「私の主君は獅子王のみ。その命に従い、貴方の命を奪う」
「なにを───ガッ!?」
動揺した一瞬の隙を逃さず蹴り飛ばされた俺は、体勢を立て直す前にギロチンのようにガラティーンの刀身を首に押し当てられた。ガウェインの顔は蝋人形のように無機質な表情で固まっている。
「そうですね、楽に殺してあげましょう。それがかつて仕えた主人への最後の忠義です」
「やめ…ろ…どうし…た…?」
凄まじい力でガウェインは刀身を下へ押し込む。俺は必死にその腕を押し返そうともがいた。首に血が流れる。腕が軋む…。
「やめろぉおおおおおおおおおおおお!!!」
それに気付いたモードレッドが体当たりを仕掛けギロチンは薄皮を斬るのみで済んだ。出血を布で押さえた俺は、モードレッドとガウェインの打ち合いを一瞥して避難者の救助に当たる。
「正気に戻りやがれ!!!」
「折れた聖剣が何になるというのです!」
リーチの短いクラレントで距離を詰め全力で連撃を浴びせ続ける。モードレッドお得意の突貫戦法。だが、ガウェインはその全てを軽々といなしていた。
「無駄です。私のギフトは『不夜』。永遠に太陽が私を照らす」
「なっ!?」
ガラティーンによる死の一閃がモードレッドを掠める。慌てて距離を取る彼女に今度はガウェインが攻める。モードレッドと同じ戦法。次々と彼女の体に裂傷や切り傷を作る。
「さぁ、どうしたのですか?叛逆の騎士モードレッド!」
「チッ…煽ったって無駄だぜ。だってな!」
その連撃のほんの一瞬、モードレッドがガウェインの聖剣とのインパクトの瞬間、その流れを微妙にずらした。刀身がその脇腹を撫でるように切り裂く。
「!?」
「操られているだけのテメェに負けるかよ」
そのまま切り抜けたモードレッドはそう告げた。
脇腹を切り抜けたその一撃。ただ一撃だけで彼女には充分だった。
「たとえ不夜で無敵になっていようが一度聖者の数字を破ってしまえば無効になるんだよ」
「見事です、モードレッド。ですが…」
その時、モードレッドは殺気に気付きそれを避けた。右腕に掠り傷を負わせたそれは音の矢。
「トリまで洗脳しやがったなアノヤロウ…!」
「モードレッド!一度退がれ!」
俺はモードレッドに撤退を命じた。これは無理だ。ガウェインですらヤバイ相手なのにトリスタンまで敵に回るとなるともう無理ゲーだ!
「クソッ!どいつもこいつも敵ばっかだ!敵ばっか…」
退却するモードレッドの顔は半泣きになっていた。退いた事が理由ではない、大事な友を洗脳されて奪われた事が堪えたのだ。
「モードレッド…」
「感傷すんな!ここは戦場だ!誰が相手だろうがぶっ殺す!それが戦いなんだよ!!!」
一番取り乱していたのはモードレッドだった。クラレントを投擲して騎士の1人を倒した後、そのハルバードを奪って振り回し戦う。だが、嘲笑うようにトリスタンの矢がモードレッドの武器を壊す。
「クソッ…クソッ!!!」
ガウェインが追ってくる。死体の腹に刺さっているクラレントを引き抜き、ガラティーンを受け止める。すぐに振り払い、音の矢を回避する。息が上がっているのが分かる。だが、俺は円卓の騎士にタイマンを張れる程の力は無い…出来る事は魔力を回す事だけ……。
「そろそろ終わりにしましょう」
モードレッドのクラレントが宙を舞い、地面に刺さった。
「っ…!」
そして首筋にガラティーンが押し当てられる。助けに行こうにもトリスタンが真っ直ぐ俺を見ている。
詰んだ………
「────まだ諦めるのは早いぞ。藤丸殿」
「!」
その時、凄まじい速度で薩摩がトリスタン目掛けて斬りかかった。音の矢を番え一斉射撃に移ろうとした直後、フェイルノートに銃弾が刺さった。
「──っ!」
「局長はやらせん。そして死ね!」
援護に戻って来た土方の狙撃がトリスタンからフェイルノートを叩き落とす。そのまま続けて放った銃弾で自分の武器を遠くに飛ばされたトリスタンはそのまま薩摩の接近を許した。
「──斬り捨て…」
「止めてくれ!そいつは俺のサーヴァントだ!」
「何──」
俺は咄嗟にそう叫んでしまった。それが薩摩の動きを鈍らせた。
「甘いですね。」
「っ!?」
その隙を見逃さなかったトリスタンがナイフを投擲し、それが薩摩の腹に刺さった。サラシが赤く染まり、薩摩は膝をついた。
「ぐっ…!?」
