IS学園での物語 作:トッポの人
闇の力、お借り(ry
春人とゴーレムがぶつかり合う度に凄まじい轟音が聞こえてくる。はっきり言って同じISを使っているとは思えない。
「まじかよ……あいつと戦えるやつなんて初めて見たぜ」
「ぜぁっ!」
相手側からしても余程予想外だったのか、戦闘中にも関わらず蜘蛛のようなISに乗ったやつが呆けている隙を突いて刀を振り下ろした。
「なっ!?」
「ぐっ……あぶねぇな。ったく、お前もあいつら予備軍か?」
蜘蛛のようだと言った最大の理由である多脚に搭載されたブレード六本で力を完全に殺され、絡め取られると一気に無防備な姿へ。
手にしたマシンガンがゆっくり俺へと向けられる。蜘蛛の糸に引っ掛かった虫を補食すべく歩み寄るように。
「
「一夏!」
「うおっ!?」
箒の凛とした声と共に刺突と共に繰り出された無数の紅のレーザー。その降り注ぐレーザーの雨を掻い潜るように銀色の翼が羽ばたいた。
速い。速いのは春人で見慣れていたつもりだったが、あいつやゴーレムのように鋭利で直角的な動きじゃなく柔らかい曲線的な動きだ。楯無さんの動きに近いが、より精度が高い。
「何っ!?」
「弟くんは返して貰うわ。ブリュンヒルデが怖いもの」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまし……てっ!」
「ぐおっ!」
高機動型に恥じぬ速度による接近、そして離脱。おまけに離脱する際の蹴りで相手の体勢を崩して俺を取り返すという活躍ぶり。
それを可能にした一対の翼のような巨大なスラスターから光の羽が周囲にバラまかれる。
「げっ」
「まず一人「ちっ、世話の焼ける」あら」
銀の福音の確信を多方向からの曲がりくねったレーザーが打ち砕く。羽を撃ち抜き、目標に当たる手前で周囲の羽も巻き込んで大爆発を起こした。
だがそれは一瞬とはいえ目の前の相手を無視するに等しいもの。自分の相手が誰なのかを忘れている。眼前にまで近付いた鋭い斬撃が今の相手を存分に思い知らせる。
「くっ……!」
「隙を見せるとは私も甘く見られたものだな」
淡々とした口調で寸前で受け止めたナイフを刀で押し込んでいく千冬姉。そのまま真っ二つにせんと力を込める姿はもう余所見をする暇も与えない。
もう少しで押し切れる。そんな時だった。蝶のIS持ちが歪んだ笑みを浮かべたのは。
「貴様相手に何も考えずに見せると思うか?」
「「っ!」」
どういう事か問い掛けるよりも早く千冬姉が動いた。僅かに遅れて俺も続く。
セシリアのブルーティアーズに似たISは既にビットを展開しており、先ほどはそれが銀の福音の羽を撃ち落とした。それらの銃口が今度は全て一人に向けられる。この中で一番慣れていないであろう箒たった一人へと。
「シッ!」
「だぁぁぁっ!」
「一夏、千冬さん!」
放たれた六本の光を俺と千冬姉が切り払う。寸前で間に合った。偏向射撃を使わない真っ直ぐなもので助かったが、何故使わなかったのか。
疑問は続くライフルの一撃が教えてくれた。不意を突く一撃だったが打鉄に装備されていた大剣の柄部分からエネルギーシールドが展開されて、ありったけの殺意を込められた一撃は霧散していく。
「甘いか」
「あいつ……!」
あの蝶のISは千冬姉が最初からの狙いだったのだ。箒も、きっと俺も隙を作らせるための餌に過ぎない。
卑怯な手と自分が至らない事実に腹が立ち、相手を睨み付ける。向こうもそれに気付いたものの、こちらの怒りを煽るように口元を歪めて問い掛けた。
「ふん、そんなに卑怯だったか?」
「いいや。お前の底が知れただけだ」
