IS学園での物語 作:トッポの人
これも全部FGOってやつの仕業なんだ。
時系列はシャルロットになる前夜です。
少し前まで僕はお母さんと二人きりで暮らしていた。あまり裕福ではなかったけど、毎日二人で楽しく幸せに暮らしていた。
でも楽しくて幸せな時間も唐突に終わりを迎える。
お母さんはたった一人で僕を育てようとしたせいで病に倒れてしまった。気付いた時にはもう手遅れで、あれよあれよという間にたった一人の家族はこの世からいなくなってしまった。
僕はお母さんが亡くなってから大人数名に連れていかれてお葬式に顔すら見せない人のところに行く事になった。血縁上、僕の父親らしい人のところへ。
父親といってもお母さんはその人の妻ではなく、愛人だった。過去にそういう関係だったようで、本妻との間には子供が出来なくて身寄りのなくなった僕を引き取りに来たらしい。
お母さんを失った悲しみに浸る暇さえなく、今まで知らなかった事実を知らされて僕の日常は大きく変わった。とても悪い方向へ。
その日から僕はずっと暗いところにいたんだと思う。何をしても、何処に行ってもずっと暗いところ。ほんの僅かな光さえ当たる事もない場所だ。
そうしろと言われたのか分からないけど、色んな人が当たり前のように僕に嘘を吐いてきた。本妻の指示だったみたい。
でも誰の思惑かなんてのはどうでも良くて、騙すのが当たり前になった日常は僕を容易く傷付けていく。日が経つにつれて心がどんどん荒んでいくのが分かる。
「こんなところ早く逃げよう」
ある日の夜、突然部屋にやってきてそう言った人がいた。たまに僕を悲痛そうな表情で見ていた人だ。
「逃げる……?」
「ああ。さぁ早く」
力なく続けた僕の言葉に対し、その人は力強く頷いて応える。
傷付けられる心を守るのに精一杯で、そんな簡単な事も考えられなかった。もしかしたらあの人達は傷付ける事で考えられないようにしていたのかもしれない。
とにかく、僕とその人は屋敷から抜け出そうと夜中に行動する事にした。明るい昼間に動くよりは警備がいるが見つかりにくい夜間の方がいいと判断したとの事。
さながら映画のような展開に胸が高鳴るなんて事もなく、どうしていいのか分からなくてただその人に言われるがままにしていた。
「このままなら……!」
逃げるのは予想以上に上手くいった。誰にも気付かれずに屋敷の外へ出るために何日も調べていたらしい。
辺りを警戒しながら手を握る力が自然と強くなる。僕を助けた時を想像しているのか、声にも嬉しさが隠しきれていなかった。
でもやっぱりそんなに上手く行くはずなくて。僕たちは出口を前にしてあっさり捕まった。
あとで聞いたら逃げようとしてたのは知っていたらしく、逃がす直前まで放っておいたのは一つの演出だったと教えられた。
僕はその人と離されて数日経った頃、その人に会わせてやると言われ屋敷の地下へ。
「っ!! 大丈夫!?」
「う、ぁ……」
そこには別室にお隔離されて拷問を受けているあの人がいた。ボロボロになった姿を見て駆け寄ろうとしたけどそうはさせてくれない。
目は塞がれているから見えない上、声をあげても別室だから声も届いていないようだった。
その時、父親らしい人がこちらを見て少し笑うとマイクを使って問い掛けた。
「さっきのことをもう一度言ってくれ。そうすれば解放しよう」
「あ、ああ……」
何処か安堵したような掠れた声で何とか返事をすると口が開き始める。恐怖と痛みに震える唇を懸命に動かし――――
「関わらなければ、良かった……」
後悔に彩られた声色でそう口にした。
「え?」
理解したくなかった。何が言いたいのか、この人が何を言っているのかなんてもう分かっていたのに。
「こんな目に遭うのなら……あんな子、助けなければ良かった……」
「っ……!」
その続きは嫌でも聞こえてくる。僕の心をこれでもかと言うほど傷付けて。
「ありがとう。では解放してやってくれ」
約束通り解放されたあの人はとても晴れやかな表情でその場をあとにした。
対面の部屋に僕がいるなんて知らなかったと思う。もし知っていたらあの人は僕にどんな表情を向けていただろう。あれだけ言っていたのだから良くない事は分かる。そう考えると見なくて良かったかもしれない。
「さぁ、戻ろうか」
「……はい」
