シャドーの戦闘員 ハチマン   作:八橋夏目

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2話 承

「ヘルガー、かえんほうしゃ!」

「あらあら、まあまあ。ハガネールまで倒されちゃったわ」

「ヴィーナス!? 何あっさり負けていやがる!」

「態とじゃなくってよ。わたくしも全力を出した結果だわ」

「ほう、半年でここまで育て上げたか………」

「………約束通り、リザードンは返してもらうぞ」

 

 シャドーに誘拐され、ダークポケモンを育成するようになってから半年。俺はついにリザードンを賭けたバトルを取り付けることに成功した。

 相手はヴィーナスというおば……お姉さんである。俺を攫ったダキムという脳筋バカと同じ幹部をしているおば………お姉さんが、俺とダキムの争いに入ってきたのだ。

 事の発端は少し前。俺がダキムにリザードンをそろそろ返せと抗議した事から始まった。そこに居合わせたヴィーナス………お姉さんとボルグという幹部のまとめ役が乗っかってきたのだ。何故か俺の味方になって抗議をしてくれたお姉さんとバトルして、勝ったらリザードンを返却という取り決めになり、今しがた彼女とのバトルに勝ったのである。ヘルガー一体で彼女のポケモン四体を相手するのは大変だったわ。リザードンでリーグ戦に乗り込んだ事を思い出すぜ。

 

「はっ、冗談じゃねぇ! 俺は認めねぇぞ!」

「ダキム、約束だ。こいつのリザードンを返してやれ」

「はっ? 何言ってやがる。こいつにリザードンを返したら反撃に出るだけだろうが」

「それも約束しただろう。リザードンを返す代わりに我々の要求を呑むと。それが実行できなければ我々で殺すのみだ」

「ケッ! 勝手にしろ!」

 

 ま、普通はそうなるよな。

 リザードンが俺の元に帰って来れば、俺がここにいる理由はなくなってしまう。だから俺が変な気を起こさないというのを条件にリザードンの返却が約束されたのだ。

 ………今の俺にはどうでもいい話だが。

 もうここを出る気もさらさらなくなってきている。

 自分が育てたポケモンたちがバトルに勝ったという知らせが鳴り止まない現状に俺は満足している。ただ、まあ物足りなさを感じる事といえば、ここに来てから暴れるようなバトルができていないという事だ。今のバトルは大変な分、楽しかった。しかし、まだ足りない。あの、半年前の、リーグ戦の決勝以上に楽しめたバトルがないのだ。

 だから俺はあれ以上のバトルをしたい。今はただそれだけである。

 

「それで、本当にバトル山に行くのか?」

「………ずっと暴れてないからな。育成の方もしばらく休んでも問題ないだろ?」

「まあ、確かにこれまでのお前の仕事ぶりには感心する。よく働いてくれた」

「そろそろ休暇をもらったって文句は言われないはずだが?」

「そうだな、一日二試合をして50日、か。それじゃ温いな。よし、一ヶ月の期限をやろう。その間に頂上までいけなければそれで終わりだ」

「一日四試合しろと?」

「ふっ、最初は楽勝だろうからな」

「………チッ、分かった分かった分かりました。一ヶ月で百人倒してやるよ」

 

 うん、これで言質はとれたな。長期休暇いただきました。

 それにしても一ヶ月でとか無理だろ。どんなところなのかもよく分かってないのに。

 

「おい、クソガキ」

「なんだよ」

「変な気を起こしたら、その時は殺す!」

「………あの、痛いんだけど………」

 

 リザードンのボールを差し出してきたダキムに胸ぐらを掴まれ、首を絞められる。何でよりにもよってこいつがリザードンを連れてるんだよ。最悪だわ。

 

「やーねー、ダキムったら。お姉さんがいるのにそんなことするわけないわよねー」

「…………」

 

 視線を合わすのがなんか怖かった。

 

「返事は?」

「は、はい!」

 

 余計に怖くなった。

 ダキムよりも怖い。

 めっちゃ怖い。

 ちょっとちびったかも。

 

「そ、それじゃ………」

「ああ、何か手に入れたら報告するように」

「何か手に入ればね」

「それから、一人お供をつけるから」

「はっ? それって………」

「うむ、お隣さんだ」

 

 はあ………。

 マジか…………。

 あまりバトルしてる時の俺を見せたくないんだけどなー。しかもお隣さんってロッソーーカオリちゃんのことだろ?

