IS学園での物語 作:トッポの人
『春人、もーにんっ!』
上半身だけ起こしてまだぼーっとしている俺にミコトが元気よく挨拶してくる。ベッドの横で同じ事を書いたスケブを掲げるウサギさん付きで。
普段は比較的目覚めは良い方だが今日は随分深い眠りに付いていたようでまだ頭が半分も働いていない。
しかし、挨拶は大事だ。何とか頭を働かせて挨拶を交わす。
もーにん……。何かくっそ寝れた……のか?
『かなり深く寝てたね。三ヶ月分くらい寝れたんじゃない?』
やたら具体的だな。そして長過ぎる。
だけど、内心こうしたやり取りさえも久し振りだと感じるのも事実だった。本当にそのくらい寝ていたのかもしれない。
そっとウサギさんが差し出してくれた水を一口飲んで一息。
『まぁそれは置いといて。本当にぐっすり寝てたから何か良い夢でも見れたんじゃないの?』
ミコトの言う通り、それだけ深く寝ていれば夢の一つも見るもので。それがリアリティのあるものだと夢と現実の区別を希薄にさせる。
少しずつ覚醒してきた頭は現実かどうか区別するべく辺りを見回せと指令を出してくる。ここが安全か確認するためにも。
『どうしたの?』
そんな俺を不審に思い、再度問い掛けてくる。安全を確認出来た俺は一安心し、枕に倒れ込むと同時にその問いに答える事に。
悪い、さっきの夢の話になるんだが変な夢を見ててな。悪夢……に近いんだと思う。
『ぅん? ざっくりでいいからどんな内容だったの?』
何処かで聞いた事あるやたら良い声の宇宙人と戦ったり、何とか倒したと思ったらまだ生きてたり、今度はやっぱり良い声のそいつの兄貴と戦ったり……。
『その夢についてもっど詳すぐっ!』
興奮しすぎて途中から訛り出てるぞ。
という訳でさっきまで寝てたはずなのだが、夢の中で戦っていたせいで疲労感が半端ないのです。布団に入ってるけど布団が恋しい。
『ね、ねぇねぇ、その宇宙人何て言ってた?』
どうしても夢の内容を知りたいらしく、ミコトが興奮した様子で話し掛けてくる。何とか思い出そうとするも寝惚けた頭のせいか、あまりはっきりと出てこない。
あー……何だっけな……たしかブラックホールが吹き荒れるぞとか言ってた気がする……。
『えぇ……?』
何で困惑してるんだろう。とりあえず落ち着いたみたいだし、もう一度寝ようかな。
『あっ、でもそろそろお出掛けの準備しないとまずいよ』
あー……そういえばそうでした……。
じゃあ、テンション上げるためにミコトちゃんのご機嫌な歌を一つ頼むわ……。
『はいよー、任されて!』
元気よく返事をすると共に陽気な音楽が流れ始める。そのリズムに合わせてウサギさんが両前足で持ったペンライトを振っていた。
これこそが三ヶ月近くずっといて編み出した俺達の連携技……その名もミコトちゃんプレイヤー、通称MPだ。まぁ俺達って言っておきながら俺何もしてないんだけど。
それはさておき、お出掛けと言ったのも今日はこれから臨海学校で着る水着を買いに皆とレゾナンスに行くのだ。
と言っても女性陣とは現地で合流するという話になったのでそこまでは男二人で行く事に。
最初から皆で行った方がいいのではと言えば、たまにはそういうのも一興なのよと楯無さんは言っていた。どういう事なんだろうか。
『愛が止まらないから仕方ないね』
AIが止まらない?
『Iが止まらない……奴の名はアクセル』
態とらしくボケてみると、ミコトも歌うのを中断してそれに被せてきた。ウサギさんも全く同じ事をスケブに書いていたようで前足でバシバシとスケブを叩いてアピールしてくる。
文字として見る事で初めて分かったが、記号とか使っている辺り何かのタイトルのようにも思えた。というかアクセルって誰なんだ……。
前から思っていたがこの二人はやたら共通の話題が多い気がする。というか片方が知っていて、もう片方が知らないというのはほぼなかった。
『まぁウサリンは私を基にしてるからね。言ってしまえばもう一人の僕。もしくは若き日の私』
若き日の私って生まれてそんな経ってないだろうに。
内心何を言っているのかと呆れていればそこでまたウサギさんがスケブを掲げた。書かれていた内容は「俺は絶対にあんたみたいにはならない!」と強い否定の意志が込められたもの。いいのかこれ。
『ふはははっ! 楽しみにしているぞ、若き日の私よ!』
ミコトちゃんタフ過ぎません?
