IS学園での物語 作:トッポの人
休みの日を勉強とトレーニング、それに加えて更識とアニメ観賞してたらあっという間にクラス代表決定戦当日。サラマンダーより速い。
ていうかガン×ソードめっちゃ面白かったんですけど。俺は何でリアルタイムで見てなかったんだ。あんなカッコいいの影響されちまうぜ……。
でもね、肝心の極意がなんだったのか全然分からないんですけど。単純にアニメ楽しんだだけなんですけど。更識も教えてくれなかったし。
「……はぁ」
さて、このアリーナは現在満員御礼。普段から訓練に使われていてもそこまで賑やかにならないのにだ。そう考えると満員にしている原因である俺と織斑の知名度は凄いなと感じる。
「おお、すげぇ人いるなぁ」
凄いと感じるから織斑、さっきから観客席の様子を見ようとするんじゃない。
お前が見る度に俺の視界にもその様子が入ってきてお腹が辛いんだ。いや、最早辛い通り越して痛い。助けてくれ。
「あ、あそこに本音がいたぞ」
「えっ? 何処だ?」
「ほら、ここだ」
織斑と箒は仲良くベンチに座って、空間ディスプレイに映るアリーナの様子を見ていた。
やれ、クラスの誰々がここにいたとかそんな話で大いに盛り上がっている。
何あれ、カップル? カップルなの?
何でカップルがここにいるの?
「この中でやるとなれば凄いプレッシャーだろうな」
「あんまり考えないようにしてたんだから言うなよ……」
「ふふっ、すまないな。でも――――」
「……ん?」
その時、俺は二人から少し離れたベンチに座って俯いていたのだが、視線を感じて顔を上げた。
するとやはりというべきか、織斑も箒もこちらを見ている。二人の視線と俺の視線が交差し、力強く頷いた。
「やはり春人はいつも通りのようだな」
「ああ、あいつプレッシャーとかとは無縁そうだもんなぁ」
えぇ……。どうしてそうなった。
前日の夜中までガン×ソードを見ていた弊害で眠くて仕方ない俺。だからこそ変に動かないで俯いていたのだが、それが間違っていたらしい。
おいおいおい、プレッシャーと無縁だと?
分かってないな、このカップルは。俺は無縁どころか運命の赤い糸で結ばれてるんだぜ。辛い。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「ん? 何だ?」
だが、こうして向こうから話すチャンスを作ってくれたので結果的に良かったのかもしれない。俺はこの一週間、ずっと感じていた疑問をぶつけて見る事に。
「……お前達は何故ここにいる? 俺が怖くないのか?」
不思議だった。こいつらがこうして俺に話し掛けてくるのが。
俺から話し掛けて来たのならともかく、織斑と箒、あとここにはいない更識と布仏と相川は向こうから話し掛けてくる。布仏は少し違う気もするけども。
そんな俺の質問に二人は目を瞬いて、お互いの顔を見て、少し間を置いてから答えた。
「えっ、怖くないけど?」
「は?」
何を言っているのかと言わんばかりに織斑はそう口にした。あっけらかんと。
あまりにあっさりと答えたもので俺も思わず間抜けな声を出してしまった。
「いや、まぁ正直最初はちょっと怖かったよ。でも最初だけだ」
「そうだな。それにお前が幾ら怖いからといって一緒にいてはいけないという事ではないだろう」
「……そうか」
二人の言葉に対してそれだけしか言えなかった。いや、分からなかったのだ。それ以外なんて言えばいいのかを。
何なんだろう、こいつらは。俺が今まで会った事もないタイプの人間だ。多分ここにはいないあの三人もそれに相当するのだろう。
言い方は悪いが、生きていれば珍しいやつらに会うものだ。人生ってのは何があるか分からないもんだね。
「それにしても俺の専用機は結局来なかったな」
「というか今日が期限なのにまだ来ていないではないか……」
「いや、本当にな……どうなってんだ?」
自分の考えに耽っているとそんな会話が聞こえてきた。たしか織斑の専用機は今日までには届く話だったはず。何があったのかは分からないが、どうやら不測の事態というやつらしい。
俺と織斑とオルコットの三人は一対一を三セット行う事になっている。織斑とオルコット、俺とオルコット、俺と織斑の順番だ。
