IS学園での物語 作:トッポの人
駆け足!
春人が手術室に入ってどれだけ経っただろう。駆け込んだ病院で応対してくれた医者は春人の容態を見て血相を変えて直ぐ手配してくれた。
ISの搭乗者保護機能が働いているらしく、もしもそれがなければとっくに亡くなっていただろうと言っていた。それでも生死の境をさ迷っているとも。
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんは大丈夫だよね……?」
「大丈夫、大丈夫だ……」
「ええ、そうです。あの人が女性を泣かせるような事はいたしませんもの」
現在の春人を見てからずっと不安な表情で泣き続けるシャルロットを箒とセシリアが慰めている。そう言う二人も不安という感情を必死に押し殺しているのが見てとれた。
「セシリアちゃんの言う通りっ。あれだけ泣かれるの苦手なのに自分から泣かせるような事しないわよ」
「お姉ちゃん……」
「だから大丈夫。ね?」
無理して明るく振る舞う楯無さん。だが大丈夫だと簪に言い聞かせているのではなく、自分に言い聞かせているように見えた。
「一夏、大丈夫なの?」
「ああ……大丈夫」
いつの間にか隣にいた鈴が心配そうに声を掛けてきた。顔をあげて精一杯の笑顔で応えるも鈴の心配げな表情が晴れる事はなかった。
申し訳なさに周りへと視線を移せば腕を組み扉の前でラウラが静かに佇んでいた。今か今かと手術室が開くのを待っている。
「目標は移動していないようですが……織斑先生聞いてますか?」
「あ、ああ……すまない」
「いえ、こちらこそすみません……」
普段通りに見えていた千冬姉も動揺している。報告していた山田先生の話を右から左へと流していたようだ。
ここにいないが束さんや虚さん、のほほんさんも普段からは程遠いんだと思う。いつも一緒にいたんだから。
その時、待ち望んでいた手術室の扉が開いた。出てきた担当医の元へ全員駆け寄ると代表として千冬姉が訊ねる。
「どうですか……?」
「まだ意識は戻っていません。我々も全力を尽くしますが……」
「そう、ですか」
担当医の答えははっきりとは言わなかったが全員を悲しみのどん底に突き落とすには充分なもので、俺はその場に崩れ落ちた。
「俺の、せいだ……」
俺が弱かったから。俺に力がなかったから。そのせいで春人は俺を庇う事になって倒れて死に瀕している。
「違う、一夏のせいじゃないでしょ!」
無愛想で、何考えてるか分からない時もあった。でも、それでも誰かのために動けるやつだった。どんな目にあっても誰かに手を差し伸べるやつだった。
そんなあいつが何かしたのか。見ず知らずのやつに殺されるような事をあいつはしたのか。死ななくちゃいけない事をしたのか。
この三ヶ月間一緒にいたけど幾ら思い返しても見当たらない。なら何でだ。何で、何で。
幾ら問い掛けても答えは出ない。どうすれば分かる。そんな終わりの見えない自問自答に一筋の光が見えた気がした。
「目標は移動していないようです」
たしかに山田先生がそう言っていた。目標……あいつらの事だ。そうか、まだいるのか。そうか。
「一夏、ちょっと待ちなさい」
立ち上がって病院を出ようとしたら鈴に止められた。春人の容態に気を取られていた皆も言われてこちらへ一斉に顔を向ける。
「何処に行くつもりなのよ」
「決まってるだろ……もう一度行く」
「落ち着け。向こうは四人いるんだろう。お前一人で行けばどうなるか分からない訳でもないだろう」
「分かってる……でもただ知りたいだけなんだ……。頼む、行かせてくれ」
「一夏さん……」
そんな事は言われなくても分かってる。でも知りたい。春人がこんな目に遭う必要があったのか、その理由をどうしても。
「落ち着け。誰も一人で行かせるとは言っていないだろう」
「えっ?」
