IS学園での物語   作:トッポの人

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お待たせ、待った?


第65話

 

「状況を説明する」

 

 しんと静まり返った旅館の広い一室に織斑先生の声がよく聞こえる。

 元は宴会用の部屋を今回急で借りて、そこに専用機持ち、それに虚さんと本音を加えた面々が空間に映し出された画面を食い入るように見つめていた。

 

「現在、アメリカ・イスラエル共同開発の第三世代軍用IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が海上飛行テスト中に何者かの襲撃を受けていると報せがありました」

『春人、あれ昨日の操縦者だよ』

 

 じゃあ乗ってるのはファイルスさんかよ。IS関連の仕事ってテストパイロットだったのか。

 

「襲撃したやつが何者かは見た方が早い」

 

 銀の福音と呼ばれるISの参考画像から一枚の写真に切り替わる。

 先程見たISに襲い掛かるのは豪腕とも言うべき太く大きい腕、全身を装甲に身を包んだ珍しいその姿はここにいるほぼ全員が見覚えがあった。

 

「ゴーレム……!?」

「何であいつが……」

 

 鈴と一夏の二人が驚きの声をあげた。他の皆も口にこそ出さないものの驚きを隠せていない。

 幾らゴーレムを想定して訓練していたとはいえ、一度倒したはずの相手がまたこうして出てきたのだから無理もないだろう。

 

「前回も複数の同一機体がいました。同じ相手とは限らないのでは?」

「それだが報告に『幾ら攻撃しても何も効果がない。それどころかこちらの攻撃を意に介さず攻撃してくる』とあった」

「加えて現在付近で通信妨害が行われているため、違う可能性は低いでしょう」

「そう、ですか……」

 

 ほんの僅かな希望もあっさり否定される。落胆するセシリアだったが、直ぐに気持ちを切り替えて画面を見つめる。

 その中でも以前いなかったシャルとラウラ、特にラウラの復帰が早く、次の情報を求めて手をあげた。

 

「二機のデータをお願いします」

「いいだろう。ただしこれは最重要機密事項だ。情報が漏洩した場合は裁判と最低でも二年間の監視がつく。口外するなよ」

「「「了解しました」」」

 

 全員の返事と共に開示されたデータを見ていく。シルバリオ・ゴスペルは攻撃と機動に特化させた機体のようで、超音速飛行も可能らしい。

 

「状況が状況だ。迅速な対応が求められる。そこで作戦だが────」

「ちょぉっと待ったぁ!」

「ね、姉さんっ」

 

 作戦内容を口にしようとした時、今までいなかった束さんが勢い良く扉を開けた。

 困り顔の箒の腕を引っ張りながらずんずんと歩み寄り、織斑先生の元へ。そこへ待ったとばかりに山田先生が立ち塞がる。

 

「こ、ここは関係者以外立ち入り禁止で……」

「いやいやー、私ほどの関係者で専門家っていないと思うよまーちゃん」

「ま、まーちゃん……で、ですが」

「それにぃ」

「それに?」

 

 確かに束さんほどの人はまずいないだろう。それは山田先生も分かっているのか、一瞬たじろいでしまう。

 しかもまだ理由はあるようで、束さんは話を続ける。箒の腕を掴んでいた手を離し、空いた両手を頭に持っていくと────

 

「こーんなに可愛いウサギさんを外に放り出すなんてとんでもないよ! うーさぎ、うさぎっ」

「姉さん、頼むからやめてくれ!」

「は、ははっ……」

「うーさぎ、うさぎっ」

 

 手でウサギの耳を模して左右に揺れ動く。まるでぴょんぴょんと跳ねるウサギのように。

 恥ずかしげもなく笑顔でやる束さんだが、被害はその妹である箒に行ったようで顔が羞恥に染まる。真横で身内がそんな事をしていればそうもなるか。現に俺達も引きつった笑いしか出てこない。一緒になってやり始めた本音を除いて。

 

「では早速その専門家に意見を仰ごうか。誰が適任かをな」

「まっかせてよ! えっとねー……」

 

 何とも言えない空気の中でやはり慣れているのか束さんを見ても織斑先生は全く動じずに話を進めた。

 

