IS学園での物語   作:トッポの人

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お待たせ、待った?
(今年)初投稿です。


第68話

「……死に至る病がある。何か分かるか?」

「……恐怖だ」

「お前に恐怖を教えてやる……!」

 

 敵味方問わず、この場にいる全員が二人の戦いを見守っていた。いや、呆然としていたのが正しいかもしれない。

 

「おおおっ!!」

 

 雄叫びと共に振り上げられたゴーレムの右腕。何度も見た光景だ。叩き付けられれば、当たれば悲惨な事になるのは嫌というほど分かっている。それは現在の相手である春人とて例外ではない。

 

「ぐっ!」

 

 だがその剛腕を片手であっさりと受け止め、春人の拳が繰り出された。単純な力のみの一撃はシールドを破り、顔の部分に届いて攻撃を中断させる。体格から出るリーチの差なんて四枚のウイングスラスターから発せられる爆発的な加速力の前には関係なかった。

 ゴーレムも距離を詰められると予想していたのか、殴られながらも左手を固く握って次の攻撃に移ろうとしていた。少なくとも続く春人の右足刀が炸裂するまではそうだった。

 

「ちぃっ!」

 

 たたらを踏むも即座に体勢を立て直して今度は両腕を春人へ突き出すように構えた。腕部に搭載された砲口から迸る赤黒い稲妻。

 頭に過ったのは以前学園で襲ってきた時に見せた砲撃。学園のシールドを容易に破ったそれを放つつもりだ。

 

「っ……!」

 

 隣から思わず息を呑む音が聞こえた。砲口から放たれる光による光景を想像したからではない。

 その直前、無数の氷の刀がゴーレムの両腕に突き刺さったからだ。破られたシールドを再展開する前だったのだろう、あちこちから刃が貫き、反対側まで飛び出している痛々しい姿は震え上がらせるには充分だった。

 

「関係あると思うか?」

 

 だがそれを見てもゴーレムは動じない。どうなろうと構わないと赤黒い稲妻をより力強く迸らせる。

 対する春人はそんな状況にそぐわないほどゆっくり右手を翳したかと思えば掌に紫色の逆三角形が作られた。

 

「……ABRA(死に)────」

 

 呪文のような何かを言い掛けた瞬間、逆三角形から凄まじいほどのエネルギーと紫電が発生。

 

「────HADABRA(雷の洗礼を)

 

 続く言葉で逆三角形から発生した紫電が真っ直ぐ目標へと走る。ゴーレムから放たれた砲撃を一方的に打ち消して。

 

「ぬ、ぐっ!?」

「……逃がすか」

 

 寸前で迫り来る紫電を避けるも、そのまま無事で済むのは春人が許さない。

 手から発生した鎖状のエネルギーがゴーレムの身体を縛り付け、身動き出来ない状態にした。

 

「こんなもの……うおっ!」

 

 力ずくで抜け出そうとするも春人が手にした鎖でゴーレムを振り回し、先ほど出来上がった氷の大地に叩き付けられる。

 その勢いがどれだけだったのかを示すように決して小さくないクレーターが出来上がった。やられるのが自分だったらと想像さえしたくない。結果としては上々だろう。

 

 しかし、当の春人はそれだけで満足しなかった。

 

「おい、まさか……」

 

 上空にいる自分の元へ引き寄せると無言で頭部を掴み、一気に降下した。未だ身動き一つ出来ない状態のままで。

 何をされるのか予想はしたが全く抵抗出来ないゴーレムはされるがまま、さっきと同じところへ再び叩き付けられた。氷結の大地さえ砕き、海水が再び顔を覗かせる。

 

「……は、はははっ」

 

 しかし、それもほんの一瞬だけ。氷と海水が入り雑じる海面を再び凍結させ、春人はそこに降り立った。

 砕いた大地が二人の周囲を壁のように囲み、正面には今まさに自分をこんな目にあわせた相手。

 ようやく鎖から抜け出して立ち上がったゴーレムから笑いが込み上げて来るのも仕方ないだろう。敢えて口にしなくても充分伝わったのだから。

 

