IS学園での物語   作:トッポの人

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くっそ長いですが、終わりました。


第47話

 

 戦いの舞台を空に移して、VTシステムと通り過ぎ様に剣を交える。

 

「シッ!」

「『ぐっ!?』」

 

 押し負けてVTシステムが空中で立ち止まった。ウサギさんのおかげで全力で戦えるようになったのでもう力に圧倒される事も、速さに翻弄される事もない。

 技術は到底追い付かないが、こいつが真似るのが織斑先生の動きがベースだと分かれば何とでも出来る。伊達に一ヶ月以上本物のお姉様にしごかれてた訳じゃないんだ。

 

『でも時間はあんまり掛けられないよ!』

 

 とはいえミコトの言う通り時間は掛けられなかった。この状態を学習し、またアップグレードされたら元も子もない。

 そもそもボーデヴィッヒがそれまで生きていられるのかという問題もある。どっちにせよ早く解決しなければ。

 一番手っ取り早くて安全なのは刃物であの黒い装甲を切り裂いてボーデヴィッヒとVTシステムを切り離す事だ。

 

「『おぁぁぁ!!』」

 

 そう考えているとVTシステムが雄叫びと共に怒りに身を任せるかのように足を振り払った。その軌道に逸ってやってくる衝撃波にありったけの殺意を乗せて。

 

『春人、私達の必殺技見せてあげよう!』

「ああ。俺達の必殺技……!」

 《Fang! MaximumDrive!》

 

 地面に跡を残しながら振り返り、空中にいる相手と衝撃波に向けてこちらも足を振り抜いた。

 

「俺達の『牙』だ!」

「『なっ!?』」

 

 放った瞬間に分かった。この『牙』は今までのどれよりも強く速い。その証拠にVTシステムが放った『牙』を打ち砕き、更にその奥にいる標的へと。

 

「『くっ……! おぉぉぉ!』」

 

 当たる寸前で避けられ、アリーナのシールドを足場に今度は自ら飛び込んできた。こちらも迎撃すべく飛び上がると喜色ばんだ声が聞こえてくる。

 

「『掛かったな!』」

「むっ」

「『もらった!』」

 

 交差する直前、刀を振り下ろすとVTシステムが右へ瞬間的に加速して回避。俺の右側に回り込み、もう一度加速した。

 たしか個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッション)だったか。刀を持っている右側に回り込んで無防備となったところを攻めるつもりらしい。

 

「そこか」

「『何だと!?』」

「せいっ!」

 

 振り下ろしたままの刀を手放し、代わりに槍を展開して柄の部分で受け止める。刀は足で蹴りあげ、左手で掴んで振り向き様に切り返した。

 

「『ぐっ、何故だ……何故我らが押し負ける!? お前を元にしたんだ、パワーもスピードも同じはずだ! なのに何故!?』」

 

 こちらの攻撃を受け止めたVTシステムが突然そんな事を言い始める。今のこの状況がありえないとでも言うかのように。

 

『健康管理もバッチリな良妻がいますから。むふー』

 

 何故か得意気に言ってるミコトちゃんの冗談は置いといて。

 たしかに一対一で、要するに同一人物が戦っているなら互角のはずなんだろう。押し負ける事も、勝つ事もない。速さに翻弄される事もないはずだ。

 

 だが実際は言った通りの結果が出ている。不思議な話だ。

 

「さぁ……何でだろう、な!」

「『ぬぐっ!』」

 

 迎撃用に展開していた槍を格納すると両手で振り払い、距離を開けた。となればやる事は一つである。振り払ったままの姿勢で刀を三回叩く。

 

 《Max Hazard on!》

 

 刀身が消えると同時、先ほども流れた機械音声が流れる。いつもよりも更に危険だと知らせる音声が。

 

「『っ、はぁぁぁ!』」

 

 それを聞いてVTシステムの動きが一瞬止まったのは気のせいではないだろう。直ぐに建て直すと刀を構えて突撃してきた。

 しかし、振りかぶったのはそれまでと比べると明らかに大振り。焦っているのが能面からでも伝わってくる。さっきも思ったが、こいつはブレードキックをやたら警戒しているようだ。これなら迎撃は容易い。

