IS学園での物語   作:トッポの人

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お待たせしました。
こいついっつも待たせてんな……。


彼と彼女の物語 ――side本音――

 

 

 代々更識家に仕えてきた私の家はとっても厳しくて、小さい頃から礼儀とか作法とか色んな事を徹底的に教えられていた。まだ会った事もないご主人様に失礼のないようにって。

 

 でも要領のいいお姉ちゃんはともかく、私はダメダメだった。

 どれだけ頑張っても、どんなに努力しても成功より上手くいかない事の方が多かった。そのせいでいつもお父さんから怒られて、叩かれて、泣いて。何度もお姉ちゃんが庇ってくれてたけど、辛くて逃げ出したくてしょうがなかった。

 

 まだ会った事もない人のために何でこんな事しているんだろう。ご主人様からもこんな風に怒られるのかな。私は何処まで頑張ればいいんだろうってどんどん悪い方向に考えるようになっていた。

 

 そして、その日はやって来た。

 

「うぅ……何でお姉ちゃん一緒にいてくれないの……」

「仕える人が違うから仕方ないでしょう」

「でもぉ……」

「大丈夫。お嬢様がとても良い方だって言ってたから」

 

 ご主人様のお家に向かう途中で知ったけど、お姉ちゃんは先にご主人様に会っていたみたい。私は別のご主人様に仕えるらしくてどんな人なのかお姉ちゃんも人づてでしか知らなかった。

 それはいいんだけど、私は私のご主人様と一人で会わなくちゃいけない。お父さんから粗相がないようにって言われると不安で押し潰されそうになる。

 

 広いお屋敷でお姉ちゃんと別れて、部屋の前まで案内されるとここからは一人でと本当に私だけになった。

 何もしなくても心臓の音が聞こえてくる。お腹が締め付けられるように痛い。でもやらなくちゃ。

 

「し、失礼しまひゅ!」

 

 失敗してはいけないと思ってたら思いっきり噛んでしまった。恥ずかしさで勢いよく下げた頭を上げられない。

 どうしようかと考えているとご主人様がいるだろう方向からくすくすと笑い声が聞こえてきた。恐る恐る顔を上げると広い部屋に一人いた私と年が近そうな女の子が。多分、この人が私のご主人様なんだ。

 

「思いっきり噛んでたね」

「う、うん……あっ、はい。すみません……」

 

 物静かな雰囲気と優しそうな空気にまるで友達に話しちゃいそうになって慌てて頭を下げた。

 やってしまった。きっとお父さんに言われて怒られる。そんな不安を他所にまたくすくすとその子は笑った。

 

「普段通りにしてていいから」

「で、でも……」

「むぅ……」

 

 でもと渋ればご主人様は不満そうな顔をした。心がぐらりと揺らいだ。

 私もそうしたいけれど、そういう訳にもいかない。この人はご主人様で、私は従者なんだから。そんな事をすればあとでお父さんに怒られてしまう。

 

「分かった。じゃあ、命令────」

「は、はい」

 

 いよいよ来る初めての命令に緊張してしまう。服の裾を掴んで何を言われるのかと不安で身構えていると。

 

「────私と友達になってほしい」

 

 一人で身構えていた私が間抜けに思えるような命令が飛び出た。

 友達になって。それが私のご主人様からの最初の命令。いや、言い方からしてお願いかも。

 

「うんっ、勿論だよー!」

「ありがとう」

 

 どちらにせよ、そんな素敵なことを断るはずがなかった。お姉ちゃんが言ってた通り、本当にいい人だ。

 願ってもない展開に両手を広げて笑顔で快諾すればご主人様も笑顔になる。

 

「私は布仏本音。ご主人様のお名前はー?」

「更識簪。好きに呼んでいい」

「じゃあ、簪だからかんちゃんだ!」

「かんちゃんはちょっと……」

「えー」

 

 友達になったんだからあだ名で呼ぼうとしたら何とも言えない表情をされた。ただ名前を呼ぶよりこっちの方が可愛いのに。

 

 友達になった私とかんちゃんは一緒にアニメ見たり、ゲームしたりといっぱい遊んだ。その事を知ったお父さんに怒られそうになったけど、ご主人様からの命令だと言えばさすがに何も言えないらしい。

 ある日、いつものように一緒にゲームをしているとかんちゃんが私の顔をじっと見ているのに気が付いた。首を傾げながら訊ねてみる。

 