 逃げ場などないと、逃げる隙も与えないと。

 

「ぐ、おっ!?」

 

 距離を詰めて放たれる鋭い左のボディブロー。無言でゴーレムの巨体を持ち上げると次は上から右拳を叩き付けた。地面に弾む機械の身体をもう一度拳で叩き付け、仕上げに前蹴り。

 今度は地面じゃなく、氷の壁に叩き付けた春人は更に追い込むべく次の行動に移った。

 

「……イメージは最悪だが威力は折り紙付きだ」

「何だ、あれ……」

 

 足を広げ、腰を落とした際に足元に発生した円形の何か。蒼と白で彩られたそれは、ところどころの煌めく点が星々を、それらを繋ぐ線が描くのは星座を思わせる。

 高らかに響き渡る音楽に合わせて右足を中心に渦巻くその様が放つ圧力は並大抵のものではない。

 

「シッ!」

「ふんっ!!」

 

 それでも尚襲い掛かろうとするゴーレムを迎撃すべく春人が動いた。

 渦巻いていた星々は全て右足に収縮。一点に集中された力は暴力となって目の前の相手目掛けて中段蹴りと共に放たれる。それが腹部に命中するのと締めの機械音声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

 

《Galaxy Rising Impact!!》

 

 ギャラクシーライジング? 

 

 聞き覚えのある単語に内心首を傾げるも叩き付けた際に出来た氷の壁を貫き、遥か彼方まで漫画のように吹き飛ぶゴーレムを見て頬がひきつった。

 

「あいつが一方的にやられてる……? 嘘だろ?」

「動揺している場合か! 援護するぞ!」

「ちっ、分かったよ!」

 

 容赦なく攻め立てる春人についに二人が動き出す。

 対して情けない話、こちらは誰もが目の前の光景に呆けていた。今から追い掛けてももう間に合わないだろう。

 

「春人くんっ!」

「……大丈夫です」

 

 せめての助けと呼び掛けた楯無さんはおろか、背後や側面から襲い掛かる危機にも一切目を向けず、ただ目の前にいる相手を見据える。

 僅かな意識さえ向けていないようにも見えた。それでも楯無さんに反応したのは名前を呼ばれたから。危険を知らせる叫びがそれ以外だったらこちらにも反応しなかったかもしれない。

 

 近付くと同時にその幾つもある手にナイフと銃を構えるオータムと一瞬の隙も逃さないとライフル越しに狙い始めたエム、更に今まで相手にしていたゴーレムと三対一という不利な状況に対してそれはあまりにも愚行だろう。

 

 でも何故だろうか。それでも今の春人なら本当に大丈夫だと思えてしまうのは。

 

「……邪魔をするな」

 

 ハイパーセンサーのおかげで嫌でも視界に入ってくる二人に対して鬱陶しそうに呟いた時だった。

 四枚のウイングスラスターが広げられ、近付いていたオータムの動きがぴたりと止まり……いや、違う。オータムだけじゃない。春人の周囲がまるで切り抜かれた一枚の画像のように止まっている。春人も、ゴーレムも、何もかも。

 

「そんなもの……なっ!?」

 

 そうしてエムが放ったレーザーさえも停止した。どうやら春人の半径十メートル以内に入ると問答無用でそうなるらしい。やんわりとその性質を理解していった時、切り抜かれた空間から何かが勢いよく飛び出した。

 

「えっ……えっ!?」

 

 鈴が思わず二度見したのも仕方ないだろう。飛び出したのは春人とゴーレムだが先ほどの空間にもまだ二人の姿は残っている。だが不思議なのはこれだけじゃなかった。

 

「……何でいねぇんだ!? って、うおっ!?」

「オータム!」

 

