第一話
一か月で二千人が死ぬ災害。
現代日本の治安は極めて高く、自然災害を除きこのような規模の死者が出ることはありえない。
ならば、その出来事は事件ではなくもはや災害といえるのではないだろうか。殺人事件が起きてもせいぜいが一人、二人。無差別なテロが起こったとしても十人に届くことは極めて稀であろう。
二千人という数はこの時代の、この国の人間にとって理解の範疇を超えていたことは疑いない。しかも、この出来事がたった一人の男によって引き起こされたとしたのなら……。
そういった意味で、今世間を騒がせている「災害」は異質であった。
自然災害ではなく、人為的な「災害」。しかも、引き起こした本人が直接手をかけるのではなく、仮想世界という限定的な環境で起きた事象によって人が死んでいく。外部からはまるで手出しができず、人が死んでもその原因すらわからず、さらにいつだれが死ぬのかもわからない。運の悪いことに事件に関わってしまった人間は、毎日人が脳を焼かれ死んでいくのを黙って見ることしかできない。
警察はまるで有効な手を打つことができず、たびたび会見を行うも内容は進展なし。インターネット環境、VR環境における事件解決能力の無さを世間に露呈させた。一月も経つ頃には、人々は理解し始めた。
解決方法はただ一つ、首謀者たる
アインクラッド第一層西の森。
猪のようなモンスターが跋扈するこの森を、明日奈は注意深く進んでいた。
目的は一つ、全PCが最初の拠点とする「はじまりの町」で聞いた噂、隠しログアウトスポットを探すためである。
ソードアート・オンラインというゲームに囚われてから約二週間。明日奈ははじまりの町の安宿の中に籠り続けていた。不思議なことにゲームの中でも空腹を感じるため、最低限の食料こそ購入していたが、それ以外に外出することはなかった。
現実世界の父や母、兄がきっとすぐに助けに来てくれる。
ゲームに囚われたと知った直後こそ恐怖したものの、その後すぐにこの考えに至ったアスナは宿屋で待機することを選んだ。しかし、一日二日そして一週間と経っても助けは来ず、明日奈の心には焦燥と恐怖が募っていく。
そんな時に耳にしたのが、隠しログアウトスポットいう単語であった。
二〇二二年十一月十九日、現実では受ける予定だった統一模試の日にちであり、エリートコースと呼ばれる道を進んでいる明日奈にとって、統一模試は自らの価値を示す機会の一つである。
その価値が一体誰のためのものかは別としても、今の自分にとって譲れないものである以上、この事実は明日奈に圏外に出るという選択肢を取らせる要因として十分なものであった。
情報の元である二人の男性には一笑に付されたものの、NPCから位置情報を聞いた明日奈は西の森に向かった。
そして、目的となる不気味な洞窟を発見し、若干の怯えを感じつつ洞窟に入った明日奈はそこで認識をさせられることになった。
このゲームの理不尽さと死の恐怖を。
突如として振り下ろされた棍棒に、明日奈は全くと言っていいほど反応ができなかった。
洞窟に入ってすぐ、不気味な壁の感触に顔を上げると、狼型の巨大なモンスターが道を塞いでいたのだ。
――殴られた。
それを認識した時には、明日奈は洞窟の外まで吹っ飛ばされ、視界の片隅にはギリギリ赤いバーが残るHPゲージが映っていた。
身体が震えた。
このゲームに囚われて以来目を逸らしていた、このゲージが無くなれば死ぬという現実を無理矢理突きつけられたのだ。身体を起こそうとしても、衝撃からかまるで動かず、HPを回復しようにもどうすれば良いのかわからなかった。知らなかった。
――死ぬ? こんなにあっけなく? 何もできずに?
死にたくない。
十五年。他人から見れば短いのかもしれないが、明日奈にとっては走り続けた十五年だった。友人を作ることも、遊ぶこともなく、学業に専念し親の期待に応えるため努力してきた。例え自分の心から望んだものではないとしても、これが正しいと信じてひたすらに、がむしゃらに走ってきた。それなのに。
――こんな無様に? いやだ、まだ死にたくない。こんなところで……!