 俺がここに来てから何かと気にかけてくれる隣の部屋の同僚。

 最近では遠くにいても手を振ってくるという、あれ? あいつまさか俺のこと…………、いやそんなことがあるわけないって。意外と幅広く仲良いみたいだし、バトルも強いからみんなから慕われている様子だし。

 俺なんかがそんなことを考えるとか恐れ多いよな。身の程をわきまえろって話だわ。

 

「お土産話待ってるわ〜」

 

 怖い怖いお姉さんにたちに見送られ、俺はそのままバトル山というところに向かうことになった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「出てこい、リザードン」

「シャア!」

 

 半年ぶりの我が相棒との再会。

 ボールから出してみたが別段、異状は見受けられない。何もされていないのだな。

 

「ごめんな、長い間待たせて」

「シャア! シャア!」

 

 頬を撫でるとそのまま頬をこすりつけてくる。

 

「それがあんたのポケモンなんだ」

「まあな。ずっとこいつと一緒だったから、こうして無事に再会できて何よりだよ」

 

 ちゃんと食事ももらえていたようで体調も好調らしい。嬉しさに炎を吐く勢いが全く劣っていない。取り繕っている節もないし、大丈夫なのだろう。

 

「それじゃ、いこっか」

「ほんとについてくんの?」

「そうだけど?」

 

 なんで? と逆に目で聞き返してくる。

 今は仕事モードではないらしい。

 

「あんまりバトルしてるところとか見られたくないんだけどなー」

「あっはっはっはっ! 何今更なこと言っての! あたしは最初にあんたとバトルした相手じゃん! 隠さなくてもいいって!」

 

 豪快に笑う彼女はいつも笑顔が絶えない。

 

「あ、いや、そうじゃなくて………。ヘルガーとリザードンとではバトルスタイルが違うから、その………」

「そんな変貌すんの? 逆に見てみたいかもっ………」

「はあ………。スイッチ入らないようにしないと………」

 

 俺のバトルに興味を示した彼女は身を乗り出して目をキラキラさせている。

 そんなところに興味を示さないでほしい………。

 

「んじゃ、地下行くよ」

「地下から行くのか?」

「やっぱり場所知らないんだね」

「そりゃ、そういう場所があるってしか聞いたことないし」

「いいからいいから。あたしについてきて。ちゃんとバトル山まで案内するから」

「んじゃ、任せるわ」

 

 とまあ、彼女ーーオリモトカオリとはこんな調子で少しは打ち解けてきている。ほとんど会話は彼女が進めてくれるが、ここまで他人と会話できたのも久しぶりである。

 それに、なんというかよく見ていると仕草が可愛かったりするのだ。普段は男装して活動しているが、不図した拍子に見せる女の子の姿が余計に可愛く見えてくる。ギャップ萌えってやつかもしれない。

 それくらいには俺はカオリちゃんのことを見ているようだ。

 

「まずは研究所に戻るから」

「だから地下ね」

 

 ここはアンダー。

 パイラタウンというゴロツキが集まる町の地下にある薄暗い町。

 シャドーが関係者が住処にしている秘密基地のような場所。

 そしてこれから向かうのはダークポケモン研究所。シャドーがダークポケモンを生み出す研究所であり、俺もそこで寝泊まりとダークポケモンの育成に励んでいる。

 しかし今日は報告がてら朝から地下鉄でアンダーまで足を運んだわけだが、何故かダキムと出くわし、その際にリザードンの件を付きつけたらバトルになったってわけだ。

 幹部さんたちはみんないい生活をしているようで、俺とは比べものにならんのだろうな。誘拐しておいて待遇悪すぎだろ。もう少しいい場所に寝かせろよ。俺もフカフカのベットで寝たいんだよ。腰が痛いじゃないか。なあ、ボルグさんよ。

