IS学園での物語   作:トッポの人

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ただの白騎士先生回のような気ががが。


第55話

 夜、一人で事務処理をしていたら慌ただしく携帯が鳴り出した。あまり聴かない曲に思わず顔を顰めてしまう。

 

「束か……」

 

 携帯の着信音はデフォルトにしている中で束からの連絡だけは私には似合わないファンシーな曲に設定されていた。

 何度解除してもいつの間にか設定されているのでもう諦めたがやはりきつい。

 しかも電話の内容も面倒なものだったりするのだが、聞きたい事もあったから付き合ってやるか。

 

 《ちーちゃん……》

「もしもし、どうした。あとちーちゃんはやめろ」

 《夢を……夢を見ていました》

「何を言ってるんだお前」

 

 こいつにしては珍しく暗く低い声でえらく真面目な雰囲気だったが、やはり出だしからして面倒な雰囲気が凄まじい。

 しかも厄介なのは一通り付き合わないとダメなところだ。

 

 《夢の中の私は女の子達に寄り掛かられて身動きが取れませんでした……》

「退けと言えばいいだろう」

 《女の子達は幸せそうに寝てて、夢の中の私は優しいので起きるまで待つ気です》

「はぁ……?」

 

 一応意見を言ってみればそれは出来ないと返ってきた。

 櫻井と出会ってからかなり丸くなったとはいえ束が優しい。しかも何処か他人事のような口振り。この二つから夢の私とやらは束自身でないのだろう。

 では誰かというのもその状況で大体分かった。思い当たるのなんて一人しかいなかったと言えばいいか。頭が痛くなるような内容だがほぼ間違いない。

 

「で、お前はどうしたかったんだ」

 《私もそこに混ざりたかったです……!》

「それは私ではなく櫻井に直接言え」

 《うっ……》

 

 私が出した名前にあの天才も思わず押し黙った。当たりのようだ。

 溜め息が出てしまうのも仕方ない。親友とはいえ何で私が恋愛事の相談なんか受ければならないのかと。慣れない事への対応のせいか苛立ちが募っていく。

 

 《だ、だってぇ……はるくんに言ったら引かれちゃうかもしれないし……》

「はぁ……」

 

 携帯の向こうから弱々しい声が聞こえてくる。長年こいつと付き合ってきた私が初めて聞いたと思えてしまうほどだ。

 昔は目上の人間にも不敵に好き勝手な態度を取っていた。失礼な事をやっていると少しも気にもせずに。

 それが今や一夏や箒と同い年相手に嫌われたくなくて、どうすればいいのか分からなくて私によく聞いてきている。溜め息と共に愚痴も溢れた。

 

「これだから処女は……」

 《しょ、処女ちゃうわ!》

「分かった。櫻井にはそう伝えておく」

 《すみません、嘘吐きました!》

「つまらん見栄を張るからだ」

 

 冗談を言えばまた珍しく焦った様子で必死に止めにかかる。こんな姿を見せれば束の昔をよく知る一夏も箒も唖然とするだろう。

 さて、馬鹿話もここまで。ここからは私の話をさせてもらおうか。

 

「今度はこっちだ。実は私もお前に聞きたい事がある」

 《えー、何々? 束さんのスリーサイズ? もう、ちーちゃんったらえっちなんだからぁ》

「残念だ。教えてくれれば櫻井の好きなものでも聞いてこようかと――――」

 《束さんに分かる事なら何でも答えるよ。幾らでも聞いて》

 

 餌をちらつかせればこちらの良いように凄い勢いで食い付いてくる。

 何とも扱い易くなったものだ。これからも有効的に使わせてもらおう。

 

「あいつについてだ」

 《ああ……あの襲撃してきた?》

「そうだ」

 

 その呼び方だけで束も何となく察したようだ。私も束も学園を襲撃してきたやつには覚えがあった。

 というのも私がかつて暮桜で戦い、殺される直前まで追い詰められた相手だ。今も何とかこうして生きているが、ぎりぎりだった。あの力任せの戦い方は忘れるはずもない。

 束も通信越しに心配していたのを覚えている。だからあいつだと分かった時、あのISを送り付けたのはこいつだろうが、協力関係ではないと確信していた。

 