「今度は私達も行くわ。一夏くんだけに任せられないもの」
「っ……はい」
言われて振り返るとラウラだけじゃなく皆が目の前にまで来ていた。皆の頬に泣いているのを強引に拭ったような後が残っている。
俺がそうさせたんだとずきりと胸が痛んだ。でもこれは自業自得だ。俺が痛みに音をあげている資格なんてない。
「どうしたの一夏?」
「大丈夫だって」
また心配そうに鈴が話し掛けてくる。真っ直ぐ見られると大丈夫じゃないと気付かれそうで直ぐに顔を逸らした。
「皆で行こう」
と、それまで何も言わなかった千冬姉が口を開いた。大きな溜め息を吐いてこちらを見据える。
「……山田先生、あとはお願いします」
「え、織斑先生は?」
「教官?」
てっきり止めにはいるものだと思っていたから皆が驚きを隠せないでいる。ラウラなんて千冬姉への呼び方が昔のに戻っているほどだ。
「通信妨害がある以上現地での指揮が必要でしょう。それに引率者も必要ですから」
「りょ、了解しました」
それだけではなさそうだが言わないでおこう。ともかく心強い味方が出来たのは間違いない。
再び歩みを進めようとすれば今度は千冬姉が手で制してきた。まだ行かせてはくれないようだ。
「待て。行く前にあいつと話しておきたい」
「あいつ?」
誰かと答える代わりに目を向けた先を追い掛けていけば虚さんとのほほんさん、そして束さんがいた。
泣きながら来たようで虚さんは頬に涙が伝った跡が残っている。のほほんさんも普段と変わらないように見えるがいつもの明るい雰囲気がなりを潜めていた。唯一束さんだけが何も変わらない。
「話は聞いてたよー。そう思って色々済ませてたからね」
「櫻井の専用機は?」
「そっちもばっちりだよ!」
「なら話は早い。櫻井の専用機を渡せ」
親指を立てて完成を報告する束さんに早速本題に移った。千冬姉の要請に首をゆっくり横に振って答える。
「無理だよ。あれは完全にはるくん専用にしたからちーちゃんでもまともに動かせない」
何処となく不穏な空気が流れ始めた。千冬姉が苛立っているのが伝わってくる。周りで聞いている俺達の顔から血の気が引いていく。
きっと束さんも分かっているはずだけどいつもの明るい態度は変わらない。それどころかその怒りを煽るようにこう言った。
「それにもうはるくんが使ってるコアを搭載して渡しちゃった。あの子ははるくんにしか動かせないし、はるくんはあの子のおかげで今生きている。外したらどうなるかな?」
「っ、お前!」
燻り続けていたものが大火になるには充分過ぎた。千冬姉が胸ぐらを掴んで束さんに襲い掛かる。俺と山田先生、箒が慌てて止めに掛かるも三人がかりでやっと緩やかになるだけ。とんでもない力だ。
「み、皆、手伝ってくれ……!」
見た事ない千冬姉の姿に皆呆けていたがその言葉ではっとして加勢してくれた。
「千冬姉、落ち着いてくれ!」
「織斑先生、落ち着いてください……!」
「教官!」
「まだあいつを戦わせる気か! あれだけボロボロになって、まだ足りないのか!?」
「落ち着いて! っ、姉さんもやめろ!」
されるがままの束さんは決して視線を千冬姉から外さない。じっと見返し、真正面から怒りを受け止めて。
「違うよ」
そうして激情に身を任せた千冬姉とは反対に言い聞かせるように穏やかに束さんは話し始めた。
「私もそんなつもりはないよ。でも目が覚めたらはるくんは皆の元に行く。ならその時少しでも負担が軽くなるようにしてあげたい」
穏やかな口調は千冬姉の激情すら和らげる。掴む手はそのままだけど、逆を言えばそれだけで済んでいた。束さんなりの春人への思いが聞けたからか。
「……何故そう言える。目が覚める保証も、行く保証もないだろう」
「あるよ」
「何?」
今も意識不明の重体だ。俺達がこれから行く戦いの場に来るどころかまず今すぐ目覚める保証すらない。