 なんて口が裂けても言えない。

 だって、あの人も怖いもん。

 リザードンを取られている状態でそんなことが言えるわけがない。

 だが、これからは違う。これで俺にはデメリットがなくなった。言いたい放題だ。ざまぁみろ、バカ幹部。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「それでは、バトル山マスター、ムゲンサイ対挑戦者のバトルを始めます! まずはルールを確認します。使用ポケモンは六体。技の使用は四つまでとします。交代は自由です。お二人とも、準備はよろしいですか?」

 

 期限の一ヶ月最後の日。

 俺はとうとうバトル山の頂上まで来ていた。

 そして今まさに百人目の強者とバトルするところである。

 

「うむ」

「うす」

 

 あの後アンダーから地下鉄に乗ってダークポケモン研究所に戻り、そこから地上に上がり、バイクを拝借。

 そこからカオリちゃんと二人でバトル山に向かった。

 

「それでは、バトル始め!」

 

 夕日の差し込む中、俺は一人老人を目の前にしている。

 立っているだけで緊張感を走らせる風格に少し驚きを隠せない。それもこれもここ最近カオリちゃんが来ないのが悪い。

 初日から三日くらいは一緒にいてくれたのだが、仕事があるとか言ってアンダーへと帰り、たまに顔を見せてくれるくらいだった。俺も唯一の打ち解けた相手ということで彼女が来るのを励みにバトルをしていた節もあった。だが、最終戦を迎えた今日はまだ顔を見せていない。

 

「伝説のバトルをお見せしましょう。ゆけ、サーナイト」

「出てこい、ヘルガー」

 

 老人ーーバトル山マスター、ムゲンサイが最初に出してきたのはサーナイトか。

 エスパータイプだが、もう一つのタイプが厄介である。

 こちらが不利になりかねない。そっちの技を覚えていないことを祈ろう。

 

「サーナイト、めいそう」

「ヘルガー、かみくだく」

 

 サーナイトが目を瞑り、精神世界へと入り込む。

 ヘルガーはその隙に攻め込み、咬みついた。

 

「ほう、やりますな。サーナイト、10まんボルト!」

 

 ここで10まんボルトか。ということはあっちの技は覚えていない、あるいは使ってこない可能性があるな。

 だったら。

 

「ヘルガー、躱しておにび」

 

 サーナイトから咄嗟に逃げたヘルガーは身体に纏った電撃を飛ばしてくるのを躱しながら、ポウッと火の玉をいくつも作り上げていく。

 それらを飛ばして、サーナイトを撹乱していった。

 

「サイコキネシスで内から弾き飛ばすのだ」

 

 だが、容易く超念力で火の玉が内から爆破し、霧散していく。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 攻撃の手を緩めることなく、攻め込んでいく。

 かえんほうしゃもしっかりと命中し、致命傷とまではいかないが確実にダメージを植え付けている。

 

「サーナイト……、そうか、火傷を負ったか。ならば、シンクロ!」

 

 なるほど。

 サーナイトの特性はシンクロか。

 自分のかかった状態異常を相手にも付与させる特性。だが、そんなものはヘルガーには効かない。

 

「ヘルガー、受け取っとけ」

「ヘルゥ!」

 

 特性の効果から逃げるそぶりも見せず、受け付けた。

 だからと言って火傷にかかることはない。ほのおタイプであるのもあるが、それ以前にこっちの特性はもらいび。炎はこっちにとってはメリットしかない。

 

「かみくだく!」

 

 活力が漲ったヘルガーは勢いよく牙を携え、サーナイトに突っ込んでいく。

 

「みちづれ」

「ッッ?! ヘルガー、噛み付くな!!」

 

 なんて技を覚えさせてるんだよ。それだったら、まだあっちの技の方がよかったわ。躱せばいいだけの話なんだし。

 

「10まんボルト」

 