つまり初戦は織斑が行かなくてはいけないのだが未だ機体がない。最悪訓練機を使うんだろうが、はてさて一体どうするんだろうか。
「さ、櫻井くーん!」
遠くからパタパタと足音を響かせてやって来たのは我らが副担任である山田先生。この一週間、怖がっているけど何度も聞きに行くという荒療治のおかげで俺への恐怖心も最初に比べて若干薄い。
酷い事をしたとは思っている。でもあれはしょうがなかったんだ。聞かないと分からなかったし。
「はぁ……はぁ……」
「二人ともいるな」
その逆に山田先生の後ろをゆっくりと織斑先生が歩いてきている。威風堂々たるその姿は貫禄ありすぎて俺が怖い。
そして良く通る声で織斑先生が切り出した。
「織斑の専用機がまだ来ない。かといって悠長に待つのもダメだ。ここの使用時間も限られているのでな。だから予定を変更する」
「しょ、初戦は櫻井くんとオルコットさんです!」
何て事はない、先生達が言ってきたのは極々当たり前の内容だった。織斑は準備出来ていないのだから、準備出来ている俺を先にやらせるだけ。
ですよねー。そうなりますよねー。プレッシャーが半端じゃないんですけど。トップバッターは嫌でござる。
「櫻井、行けるな?」
「……はい」
しかし、嫌だ嫌だと言っても織斑先生の言葉には即座に了承の返事をしてしまう。この人の問いは最早条件反射ではいと答えるようになっていた。
ISスーツに着替えて俺だけの翼になるラファールの元へ向かう。勿論、これからの事を考えて胃薬を飲んでからだ。絶対お腹痛くなるからね。
格納庫に着いて見れば、先程いた山田先生以外の面々が揃っていた。山田先生は織斑のISを受領すべく、何処かで待機中との事。
俺のISを用意してくれたのは山田先生らしいから是非ともお礼が言いたかったのだが、いないのでは仕方ない。
「来たか、これがお前の専用機だ」
「おお、黒だ」
「真っ黒だ……」
何か織斑と箒の台詞を繋げればK´の代表的な台詞が聞こえた気がするがまぁいい。
皆が向ける視線の先には言葉通り、真っ黒に染められたラファール・リヴァイヴの姿が。
これこそが俺が求めてやまなかった翼。憧れの空へ行くための俺の夢。それが今、目の前にある。気にしている余裕なんてない。
「……俺の翼……」
気付けば誘われるようにふらりふらりと歩き出していた。行き先は勿論、鎮座しているラファールへと。
目の前に着くとその身体にそっと触れて、目を閉じて心の中で呟いた。
この空を自由に飛ぶために、お前の翼を貸してくれ。まぁ今日は飛ぶだけじゃないんだけどさ、近い内に二人だけでこの空を楽しもう。何にも、誰にも邪魔されずに、俺達だけの空を。
「なっ……!?」
「えっ……!?」
織斑と箒が驚くのも無理もない。俺も思わず手を離したし、あの織斑先生でさえも目を見開いて驚いているほどだ。
それもそのはず、目の前のラファールが、誰もまだ乗っていないISが独りでに動き出したのだから。より人が乗りやすいように正座という形を取って。
まるで俺を歓迎しているかのようなラファールに再び触れた瞬間、不思議と頭にすんなり入ってくる声が聞こえてきた。
『乗れ、名人!』
誰だ、名人って。いや、乗れって言ってるから状況的に俺の事なんだろうけど。
誰が言ったのかは分からないが、とりあえず乗り込む事に。胸部の装甲が閉じるのが切っ掛けに各部の装甲が少しずつ変わっていく。本当に俺だけの専用機へと。
「これから初期化と最適化を行う。完了まで暫く待て」
「……了解」
初期化と最適化とは、初期化でこれまでの搭乗者で得たデータを消して、最適化で現在の搭乗者に特化させるのだ。本来なら訓練機では最適化まではやらないが、男性IS操縦者のデータ取りで許可が出たとの事。
この二つは最低でも三十分くらいは掛かるらしいが、これから念願の空へ行ける事を考えればこんな待ち時間は大した事じゃない。
それにしてもこの喜びはどう表現すればいいのか。と、その時、ふと頭にあるキャラクターが思い浮かんだ。今の俺の気持ちを見事に表している。これしかない。
ああ、会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!