しかし、束さんは即答した。保証ならばあると。千冬姉だけじゃない、この場にいる全員が一斉に食い付いた。
「だってはるくん馬鹿だもん」
そうして明かされた理由は何ともなものだった。全員が呆気にとられるのも束の間、直ぐにああ、と納得してしまう。
深い溜め息と共に怒りで強張っていた千冬姉の身体から徐々に力が抜けていく。
「……馬鹿は嫌いじゃなかったのか?」
「えへへ、例外もいたみたいっ」
あどけない笑みは千冬姉の怒りを完全に抜くには充分だったようで固く握られていた手が解かれた。
「根拠としては下らないし、お前らしくもない。が、納得はした」
「でしょ?」
「でしょじゃない。……すまなかった」
「いいよ。ちーちゃんなら怒るって思ってたし」
お互い笑みを浮かべるも分かっててやっていたのならもう少し上手くやって欲しいと思うのは俺だけだろうか。横を見ると止めに入った一同全員が疲れたような表情を浮かべていた。俺だけではないらしい。
「と、ところで銀の福音はどうするんですか?」
「オンラインだったらどうとでも出来るんだけどなぁ」
そんな流れを変えようと山田先生が口にした内容は確かに重要な話題だった。突如として裏切った銀の福音ではあるが今回の救助対象でもある。
珍しく難しそうな顔をして束さんがそれについて訊ねてきた。
「うーん……実際現場にいた三人から見てどうだったのかな?」
「そんな素振りなんてなかったのに突然だったな。あとは動きが機械的になったとしか言えん」
「こちらの呼び掛けにも反応しなかったので様子はおかしそうだったとしか……」
「うーん……いっくんは?」
「って言われても……」
二人の意見を聞いてますます難しそうにしだす束さん。俺にも話を聞きたいようだけど真新しい情報なんてない。
呼び掛けても反応しなかったし、変な機械音声でしか喋らないし。その時を思い出していってある事を思い出した。
「あっ」
「どうしたの、いっくん」
「そういえば春人がウイルスかって言ってたのを思い出して」
「ウイルス?」
言ったのは俺を庇ったあと。傷に障るからと深くは聞かなかったけど、思えば状況的にあれはおかしくなった銀の福音を指していたのかもしれない。
その時の状況も踏まえて話すとさっきまで難しそうにうんうん唸っていたのが嘘のように明るくなっていく。
「なら大丈夫そうだね!」
「「「?」」」
「おっけい、おっけい。作戦はこうだよ」
何か一人で納得した束さんに千冬姉も含めた皆が首を傾げるもそれらを無視して作戦内容が説明された。
教えられた空域は本当にさっき戦っていた場所と変わらない。
向かう途中、春人が庇ってくれた時を思い出すも今は悲しみに暮れる時じゃないと頭を振って無理矢理頭の隅に追いやった。
見えてきた敵の姿も撤退する前と変わらない。ただ銀の福音が呆然とこちらを見ているのは気のせいだろうか。
「よう、また来たか」
「一夏」
「分かってる」
到着した俺達を早速ゴーレムのやつが軽く手をあげて出迎える。その軽々しい態度に腹が立つがぐっと堪えるしかない。
こっちは俺と千冬姉、鈴、楯無さんの四人。見た目上の数では同じだが向こうは数をものともしないゴーレムがいる。他の皆は作戦の都合で別のところで待機しているからこいつと戦うのは後にしないと。
「どうしたんだ織斑千冬。さっきから俺を睨み付けて」
「…………」
「怒っているのか。そいつが拐われた時もそんなだったな」
そいつと指を指した先には俺がいた。薄々気付いていたけど千冬姉はこいつと前から会っていたのか。しかも俺が拐われた時に。
「だが困ったな。今回は見当もつかん」
わざとらしく腕を組んで悩む素振りを見せる。だがそれも直ぐに終わった。
「ああ────」