 

「はぁっ!」

「『ぐ、はっ!?』」

 《Over flow!》

 

 懐に飛び込んで斬撃を避けると柄を持ったまま軽い右拳と左の掌低でまた距離を作る。

 その隙に順手で持っていた柄を放り投げて逆手に持ち変えると右足の装甲に格納した。再び聞こえてくる機械音声。

 

 《Are you Ready?》

『刀も強化したけど、これまでを考えるとこの一回で壊れちゃうよ!』

 

 言われてみれば一夏と戦い、短い間とはいえVTシステムの猛攻を凌いでいた。

 全部が全部刀で受けていた訳ではないが、本来刀は相手の攻撃を受け止めるものではない。無茶な使い方をしてきたと考えるとよく持ち堪えてくれたものだ。だがそれもここまで。

 

「これで決めてやる!」

『りょーかい!』

 《Ready go!》

「『く、くそっ!』」

 《Hazard Finish!》

 

 音声が流れたと同時にその場で中段へ後ろ回し蹴り。逃げ切れないと分かるや、それを阻もうと黒い刀が立ち塞がった。全力で受け止めるべく、柄の他にも刀の峰に腕を当てている。

 

「超……ブレードキィィィック!!」

『だっ……!』

 《ヤベーイ!!》

「『そ、そんなふざけた名前に負けるかぁぁぁ!!』」

「でぃぃぃやぁぁぁ!!」

 

 だが、そんなのは関係ないと足から展開された刃が真正面から向かっていき、金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。

 更にそれすら掻き消すような二人の掛け声が木霊し、そしてある意味で予想通りの光景が出来上がった。

 

 酷使に耐えきれず砕けた俺の刀は最後にちゃんと役目を果たしてくれた。VTシステムの黒い刀を道連れにするという大役を。

 これであいつは無防備になったはず。あとは吹っ飛んだあいつを追い掛けて、再度展開した槍で切り裂いてボーデヴィッヒを助け出すだけ。それで全てが終わる。そのはずだった。

 

『春人!』

「何っ!?」

 

 黒い線がミコトに言われて咄嗟に槍で防いだが、あり得ない。目の前にいるVTシステムが今壊した黒い『雪片』がでこちらを攻撃してきたのだから。

 

「『はははっ、忘れたか! これは我らから作り出されたのだぞ! 再生なぞ容易い!』」

「そうかよ……!」

 

 そういえばさっきも一夏に斬られて即座に再生させていた。冷静になって考えれば武器を壊されても直すのは当たり前なのかもしれない。

 

『時間がないよ、早くしないと!』

 

 しかもボーデヴィッヒの残り時間も迫っているときた。そんな状態に軽くとはいえ殴る蹴るはまずい。

 

「『どうした化け物! さっきみたいに攻撃してみろ!』」

「こいつ……!」

 

 向こうもこっちが攻められないのに気付いたらしく、また強気になってきた。慣れない武器では幾ら剣道三倍段という話があってもこっちが不利だ。

 

「『シッ!』」

「ふんっ!」

 

 繰り出された唐竹を真剣白羽取りの要領で砕くもやはり直ぐに再生してしまう。砕いてから斬るではどうしてもワンテンポ遅れる。砕くと斬るを同時に行う必要が出てきた。

 だがこっちの事情なんてお構いなしに刀が振るわれる。後ろに下がって避けながら、隙を見てもう一度砕くも結果は変わらない。ただただ時間だけが過ぎていく。

 

「『無駄だ無駄だ!』」

「ちっ!」

 

 くそっ、刀があればこいつの刀ごと斬ってやるのに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『はははっ!!』」

 

 ボヤける意識の中、遠くで何かが砕ける音と不快な馬鹿でかい笑い声が聞こえてくる。意識が覚醒していくにつれ、よりはっきり聞こえてきた。

 目を開ければシャルルが青い顔をして肩を貸してくれている。見ている方へ視線を移せばそこには姿が変わったVTシステムと……見慣れた黒に紅の装甲と、これまた姿が変わっている春人の戦い。一対一の、戦いだった。

 

「シャ、ルル……」

「一夏っ! 大丈夫!?」

「それなり、かな……?」

 