「どうしたの?」

「本音は今みたいに明るく笑ってる方が似合ってるなって」

「……えへへー、ありがとうっ」

 

 そう言われて嬉しくないはずがない。ちょっとだけ意識していつもより頬を緩ませてお礼を言ってみた。

 

「でも逆に真面目な表情とかは似合わない」

「そ、そんな事ないよ! た、多分……」

「自信ないんだね……」

「う、うん……」

 

 だって一応言ってみただけで私も苦手だと思ってるし……。

 

「でもかんちゃんが褒めてくれた笑顔なら自信あるよっ!」

「うんっ」

 

 かんちゃんのおかげで私は明るく笑える。出会うまで大変だったけど、それも全てこんな素敵な友達と会うためだったんだ。

 また笑顔で応えればかんちゃんも満足そうに頷いてくれた。とびっきりの笑顔を浮かべて。私も人を笑顔に出来る人になりたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかくIS学園に来たのに私がかんちゃんとクラスが別になったのは理由があった。

 私達と同年代の男性IS操縦者。その二人を護衛するためだって。

 そうだとしてもその二人とかんちゃんを同じクラスにしてくれれば良かったのにと思わない日はなかった。

 

 護衛も大事かもしれないけど、たっちゃんと仲悪くなって塞ぎ込んでるかんちゃんのケアも大事なのに。

 二人の護衛もやる、かんちゃんのケアもする。どっちもやらないといけないのが辛いところだけど、やるのが私。

 

「すー……すー……」

 

 木陰で寝ているはるるんを見ているのもその一環。教室で寝ればいいのにこの人はそうしない。何故なら皆から怖がられているのを知っているから。

 

「皆早く分かってくれたらいいね」

 

 私もたっちゃんに付いていって色んな人を見てきた。表も裏も怖い人や、表ではにこやかにしていても裏では怖い事を考えてる人なんて何人も見てきた。

 確かに目付きは鋭くて物静かで怖い雰囲気を出してるけど、本当はその正反対。この人は表が怖くて、裏は暖かい。こんな世の中では珍しいと思えるくらい周りに気を遣うし、凄く優しかった。

 

 それに早く気付いたのは私以外だとおりむーとしののん、あとかんちゃんときよりんにせっしーもだ。

 はるるんのおかげか、初日のせっしーからは考えられないくらい穏やかになった。多分あれが本当のせっしーなんだと思う。

 それに塞ぎ込んでいたかんちゃんは昔みたいに笑うようになったし、たっちゃんとも仲直り出来た。二人に関しては私もお姉ちゃんもどうしようもなかったのに。

 

「ありがとう、はるるん」

 

 すぐ隣で寝ているこの人にお礼を言うけど、返ってくるのは静かな寝息だけ。寝ている時だけはさすがにこの人も目付きが柔らかくなる。起きてる時ももう少し柔らかくなればいいのにな。

 

 そんな心配なんてしなくても時間が経てばはるるんが持つ暖かさと優しさに触れて一人、また一人と周りに人が増えていく。

 この人の傍は暖かくて心地よかった。皆もそう感じているからどんどんはるるんのところへ来るんだと思う。

 あとはおりむーとりんりん以外、はるるんの事が好きだからっていうのもあると思うけど。

 それを分かってないのははるるん本人だけ。あのおりむーだって見て分かったのに。

 

「うーん……」

「……なんだ」

「はるるん、よく鈍感だって言われるでしょ?」

 

 休み時間におんぶしてもらってお散歩中、ずっと前から思ってた事を訊いてみたら少しだけ首を傾げる。急に何を言ってるんだろうって思ってるのが伝わってきた。

 

「……言われた事がないから違うと思う」

「えー、絶対そうだよー!」

「…………分かった。それでいいから暴れるな」

「んー……うん……」

 

 身体を揺すって抗議すれば言葉以上に早くやめてほしそうにしている。急にどうしたんだろう。

 

「あ、ここ右でーすよー」

「……ん。というか何処に行くんだ」

「お散歩だからテキトーだよ?」

「……そうか」

 

 こんな風におんぶしてもらってぶらぶらしているとはるるんを怖がる人なんてもういないどころか、人気すら出始めていた。

 でもただの挨拶やお礼を言われるのに慣れてないようでよく不思議がっている。

 

「はるるんっ」

「……今度はなんだ」

「おんぶしてくれてありがとうね」

「…………どういたしまして」

 

