IS学園での物語 作:トッポの人
「触ればいいのなら銀の福音に対する攻撃は威嚇や牽制程度にしないか? 無闇に傷付ける必要もないだろう」
銀の福音に対してウイルスの除去を行うと決まり、チーム分けが決まったあとでそんな提案をしたのはラウラだった。
接触回線で除去を行う関係上、確かに無駄に攻撃する必要はない。だがまさかの人物からの意外な提案に全員が目を丸くして驚いていると、首を忙しなく動かして皆の表情を伺うラウラは不思議そうに問い掛けた。
「む。なんだ、皆そんな顔して」
「いや、何と言うか……」
「う、うん、その……」
「ラウラって、作戦成功のためなら多少の犠牲はやむを得ない! って言うタイプだと思ってたからね」
「全く同じ意見ですわ」
「何でだ!?」
私や簪が何と言おうか悩んでいたところにシャルロットとセシリアのストレートな意見で今度はラウラが驚いていた。いや、ショックを受けていたのが正しいか。
確かに意外な言葉だったが、誰と一緒にいたのか考えると変わるのも当然だったのかもしれない。くすくすと楽しそうに笑う簪が確信を持ってその答えを口にした。
「春人に感化されたんだよね」
「ふんっ、嫁に影響されて何が悪い」
「ごめんごめん。でも悪いなんて言うはずないよ」
「ええ、ラウラさんが言わなければわたくしが提案してましたもの」
不貞腐れてそっぽを向かれてしまったが悪いと言うはずがない。というよりここにいる全員があいつに影響されているのだ。皆が同じ事を考えていたのは当然だろう。
「大変だろうけどね」
「うん。間違いなく大変」
「だがやってやるさ。それだけの価値はある」
「はぁ……わたくし達ってば春人さんに染まりつつありますわね」
「そうだな。そうした責任は取って貰わないとな」
皆が笑って頷く。同じ人を好きになったという奇妙な縁はこれからもずっと続くのだろう。この奇妙な縁を繋いでくれたあいつに感謝して、元気になったあいつにちゃんと責任を取ってもらうんだ。
一夏達があの場に残って引き止めてくれていたため、銀の福音を何とか皆のところへ連れて来た。追っ手が来てないのを見るとまず最初の作戦は成功だろう。次の作戦に移る。
しかし、ここに来るまでは大人しかったのに急に暴れ出してしまった。何でかなんて考える暇なんてない。目の前の事に集中しなければ。
ここからはスピード勝負だ。早くウイルスを除去して一夏達の戦いに銀の福音も加勢してもらう。それで全部終わらせて皆で春人のところに帰るんだ。
「追い付けない……!」
「La────」
「箒、無茶しないで!」
「しかし!」
だがそう全てが上手くいく訳じゃなかった。近付こうにも銀の福音の特殊装備が厄介だ。作られる弾幕もそうだが、何より単純に追い付けない。
正確には追い付けない訳じゃなかった。触れられないのだ。紅椿なら速度では勝っているが、肝心の乗り手である私が技術面では到底及ばないから近付く事は出来てものらりくらりとかわされて触らせない。
「援護する。簪、セシリア、合わせろ!」
「了解!」
「お任せください!」
ならばとこの場で指揮官を務めているラウラの指示に二人が応える。
まずラウラが目標の進行方向に砲撃。相手の速度を緩め、その隙を簪のミサイルとセシリアの構えた大型ライフルによるレーザーが目標へと殺到した。
「La────」
逃げられないと判断したらしく、迎撃すべく頭の羽を機動から攻撃に移った銀の福音の目の前でミサイルが爆発した。他でもないセシリアの屈折するレーザーによって。
ビットから放つレーザーと同じBTエネルギーを使っているとかでそういった芸当も出来るとか。何にせよ、次々とミサイルを撃ち抜いて銀の福音の周囲は爆煙で覆われた。皆が作ってくれたこの機を逃すはずがない。
「箒っ!」
「ああっ!」
爆煙に乗じてシャルロットと一気に接近。今度こそ、と近付く私達に構わず銀の福音はその翼を羽ばたかせた。
何て事はない、迎撃対象をミサイルから私達に変更しただけなのだ。もしかしたら最初から刃向かう全てを対象としていたのかもしれない。
「ここは僕に任せて!」
シャルロットが私の前に出る。迫り来る数多の羽をものともせずに。
誰も何もいない、目の前の空間を対象に超大型のパイルバンカーを打ち込んだ。