 どうなっているのかと首を傾げていると途端にオータムが再び動き出した。その場に残っていた二人も消えている。更にはオータムが動けたのもほんの僅かな間で海面から伸びる氷に捕らわれ、さっきとはまた別の理由で動けなくなるはめに。

 

「何だあれは……」

 

 続く不可解な現象に千冬姉でさえも困惑している中、俺達の前に通信ウインドウが開かれた。恐らく唯一この状況を説明出来る人物からの。

 

《やぁやぁやぁ! そっちはどうだい?》

「束さん? 何で通信が……?」

《まぁ、妨害する余裕がなくなって来たんだろうねぇ……うわっすごっ》

 

 通信妨害がいつの間にか解除されていたようだが、未だ為す術もなくピンボールのようにあちこちに弾かれるゴーレムを見ていると余裕がなくなったという言葉に嫌でも納得してしまう。

 

「ちょうどいい。あれはなんだ。どうなっているのか説明しろ」

《しょうがないにゃあ……いいよ。束さんが教えてあげよう!》

 

 あれと示した先、千冬姉は切り抜かれた空間を指して説明を促した。

 場違いとも言える間の抜けた声にも関わらず、これから明かされる謎に緊張が走り、ごくりと誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。

 

《────宇宙は時の概念を歪める》

「何を言っているんだお前」

 

 そうして明かされた真実への一言は何とも言い難いものだった。物凄い決め顔と声で言ったけど本当になんだそれ。

 

《ウラシマ効果ってあるでしょ? 簡単に言えばそれを再現しようとしたの》

 

 言われて記憶の片隅から引っ張り出してみる。たしか光速に近い速度を出したり、あと重力が変わったりすると時間の流れが変わるとかって話だったはずだ。

 

《で、すんごーく速くしようとしたんだけど……普通に耐えられないから今は無理なんだよねー》

「でしょうね……」

《そこで束さんは逆に考えました。そこまで速くなれないなら周りを遅くしちゃえばいいじゃないかって逆に考えました》

「「「えっ?」」」

 

 待て待て待て。ちょっと待ってくれ。

 いつも浮かべる明るい顔で束さんは話しているが、そこまで聞いて現実に起こったのと照らし合わせてみるととんでもない事になる。そして事実、次に話した内容はとんでもないものだった。

 

《マークストラトスが展開する《ジ・アイス》って特殊なフィールド内では全ての運動はゼロに近づいていく。勿論、本人は例外としてね》

「う、動きを強制的に止めるって事ですか?」

《まさかまさか。限りなくそれに近い状態にするってだけで止まってはいないよー。そんなの出来るなら負の無限熱量だって可能だろうしね》

「…………」

 

 楯無さんが言った内容にそこまでではないとすかさず訂正してきたが些細な問題だ。俺達からしてみれば最早誤差と言ってもいいだろう。絶句するのも無理もない。

 唖然とし、黙り込んだ俺達を見て束さんが困ったようにぼそりと呟いた。

 

《うーん、ちーちゃんには前もって言ってたんだけどね。そもそも勝負にならないって》

「……やり過ぎだ馬鹿者」

 

 怪我のせいか、束さんが言ったマークストラトスの秘密に唖然としてか、千冬姉が絞り出すような声で誰もここまでとは思わないだろう。

 

「あいつも櫻井と同じ土俵に立てないのか」

《立ってはいるんじゃない? ただ相手の土俵まではるくんが降りてきてるって感じだけど》

 

 それは土俵に立ってるって言えるのか……? 