最初から分かっていたのだろう。大した時間も掛けずにこれまたわざとらしく今思い付いたと顔の部分をあげると能面のはずの顔がにやりと醜く歪むのが見えた気がした。
「お前の男でも死んだか?」
「このっ……!」
「一夏くん、落ち着いて」
こいつは今春人の事を言った。茶化しながら馬鹿にした。
怒りに震える程度で済んだ千冬姉と楯無さんと違って、俺は手で止められてなかったらそのまま突っ込んでいたのは間違いなかった。
「図星か。なら敵討ちにでも来たってところか。無駄な事を」
「やってみなきゃ分かんないじゃない」
「分かるから言ってるんだよ」
「あら、そうなの」
鈴の言葉に嘲笑うゴーレムにさっきの怒りを抑えて楯無さんがこれまた嘲笑うように返す。
「じゃあ、別に敵討ちが目的じゃない事も分かってた?」
「「っ!」」
言うや否や足元に広がる海から大きな水柱が立ち上がった。突然の出来事にオータムとエムが構えるも、それより早く紅のISが駆け抜ける。唯一反応した銀の福音を抱えて。
「頼んだ、箒!」
「任された!」
「La────」
機械音声が発せられる。何て言っているのかは分からないけど、銀の福音は何も抵抗せずただ運ばれていく。
暴走した原因がウイルスならばと束さんが考えた作戦はこうだった。最高性能の紅椿を潜ませておき、銀の福音を通信妨害の範囲外まで遠ざけて接触回線によるウイルスの除去を行う。ここにいない他の皆は抵抗されるのを予想して戦闘予定地点で待機していた。そして俺達はこいつらの足止めだ。
「ちっ!」
「させない!」
エムが持つ狙撃に特化した銃口がこの場を離れていく箒の背に向けられた。そうはさせないと楯無さんの槍から銃弾の雨が放たれる。
「邪魔をするか……!」
「貴方の相手はおねーさんよ。ちゃんとこっち見てなきゃ」
「いいだろう。まずはお前から相手してやる」
お返しとばかりに飛んで行くレーザーを水で防ぎながら激しい戦闘が始まった。
「なんだ、敵討ちが目的じゃないなら俺がここにいる理由もないな」
「待て。何処へ行くつもりだ」
俺達の後ろを通ろうとするゴーレムを千冬姉が手にした刀で行く手を遮る。怒気に加えて鋭い殺気が襲うも一切動じていない。気楽な態度は変わらないまま答えた。
「見舞いだよ。ああ言ったがまだ生きてるんだろう?」
「そうさせたやつを行かせる馬鹿が何処にいる」
「おいおい、俺はやってないだろ。それにこれでも心配してるんだぞ」
「黙れ。何と言おうと行かせるつもりはない」
軽口を叩くその態度が気に入らないと睨み付ける千冬姉を見てやっと気付いたようだった。
「なんだ、やっぱり敵討ちか。分かりにくい嘘はやめてくれ」
「あいつらは違うだけだ。私まで違うとは言っていないし、そもそもまだ生きているから敵討ちではない」
「じゃあなんだ」
構えた刀の切っ先が目の前の相手に向けられる。これが問いに対する答えだと。
「ただの憂さ晴らしだ」
言い終えると甲高い金属音が鳴り響く。元々無茶はしないという話だったがそんなつもりもなさそうだ。早く応援に行く必要がある。目の前にいるオータムを倒して。
「じゃあお前らの相手は俺か」
「聞きたい事がある」
「あ?」
だがその前にやる事があった。出発直前にラウラや楯無さんからはやめた方がいいと言われたけど、これが俺がここに来た目的だった。
「何で春人にあんな事したんだ?」
俺の問いに対峙したオータムの動きがぴたりと止まった。にやついていた表情が消え、視線が俺から外れる。
ずっと考えていた。それでも分からない。理由なんて幾ら探しても見当たらなくて我ながら馬鹿らしく思うけど直接行った本人に訊いてみた。
「……なんだお前。敵を殺すのにいちいち理由を求めんのか」
目の前にいるこいつの言ってる事が理解出来なかった。いや、したくなかった。でも言い方から出た答えは一つしかない。
「なかったのか……?」
「特にねぇよ」
特に、ない?