再度振り上げられた棍棒を見ても、明日奈は諦めることができなかった。
必死で体を動かそうとした。しかし動かない。できることは振り上げられた棍棒を見続けることだけ。
棍棒が振り下ろされる。この攻撃に当たってしまえば、わずかに残った明日奈の体力ゲージは木端微塵に吹き飛ばされる。落ちてくる棍棒は、無慈悲に明日奈を死に導くだろう。時間が延びる。迫ってくる棍棒がやけに遅くなるのを感じた。
直後、モンスターの身体は真っ二つになった。
明日奈を襲うはずだった棍棒も、モンスターも青く輝く結晶になり消えていく。
「間に合ったか。大丈夫かビギナーさん?」
「オレっちよりも早いとかどういうレベリングしてるんだキー坊。しかし情報屋の名前を騙ってデマ流すとはいい度胸ダ」
聞こえたのはキー坊と呼ばれた少年と少女の声。
――助けられた……?
助かったと認識した瞬間、明日奈は急にきた震えを抑えることができなかった。
この人たちが来なければ、自分のHPゲージは消滅し死んでいたという事実。
そして、誰にも看取られることなく、自らが死んだという事実しか残らない残酷な結果に恐怖したのだ。
「ああ、こんなに震えテ。ホレ、回復ポーションダ。サービスしとくよ飲みナ」
無理矢理口に突っ込まれた回復ポーションとやらを飲み込みつつ、明日奈は顔を上げる。
自分にポーションを突っ込んだ少女には髭のようなものがペイントされていた。
「あなた達は……?」
ポーションを飲み終えた明日奈は、震える声で問いかける。
「しがない情報屋とそのお供サ。マ、とにかく今は休んだほうがいいヨ。キー坊護衛頼むヨ」
「このエリアで俺必要か? まあかまわんけど……立てるかい、ビギナーさん。木陰に行こう」
徐々に色を明るくしていく体力ゲージを片目に見つつ、差し出された手を取り立ち上がった明日奈は改めて二人を見る。
猫の髭のようなものをペイントされた少女は金髪で自分よりも背が低く、飄々とした雰囲気を放っていた。
そして手を貸してくれた少年は黒髪の短髪で、優しそうな眼をこちらに向けていた。
「ん、もう大丈夫そうだな。んじゃ軽く見まわってくるから……アルゴ、その子頼むぞ」
「アイアイ」
少年は手を軽く振りながら歩いていく。その声は、先ほど自分を殺そうとしたモンスターを一撃で真っ二つにしたとは人と同一とは思えないほど軽い声だった。そしてその少年に、アルゴと呼ばれた少女は何事もなかったような軽い口調で応える。
少年が遠ざかっていくのを見ながら、明日奈はハッと気づく。自分は助けてもらったのに、この人たちにお礼を言っていないと。
「あの、助けてくれてありがとう」
「助けたのはキー坊だからネ。オレっちは何もしてないヨ」
「それでも、あなたも来てくれたわ。その……ポーション? っていうのも使ってくれたみたいだし」
「NPC売りの安物だからネ。気にしなくていいヨ。それよりも、今後ご贔屓にしてくれるとありがたいネ」
ご贔屓?
くっくっと笑う少女を見ながら、明日奈は疑問を感じ、すぐに自己解決した。
先ほど、このアルゴという少女は情報屋と言っていた。名前の通り情報を売り買いしているのだろうが、ゲームというものをほとんどやったことがない明日奈は、情報屋というものがどういう意味を持つのかいまいちピンとこなかった。
「情報屋……でしたっけ?」
「ソウ、文字通りこのゲーム内のありとあらゆる情報を売買する仕事サ。あらゆる情報を集めて整理し、対価に応じて提供すル。状況に応じて秘匿もするシ、無償で配布もすル。ちなみに今の情報、十コルだヨ」
にやりと笑うアルゴを見ながら、明日奈は思う。
まるで現実のようだと。
このソードアート・オンラインはゲームであり、感じることはすべて作り物。そう思っていた。しかし、先ほど明日奈が感じた恐怖は絶対に作り物ではなかった。自分はあの時間違いなく、死を恐怖し、覚悟し、そして安堵したのだ。
この感情が作り物ならば、現実で感じていたものは一体何だったのか。少なくとも明日奈は、先ほど以上の感情を方向はどうあれ、感じたことはなかった。現実よりも感情を揺さぶられるゲーム。
兄にナーヴギアを借りる前に読んだ雑誌で見た、これはゲームであっても遊びではないとは、まさにこのことだろう。
――先ほど感じた感情が遊び? ゲーム? 冗談じゃない、この感情は本物。ならば……。
明日奈は一つの決意をした。
このゲームが現実だというならば、死ぬ気で生きてやろうと。
あのまま宿屋に籠って腐っていくくらいなら、努力し、努力し尽くし、戦い抜くと。
そして、戦うための情報は今目の前にあるのだから……!