あの羽がどういったものかよく知っている者からすればとても愚かな行為だろう。そうでなくても何もないところに打ち込むのは理解に苦しむものだ。迫り来る驚異を前にして自ら隙を晒すのだから。
だが、この杭はただの杭ではなかった。
杭の先から散布されるISのエネルギーに対してのみ有害な毒は迫り来る驚異にその牙を剥いた。展開された毒は白い羽に触れるや否やあっという間に黒に染め上げて塵と化していき、触れる前に風に流され消えていく。
「箒、そこ気を付けてね!」
「ああ、助かる!」
触れればたとえシャルロット自身であろうと牙を剥く。その代わりに与えた力は銀の福音に対して絶対的な力を有していた。
おかげで今、私の目の前に道が開けた。全員が全員それぞれが持つ役割を果たしてくれたからだ。なら残る私も自分の役割を果たさなければならない。
「漸く捕まえたっ!! 姉さんっ!」
《う、うん!》
「La────」
飛び込んでついに捕まえた銀の福音はそれまでと変わらず機械音声を鳴らす。同時に全員に向けていた頭の羽を私一人に向けた。幾ら暴れても離れようとしない私を全力で落とすつもりだろう。しかし、離れるつもりなどなかった。
「春人はお前を助けようとした!」
今も病院で寝ているだろう春人は目の前にいるISを助けるべく向かった。自身の体調なんて二の次にして。
万全の体調だったのなら、あんな事が起きなければ、私がもっと紅椿を使いこなせれば、そんな考えが幾つも過る。だが、そうして訪れてしまった不幸をあいつの優しさのせいになんてしたくない。無駄にはさせない。
「だから私もお前を助ける! お前にこれ以上誰かを傷付けるような事はさせない!」
「────」
春人の名前を出したらピクリと反応をみせた。引き剥がそうと抵抗していたのもやめて再び大人しくなる。
それに反して紅椿が私の願いに呼応するかのように金色に輝き始めた。無茶をして減らされたシールドエネルギーが回復していく。
姉さんが最高級だと言った性能を持つ紅椿唯一の弱点である燃費の悪さ。展開装甲という万能の装備が持つ欠点が解消された。
「La────」
「紅椿っ!」
また暴れ出した銀の福音。頭部の羽を輝かせて、一度は収まりつつあった私一人への一斉射撃が始まった。
しかし、こちらはさっきまでと訳が違う。各部の展開装甲を防御に回してやれば発生するシールドは強固なものになる。これなら耐えられるはず。
「か、はっ……!」
そう思っていた矢先、一斉射撃に気を取らせて繰り出してきた腹部への膝蹴り。不意を突かれた一撃に肺から強制的に空気を絞り出され、その一瞬を狙って逃げ出されてしまった。全力の砲撃が来る。
《箒ちゃん逃げて!!》
「くっ……!」
「La────」
言われて何とか離れるものの性能の差を技術で埋められる。もう間に合わない。甲高い無機質な機械音声が鳴り、時間と共に光が強くなっていく。
「箒!」
皆もどうにかしようと近付いているが無理だ。幾ら撃たれても避ける気配がなかった。もう私達に攻撃を当てる意志がないと分かってしまったのだろう。当たらない攻撃など避ける必要がない。あとはゆっくりこちらに狙いを定めるだけ。
「春人……!」
展開したシールド部分に当たれば何も問題はない。それ以外を狙われたら、もしくは関係なく全身を狙われたらどうなるか。想像して襲って来るであろう痛みに瞼を閉じて、ここにはいない彼の名をつい呼んだ。
「くっ! ……ん?」
「「「あっ……!」」」
次の瞬間、予想通りやって来たけたたましい爆発音に身を竦めるも一向に痛みはやって来ない。
恐る恐る目を開けてみると澄み渡る青空に似た蒼白色の翼が後ろから私を包み込んで次々とやって来る羽を遮っていた。
「これは……?」
「Aaaa────!!!」
やがて銀の福音は射撃をやめ、それまで聞いた事もない獣のような叫び声をあげて距離を取った。まるでこの翼を持つものに怯えるかのように全速力で。
「……無事みたいだな。良かった」
「っ!?」
背後から声が聞こえた。ここにいるはずのない、待ち望んでいた愛しい人の声だ。そんな人の声を聞き間違えるはずがない。
でもその人の姿を見たくて、ハイパーセンサーで確認出来るのにその姿を確認しようと思わず振り向いて、思っていた人物がそこにいて視界が潤んだ。