「あー、分かったよ。……邪魔だったから殺した。これでいいか?」
「邪魔だったから……?」
何だよ、それ……取って付けたようなそんな理由であいつは死ぬかもしれないのか。あいつはあんな目にあったのか。そんな理由で。
怒りが沸いた。そんな理由で人を傷付けるこいつらに。悔しかった。守れなかった自分の弱さが。
世の中にこんなやつらがいる。理不尽で悪意が人の形となったようなやつらが。だから理由もなく誰かが傷付いて、誰かが死ぬ。俺の仲間が、友達が、あいつが。
そうならないようにするにはどうすればいい。皆を守るためにはどうすればいい。
「もういい……」
「自分から聞いといて今度はなんだよ」
今度の悩みに対する答えは頭で理解するよりも早く口にしていた。
「もういい。死ね」
「一夏!?」
そうだ。こいつらが死んでいなくなればいい。別に殺したところで今倒れている春人に何かある訳じゃないのは分かってる。
でも今後こいつらが二度と同じ事をしないという保証もない。こいつらは存在してはいけないやつらだ。今ここで殺すのが皆を守る事に繋がる。
「いいぜ、お前! いい表情になってきたな!」
「喋るな。耳障りだ」
そんな俺を見てオータムは口元を醜く歪めた。理由を訊かれて鬱陶しそうにしていたのから一転して楽しそうに。見ていて不快でしかない。
「ちょっと落ち着いてよ!」
「一夏くん待ちなさい!」
「お前の理由は至極真っ当だ。外野なんか気にすんな、掛かってこいよ!」
不思議なもんだ。これから行おうとするのを味方である鈴と楯無さんが止めようとして、敵であるこいつが背中を押すような真似をするなんて。それが本当に気持ち悪い。
「喋るなって言ったろ。言われなくてもそうしてやる。鈴、他の皆を援護してくれ」
「一夏!」
一言だけ告げると制止の声を振り切ってオータムへ向けて加速。振り下ろした一刀を全ての手を使って受け止めると人を小馬鹿にした笑みを浮かべて口を開いた。
「なんだ、力任せになっただげっ!?」
「何度も言わせるな。さっきから一々五月蝿いんだよ」
油断したところへ左拳を顔面叩き込んだ。喋るのを強制的に中断させるのは成功したがそれだけだ。素手ではこいつの命には届かない。
「このっ……!?」
「面倒だな」
殴られた勢いに逆らわず、オータムは距離を取って射撃戦へ。何度も見た光景だ。避けるのは難しくもない。
だが相変わらずの問題として射撃戦になると近接しかない白式は何も出来なくなる。距離を詰めればいい話だけど時間が掛かる。他に二人もいるんだ。一人にそこまで割きたくない。
「……ん?」
そう考えた瞬間、異変が起きた。ISを展開する時の光が白式の左腕だけを包み、その形を変えていく。
光が収まると大きく指先が鋭い悪魔みたいな左腕が現れた。困惑する暇もなく、変わった腕の使い方が頭に入っていき自然と口元が緩んだ。
ああ、これは便利だ。
「くらえ」
「は、そんな……っ!」
新しい腕をオータムに向ける。掌から放たれた荷電粒子砲は眼前を通り過ぎ、言いかけた言葉を無理矢理呑み込ませた。
今までなかった武装に対応したのは凄いが足は止まった。それで充分だ。
「う、おっ!?」
「ちっ、かわしたか」
目の前まで接近して横に薙いだ『零落白夜』はこれまで見た中で最も強い輝きを放つ。
最大出力で振り下ろせばISもろともオータムを両断出来るだろう。事実、オータムのISの手首から先だけだったが何の抵抗もなく切断出来た。
「一夏、やめて!」
「うおおお!!」
頭上に掲げた刃を防ごうとオータムが声を荒げて接近してきた。自分から近付いてくるとは手間が省けた。最後くらいは人の役に立とうとして何よりだ。
「これで終わりだ……!」
「一夏!!」
再び聞こえてきた制止の声も聞かず、躊躇いなく振り下ろした。
「っ!? がふっ!」
だが振り下ろした一刀は片手一本であっさりと防がれた。勢いそのままに飛び込んできたオータムを受け止めると肺から強制的に空気が押し出される。
「へ、なんだよ。急に手加減か?」
