IS学園での物語   作:トッポの人

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お待たせしますた。


第57話

 

 ――――数日前――――

 

「ねぇ、くーちゃん」

 最近になって専用機開発が落ち着いてきたのもあってか、束様は休憩を挟むようにされた。主に櫻井春人の盗……動画を眺めるのが日課となっている。

 その時はいつもよりふにゃりと表情を崩して実に幸せそうにされているのに今日は何処か違う。

 浮かべる表情も訊ねる声も真剣そのもの。動画を見ている間は口の端から垂れている涎もこの時限りはない。

 

「どうされましたか」

「聞きたい事があるんだけどいい?」

「私などで分かる事でしたら」

 

 とは言ったものの、束様が分からない事を私が知っているとは到底思えない。

 聞かれる前からどのように言えば失望されないかだけを考えているとその内容が明らかになった。

 

「束さんって影薄いかな……?」

「……はい?」

 

 どんな難問が出てくるかと思えば何とも簡単なもの。安堵したと同時に何故そんな事をと疑問が沸き上がるが、知っている人なら誰もがこういうだろう答えを口にした。

 

「束様ほど濃い方はいらっしゃらないかと思いますが……」

「そ、そうかなぁ」

「本当にどうされたのですか?」

 

 未だ不安は拭えないようで自信なさげに呟く。この方にとって余程根深い問題のようだ。

 気になってもう一度質問すると何処かで見覚えのある姿を見せる。恥ずかしそうに人差し指を合わせながら消え入りそうな声で呟いた。

 

「はるくんの周りの女の子って箒ちゃん筆頭に皆濃いし……幾ら束さん濃くても近くにいないし……このままだと忘れられちゃうかも……」

「ああ、なるほど」

「何が?」

「いえ、こちらの話です」

「???」

 

 思わず納得してしまったのを束様に不審に思われてしまった。今も首を傾げてじっと見つめられている。

 何処かで見た覚えがあると思えば櫻井春人の事でいじけていた時の束様だった。

 

「電話されてるから大丈夫かと思いますが」

「朝のちょっとした時間だけだし……たまにだし……」

 

 最早電話だけでは不安は拭いきれないようだ。新たに何かをしなくてはならない。どうにかしなくては……。

 その時、束様が眺めていた櫻井春人の動画がVTシステムと戦闘しているシーンに切り替わる。丁度劣勢から逆転するところだ。

 

 ――――これだ。

 

「束様、こういうのは如何でしょうか」

「ぅん?」

 

 頭に閃いた内容をお伝えするとどんよりとした表情がだんだん晴れやかなものへ。

 

「おお、それいいね! さっすがくーちゃん!」

「ありがとうございます」

「よぉし、早速やってみよー!」

 

 実行したあとを想像して目を輝かせている束様は必要な機材をあっという間に揃えるとこれまたあっという間に終わらせてしまった。普通は失敗とかあるはずなのに。

 

「見事な手際でした」

「ふっふっふっ。束さんってば実はこういうの大得意なんだよ!」

「さすがです束様」

 

 さて、これで必要なデータも取り終わったところであとはそれをダウンロードするだけ。この方にとっては児戯にも等しい行為は最後のエンターキーを押すところで止まってしまった。

 

「束様?」

 

 加えて押そうとしている指が震えているのに気付き、声を掛けると頬を赤く染めた束様が潤んだ瞳で振り返る。

 

「ど、どうしようくーちゃん……恥ずかしくなってきちゃった……」

「えぇ……。先ほどまで乗り気だったじゃないですか……」

「だ、だって想像したら……!」

 

 直前になって再び羞恥に顔を染め上げて慌てる束様を宥めて何とかダウンロードは完了した。あとはその時を待つばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 春人くんが初期位置であるアリーナの対角の隅に移動している間に、私達も防衛側として準備するために移動しなくちゃいけない。

 でも皆の足取りは重かった。足取りだけじゃない、この訓練をやると言った時から皆の雰囲気も重かった。

 

「俺、戦えません……」

 

 その中でまず口を開いたのは一夏くんだった。俯いたままで表情は分からないけど、声からして明るいものではないのは分かる。

 