 どちらにせよ停止する対象がレーザーも例外ではないとなれば最早勝つのは不可能だ。いや、どれだけの数がいようとも戦いにすらならないかもしれない。

 

《おやおや。おやおやおやー?》

「は、はい?」

《いっくん、いっくん。「えー、そんなの勝てないじゃーん。束さんヤベーイ、スゲーイ、マジパネーイ」って思ってる表情だよねそれは》

「いや、まぁそこまでは思ってないですけど……」

 

 と、悲観的になっていると束さんが全てお見通しだと言わんばかりにこちらの考えている事を捲し立ててくる。

 しかし、ほぼ当たっているが何かが違う気がする。図星だったせいであまり強く言えないが何かが違う気がする。

 

《勝てるかどうかは置いといて、同じ土俵に立つ手段なら意外と近くにあるかもよ?》

「それってどういう……」

「ふ、く、はははっ!!」

 

 遠くにいるはずなのに俺が問い掛けるのを遮るほどの馬鹿笑いが聞こえてきた。再び視線を二人の元へ。

 

「俺が、手も足も出ない……はははっ!」

「…………まだ足りないか」

 

 よろめきながらただ自分が圧倒されている状況にゴーレムは楽しげな笑い声をあげる。他の誰よりもこの状況を嬉しく思っているかのように。

 不快さを隠そうともせず、春人はそれならと構えを解いて自然体となった。何をする気だろう。

 

《Shining Jump!》

「……シャイニングジャンプ」

《Authorize》

 

 突然機械音声が鳴り、それに春人が続いた。今度は機械音声と共に先ほどとは違う軽快な音楽が流れる。

 

「……行くぞ」

《Progrise!》

 

 音楽が終わり、変化が現れた。ウイングスラスターの各部が展開されていき、そこから蒼白い光の粒子が盛れ出ていく。

 

《The rider kick increases the power by adding to brightness》

 

 流暢な英語が流れる傍ら、漏れ出ていた光の粒子が二対四枚のウイングスラスターそれぞれに覆い被さるように集まり、光の翼を形成。元々小型とはいえ機体の全長ほどあった機械の翼は普通サイズのISでさえ優に覆えるほどの大きさのエネルギーの翼となった。

 

《When I shine,darkness fades》

「さぁ、それで次はどうなる!?」

「今度は届かせる……!」

 

 吠えるゴーレムとエムから再度放たれたビームとレーザー。だが二人の攻撃はやはり春人には届かない。さっきとは異なる方法で防がれた。

 

「翼で、ぐはっ!?」

「……邪魔をするなと言った」

 

 異なる方法とは今出現した光翼による防御。照射されているビームは包み込むようにしている一枚の翼を破壊どころか押し込む事も出来ない。

 エムの放ったレーザーに至っては翼が羽ばたく仕草で叩き落とされてしまった。予想外の手段であっさり迎撃されてしまい、思わず動きが止まった。その隙をついでとばかりに伸びた光翼がエムをはたき落とす。

 

「あれは?」

《見たところ展開装甲の流れを汲んだ翼みたいだね》

「見たところって束さんが作ったんじゃないですか?」

《そうだけど、外見だけじゃなく中身も大分変わってるよ。もう私の知るマークストラトスじゃないだろうねぇ》

 

 確かに砂浜で見た時と大分変化しているが開発者の束さんにそこまで言わせるなんて。

 

「あの、そもそも展開装甲って……?」

《おお、そういえば言ってなかったね!》

 

 恐る恐る手を上げて鈴が質問した。言われてみれば聞き覚えのない言葉だ。色々目移りする情報がありすぎて取りこぼしてしまっていた。

 

《展開装甲とはパッケージ換装をせずとも必要な状況に即時対応出来る万能装備なのさ! 所謂第四世代ってやつ?》

「第、四……」

 

 今束さんが言ったのはたしか世界が机上の空論として思い描いている第四世代の話だと授業で言っていた。現実は未だその一歩手前である第三世代のデータ収集の段階でしかないとも。

 先ほどよりも衝撃は少ないが、それでもまた皆を絶句させるのには充分。再び訪れた静寂を破ったのはこの空に響き渡る轟音だった。相当な速度で強引に突き進んだからか、春人が動いた後に光の軌跡のようなのが僅かに残っている。

 

「ちぃっ……!」

 

