Re:SAO   作:でぃあ

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ブレイブスin迷宮区~ボス戦前夜まで

こんな感じのキリアスは需要あるのか正直不安でありますが、まだ恋人じゃないからね、仕方ないね


第十一話

 キリト達がいる一階層下で、<<レッサートーラス・ストライカー>>を攻撃している5人の男性プレイヤー。全身を現時点での最高峰の装備で固めた彼らは、中々の連携を見せて目の前の牛男を攻撃していく。

 

「ちぐはぐな人達ね」

 

 アスナの言葉に、キリトは前を見たまま頷く。

 彼ら<<伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)>>のレベルは攻略組でも最下層だ。しかしその装備によって、アスナの見立てで言うところの実レベル+3程度の底上げをして、攻略組の一員と認められた。見る限り連携もしっかりできている。この第二層のボス攻略にも、彼らは顔を出すことになるだろう。

 

 連携は無難だから実戦経験はある、だがレベルは低くて装備は最高峰。

 

 多くのゲーム、特にRPGという種類のゲームにとって、レベルと装備は比例するのが基本だ。このソードアート・オンラインもその基本から漏れなく、ラストアタックボーナスという一部の例外を除いて、レベルが上がるにつれて良い武器や防具を手に入れることができる。

 

 だからこそ、ブレイブスは異質だった。

 それこそ、第一層ボスのラストアタックを確保したキリトよりも良い装備を揃えながら、キリトよりもレベルは数段下なのだ。

 つまり、彼らはその装備を手に入れたり、購入したりする金を得る経路(ルート)を持っているということだ。

 

 そして現状、その経路(ルート)は一つしか考えられなかった。

 

「彼らが脅してネズハに強化詐欺をさせているのか、ネズハが自ら貢いでいるのか……」

 

 脅すにしてもそのネタが何なのかわからない。貢ぐにしてもそれがどれだけの意味があるのか。

 普通のゲームならば、隣の美少女のようなプレイヤーにお金や装備を貢いでいいところを見せようという考えを持つプレイヤーが必ず出てくるが、果たして彼らが貢がれるほどの魅力を持っているのかどうか、キリトには判断できなかった。

 

「キリト君は、ブレイブスが強化詐欺に絡んでるって思ってるのね」

 

「十中八九……な。金を稼ぐには狩りをするのが最も確実で早い。狩りをすればレベルが上がる。だが、そのレベルが彼らは上がっていない。何処からか装備やお金を提供してもらっていると考えるのが妥当だろうな」

 

「その提供される装備やお金はネズハが稼いでいるとして、強化中にどうやって武器をすり替えているのかしら。少なくともわたしは、あの時剣から目を離していないと思うのだけど……」

 

 それが全てだ。

 アルゴの情報からも、ネズハとブレイブスが絡んでいるのはほぼ間違いない。しかし、肝心の強化詐欺の方法がわからなかった。

 それこそ一瞬で、ストレージに武器を交換できるようなスキルでもない限りは……。

 

「一つだけ、あるな。一瞬で武器を交換できるスキルが……」

 

 キリトの言葉に、アスナはなんで早く言わないのという顏でこちらを見ている。

 確かに一つだけあるのだが、このスキルを使うには一つの条件があった。それは、戦闘職(ソードマン)であることだ。

 

「武器強化modの一つに<<クイックチェンジ>>って言うスキルがある。事前に設定をしておくことで、ストレージ内の指定の武器を瞬時に装備できるってやつだ。だが、これは片手直剣や細剣みたいな、戦闘用武器スキルの熟練度が一定以上無いと使うことはできないんだ。彼は前線まで出張っていたから、何かしらの武器スキルを取っていてもおかしくはないが、こればっかりはな……」

 

 ネズハが武器スキルを取っているのか、これは何とも言えないだろう。

 鍛冶のスキルを上げるにはそれ相応の素材や時間が必要だ。それ以外の時間で片手間に武器スキルを上げる程度では、この短期間に<<クイックチェンジ>>を習得するのは厳しいだろう。

 

「……アルゴさんと検討が必要ね。鍛冶師ネズハが戦闘職(ソードマン)として動いていたのか。あとは、<<クイックチェンジ>>を実際に使っているところを見るか。ここら辺の確証がないと、下手に動けないわ」

 

 <<ビーター>>とそれについて行った少女。

 

 このことがキリト達の動きを阻害していた。

 

 一部の理解ある人間たちを除いて、キリトの信用は地の底だと言っていい。

 そんな人間が強化詐欺に関して間違った糾弾を行ってしまえば、矛先がこちらに向かってきかねないのだ。

 