「何故あいつは生きている。操縦者は死んだはずだ」

 《そうだねぇ》

 

 だがかつて戦った相手は既にこの世にいない。私がやった訳ではなく、戦っている最中に突然事切れたのだ。

 死因は内臓損傷による失血死。他にもほぼ全身の骨が砕け、筋肉も損傷していた。身体に負荷が掛かり過ぎていたらしい。

 そして被害はISにも及んでいた。内部からの負荷でフレームは歪み、装甲は亀裂が走っている……ちょうど櫻井が初めて動かしたような惨状になっていたのだ。

 

「そもそもお前が送ってきたIS、ゴーレムは無人機だろう」

 《そうだよー。束さん片手で数えられるぐらいしか知り合いいないからね。無人機作るしかなかったんだよ》

「自業自得だな」

 《今ははるくんもいるけどね!》

 

 更に言えば私が戦った時は有人機で、今回は無人機という点も気になる。

 コアをハッキングされて遠隔操作された、と考えれば済むかもしれないがその線も非常に薄い。

 

「お前が作った代物だ。少なくとも他のやつがハッキング出来るほど柔なセキュリティはしていないはずだ」

 《えへへー、ちーちゃんに褒められちった》

「別に褒めては……」

 

 そこまで言い掛けてふと考えた。

 こいつ自慢のISが何処かの誰かに好きなようにされたというのに普段と変わらぬこの落ち着きよう。いつもなら多少なり怒りそうなものだがそうならないのはおかしい。

 櫻井の影響で丸くなったからとも考えにくい。幾ら何でも変わりすぎだ。

 では何故普段と変わらないのか。その理由を考えて、辿り着いたのはたった一つの答え。

 

「もしかして犯人が誰か分かってるのか?」

 

 更に言えばこいつが既に何かしらやっているから。そう考えれば納得がいく。

 正解か不正解かは口で言うよりも電話の向こうから聞こえる拍手が教えてくれた。

 

 《おー! さっすがちーちゃん、束さんの態度からかな? とにかく良く読み取ったね!》

「世辞はやめろ。そいつにはまだ何もしてないだろうな」

 《まぁまぁ落ち着いて。何もしてないし、正確には私も分かってないから》

「どういう事だ?」

 

 答えを急かすもより謎は深まるばかり。堪らずどういう事か訊ねてみる。

 

 《束さん、ある仮説を考えてみました》

「仮説?」

 《そっ。まだ確証がないけど、それが正しいなら色々と辻褄が合うんだよね》

「どうすれば確証は得られる?」

 

 訊いてはみたが実のところ、その答えは分かっていた。

 襲撃から時間が経っているのに未だ分からない……つまり時間を掛ければいい話ではない。

 

 《もう一回来ればはっきり分かるよ》

「やはりか……櫻井の専用機はいつ完成する? それならあいつに勝てるか?」

 

 二度ある事は三度ある。櫻井に異常に執着していたし、いつかは分からないがまた来るのを考えればあいつ自身を守る意味でも戦力の充実はしておきたい。

 

 《臨海学校の時には渡せるけど……うーん》

「何だ」

 《んー、ちーちゃんにだけは教えておくね》

「だから何だ」

 《はるくんの専用機の事だよ》

 

 言われてみれば専用機について何も聞いていなかった。ただあいつが全力で動いても大丈夫としか判明していない。

 

 《はるくんに渡す専用機、元々はこの世界を壊そうとして作った二機の片割れなんだよね》

「お前……!」

 《だーいじょーぶっ! もうそんな気は全くないから》

 

 明かされたのはとんでもない話だ。以前会話した時に随分と物騒な雰囲気だとは思ったがここまでとは。疑わしくあるが今はこいつを信用するしかない。

 それにしても、もし本当にその気をなくしたのならあの色男は良くやったどころの話ではないぞ。

 

 《でね、そうすると最悪四六七機のISをたった二機で相手にしなくちゃいけないかもしれないでしょ?》

「はっ、私なら裸足で逃げ出すな」

 《数々のミサイル相手に立ち向かっていった人の台詞とは思えませんなー》

 

 実際はそうならないだろうが、世界全てと戦おうとするならそれに近い数は相手にする可能性がある。

 もし仮に最初から全てのISと戦う状況になったのなら。想像するだけで嫌気が差す。冗談でも比喩でもなく逃げ出すだろう。

 