「まずはるくん」

「……はい」

「次はいっくん」

「は、はいっ!」

「そして箒ちゃん」

「あの、私は専用機を持って……」

「まぁまぁ」

 

 俺と一夏は予想通りだったが、最後のまさかとも言える人選に呼ばれた本人さえも驚愕している。

 

「とりあえずこのメンバーかな」

「なるほどな……ではその三人はここに残れ。それ以外の者は追って指示するから作業に戻るように。布仏姉妹はそのサポートだ」

「ちょっと待ってください!」

「異議でもあるのか?」

「大いにありますわ!」

 

 周りを放置して淡々と進めようとする二人にシャルとセシリアが勢い良く立ち上がった。いつもは明るいその表情を沸き上がる怒りに染めて。

 そんな二人が何かを言う前に制したのはラウラだった。

 

「言いたい事は分かる。だが二人とも落ち着け」

「でも……!」

「何か考えあっての判断だ。ここは耐えてくれ」

「ラウラさん……」

 

 言い方こそいつも通りだが、二人の勢いが弱まったのは小さな手が白くなるまで固く握られているのが視界に入ったからだろう。

 

 この中でラウラは軍人という珍しい側面を持っている。根が真面目なラウラの事だ、有事の際は普通の代表候補生以上の使命感を持って臨んでいるのは想像に難くない。

 本来であれば軍人である自分が一番行かなくてはいけないのにも関わらず、代表候補生でもない俺達を行かせる事態に抗議したいのはラウラのはずだ。そうしないのは織斑先生を信頼しているからか。

 

「うん……」

「分かりました……」

 

 二人が大人しくなったのを切っ掛けに暗くなったところで楯無さんが手を叩いた。渇いた音が沈んだ気持ちを無理矢理引き上げてくれる。

 

「はい、それじゃ私達は出来る事をやりましょ。虚ちゃんと本音ちゃん、お手伝いよろしくね」

「はい」

「はーい」

「山田先生も一緒にお願いします。それと打鉄の準備を」

「分かりました」

 

 今度は素直に山田先生含む皆が退出しようと立ち上がった。これ以上はもう何も言わなかったが、皆心配そうな表情でこちらを見ていたのは言うまでもない。

 

「っ」

「……簪?」

 

 立ち去ろうとする直前、急に簪が俺の元へ走り寄り、手を取って顔を真っ直ぐ見た。眼鏡越しに映る瞳を不安で揺らして。

 

「春人、無茶しないでね……」

「……ああ、大丈夫だ。分かってる」

「うん……」

「そうだよー。無茶したらかんちゃんだけじゃなくて皆泣いちゃうよー」

「気を付けます」

「めちゃくちゃいい返事だな……」

 

 だって大変な事になるんだもん……。

 

 もしそうなったらと想像しただけで震える。しかも皆の浮かべている不安げな表情からそれが嘘や冗談ではないのだと分かってしまったのだ。そりゃめちゃくちゃいい返事もしてしまう。

 そんなやり取りに深い溜め息が聞こえてきた。見れば呆れたと言わんばかりの態度の鈴がジト目で一夏に詰め寄る。

 

「そんなので感心してる場合じゃないでしょ。こいつはいつもとは程遠いだろうし、箒は慣れてないんだからあんただけが頼りなのよ」

「おう、分かってる」

「ならいいけど」

「?」

 

 返事を聞いてそれでも鈴は不満ありげに顔を背けた。会話も途切れたし言いたい事は言ったのだろう。

 しかし、その割には一夏の側から離れようとしない。モジモジと何かしようとしてやめるを繰り返している姿に一夏もまだ何かあるのかと鈴を見つめる。

 

「……あと、気を付けなさいよ」

「それも分かってるよ」

「ん」

 

 顔を背けたまま短く素っ気なく消え入りそうな声で呟いた。だがしっかり一夏には伝わっていたみたいだ。

 ツンだけかと思ったらしっかりデレてらっしゃる。関係はゆっくりだが確実に前進しているらしい。

 

「時間がない。早く言われた通りにしろ」

 