『ガンダムじゃないよ!』
「…………織斑、何か言ったか?」
「えっ? 誰も何も言ってないぞ?」
「……そうか」
「???」
聞かれた織斑は俺が何を言っているのか分からないと首を傾げる。何やら変な声が聞こえた気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。試合への緊張と空への期待のせいか、変に興奮しているみたいだな。落ち着けという方が無理な話なんだが。
だから俺を支えて欲しいんだ。二人で空を飛ぶためにも……俺に力を貸してくれガンダム。
『力を貸すのはいいんだけど、ガンダムじゃないってば!』
「…………」
「う、ぅん? 何だ?」
「さっきから様子がおかしいがどうかしたのか?」
「……いや」
再度織斑を見るも、何の事か分からないらしく首を傾げるのみ。そんな俺を見て不思議に感じた箒も問い掛けてきた。第三者からすれば限りなく怪しいのは間違いない。
というかさっきから考えないようにしていたが、声が聞こえる。もしかしてこれが噂のダブルオーの声?
『ガンダムじゃねぇつってんだろ』
あ、すみません。
聞こえてくる幼女の言葉に思わず平謝り。どうやら俺は思った以上に興奮しているらしく、そのせいで幻聴が聞こえるようになっているようだ。しかも幼女の。何でやねん。
春人が乗り込んでいるISの初期化と最適化が進んでいく頃、改めてそのISを見た。
黒に染められただけのラファール・リヴァイヴは乗り手のせいか、まだ静かに佇んでいるだけなのに確かな存在感がある。きっと春人とこの上なく、合っているんだろうけど……。
「打鉄じゃないのかぁ……」
気付けば自分の考えをつい口にしていた。
中学生の頃、誘拐された俺を救ってくれた千冬姉のIS、暮桜。その後継機種である日本製のIS、打鉄はきっと似合うと思ったんだけどなぁ。
「……これを見ろ」
するとその呟きを聞いた春人がこちらへ空間ディスプレイを見せてくる。そこには武装欄と書いており、あるのはたった一つの項目だけ。
近接ブレード『葵』。日本の代表的な武器である刀の名前。本来なら打鉄の装備であるはずのものが何故ここに。いや、それよりも。
「何で刀だけなんだ?」
「む、本当だ」
「…………ん」
言われて箒も確認してみるが、やはり俺の見間違いではないらしい。
ラファール・リヴァイヴに限らず、打鉄だって銃は標準装備されている。だから装備をそっくりそのまま入れ替えた訳でもなさそうだ。
「それはこいつなりのお遊びだ」
「お、お遊び……?」
「ち、織斑先生、それってどういう……?」
思わず千冬姉って言いそうになった。何とか踏み留まったけど、出席簿を構えるのはやめてほしい。
それにしても相手が俺だけなら分かるけど、対戦相手はもう一人いて、しかも代表候補生。所謂エリートだ。
更に専用機を国から預かっていると考えるとその中でも選りすぐりなんだろう。そんな相手にお遊びだなんて……。
「大方私への当て付けといったところか」
言われて初日に春人がやっていた事を思い出した。
――――千冬姉への、ブリュンヒルデへの挑戦。
これから挑む相手が出来た事を自分も出来るのだという証明。そのためにこんな事を……。
「それにこいつ自らがこうしてくれと申請書に書いたのだからな。見てみろ」