 《ねぇ、ちーちゃん》

「……何だ」

 

 先程の私の質問には答えず、更に質問が続けられる。

 

 《そこまで想定してて、私が何も対策してないと思う?》

 

 そんな絶望的な状況でも勝てるとたっぷりの自信を込めて。

 

「思わんな」

 《でしょー》

 

 ここまで自信があると誰でも分かる。本当に勝つ気があったのだと。

 そもそも宇宙で何が起こるか分からないから絶対防御を搭載したようなやつだ。用心深さは折り紙付きだろう。

 

 《さっきの続きだけど、勝てるよ。というかそもそも勝負にならない》

「何とも頼もしい限りだ」

 《まぁ、それも操縦者のはるくん次第なんだけどね》

 

 それだけが唯一の救いだ。あいつなら変な使い方はしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先輩、先輩、GDPとは何の略でしょうか?』

 

 頑張ってどれだけプリン食べられるかなの略で国内総生産の事だよ、マシュ。

 

『ではEUとは何ですか?』

 

 映画でも見た後で美味いコーヒーでも飲みに行かないかの略で欧州連合の事さ。

 

『なるほど。先輩は博識ですね!』

 

 言っておいてどうかと思うが、マシュに言われたらと思うと心が痛む……。すまない、適当な事言って本当にすまない……。

 唐突にマシュの声や口調に似せて質問してきたミコトに応えると思いの外ダメージが。辛い。

 

「急にどうした」

「…………いえ、別に」

 

 勝手にダメージを受けていると並んで歩いていた織斑先生から心配される。

 昨日の夜に皆が帰ってから突然訪問してきたかと思えば、朝の訓練がないと告げられ、放課後は面談だとどんどん人気のないところへ移動中。

 

「こうして並ぶと本当にでかいな、お前は」

「……ボディーガードにはもっと大きい人がいたのでは」

 

 目を見て話そうとするから見上げる形になる。といっても俺の身長はそんなに珍しくもない。

 それにかつて代表として世界大会に出たのだから、安全を確保するためにも俺よりも大きいボディーガードは近くにいたはずだ。

 

「あの時はボディーガードを気にする余裕なんてなかったな」

「……そうなんですか?」

「私だって人間だ。世界大会を目前にすれば緊張もするさ」

 

 そういえばまだ代表だった頃にテレビで現地中継を見たのを思い出した。

 屈強な人達の中心にいた織斑先生がとても張り詰めたような険しい表情をしていたのも。

 

「だからこんなに余裕がある状態で私の横に立った男は一夏を除けばお前が初めてだ」

「……それは光栄ですね」

「――――」

 

 一瞬驚いたようにきょとんとした顔でこちらを見て目を瞬かせる。そんなに驚くような事を言っただろうか。

 かと思えばそっとこちらに甲の部分を見せるるようにして手を差し伸べてきた。テレビで見た表情とは違う、少し楽しげな意地の悪い笑みを浮かべて。

 

「そう思うならきちんとエスコートしてみせろ。私と違って慣れてるんだろう?」

「…………別に慣れてはいませんが」

 

 いつもみたいにからかっているようだ。言われてばかりだから少しお返ししたい。

 どうすればいいかと考えてふと閃いた。

 

「っ!?」

 

 辺りに誰もいないのを確認し、下から掬い上げるように差し出された手を取る。その瞬間、織斑先生の意外と小さな手が驚きに跳ねた。

 

「……精一杯努めさせていただきます」

 

 それを無視して空いた手を自身の胸に当てて軽く会釈。

 実はさっき閃いたのはセシリアに密かに教えてもらっていた女性のエスコートについて。

 使う機会なんてないと思っていたが分からないものだ。おかげで顔は見れてないが初めて織斑先生をあっと言わせられたんじゃないだろうか。

 

「っ、ははっ。やっぱり慣れてるな」

「……これが精一杯です」

「充分だ。ふざけるのはここまでにして早く行くぞ」

 

 取った手を振り払って織斑先生が先を行く。さっきまでのように並んで歩こうとすれば速度を上げられてしまう。少しやり過ぎたらしい。

 

『やってしまったね春人さん』

 