「今日はもう10時間近く潜ってる。予定より少し早いけど一旦街に戻ろう。迷宮区からじゃメッセージの受信はできないから、アルゴと連絡を取るにも街に戻らないといけないし」

 

「それに、新たな被害者が出かねない……か。いいわ、今日は戻りましょうか」

 

 キリトの提案をアスナが受け入れる。

 獲得できた経験値やコルは十分なものだ、このまま明日ボス戦と言われても問題ないほどに準備はできている。

 

 ならば、ボス攻略の可能性を上げるためにも、強化詐欺の問題を片づけるべきだろう。

 

 キリトとアスナは眼下で勝鬨を上げているブレイブスを尻目に、迷宮区を後にした。

 

 

 

 キリトは<<アニールブレード>>をネズハに手渡す。 

 

 フルフェイス装備をして、顔を見られないようにしたキリトはこれからネズハが行う強化詐欺の現場を抑えるべく、自らの剣をじっと見つめていた。

 

 <<クイックチェンジ>>が行われた際、武器は一瞬だが必ず点滅する。その瞬間を見ることができれば、キリトも<<クイックチェンジ>>を使用して壊れた筈の<<装備中の剣>>を取り出すことで、証拠を突きつけることができる。

 そして、ネズハの露店を見下ろせる位置にアスナとアルゴが待機し、その一挙一動を監視している。

 

 装備品と強化素材を確認したネズハが金床を取り出し、強化を行うためのエフェクトで光り輝く。その瞬間、金床の光よりはるかに小さい光がキリトの剣を包み、収まった。

 

 うまい手を考えたものだ。

 普通、目の前で金床が光り輝けばそちらに目が行くのは間違いない。その一瞬目が離れた瞬間に、<<クイックチェンジ>>で武器を交換しているのだ。

 

 ネズハの動きは続き、恐らくエンド品であるそれにハンマーが振り下ろされる。

 真剣な表情でハンマーを振り下すネズハ。心の籠った、丁寧な槌音(つちおと)だ。それはまるで、これから壊れる武器への手向けであるかのように。

 

 既定の回数が叩かれ、武器がエフェクトと共に破壊される。ネズハが土下座と共に謝罪をしてくるが、それを気に掛けることもなく、キリトは上で待機していたアスナを見る。頷きを返すアスナを確認したのち、キリトは事前に設定していた<<クイックチェンジ>>を発動させた。

 

 右手には壊れた筈の<<アニールブレード>>が現れ、キリトはネズハに剣を突きつけた。それを見たネズハは一瞬硬直するが、観念したように膝に手を当て項垂れた。

 

「署までご同行、願おうか」

 

 ネズハは顔を上げることなく、頷いた。

 

 

 

 ネズハの本来のプレイヤー名Nezhaが、ナーザという読み方であること、そしてそれが中国の封神演義に出てくる英雄<<ナタク>>であることをアルゴが突きつける。

 

 ブレイブスとの関係も知られていると理解したネズハは、もはや抵抗する術はないと悟ったのか、淡々とすべてを話し出した。

 

 自身が<<フルダイブ不適合(FNC)>>によって遠近感が掴めないこと。そんな自分を見捨てず、ブレイブスの仲間が自分の<<投剣>>熟練度上げに付き合ってくれたこと。<<投剣>>が実用的ではないスキルであることを知ったときには、すでにブレイブスと攻略組の間には取り返せないレベル差ができていたこと。

 

 そして、<<黒ポンチョの男>>から強化詐欺の手法を教えてもらったことを。

 

「これが全てです。でも、勘違いしないでください。これは僕自身のために、僕が判断し、僕が実行したことなんです。ブレイブスのみんなは関係ありません。だから……」

 

「自殺する……か?」

 

 キリトの言葉に、ネズハの動きが止まる。表情を見る限りそう続けようとしていたのだろう。

 

「……仕方ないでしょう。僕は<<フルダイブ不適合(FNC)>>だ。戦闘で役に立たない。生産も、今回のことでもう手を出すことはできないでしょう。戦闘もできず、生産職にもつけない。なら、どうすればいいんです……! はじまりの街で引きこもっていろと? ……そんなことになるなら、ただ腐るのを待つくらいなら……!」

 

 死んだ方がマシだ。

 

 ネズハの吐き出すよう言葉を聞いて、キリトは笑いを隠せなかった。

 それを見たのか、ネズハが睨んでくるのを見てキリトは慌てて否定した。

 