 若干の苛立ちを滲ませる織斑先生に怯えて皆そそくさと退散。廊下から聞こえてくる皆の足音が徐々に遠ざかっていき、再び静まり返った部屋となる。

 誰も口を開こうとしないのは織斑先生が皆が出ていった襖をずっと睨んでいたからだ。まさかそこまで怒っているとは。

 

「さて……そろそろいいか?」

「大丈ぶいっ」

「やれやれ、ラウラに感謝だな」

「「「?」」」

 

 やがてさっきまで睨んでいたのが嘘のようないつもの口調で織斑先生が訊ね、明るく束さんが応えた。顔の横に置かれたダブルピースが眩しい。

 そのやり取りがどういう意味か分からず、俺達は揃って首を傾げているとこちらに向き直った。

 

「すまなかったな。まず最初に言っておくが櫻井と篠ノ之は行かせるつもりはない。ここで待機だ」

「お、俺は!?」

「相手が相手だから戦力は欲しいが強制はしない。判断はお前に任せる」

「うぐっ、一番困るやつ……」

 

 呼ばれなかった事への焦りから訊ねるととんでもないカウンターを貰ったようだ。黙り込んだ一夏を尻目に俺も訊ねる事に。

 

「……何故俺も待機なんですか?」

「馬鹿者。病み上がりを出す訳がないだろう」

「なら何で私と春人をここに?」

「束がサインを出したからな。その情報共有のためだ」

「…………サイン?」

『え、サイン?』

 

 そんなものいつの間に出していたのかと一夏と箒に視線で訊ねてみるも、返ってくるのは二人とも分からなかったと首を横に振る否定的なもの。反応からしてミコトも同じようだし、分かったのは織斑先生だけのようだ。

 

「ああ。内容は盗聴されている、だ」

「と、盗聴っ!?」

「…………そうなんですか?」

「まぁ、あくまで可能性だけどねー。それにしてもちーちゃんがあれ覚えてくれててすっごく嬉しいよ!」

「あんな馬鹿みたいなサインを忘れる方が難しい」

「そう言わずにー。あんなに可愛いんだから気付いたらちーちゃんもやっていいんだよ?」

「安心しろ。絶対にやらん」

「……どんなサインなんですか?」

 

 サインの内容も驚きだったが、それ以上に心底嫌そうな顔で強く否定する姿を見ているとどんなサインか余計に気になる。

 そんな素朴な疑問に束さんが実演で以て俺達に教えてくれた。

 

「うーさぎ、うさぎっ」

「「『あぁ……』」」

 

 ああ、これ織斑先生は絶対やらないだろうなぁ……。

 

「とにかく、お前達は束が大丈夫だと判断したやつらだ」

「他にもまーちゃんとうっちゃん、ほんちゃんがいたんだけどね。皆のお手伝いして欲しかったからあっちに行ってもらっちゃった」

 

 束さんの呼び方からして山田先生と虚さんと本音は大丈夫のようだ。それ以外のメンバーは可能性があったと。

 

「それに関してはお前に任せる。で、一夏はどうする」

「えっ?」

「来るか、来ないか」

 

 出来れば来ないで欲しい。言わずとも伝わってくる織斑先生の思いは俺でも分かってしまうほどだ。姉弟である一夏にそれが分からないはずがない。

 

「俺は行くよ」

「そうか……」

 

 だがそれでも一夏は行くと決断し、織斑先生もそれ以上何も言わない。

 だがお互いの胸中にある思いは片や安心させようと眩しい笑顔で、もう片方はもしもを思って少し曇った表情と言葉で交わすよりも雄弁に語られていた。

 

『春人はどうするの?』

 

 決まってる。

 

「……俺も行きます」

「ダメだ。さっきも言ったがお前は病み上がりなんだ。大人しくしていろ」

「……知り合いなんです。お願いします」

「春人……」

 

 どうしてもと頭を下げて懇願する。何を言われても良いと言うまで動くつもりはなかった。思うところがあるのか隣にいる箒から視線を感じる。

 

「ちーちゃん、何を言ってもはるくんは行くよ。なら最初から連れていった方がいいと思う」

「……確かに。仕方ない、来るのはいいが無茶はするなよ」

「……ありがとうございます」

 