 殴られっぱなしは性に合わないとゴーレムが腕を振りかぶった瞬間、それよりも早く春人の拳が再び顔を捉えて吹き飛んだ。

 物言わずただゆっくり近付く春人の姿に末恐ろしいものを感じる。かと思えばまた光の軌跡を残して一気に接近、今度は飛び蹴りが炸裂した。

 

 そこからはさっきよりも一方的な攻撃が始まった。ただただゴーレムが殴られ、蹴られて吹き飛ばされるだけ。時折何もしない妙な間はあくがすぐに再開。そうすればまた一方的な展開だ。

 

 そんなあいつの戦いぶりを見て千冬姉がぽつりと呟いた。

 

「……あれは本当に櫻井か? 随分えげつない戦い方をする」

「えげつない……?」

《んー? あー……なるほどねー……》

 

 確かに一方的に攻撃して一切の反撃も許さないような状況ではあるが、それならさっきからそうだった。今更言うのは少しおかしい。

 束さんは言われて分かったみたいだが、俺を含む他の皆もそうとは限らない。代表して楯無さんが問い掛けた。

 

「どういう事ですか?」

「簡単に言うぞ。相手が行動しようとした瞬間に攻撃して行動を潰している……それが今あいつがやっている事だ」

 

 はい? 

 

《しかも特に何か機能を使っている訳じゃないね》

「えっ、ええっ?」

「だろうな。少なくともさっきのは使っていないようだ。周囲に変化がない」

 

 補足説明が入り驚く楯無さんを尻目に一人納得する千冬姉。

 さっき言ってた《ジ・アイス》を使えば如何に相手が先に動こうと確実に先手が取れるとは思う。だが使っていないとあってはまるで話が変わって、途端に限りなく不可能に近い事になる。今も目の前で実行している一人を除いて。

 

「見てからなのか勘なのか分からんが、完全に相手の動きに反応して攻撃している。はっきり言って神業だ」

《多分降参とか土下座しようとしてもダメだろうね。その前に攻撃される……はるくんは止まらないよ》

「それは……」

 

 続きを鈴は口にしなかったがそう考えると確かにえげつない。

 何もしなければ無害。しかし、僅かでも動こうものなら直ぐ様嵐のような暴力が襲い掛かり、その行動を封じる。たとえそれが降参や謝罪だったとしても。

 

「でもあいつがそんな……」

「信じられないだろうが事実だ」

 

 戦う寸前に見せた春人の怒りは本物だった。普段大人しい人が怒るのは本当にやばいんだな。もうあいつの怒りという嵐が過ぎ去るのを大人しく待つしかない。

 

「…………飽きたな」

 

 そう呟いて嵐は突如として収まった。飽きたという何とも自分勝手な理由で。

 

「何……?」

「……サービスだ。避けないから全力の一撃を叩き込んでこい」

「なめられたものだな!」

 

 さっさとしろと手招き促す春人にゴーレムは両手を天にかざし、球体状のエネルギーを作り始める。全てを呑み込むような真っ黒な球体を。

 手から供給され大きさを増していく黒の光球はあっという間にISを呑み込めるほどの大きさにまで成長した。

 

「……それで勝てると思っているのか?」

「まともに食らえば勝てるだろうな!」

 

 並のISでは直撃すれば一堪りもない一撃。春人はそれを一笑に付した。

 ゴーレムの自信も分かる。あれは仮に防御が取り柄のISがいたとしても防げないだろう。あっさり破られてそれで終わりだ。

 

「……無理だな。その程度では俺には勝てない。だから────」

 

 しかし、春人は断言する。そんな並のISと比べられても困ると。

 だからと続けるあいつの口元はニヤリとそれまでの退屈そうな表情から一転、悪役のような笑みを浮かべた。

 

「────俺が力を貸してやる」

 

 まるで味方にするような提案を口にして。

 

「お前……!?」

 