俺に対して言ったはずの言葉を千冬姉が遮る。そんなもの全く意に介していないと余裕たっぷりかつしっかりとしたお返しだ。目には目を、歯には歯を、挑発には挑発を以て。
視線の先にいる口元しか見えない少女が今度は苦虫を噛み潰したようなものへと変わり、元からあった殺気が更に膨れ上がる。さっきよりも苛烈な攻撃のは容易に想像出来た。
同時に駆け出した俺と元カノがこれまた同時に右腕を振りかぶる。狙いは言うまでもなく、真正面にいる相手。引き絞られた弓矢のように精一杯力を溜め、そして。
『せー……のっ!』
「ふんっ!!」
間合いに入った瞬間、放たれた互いの拳がぶつかり、辺りに響き渡る轟音。拳を突き出した姿勢のまま、押し切ろうとするも微動だにしない。
「はははっ! いいぞ、そいつと戦ってみたかった!」
「ちっ……!」
それどころかこっちは必死こいてやっているのに対して向こうは高笑いしている。
さっき言っていたちょっとだけ本気というのは本当なんだろう。少なくともウサギさんの力も借りているこの状態でも押し負けるのは確かだ。
「それなら!」
一度離れて勢いを付けて再度接近。今度は左の拳を振りかぶる。
「何度やろうと……!」
同じだ。そう言おうとしたんだろう。確かにこのままでは左右が逆になっただけのやり直しだ。しかし今度は違う。
互いの拳が重なった瞬間、腕を畳む事で相手の拳を上方に受け流して接近する速度はそのままに肘打ちを叩き込む。
「むっ」
「陸奥圓明流、裏蛇破山朔光」
「おお」
技名も言って決まったはずの肘打ちも装甲に当たる直前、シールドによってその行く手を阻まれる。お返しとばかりに払い除けようとした右腕に逆らわず遠退いた。
ある程度予想はしていたがこのウサギさんと合体した形態でも破れないらしい。
「今の決まってたら大変な事になってるぞ」
「……決まってたらな」
「櫻井っ!」
声のした方、織斑先生が俺に向かって肩に装備していた大剣を投げてきた。何の打ち合わせもなかったが、とりあえず掴んで構える。
「そいつを使え! 元々その形態のための装備だ!」
「……了解」
この姿のための装備。同じ刀剣武器の『葵・改』は切り札であるブレードキックのためにとっておけという事か。一応、いつでも使えるように仕込んではいるがそもそもそれも通じるかどうかも分からない。はっきり言って自信なんてなかった。
『千冬もナターシャもちょっと厳しいみたいだよ』
ミコトの言葉で初めて皆の方へ意識を向けたが、確かに中々厳しい状況のようだ。
向こうは一夏と箒を狙う事で自分達に深入りさせないようにし、二人を守っている間に攻撃を加える。卑怯かもしれないが上手いやり方だ。
こちらも待機している皆が異常を察知して来てくれればいいが、そう甘い事も起こるはずがない。
自分達だけでどうにかしてこの場から脱出しないと。という訳で距離を取った上で受け取った大剣を両手で握り締めると大きく振りかぶる。
《……今から広範囲攻撃をします。避けてください》
《えっ、そういうの君も出来るの?》
《と、とにかく避けてください!》
どういう事か分からないファイルスさんが問い掛ける。他の皆は何かが来ると察知したらしい。
「ふんっ!!」
「「「……はぁ!?」」」
全力で振るった大剣によって発生した三日月型の飛ぶ斬撃。それを見たファイルスさんと敵二人の驚いた声が重なるも休む間もなく次の斬撃が続く。
名付けて下手な斬撃数飛ばしゃ当たる作戦です! 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十!
『斬撃は飛ばすものじゃないんですがそれは』
飛ばせるから飛ばす、それだけだ!