 みちづれが出たことでサーナイトの技は四つとも出てしまった。これで攻撃技として使えるのは10まんボルトだけ。警戒するのはこれとみちづれだけか。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 電撃を炎で掻き消していく。

 

「めいそう」

「突っ込んでかみくだく!」

 

 10まんボルトの威力をさらに高めるつもりなのだろう。だが、その間は隙だらけになる。そっちが一発の威力を重視するなら、こっちは手数で攻めるのみ。

 

「10まんボルト!」

 

 噛み付いた瞬間に身体に電気を纏い、直接ヘルガーに送り込んできた。

 躱す云々の話ではない。

 

「ヘルガー!」

「ルガッ!」

 

 初めてまともに食らったため、まだヘルガーが力つきることはないようだ。だが、この威力、さすがである。これはもう早めに倒さなくては危険だな。

 

「畳み掛けるぞ! ヘルガー、ダークラッシュ!」

 

 ブルブルして毛並みを揃えたヘルガーが、ダークオーラを纏い、サーナイトに突っ込んでいく。

 直接電撃を受けたため、サーナイトとの距離は近い。飼わせるタイミングではないだろう。

 

「サーナイト!?」

 

 老人がサーナイトを呼びかけるが、返答はない。

 よし!

 

「サーナイト、戦闘不能!」

 

 まずは一勝!

 最初から相性がよくて助かったわ。というか技の方に助けられたな。先に手札を全て出してくれたおかげで、攻撃の先が見えた。

 

「むぅ、お疲れさまでした。次はあなたです。ゆけぃ、ヘラクロス!」

 

 早速弱点を突いてきたか。

 ヘラクロスはむし・かくとうタイプ。

 こちらも弱点をつけるが、基本はかくとうタイプと見た方がいいポケモンなので、どうなるか分からない。

 

「ヘラクロス、じしん!」

 

 一発目から拳を打ち込み、地面を激しく揺らしてくる。ここ山なんだからこんなに揺らして噴火とか大丈夫なのかね。

 

「かえんほうしゃを地面に直角に放て!」

 

 俺の命令を聞いたヘルガーはジャンプして頭から地面に向き、直角に炎を地面に撃ちつけた。火の勢いにより、ヘルガーの身体は上昇。見事、じしんを躱した。

 上出来だ。

 

「メガホーン!」

 

 ヘルガーが上空へ移動したのを見ると、次の命令を出してくる。ヘラクロスは背中の甲を開き羽を出して飛んできた。

 うわっ、あいつ卑怯だわ。ひこうタイプでもないのに飛べるとか。マジかよ。しかも早いし。

 これだからむしタイプは苦手なんだよ。焼けばいいけど。

 

「かえんほうしゃ!」

 

 くるっと一回転をしてヘラクロスの方に向き直るが、すでにヘラクロスはいなかった。くそっ、マジであの羽うぜぇ。

 

「くっ………、噛み付いて振り落とせ!」

 

 背後から強靭な角で突かれてしまったか。これで二発であるが、今の一撃は痛い。

 ヘルガーは角で突かれながらも尻尾を使ってヘラクロスの身体に巻きつき、遠心力を使って噛み付くと、尻尾を離して思いっきり地面に叩きつけた。

 

「もう一度かえんほうしゃ!」

 

 さっきのお返しとばかりに地面に落ちていくヘラクロスの腹にめがけて炎を吐き出していく。

 

「ヘラクロス、こらえる!」

 

 チッ、またか。

 この老人は搦め手が得意なのか、何かしらのびっくり箱を用意している。

 そう簡単には倒せない相手だな。

 

「ヘラクロスがこらえるってことは、そういうことかよ」

 

 次に来るのは間違いなくきしかいせい。

 

「きしかいせい!」

 

 この状況、躱せるか?