「アルゴさん、隠しログアウトスポットはデマなんですよね?」
「……ごめんネ、そんなものはないヨ」
あえてわかりきっていた質問をすることで、決意を確認する。
ここでログアウトができないならば、ゲームをクリアするしかないのだ。そして、ゲームをクリアするために必要なものは一つだった。
「じゃあ情報を売ってください。どうすれば強くなれるかを」
「それは……死なないためかナ?」
アルゴの返答は至極当然のものだろう。つい先ほどまで死にかけていたのだ。あの恐怖を体感し、死にたくない、死から逃げたいと思うのは当然の考えといえる。
しかし、明日奈が求めていたのは違うものだ。自分が求めるのは戦う手段。自らを押し上げ、誰の手も借りることなく、一人で立ち続ける手段。その情報を、明日奈はここで手に入れる必要があった。
「いいえ。もう二度と後悔したくないんです。何もできないままに死にたくない。わたしは、この現実で戦い抜くと決めました。でも今のままじゃ何もできない。何をするにも、わたしはあまりにも知らなすぎる。だから、情報が欲しいんです」
「ふうン……、じゃあまずはこれかナ」
アルゴはそう言って、一冊の本を手渡してきた。
表紙には≪SAO Strategy Guide 1F.Field Area≫と書いてある。つまり第一層の攻略ガイドということだろう。
「参考書のようだものだネ。特別に
立ててくレ。と続けるつもりだったが、急に渡したガイドブックを猛然と読みだした少女を前に、アルゴは唖然とし、言葉を続けることができなかった。
先ほど助けた直後は、絶望し濁った眼をしていたのに今では爛々と目を輝かせてガイドブックを読んでいる。
面白い子だ。
アルゴは偶然命を助けることができたこの少女との出会いに感謝した。
情報屋を名乗るアルゴにとって、情報というものは己の武器であり、その武器である情報を提供し生かしてもらうことこそが情報屋の存在意義、つまりアルゴの存在意義であった。
ほとんど無料で配っているガイドを渡すだけで、生き生きとしだした少女を見て、アルゴは一定の満足感を得ることができたのだ。
アルゴは情報を扱う仕事柄、情報収集のために様々な人間と関わりを持つ。特に情報を多く持ち、また求めているベータテスターやフロントランナーは、基本的にこの髭を生やした少女と顔見知りになる。
つまり彼女は、最も危険な場所にいる者たちとの関わりが多いのだ。
巷ではベータテスターは情報を独占している。旨みのあるクエストや狩場を独占し、後続のプレイヤーたちの妨害をしている等と言われているが、実際のところはそうではない。多くのベータテスターは新しい情報を得るため、自らが持つ情報をアルゴに提供する。つまり、彼らは常に新しい情報を得るために動いているといえる。
新しい情報を得るためには危険を冒さなければならない。
自分自身でも情報を得るために前線に出ることはあるが、そう頻度は高くない。基本的には前線で戦いをしてきたプレイヤーたちから情報を得ているのだ。
だからこそ、アルゴはこのゲームで最も死に接していると言える。
昨日酒場で話したのに、今日は黒鉄宮の名前に二重線が引かれていた者。
行動不能に陥り、そのHPが無くなるまでアルゴにメッセージを送ろうとした者。
友人が死に、その死の状況を詳細に送ってくる者。
アルゴの持つ情報は、最前線を走り続けた者たちの多数の犠牲と引き換えに正確になっていく。
自身もベータテスターである以上、大手を振って活動するわけにもいかず、またそのような気性の持ち主でもなかった。
だが、数多の犠牲によって得た情報を無駄にすることは、アルゴにはできなかった。
そうして、少しでもこれからの犠牲が減るようにと各町の道具屋に無料で置くようにしたものが、先ほど目の前の少女に渡したものと同じガイドブックなのだ。
この少女が有効活用してくれることを祈ろう。
そう心の中で呟いたところで、アルゴはとあることに気付いた。
目の前の少女の名前を聞くのを忘れていたのだ。
「そういえば御嬢さン、名前を聞くのを忘れていたけどなんて名前だイ?」
普段なら情報代やら何やらと付け加えるところだったが、目の前の少女の様子を見てそんな気分でも無くなったアルゴは、気軽に名前を尋ねた。
「名前ですか? 結城明日奈です」
「ごめんなさイ! プレイヤーネーム! プレイヤーネームでお願いしまス!」
気軽な質問に対して返ってきた答えに、アルゴは盛大に動揺した。
――まさかリアルネームを答えるとは思わなかっタ!