『えぇ……って、春人!』
斬撃の嵐が吹き荒れる中、元カノは当たろうが当たるまいが関係なく平然と突き進んでくる。
大剣のシールドを最大出力で展開、フルスイングしか知らないとばかりに繰り出した右腕を受け止めた。
「っ、ちっ!」
「せっかく来たんだ、そんなに急いで帰ろうとするなよ」
「歓迎されてないみたいだから帰るんだ、よっ!」
大剣を破壊せんと押し込んでいた右腕を身体を捻って後ろに受け流し、その勢いを利用して相手の脇腹付近目掛けて大剣による横一文字。
「そんなつもりはないんだがな。それと残念、またダメだ」
金属が何かを捉えた音を奏でるもそれは本体の手前のシールドでしかなかった。両手でやった、この一撃でも足りないとなるとやはりここは逃げるのがベストか。だがどうにかこいつを降りきらないと。
「だぁっ!」
その時、攻防を繰り広げる俺と元カノの間に見覚えのある白刃が振り下ろされた。
当たれば無事では済まない一撃に堪らず後ろへ下がる元カノ。そこで白刃の持ち主である一夏が対面した。零落白夜を発動させた刀で道を塞ぎ、俺の元へは行かせないと行動で示して。
「はぁ、またお前か……いい加減にしてくれ」
「こっちの台詞だ! 春人!」
「ああ!」
一夏が来てくれたおかげで漸く周りを見られた。さっきの俺の攻撃で少しだけ良い状況に傾いたらしく、逃げるなら今しかない。
「二人とも!」
「うおぉ!?」
「っ!」
既に加速準備を整えていたファイルスさんが通りすぎ様に俺達の腕を掴んで無理矢理この場から離脱させる。いきなりの出来事に驚くのも無理もなかった。
「っ、さすがに二人はきついわね……!」
『重いぃぃぃ……!』
苦悶の表情を浮かべながらこちらを掴むファイルスさん達からその表情と同じく苦しげな言葉が聞こえてくる。
二人も抱えているのだから当たり前だがやって来た時と比べて明らかに速度が落ちていた。これではその前に……。
「おいおい、逃げようとしてんじゃねぇよ!」
「逃がす訳ないだろ、なぁ?」
「またかよ!?」
『『うぇぇぇ……』』
「まずい……追い付かれる」
蜘蛛のIS、オータムと元カノが距離を詰めてくる。ミコトとファイルスさんのコアからうんざりしたような声が聞こえてきた。
頼りの織斑先生は向こうで箒を守りながら蝶のISと交戦している。かなりしつこく狙われているようで援軍は望めそうにない。
「……少し時間を稼いだら直ぐに追い掛けます」
「……ええ、分かったわ!」
「待てよ、俺も一緒に……!」
「あなたはこっちに来なさいっ」
そう告げると返事は聞かずに離れた。一夏も残ろうとしたが逃げるなら一人の方がいい。
そもそも一人では加速する時間が稼げないかと思うかもしれないが一応考えはある。出来るかどうかは別として。
「お前はあいつだ。いいな」
「へいへい、っと」
「行かせるか!」
「俺が行かせるんだよ」
「こんの……!」
カッコつけて迎撃に出たはいいものの、早速一人通してしまった。残ると知るや即座に向かってきた元カノがいたためでもあるが。相変わらずベッタリな元カノにさすがに嫌気がさしてくる。
『一夏達の速度が上がってない! 何かおかしいよ!』
言われて一夏達を見るがミコトの言う通り、速度が俺がいた時と変わらない。むしろ遅くなる一方だ。
何かあったのか。どうしようもなく言い様のない不安が募っていく。そんな様子を察知したのか、拳を押し込んで意識を強制的に向けさせるやつがいた。
「どうした、そんなにあいつが気になるか」
楽しげに訊いてくる声は能面のような顔がにやりと笑ったように見えた。
あいつ。目の前にいる元カノは一人を差して言った。俺が見ていた先には二人いたのに。
「気になるようだから教えてやる」
不安に心臓の鼓動が早まっていく。
「あいつ、もう死ぬぞ」
「死、ぬ────?」
時が止まったように思えた。周りの音も、早鐘のように鳴っていた心臓の鼓動も今は何処か遠くに感じる。
『春人、一夏が……!』
焦る声に恐る恐る一夏達の方へ視線を向けると一緒にいたファイルスさんに銀の福音が持つ唯一の武装が全砲門、一夏ただ一人に向けられていた。
何で、どうしてと思うより先にここに来る前に見たあの武装のスペックが頭を過る。一人に向けるにはあまりにも過剰な火力を。
織斑先生や箒も気付いたのだろう、ファイルスさんに攻撃しているが全く意に介さない。
一夏が、死ぬ。
「一番邪魔だと思っていたからな。ちょうどいい、ここで一緒に見て……」
「五月蝿い、退けぇ!!!」
「ぐっ、何だとっ!?」
抑え込むようにしていた手を払い除け、一撃を見舞うと今回初めてたたらを踏んだ。
だがそんなのは気にしてられない。今がチャンスだ。
「間に合え、間に合え……!」
瞬時加速を使い、手にした大剣も飛行形態にして全力で飛ぶもまだ届かない。砲門からは既に光が灯り、いつ攻撃してもおかしくない状況だ。
腕を抑えられている今の状態では一夏も反撃も何も出来ようがない。助かるには誰かが行かなくてはならなかった。どうする、どうすればいい。
と、突然ウサギさんとの合体状態が解けた。俺の前方で元の姿に戻ったウサギさんが空中で一夏の方へ後ろ足を向けている。
『春人、足場にして!』
「了解!」
装甲が外れて全力が出せる状態で足場があるなら間に合う!