拒絶されてもこの余裕。相棒の精神力に脱帽していると携帯からアラームが。ちょっと早めに設定したが、一夏との待ち合わせ時間が直ぐそこまで迫っていた。
待つのはいいが待たせるのは好かない。頭も完全に覚醒したし、一足先に行って待っているとしよう。
「……そろそろ行くか」
『お留守番お願いね!』
可哀想な話だがウサギさんは連れていけない。学園の敷地内ならまだいいが、生憎行き先は敷地の外である。さすがに注目の的にはなりたくはなかった。
こちらの考えを汲み取ってくれたのか、毎度挨拶ついでに行う頭を一撫では大人しく受け入れてくれる。
「……行ってきます」
『行ってきまーす!』
前足で器用にハンカチを振るウサギさんを残して部屋を出た。
『────♪』
雑談で中断されていたMPが四曲目に差し掛かったところで校門に駆け寄ってくる一夏の姿が。
「わ、悪い。待たせた」
「…………?」
『ん?』
少し遅れてやって来た一夏は相変わらずイケメンだが、何処か様子がおかしかった。今もそわそわして落ち着きがない。
ミコトも歌を中断してしまうほどだから気のせいではないだろう。
「……どうした」
「うぇっ!? な、何が?」
「…………何故そんなに動揺する」
「な、何でもないって」
「…………」
「う、くっ……」
ただ少し話し掛けただけでこの反応。誰が見てもおかしいと言うしかないだろう。
それでも何でもないと言い張る一夏に無言で視線を送り続けていると観念したように話し始めた。
「だってさ……水着買いに行くんだぜ?」
「……そうだな」
「試着した姿を見るんだぞ」
『あー……なるほど』
「……この前そういう話になったからな」
それが今日の目的だし、先日楯無さんとの賭けで見事に醜態を晒してしまったので皆の水着姿を見るのだろう。やっちまったぜ。
先日の出来事を思い出して今にも溜め息が出そうだったが、こちらをじっと見てくる一夏に引っ込んでしまった。
「……何だ」
「お前反応薄いな……。やっぱり水着ぐらいじゃ何とも思わないのか」
「…………そんな訳ないだろう」
いや、その前にやっぱりってなんだ。やっぱりって。
「そうなのか? いつも通りに見えるけど」
「……これでも一応困っているんだがな」
あの場にいた鈴を除く全員の水着を見なくてはいけない。ただでさえ試着した女子の水着を見るなんてやった事ないのに、相手はいきなり複数で、しかも何着ても似合うだろう美少女達だ。俺の感想なんて語彙力のないものになるのは想像に難くないだろう。
「ま、まぁそうだよな。お互い頑張ろうぜ」
「……そうだな」
お互い柔らかく背中を叩いてこれから始まる事へ気合いを入れ直していく。同じ使命を持った仲間がいるのは本当に心強いと感じた。
『やだ……ここ童貞臭い……』
一夏は知らないけど少なくとも俺は童貞ですからねちくしょう。
ともあれ合流した俺達は肩を並べて談笑しながら女性陣と待ち合わせしている駅前へ。
細かい場所など決めていなかったが、皆が何処にいるかは直ぐに分かった。
「「おお……」」
『おー』
いつも見ている制服とは違った、思いっきりお洒落した私服姿の女性陣の姿に思わず男二人が口を揃えて間の抜けた声が漏れ出た。ラウラだけ何故か制服のままだけど。
何というか、一緒にいる時間が長くて感覚が麻痺していたが改めて全員が全員美少女なのだと実感させられる。一夏も思うところがあるほどだ。
「あの、ちょっといいですか。私、こういうもので……モデルとか興味ありませんか?」
そんな美少女達がいれば周りが放っておくはずもない訳で。
遠巻きに見ているとスーツ姿の女性が話し掛けて一人一人に何かを配っていく。話し方からして多分名刺だろう。
「まずはお話だけでもどうでしょうか?」
「どうでしょうかって、あら?」
一通りスーツの女性が訊ねるのと同時だった。興味ない楯無さんがふと周りを見回した際にこちらに気付いたのは。にんまりと楽しげな笑みを浮かべるあの人に嫌な予感がしたのは気のせいだと思いたい。
「申し訳ありませんが────」
代表としてセシリアが断ろうとしたのを小悪魔ちっくな笑みを引っ込めて、代わりに人懐っこい笑みを浮かべて楯無さんが遮った。
「ごめんなさい。私達、彼氏を待っていますのでっ」
「えっ、あっ、そ、そうなんですか」
「ええ、そうなんです。ね、簪ちゃん」
「ぅん? あっ……!」
突然の告白に呆気に取られるスーツの女性を他所に楯無さんが送ったサインで簪もこちらに気付いたらしく、途端に表情が明るいものへ。
「はぁー……おい、呼ばれてるぞ彼氏」