 いや、この状況こそトレーナーの腕の見せ所だよな。

 

「ヘルガー、おにびでヘラクロスの視覚を奪え! それと同時に、自分も纏え!」

 

 まずは着地した力を勢いに上乗せして突っ込んでくるヘラクロスの視界を火の玉で遮っていく。同時にヘルガー自身も周りに火の玉をいくつも作り出し、不均等に並べていく。

 これで、揺れればいいのだが………。

 

「躱せ!」

 

 身を捻ってヘラクロスの体当たりを躱す。

 くそっ、やはり無理があったか。少し掠めてしまった。こういう状況での躱し方も用意しておくべきだな。

 

「おにびを吸収して全力でかえんほうしゃ!」

 

 羽があるためか、向きを変えてもう一度突っ込んでくるヘラクロスにトドメをかけにいく。鬼火を取り込み、もらいびを発動させ、炎の威力を全開にして撃ち放った。

 

「ヘラクロス!?」

 

 躱すにも全力のかえんほうしゃの勢いから逃れることはできなかった。ヘラクロスは羽を燃やされ、地面に叩きつけられたところを丸焦げにされていた。

 

「ヘラクロス、戦闘不能!」

 

 よし、これで二勝!

 このまま三体目を倒したら、リザードンと交代だな。

 

「いいバトルでした。ゆっくり休みなされ」

 

 ヘラクロスをボールに戻し、次のポケモンのボールに手をかける。

 

「ゆけぃ、チルタリス!」

 

 三体目はチルタリスか。

 また厄介なドラゴンタイプが出てきたな。

 ほのおタイプは効果薄いし、噛み付くにもあのもふもふとした毛が邪魔になる。常備コットンガードを纏ってるようなものだ。うわっ、またこいつも面倒な相手だな。

 

「チルタリス、じしん!」

 

 ほんと面倒なポケモンだな!

 こいつもじしん覚えてるのかよ!

 

「ヘルガー、さっきのだ!」

 

 ヘルガー自身も悪態を吐いて、ジャンプしてからのかえんほうしゃで上昇していく。

 

「二度も通用せぬ。チルタリス、つばめがえし!」

 

 読まれてた!?

 いや、誘われてたんだ!

 くそっ、さすがは老人。伊達に老人やってないな。

 

「ヘルガー、戦闘不能!」

 

 上昇したところをすでに読んでいたチルタリスに斬られて地面に叩きつけられてしまった。

 呆気なくヘルガーを戦闘不能に追い込まれてしまった。

 ちと、予定が狂ったな。

 だが、まあいい。次はこいつだからな。というかこいつしかいないのだが。

 

「ヘルガー、戻れ。最初から全開でいくぞ、リザードン!」

 

 倒れたヘルガーをボールに戻し、もう一つのボールに手をかける。開閉スイッチを開くと中からは一ヶ月前にようやく手元に戻ってきたリザードンが出てきた。

 

「リザードン、ですか。チルタリス、りゅうのまい!」

「リザードン、こっちもりゅうのまいだ!」

 

 二体の竜が炎と水と電気を三点張りに作り出し、それらを頭上で絡めて竜の木に変えていく。

 

「「ドラゴンクロー!」」

 

 そして出来上がった竜の気を腕に流して竜の爪を作り出すと二体は交錯した。

 だが、まあこちらの方が上手だろう。なんせリザードンには爪を爪で挟む技術があるからな。

 

「デルタフォース・ドラゴン」

 

 土煙の中からズバンッ! という激しい音とともにチルタリスが上空に投げ飛ばされた。それを追うようにリザードンが翔けていく。

 そして、竜の爪で下から掬い上げるように一撃を入れ、投げ飛ばし、瞬時に投げ飛ばした先へ移動し、また爪で斬り裂いた。それらを巨大な三角形を描くように何度も続けてチルタリスの動きを封じ込めると、最後に思いっきり地面に叩きつけた。

 

「ち、チルタリス?!」

 

 老人も驚きの展開らしい。

 審判の人も口をあんぐりと開け放っている。

 

「コール、まだっすか?」

「あ、ああ………ち、チルタリス、戦闘不能………」

 

 さっきとは打って変わって声に張りがなくなっている。

 ちょっとやりすぎたか?