「んー? いっつも春人くんに勝負しろーって言ってる一夏くんはどうしちゃったの?」

「いつもと今回は全然違うからでしょう! こんなの……!」

 

 からかい半分で言えば彼にしては珍しく声を荒げて食って掛かる。

 でも一夏くんの言いたい事も分かる。言い掛けてやめてしまったが何を言おうとしたかも。

 

 たしかに普段は一対一で勝負しているのに対して今回は春人くんを除く全員で彼と戦う。幾ら彼が強いとしてもはっきり言ってこれは普通の訓練じゃない。

 

「こんなのいじめにしか思えない、かしら?」

「っ!」

 

 言い辛そうにしていたから私が続きを言ってあげれば、若干の驚きと共に口を噤んでしまった。

 その代わりにまるでこれから戦う彼のような鋭い視線が向けられる。彼だけじゃなく、極一部を除く皆からも向けられていた。

 

「分かっていながら……!」

「当たり前よ。私が考えたんだもの、そんなの分かってるに決まってるじゃない」

 

 おかしな事を言う。私がそんな事に気付かないままこの訓練を提案するはずがない。

 でもこれは必要な事だ。さっきそれを痛感させられた。私達はこれをやらなくちゃいけなんだと。

 

「皆、春人くんと戦えないって事でいいのかしら」

 

 改めて訊ねてみれば、口では語らずに皆視線で当たり前だと答える。

 ここにいる皆は好んでそんな事をするはずがなかった。ましてや好きな人にもなれば当然だと思う。

 

「私はやります」

「鈴!? 何で……!」

 

 かと思えば先ほどの極一部に含まれていた鈴ちゃんだけは戦うと言ってくれた。余程予想外だったようで一夏くんから驚きの声があがる。

 

「何でってこっちの方があいつのためになるからに決まってるじゃない」

 

 あっけらかんと言い放つ鈴ちゃんに周りがどういう事かと訊ねようとする前にその訳を教えてくれた。

 

「あいつ、嫌がってたわよ」

「えっ……?」

「嫌がってたのに嫌って言えないのよ。助けてって言えないのよ」

 

 言葉を発する事さえ出来なかった。皆だけじゃなく、私でさえも。分かっていたはずなのに何も言えなかった。

 私達は彼を頼れる存在として見ているが、彼は私達を何とも思っていないのかもしれない。

 今まで彼に頼ってきたツケをこんな形で払わせられるなんて思いもしなかっただろう。

 

「それって何なの。あいつにとって私達はそんな事も言えないくらい頼りないの?」

「っ……」

 

 ダメ押しのように続けられた言葉に一夏くんがまた顔を俯かせて拳を強く握り締めた。強く、強く。悔しさを滲ませるように。

 

 ただ側にいるだけ。一方的にこちらから助けを求めるだけの関係でいいのなら。

 言って分かるようならそれで良かった。私だって出来ればこんな事はしたくない。でも彼はきっと分かってくれないだろう。

 

 だから彼に示さなければならない。私達は頼ってもいいのだと。

 

「強制はしないわ。戦う気がないなら下がりなさい。このままでいいのなら、ね」

 

 そこまで言った上で改めて問い掛ければ再び暗くなった皆の表情は決意のものへと変わる。これなら答えは聞かなくてもいいだろう。

 

 その中で唯一俯いたままの一夏くんが通信ウィンドウを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと向こうのチームを見てみると女子率九割越えてるのに騒がしくなるどころか、お通夜みたいな重苦しい雰囲気になっている。

 対するこちらは俺だけだし、はっきり言って華やかさが圧倒的に足りない。可愛さ成分と言ってもいい。とにかく今このアリーナにはそれが不足している。

 

 はぁー、何処かに可愛さ成分を補給してくれる女の子はいないかなー。可愛い可愛い女の子いないかなー。

 

『俺を呼んだなっ!!』

 

 呼んでないけど待ってた……!