「すまない、アンタのことを笑ったわけじゃないんだ。腐っていくぐらいなら死んだ方がマシ、そんな言葉をこの隣に座ってるお姉さんも言っていたもんでね」

 

 その言葉に、ネズハが意外そうな顔でアスナを見ている。

 隣に座っていたアスナが睨んでいるのが横目に見えるが、気にせずにキリトは続けた。

 

「改めて聞くが、アンタは<<投剣>>が使えるなら戦うことができるんだな?」

 

「……はい。でも、あれはメインスキルとしては役に立ちません。弾数無制限の武器でもない限りは……」

 

 キリトはストレージからある武器を取り出した。第二層迷宮区<<トーラス・リングハーラー>>という強敵がドロップするそれは、遠隔武器でありながら戻ってくるという性質を持つ武器だ。

 

「<<チャクラム>>。これがあれば残り弾数を気にすることなく、<<投剣>>スキルで戦うことができる。だが、これを使うには<<投剣>>ととあるエクストラスキルが必要だ。……言いたいことはわかるな?」

 

 ネズハが喉を鳴らす。その表情は緊張し、額には汗が流れている。

 これから何を言われているのかわかっているのだろう。

 だが、キリトはそれを知っていてなお、あえて口にした。

 

「アインクラッド初の鍛冶師ネズハ。君は、鍛冶スキルを捨てる覚悟があるか?」

 

 ネズハが震えながら俯く。

 彼が結論を出すまでに、あまり時間はかからなかった。  

 

 

 

 翌日。

 ネズハを<<体術>>のクエスト場所まで送っている最中、事件は起きた。

 

 キリトとアスナ、そして何故かアルゴもついてきて4人で歩いていた時、ネズハの放った言葉にキリトとアスナは大いに動揺させられた。

 

「キリトさん、アスナさんとはいつからお付き合いされているんですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アルゴと共に前を歩いていたアスナがぐるんとこちらを向き「つ、付き合ってません!」と大声で否定した。

 

――確かにそうだけど、そこまでムキにならんでもいいんじゃないかな……。

 

 相棒によるクリティカルヒットが、キリトの心のHPゲージを減らした。

 隣ではネズハが慌てて謝っている。

 

「す、すいません! 誰もが知ってる噂でしたから、てっきり事実なのかと!」

 

「だ、誰もが知ってる……!?」

 

 誰もが知ってる噂、その言葉に驚愕したのかアスナの顔が真っ赤に染まる。

 

「お二人はいつも一緒にいますし、同じ宿屋に出入りしてる姿も大勢のプレイヤーに見られてますよ」

 

 アスナが口をパクパクさせているが、言葉が出てこないようだ。

 

「他にも、ある晩にとあるプレイヤーがキリトさんの宿を訪ねたら、浴室から一糸纏わぬアスナさんが出てきたとか。そこで目撃されたスリーサイズや下着の色が高値で取引されているとか……」

 

 間違いない、原因は奴だ。

 

 キリトとアスナはアルゴを睨む。

 ニャハハハと乾いた笑いをこぼしているアルゴを見て、キリトは溜息を吐くだけで済ませるが、アスナはそれどころではないのだろう、無言で詰め寄っている。

 

「だ、大丈夫実際に売ってはいないかラ! ほラ、アーちゃん今有名人だからサ! 結構情報を欲しいって人が多いんだヨ!」

 

 あーなるほどと、キリトは頭をかいた。

 確かに、<<悪>>のビーターと攻略組随一の美少女プレイヤーがそんなことをしていれば、噂の一つや二つ出てきてもおかしくないだろう。キリトはともかく、アスナにとっては良い噂ではないのは間違いない。

 仲間に思われたくないなら一緒にいないとは彼女の言葉だが、攻略に関することならともかく、こういった人間関係に関することでも彼女に迷惑かけるのはいただけないだろう。事実、彼女は顔を赤くして怒っているのだし。

 

「なあアスナ、なんか迷惑かけてるみたいだし、今日からはせめて宿屋だけは別にしよう。気が利かなくてごめんな」

 

 同じパーティーなのだから問題ないと考えていたが、外から見ればそれだけではないように見えるのだろう。気配りが足りなかったと、キリトは素直に謝罪した。

 その言葉に多少は怒りが収まったのだろうか、こちらを向いたアスナの顔は赤みが取れていた。しかしその視線は鋭く、キリトを怯ませるには十分だった。

 

――まさかこんなに怒っているとは……。

 