「はる、と……?」
「……ああ」
相変わらず無愛想で素っ気ない返事だった。
少し腹が立ってしまう。こっちがどんな思いだったかも知らないで。どれだけ心配していたかも知らないで。もう少し何かあってもいいだろうに。
会えないと思っていた本人に会えて不満が次から次へと沸いてくる。でもそれ以上にここにいてくれる嬉しさや喜びが勝つのは惚れた弱味というやつだろうか。
「なんでここに……?」
「……言ったろう。呼べば駆け付ける」
「あっ……」
言われて最初にこの紅椿を受け取った時を思い出す。
ああ、確かにそう言っていた。危なくなったら呼べと。駆け付けると。専用機を貰ったばかりで実戦に挑む事になった私を心配して言ってくれたんだ。
「……まぁ、本当はたまたまだ。だから間に合って良かった」
「はぁ……正直に言わなければ格好良かったのにな……」
「…………元が元なんだ。諦めろ」
「ふふっ。諦めなくてもいいのに」
惚れた男にあんな劇的な登場されて夢見心地だったのに急に現実に戻された。夢を見せてくれたのが春人なら、現実に戻したのも春人だ。咎めた際に返ってきた言葉に吹き出してしまった。何ともこいつらしい。
と、そこで突然通信ウインドウが幾つも開かれた。
「二人とも戦闘中にイチャイチャしないでよ!!」
「見せられてるこちらの身にもなってください!!」
「べ、別にそんな事は……」
「春人、あとでお話ね」
「おい、夫を放っておくとはどういう事だ!?」
「……すみません」
全員とも決して小さくない怒りを見せている。激戦の最中で私一人いない状況だというのにさっきよりも格段に動きが良くなっていた。その証拠に春人に怯えて逃げようとした銀の福音は未だこの周辺に留まっている。
春人が戻ってきたからか、私への嫉妬か、どちらにせよ物凄い力と剣幕にたじたじになる私は春人と顔を見合わせて微笑んだ。
「春人、行こう」
「……ああ、向こうの面倒なのは片付けた」
「ならこっちも終わらせよう。皆で帰るんだ」
「…………そうだな」
「?」
いつもと変わらない返事だったはずなのに何故か少し気になった。
皆にあらぬ誤解を受けてしまったがあの会話で少しは休めた。箒には申し訳ないがこっちもかなりしんどかったので許して欲しい。そのおかげで何とか最後までやれるとは思うから。
『一夏もこっちに来てるよ! 大丈夫!』
あいつまじかよ。さっきも最後の方は何か気付いてたっぽいし、これは完全にバレたか。ポーカーフェイスには自信があったんだが落ちぶれたもんだ。
怪我をしたせいか、その後無茶をしたせいか、もしくはそのどっちもかは分からないが自分の身体だ、自分がよく分かっていた。手足の感覚も徐々に無くなってきている。俺は多分今日、というかもう間もなく死ぬだろう。
不思議なもので以前ゴーレムと戦った時よりもずっと死が身近に感じるのにそれよりも何もしないで皆が傷付く方が怖い。だからせめて死ぬ前に今回の大変そうなところを何とか終わらせようとした訳だ。そうすればあとは皆でどうにか出来る。
『死なせないから! 絶対死なせないから!』
おう、頼りにしてるよ相棒。
大丈夫、死なせない。今日だけで何度聞いた言葉だろうか。相棒から出てくる言葉は自身に言い聞かせているようにも思えた。
それにしても幼女の悲痛な叫びというのは聞いていて何とも言えない思いが込み上げてくる。俺は一体何してるんだろうな。
《はるくん……》
《……すみません。これが終わるまでは皆には内緒で》
《うん……》
プライベート通信に映る悲しそうな束さん。ミコトも束さんも俺が無理を言って誰にも言わないようにしてくれている。
こうでも口止めしておかないと皆は俺を止めようとするだろう。きっとそうする。今ここに一夏が来ようとしているように。
《皆、あと四〇%くらいだよ! 頑張って!》
「「「はい!」」」
「……了解です」
「Aaaaa────!!!」
気を取り直して束さんが皆にもう少しだと鼓舞して向かった時だった。再び銀の福音は獣のような咆哮をあげて羽を光らせ射撃を開始。幾つもある砲口を全て俺たった一人に向けて。
『来たばっかりだけど私達を一番警戒してるみたい!』
逃げられないと悟ったのだろう。向こうも必死の抵抗だ。だからといって怯まない。怯んでいる暇もない。