 束さんからの援護もあって渋々だが同行を許可してもらえた。漸く上げた頭をまた深々と下げて気持ちを伝える。

 その時、こちらを見ていた箒が束さんへと顔を向けた。俺を見ていた時の心配そうな表情から覚悟を決めた表情に変えて。

 

「姉さん。さっきのプレゼント、やっぱり貰っていいか?」

「勿論、オッケーだよ! 第一次移行なんて直ぐ終わらせるからこっち来て!」

「お願いします」

「あいつも行くのか。はぁ……勝手にしろ」

 

 外に出るや簡易的なラボが現れ、そこに設置されていた紅のIS、紅椿に箒が乗り込む。

 かつて俺や一夏がやった時はそれなりの時間を擁した第一次移行も、束さんが直接入力していく事でものの数分で終わらせてしまった。自動よりも遥かに早い手動なんて初めて見たかもしれない。

 

「前見た時と比べて随分早かったな……」

「事前に箒ちゃんのデータを入れといたからね。修正するだけだからよゆーよゆー」

 

 先程までなかった手首に巻かれた赤い紐と一対の金と銀の鈴を確かめるように箒はそっと触れた。あれが紅椿の待機状態なんだろう。

 束さんが最新鋭と言ったISだ。現状のどのISよりも優れていて安全なのだろう。だがそれでももしもという不安は拭いきれない。

 

「……箒、もし危ないと思ったら呼べ。駆け付ける」

 

 言ってから大層な事を口にしたと後悔した。端から見ると先に専用機を貰っていたからと変な先輩風を吹かせているようだ。打鉄の搭乗時間も考えると俺と大きな差はないというのに。

 

「ああ、信じてる」

 

 それでも箒はその事には触れず、ただ短くそう言ってくれた。曇りのない笑顔を向けて信じてると言われたのならちゃんと応えないとな。

 

 さて、結局ここにいる面々が行く事となり改めてどうするかが話題となる。

 

「束、櫻井の専用機はどれくらいで完成する?」

「急ぐけど大体二時間くらいかなー」

「あてに出来そうにないな……仕方ない」

 

 ならばと束さんがキーボードで打ち込んでいる傍ら空間ウィンドウにマップが表示され、そこに六つの赤い点が出現する。

 点は大まかに二つと四つに別れており、恐らくその四つが俺達、そして残りが銀の福音と元カノことゴーレムなのだろう。

 

「あいつ相手にまともに戦うのは得策ではない。そこで一撃離脱の作戦を行う」

 

 織斑先生が操作すると四つの点から二つが離れて、もう片方のグループに向かっていく。

 

「ファーストアタックは織斑と櫻井のペア。櫻井のISに掴まって高速で接近、織斑の『零落白夜』で対象に仕掛ける」

「あの、もし避けられたら?」

 

 恐る恐る一夏が手をあげて発言した。以前の戦闘から有効だと認識しているのもあってそれで倒せなかったらと考えているのだろう。

 

「当てる必要はない。これはゴーレムと福音の距離を空けるための所謂威嚇だ。やつもお前には警戒しているだろうから当たればラッキーぐらいでいい」

「なるほど……」

「櫻井はそのまま旋回して離脱の準備に入れ。福音のパイロットに伝えるのを忘れるなよ」

「……了解しました」

 

 俺と一夏を表している赤い点が銀の福音達の間を抜けるように離脱していき、残り二つが別れた片方に追って迫る。

 

「セカンドアタック、これは私と篠ノ之の担当だ。篠ノ之に捕まって接近した私が追撃を加える。スペックを見たが、紅椿の性能なら短時間で充分離脱準備は整う。慌てなくていい」

「はいっ」

 

 俺がここでは離脱する準備が間に合わず、捕まる可能性が高い。だからこそ二手目に紅椿の高性能を生かすために箒を持ってきたのか。

 

「そして、最後は福音を含めた全員で離脱……何か質問は?」

「……追ってきたらどうしますか?」

「離脱体勢が整っていれば問題なく逃げれるはずだ。仮にそれでも追い掛けてくるようなら待機している専用機持ちと合流し、全員で一気に叩く。櫻井、篠ノ之が戦うとしたらそこだ」