 距離を詰めた春人はゴーレムの右腕を捻りあげる。すると収まっていた光球へのエネルギー供給が再開。いや、強制的に再開させているのか。

 供給されるエネルギーを元に光球はより大きくなっていくも、肝心の制御する側が既に限界まで達しているらしくゴーレムの身体中から火花が飛び散る。

 

「……どうした。勝ちたいんじゃないのか」

 

 それでも止まらない。目の前で鳴る数々のエラー音や火花が散ろうとお構い無し。むしろ必死に制御しようとしているその様を情けないとでも言いたげに更に続けていく。

 

「────、────!!?」

「……気張れよ。皆そのぐらいやったんだ。まさかお前だけ出来ないとは言わないよな?」

 

 ノイズやらエラー音で最早何を言っているのか分からないゴーレムへ語りかけるのをやめない春人。それに応えたのか空いていたゴーレムの腕がついに動いた。

 

「……やっとか」

「な、める、なよ……!」

「……いいからさっさと来い」

 

 振り払うように動いた腕を後ろに退いて回避した春人へノイズ混じりの精一杯の強がりが送られる。しかし、送られた本人はそんなのどうでもいいと再び手を招いた。

 だが球体を見るとどうでもいいとはとても言える状態ではない。二回り以上大きくなった光球は大きさだけじゃなく、力強さもそれまでよりずっと増している。正直な話、何であんなに余裕でいられるのか分からないほどだ。

 

「お望み通りになぁ!」

「春人!」

「……大丈夫だ」

 

 こちらの不安もよそに光球が放たれた。しかも春人は右腕を突き出したまま動く気配がない。本当に避けるつもりはないんだ。

 やがて伸ばしていた右手が光球に触れる、そんな時だった。春人が動いたのは。

 

「フェニックスウイング」

 

 掲げていた右手を高速で叩き付けたかと思えば光球の軌道がまるっきり変わってしまった。具体的にはそれまでの進行方向とは全く反対側へ……つまりゴーレムの方へと。

 

「な、に?」

「「「は???」」」

「……避けないとは言ったが何もしないとは言っていない」

 

 信じられない光景に全員が唖然としてしまう中で、放った本人であるゴーレムだけはそういう訳にはいかない。あまりにも予想外の事が起きたせいで動揺して避ける時間がなくなってしまったのだから。

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁっ!!」

 

 直撃しても激情で何とか持ちこたえるも負荷が掛かりすぎて各部からまた火花が散っている。

 

「うおおおあああっ!!」

 

 持ち前の強固なシールドのおかげか、以前は春人に有利に立っていたというプライドか、とにかく返ってきた光球を上空へと逸らすのに成功。春人のように相手に再び返すのは出来なかったが、それでも撃破ではなく損傷で済む辺りあいつも並のISではない証だろう。

 

 しかし、戦う相手が悪かった。

 

「なっ!?」

 

 必死の思いで上空へ逸らしたというのにそうはさせないと遮るものがあった。

 光輝く翼。春人の背から伸びた二枚の翼が光球を上から抑え込み、そのままゴーレムへ。さながらバスケでダンクを決めるかのように叩き込み、今度こそ為す術もなく呑み込まれると同時に大爆発が起きた。

 

「────」

「…………なんだ。意外と残ったな」

 

 爆煙が晴れて現れたのは半身がほぼなくなり、中身が剥き出しでノイズと砂嵐のような音しか発しなくなったゴーレムだった。破片も残らないかと思っていたのは春人も同様で

 

「だがこれで終わりだ……!」

《Bit Rise》

 

 もう満足に動けもしない、息も絶え絶えな様子の相手に指を一本ずつ折り曲げながら近付く。右手をエネルギーの光に包みながら。

 

「いいか、もしまた皆の前に来てみろ」

《Byte Rise》

「何度だって同じ目にあわせてやる……!」

《Kilo Rise》

「分かったら二度とその姿を見せるなっ!!」

《Mega Rise!》

 