 起きてから少し時間が経ったからか今更酷い頭痛が襲ってくる。正直、痛みに負けて横になっていたいくらいだ。こうして喋っているのでさえ辛い。

 でもだからといってその通りにするのは、それはあいつが言っていた弱い考えだ。痛みを堪えて踏ん張るとする。

 

「あれは……?」

 

 視線の先にはVTシステムが振るう黒い『雪片』を春人が砕いては再生され、僅かに攻防してからまた砕いて再生されをずっと繰り返している。何とも奇妙なものだった。

 

「多分、ラウラを助けようとして刀を折ってるんだと思う……」

「刀は、どうした……?」

 

 そう、それが一番不思議だった。相手は刀を使っているのに態々素手になる理由が分からない。

 たしかに春人は攻めの選択肢を増やすために殴る蹴るを手段の一つとするが、あくまで一つであってメインとする事はないはずだ。……多分。

 

「さっきキックに使って壊れちゃった……もう一本は最初に弾かれてそのままだし……」

「そう、か……」

 

 最初に弾かれて以降、そのままにしていたツケが来てしまったようだ。使っていた残りの一本もハザードアタックでオシャカに。『ヴァーダント』はもう装備してないし、今手元にある武器は槍だけ、か。

 そのせいか苦戦とまではいかないが決め手に欠けている。いや、攻められない。このままでは埒があかないだろう。それなら俺のやる事は一つだ。

 

「白式ぃ……!」

「何やってるの一夏!? 無理しないで!」

 

 俺がISを展開しようとすれば、シャルルから怒りながらも心配してくれる声が。肩貸してもらって漸く立てる状態だからそう言うのも仕方ないんだろう。でも……。

 

「あい、つだって……無理してる、だろ……!」

 

 でもそれは目の前で戦ってる春人もそうだ。俺が脱落してからずっと一人で戦って、慣れない武器でどうにかしようとしてるあいつが無理してない訳がない。

 しかし、こっちのやる気に対して現実は非情なもので、展開されたのは右手の装甲と『雪片』だけ。続いて出てきたウィンドウを見るにエネルギーが足りないようだった。

 

 でもこれで充分だ。『雪片』が展開出来て、パワーアシストが発動しているなら……不本意だがこれだけあればいい。あとはシャルルから聞くだけだ。

 

「シャルル……教えてくれ……」

「えっ? な、何を?」

「勝た、せる方法、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕いては即座に再生といういたちごっこを繰り返す。何よりも貴重な時間を費やして。

 そんな膠着状態に業を煮やしたのか、刀を振るいながらVTシステムが苛立ちを隠さずに吠えた。

 

「『化け物め、さっさと諦めろ!』」

「諦めるのは全部終わってからでも出来る!」

「『往生際の悪い……!』」

 

 人の命が掛かってるんだ。諦めろと言われてはい、そうですかとなるはずがない。

 そんな言葉を交わしながら何度目になるか分からない真剣白羽取りを行った時だった。

 

「はる、とぉ!!」

「っ!」

「『あれは……!』」

 

 気絶していたはずの一夏の声が聞こえてきたのは。意識をそっちに向ければ、何かを投げたようなポーズで地面に倒れかけている姿と

 今投げられた何かが見えた。

 当然、VTシステムにもその何かが見えたようで意識が僅かの間だがそちらへ向けられる。

 

「ふっ!」

「『ぬっ、ぁぁぁ!!』」

 

 その隙を突いて、刀を折るとこちらへ飛んで来るものへ自ら迎えに行く事に。

 駆け出した瞬間、半ばで折れた黒い『雪片』とその切っ先が泥で無理矢理繋がれ、蛇腹剣のようになり再度振るわれる。

 

 しかし、何とか間に合ったようだ。

 

「はぁっ!」

「『ぐっ!?』」

 

 空中で手に取ったそれを振り向き様に払うと金属同士の接触音が奏でられ、蛇腹剣が持ち主の元へ帰っていく。

 初めて使ってみたが、さすがと言うべきか手に馴染む。改めて打ち払った得物を見てみると、そこには向こうと対を為すような白い『雪片』が。

 