 

 そこまで俺や箒は勿論、一夏もなるべく温存しておくと。

 

「ぅん? 結局皆で行くんですか?」

「他の連中は途中で待機だ。それにそうでもしないとあいつらの不満が爆発するだろう」

「あぁ……確かに」

 

 あの時も一応は下がってくれたがそれでも皆の不満はありありと見てとれた。比較的大人しく従っていた楯無さんでさえ例外ではない。

 それなら少しでも解消するようにした方がいいという事か。まぁそもそも向こうが追って来ないのが一番だけども。

 

 ともあれ、作戦も決まったのならあとは行くだけだ。イメトレしつつ、場所を移動する事に。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わってうつ伏せになった状態で背中に一夏を乗せて空を行く。ラファールのパッケージによって実装された変形機構によって得られた速力は迅速に現場へ向かわせる。ファイルスさん達がいる空域へ。

 その後ろを打鉄を纏った織斑先生を乗せて箒の紅椿がぴったりとついてくる。纏っている打鉄には俺のラファールに搭載していた幾つもの剣をパッケージのように装備させていた。武器と機動力確保のためらしい。

 一方、紅椿にパッケージはないが代わりに全身に展開装甲とかいう最新鋭の装備があるらしい。状況によってその用途を変化させるものらしく、おかげで紅椿にパッケージは必要ないとか。

 

 簡単に言えば換装なしでどの状況にも対応出来る。リアルタイムで目まぐるしく変わる状況に即時対応すると思えば凄まじいチートだ。

 

『マークストラトスもチートだよ』

 

 そうなのか? まぁ同じ束さん作のISだからそんなに不思議な事でもないか。ワンチャンザルヴァートルモデルだし。

 ちなみにどんな具合にチートなんだ? 

 

『未改造でも一番弱い武器の攻撃力が四〇〇〇越えてて、マップ兵器持ってて、全ての地形適応がSで、強化パーツ四つ付けられるよ』

 

 妄想レーバテインじゃねぇか。

 

《櫻井、聞こえるか?》

《……聞こえます》

 

 説明されたマークストラトスの嘘性能に呆れているとプライベートチャンネルで織斑先生が話し掛けてきた。

 

《一つ言っておく事がある》

《……はい》

《もしもあいつと戦う事になったのなら……その時だけでいい、優しさを捨てろ》

 

 何かとんでもない事を言われている気がする。しかもまるで意味が分からない。

 

《…………すみません、どういう事ですか?》

《そのままの意味だ。お前のその優しさは美徳だが、あいつと戦う上では不要だ。ただ倒す事だけを考えていればいい》

 

 思わず聞き返してみるが、再度同じ事を言われてしまうだけ。ただその声色から決して冗談とかではないのは分かった。そもそもこういう場面で言う人でもないが。

 ただ優しいつもりもないし、仮に優しかったとしてもそれ捨てただけでどうこうなるとは思えないんだけどな。

 

《…………善処します》

《まぁもしもの時だけだ。無理に突っ掛かる必要もないのは忘れるなよ》

《……了解です》

『春人、見えたよ!』

「見えたっ!!」

 

 ちょうど会話も終えたところでまずミコトが、続いて一夏が声をあげた。全員に緊張が走る。

 俺も遅れて『アルストロメリア』に備えられた高感度センサーで戦闘中のIS二機を捉えた。

 

 以前にも見たゴーレムと頭部から翼の生えた銀色のIS……銀の福音。

 近接戦に持ち込まれている銀の福音は回避に専念しているようだ。攻撃しても無駄だろうからそうしているのだろう。

 そしてあっちも距離を取ったら逃げられると思い、近接戦を仕掛けている。そこへ今から俺と一夏が割って入る訳だ。暴風吹き荒れる危険域へ。

 

「行くぞ!」

「ああ!!」

 

 最大速度で一気に接近。背中で一夏が『零楽白夜』をいつでも発動出来るように構える。

 織斑先生が言っていた威嚇でいいなんて言葉は何処へやら、自分の一刀で片を付けるという気概で臨むヒーローの姿がいた。

 