そう言うと、千冬姉は春人が書いた申請書を見せてきた。確かに装備のところには直筆で『葵』としか書かれていない。
「何かの間違いじゃ……」
「そう思って確認したが、こいつはこれでいいと言ってな。いやいや、大したものだ」
「…………ふっ」
その時を思い出したのか、千冬姉はくつくつと笑う。釣られて春人も僅かに口角を上げて。実の弟である俺さえも分からない、強者同士のみが分かるだろう笑みはとても楽しそうだった。少しだけ羨ましい。
織斑が実は日本大好きだったらしく、俺のISが打鉄じゃないのかとがっかりしていた。
だから武器は日本の刀使ってるんやでと見せると予想外の事実が発覚。武器がそれしかない。どうしてこうなった。
更にはそれが織斑先生への当て付けにされている。どうしてこうなった。
申請書の武装欄って追加武装を書くだけじゃなかったのか。知らなかったぜ。思わず笑っちまったよ。
くそっ、あの時の織斑先生が聞いてきた。
「これでいいのか?」
ってそういう意味だったのかよ。内容をちゃんと言ってくれ。ろくに確認しないでそれでいいと言った俺も悪いんだけど。
『えぇ……この人、えぇ……?』
幻聴にも引かれる始末。どうしようもないね。
「春人……漢だな!」
「うむ、それでこそ日本男児だ!」
「まぁそうでなくてはな」
織斑と箒はまるで玩具を前にした子供のようにキラキラと輝かせた瞳でこちらを見て、織斑先生は当然だと目を閉じて何故か楽しげ。
何だこれ。どうなってんだ。俺がポカしただけだぞ。
とりあえず織斑と箒はその瞳で俺を見るのやめろ。その純真無垢な瞳は眩しすぎて辛い。
織斑先生は俺に何を求めているのか。対戦相手とかだったらきっとその内に良い相手に会えますので勘弁してください。
「さて、もうそろそろいいだろう。相手は待っているぞ」
言われてみると初期化と最適化が終わったというメッセージが出ていた。
それはつまり、記念すべき俺達の初陣を表している。
「……了解」
ゲート前まで歩くと前傾姿勢を取る。未だ閉じられたゲートを睨み付けるとレッドランプが点灯し――――
《マッテローヨ!》
「えっ?」
「む?」
何か変な機械音声が格納庫に響き渡った。同時に空気が凍り付いたのは言うまでもない。
いや、まじで何だこれ。明らかにラファールから聞こえるんだけど。
《マッテローヨ!》
「櫻井、何だそれは……?」
「……何でしょう」
眉間を揉みほぐすようにして、怒りを抑えている織斑先生からの質問は至極真っ当な内容。だが、聞かれても俺にも分からないのだから答えようがなかった。
「ふざけて――――」
《イッテイーヨ!》
「――――ほほう?」
織斑先生の台詞に被るようにして再び機械音声が。切り替わった機械音声はゲートの状態を言っているらしく、確かにもう開ききっている。
「ち、千冬姉、落ち着け! 時間がないんだろ!?」
「一夏の言う通りです、落ち着いてください!」
「……分かった。さっさと行ってこい」
「……了解」
織斑や箒の言う通り、時間がないと言っていた以上行かせるしかない訳で。二人が止めてくれたおかげで落ち着いたのかと思いきや。
「櫻井、試合が終わったら話がある。楽しみに待っていろ」
――――なるほど、試合が終わったら俺の人生が終わる訳ですね。分かります。
でも待ってください。僕は悪くないんです。本当です、信じてください。
『嘘つけ、春人! お前は一週間の謹慎だ!』