 キリトは恐怖を感じるが、それと同時に申し訳なさも感じた。

 この怒りは尤もだと、キリトは思う。ただでさえ自分のエゴイズムに巻き込んでいるのだ。彼女は目標があるとは言っていたが、それはきっと戦闘や知識の面のものだろうし、それならば無理に街中でも共にいる必要はないのだ。

 

 彼女にまた迷惑をかけてしまった。今度からは待ち合わせもフィールドの手前とかにした方がいいだろう。

 

 コミュニケーション下手の弊害がこんなところで出るとは。キリトは再び頭をかいた。

 

「ねえ、キリト君。あなた、またわたしに迷惑をかけたとか、そんなこと考えてるんじゃないでしょうね?」

 

 アスナの言葉にキリトは視線を逸らした。

 この少女はどうしてこうも鋭いのか。いや、自分が考えを顔に出しやすいだけなのだろうか。

 

 そんなキリトの様子で確信したのか、こちらを見ていたアスナが溜息を吐いた。

 

「あのね、この間言ったでしょう。嫌なら最初から一緒にいないって。わたしは、自分の意思で、あなたとパーティーを組んでるの」

 

 アスナはほとほと呆れたと言わんばかりの表情をしている。

 

「そういう噂が流れてるのには、その、ビックリしたけど、迷惑なら迷惑、嫌なら嫌ってちゃんと言います。確かに怒りはしたけど、それ以外に何も言ってないでしょう? だから、今まで通りでいいんです!」

 

 「キリト君の馬鹿!」という言葉と共に、アスナがまた歩き始めた。

 

 それを見ながら、キリトは溜息を一つ吐いた。

 確かにその通りだ。迷惑だの嫌だのなんて本人が決めることだ。所詮噂は噂。真実ではない。嘘の情報に一々気を揉んでいては、この世界でやっていけない。

 前を歩くアスナの表情を見ることはできないが、キリトに呆れ果てているのは間違いないだろう。

 

 あまり離れてはまずい。キリトもアスナを追って歩き始める。それを見て、アルゴとネズハもキリトと同様に歩き始めた。

 

「アルゴさん、あれで付き合ってないんですか?」

 

「付き合ってないヨ。今は、ネ」

 

 後方でそんなやり取りが成されたことを、思考を曇らせているキリトには知る由もなかった。

 

 

 

 その翌日午前、ボス部屋へのルートがマッピングされ、同日17時からマロメの村で攻略会議が行われた。

 

 参加メンバーはDKB、ALSより3パーティーずつ。ブレイブスが1パーティ、その他ソロで1パーティー、総勢47名の大レイドだ。フルレイドには一人だけ足りなかったが、恐らく途中参加が一名いるであろうことをキリトは確信していた。

 

 キリトとアスナは第二層攻略会議の会場となった酒場の入り口付近、会議参加者の最後尾で壁に寄りかかり話を聞いていた。DKBリーダーのリンドが、アルゴが配布した第二層ガイドブックを片手に基本戦術の説明を行っている。

 

 レイドリーダーはDKBリーダーのリンド、次席がALSリーダーのキバオウと発表された。双方共に18人を率いるリーダーだ、反対が出ることもない。

 

 しかし、問題はその後に起きた。

 

「DKB及びALSに所属する計6パーティーがボス攻撃、残りの2パーティーは取り巻き攻撃を担当する。ボス攻撃の指揮は僕とキバオウさんが執るが、取り巻き攻撃の指揮は……キリトさん、あなたにお願いしたい」

 

 リンドの発言に参加者の視線が一斉にこちらを向き、完全に蚊帳の外に置かれていると思っていたキリトは固まる。しかし、隣に立っていたアスナに肘で小突かれることで思考を回復させた。

 

「……なんで俺が?」

 

 辛うじてひねり出すことができたのはその言葉だけだった。隣のアスナが溜息を吐いているが、言葉が思いつかなかったのだから仕方ない。

 

「簡単さ。少なくとも一度、君はボスと戦ったことがあるだろう?」

 

「……なるほどな。取り巻き担当の人達に文句がなければ、引き受けるよ」

 

 この中でベータテスターであることを公言しているのはキリトだけだ。知識がある、だから使う。非常にわかりやすい話だ。

 

「ということだが……、ブレイブスとエギルさん達は何か問題あるかな? アスナさんは……聞くだけ野暮だな」

 