そんなのするはずがない。俺は間違いなく全力で振り下ろした。今まで全ての手を使って防いでいたのに何で押し切れないんだ。ついさっきまで出来ていたのに何故。
「残念だったなぁ。お前が専用機に乗っていればもう少し結果が違っていただろうに」
「がっ、くっ……!」
「この、離しなさいよ!」
「っ、千冬姉!」
「おっと、行かせるかよ」
しかも悪い流れは続くもので離れたところで千冬姉がその細い首を巨大な手に鷲掴みにされていた。
鈴も助けようとしているが気にも止めていない。助けに行こうにもオータムがそうはさせないと邪魔をしてくる。
嫌だ。もう奪われるのは嫌だ。誰か、誰か助けてくれ。
「「「っ!!?」」」
戦いの最中というのも忘れて敵味方問わず全員が一斉にそちらへと顔を向ける。遠くから高速でISがやってくるのを検知したからだ。最悪の展開が過り、祈った俺に応えてくれようとしているかのように。
「なんだ、何がくる!?」
「速すぎる……本当にISなのか?」
検知したそれに対し、オータムとエムが最大級の警戒体勢を取り始めた。俺から離れて二人が合流する。
近付いてくるそれはデータで見た銀の福音や箒が乗っている紅椿よりも何よりも速く、この戦場へ接近してくる。思い当たるのは一人だけ。
「これって、もしかして!」
「あいつしかいないでしょ……!」
「そうよねぇ。他に心当たりがないもの」
薄暗い気持ちが支配していた俺の心を一筋の光が差した。他の二人も同じようで頬が緩むのを隠せない。
反応が近付くにつれてその光が徐々に大きくなり、そして姿が見えた時には薄暗い気持ちは全て吹き飛んでいた。
「来たか」
荒れ狂う風を引き連れて舞い降りた春人をゴーレムは歓迎しているようだった。たった一言だけでもその声色から喜びようがこちらにも伝わってくる。
「……織斑先生を離せ」
「そうだな、せっかくまた来てくれたんだ。そら、返してやるよ」
素直に言う事を聞いたかと思えば、手にしていた千冬姉を雑に投げ付けた。まるでゴミを投げ捨てるように。
だが予想していたのか春人は動じずに柔らかく受け止め、やり取りには何も問題なかったとばかりに語りかけた。
「……大丈夫ですか?」
「本当に、来たのか。馬鹿者が……」
「……すみません。あとで幾らでも謝ります」
決して浅くはない怪我だったにも関わらず、助けにきた春人へ怒る千冬姉を宥めながら俺のところへ近付く。
来てくれたのは嬉しいが俺を庇って出来た傷だ。誰よりも俺が気になる。
「春人、その、怪我は……?」
「…………とりあえず大丈夫だ」
「そうか……そうだよなっ」
いつもの様子で答える春人に笑みが溢れた。医者はああ言っていたが、何せこいつだ。普通だったら言っていた通りだったかもしれないけど、色々と規格外なこいつを常識に当てはめるのは難しかっただろう。
「……織斑先生を頼む」
「あ、ああ」
喜ぶのも束の間、横抱きにしていた千冬姉を受け取りつつ、改めて春人の専用機であるマークストラトスを見た。
砂浜で見せた時とサイズが明らかに違う。普通のISくらいだったはずなのに今は遥かに小さく、見たところ展開前の春人と身長は変わらないように見えた。
そこに背部に接続された二対四枚のウィングスラスターが目を引く。ISの全長と変わらない大きさのそれはそのまま機動力の高さを示している。
「…………一夏」
「お、おう」
怪我をしている千冬姉を見て春人が普段と変わらない淡々とした口調で問い掛けてきた。
「……他の皆は無事か?」
こちらの目を真っ直ぐ見て訊ねてきた内容は皆の心配。何ともこいつらしいと言えばこいつらしい。
ただ、箒達の事は正直分からなかった。未だ通信妨害されているからなのだが、何度もゴーレムと対峙した春人が今更それを知らないはずもないだろう。でも訊かれたら答えなきゃならない。
「多分、大丈夫だ」
「……そうか」
酷く曖昧な答え。でもそれで良かったのか、特段何か言うでもなく短い返事を告げると背後にいるゴーレム達へ向き直った。
「…………はぁ、そうか」
……やっぱり俺の解答に納得いってなかったのか。一度俺達を見て再びそうかと呟いた。深い溜め息も添えて。