 《『雪片弐型』の使用許可が出ました》

「使、え……俺と、千冬姉の剣、だ……」

「一夏……!」

「悪い……これ、しか、出来ない……」

 

 シャルが肩を貸しているが喋るのも億劫なのか、ところどころで変な間がある。頭を打たれたからそれのせいか。

 そんな状態にも関わらず渡してくれたのに悪いとか言う辺り、やっぱりくそ真面目だ。誰も責めるつもりなんてないのに。

 

「いいや、ナイスだヒーロー!」

 

 だから感謝を込めてそう返すと驚いたように目を見開いて溜め息混じりに笑う。

 

「……はっ。決めろ、よ……ヒーロー」

「おう!」

 

 今にも倒れそうな一夏をシャルに任せて、俺はVTシステムを睨み付ける。

 一時的に渡された『雪片』を構えた。これならやれる、そう確信させてくれるものがこの刀にはあるらしい。伊達にヒーローが使ってるものじゃないという事か。

 

「『まだそんなものが残っていたのか……!』」

「俺ももうないと思ってたんだが……どうやら切り札は常に俺のところに来るようだ……!」

『ん゛っ!』

「『ほざけ!』」

 

 言いながらVTシステムも構えた。抜刀術の要領で放つ技だ。色んな意味で時間がないと分かっているのだろう。迎え撃つ気でいる。

 時間が過ぎたり、これで倒せなかったらボーデヴィッヒが死ぬ。倒せたら助け出してそれで終わり。何とも分かりやすい決着だ。

 

「行くぞ」

「『来い!』」

「一撃だ……!」

 

 地面を蹴ると同時、スラスターを全開で吹かして一気に相手の懐へ。

 

「おぉぉぉ!!」

「『げぁぁぁ!!』」

 

 お互い気合いを込めた一撃が振るわれる。俺は上段から振り下ろした唐竹を。VTシステムからは横凪ぎの一閃が。

 二つの斬撃が放たれ、白と黒の『雪片』が交わった結果は直ぐに目に見える形となって現れた。ぶつかったところから黒に細かい罅が入る形となって。

 

「『ば、馬鹿な!? 何故だ!!』」

『春人、教えてあげて』

 

 急速に修復しながら、また一方的に打ち負ける結果が信じられないらしい。ミコトに言われて、そういえばさっき何で負けるのか訊ねていたなと思い出した。

 

「さっきの答えだ。お前は相棒のボーデヴィッヒとさえ一緒に戦ってなかった。ただそれだけだ」

「『――――』」

 

 あいつは助けてと言った。つまりボーデヴィッヒもこの状況を望んでなかった事になる。これはこいつ一人がしたかった事なんだ。

 

 対してこっちはミコトや途中から来てくれたウサギさん。避難しろと言われたのに避難しないやつらや、勝ってみろと応援してくれた先生方、勿論一緒に戦ってくれた相方もそうだ。皆のおかげでこうしている。勝つのは当たり前だったんだ。

 

「じゃあ終わり、だっ!!」

「『っ!!』」

 

 答え合わせも終われば、黒い『雪片』を砕き、その先の装甲だけを斬ってボーデヴィッヒと久し振りのご対面と相成った。手を伸ばしてその細い身体を掴めば、離したくないのか黒い泥がしつこくボーデヴィッヒに付きまとう。

 

「名残惜しいようだが……頂いていく!」

「『う、がぁぁぁ!?』」

 

 最後は少し強引に引き離して終わり。後ろに大きく下がってボーデヴィッヒの容態を確認しようとした瞬間、思わず顔を背けた。

 

「あ、う……」

 

 微かな呻き声をあげるボーデヴィッヒは一糸纏わぬ姿だったからだ。生まれたてのベイビースタイルでもいい。

 何故か皆が白い目で俺を見るようになった気がする。俺は悪くないはずなのに。

 

 いやいやいや、何でこいつ全裸になってんの!? スーツ着てたじゃん!?