「一夏ぁぁぁ!!」
「くそっ、何なんだよ……!?」
「La────」
銀の福音に両腕を掴まれたかと思えば砲口を向けられた。振り払おうにもとんでもない力で握られていて微動だにしない。
訳が分からず、抗議してもさっきまで普通に話せてたのに今は変な機械音声しか口にしなくなった。明らかに様子がさっきまでと違う。
「「一夏!!」」
千冬姉と箒の悲痛な声が耳に届く。ついさっきまであれだけ頼もしかった武器がこれほど恐ろしいものだとは思わなかった。
砲口に灯る光が輝きを増していく。ああ、これはさすがにダメだな。助かりそうにない。目を瞑って来るだろう痛みに備えると。
「一夏ぁぁぁ!!」
友達の声がした。直ぐ近くで。
驚いて目を開けると同時に衝撃が走る。そこにいたのは突如こっちに攻撃し始めた銀の福音に体当たりしている春人がいた。
拘束が緩んだのを見逃さず、春人はこっちに手を伸ばす。反射的にその手を掴もうとした瞬間、伸ばした手は俺の手を素通りして身体を突き飛ばした。
「春人……?」
どういう事か聞きたかった。何でそんな事をしたのかと。でもそれよりも口から出たのは目の前にいる友達の名前だった。
呼ばれた本人はろくに返事をせず、ほっとしたような柔らかな笑みを浮かべるだけ。それも襲ってきた銀の鐘による爆煙に包まれて見えなくなった。
「La────」
耳をつんざく爆発音。一度の一斉射撃だけ終えて銀の福音は距離を取り、また機械音声のような独特な声をあげる。
データでは連射も出来る攻撃なのに何故しなかったのか。ふと一つの答えが出てきた。もう攻撃する必要がなくなったから。そんな最悪な事態が頭に浮かび、血の気が引いた。
「お前、諦めただろ……」
「あ、あ……」
「諦めるなんて……らしくないぞヒーロー」
煙の先から聞き慣れた声にほっとしたが風に煽られて晴れた煙の先にあるその姿を見て言葉が出なかった。頭からは血を流し、全身はボロボロで見ているだけで痛々しい。
手にしていた大剣は辛うじて形を保っている程度で、展開していたシールドも不自然に消えた。ISもボロボロで消えるのも時間の問題だろう。
「春人、春人っ!」
「行かせるか!」
「くっ、無事なのか、櫻井!」
二人の呼び掛けに見向きもせず、静かに頷いて応える。もう口で言うのも辛いような状態なのかもしれない。少なくとも何かしら声を発して応えていたいつもとは違う対応に箒は何かを察知して泣きながら必死に呼び掛け続けている。
「なん、で……?」
何で俺を助けた。震える声で口にした。
全部言えなかったけど春人は何を言おうとしたのか分かったらしく、話すのも億劫な状態だというのにその理由を話した。
「友達、だからな……」
「っ……ああ、ああ!!」
初めてこいつの口からそう言ってくれた。俺を庇ってボロボロになった理由だから喜んではいけないのだとは分かっている。でも、それでも頬が緩むのは抑えられなかった。
そんな事を喜んでしまったせいだろうか。
「ぐっ!?」
「青臭い事してんじゃねぇよ……!」
「あ……!」
「櫻井!」
「春人!」
春人の脇腹にナイフが突き立てられたのは。背後にまで接近していたオータムがニヤリと笑う。
「このまま切り裂いて、っ!? な、何で動かねぇんだ!?」
突き立てたナイフを握り直して動かそうとした瞬間、オータムの動きが止まった。すかさずウサギ型のロボットが体当たり。体勢が崩れた。
「この……ウサギが!」
「うあああ!!!」
「ちっ、今度はてめぇか!」
悪態を吐こうとしたところへ大振りの一撃を振り下ろした。だがそんなのは当たるはずもない。
でもこれでよかった。少しでも早く春人から離れさせる事だ。
「大丈夫か、おい!?」
「……なん、とか」
途切れ途切れの言葉、肩で吐いている荒い息。本当に何とか生きているような状態だ。早くしないと取り返しのつかない事になる。