今回で分かった事がある。いや、正確には思い知らされた。
僕はこの父親と名乗る人から逃げられない。この人に逆らってはいけない。もし逆らえば周りの人が傷つけられる。どうしようもなかった。
「絵本のようにはいかないね……」
また屋敷に戻って一人になった時にそう呟いた。ここに来て初めて弱音を吐いたかもしれない。
これが絵本にあるような物語ならきっと王子様が助けに来てくれるはず。少なくとも子供の頃、僕が好きだった絵本ではそうなっていた。
でも現実はそんなに甘くなくて。王子様はおろか、助けを求める事さえ許されない。助けようとした人が傷つくのも、後悔されて僕が傷つくのも嫌だ。
「ずっとこのままなのかな……」
それでも誰かに助けて欲しいと思うのは悪い事なんだろうか。この先もこのままなのかと考えると壊れてしまいそうになる。
だから壊されないようにあの人の言う事を聞く人形でいよう。どうせ逆らっても無駄なのだから。
「……ャル……シャルッ」
「ぅん……?」
身体を揺すられるのと僕を呼ぶ声で目を覚ました。寝惚けながらも暗闇に慣れた目がその声の主を映す。
櫻井春人、僕のお兄ちゃんだ。といっても勝手に僕がそう呼んでいるだけなんだけどね。
「…………はぁ、魘されているから心配した」
「ん……」
いつものように鋭い目付きに優しさを秘めた瞳が真っ直ぐ僕を見ていた。
お兄ちゃんは安堵したような溜め息を一つ吐いて、僕の頭をゆっくり撫で始める。荒れた僕の心を落ち着かせるようにゆっくりと。
でもやっぱり久し振りに見た悪夢というのは僕の心に一抹の不安を感じさせていた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「……何だ」
「僕を助けて後悔してない?」
不安が僕の口から飛び出すとぴたりと撫でる手が止まった。真っ暗な部屋が静まり返り、僕とお兄ちゃんの視線だけが交差する。
でもそれもほんの僅かの間だけで直ぐに再開された。さっきよりも撫でる手に優しさを感じるのは気のせいではないと思う。
「……後悔するような事が起きてない。するつもりもないがな」
「困った事も?」
「…………困った事か」
言われて悩むようにお兄ちゃんの視線が宙をさ迷う。これまでの僕との生活を思い返しているのかもしれない。
待っている間、自分から訊いておいて凄く不安になるのも変な話だと思う。それでも聞きたかった。
「……気軽にスキンシップしてくるぐらいだ」
「えっ、スキンシップ?」
「…………ああ。別にシャルに限った話じゃないが」
思い返して漸く出した答えは何とも拍子抜けするようなものだった。僕が思わず聞き返してしまうくらいに。
想像の斜め上だけど、お兄ちゃんにしてみればかなり深刻な問題みたい。深い溜め息が聞こえてくる。
「い、嫌だった?」
「……そうじゃない。女の子なんだからもう少し考えてほしいだけだ」
「そ、それだけ?」
「……ダメか?」
「……うぅん、そんな事ないよ」
もう一度だけ訊ねると逆にお兄ちゃんが不安げに聞き返してきた。
首を横に振って答えると目を閉じてお兄ちゃんの撫でる手に意識を集中させる。優しさと暖かさがより一層感じられた。
「えへへ……」
たったそれだけで顔が綻んでしまい、さっきまで見ていた悪夢が嘘のように思えてくる。我ながら凄く単純だ。
男だと騙して悪い事をしようとしていたにも関わらず、お兄ちゃんは僕を助けると言った。この大きな手を目一杯伸ばして。
でも僕に関わればどうなるか嫌というほど分かってた。だから傷付いて欲しくなくて、怒鳴って酷い事を言った。無理な要求もしてみた。伸ばした手にナイフを突き刺してみろと。
勿論、本気じゃなかった。そう言えば諦めてくれると考えていたのに、お兄ちゃんは躊躇なく実行した。ただ僕に信じてもらうため。僕を助けるため。
その姿は諦めかけていた僕の心を動かすのには充分で、もう一度だけ信じてみようと思えた。
入学初日に気付かれるとは思ってなかったけど、知られたのがお兄ちゃんで良かったと心からそう思えた。
「お兄ちゃんは暖かいね」
「…………そうか?」
「うん、とっても」
本人は分かっていないみたいだけど、お兄ちゃんはとっても暖かい。表情や目付きとは裏腹に優しくて、甘くて……僕がつい最近まで見させられていた世界とは真逆のような人だった。