隣で急に落ち込んだ様子で行ってこいと促してくる一夏。
「……彼氏はお前もだろう」
「『えっ』」
「えっ」
二人とも何故そんなに驚く必要があるんだ。待ち合わせしてるの俺達二人なんだから一夏も対象だし、そもそもあんなのその場しのぎの嘘なんだから呼ばれてるも何も────
「あっ、春人くんっ!」
「春人っ」
あらやだ。
「「「っ!」」」
あたかも今分かったかのような風を装ってこちらに駆け足でいの一番に近付いてくる楯無さんと簪。それに続いて他の皆もやってくる。
おいおい、まじかよ。何で呼んだの。
『彼氏来たからね』
それは光栄ですけど、彼氏じゃないんですが。
近付く勢いはそのままに左右の腕に抱き着いてこの人が彼氏なんですとアピールを始めた。明らかに周囲から注目を集めていて精神的に辛い。
「もうっ、遅刻よ?」
「……すみません」
「連絡もなかったから心配した」
「……すまない」
「し、失礼しましたー……」
そそくさと退散していく女性を他所にもう平謝りしか出来なかった。むしろそれだけで済んで良かったと褒めて欲しいぐらいだ。一応は彼氏のふりは出来ていたはずだ。
「…………あの、もう彼氏のふりはいいのでは?」
さっきのスーツの女性ももういないのでもう嘘をつく必要はないのに二人は離れようとしない。
俺の提案に二人とも一瞬だけきょとんとした顔をしたかと思えばくすりと笑い、よりいっそう抱き着く腕に力を込めて簪が答えた。
「まだダメっ」
「……もう皆分かったと思うが」
「これだけやってもまだ分からない人もいるのよ」
「だからこうして分かってもらわないと」
「…………なるほど」
続く楯無さんの捕捉説明で理解したが美少女というのも良い事だけではないらしい。そんな苦労があるとは思わなかった。
だが、二人とも困ってるどころか嬉しそうな表情を浮かべているのは気のせいではないだろう。厄介払い出来るのがそんなに嬉しいようだ。
ただ、このままだとその分かってない人に俺襲われそうなんですけど。助けて。
「うわっ、一夏ってばどうしたのよ」
「いや、は、はは……」
「?」
俺がヘルプ要請している間に酷く落ち込んでいる一夏に話し掛ける鈴。何とか応えるも乾いた笑みに疑問は更に深まる。
「その、彼氏……いたんだな」
「……は?」
弱々しく、苦々しく発せられた言葉は呆気にとられるのに充分過ぎた。
まさかさっきの楯無さんの言葉をそのまま受け止めてしまうとは思わなかっただろう。予期せぬ事態に鈴が目に見えて焦り始めた。
「いや、ちょ、ちょっと何言ってんの!?」
「何って……」
「あ、あんなの嘘に決まってるじゃない!」
「えっ、そ、そうなのか?」
「そうよ!」
強く言い切った途端に一夏の表情が明るいものへ。何とも現金なやつだが、元気になったので良しとしよう。
と、シャルがラウラの背後に回ってこちらへ押し出してくる。今現在夫が着ている制服を見せつけるように。
「お兄ちゃん、今日は一緒にラウラの服も見てあげて」
「……そういえば何で制服なんだ」
「決まっている。これしかないからだ」
「…………そうか」
問い掛ければ何故か腰に手を当てて胸を張って答える夫の姿に頭を抱えそうになる。やらなかったのは未だに両腕を抱えている姉妹のおかげだ。ありがたいのか何なのか。
「じゃあ水着だけじゃなくて他のも色々見よう。ね、春人っ」
「…………いや、それは」
「おねーさんね、ラウラちゃんだけってとっても不公平だと思うんだけどなー?」
これからを想像して声が弾む簪の提案に渋ると反対側にいらっしゃるお姉さんが抗議してくる。これは断れそうにない。
「はるるん、今日は皆の彼氏として頑張ってねっ」
「えっ」
返事をする前に何処か頬をうっすら紅く染めながら口にした本音の言葉に辺りを見回すと、向こうでラブコメしてる鈴と一夏を除く全員が俺の方へと向いていた。例外なく頬を紅く染めて。
「…………その、精一杯努めさせていただきます」
その言葉に俺を見ていた皆が沸き上がった。彼女の数がおかしいとか、箒は一夏の方じゃなくていいのかとか、色々言いたい事はあるがとても嬉しそうなのでやめておこう。
でもミコトちゃん、やっぱり一つだけ言っていい?
『何でしょうか』
彼氏役って俺じゃない方がよかったんじゃないのかと。直ぐ近くにそういうの慣れてそうなイケメン主人公いますし。
『春人じゃないとー』
えっ、何それ。
また次回長くなります……。
あとときめきクライシス絶版になります……。(こういう展開終わりまふ)
お兄さん許して。