 

『う、うぅん……』

「はる、と……!」

「お兄ちゃん、後ろ!」

 

 予期せぬハプニングに一人困惑していると、直ぐ背後までVTシステムの残骸が迫っていた。

 

『大丈夫、搭乗者がいないからもう何も出来ないよ』

 

 搭乗者がいないからか装甲がドロドロとまた溶けていく。その様子は確かに俺達が勝ったのだと教えてくれる。

 今にも終わりそうな状態を何とか維持して、ある程度まで近付くとその足を止めた。

 

「『どうすれば良かった……』」

「……?」

「『人の命を奪ってでしか自分を表せない我はどうすれば良かった……。最初からそのように作られていた我に賛同するものなんて……』」

 

 どうすればいいのか分からなくて訊ねてくる姿はまるで幼い子供のようで。

 もしかしたらこいつ自身、自分がやっている事が間違っていると気付いていたのかもしれない。それでもそれが自分の存在意義だからと言い聞かせていたのだろう。

 

「……奪うだけなんてそんな事はない」

「『……何?』」

「……きっとお前はあの人みたいに出来たら、あの人みたいに飛べたらって誰もが持つ夢から産まれたんだと思う」

「『――――』」

 

 誰だって一度は考える事だ。あの人みたいに出来たらどれだけ楽しいだろうかと。綺麗な憧れや夢と言えるものを実際に叶えてくれるのがVTシステムなんだと思う。途中で弊害ばかりに目を向けてしまっただけで。

 

「……お前は夢を与えられるはずだったんだ」

「『我が……与えられる……?』」

「……きっと、な。曖昧なのは俺達が間違えてしまったせいだ。本当にすまない」

 

 でも。

 

「でも頼む。幾ら俺達が間違っていても、お前まで自分の事を間違えたまま覚えないでくれ」

『春人……』

「『…………』」

 

 暫くの静寂が流れ、VTシステムが自嘲気味に笑って沈黙を破った。

 

「『ふっ。何が正しいのかも分からないのに間違えるなとは難しい事を言う』」

「……すまない」

「『全く……頼んだり謝ったり変なやつだ……』」

 

 最後にそう言うと何とか形を為していた泥が崩れて地面に落ちた。もう復活する事はないだろう。

 

 こうして長い一日が終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。あれだけ頑張ったけど普通に学校です。変に頑丈な身体に生まれたのが非常に恨めしい。その上、何か色々恥ずかしい事を言ってしまったような気がする。正直休みたかった。

 ちなみにミコトはお休みだ。何もない右腕が少し寂しい。

 久し振りに長時間本気を出したり、初めてウサギさんと合体したりしたので何日か使って整備と調査をするとの事。まぁウサギさんのおかげで整備はほぼ大丈夫らしいけど。

 

「お互い無事で良かった良かった」

「一夏さんは今日再検査でしょうに」

「いやー、千冬姉も心配性だよな」

「頭思いっきり打ってたんだからしょうがないでしょ……」

「……そもそも心配させるな」

「うっ……」

「手伝ったあんたが言わないの」

「…………むぅ」

 

 目の前で呑気に言う一夏。結構死にそうな容態だったのが一日経てばこの通りピンピンしている。まるで何もなかったかのように。

 一応昨日の検査で打撲ぐらいで特に目立った異常はないと分かったが、念のため今日も再検査するらしい。それにしても一日経てばここまで元気になるとか、まじでどうなってるんだこいつ。

 

「春人は大丈夫?」

「ああ。一夏ほどではないにせよ、お前もやられていただろう」

「…………まぁ大丈夫だ」

 

 俺も検査を受けたが、特に異常なし。精々話しすぎて喉が痛いくらいだ。暫くはのど飴の厄介になるだろう。

 

「っ!」

「…………?」

「らうりーも大丈夫そうだね」

 

 ちらりと横目で見ればボーデヴィッヒと視線が合った。あいつも教室に来れたらしい。

 布仏が言うように顔を真っ赤にさせて慌ただしく視線を逸らすがとりあえずは大丈夫そうだ。というか布仏は背中から降りてほしい。

 

「そういえばシャルルはいないんだな。今日は一緒じゃないのか?」

「…………一人で先に行ったからな」

「ああ、来るには来るんだな。いないから何処か具合悪いのかと思ったよ」

 