 リンドが取り巻き担当の面々に問うが、ブレイブスからもキリトが参加するパーティー内からも文句は上がらなかった。聞くだけ野暮と言われたアスナを見ると鋭い視線で睨み返されたので、キリトは何も言わずに前を向いた。

 

「問題なさそうだな。じゃあ、編成はこれで終了だ。基本戦術はガイドブックの通りとして……キバオウさん、何かあるかな?」

 

 リンドがキバオウに話を振る。派閥のリーダー同士ある程度のライバル関係にあると思ったが、どうやら二人はそれなりに協力体制を整えているようだ。

 

「そうやな。基本戦術はそれでいいとしても、さっきも言った通りこの場には一人ボスと実際に戦ったやつがおる。戦術のことも聞いた方がええんとちゃうか? ……なあ、キリトはん」

 

 キバオウの言葉に、再び参加者の視線がキリトに向けられる。

 先ほどの話で終わりだと思っていたキリトは再び固まるが、すぐに横から肘で小突かれた。先ほどより力が強かった気がするのは気のせいだろう。

 

「あー、ガイドブックに書いてある以上のことは言えないんだが、一つだけ。最も注意するべき点は一時行動不能(スタン)を伴うデバフ攻撃だ。これを二重に食らうと<<麻痺>>状態になる。だから各人、麻痺回復のポーションは多めに持っていくべきだと思う。そして、必ず一つはポーチに入れておくこと。テストでは麻痺を貰ってすぐに回復できなかったプレイヤーは……」

 

 キリトはそこで言葉を止めた。

 皆が息をのむ音が聞こえる。<<麻痺>>状態になってしまえば本当に何もできなくなる。手を少しずつ動かすことはできるが、メニューウィンドウを開くことは難しい。すぐに取り出せるポーチにポーションが入っているかどうかで、生死が分かれることもあるだろう。

 

「デバフ攻撃の二段目を最優先で回避。ポーチに必ず麻痺回復ポーションやな。ポーションは使うたびにポーチに補充した方がええやろな」

 

 キバオウのまとめにキリトは頷いた。

 

「よし、共有すべき情報は以上だな。じゃあ、明日の集合は朝の10時。ボス戦は正午開始ということで。今日は事前準備と鋭気を養ってくれ、解散!」

 

 リンドの一言で、酒場は喧噪に包まれる。

 キリトは酒場を見渡し、全体の士気が高いことを確認する。特にDKB・ALSの面々の士気は高いようだ。集団としてまとまれているなら、そう簡単に崩れることはないだろう。

 

「よう。明日はよろしく頼むぜ」

 

 聞こえてきた声に顔を向けると、大斧使いの大柄な青年が立っていた。その後ろには3人の、これまた大柄なプレイヤー達が笑顔で立っている。

 

「あー、確か……エギルさん、だったな。こちらこそよろしく頼むよ。でもいいのか? <<ビーター>>の指揮に従うなんて」

 

 キリトはエギルが差し出した手を掴み、握手する。大柄な体格にふさわしく、ガッチリと力強い握手だ。

 

「<<ビーター>>なんて呼んでるやつはごく一部のやつらしかいねぇんだ、構わないさ。むしろアンタと組めれば百人力だ、そっちのお姫さんともな」

 

 エギルはニヤリとした表情でアスナを見ている。白い歯が光り、右手にはサムズアップ。この格好がこれほど似合う男は中々いないだろう。

 

 それを見て、アスナがフードを取って軽く頭を下げている。こちらのパーティー内でのしがらみは無さそうだ。

 しかし、もう片方のパーティー――ブレイブスはどうだろうか。キリトはブレイブスが集まっている方に視線を向ける。その視線に気づいたのか、そのうちの一人がキリトに向かって歩いてきた。

 

「ブレイブスのリーダー、オルランドである。お初にお目にかかるが、明日は宜しく頼む。君は確か二つ名で呼ばれているんだったな。えーと確か……」

 

「<<ブラッキー(黒づくめ)>>、俺たちはそう呼んでるぜ」

 

 エギルが気を使ってくれたのだろうか、オルランドに<<ビーター>>と呼ばせることはなかった。

 しかし<<ブラッキー(黒づくめ)>>とは。キリトは自分の服装を見る。

 

 <<コート・オブ・ミッドナイト>>はその名の通り黒一色のロングコートだ。それ以外の服にしても、どうしても黒を選んでしまうキリトは、まさに<<ブラッキー(黒づくめ)>>だった。

 