 いやでも、これくらいしておかないとこの老人は危険である。

 

「チルタリス、ご苦労様です。ゆっくり休みなされ」

 

 気を取り直した老人がチルタリスをボールへと戻す。

 リザードンも俺の前へと降り立った。

 

「いやはや、まさかあのような技の使い方をするとは。ヘルガーとはまた別格のようですね」

「はあ………」

「しかし、同じ手を何度も通用するとは思わないことです。ゆけぃ、クロバット!」

 

 四体目はクロバットか。

 空中戦に持ち込もうって魂胆だな。

 

「クロバット、あやしいひかり!」

 

 くわっと体の内から光を発し始める。

 

「リザードン、りゅうのまいで光を掻き消せ!」

 

 新たに竜の気を作り出し、二枚の壁で自身に届く光を遮った。

 同時に竜の気がさらにパワーアップするという、一石二鳥な采配だったな。

 

「ソニックブースト!」

 

 地面を強く蹴り上げ、一瞬でクロバットの正面に移動。

 

「エアカッター!」

「トルネードドラゴンクロー!

 

 四枚の翼を羽ばたかせて空気の刃を作り出していくが、勢いに乗ったリザードンの回転突きには全く効いていない。

 前に突き出した両爪が突き刺さったクロバットは、さらに内側から力を解き放った。

 

「めざめるパワー!」

 

 二種類の内部からの力を解放する技を操るってわけか。

 このクロバットのめざめるパワーのタイプが何なのかは読めないが、とりわけ危険なものでもなさそうだ。

 現にリザードンは回転を速めて、クロバットを突き飛ばしたし。

 

「クロバット!?」

 

 老人が呼びかけるが、クロバットはまだ戦える。あれだけではまだ倒れるはずがない。

 もう一発、叩き込む必要があるだろう。

 

「うむ、ヘドロばくだん!」

 

 地面から復活してきたクロバットが口から紫色のヘドロを吐き出してくる。

 受けると毒をもらう可能性がある厄介な技だな。

 

「ハイヨーヨー!」

 

 ヘドロを避けるために一気に上昇。

 天高く登りつめると今度は急下降を始める。

 

「もう一度ヘドロばくだん!」

「躱せ!」

 

 下から飛んで来る分には躱しやすい。

 ヘドロだろうがそれは変わらない。

 

「トルネードドラゴンクロー!」

 

 難なくヘドロを躱したリザードンは下降する力に回転を加えて、前に突き出した竜の爪を携えてクロバットにダイブしていった。

 

「く、クロバット?!」

 

 今度こそ、クロバットは戦闘不能になっただろう。

 

「よしっ………」

 

 煙が晴れると地面にクレーターを作って伸びているクロバットの姿があった。

 逆にあれで耐えられたら驚きを通り越して賞賛に値する。

 よかった、そこまではあのクロバットも規格外ではないらしい。

 

「く、クロバット、戦闘不能!」

 

 もうね、審判の人が可哀想になってきた。

 ちょっと俺を見る目に恐怖の色が混ざってきている。

 

「クロバット、お疲れ様です。ゆっくり休みなされ」

 

 首を横に振ってクロバットをボールに戻す老人。何か思いついたのだろうか。そしてそれを否定したか………。

 

「君は、一体どういう修行を積んできたのですかね。このじじいと懸け離れた年増もいかぬ少年がよもやこれほどの実力を見せてくるとは………」

「単に強さを求めた結果っすよ」

「それだけとは思えぬ………」

 

 老人が深く考え込んでしまったが、別にこれといって修行をした覚えはない。スクールにいた時には最後に暴れたくらいだし、旅に出てからも変なポケモンマニアや怪しいおじさんに付きまとわれたくらいだし。ああ、おじさんとは何度もバトルしたっけな。他にあるとすれば半年前にリーグ戦にリザードン一体で乗り込んだことくらいか。だから特に修行なんて修行はしてきていない。

 

「次にいきましょうか。ゆけぃ、レアコイル!」

 

 レアコイル、でんき・はがねタイプか。

 焼く? いや、それよりも地面に叩きつけて揺らした方が効果的か。

 

「10まんボルト!」

 

 早速こちらの弱点を突いてきたか。

 だったら、逃げるのみ。

 

「リザードン、ソニックブースト!」

 

 超加速でレアコイルの電撃を躱し、距離を詰める。

 

「でんじは!」

 

 近距離になったかと思うと今度は受けると痺れてしまう波を送ってきた。

 それならば!