くっそ、この幻聴好き放題言ってきよる。何なんだ。
幻聴なんて気にせず、スラスターを吹かし始める。もう念願の空は目の前だ。高鳴る胸をどうにか抑えて、正面を見た。
それじゃあ、お決まりの台詞を言ってから行こうか。
「……櫻井春人、ラファール・リヴァイヴ――――」
『With私!』
誰だよ。
「出る!」
やはり幻聴は無視して言葉と共に俺は飛ぶ。
その先にある広大な青空を目指して。
ほんの少しの暗い道を抜ければ急に明るくなり、そして。
「ああ、綺麗だ……」
想像していた以上に綺麗な青空が広がっていた。思わず呟いた言葉は風に溶けて消える。
俺は今、この空にいる。たったそれだけで心が洗われていく気がした。
もっと近くで見たい。そう思って上昇するとある一定のところで見えない何かにぶつかった。
《何をしている。それはアリーナのシールドだ。その先には行けないぞ》
「……了解」
通信から織斑先生の声が聞こえてきて現実に戻される。何度かノックするように叩くがびくともしない。観客に危険が及ばないようにするのだから当然か。
ハイパーセンサーで得られた視界には俺達以外にもISがいた。空のように青く、外見は何処か騎士のようにも見える。あれが対戦相手であるオルコットの専用機か。
「櫻井、さん……」
同じ目線まで降りると何処かもの悲しげな様子のオルコット。ハイパーセンサーのおかげではっきりと見えてしまう。
しまった、オルコットとは今朝ちょっと気まずい場面で遭遇していたんだった。し、試合始めれば大丈夫なはず。
「……さぁ、始めるぞ」
「っ、ええ、分かりました」
苦虫を噛み潰したような表情のオルコットは静かに大型のライフルを構えた。
同時にラファールが相手のISを解析したらしく、武装などのデータが浮かび上がる。互いの戦力分析と行こう。
装備はレーザーライフルにショートブレード、そして特殊兵装。最後が気になるが、解析もそこまでしか分からないので無い物ねだりは出来ない。
『次はこっちだね!』
その通り、今度はこちらだ。
まずアサルトカノン『ガルム』は喪失。
『喪失(そもそも持ってない)』
……残されたのは近接ブレード『葵』のみ。中、遠距離戦は圧倒的にこちらが不利だ。
そこまで言うと自身の胸に手を置いて祈るように念じる。
でも……頑張ろう。
『切嗣はそんな事言わないよ』
さすが俺の幻聴、見破っていたか。言ってみたかっただけなんだ、許してくれ。
とりあえず何も持たないのは不安なので、右手に『葵』を呼び寄せる事に。
日本刀をイメージすると光の粒子が右手に集まり、形を成す。
「踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる
「……来い」
言葉と共に鳴り響くロックオンアラート。それを切っ掛けに俺達の戦いが幕を開ける。
さてさて、精一杯踊るとしますかね。それにしても戦う、踊る……BGMSランク機体……?
『ガンダムじゃないって! それより敵ISの特殊兵装来るよ!』
「……っ!」
忠告に警戒するとオルコットのISのフィンユニットから四つのユニットが切り離され、それぞれが縦横無尽に駆け回る。
慌ててその場から逃げ出すも、四つのユニットは俺の四方を囲むように配置され、確りと追尾。
ていうかおまっ、ファンネルじゃねーか!