 

 俺の呟きに迷わずミコトが食い付いた。待っていたと言わんばかりのこの反応の速さはさすがとしか言いようがない。

 隣にいるウサギさんがミコトが言ってから慌ててスケブに何か書いている事からもその速さが伺える。

 

 では早速だが補給させてもらおう。ミコトちゃん、可愛いアピールお願いします。

 

『ごしゅじん、ごしゅじーん!』

 

 さっきとは打って変わって幼い子特有の甘ったるい声で俺に呼び掛ける。それを噛み締めるように目を閉じて天を仰いで深呼吸。

 

 これよ、この感じが圧倒的に不足してたやつよ。荒んだ心によく効くやつだ。幼女メイドって色んな意味でいけない気がするけど。

 

『ごしゅじんはどうやって勝つつもりなの?』

 

 と考えが横に逸れそうになっていると途端に現実に戻される。

 再び正面を向けば視線の先にいるのは各国の専用機持ち。そこに一夏と箒も加わった計八人の多国籍軍だ。

 対してこちらは俺一人。戦力差は歴然。だが俺の勝利条件は全員を倒すではなく、その背後にあるターゲットを破壊する事だ。そこに勝機がある。

 

『作戦でもあるの?』

 

 一応ある。上手くいけば全員の動きを一瞬だけ止められるはずだ。

 

『おお、凄いじゃん! どんなんどんなん?』

 

 馬鹿正直に突っ込んでってピンチになったらこう叫ぶんだ。結婚してくださいってな。

 そうすれば向こうは何故そこで結婚? となるはずだからその隙を突いていくスタイルだ。

 

『それ大問題になるからやめた方がいいよごしゅじん……』

 

 たった少しの内容で相棒はこの作戦唯一の難点に気付いてしまった。

 その通り。これを言えば恐らく一瞬動きを止められるが、終わったあとで皆から怒られてしまう諸刃の剣だ。ていうかガチクズ案件だ。

 

 そこに気付くとはやはり君は優秀だ。卓越している。冠絶する人材だ。

 

『あざまる水産』

 

 という訳で即思い付いた作戦は使えないので代わりを考えなくてはならない。

 

『春人、本気を出すつもりないの?』

 

 さて、どうしたものかと考えていると今更過ぎる質問がミコトから飛び出した。

 どういうつもりかは分からないが制限を掛けている理由は知っているはずだ。

 

 当たり前だろ。半分解除ならまだしも、全力は出さない。

 

『そっか……しょうがない。んんっ!』

 

 俺の答えに何処か不満があるように見えるミコトは一度大きく咳を払い――――

 

『我が魔王殿』

 

 ――――やたら芝居がかった口調でそう呼んできた。

 

 えぇ……急にどうしたの……。

 

『魔王殿。あなたが全力を出さなければこの訓練、意味がない』

 

 確かにその通りだ。楯無さんが想定している相手を思うに全力を出さなければ意味がないだろう。全力の俺がその期待に応えられているかどうかは置いといて。

 

 ただ全力を出して俺が皆に危害を加えるかもしれないのを忘れるな。そうなったらどうしようもないだろ。

 

『然り。そのための制限だ。あなたの言い分も分かる』

 

 お、おう……てかそのコズミックうざい感じまだ続くんだ……。

 

『しかし、この場においてそれは皆の想いを踏みにじる無粋なものでしかない』

 

 踏みにじる、無粋……?

 

 未だ戻らない雰囲気に困惑しながらも対応しているが、続く言葉にまるで頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

『そう。あそこにいるものは皆、あなたのためにあなたと戦おうとしている。それに応えないのを無粋と言わず何と言えようか』

 

 俺のために俺と戦うとは何とも小難しい話になってきた。本当かと気になってふと向けた視線の先には俯いた一夏以外が俺をじっと見ている。

 向けてくる視線は鋭いが不思議と敵意を感じなく、何か決意したから向けているように思えた。

 

 《春人……》

「……一夏?」

 

 こっちが見ていたのに気付いたのか、一夏からの通信が入る。俯いたままで様子も何処かおかしい。

 どうしたのかと声を掛けてみれば、ゆっくりと頭をあげて絞り出すように言ってきた。

 

 《頼む。本気で来てくれ……!》

 