 やってしまったのだ。反省するのだ。

 

「あっ、櫻井くんと織斑先生。あれ、何でそんな顔あ――――」

「何か言いましたか?」

「い、いえ、何でもありません……。す、少しだけ櫻井くんいいですか?」

「構いません」

 

 ずんずん先を行く織斑先生の後に付いていけば山田先生とばったり出会った。

 何か言い掛けたようだが、直接向けられていないこちらにも伝わるほどの迫力で黙らされてしまう。可哀想に。

 そのままそそくさと俺の方へと来たかと思えばこちらに背を向けている織斑先生には聞こえないようにこっそり耳打ちしてきた。

 

「櫻井くん、何をしたんですか?」

「…………いえ、何も」

『嘘乙』

 

 間違いなくさっきのやり取りのせいなんだが怒られたくないので知らんぷり。

 そう言うと山田先生は口元を抑えてくすくす笑う。何故か嘘だとバレているようだ。

 

「……すみません」

「怒ってませんよー。むしろ感謝してるくらいです」

「…………感謝、ですか?」

「はいっ」

 

 満面の笑みを浮かべながら言ってくる謎の言葉に首を傾げていると続きを話してくれた。

 

「あんなに気を抜いてる織斑先生は初めて見ましたから」

「…………気を抜いてる?」

 

 今も背中を向けてるから分からないが、気を抜いてるどころか立ってると思うんですけど。

 

「出来ればこのままにしてあげてください。あの人もたまにはそういう時間が必要ですので」

「……善処します」

「お願いしますね」

 

 嬉しそうにそれだけ言うとひらひらと手を振って俺達が来た道へと行ってしまった。

 山田先生を見送ってから正面を向けばいつの間にかこちらに向いてジト目を向けている人が。

 

「はっ、さすがだな色男」

「…………何もしてませんが」

「どうだかな。山田先生はあれでいて男は苦手だったりする」

「……そうなんですか?」

「顔も良いし、身体も良いからな。色々あったみたいだぞ」

「……なるほど」

 

 山田先生について驚きの事実が発覚したが納得の理由だ。今言ったように放っておけというのが無理な話だが、山田先生的には放っておいて欲しかったんだろう。

 視線とかには人一倍敏感かもしれない。俺もこれからは気を付けないと。

 

「お前も一夏も目がギラついてないのがいいんだろう。近付くのが上手いな」

「…………はぁ」

 

 そうかなぁ。一夏は分からんが、俺はかなりギラついてるつもりなんだが。

 というかやっぱり織斑先生怒ってる気がするんですけど……何かチクチク言ってくるし。

 

『その欲望解放しろ……』

 

 何かコインの音聞こえたけど、俺にCDSは意味がないぞ。

 そうして案内された場所はエレベーターで地下深くの場所。IS学園の中にこんなところがあったとは思わなかった。

 

「そこに座れ。コーヒーでいいか?」

「……ありがとうございます」

「インスタントだがな。それでも一夏が淹れてくれたのは美味いんだが……何故だ……」

 

 同じものを使っているのにと不思議そうにしながらもコーヒーを二つ淹れてくれた。

 俺も虚さんが淹れた紅茶は美味いが、自分が淹れたのはてんでダメだったりなのでその気持ちは非常に分かる。茶葉とか同じなのに。

 とりあえず差し出されたコーヒーを一口。前に俺が作った苦味抜群のよりはましだがそれでも苦い。テーブルに置いてあった砂糖とミルクを使って緩和する。

 

「さて、では面談を始めようか」

 

 対面に織斑先生が座って話始める。そういえばここに来たのは面談のためだった。

 こんなところでやるのかとか、コーヒー飲みながらでいいのかとか色々思うが面談は面談だ。

 

「と言っても単なる世間話みたいなものだ。最近はどうだ?」

 

 何かやっぱり面談じゃなかった。

 

「……何かとても賑やかです」

「良い事じゃないか。まぁ私は静かなのを好むが」

「…………俺もたまにはそういう時間が欲しいんです」

「はっはっはっ。人気者は辛いだろう」

 

 笑いながらコーヒーを飲む織斑先生。どうやら知らない内に怒りは収まっていたらしい。

 それにしても山田先生が言ってた通り、確かにこの人がこんなに笑ってるのは初めて見た気がする。

 