「すー……はぁー……」
今度は深く息を吸って下を向いて肺の中の空気を限界まで吐き出す。何度か深呼吸を繰り返すと漸く整ったらしく、顔をあげてぽつりと呟いた。
「────そうか」
「「「っ!」」」
瞬間、春人の眼前にいたオータムとエムが僅かながら後退り、身構えた。戦いが始まって目に見えて狼狽えたのは今のが初めてかもしれない。
しかし、そうなったのは向こうだけではなかった。こちらもいつもと違う雰囲気の春人に背筋に冷たいものが走る。
ふと、以前箒から聞いた話を思い出した。その時とは全く違うがもしかしたら。
「はははっ、意外と薄情なんだな!! もっと何か言うと思っていたぞ!」
「…………薄情か。そうだな、俺もそう思う」
ただ一人、ゴーレムだけはいつもと変わらなかった。馬鹿笑いしているのを呆れて見ていた春人がやはり淡々と相槌を打つ。
「怒るのは良くないとさっき織斑千冬が証明してくれたからな。お前は違うようで良かったよ」
「……好きに言え」
「寒いな……」
「寒い? いや、えっ……?」
二人の話の最中、ぼそりと千冬姉が呟いた。もう一日の気温のピークは過ぎた夕暮れとはいえ初夏と呼ばれるこの時期に寒いと。
しかし、俺達がISを展開しているせいで分からなかったが、空間ウインドウに表示された周囲の外気温は氷点下を下回ろうとしていた。
「何よ、これ……」
「一体何が……」
「は、え?」
俺がそれに気を取られている間に皆が何かを見て一様に驚いていた。鈴が指で示した先を視線で追えば春人の直下の海が凍り始め、徐々にその範囲を広げているのだから無理もない。
「ならついでに好きにさせてもらおうか!」
言い終えると共にゴーレムが動き出した。振りかぶった右腕は目の前にいる春人に向けてではない。通り過ぎて俺達の方へ向かい、その圧倒的な暴力を叩き付けようとしている。
「止めるか、ならお前ごと……っ!?」
「……薄情なら何をしても見過ごすと思うか?」
「ぐっ!」
だがそれは春人によって防がれた。片手で拳を止められて尚押し切ってそのまま行こうとするゴーレムを逆に引き寄せる。
「いい加減にしろよ……!」
それだけ告げると来た方向へ押し返し、今度は春人が拳を固めた。呼応するかのように初めて耳にする機械音声が鳴り響く。
《Rising Impact!》
「はっ、そんなもんで……!」
「────」
やられるかとオータムが言おうとした時、直接対峙しているゴーレムは春人が拳を固めるのを見るや防御体勢に移った。多分、この場にいる誰よりも受け止める本人がこのままだとどうなるかを予感したんだろう。
そして、その予感は確かなものだった。
「なっ!?」
拳を叩き付けられたシールドは今までの強固さが嘘のようにあっさり破られ、その先にいるゴーレム本体をガードの上から殴りつける。そんなものは関係ないとでも言うかのように。
弾けるように飛んだゴーレムをオータムとエムは自身よりも後方へ吹き飛ばされていく様をただ唖然と見ているだけしか出来なかった。
「あいつのシールドを……破った……? 素手の一撃で……?」
あり得ないと言いたそうにエムが目の前で起きた事を口にした。この場にいる全員が似たような心境だったとは言うまでもない。
この状況を作った当人は何もない空間へジャブを放つ。ぼんっと小さな爆発音の後、ぽつりと呟いた。
「……遊び過ぎたな」
「そうでもないさ。今回はちょっと真面目にやってるんでな」
吹っ飛ばされた側なのにそれでも楽しそうに、嬉しそうな声でゴーレムは話す。それを春人が睨み付けた。
「……誰がお前の話をした」
「何?」
「……遊び過ぎたのは俺だ。お前じゃない」
普段なら言わないだろう言葉で挑発する姿に疑惑は確信に変わりつつあった。いや、もう間違いない。
「……次はちょっとだけ本気で行くぞ」
春人が怒ってる。
今回のミコトちゃん
『どやー!? うちの春人の本気どやー!?』
「……遊び過ぎたのは俺だ。お前じゃない」
『えっ』
「……次はちょっとだけ本気で行くぞ」
『ですよね、まだ本気じゃないもんね! 知ってた!』
次回は無双しますよい。