「…………ウイル、スか」
「ウイルス?」
肩を貸して移動しようとした時、春人が絞り出すように言った。こちらの呟きに対し、ぐったりと何も反応せずに荒い息をするだけ。気にはなるが今はそれよりこいつの身体の方が優先だ。
そんな焦る気持ちに応えるかのように空から幾つもの光が降り注いだ。銀の福音を含めた敵全員へ向けて。
「何だ!?」
「あっぶねぇ!」
「んん……?」
「あれは……!」
放たれる光を追っていくと今まで戦っていたゴーレムと同型のが五機いた。前にも似たような事があったが何で同士討ちしてるんだ。
だがこれはチャンスだ。逃げるなら今しかない。相手はあの大出力のビームを避けるので精一杯のようだから尚更だ。
「一夏、離脱するぞ!」
「ああ!」
「箒、櫻井を頼む!」
「はい! 春人、大丈夫か……!」
この中で最も速い紅椿を持つ箒に春人を預ける。箒も腕の中にいる愛しい人に向けて必死に呼び掛けるも直ぐに中断された。一人の例外によって。
「色々予定は狂ったが……まぁいい。櫻井春人を置いていけ」
「貴様……!」
「そんなのするはずがないだろう!」
「そうか。なら力ずくになるな」
漸く合流した俺達の元へ降り注ぐビームの雨、いや、濁流を何もないように悠然と向かってくるそいつはとんでもない事を言い出した。
箒の当たり前の解答に動じる事なく、淡々と口にした。こちらが何と言おうが自信があったのだろう。過程が違うだけで結果は変わらないと。
後退る俺達の前に出た千冬姉が刀を構える。
「二人とも櫻井を連れて行け」
「千冬さんは……?」
「私はここで時間を稼ぐ」
「千冬姉を置いていける訳ないだろ!」
「行けと言っている!」
「嫌だ!」
嫌だ。また目の前で誰かが犠牲になるのはもう嫌だ。
《Ready Go! Hazard Finish!》
箒の腕を振り切って機械音声と共に春人が駆け出した。止める暇も、呼び掛ける暇さえもなく。
不意打ちで繰り出した飛び後ろ回し蹴りはゴーレムの前方に展開されたシールドに阻まれる。
「あああ!!」
「はぁぁぁ!!」
「頑張ってるみたいだが、最初に言ったろう」
続いて飛び出した千冬姉が加わるも防御する構えさえ取っておらず、まるで映画でも観賞するようにただ眺めていた。
「今回はちょっとだけ本気だ、ってな」
金属音と共に春人の足に装備された刀だけが砕けた。シールドに傷痕を残す事さえなく。
「っ、ちぃっ!!」
「うっ、何を!?」
だが春人にとっては想定内だったのか、即座に近くにいた千冬姉を引き寄せるとゴーレムのシールドを足場に俺達の元へ向かってくる。
「ぐっ……!」
「うっ……!」
「……わる、い」
全く減速しないで俺達二人を掴まえた際、襲ってくる衝撃に苦悶の声が漏れ出た。
普段とはかけ離れている酷く掠れた声で謝罪する姿はより一層弱々しく思わせる。
再度展開した装甲と専用パッケージによって傷の一部は隠せても流れる血は止められない。
「やめろ櫻井。もう大丈夫だ。これ以上は……!」
「…………そう、ですね」
やけに呆気なく了承したと思った。嫌な予感がする。
「…………あと、は頼み、ます」
「春人!!」
力なく落ちていくところを何とか受け止めたのと光が春人を包み、ISが格納されたのは同時だった。エネルギー切れ……そうであってほしい。決して展開出来なくなったとかではないと心から願った。
「おい、おい!!」
もう何も反応しない。話し掛けても、揺さぶっても反応しない。一気に青ざめた。もしかしてと最悪の事態が頭を過る。
「あ、ああ……!」
「しっかりしろ! 箒、櫻井を連れていけ! お前が一番速い!」
「はい!」
震える俺の腕から箒の腕に移ると空いた自分の手が目に映った。友人の血にまみれた手が語りかけてくる。
お前のせいだ、お前のせいで春人があんな事になったんだと。何も否定出来ない。初めて自分の無力さが恨めしかった。