 今にも泣きそうな表情を浮かべて。

 

 《こんな一方的な状況で戦えって言うのは卑怯だし、戦う気なんて起きないかもしれない。だけど……頼む……!》

 

 それだけ言うとこちらの答えを聞かずに通信が切られた。突然やってきて突然去っていく。相変わらず慌ただしい。

 

『魔王殿』

 

 ああ、分かってる。

 

 あいつが何で泣きそうになってまてそんなお願いをしていたのかは分からない。でも、それでもあんな風に頼まれたなら断るなんて出来ないだろう。

 確かに多勢に無勢は卑怯かもしれない。無粋なものかもしれない。訓練とはいえこんな状況で戦う気を起こすのは難しいかもしれない。だがとある人が言っていた。

 

「……無粋に無粋で返すは無粋の極み」

『ならばどうされる』

 

 決まっている。

 

「せめてこちらは小粋に行こうか」

 

 だから本気を出すために『葵・改』を呼び出した。これの柄尻を押す事でこの前のウサギさんと合体した形態になるらしい。

 正確にはその前段階である装甲を外した状態になるとか。あれが俺の全力だ。

 

 《マックスハザードオーン!!》

「「「えっ」」」

 《ラビット&ラビット!》

『おおう……』

 

 いつも聞いてる機械音声とは違う声に全員が一斉に間の抜けた声を出した。

 特に一夏や箒はかなり驚いていた様子でこちらを見ている。それもそのはず、今もガタガタ言って流れている機械音声が束さんに似ていたからだ。

 

『ママンが新しくインストールしてきて……その、二割くらいの確率でママンボイスになるんだよ……』

 

 やっぱり束さんだったのか……。何でそこで確率にしたの。そもそも束さん録音したんだ。しかもインストールまで。

 うん、気になる事は山程あるがとにかく今は目の前の事に集中しよう。装甲が無事に消えて、あとはウサギさんと合体するだけの状態に。

 

 それを察したのかスケブを何処かに仕舞ったウサギさんが横でひたすらバック宙している。今か今かとその時を待っているかのようだ。

 

 《アーユーレディ?》

『行くのです!!』

「……来い」

 《オーバーフロー!》

 

 機械音声というか束さんの声に従って右拳を横に突き出すとそれに応えるようにウサギさんが飛んだ際に前足でタッチ。

 それが切っ掛けとなって全身がバラバラとなり、枷となっていた装甲が外れたラファールの元へ。

 

 《紅のスピーディージャンパー! ラビットラビット!》

 

 両脚、両腕、そしてボディと順に各部を覆う紅の装甲を纏って合体は完了した。

 

 《ヤベーイ!》

「さぁ、来るわよ……!」

 《ハエーイ!》

「「「えぇ……」」」

 

 終わりの音声が流れたので警戒して全員が構えるも、まだ続きがあったらしく一斉に肩の力が抜けた。

 初めてヤベーイを聞いた時に感じた衝撃に負けないものがある。これが実戦じゃなくて良かったと思う。

 

「さて、行くぞ」

 

 気持ちを切り替え、そう言って一歩踏み出した瞬間、多数の警告音がけたたましく鳴り響く。

 全員からロックされるのだから当然なのだが……にしては数が多すぎる。となれば思い当たるのは一人しかいない。

 

「簪か」

「っ、行って!」

 

 掛け声と共に簪の打鉄弐式から大量のミサイルが放たれた。ターゲットは勿論仮想敵である俺。

 前方に広がるミサイルの群れに俺はその場に立ち止まり、半身だけ後ろに下げた。

 

 逃げるつもりなどない。怖くはあるが、悪役の俺にそれは求められていない。ならば悪役として堂々と迎撃するだけ。

 

「幕引きの鉄拳」

『えっ、えっ』

「――――砕け散るがいい」

 《レディーゴー!》

 

 限界まで引き絞った右腕を先頭を行くミサイルへ打ち放った。加減などはせず、ただただ全力で。

 

 《ハザードフィニッシュ!》

「なっ……!」

 《ヤベーイ!》

『おぉう……』

 