オンラインゲームにおいては、基本的にリアルの話はご法度。よほどのことがない限りは、どれだけ親しくしていても話題にしてはいけないのだ。しかし、彼女は平然とリアルネームを名乗った。ビギナーなのは理解していたが、オンラインゲームの初心者だとは思わなかったのだ。
その後プレイヤーネームもアスナであることを聞いたアルゴは、リアル情報についての話を懇々とレクチャーするのであった。
「周辺で転がってるプレイヤーもいなかったし、問題はなさそうだな」
右手に剣を持ち洞窟の周囲を回っていたキリトは、安全の確認が取れたことで先ほどの少女がいた場所に戻ろうとしていた。
情報屋である≪鼠≫のアルゴに、ログアウトができる場所があるというデマによって圏外に行ったプレイヤーが帰ってこない、原因のモンスター倒すの手伝えと言われたのは一時間くらい前の話。
ちょうど別の情報を欲していたキリトは、その情報を調べてもらうのと引き換えにこの依頼を受けた。
アルゴと同じベータテスターであるキリトは、他のベータテスターと同様常に最前線に赴き、自らのレベリングと情報収集に勤しんでいる。
そして攻略を続けているうちに、キリトは自らのベータテストの情報は当てにならないということを理解した。
ベータテストと正式サービスとの差異。絶対に死ぬことができない状況での戦闘、本来ごり押しで進むことができた場所を進むことができず、戦闘時にもより危険な技を使うモンスターが増えている。
ベータテストでの情報を元に攻略するほうが危ない。
思わぬ落とし穴を踏めば即、死に繋がる。このような状況で、経験という名の先入観による盲目は極めて危険と言えた。
よって、キリトは正確な情報を求めた。そして、アルゴもキリトの持つ実践的な情報を求める。
必然的に情報屋アルゴとの繋がりは強くなり、アルゴからも相応のプレイヤーとして認識されていく。
――まあ、同年代として絡み易いってだけなのかもしれないが。
キリトは現実での事情から、あまり人付き合いが上手くない。
普段こそ飄々とした態度でコミュニケーションを取っているが、自分から話題を振ったりするのは特に苦手なのだ。
そこら辺がばれているのか、時折からかわれたりするものの、基本的に会話を進めやすくしてくれるアルゴとの会話は、キリトにとって苦痛なことではなかった。
――モンスターは倒したし、オレンジになるのはごめんだ。犯人はアルゴに任せて退散しますかね。
依頼は達成したので町に帰る前に一言声をかけようと思い洞窟の前まで戻ってきたキリトは、やたらと生き生きとしている少女と、それを見て苦笑いしているアルゴという珍しい光景を見ることになった。
「……ビギナーさん随分と生き生きとしてるけど、何があったのあれ」
「ガイドブック渡したら生き返ったように読み始めたんダ。元気があるのはいいことだヨ」
岩の上に座っていたアルゴは面白そうにビギナーの少女を見ている。
キリトとしても、あのガイドブックの情報源の一人である以上、あの本が有効活用されることは喜ばしいことだった。
あの調子なら、そう簡単に死ぬことはないだろう。
ぎりぎり助けに入ることができ、彼女が顔をあげたときに見えた瞳は絶望で濁っていた。しかし、今の彼女の眼は先ほどとはまるで違う。生きることを決意している目だ。
この世界は残酷だが、戦う術はある。あの少女が戦う道を選んだのであれば、同じく戦っている自分とまた会うこともある。その時まで健在であることを祈ろう。
「じゃあ先に帰るわ。あの件よろしくな」
「わかってるヨ。またよろしくナ」
アルゴに声をかけてから、キリトは町に向けて歩き始めた。
ビギナーの少女にも声をかけるべきか迷ったが、結局何も言わずに帰ることにした。熱心に本を読みこんでいるし、見知らぬ男性から声をかけられても迷惑だろうから。
「あの!」
そんな時に、後ろから声をかけられた。振り返ると、ビギナーの少女がこちらを向いている。
はて、何か用事だろうか。と見返すと、少女は見惚れるような笑顔と共にこう言った。
「助けてくれて、ありがとう」
コミュ障のキリトには、ああと一言呟くことしかできなかった。
命を助けてくれた少年の背中を見送る。