「来たか」

「っ、援軍!?」

 

 急接近する俺達に向こうも気付かぬはずがない。しかし、ここまで来たのならやる事は変わらない。

 

「よう、久し振────」

「でやぁぁぁ!!」

「おっとぉ!」

 

 戦闘中とは忘れて、こちらへ手を向けて気軽に挨拶しようとする元カノへ一夏による全力の袈裟斬り。

 直前まで俺による加速、そして瞬時加速をも加えた一撃は当たりこそしなかったものの、その脅威は充分伝わったようで後退させるのに成功。第一段階はクリア。

 

「くそっ!」

「これでいい、無理はするな!」

「分かってるよ!」

 

 俺の背に戻るや当たらなかった事へ悔しがる一夏だが予定通りだ。結果としては百点と言っていい。

 文字通り切り開いた道を通り抜け様、無理矢理救助対象であるファイルスさんの腕を掴んで更に距離を取る。

 

「離脱します! 準備を!」

「あなたは……ええ、分かったわ!」

『助けに来てくれたの? ありがとう!』

 

 短い言葉だったが充分伝わったようでこちらの手を離れて加速の準備へ入る。

 

『春人!』

「おいおい、随分素っ気ないな」

 

 緊迫した叫びに後方へ注意を向ければ、軽口を叩きながら追い掛けてくる元カノ。振りかぶった拳はこちらを捉えようとして。

 

「シッ!!」

 

 横から織斑先生の斬撃を浴びる事に。

 短く息を吐いて繰り出した一閃は俺が早朝の訓練でも見た事がないほど鋭く、速い。

 

「おお、久し振りだな織斑千冬」

「ちっ、やはりダメか」

「千冬さん!」

 

 それでも強固なシールドの前には例外足り得なかった。全く意に介さない様子で挨拶してくるのは織斑先生も舌打ちするほど。

 だが予想外の展開ではない。むしろ想定内と言っていいだろう。効かないと分かるや即座に織斑先生も箒に掴まって離脱準備に入る。第二段階クリア。

 

「全機、離脱しろ!」

 

 ここまでは順調だ。あとは肝心要の最後を飾るだけ。

 だが織斑先生の号令を合図にしたかのように海から無数の弾丸とそれに続いて数本のレーザーが放たれた。レーザーは曲がりくねって織斑先生へ襲い掛かる。セシリアに付き合って何度も見た偏向射撃だ。

 

「くっ!?」

「これは……!」

 

 海中からの攻撃により回避行動を取らされ、加速は中断。織斑先生も箒から離れて迎撃行動に。

 変形して避け、レーザーを切り払う。どちらも防ぎきったのと海面に水柱が立ったのは同時だった。

 

「織斑千冬と織斑一夏は私がやる。手を出すな」

「どうでもいい。櫻井春人以外は好きにしろ」

「はっ、そんなの一々選んでられっかよ」

 

 現れた蝶のようなISと蜘蛛のようなISは元カノの横に並び立つ。仲が良さそうとは決して言えないが、それでもこの三人の関係は一つしか言えなかった。

 

「…………仲間がいたんだな」

「利害の一致ってやつだ。仲間なんてもんじゃない」

「負けたやつが今更何の用だ」

「前回は遊び過ぎてみっともないところを見せたからな。その汚名返上ってとこだ」

 

 俺と織斑先生で話し掛けて隙を伺う。この間に逃げたいところだが、他二人がこちらを逃がそうとしてくれない。無理に逃げようものなら蜂の巣になるだろう。

 少なくとも救援は直ぐには来れないだろう。やはりジャミングされているらしく、通信が出来ない。だとしたら残された道は戦って隙を作るの一つだ。

 

「行くぞ。今回はちょっとだけ本気でやってやる」

「……こっちは最初から本気で行く。恨むなよ」

《Max Hazard on!》

「そちらにも協力してもらう。いいな」

「ブリュンヒルデの頼みとあれば」

 

 それぞれが武器を構えて対峙。数的にはこちらが有利だが、一切油断出来ない戦いが始まろうとしていた。

 






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