 瞬間、昼間だというのにアリーナに幾つもの花火が上がった。空気の壁にぶつかったミサイル群があげたものだ。それらが次々に誘爆を起こしていく。

 

 誰かがあげた驚きの声は轟音に掻き消され、皆の姿も爆炎に呑まれて視界から消える。

 

「でやぁぁぁっ!!」

 

 その爆炎を目眩ましに、高速で馬鹿正直に真正面からヒーローがやってきた。

 せっかくの男前な顔も煤で汚して、両手で握った刀を俺に振り下ろすべく向かってくる。

 

「お前なら来ると思っていた」

「何っ!?」

 

 だがそれも予測の範囲内だ。

 

 踏み込んで以前ゴーレムがやったように左手で手ごと刀を抑える。悲しいが一夏の白式には刀以外何もないのが弱点だ。封じてしまえば問題ない。

 それは誰よりもこいつ自身が感じてる事だろう。だからこそ爆炎を目眩ましに瞬時加速を使って接近して来た。

 

「色々考えたようだが……残念だったな」

「こんのぉぉぉっ!!」

 

 一夏もやはりヒーローらしくまだ諦めていないようで、今も両手に力を込めて振り抜こうとしている。スラスターの火をより強く輝かせて押し切ろうとしている。でも。

 

「俺の方が上だ……!」

 

 再び右腕を振りかぶったその時。

 

「つっ、?」

『春人?』

 

 頭に何かが過った。モノクロの映像と頭に感じる鈍い痛み。それによってほんの一瞬だけだったと思うが動きが止まってしまい、そこへ見えない何かと銃弾が足元に着弾した。

 

「「一夏!」」

「ちっ!」

 

 銃弾がやってきた方向を見れば今度は鈴とシャルのタッグが。一夏を解放して距離を取った。

 

「はぁぁぁっ!」

「逃さんっ!」

「おねーさんも……ま、ぜ、てっ!!」

 

 空かさず箒、ラウラ、楯無さんの三人が襲い掛かる。それぞれの武器を掲げて。

 再び頭が痛み出すのを堪えつつ三人の攻撃を刀で捌いていく。これだけ入り乱れた状態ならシャルや鈴も援護しにくいどころか出来ないだろう。

 

「あら、わたくしをお忘れですの?」

『春人!』

「ぐっ!? ふんっ!!」

 

 そんな甘い考えを四本の光が打ち破った。

 三人の身体に隠れていたせいで対応が間に合わず、二発が直撃。

 堪らず普段は肩に装備していた大剣を呼び出すと全力の風を纏わせて団扇のように扇いだ。

 

「くっ!」

「むっ!?」

「きゃ……!」

 

 吹き荒れる突風に目の前にいた三人だけに飽きたらず、後方にいた簪やセシリアまでもが怯む。

 その隙を逃がさず、直ぐ様槍を呼び出すと投擲の構えを取った。

 狙うは後方にあるターゲット。皆を倒す事ではなく、これを破壊するのが今回の勝利条件だ。充分引き付けた上に怯んでいる今の状況なら防げないだろう。

 

「これで終わりだ」

「しまっ……!」

 

 言葉と共に投げた槍が空気を裂いて飛んでいく。守りは誰もいない、がら空きのターゲットへと進む。

 気付いたところでもう遅い。これで勝負は決まる。俺の勝利という形でもって。

 

「させるかぁぁぁ!!」

 

 進路上に現れる白い騎士を見るまではそう思っていた。気合いの一閃が槍の進行方向を少しだけ逸らし、彼方へと飛んでいく。

 

『お、おお……やったよ……』

 

 まじかよ。結構ショックだぜ。

 

「ナイス一夏!」

「おう!」

 

 ファインプレーをした一夏を中心に再度陣形が組まれた。こちらの攻撃を警戒したものだと思う。

 今のは怯んだ隙と油断があったから出来たものだ。二度も同じ手が通じはしないだろう。

 

「なら仕方ない」

 《レディーゴー!》

 