 目敏く一夏が気付いたが今この教室にシャルはいない。というのも今日からシャルは普通に女の子として再入学するからだ。

 そのための準備で先に行ったのだが、別れる際にビックリさせるからねと言ったのはなんだったんだろうか。若干嫌な予感がする。

 

「はーい、皆さん席に着いてくださーい」

「早くしろよ」

「またあとでな」

「ばいばーい」

 

 予鈴が鳴ると山田先生と織斑先生が教室に入ってきた。それぞれ一時の別れの挨拶を済ませて、自身の席や教室へ。

 

「…………」

 

 その最中、織斑先生がじっとこっちを見てるのに気付いて目を向けるがやはり直ぐに逸らされる。何度やっても結果は同じだ。

 

 何だ、ボーデヴィッヒも見ていたし今日の俺は何処かおかしいのか。おかしいのはいつもだったわ。気にしなくていいか。

 

「えっとですね、今日は皆さんに転校生を紹介します。でも紹介は済んでるというか、ええと……」

「「「???」」」

 

 山田先生がどう言ったものかと言葉を濁しているのにほぼ全員が首を傾げる。

 シャルの事ですね、分かります。数少ない理解者というこの優越感は中々いい。ふふ、愉悦。

 

「見た方が早いだろう。入れ」

「失礼します」

 

 教室に入ってきたのはシャル。ただ普段と違い、女子の制服を纏っての登場だ。全員が唖然としている中で順調に歩を進め、教壇まで。

 

「デュノアくんはくんじゃなくて、えっと、名字も変わりまして……」

 

 そういえば更識会長がシャルたっての希望で日本国籍を用意したと言っていた。

 随分さらりと言ったが、専用機持ちの代表候補生ともなれば何処の国も快く受け入れるらしい。

 フランス政府は今回強く出る事も出来ず、シャル一人の身柄で水に流すならとあっさり受け入れてくれた。

 

 さてさて、また言葉を濁す山田先生を遮ってシャルの口が開かれる。

 

「シャルロット・サクライです。改めてよろしくお願いします」

 

 …………ぅん? 何か凄く聞き慣れた名前だったな。具体的には十数年馴染んだものが。

 

「サクライ、って……!」

「櫻井くんの妹!?」

「はい。お兄ちゃんとは義理の兄妹になります」

「「っ!?」」

「お兄ちゃん共々よろしくお願いします」

「…………」

 

 決定的な発言に周りがざわめく中で箒とセシリアが何故か焦ったようにこちらを見てくる。それを皮切りにクラス全員がこちらへ。どうしたものかと頭を抱えてしまう。

 

 俺も知らなかったんだ。いつの間に家族になっていたんだ。今日からか。もう訳が分からないよ。

 

「あれ、デュノアくんは女の子だって櫻井くんは知ってたのかな?」

「えっ、待って! ベッドのシーツに付いてた血ってしてたんじゃないの!?」

「ど、どうなのだ春人……?」

「非常に聞きたいところですわね。ええ、しっかりと」

「…………していません」

 

 忘れ去られていた事を思い出してしまったクラスメイトの言葉で更に二人の動揺が増す。セシリアに至ってはちょっと最初の頃のSの波動が見えている。何かまずい。

 

「昨日、男子にも大浴場解放されたんだよね!?」

「「っ!」」

 

 何か弁明しなければとそこへ更に追い討ちが入る。でもやってくるのはいらん情報だけではない。時には救いの手も。

 

「一夏っー!!」

「えぇぇぇ!?」

 

 教室の扉が勢いよく開かれるや否や、真っ直ぐ一夏の元へ向かい、その胸ぐらを掴む鈴。一夏の叫びは果たしてまだHR終わってないのにというものか、それとも何で俺というものなのか。それは本人しか分からない。

 

 でもいいぞ鈴! その調子で話題持っていってくれ!

 

「あんた、そいつと一緒に風呂入ったんじゃないでしょうね!?」

「お、俺は入ってねーよ! 春人は知らないけど!」

 

 お前、なんて余計な事を! 俺は入ってないだけで良かっただろ!?