そういえば、彼の名前を聞いていなかった。
「アルゴさん、彼の名前はなんて言うんですか? キー坊と呼んでいましたけど」
アスナにとっては当然の疑問。命の恩人の名前を聞きたいだけのこと。しかし、アルゴはそれにこう答えた。
「気になル? 気になル? その情報は百コルだヨ」
やたらとニヤニヤした顔を向けられて、アスナは軽い苛立ちを覚えた。
「アーちゃんがこのまま戦うことを選ぶなら、いずれ会う機会もあるだろうサ。その時に直接聞くといいヨ」
――確かに、一方的に名前を知るのも失礼かもしれない。わたしも自己紹介してるわけでもないし……。
いずれ会う機会。
彼はこの世界で戦うことを選んでいて、自分も戦うことを選んだ。
ならばその再会は必然かもしれない。根拠もないのになぜかそんなことを感じたアスナは、自らの考えを不思議に思いつつ手元のガイドブックを再度読み始める。
先ほどまでに読んだのは、モンスターに関すること。
ここの来るまでの道中に出くわしていた猪型のモンスターは、非アクティブという自分から手を出さなければ襲ってこないモンスターであることが書いてあった。
それを読んだとき、わたしの努力は一体と軽く気を落したものだが、対処方法を理解できたから問題はないだろう。
≪フレンジー・ボア≫。通称青猪と呼ばれるそれは、今現在アスナとアルゴの周りに二、三匹存在していた。しかし、向こうから襲って来る様子はない。ガイドブックにはソードスキル一発で倒すことが可能と書いてあった。
――ソードスキルか。わたしが持ってるのは細い剣だから、この≪リニアー≫ってやつかな。
細剣スキルの最も基本な技である≪リニアー≫は、単発の突進技である。
発動方法はフェンシングのように構え、切っ先を捻るように放つ。
アスナはガイドブックを収納すると、腰に下げていた細剣を抜く。
視界の隅でアルゴがギョッとしているが、気にすることなく最も近くにいた青猪に向け剣を構える。
瞬間、アスナの身体は青猪に向かって突進した。
ソードスキルのシステムアシストを受け、加速したまま突き出した細剣は青猪の胴体を貫き、青い光のエフェクトに変える。ここまで来るときの道中に、慎重過ぎるほど警戒してきた相手に対してあまりにもあっけない勝利。
「なんだ、やればできるじゃない」
初めてモンスターを倒し多少の満足感を得つつ、アスナは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
速い。
アルゴは率直にそう感じた。
≪リニアー≫というスキルは確かに移動速度を向上させ、一直線に突き進むというスキルだ。
しかし、今アスナが放った≪リニアー≫はあまりにも速すぎた。
そして、放った後の姿はあまりにも美しかった。
同じ女性であるアルゴがそう思うほどに、アスナの≪リニアー≫は完成されていた。
――ついさっきまでソードスキルのソの字も知らなかったのに、何故これほどの。
細剣スキルを取れば誰でも使うことができる基本技。しかもアスナのレベルは恐らく1。まさにビギナーというにふさわしいプレイヤーのはずだ。しかし、アルゴが今まで見た≪リニアー≫の中で最も速く、最も鋭いのは今の≪リニアー≫だった。
――この子も、選ばれてるってことなのかナ。
アルゴは多くのプレイヤーを知る故に知っていることがある。稀にいるのだ、同じソードスキルでも別物のような動きをする化け物のようなプレイヤーが。そういったプレイヤーは総じて、戦闘時に目を見張る動きをする。どんな強敵と相対していても、目を向けずにはいれない程存在感を放つ。たとえそれが防御でも、剣の一振りであったとしてもだ。
先ほどの黒髪の少年、キリトはそういうプレイヤーだった。
そして、アルゴの直感ではこの少女、アスナも特別なプレイヤーになりえる。
きっとこういうプレイヤーたちが、ゲーム攻略を引っ張っていくのだろう。
アルゴはアスナに対する認識と重要性を上方修正した。
自分の直感が当たりますように。この出会いが、いい方向に働きますように。
アルゴはそんなことを願いつつ、そろそろ帰ろうとアスナに声をかけるのであった。
完結目指して頑張ります。