 さっきから頭も痛むし、さっさと終わらせよう。やっぱり近接で直接攻撃した方が確実だ。

 従ったつもりもないが本当にいいタイミングで言われる。とにもかくにも束さんの声に合わせて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜になると直ぐベッドで横になっていた。今日の訓練は確かに疲れる内容だったが、いつもより遥かに疲労している。だというのに寝れなかった。変に興奮しているらしい。

 こういう時に話し相手が欲しくなるのだが、ミコトも全力を出したせいでメンテナンス行きとなった。久し振りの一人だ。

 

「…………何で布仏がここにいる」

「鍵開けっ放しだったよー」

 

 と思ったらいつの間にか布仏が部屋に入ってきていた。

 いつも通りニコニコと笑みを浮かべながら近寄って、ベッドの上に。具体的には俺の頭までやってきた。

 

「…………何をする気だ」

「いつもどーり、膝枕だよー?」

「……おい」

「いーからいーから」

 

 言うと俺の頭を軽く持ち上げると、その下にあった枕を退けて代わりに布仏の膝がやってくる。

 女の子特有の柔らかさに加えていい匂いが俺を優しく包んだ。子供をあやすように頭を撫でられれば、いつも昼寝する時の状態に。途端に押し寄せてくる眠気に我ながら現金だと笑えてしまう。

 

「はるるん、ごめんね」

 

 暫くゆっくりと撫でられていると不意にそう言ってきた。見上げれば申し訳なさそうな表情で俺を見ている布仏。こんな表情を見せるのは初めてかもしれない。

 

「……何で謝る」

「無理言って皆と戦ってたから」

「…………」

「嫌だったのにごめんね」

 

 気になって何について謝っているのか訊いてみると今日の最後にやった訓練について。

 布仏は何か確信を持っているようだがそうとも限らないだろう。

 

「……そんな事はない」

「本当?」

「……割り切ったから平気だ」

 

 確かに言われたから、頼まれたからやったが皆に必要な事だと割り切った。やらなくてはいけないのだと。

 

「本当に?」

 

 それでも布仏の追及は止まらない。上からじっと目を見つめながら頬に手を添えてくる。心を見透かされているような気がした。でも今のが俺の本心だ。これ以上聞かれても答えは変わらない。

 

「…………分からない」

「そっかぁ……んー……」

 

 だというのに口は自然とそう呟いていた。まるでそれが本心であるかのように。

 そう言うと布仏は困ったように視線を外した。でもそれも僅かな間だけで、直ぐにまた視線を合わせてきた。

 

「あのね、はるるん」

「……ん?」

「頑張るって大変なんだよ」

 

 上から覗いてくるのはいつになく真剣な眼差し。有無を言わせぬ静かな迫力に目を逸らす事も出来なかった。言い聞かせるようにして布仏は続ける。

 

「頑張り続けるってすっごく大変なんだよ」

「…………そうかもな」

「そうなんだよ。だから無理しないで、ね?」

 

 いつもののほほんとした雰囲気からは程遠い雰囲気だ。以前にも俺が何か頑張っているような言い方をしていたが見当もつかない。

 

「…………分かった」

「うんっ」

 

 分からないが、とにかく了承すると見慣れた笑顔に戻った。頬に添えられていた手も頭に戻っていく。

 少し驚いたが、これで話は終わったらしい。そうと分かればまた眠気がやってくる。

 

「はるるん、眠そうだね」

「…………お前といると眠くなる」

 

 すっかり膝枕に慣れてしまったらしく、夜はまだいいが昼寝の時はこうされないと眠れなくなっている。

 まぁ膝枕されなくても二人きりだと眠くなる訳だが。何か出しているんだろうか。

 

「寝ていいよ」

「……いつ帰るんだ?」

「はるるんが寝たら帰るからー」

「……そうか」

 

 それなら素直に寝た方がいいのかもしれない。いつまでも一人で男の部屋にいるのも布仏に悪いだろう。いい加減眠気の限界が訪れようとしていたのもある。

 大人しく目を瞑るとまた優しく撫でられながら寝る事に。

 

「お休み、はるるん」

 

 翌日、いつもより元気だったのは言うまでもない。

 

 

 


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