「戦場で迷いは禁物ですよ?さて、死んでもらいましょうか」
トリスタンは腰からもう一本のナイフを抜いた。
「止めろ!お前らしくないぞ!トリスタン!!!どうしたんだよ……皆おかしいぞ!!!」
俺は必死に叫んだ。だが、ガウェインもトリスタンも…表情を変える事はない。
「局長!くっ!?邪魔だ!死ねッ!!!」
援護に行こうとする土方に騎士の軍勢が襲い掛かり行く手を阻む。とてもではないが間に合いそうに無い。
「───では、辞世の句をどうぞ」
「……『動かねば 闇にへだつや 花と水』」
「?………ッ!?」
次の瞬間、トリスタンの胴に3つの穴が開いた。切り抜けるのは新撰組の沖田。
「───無明三段突きッ!!!」
飛び散る血飛沫。心臓と動脈二箇所を的確に穿たれたトリスタンは逆に大量の血を噴き出して膝をついた。間違いない…沖田のスキル「縮地」の効果だ。西の村からここまで距離を詰めるとかデタラメ過ぎだろ…。
「注意力散漫とは感心しないな。円卓の騎士よ」
「私とした事が……やはり臆病になれなかった事が敗因のようですね」
腹に刺さったナイフを抜いた薩摩は片手で止血をしつつ日本刀を向けた。沖田も既に支援の為に移動した後で、次々と雑魚の殲滅を開始していた。形勢逆転…だが、俺にとっては最悪のシナリオであった。サーヴァントを喪うという展開…。
「トリスタン卿!!!」
「隙あり!!!」
トリスタンに目を向けた隙を狙い、モードレッドが股間に蹴りを入れた。怯んだガウェインからガラティーンを奪うと一気に斬り込む。
「もう容赦はしねぇ…同胞として天国に送ってやるよ!」
「っ!」
ガウェインも短剣で応戦するが、聖剣を奪われた為に完全に押されている。次々に体に傷を作り、たたらを踏む様子を見ながら遠慮無く剣撃を放つ。だが、それをガウェインが受け止めた時……異常事態に気付いた。
「なっ…なんだ!?」
「これは…!」
「………まさか」
上空を見上げると、そこには巨大な星が瞬いていた。
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「避難を急がせろ!!!」
「チッ…あと1歩で仕留められたのに!」
モードレッドは舌打ちし、俺は住民を洞窟に避難させながら上空を見た。因みに、ガウェインは聖剣を奪い返すと瀕死のトリスタンを回収して撤退してくれた。アーラシュの報告で『あの様子ではあと10分で到達する』というマズイ情報を得た。避難をさせている間、俺は薩摩に頭を下げた。何故殺したとは責められなかった。俺のせいで死にかけたのだから。
「悪い!俺のせいで…」
「藤丸殿、そう己を責めるな。貴殿は情の深い男だ。拙者が同じ立場でもそう言ったに違いない」
「でもよ…」
「戦いとは常に移り変わるもの…貴殿は割り切る勇気を伸ばすべきだ。拙者が与える責め苦はこれだけだ。拙者も敵とはいえ貴殿の同胞を斬ってしまったからな」
薩摩はそれだけ言うと住民の避難を急がせた。しかし、トリスタンは…瀕死の状態だ。俺が…そうさせてしまったのだ…。
「(ごめんな…トリスタン……)」
心の中で俺は大切なサーヴァントに詫びを入れた。直後、マシュからトリスタンの霊基消滅が告げられた………。
「住民の避難は済んだ。だが、絶対安全という保証は無い」
洞窟に避難した薩摩はそう言った。確かにそうだ。破壊の光ならばここに逃げるのはただの気休めだ。だが、他にどうする…?
「なら、オレの宝具で──」
「モードレッドの宝具で相殺できるものではないだろう。剣が万全でないなら尚更だ」
「いや、1人いる」
俺は避難を断ったサーヴァントが居る事を知っていた。俺達が来るずっと前から山の民を守っていたサーヴァント、アーチャーのアーラシュだ。
「すまない…俺の所為で……」
「しっかりしろ!マスター!戦いに出た時点で覚悟はしていたんだ!だから…泣くなよぉ……」
気がつくと俺とモードレッドは泣いていた。その日の真夜中は昼間のように明るかった………。
というわけでトリスタン死亡回でした。
薩摩は敵に回った同胞を躊躇せず斬るキャラですが、司令官と決めたぐだ男の言葉に従って止まった事が負傷の原因となっています。今回のぐだ男のキャラは賛否両論多いと思いますが、「自分がこの状況になったら?」という事を考えてこのシナリオを書いてみました。