 脅しにも似た警告と機械音声が鳴る度にその右手は輝きを増していく。言葉通りどんどんエネルギーが上乗せされているらしく、似たような攻撃だった先刻の蹴りとは最早比較にならない。

 

「────!!」

「消えろっ!!」

《Shining Mega Impact!!》

 

 輝く固く握り締められた拳から放たれた右ストレートは残っていた全てを破片と化して戦いは幕を閉じた。

 本当に束さんの言う通り勝負にもならなかった。圧勝。これ以上にこの結果を表現したのはないだろう。

 

「…………ふぅ」

 

 溜め息一つ溢して光翼を仕舞った春人からさっきまであった近寄りがたいほどの怒気は完全に消えている。

 いつもの春人だと喜んで近付いてみて初めて滝のような汗を流しているのに気が付いた。

 

「どうしたんだよ、その汗」

「…………病み上がりだったからな。さすがに少し疲れた」

「あ、ああ、そっか」

 

 そういえば怪我人でもあったけど、病み上がりでもあったんだよな。さっきの戦いぶりでは微塵も感じさせなかったからすっかり忘れてた。

 

 ────本当にそれだけなのか? 

 

「そう、だよな……」

 

 考えてみればおかしい事だらけだった。幾ら怒っているとはいえ、あんな脅すような言動をしたりするようなやつだったか。ヒーローらしからぬ戦いをするようなやつだったか。

 いや、ここに来た時に大丈夫だと言っていたんだ。俺は友達を疑うのか。大丈夫だ、大丈夫。そう言い聞かせるも一瞬過った不安はどんどん大きくなっていく。

 

「なぁ、大丈夫なんだよな?」

 

 それを拭うべく再度訊ねた。ただいつものように淡々と大丈夫だと言って、俺が感じたこの悪い予感は気のせいなんだと否定して欲しくて。

 

「っ、あんた」

「……あとは任せる」

《えっ、は、はるくん!?》

 

 俺の質問も目つきを鋭くさせて何かを言おうとした鈴も無視して春人は箒が飛んでいった方へと去っていく。荒れ狂う風をその場に残してあっという間に彼方へ消えてしまった。

 

「一夏、あの馬鹿追っ掛けなさい!!」

「り、鈴ちゃん?」

「この中だと一番速いんだから早く!」

 

 怒鳴りつけてくる鈴を見てより一層不安は強まる。何でかなんて聞きたくなかった。でも何故だろう、聞きたくない言葉ほどすんなり耳に通ってしまうのは。

 

「あんたも気付いてんでしょ!? あいつ大丈夫じゃないのよ!」

 

 大丈夫じゃ、ない? 

 いや、そんな事はない。だってあいつ自身が大丈夫だって言ってたんだ。だから……。

 

「一夏、行け」

《いっくん、お願い!》

「千冬姉……束さん……」

「震えて今にも泣きそうなやつに支えられるほど私も弱っていない」

 

 頭だけが違うと必死に否定しているだけで、恐怖で震えるこの身体は既に分かっているのだろう。あいつが嘘を吐いている事を。この後どうなってしまうのかを。

 

「行ってこい。友達なんだろう」

「ああ……ああ!!」

 

 千冬姉に背中を押されてこの場を後にした。白式の限界速度で空を飛んでいるのにこんなに遅く感じるのは初めてだ。早く、早く、早く! 

 

《いっくんが何をしたいのか、どうしたいのか。それだけを考えて!》

「俺が何をしたいのかって言われても……!」

《そうすれば白式も応えてくれるから!》

 

 珍しく焦っている束さんが語りかけてくるも今の状態でそう言われても困る。そんなの考える暇もない。とにかく早く春人のところへ行かないと! 




マークストラトスギャラクシーライジングホッパー誕生(嘘)

ちなみに何でギャラクシーなのかと言われればギャラクシー担当の人の技使ったからです。

この後の予定はあと二話くらいでこの流れ終わって、その終わりにのほほんさん灼熱の時が来るはず……

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