 

「りゅうのまいで打ち消せ!」

 

 さっきと同様新たに竜の気を作り出し、三枚の壁ででんじはを防ぐ。

 これで痺れることはなくなった。

 

「ドラゴンクロー!」

 

 そのままレアコイルの懐に飛び込み、竜の爪で下から突き上げ、背後から頭上に移動して、上から地面にもう片方の爪で叩きつけた。

 あと一発だな。

 今のでレアコイルの特性ががんじょうだったとしても次で終わる。

 

「じしん!」

 

 叩きつけた勢いをそのままに地面向かってに急下降し、空いた右拳を地面に叩きつけ、激しく揺らす。

 レアコイルはじめんタイプの技が一番効果的である。焼くよりもこっちの方が確実性が高い。

 

「………」

「レアコイル、戦闘不能!」

 

 これであと一体。

 最後は何が出てくるのやら………。

 

「レアコイル、ご苦労様でした。早いもので最後の一体になってしまいましたな」

 

 ボールに戻しながら老人はそう語りかけてくる。

 黒いのがいない今、俺の方もすでにリザードン一体となっているため、ようやくイーブンになったところだが、次でリザードンが負けるとも考えづらい。

 もはや俺の勝利は見えてきている。

 

「これが最後のポケモンです。ゆけぃ、ボスゴドラ!」

 

 最後に控えていたのはボスゴドラだった。

 タイプははがね・いわ。

 レアコイルと同じようにじめんタイプの技はよく効く。だが、防御面に関してはボスゴドラの方が圧倒的に優れている。加えて、あの硬い鋼の身体を使った全身攻撃は危険である。タイプの相性なんてあまり意味がない。

 何気にりゅうのまいを何度も使っていたのが功を来したかもしれないな。

 

「がんせきふうじ!」

 

 早速、こちらの弱点を突いてくるか。

 リザードンはいわタイプの技が一番よく効く。それを分かってのこのがんせきふうじ。面倒以外にない。

 

「ドラゴンクローで叩き落とせ!」

 

 身体の周りに岩を纏ったボスゴドラが、その岩を次々と飛ばしてくる。リザードンはそれを竜の爪を伸ばして、弾いたり斬り裂いたりしていった。ただ、岩であるため硬くてなかなかに砕けない。やはりリザードンと言えど岩はさすがに好めないようだ。

 

「ボスゴドラ、すてみタックル!」

 

 岩をまだ弾ききっていないというのに、とうとう硬い鋼の身体が突っ込んできてしまった。

 

「躱せ!」

 

 躱せと命令したものの、躱せるものなのだろうか。どちらかを半端にこなしてはかえって危険になるだけ。だからと言って、あの頑丈な身体を無視できない。

 

「ガァッ!?」

 

 チッ、やはり難しいか。

 もっと俺が的確な判断を下せるようにならないとな。

 

「リザードン、エアキックターン!」

 

 ボスゴドラのタックルを受けて吹っ飛ばされていたリザードンはくるっと反転して空気を蹴った。ボスゴドラの勢いが良かったのか踏ん張る力が力強い。

 

「じしん!」

 

 そのまま態勢を整えたリザードンは拳を地面に叩きつけ、激しく揺らし、次の動きに出ようとしていたボスゴドラを襲った。

 すぐに動き出していたってことは反動を受けていないってことなのか?