 

「…………ん?」

「…………」

 

 と、その時、勢いよく開かれた反動でほぼ閉まりかけた扉から視線を感じた。その僅かな隙間から見覚えのある水色の髪の少女がこちらをじっと見ている。瞬きもせずにただひたすらにじぃっと。

 

 簪様、瞬きをなさってください! 非常に怖いです!

 

「きょ……織斑先生、少しいいでしょうか?」

「「「えっ」」」

「ん……ああ、まぁ構わない」

「ありがとうございます」

 

 教官ではなく初めて織斑先生と呼んだ事に全員が驚きつつ、前へやってくるボーデヴィッヒを見つめる。ナイスな展開だ。これはグッジョブと言わざるを得ない。

 

「これまで皆には無礼な態度を取った。それをここで謝らせて欲しい。本当にすまなかった」

 

 きっちり足を揃えて綺麗な角度で頭を下げる姿はボーデヴィッヒらしいものだった。何を言うのかと思ったら皆気にしていなかった事だったので唖然としてしまう。

 でもずっと頭を下げたままのボーデヴィッヒを見て、誰かが始めた拍手を切っ掛けに次々に連鎖していく。

 

「織斑一夏、改めて謝らせてくれ。すまなかった……。それと……助けてくれてありがとう」

「あ、ああ、別にいいよ。というか俺の事は一夏でいいぞ」

「そうか。なら私もラウラでいい」

 

 一夏の元へ歩み寄ると律儀にまたそこでも頭を下げる。元々気にしていなかったのもあって初日からは考えられないほどあっさりとしていた。

 

 そして。

 

「櫻井、春人……」

 

 えっ、何で俺?

 

「その、改めて言わせてくれ。助けてくれてありがとう……」

「……無事で良かったな」

 

 昨日もお礼を言ったのにもう一度言うとは。しかも何故か恥ずかしそうにモジモジしている。しかし、意を決したようにこちらを睨み付けるとまた口を開いた。

 

「そ、その、私の事はラウラと呼んでくれないか?」

「……分かった。ラウラ、これでいいか?」

「ああ。ありがとう、春人」

 

 たったそれだけで嬉しくてしょうがないと破顔させるラウラに見惚れていれば、箒とセシリア、簪に加えてシャルまでもが白い目を向けてくる。

 

 と、四人に目を配っていたその時。俺の首に細い腕が回され、目を瞑ったラウラの顔が視界いっぱいに広がり――――。

 

「……ん」

 

 小さくも柔らかな唇が押し当てられた。

 

「んむぅ!?」

「ぷはっ」

 

 押し当てている間、息を止めていたせいか真っ赤になったラウラが息を荒くしつつ、指を差して宣言した。堂々と声高らかに。

 

「お、お前を私の嫁にする! 異論は認めん!」

「えぇ……」

 

 何言ってんだこいつ……。何処まで間違った日本語を覚えてんだ……。いや、何してんだ……。もう、何なの……。

 

「――――きゅう」

「し、篠ノ之さんが気絶したー!?」

『あり得ないですわー』

「た、魂抜けちゃってる!? セシリア戻ってきてー!」

「…………」

「さ、更識さん!? 更識さんが倒れた!」

 

 今のが切っ掛けなのか、何か地獄が広がっている。特定の面々が倒れているようだ。俺も倒れたい。

 何とか意識を保っているといつの間にか目の前まで来ていたシャルが俺の顔を鷲掴み、顔を近付けてくる。何してんの!?

 

「お、おい」

「お兄ちゃんだけど、愛さえあれば関係ないよね!?」

「落ち着け……!」

「お前が嫁に愛を向けるのは構わないが、嫁の愛は私のものだぞ?」

「むむむ……!」

 

 シャルまで何言ってんだ!? 関係あるだろ!?

 あとラウラは何火に油注いでるんだ! 悪化してるじゃんかよ!

 

 顔を近付けようとするシャルを必死に抑えるがやたら力が強い。その強さは俺が押し負けるほど。

 と、あまりにふざけていたせいか、ついにこの人の怒りが爆発する。いつもより二割増しで。

 

「おい、お前ら……ちゃんとHRを受けろ……!」

 

 ごめんなさい!

 

 




シャルがシャルロット・サクライになった!
シャルが義妹になった!
おふざけフラグその1が立った!

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