 だからいっぱいお礼を言おう。はるるんが早く慣れてくれるように。

 

「はるるんもそれ笑顔で言えたらいいのにねー……」

「…………そうだな」

 

 はるるんが笑うようになったらかんちゃんとか大変な事になりそうだけど。それでもやっぱり笑ってるところも見てみたい。

 それはこの人自身も本当にそう思っているようだけど、同時にもう諦めた感じも伝わってくる。

 

「じゃあまずはほっぺの運動からやっていこー。いっちに、いっちに」

 

 でも私が諦めた訳じゃない。という訳で頬に手を伸ばして揉みほぐしていく。意外と柔らかくて癖になりそう。

 

「……ひゃんとひゅかまってないとおひるぞ」

「はるるんがちゃんと落ちないようにしてくれるもーん」

「……ひょうじゃひゃいひゃろう」

「心配してくれてありがとっ」

「…………はぁ」

 

 頬を引っ張られながらも私が落ちる心配をしてくれる。でも言っているこの人がそんな事はさせないのは学園で誰よりも見てきた私が一番よく分かっていた。

 だからもう一度お礼を言えば観念したように溜め息を吐いてまた歩き出す。落ちないように抱え直してから。

 

 皆とわいわい一緒に遊んでいるのも好きだけど、いつからかこうして二人でいる穏やかな時間も好きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はまだ皆来てないんだね」

「……布仏が早いだけだと思う」

「そっかぁ」

 

 放課後に私だけはるるんの部屋に早く来た。二つにくっ付けたベッドの上で寛ぐはるるんの背中で私も寛ぐ。

 肩から覗く夕暮れに照らされているこの人の顔をただ眺めていた。と、少しして僅かに顔をこちらに向けてはるるんもじっと見てくる。不思議そうな雰囲気を醸し出しながら。

 

「んー……?」

「…………」

 

 何が不思議なのか分からなくて、首を傾げて声も出さずにお互い見つめあっていると向こうが先に口を開いた。

 

「…………何があったんだ?」

 

 ぶっきらぼうな言葉だけど、少しでも一緒にいたら分かるこの人が持つ優しさをいっぱい込められたものだった。

 確信を持って訊かれた事に驚いて、ほんの少しだけ間を空けてから私も訊いてみる事に。

 

「何で、そう思ったの?」

「……いつもと違うからな」

「そっかぁ……」

 

 そう思って口にした理由も凄く曖昧で単純なもの。いつも通りのはずだったけど、何かが違ったらしい。

 この人に知られた事が恥ずかしい反面、気付いてくれた事が嬉しくて強く背中に抱き付いた。

 

「さっきまでね、はるるんのIS整備してたんだけど……」

「……ああ」

「他の人と比べたら私って色々ダメだなぁって思っちゃって……」

 

 いつも頑張るはるるんに少しでもお返しがしたかった。私もこの人を見習っていつもよりほんの少し頑張ろうと思って。

 でもお姉ちゃんも、手伝ってくれる人達も私よりもずっと凄い。技術も手際の良さも何もかも。

 そう、分かっていたけど改めて全然違うと分かってしまった。私なんかいなくても大丈夫だと思えてしまえるほどの差を。

 

「このままじゃダメなのかな……」

「……何でだ」

「だってこのままだと私いらない子、あうっ」

 

 俯いて弱音を吐くと頭にやって来た手刀が遮った。軽い衝撃に何だろうと顔を上げればいつもより目付きを悪くしてこちらを睨み付けている。

 

 はるるんが、怒ってた。

 

「二度とそんな事言うな」

「ご、ごめんなさい……」

「…………分かればいい」

 

 素直に謝れば直ぐに穏やかないつものはるるんに。たった一言でも思わぬ人から怒られた。さっきとはまた別の理由でしょんぼりしていれば、また静かな時間が流れていく。

 

「……思わざれば花なり、思えば花ならざりき」

「それたしかマクロスだっけ?」

「……そうだ。意味は知ってるか?」

「んー……分かんない」

 

 昔かんちゃんと一緒に見ていたアニメで主人公が言っていたのを覚えてる。でもその後に流れる歌とか展開に気を取られてたから意味までは知らない。

 

「……簡単に言えばありのままがいいという事だ」

「ありのまま……うーん」

「……それと自分を無理によく見せようとするのは良くないって意味もある」

 

 はるるんに言われて考えてみる。ありのままの私って何だろうって。

 