そういうところがあるから色んな人から好かれているんだと思う。 僕もその一人だから分かってしまう。
「むぅ……」
皆ここに入学してからお兄ちゃんと会ったらしいけど……そう考えると胸がモヤモヤしてくる。
さっき過度なスキンシップは僕に限った話じゃないって言ってたし、非常に面白くない。でもこのモヤモヤの解消する方法もちゃんと分かってる。
「えいっ」
「…………おい」
短い掛け声と共にお兄ちゃんに抱き付く。元から近かったけどこれで密着している体勢になった。
モヤモヤの解消方法は簡単だった。お兄ちゃんに甘えてしまえばいい。それだけでこの胸は何事もなかったかのようにすっきりしてくれる。
「……シャル。さっきも言ったがあまり気軽に――――」
「……ダメ?」
「ダメじゃないです」
首を傾げて涙目で訴えればお兄ちゃんは即座に訂正してきた。しかも何故か早口と敬語で。
お兄ちゃんは女の子の涙とお願いにとっても弱い。この一ヶ月近く一緒にいて直ぐ分かった事だった。
「うんっ」
その慌てっぷりが面白くてついつい頬が緩んでしまう。モヤモヤもさせるけど、お兄ちゃんはこんなにも簡単に僕を笑顔にさせてくれる。
「……寝れないのか?」
「んー、そうかもっ」
「…………そう、か?」
緩んだ頬を隠そうとお兄ちゃんに頬擦りしてたら、ふとそう訊かれた。魘されていたとは思えないような明るい声で返事をしたせいか、ちょっと困惑しているみたい。
「よいしょ」
「……シャル?」
「んっ」
「っ!!?」
でもきっとこれからお兄ちゃんをもっと困らせちゃう僕は悪い妹なんだろうな。
暇そうにしていたお兄ちゃんの右手を捕まえるとそっと口元に寄せて柔らかく唇を押し付けた。
そんな事されるとは夢にも思わなかったのか、お兄ちゃんの身体が驚きのあまり飛び跳ねた。そんなにびっくりしなくてもいいのに。
「な、何して……!?」
「お礼のちゅーだよ……んちゅ」
慌てふためくお兄ちゃんを他所に態と音を立てて右手にまたキスをする。先程したところとは少し別の場所へ。
「ちょ、ちょっと待て!」
「夜中なんだから静かにしなきゃだーめっ」
「ぐっ……!」
からかうように注意すればお兄ちゃんは何も言えなくなった。以前、それで織斑先生に怒られた事もあると言っていたから効果覿面だ。
「どう?」
「ど、どうって言われても……何のお礼か……」
何度目になるか分からないキスをしながらお兄ちゃんの顔に目を向ける。すると、やたら焦っている様子でそう言ってきた。
「全部、だよ。ちゅ」
「ぜ、全部?」
僕を助けてくれた事、僕の我が儘を聞いてくれる事、僕を心から笑顔にさせてくれた事……あげれば幾らでも出てくる。本当にきりがない。
でもお兄ちゃんはありがとうと言っても自分は何もしてないと、束さんや織斑先生、楯無さん達が手伝ってくれたお陰だって言う。
けどそれは違う。 お兄ちゃんが一緒にお願いしてくれたから、助けると言ったお兄ちゃんの優しさに感化されて皆手伝ってくれると言ってくれたんだ。僕だけではきっと手伝ってくれなかった。
幾らありがとうと言っても伝わってくれない。
だから言葉で伝わらないなら行動しよう。ここに来るまで鬱屈だった僕の気持ちを晴らしてくれたお礼に感謝と好きの気持ちを精一杯込めて、右手全体にキスの雨を降らせる。
「お、終わりか?」
甲の部分もキスすると右手に僕のキスしてないところはなくなった。
それはお兄ちゃんも分かっていたみたいで漸く終わったと安堵した様子だ。でもこれで終わりなんてとんでもない。僕はまだ伝えきれていないのだから。
「今度はこっちっ」
「おい……」
だから右手を解放すると今度は僕の頭に置かれていた左手を捕まえた。お兄ちゃんがあげた短い抗議の声も無視して。
諦めがついたのか、力なく口で言うだけでさっきから微動だにしない。手にも力が入ってないからもしかしたら疲れてるのかも。
「んっ……」
「……ん?」
左手の掌も甲も終えて、最後に指先にキスした時だった。力ない人差し指が重力に従い、ほんの少しだけ僕の口内へと入ってしまったのは。
今はもうたまにしかやらないけど、寝ている間にお兄ちゃんの指を咥えてる事がある。そうして起きると凄く落ち着くというか安心出来た。起きたと同時に恥ずかしさでどうにかなりそうだったけど――――