「なるほど、確かに。では<<ブラッキー(黒づくめ)>>殿、ご安心めされい! 我ら<<伝説の勇者たち(レジェンド・ブレイブス)>>は恐れを知らぬ! 取り巻きだろうがボスだろうが、我が宝剣デュランダルの錆にしてくれようぞ!」

 

 片手剣<<スタウトブランド>>を抜いて、高く掲げ高笑いをしているオルランドに圧倒されつつも、協力体制は問題なさそうだとキリトは一息吐いた。

 

 尤も、強化詐欺に関しては何ら解決はしていないが、少なくともボス戦の戦闘中に話題に出すことはしてはならないだろう。

 よろしく頼むと、キリトはオルランドを握手を交わした。

 第一層での戦いぶりを思い出す限り、エギル達4人の戦闘力は申し分ない。迷宮区でのブレイブスの戦いぶりも悪くなかった。

 取り巻きを早期に排除することができれば、ボスに対峙しているDKBとALSの面々の援護も可能になるだろう。

 

 

 一通り顔合わせを済ませたキリトは、アスナと共に酒場を出た。時刻はもうすぐ18時と言ったところか。日は落ちかけており、酒場前の通りはすでに街灯が点灯していた。マロメの村は最前線の街であるため、プレイヤーの人通りは少なく、ポツリポツリとNPCが歩いているだけだ。

 

 ポーションの補充は終わっているし、武器・防具の修理も会議の前に済ませている。本来ならばあのまま酒場で食事でもしながらパーティーの面々と話でもするのだろうが、自分がいれば盛り上がれない人間もいるだろうからと先に帰ることにしたのだ。

 アスナは問題ないだろうと残ることを勧めたが、彼女もあまり騒がしい場所は苦手なようで、キリト共に酒場を出るということだった。

 

 夕食には少し早いがどうするかとキリトが考えていると、左袖をクイクイと引かれた。

 

「ねえキリト君、夕食なんだけど……もしよければ、主街区まで戻ってあのケーキでも食べに行かない?」

 

 アスナの言葉に、キリトは目を(またた)かせた。

 

「それは構わないけど、なんでまた? この村にもレストランはあるけど」

 

「うん。でもね、もしかしたら……最後の夕食になるかもしれないじゃない? 少しでもおいしいもの食べれたらなって」

 

 なるほどと、キリトは思う。

 明日のボス戦、普段の狩りよりも命の危険は大きいのは間違いない。

 それに、第一層では一人犠牲者が出ているのだ。次の犠牲者が誰になるのか、キリトやアスナになってもおかしい話ではない。それならば、美味しいものでも食べておこうと思うのは当然だろう。

 

 アスナは目線を下げ、少し俯いているようにも見える。だが、気持ちはわかる。言葉に出さずとも、キリトとて同じ気持ちを持っているのだ。

 しかし、キリト一人ならば食べたいとは思っても移動の手間を考え、結局適当な夕食を取って寝るだけだっただろう。だが、この少女がいてくれたことでキリトもそれを行動に移そうと思うことができる。

 

「ここから主街区まで片道30分と少しだし、ちょうどいい腹ごしらえにもなるかもな。オーケー食べに行こうぜ、<<トレンブル・ショートケーキ>>。割り勘でな!」

 

 キリトの割り勘という言葉に、わかってるわよと答えるアスナ。顔には笑みが浮かんでいる。

 あのケーキは確かに、死ぬ前にもう一度食べておきたいと思わせる一品だ。キリトにも文句はない。横を歩くアスナの足取りも軽くなり、いつもの定位置からキリトの前に出る。

 

 その後ろ姿を見ながら、この一言だけは言っておかなければならないだろうと、キリトはアスナを呼び止めた。

 

「アスナ」

 

「何?」

 

 アスナがこちらを向く。第一層の頃と違い、その表情からは下向きの感情を感じない。だからこそ、伝えなければなるまい。

 

「最後になんて、させないからな」

 

 キリトは自分に言い聞かせるように言った。

 それを聞いてアスナは一瞬目を見開いたが、すぐに表情が笑顔に戻る。

 

「そうだね。じゃあ勝利のための前夜祭ってことで! ……ありがとね、キリト君」

 

 アスナの言葉に、キリトは頬をかいた。顔が赤くなっているだろうが、仕方あるまい。

 最後になどさせない。そんな保証をできるほど強くない。だが、そう願うことはかまわないだろう。

 

「ほら、早く行くよキリト君!」

 

 保証はできない。だが、それを求めて戦うことはできるのだから。

 

 アスナの横に並ぶため、キリトは足取りを早めるのだった。 




次回で第二層終わらせる(フラグ

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