 ということはボスゴドラの特性はいしあたまか。これもまた厄介な組み合わせである。

 

「ボスゴドラ、がんせきふうじ!」

 

 バランスを崩して地面に倒れたボスゴドラが自分を守るように岩を纏う。

 

「もう一度、じしん!」

 

 未だボスゴドラが地面に転がっているため、もう一度激しく地面を揺らしていく。

 

「アイアンテールで岩を飛ばすのだ!」

 

 四つん這いのままジャンプしたボスゴドラは鋼の尻尾で纏った岩を一斉に飛ばしてきた。普通に飛ばすよりも勢いがつくと見たのだろう。

 彼の読み通り、勢いはさっきとは比べ物にならない。

 だが、こっちもそう何度も同じ手に食われてたまるかよ。

 

「ソニックブースト!」

 

 岩と岩の隙間を縫うようにリザードンが超高速で加速していく。

 

「アイアンテール!」

 

 岩を飛ばし終えても尻尾はそのままに振りかざしてくる。

 

「ドラゴンクローで受け止めろ!」

 

 振り下ろされた尻尾を竜の気を瞬時に爪に練り上げ、受け止める。

 衝撃で爆風が巻き散った。

 

「弾け!」

 

 両の爪をクロスさせて受け止めた鋼の尻尾を弾き飛ばし、ボスゴドラに大きな隙ができる。

 そこを狙わない理由がない。

 

「フレアーーー」

 

 だが、俺の命令を遂行するのではなく、勝手に違う技を使いやがった。

 はっ?

 あのリザードンが?

 今までこんなことなかったあのリザードンが?

 

「いや、待て………。あれは………?」

 

 出された技を見てようやく理解できた。

 解き放った技はダークラッシュ。

 そう、リザードンはいつの間にかダークオーラに飲まれていたのだ。今の今まで出さなかったがーーー逆に言えばよくここまで抑えていたものだと感心するまであるがーーーリザードンはすでに変えられてしまっていた。

 

「ボスゴドラ、戦闘不能! よって勝者は挑戦者とします!」

 

 バトルの判定も出されていたようだが、ショックのあまり俺に耳には届いてこない。

 

「ボスゴドラ、お疲れさまでした。……………」

 

 嘘だろ………。

 リザードンがダークポケモンだと………?

 ダキムの野郎………!

 殺す! 絶対に殺してやる!

 あいつだけは! あいつだけは!

 

「ふむ………、どうやらダークポケモンが出回っているという噂は本当のようですね。しかし君もリザードンのダーク化は意図しないものだったと見受けられる」

「………じー、さん?」

「これを持って行きなされ。詳しいことはこの紙に書かれておる」

 

 近づいてきた老人が何かを差し出してきた。

 これは………、笛?

 ………ポケモンの笛なら持っている(今もまだあるはずだ)が、あれとはまた違う種類の笛だということはすぐに分かった。

 

「アゲトビレッジの祠へ行くのです。ワシを超えた君ならできるはず」

「なん、で………」

 

 意味が分からない。

 どうしてこの人が俺にこんなことをする………。

 ダークポケモンのことについて少しでも知っているのなら、そんなポケモンを連れているような人間もどういう輩が理解できるだろう?

 なのに、俺に解決の糸口を見せるなんて…………。

 

「自分のポケモンが勝手にダークポケモンにされて悔しいのだろう? だったら他にもそういう人間がいることも今の君なら理解できるはずだ。君が、変えるのだ」

「……………………俺がそのダークポケモンを作る側の人間だったらどうするんですか?」

「それでもだ。バトルを通して君の人となりは少しは理解できた。君がダークポケモンを作る側の人間だとしても君の心まではまだ堕ちていない。今ならまだ間に合う。君ならこれを使いこなせるはずだ」

 

 ッッッ?!

 心は堕ちていない、か。

 ……………分かったよ。そこまで言うならもらってやろうじゃねぇか。

 これを使えばダキムの野郎に復讐することもできるかもしれないしな。

 

「……………分かり、ました………」

「くれぐれも内密にな」

「はい………」

 

 こうして俺はバトル山を制覇し、老人からは笛をもらった。

 

 

 

 結局、最後までカオリちゃんは来なかったな。忙しいのだろう。そういうことにしておこう。

 


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