「…………シャル?」
――――今だったら大丈夫な気がする。
「あむっ」
「っ!?」
意を決して口に含むとお兄ちゃんはまたびっくりしたようだけど、やっぱり落ち着く。
いつもは指先を軽く含むだけなんだけど、今は指の付け根までちゃんと僕の気持ちを伝えないといけない。
幸いにもお兄ちゃんは驚いて硬直しているから今の内にもっと口の奥へと誘う。
「っ! えほっ、えほっ!」
「だ、大丈夫か?」
しかし、それは途中で断念するはめになった。調子に乗って入れていったら喉奥まで入ってしまい、思わず噎せて一旦口から離してしまう。
「うぅ……お兄ちゃんの指長いね……」
「すみません……」
「だから次は気を付けるねっ」
「えっ」
涙目の抗議に謝りながらお兄ちゃんは左手を退けようとするもそうはさせない。
逃げようとするお兄ちゃんの人差し指と中指の二本を一度纏めて咥えると、また口から離して重ねられた指の間を舌でこじ開けてなぞっていく。
「えー……」
「しゃ、シャル?」
はしたなく舌を伸ばせば、恥ずかしさといけない事をしているという意識が顔に熱を灯らせる。
それでも呼び掛ける声も無視してそのまま指の付け根までゆっくり舌を這わせていた時にそれは起こった。
「くっ……!」
「っ!?」
舐められるのがそんなにくすぐったかったのか、お兄ちゃんが身動ぎした時に二本の指が僕の舌を捕らえた。
「あ、ん……はぁ……」
「――――」
その瞬間、初めて味わうような何とも言えぬ甘い痺れが襲い掛かった。未知の感覚に酔いしれて、細くなった両目から一粒の涙が溢れる。
悶えるように忙しなく足が動いてベッドのシーツに大きな皺が生まれた。しかし、その感覚を求めて舌は僕の意思とは別にお兄ちゃんの指を舐めあげる。もっともっとと。
「その、大丈夫か?」
「あっ……」
初めての感覚に酔っていた僕より先に呆けていたお兄ちゃんが正気になり、声を掛けながらされるがままだった手を僕から取り上げた。
離れていく二本の指とそれを追い掛けて突き出された僕の舌に銀色の橋が出来上がる。暗い部屋に僅かに差し込む月明かりによって光輝いていた。凄くいやらしい。
「はぁ、はぁ……」
「っ……」
お兄ちゃんもそう思っていたようで、そのいやらしい光景に釘付けに。静かな部屋に唾を飲み込む音がよく聞こえた。
舐めるのに夢中になって溜まった唾液が少し口から溢れ、目からは涙が流れた跡……きっと酷い顔をしているんだと思う。
肩で息していたのが落ち着いた頃、お兄ちゃんに一言だけ呟いた。恥ずかしさで潤んだ瞳と消え入りそうな声で切なげに。
「お兄ちゃん……もっとしよ……?」
「っ!!」
それを聞いたお兄ちゃんが勢いよく起き上がり、僕に向かって右手をあげてそのまま――――
「ふんっ!!」
「えぇ!?」
――――自分の顎を殴り抜いて凄い音を出したかと思えば、ベッドにうつ伏せになって倒れてしまった。
驚いてさっきまで昂っていた気分なんて何処かへ吹き飛んでしまい、遅れて僕ものそのそと起き上がる。
「お、お兄ちゃん?」
呼んでも、揺すってもぴくりとも反応しない。ただちゃんと呼吸はしているから、本当に気絶しただけのようだ。
およそ人間が出していい音じゃなかったから心配したけど、発生源そのものだから大丈夫だったらしい。
「うぅ……お兄ちゃんの馬鹿ぁ……」
気絶しているだけだと分かると寝ているお兄ちゃんに愚痴を溢した。溢す相手は気絶して何も返って来ないけど、そう言いたくもなる。
「お兄ちゃんの意気地無し……」
僕もお兄ちゃんの直ぐ横に寝て、再度不満を口にした。
勝手にそういう気分になっただけとはいえ、相手を放置して気絶しちゃうなんて……。そのまま真っ直ぐ手を伸ばしてくれれば、僕は受け入れたのに。
「でもやっぱり好き……」
いつも僕が寝るまで起きていたし、起きるのはお兄ちゃんが先だったから見た事なかった穏やかな寝顔。初めて見る好きな人の寝顔は暖かい気持ちにさせてくれた。
「今度はちゃんと……ね?」
返って来ないと分かっていながらも寝ているお兄ちゃんに細やかなお願いをしてから頬にキスして僕も寝る事に。
お兄ちゃんにびっくりさせられたけど、明日は僕がびっくりさせるからね。
次はラウラですね……。
そしたらまた日常話やると思いまふ。