手早く終わらせるべく、シャイニングとかいうこの形態になってから発生した光翼を羽ばたかせ突撃した。
「嫁、そいつに触れてくれ! それだけでいい!!」
「分かってる!」
迫り来る羽を光翼で防ぎつつ、強引に接近していく。束さんが用意してくれた新しい専用機のおかげというのもあるが、何より皆が銀の福音の逃げ道を防いだおかげで容易に捕まえられた。
《はるくん、そのまま!》
「了解!」
体当たりするように抱き着くと四枚の光翼の内、二枚を『銀の鐘』からの射撃を防ぐべく翼を巻き付ける。
これで幾ら暴れようともう大丈夫。ゴーレムの砲撃だって防げたこの翼なら何も問題はない。そのはずだった。
「く、そっ……!」
俺の身体が限界を迎え始めるという問題を除いて。
目も霞む上に力も入らなくなってきた。それだけなら良かったが、更に不調を示すかのように光翼が消え、光の粒子が覆っていた機械のウイングスラスターが露になる。元のマークストラトスに戻ってしまった。
そんな俺の姿を見て異常だと察したのか、先ほどまでとはまた別の理由で皆が騒がしくなる。
「どうしたの春人!?」
《っ、もう限界だよ! はるくんお願いだから戻って!》
「姉さん、どういう事だ!?」
協力者の我慢の限界も迎えてしまった。遂に束さんも口を割り始める。否定したいが最早違うと否定を口にする事さえ出来ない。
最悪だ。事情を知って死にかけの俺を止めようと皆が近付いてくるだろう。銀の福音がそれをどう判断するか分からないが、間違いなく迎撃するはずだ。そうなったら今の俺にあの羽から皆を守る手段はなかった。
『お願い、一夏のところへ行って!』
「っ、あぁぁぁ!!!」
相棒の懇願も無視して弱っていく身体に喝を入れると、ウイングスラスターを噴かして銀の福音を連れて全速力でこの場を離れた。
だが今のマークストラトスの出力では銀の福音に抵抗されたら皆が近付こうとも追い付けない。だがその結果は万全の時と変わらなかった。この銀の翼が無抵抗だったからだ。
『俺の事はいい。そのコアの言う通りにして……!』
声が聞こえた。先日聞いた銀の福音のコアの声。以前聞いた時の陽気な声は鳴りを潜め、何処か焦っているように思える。
何でだよ。そうしたらお前はどうするんだ。せっかく皆が頑張ってここまで来たってのに!
『もういいんだ、俺の事は破壊すればいい! 今の君なら出来るだろ!?』
だから何でだよ……何でそんな事しなくちゃいけないんだ!
『俺は君を、君達を傷付けた!』
問い掛けにコアは吐き捨てるようにそう叫んだ。
『君は死にそうになったのもそうだ……謝って済む問題じゃない、許されない事をしたんだよ!』
操られているとはいえ自分が何をしたのか分かっているようだった。
やりたくもない事をやらされ、それを見させられていればこうも言いたくなるかもしれない。
「…………俺も皆を傷付けてた」
『えっ?』
こいつは昨日までの俺と同じだ。そんなつもりなんてないのに酷い事をしていた。
だから俺がこいつに教えてやらなくちゃならない。皆が俺にそんな事はないって教えてくれたように。
「……向こうは俺を友達だと思ってくれていたのに俺はそれを裏切っていた。傷付けてたんだ。でも皆許してくれた」
『っ、でも!』
「許されないって誰が決めた。そんなの自分で勝手にそう思ってるだけだろ。皆、俺を許してくれたいい人達だ。お前の事も許してくれる。俺はそう信じてる。だからお前も、皆を信じて……」
『春人!?』
最後まで言い切る前に離すつもりはないと必死に掴んでいるはずの手が自分の意思とは関係なくずり落ちていく。
どうやら本当に限界のようだ。視界もボヤけてるし、空から落ちているのに抗う事も出来なかった。これが死ぬって事なのか。
「嫌、だな……」
《────!?》
『────!!』
こうなるって分かっていたはずなのにいざ直面するとやはり怖い。せっかく友達が出来たのにお別れだなんて。
でももう何も出来なかった。誰かが通信ウインドウを開いて何か言っても近くにいるミコトの声さえも聞こえない。どんどん意識が遠退いていく……その時。
「春人っ!!!」
遠くからヒーローの声が聞こえた。
次だ……次で変な空気終わっていつものや……。