「わぷっ」

「……虚さん達は前からやってたんだ。凄いのは当たり前だろう」

「うん……」

「……でもあの人達に一年生で付いていけるのは多分布仏だけだ。それで充分凄い」

「そうかな……」

「……ああ。お前にはお前のペースがある。布仏にしかない、いいところもある。焦る必要なんてない」

 

 考えようとした瞬間、頭に大きくて暖かな手が乗せられた。それと優しく声を掛けてくれるのが心に染みていく。

 

「私のいいところって?」

「……いつも笑ってて、周りの人を和やかな気持ちにさせてくれる」

「あっ……」

 

 そう言われて、ふと出会ったばかりの頃のかんちゃんとの話を思い出した。初めてかんちゃんに褒められた事を。

 

「…………どうかしたか?」

「ううん、何でもないよっ。ありがとっ」

「……そうか」

 

 大切な事を思い出させてくれたからまたお礼。おかげでさっきまであった暗い気持ちは何処かへ飛んでいき、代わりに暖かい気持ちが心を埋め尽くしていた。

 

「ねぇ、はるるん」

「……何だ」

「皆みたいに私も名前で呼んで欲しいな」

 

 そこで私だけまだ名字で呼ばれているのが気になった。この人は言わないと名前で呼んでくれない。

 私だけずっとこのままは嫌だ。私だってこの人が好きなのに。この人に名前を呼んで欲しい。

 

「……本音。これでいいか?」

「うんっ!」

「……元気そうで何よりだがあんまり抱き付くのはやめてくれ」

「今日はダメー」

「…………そうか」

 

 名前を呼ばれただけで凄く嬉しくなるのはこの人だけが出来るんだろうな。ぎゅっと抱き付くのをやめてと言われるが、今日はダメだ。我慢出来そうにない。

 皆が来てもそうしてたし、いつもよりニコニコしてるって言われてたからはるるんが何かしたんだって思われてちょっと大変だった。ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 名前を呼んでくれた次の日の休み時間。はるるんはいつも一人で何処かに行ってお昼寝している。

 不定期に寝る場所を変えるので一緒に行動していたらうりーも今日何処で寝ているのか分からないらしい。私からすればこんなに分かりやすいのに。勘だけど。

 

「良い子、良い子」

「…………」

 

 膝の上に乗せたはるるんの頭を撫でてると眠気が強くなってきたのか何も言わなくなってきた。もうすぐ寝るんだと思う。

 でもそんな時、はるるんの口が開いた。

 

「…………いつも、ありがとう」

「いえいえー」

「…………辛かったら起こしてくれ」

「うん。お休み、はるるん」

 

 眠たげな声で精一杯お礼を言う姿に頬が緩む。辛いなんて思った事もなかった。この人の寝顔が見れる特等席でそんなの思うはずもない。

 

「うんしょ、よいしょっ」

 

 やがて静かに寝息を立てるようになるとはるるんの上半身を起こして頭を抱き寄せる。大切に、大切に。

 

「あんまり頑張っちゃダメだよ……」

 

 小さい頃に自分が体験して、近くでお姉ちゃんの姿を見ていて分かった事。

 頑張るのは大変で、頑張り続けるのは凄く大変だ。だから自分の身体を壊さないためにも何処かで休まなきゃいけない。

 でもこの人は頑張る。たまに頑張るんだったらいいけど、休む事なく頑張り続けてしまう。困っている誰かを助けようとする。自分の事なんて二の次にして。

 

「ねぇ、はるるん」

 

 寝ているこの人に話し掛けても返事はない。疲れているのかお昼寝でもぐっすり寝ている。

 だからこれから私がこの人に何を言っても意味はないんだと思う。それでもどうしても言いたかった。幾ら言っても頑張るこの人のために。

 

「はるるんが疲れたら私がいつでも受け止めてあげるからね」

 

 この人は何処までも高く飛ぼうとする鳥だ。でもどんな鳥でもずっと飛ぶ訳にもいかない。疲れたら何処かで休む場所を探すはず。

 それなら私はこの人がゆっくり休める止まり木になってあげたい。いつか必ず疲れるこの人が笑顔を浮かべて癒されてくれるような。

 

「えへへ……」

 

 はるるんは聞いてないはずなのにやっぱりちょっと恥ずかしくて顔が熱くなる。でも同時に心に暖かいものが広がっていき、笑顔が溢れた。

 

 私のこの気持ちも、皆の気持ちも早く気付いて欲しいな。

 

 


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