『あれは、うん……』
どうやらこれには幻聴も言い返せないようで、ただ頷くのみ。しかし、ファンネルが四基とは若干少ない。平均的に六基ほど積まれてるはずなんだが。
『来るよ!』
「ちっ!」
背後から飛んできたレーザーを何とか回避するも、それを皮切りに次々にレーザーが飛んでくる。
「そこですわ!」
「くっ!?」
勿論、オルコット自身も何もしない訳じゃない。ファンネルに意識を集中させていると、彼方から発射されるレーザー。
そちらに視線をやればレーザーライフルを構える彼女の姿。何とか避けるも、今度はファンネルの方から射撃。切りがない。
「遅い……遅いぞ、ラファール! 奴の反応速度を超えろ!」
『これはガンダムじゃないの! 反応速度あんま関係ないし、あとこれ最高速度なんですよ』
がーん、だな。
幻聴から告げられた事実は状況的にかなりまずい。つまり俺がファンネルを振り切るのは不可能という事だ。
撃ち落とせればいいのだが、生憎射撃武器は一切ない。ならばオルコットを狙うしかないのだが、逃げるので精一杯の俺がどうしろと言うのか。
「ここまでですわね」
「…………」
逃げに逃げていると、気付けば俺はアリーナの片隅にまで追いやられていた。後ろにはアリーナのシールド、正面はファンネルとオルコット。
どうやらここに来るよう誘導していたらしい。伊達に代表候補生ではないという事か。
「どうか降参なさってください……お願いします……!」
またオルコットの顔が悲しげなものになる。弱いものいじめはしたくないのか、単なる彼女の優しさか。恐らくは後者だろう。
「……悪いがそれは出来ない」
「何故ですか!? 何故、あなたは……!」
実力の差は歴然。この場はオルコットに従って降参するべきだ。でもそれは出来ない。
「……色んな人に申し訳ないからな」
怖がりながらも教えてくれた山田先生、剣を教えてくれた箒、そして今も俺の後ろの観客席で両手を合わせて祈るようにしている更識。
そんな人達のおかげで俺はこうして空にいる。辛いから降参なんてやったら、申し訳なくて顔合わせ出来そうにない。
だが絶体絶命には間違いなく、逃げ出そうにもあっさり撃ち落とされるだろう。
せめて更識の言っていた極意が分かれば。
「……なら、わたくしとブルー・ティアーズの前で踊りなさい!」
「――――」
俺が従わないため、やけになって言ったオルコットの何気ない言葉が切っ掛けだった。
自分とブルー・ティアーズ……そうか、そういう事だったのか。考えるなってそういう事か、ガドヴェド。
何が二人で飛ぼうだ、俺は何もしないでこいつに全て任せきりだったじゃないか。
『えっ、どういう事?』
俺もこいつの飛ぶ手助けをすればいいって事さ。まぁ見てろ。
ライフルとそれぞれのファンネルに光が灯る中、何かを叩いたような凄まじい音と共に俺は真正面から突っ切る。
「「「きゃあああ!?」」」
「な!?」
『えっ、はや!?』
大勢の驚く声を置き去りにして、俺はオルコットの遥か後方の地面を滑っていた。思ったよりも速度が出てしまい、中々止まりそうにない。
軸足を切り替えながら、回転して速度を落としていく。所謂カズマさんムーヴで。
漸く止まった俺にオルコットが問い掛ける。
「い、一体何を……?」
「……ただアリーナのシールドを足場にして蹴っただけだ」
『えぇ……』
今までラファールのスラスターだけで飛んでたところに俺の力を加えただけ。
たったそれだけと馬鹿にするなかれ、おかげで俺達はあの場から脱出出来るだけの速さを手に入れたのだ。これまでの最高速度を大きく上回る速度を。
「ですが、これで!」
ライフルから放たれたレーザー。だがこれまでと違い、ファンネルはまだ来ておらず、真正面から来るだけ。銃口の向きと撃つタイミングさえ分かればって漫画で言ってた!
「シッ!!」
「なっ!!?」
『えぇ……何か出たぁ……』
射線上に刀を思い切り振り払うと、レーザーを切り払うだけじゃなく、三日月型の斬撃がオルコットへ襲い掛かる。
この試合で初めて回避行動を取るオルコットだけじゃなく、観客も幻聴でさえも少し引いてた。何でやねん。
何だ、そういう機能があるのか。カタログとかには一切書いてなかったけど、これならやれる。
「くっ、舞いなさいブルー・ティアーズ!」
主の命令に従い、大人しくしていたファンネルが動き出す。だがその速度はさっき俺達が出した最高速度には到底及ばない。これなら余裕で振り切れる。少しだけ勝ち目が見えてきた。
「……さぁ、振り切るぜ」
《Accel!》
襲い掛かってくるファンネルを前に何も持っていない左手でポーズを決めた。するとまた謎の機械音声が聞こえてくる。何なんだこれ。