「近い内に束もここに来るらしい。来ればもっと賑やかになるぞ。あいつの面倒を見るのはお前か私だろうからな」

「……そうですか」

 

 束さんもこっちに来るのか。箒の話だと監視から逃げていたみたいだがどんな心境の変化があったんだろう。

 

「ところで束はどうだ?」

「……たまに連絡来ますが元気そうです」

「ああ、そうじゃない。どう思ってるかだ」

「…………何でですか?」

「一応親友だからな。どう思われてるか気になるものさ」

 

 そうかも知れないけど、何で俺がどう思ってるかなんだろう?

 

『ママンは知り合いからの評価が超絶気になるウーマンだからね』

 

 束さんの中で俺は知り合いとしてランクインしてるのか。えっ、凄い光栄なのでは。

 ま、まぁとりあえず言うか。

 

「……俺の夢を叶えてくれた恩人ですかね」

「好きか嫌いかで言えば?」

「…………好ましい人だと思ってます」

「ほう……そうか」

 

 答えると織斑先生は椅子の背もたれに身を預ける。そしてコーヒーを置いてから腕を組んでつまらなそうに呟いた。

 

「好ましい人、か……ふんっ」

 

 また不機嫌になったのか、黙ってテーブルを人差し指で叩き始める。苛立ちを隠しきれないようだ。

 

「…………」

 

 頬杖をついてこちらを見ようともしない織斑先生と対面してどれだけ時間が経っただろう。

 何を言えばいいかも分からず、気まずい空気が流れる中で少しずつ叩く速度が緩やかになっていき、止まって静かになったかと思えばこの状況が破られた。

 

「……しは……?」

「…………はい?」

「っ、何でもない!!」

 

 何か言ったようだがはっきり聞こえなかった。別に難聴ではない。むしろ耳は良い方だ。消え入りそうな声に加えて頬杖で口元を隠されているため、こもって極一部しか聞こえない。

 ただ何か恥ずかしい事は言ったんだろう。僅かに覗く頬や耳が赤く染まっているから。

 また視線が逸らされてお互い黙った気まずい空気がやって来たのだがさっきとは様子が違う。

 

「…………」

「……?」

「っ!」

 

 たまにこちらを伺うように見てきて視線が重なる。すると慌てて目を逸らされる、というこれの繰り返し。

 何故そうなったのか分からないが、また時間が解決してくれたとだけ言っておく。

 

 さて、織斑先生と静かな時間を過ごして部屋に戻ってから滅多に鳴らない俺の携帯が鳴った。風呂から出て直ぐの事だ。画面に出た名前を挨拶と共に口にする。

 

「……こんばんは、束さん」

 《は、はひ……》

 

 しかし、何度話してもこの対応。向こうから話し掛けて来てこれである。

 毎度これでは若干不安になってしまう。物凄い苦手な部類に入ってるような俺は本当に束さんの知り合いという位置でいいのかと。

 

 《え、えっと、あの、その……!》

「……織斑先生から聞きましたが、その内こちらに来るらしいですね」

 《あ、うん! その時はよろしくね!》

「……こちらこそよろしくお願いします」

 《うん……うんっ!》

 

 電話の向こうからでも嬉しそうな笑みを浮かべているのが分かる。こちらに来るのを相当楽しみにしているようだ。

 

 《あ、あのね、そっち行ったらはるくんにやって欲しい事がいっぱいあるんだけど……》

「……俺でよければ幾らでも」

 《本当に!?》

「…………はい」

 

 しまった。この食い付き方、何かまずい気がしないでもない。こんなに食い付きがいいとは思わなかった。

 

 《えへへ……楽しみだなぁ》

「…………何がしたいんですか?」

 

 でもその時を思い浮かべている束さんはとても楽しそうだ。嫌な予感がしつつも、何をしたいのか聞いてみる事に。

 

 《えっとね、束さんが作ったものを試して欲しくて……》

「……はい」

 《最新作だと鬼畜眼鏡って眼鏡があるんだけど》

『おっと』

「…………なるほど」

 

 物自体も着けてから起きる事も嫌な予感がプンプンする。絶対良くないやつだ、それ。

 

 

 


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