば応えない訳にもいかない。なんて扱いやすいんだ俺。もう少しどうにかしろよ。

 

「っ、うん! ほ、ほら」

「……失礼する」

「えへへ……」

 

 捲ってくれた布団に入ると、向き合ったデュノアはそれだけで顔を綻ばせる。やはりただ久し振りの家族の温もりを求めているだけなんだ。邪な考えがあってはいけない。

 

「あっ……」

 

 しかし、それも包帯を巻かれた左手を見れば暗いものに変わった。

 

「ごめんね、僕のせいで……」

「……デュノアのせいじゃない」

「でも僕があんな事言わなければ!」

「……選ばせたのはデュノアだが、選んだのは俺だ。お前は悪くない」

 

 俺の答えに唖然とするデュノア。別に断るのだって出来た。ただ俺がそうしなかっただけ。ここに来るのを断らなかったデュノアと同じだ。

 

「そっか……ね、もう一つお願いしていい?」

「……何だ?」

「僕の事、シャルロットって呼んで欲しいんだ。二人きりの時だけでいいから春人には本当の名前で……ダメ?」

 

 またお願いされた内容は酷く簡単なもの。俺でも出来る内容だ。

 しかし、俺は瞬時に切り替えられるほど器用ではない。下手をすれば皆のいる前でシャルロットと呼ぶ可能性がある。

 

「…………シャル、じゃダメか? これなら普段から呼べる」

「ううん、いいよ! 凄くいい! シャル、シャルかぁ……!」

 

 頭を捻って出した答えはシャル本人からも大絶賛。何度も嬉しそうに呟いてその語感を確認している。

 満足してくれたようなので、俺もそろそろ寝ようかという時に興奮冷めやらぬ様子のシャルから話し掛けられた。

 

「ねぇねぇ! シャルって呼んでみて!」

「……シャル」

「も、もう一回!」

「…………? シャル」

「え、えへへ……」

 

 即興で考えた名前で呼ぶとこの上なく嬉しそうだ。自らの緩む頬に手を当ててどうにかしようとするが、どうにもならないらしい。

 

「……もう寝るぞ」

「あ、う、うん……」

 

 夜も遅くなってきた。明日も授業はあるからもう寝るべきだろう。でないと織斑先生から厳しい指導を受けてしまう。

 と、仰向けになって寝ようとしたら寝間着の裾を引っ張られた。気のせいかと思ったが、何度もやられれば違うと分かる。

 

「…………今度は何だ?」

「あ、あのね、僕が寝るまで頭撫でて欲しいなって……」

 

 引っ張ってくる犯人に訊ねれば、これまた可愛らしいお願いが飛び出した。

 シャルの方に向き直れば怪我をしていない右手で金色の髪を撫でる。さらさらと心地いい触感を楽しんでいると、目を細めてされるがままのシャルに訊ねてみる。

 

「……これでいいか?」

「うんっ」

「……分かった」

 

 暫く撫でていると眠くなってきたのか、目を閉じたまま夢現のシャルが口を開いた。

 

「何か……春人ってやっぱりお兄ちゃんみたいだね……」

「……そうか?」

「うん。こんなお兄ちゃん欲しかったなぁ……」

 

 同い年なのにお兄ちゃんとはこれ如何に。俺って老けてるのかなぁ?

 

「……馬鹿言ってないでさっさと寝ろ」

「はぁい。お休みなさい、お兄ちゃん」

「…………お休み、シャル」

 

 だから心臓に悪いからお兄ちゃんはやめろって!


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